今日は、あたしの誕生日だ。
今日、あたしは17歳になる。もう子供じゃない。まだ大人じゃないかもしれないけど……。
「よお、はかどってるか?」
庭で彩色をしていたあたしは、突然声を掛けられて振り返った。
「セッツァー……」
あたしは顔が緩みそうになるのを堪える。嬉しそうな顔なんて絶対に見せたくない。悔しいから。
セッツァーは月に一度、サマサへ来る。あたしの描いた絵を引き取って売りに出すために。
サマサを出ないかと言われたこともある。けど、じじいと一緒にここにいたかった。
「……珍しいな。庭で人物画?」
セッツァーは眉をひそめた。彼は変わってない。あの頃から、出会った頃から7年経ってもほとんど変わっていない。エドガーもロックもあんまり変わらないけどね。
「なんとなくね」
あたしは肩をすくめた。昔ほどムキにならないようにしている。悔しいから。
「それに……こんな悲しい女を書くなんてどうしたんだ?」
「なんとなく。たまには違うのも書いてみようかと挑戦してるだけ」
あたしはすげなく答える。
違う。本当は違う。
描かれているのは髪の長い女性。黒髪でゆったりとしたウェーブの髪だ。瞳は紫。その瞳から大粒の涙がこぼれ落ちている。
『振り向いてもらえない女』これが絵の題だ。それを口に出すつもりはないけどね。
「絵はその人の心を写すって言うが……そうなのか?」
セッツァーはあたしをからかおうとするでもなく、神妙な顔つきであたしを見ていた。あたしは目をそらし、
「この間、読んだ本のイメージで描いたらこうなった」
適当なことを言う。違う。これはあたしだ。あたしだってこんな風に想うこととがあるということ。伝えるつもりはないけれど。
「……お前は、変わったな」
セッツァーは薄い笑みを浮かべた。寂しそうにも見える。多分、彼には、幼くて子供の私の方が楽しかったのだろう。父親でもおかしくないほど年が離れている。
「成長したって言ってくれる? 育ち盛りなんだけど」
私は普通に答える。胸が痛い。早く追いつきたいのに、永遠に追いつけない。
「それに綺麗になったとか言えないの~? まあ、エドガーみたいにお世辞丸出しはどうかと思うけど」
「言ってほしいのか?」
にひるに片頬を歪ませたセッツァーにそう聞かれてあたしは押し黙る。悔しい。まだ負けている。
「いや、セッツァーがあたしにそんなこと言ったら不気味かも」
「だろうな?」
言ってセッツァーは突然大笑いをした。なんで笑ってんだろう? 頭おかしくなったかな?
笑いが引くと、彼は優しい表情で言った。
「この絵はいい女だな。……ダリルに似ている」
ダリル……セッツァーの……大事な人。多分、セリスよりも。だってセリスはもう人妻だしね。去年子供も産まれたし。ダリルは死んじゃったから、セッツァーの心から消えることがない?
そういう意味ではセリスが羨ましかった。セッツァーをフッて、恋人に死なれているロックに愛されて。
「じゃあ、あんたにあげるよ」
あたしはあっさりと言った。
「売るつもりで描いたわけじゃなくて、試作品だしね。書き上がったら持っていっていいよ」
あたしの言葉が、セッツァーは意外に思ったみたいで、変な顔をしている。
「……そういえば」
突然話題を変えてセッツァーは空を見上げた。
「今日は、お前の誕生日だな」
「そういえばじゃなくっても、そうなの!」
あたしは少しむくれる。多分、誰かに言われたのだろう。フィガロの王妃になってるティナ辺りに。
「プレゼントを預かってきてるぞ。直接渡せなくてすまないと言っていた」
そう言って、マントの中から小箱を二つとりだした。どちらも長方形。一つは結構長い。
「ん~? ありがと~」
あたしはそれを受け取って開けてみる。揃いのブレスレットとペンダントだった。涙型のアクアマリンが付いてる。
「うわっ。可愛い~」
あたしは満面の笑みを浮かべた。アクセサリーってそんなに興味ないけど、人からもらうと嬉しい。
「ペンダントがエドガーとティナ、ブレスレットがロックとセリスだ。ティナとセリスが選んだらしい」
「えへへ~。やったね~」
あたしは早速それをつけてