黄砂に咲いた花


 毎朝、決まった時間に目が覚める。
 自給自足だったモズリブの習慣が抜けないからだ。
 ふかふかのベッドから出たティナは、窓から薄暗い外を眺めた。何もない、延々と砂漠が続いているだけ。
 殺伐としたこの場所に来ることを選んだのは、初めて恋した人が望んでくれたからだった。
 ケフカを倒して3年が経ち、子供を産んだカテリーナが皆の母親とも言える存在まで成長して、ティナはフィガロ王エドガーの求婚を受け入れた。
 3年前、別れの時、エドガーは「いつまでも待つから」そう言って、ティナに愛を告げてくれたのだ。
 初めはぴんと来なかったけれど、会えない時間が長いと感じるようになり、やがて気付いた。己の気持ちを受け入れ、子供達と離れる決意をするのに3年かかったのだ。
 今はまだ、ティナは婚約者という立場である。勿論、寝室も別で、ティナは最も良い客室を宛われていた。
 その処遇に不満はない。だけれど、城の皆がティナが妃になるということに好意的でない気がして……不安になるのだ。
 挙式は半年後の予定だけれど……その話し合いが難航していると噂で知っている。エドガーは絶対にティナにはそんな素振りを見せないけれど、周囲の空気でそれぐらいわかるのだ。ティナは以前ほど人の心に疎くない。感情を持って間がないからこそ、悪意に敏感であった。
 きちんと結婚するまでは、ティナには大してすることがない。
 作法や歴史などの勉強はあるけれど、例えばこうして朝早く起きてから食事まで、夕食を食べてから寝るまで、そういう時間を持て余してしまう。
 図書室で借りた本を読んだりもするが、いつでも読書という気分になれるわけではないのだ。ティナ付きのメイド・ミルッヒに教えてもらった刺繍をすることもあるが、どれも室内で行うこと。身体を動かし足りない気もする。
「贅沢なのかな……」
 ティナは溜息を飲み込んだ。
 エドガーと結婚するということは、フィガロの王妃になるこいうことだ。普通の人と結婚するのとはわけが違う。
 わかっていたつもりだった。覚悟していたつもりだった。けれど、実際、フィガロで生活してみると、ティナは自分というものは何一つなく、ただ言われるがままに毎日を送っているような錯覚を覚えてしまう。
「エドガーも、そうなのかな……」
 でも、尋ねることはできなかった。自分が不満に思っているなどと知られたくはない。エドガーと結婚を望む女など山ほどいるのだから。
 彼はいつもティナを気遣ってくれる。不自由はないかと尋ねてくれる。甘えてしまいたいけれど、甘えられない。普通の恋人同士とは違うのだからと、自分に必死に言い聞かせて、己を律していた。

 

†  †  †

 

 ティナがフィガロに来て半年が経とうという頃───挙式まではあと三月だ───エドガーの従兄妹がジドールからやって来た。
 彼の父親である前王の末の妹の娘である。ジドールの有力貴族であるリデーイラ家に嫁ぎ、一年に一度手紙があるかないかというつき合いであったが、つい一月前に叔母が亡くなった。リデーイラ家の当主は以前からの愛人と再婚するのに、前妻の娘が邪魔なのだろう。無理矢理、結婚を押し付けられそうだという話を聞いて、エドガーが引き取ったのだ。
 エドガーの従兄妹は、ユーリカといい、たいそうな美少女だった。天真爛漫と呼べば聞こえがいいが、貴族の娘だけあってワガママではある。だが、エドガーの乳母に大層気に入られた。
 幻獣という得体の知れない者───普通の人間にしてみれば恐ろしいもの───の血を引くティナよりも、城の者達はユーリカをエドガーの妃に望んでいるように見えた。
 それでもティナは、以前と変わらぬよう過ごす以外にない。親しい者もおらず、心細いまま毎日を送る。
 ユーリカが来てからというもの、エドガーはティナの元を訪れる回数が減った。彼女に付きまとわれているせいで、ティナはそれは黙って享受するしかない。
 今までに恋などしたこともないティナは、他にどうすればいいのかわからなかったのだ。
 以前は錯覚かもしれないと自分に言い聞かせていたティナを疎む空気は、日に日に強くなっている気すらする。
 それにはティナが幻獣を血を引く故の理由があった。
───子供が作れないかもしれない
 多種族同士の婚姻は可能でも、子供に生殖能力がないことが多い。それは人間と幻獣の間の子供でも同じなのではないか。そんな想像が噂となって流れているせいだった。
 聡いエドガーの耳に入っていないはずもないだろうに、彼は何も言わない。ただ、ティナを当たり前に受け入れる姿勢だけを崩さないでいた。

 夕食は四人でとる。先日、ドマから戻ったマッシュと、エドガー、ティナそしてユーリカだ。
 それ以外の時間は、ユーリカと顔を合わせることはない。彼女の真っ直ぐさが苦手なティナとしては、毎日の夕食が苦痛でならなかった───それを顔に出しはしないけれど。
 ユーリカからティナに話しかけてくることはない。まるで存在自体を無視するかのように、ティナなど存在しないかのように振る舞われている。エドガーは表だってそれを諫めはせず、時折ティナに話題を振ってくれるが、それはそれで苦痛だ───気を遣ってもらっても嬉しいと思えなかった。
 マッシュが戻ってきてからは少しだけマシになったものの、それでもユーリカを苦手だと思う気持ちは変わらず、ティナは日に日に幸せを感じることが少なくなっていた。

 ある日の夜、就寝前に珍しくもユーリカが尋ねてきた。
「珍しいのね」
 戸惑ったようにティナがいうと、ユーリカはティナの部屋を不躾に眺め回してから、彼女を真っ直ぐに見た。
「あなた、本当に兄様と結婚するの?」
 ユーリカは従兄妹であるエドガーを『兄様』と呼んでいる。
 突然の質問に、ティナは一瞬答えに詰まったが、
「ええ……」
 控えめに頷いた。その覚悟でモズリブを離れ単身フィガロで過ごしているのだ。
「国民がそれを望んでいないとしても?」
 思っていたとしても誰も口にしなかったことをずばりと言われ、ティナは言葉に詰まった。
 エドガーは王だ。ティナ一人のものではない。彼はいざとなればティナよりも国民をとるだろう───そうでなければあらず、自分のために多くの人を犠牲にできるような人間なら惹かれなかったであろうし、その覚悟もあったけれど。
「あなた、子供が作れないかもしれないんですって?」
 尊大な態度で言われても怒りすら沸き上がらず、ただただ小さくなってティナは俯いた。大事な人を傷付けられて怒ることはあっても、自分が傷付けられて怒ったことはない。怒りより先に、申し訳なさと悲しみが先立ってしまう謙虚な性格だ。
「………………」
「医師の話じゃその可能性は薄いってことだけど、でも、もし妃になるとしたらそれじゃ困ると思うの。可能性はゼロじゃないんだし、できないってわかってからじゃ遅いでしょう? 兄様は優しいからそんな理由であなたを捨てたりできないだろうけど」
 今までできるだけ考えないようにしてきた。エドガーだけを信じていればいいのだと自分に言い聞かせ、目を逸らしてきたことを突き付けられ、ティナは何も言うことができなかった。
「フィガロ王の妃になるって意味がわかるなら、私の言いたいことを理解してもらえるわよね」
「………………」
 存外に出て行けと言われているのだと理解し、震える唇で何かを言おうとしたティナだが、声にならない。
 どうするのが一番いいのか、ティナには判断でいなかった。勝手に決めてしまうのはエドガーに失礼な気がしたけれど、相談すれば「気にすることはない」と言うだろう。頭の中がぐちゃぐちゃで訳が分からなくなり、感情が高ぶったティナは不意に涙を落とした。
「なっ、泣けばなんとかなると思ってるの?」
 呆然と涙を落としたティナに怯んだユーリカだが、すぐにキッとした表情を作ると、
「とにかく、兄様のためにならないんだからね!」
 そう言い残して部屋を出て行った。
 暫く涙が止まらなかったティナだが、落ち着くと涙を拭って顔を洗った。
「マッシュに相談してみよう」
 彼ならいいアドバイスをくれる気がした。いい人だから快く相談に乗ってくれるだろうし、なんといってもエドガーとは双子の兄弟だ。エドガーのこともよくわかってるに違いない。
 運良くマッシュは部屋にいてくれた───夜、何をしているかなんて知らないが、エドガーの仕事を手伝っていることもあるらしい。
「どうしたんだ? こんな夜遅くに」
 マッシュは驚いた顔で目を見開いた。もう十二時になる。女性が一人で男性の部屋を訪れて良い時間とは言えない。
「ちょっと、相談があって……」
 そう呟くティナの泣き腫らした目に気付き、マッシュは困惑した顔をしながらも部屋に入れてくれた。
「どうしたんだ? 話してみろよ」
 手ずからお茶を入れながらマッシュに促され、ティナはぽつりぽつりと話し出す。
「う……ん……。私は、エドガーのお嫁さんには相応しくないのかな」
 心細げに零された言葉に、マッシュはギョッとする。なんてことを言うんだろう。兄には絶対に聞かせられない。
「そんなわけないじゃないか。兄貴はティナがいいんだぜ? 俺は再会してからずっと、兄貴がティナのことを想ってる姿を見てきた」
「……エドガーの気持ちを疑ってるわけじゃないの。ただ、エドガーは王様でしょ? 結婚ぐらい自由にっていうのも勿論わかるけど、私は本当に子供が産めないかもしれない。城の人達も私を歓迎はしてないし……国民も私の出自を知ったら嫌がると思うの」
 慰めすら思い浮かばない話の内容に、マッシュは唸るのを堪えた。マッシュ達はティナがどういう人間がよく知っているが、知らない人間は『幻獣と人間の子』そう聞いただけで不気味と思う可能性は充分にある。箝口令を敷いたとしても、必ずどこからか漏れるだろう。
「兄貴はその辺もちゃんと考えてるんだと思うよ。頭の悪い俺にはわからないけどさ。俺からそれとなく兄貴に言ってやろうか?」
 心底困った顔をしているマッシュに、ティナは苦笑いで首を横に振った。別にマッシュを困らせたかったわけではないのだ。
「エドガーは忙しいもの。ドマの復興はうまくいってるみたいだけど、他の国は思うように進んでないんでしょ? 最近、疲れてるような顔してるし、これ以上、荷物を増やしたくないの」
「でも、ティナは不安だろう? 正直、モズリブにいた頃の方がいい顔してた。無理してるの、見え見えだよ」
「…………ごめんなさい」
「なんで謝るんだよ。そうじゃなくって、もう少し、兄貴に甘えていいと思うんだ。ティナに甘えられるのは、兄貴には嬉しいことなんだから」
 マッシュの言っていることもわかるが、時と場合によると思う。エドガーはいつでも余裕たっぷりに見せるけれど、見せているだけだとティナは知っているのだから。無論、マッシュだって知っているのだろうけれど。
「少なくとも、勝手に出て行くとかはやめてくれな。兄貴がキレる」
 顔を歪めたマッシュに、ティナは小さく吹き出した。エドガーがキレるところなど想像がつかない。
「まさか」
「いーや。絶対にキレるね。我慢が募ってるだろうしな……」
「我慢?」
「いや、こっちの話」
 忙しいが為に初夜は結婚までお預けという状態にエドガーが不満を抱いていると、ティナに気付けるわけがない。
「とにかく、兄貴に言っておくから。な?」
「う、ん……。そうよね。私が勝手に決めていいことでもないわよね」
「そういうことだ。じゃ、もう遅いから寝た方がいいぜ。部屋まで送ろうか?」
「ううん。近いもの。ありがとう、マッシュ」
「いや。兄貴のこと、捨てないでやってくれよ」
 マッシュの言葉に「逆じゃないのかな?」と思ったけれど、それは口にせず部屋を出た。

 毎晩、遅くまで様々な雑務に追われているエドガーは、今日もぐったりとして部屋に戻ろうとして……。
「…………!!!」
 隣の部屋、弟のマッシュの部屋から出てきた意外な人物に目を見開いた。
(何故、ティナが……マッシュの部屋から……? こんな遅くに…………)
 呆然と立ち止まっていると、ティナがエドガーに気付いた。バツが悪そうに頬を強張らせると、泣きそうな顔でエドガーに近付いてきた。
「お仕事は終わったの?」
 消え入りそうな声で尋ねられたが、言葉は頭に入ってこなかった。
「何をしてたんだ?」
 自分では冷静なつもりだったが、発した声は幾分怒気を孕んでいて少しだけ我に返る。
「あ……えと、少しお話をしてたの」
 困ったように小首を傾げるティナは、少しばかり目が赤い。まるで泣いた後みたいだ。
「なんの話だ?」
 詰問するように尋ねると、
「大したことじゃないの……。別に……」
 ティナは言葉を濁す。何故、隠す必要があるのか。エドガーは冷静であるはずの自分の心が、段々理性で制御できなくなっていくのを感じていた。
 自分のために彼女がモズリブの子供達と離れる決意をしてくれたと、自惚れすぎていたのだろうか。そういえば最近、ティナの笑顔を見ていない。彼女が見せるのは消え入りそうな微笑だけだ。
 それでもエドガーは失踪しそうになる理性を必死で呼び戻し、静かに言った。
「わたし達もゆっくり話をしていないな。少し、話さないか?」
「え、そうね。でも、疲れているのに大丈夫? もう遅いわ」
 遠回しに避けられているような気がして、エドガーはひくりとこめかみを振るわせる。
「わたしは大丈夫だ。それとも、わたしとは話したくないか?」
「そんなわけ……。私はただ、エドガーが心配で……」
 不安そうな瞳で見つめられ、苦笑いを浮かべたエドガーはティナの肩を抱くと自室に招き入れた。
「それで、何を話してたんだ?」
 些細なことに拘っていると思ったが、聞かずにはいれなかった。ティナが言おうとしないから余計に勘ぐってしまうのだ。
「……その…………」
 言いにくそうに視線を彷徨わせるティナを見て、疑うなという方が無理だ。
「ティナ。わたしでは話せないのかい?」
 いつも通りに振る舞ってはいるが、瞳は有無を言わせぬ色を湛えていて、ティナは深く息を吐き出した。
「私は、あなたに相応しくないんじゃない?」
 溜息の後に続けられた言葉は、エドガーの心をひどく揺さぶった。一体、彼女はどういう意味でそう言っているのだろうか。
「何故?」
 身に着けたポーカーフェイスという仮面が心底有り難いと思う。本当はなりふり構わず問いつめたかった。
「あなたは王で、フィガロ国民は私をきっと望んでいないから。それに……私は本当に子供を産めないかもしれない」
 月経はきているけれども、それが必ず子供を産めることにはならない。幻獣と人の子という今までに例のない存在だけに、何もわからないのだ。
 ティナの言葉に、エドガーは溜息を飲み込んだ。
「それをマッシュに話してたのか?」
 尋ねるとティナは小さく首を縦に振る。
「それで、マッシュはなんて?」
「励ましてくれて、私が不安に思っているってあなたに伝えておくって……」
「……すまなかったね」
 エドガーは素直に謝って、ティナを抱き寄せた。
「何も君が不安に思う必要なんてないんだ。だから大丈夫」
 何がどう大丈夫なのか、ティナには理解できない。「大丈夫」という言葉を信じられる根拠が見つからない──ただ無垢に、闇雲にエドガーの言葉だからという理由で信じられるほどに単純ではなかった。
「……でも、私が妃になることは、国のためにはならないんじゃないの?」
 まったくもってその通りであり、エドガーは再び溜息を飲み込んだ。
「国を治め守ることに尽力しているわたしに、褒美ぐらいあってもいいと思わないか?」
「褒美?」
 不思議そうな表情で上目遣いに自分を見上げるティナはひどく可愛らしい。
「もし君と結婚できないんであれば、わたしは決して誰とも結婚しないよ」
「そんなことできるわけ……!」
「しないと言ったらしない。一生、恋人同士でいいじゃないか。誰がなんと言おうと、私は君以外の誰かを選ぶつもりはないんだから」
 優しい口調だったけれど、青い瞳は強い意志を湛えていた。
 彼の言葉がどうしようもなく嬉しいけれど、本当にそれでいいのかティナはわからない。
「あなたがそう想ってくれるのは、とても嬉しいわ。でも、この先、本当に子供ができなかったりしたら、誰が国を継ぐの?」
「マッシュの子供にでも継がせるよ」
「それは……マッシュだって結婚するかどうかだってわからないし……。もし、彼も子供ができない人と結婚したかったら、諦めさせることになるじゃない?」
 だからといって先に自分が諦めるのは変な話だとも思うけれど。
「君は誰かが傷付く可能性があるのなら、自分が傷付いた方がいいんだね」
 失笑したエドガーは、ティナの頭を優しく撫でた。そういう彼女の痛いぐらいの優しさが愛しいと思うのだけれど。
「もっとワガママになってほしいと思うよ。……君のわたしに対する気持ちは、簡単に諦められる程度だったのかと、責めてしまいたくなる」
 悲しそうな言葉に、ティナの心が痛んだ。何かを言おうとするが、何を言っていいのかわからない。
「子供達と離れわたしの元へ来てくれた君の気持ちを疑うつもりはない。だけれど、わたしの想いの方が深いのではないかと、時折感じてしまう。わたしは何があっても君を手放したくないんだ」
「エドガー……」
 いつになく真摯なエドガーの表情に、ティナはどうしていいかわからない。自分はどうするべきなのかわからない。
「どうすれば、君はわたしをもっと求めてくれるんだ……?」
 エドガーはティナを抱き寄せていた腕に力を込めた。どうあっても離したくないのだと、どうすれば伝わるのかともどかしい想いが溢れる。
「君を愛しているんだ! はじめて譲れないと、諦めることはできないと思ったんだ。君を失うなんて考えられない……」
 いつも余裕たっぷりな態度しか見せないエドガーの狂おしいほどの呟きに、ティナは心臓が鷲掴みされたかのように痛んだ。
「エドガー、私もあなたといたいと思ってるわ。離さないでほしいと思ってる。でも、私のせいで、あなたが国民から非難されるようなことになってほしくないの……」
「これぐらいのワガママは許されるぐらいに、働いているつもりなんだけどね」
 ティナを抱きしめていた腕を緩め、エドガーは苦い笑みを零して、ティナの頬にそっと手をやる。
「君はモズリブに帰りたいかい?」
 幼子をあやすような優しさで尋ねられ、ティナは一瞬、言葉に詰まったが、首を横に振る。帰りたいわけじゃない。
「わたしの傍で、わたしを幸せにしてくれるかい?」
 幸せにする、でないところが、エドガーらしいのかもしれないとティナは口元を綻ばせた。
「私にそれができるのなら」
 あれだけ不安に思っていた心が嘘のように軽くなる。ティナの返事にエドガーは満面の笑みを浮かべた───彼がこんな風に笑うのは珍しい。
「君にしかできない」
 囁いて唇を寄せる。
 会う度口づけを交わしてはいたけれど、いつも触れるだけの軽いものだった。初めて味わう深く情熱的な口づけに、ティナは呼吸が止まってしまうかという錯覚を覚えた。
 可憐な唇を余すとこなく味わい、喘ぐように開いた唇の間に舌を滑り込ませる。熱い吐息の合間で口内を蹂躙すると、次第にティナの身体から力が抜けていった。
 つい、手加減抜きにしてしまったことに気付いたエドガーは、苦い笑みを浮かべてティナを解放した。
 大きく息をついたティナは、うっすらと涙を浮かべて惚けたようにエドガーを見る。翡翠の瞳は溶けてしまいそうで、エドガーは理性をかなぐり捨ててしまいたいと思う。
「そんな可愛らしい顔をされたら、わたしは自分を押さえられなくなってしまうよ」
 恋愛に疎いティナには意味がわからなかったのだろう。不思議そうに小首を傾げる。
「……?」
「正式に結婚するまでは、我慢しようと自制しているんだけどな。本当は、君が欲しくてたまらない」
 真っ直ぐに見つめられた深い青の瞳は、いつにない熱を帯びていて……ティナは頬を朱に染めた。
 そんな素振りすら見せないから、彼がそんなことを望んでいるなんて思ってもみなかったのだ。でも、決して嫌ではなかった。
「嬉しい……」
 小さく呟くと、エドガーは驚いたように目を見開いた。
「あなたが望んでくれるのなら、嬉しい」
 恥じらうように長い睫毛を伏せたティナに、エドガーは「まいったな……」と苦笑いをこぼす。
「え?」
 ティナが不思議そうにエドガーを見ると、エドガーはそっとティナの目を覗き込んだ。
「そんな風に言われたら、さすがの私でも止められないぞ」
 確認するように言われ、ティナは小さく首肯した。そういう知識に乏しいティナだけれども、カタリーナの出産を経て、最低限の知識はある。恐くないと言えば嘘になるが、それでも構わなかった。エドガーが望んでくれるなら。
「君の些細な不安なんて、全て忘れさせてあげるよ」
 囁いたエドガーの声には、何故か悪戯っぽい響きが含まれている。
「うん? 忘れさせてね」
 小さく微笑んだティナは、目を閉じてエドガーの口づけを待った。
 たっぷりと唇を重ねると、徐々に深くなる口づけは先程よりも激しくて、求められる喜びと、切なさとが入り交じり、ティナは何も考えられなくなる。

 ずっと、あなたに満たされていればいいのに……

 ティナのささやかな望みは、きっと適うだろう。


・ fin ・

 

■あとがき■

 はい。短編はロクセリだともうネタがないため、エドティナです。
 携帯版【万象の鐘】1周年&10000hit記念フリー創作。か~な~り、遅くなって申し訳ありませんでした;;
 フリーなので勿論、お持ち帰りOKw OKというより、どなたか、是非、お持ち帰ってください。持ち帰って自分のHPに掲載したいという奇特な方は、こちらを読んでくださいね。
 なんでこんな話を書いたのか。余り理由はありません。なんとなく思いついたのでw
 ティナって控えめな性格だと思うんですよ。自主性はかなり乏しい。そして自分のことに疎い。うーん。可愛い奴だw
 ここでのエドガーは少し気が利かない奴になっちゃってますね。気が利きすぎると話が進まないっつー理由にすぎません。あしからずw
 こんな風にまとまる予定じゃなかったから、最初は題名が『ガラスの靴』でした。うーん、また題名と内容がマッチしない^^; ということで変更。シンデレラみたいなイメージでと思ったのに、全然、違うじゃーん。題名っていっつも悩むんですよね。いい題名が思い浮かばない。。。『黄砂に咲いた花』は、砂漠のフィガロで幸せになろうとするティナをさしています。ありがちな……すみません。素敵な題名を思いついた方、是非「これにしろ」と一報ください(笑)
 しかし、どこで終わらせるかに悩むのよ。。。裏じゃないし、アダルティーにする気もない話なので、困りました^^; 難しいよね。二人のやりとりがロクセリと被らないようにするのも困った。結局、似たようなことになっている気がします。うーん、同じ話しか書けないって致命的だわ。。。(でも、そういう話が好きだから、そういう傾向の話ばっかりになっちゃうんであって、仕方ないのかしら?)
 さぁて、中途半端に終わってる気もします。次のフリーはこの続きか?(どうだろうねぇ) 大体、ユーリカはどうなったのか? どうなったんでしょう? やっぱりこれはいつか続きを書くべきねw その前に裏で続きを書きたい気も……w (04.10.11)

 

 現在はフリーという扱いをしていませんのでご注意ください。転載禁止となっています。(20.9.21)

【この頁で使用させて頂いた素材サイト様】 ClipArt:WhiteBoard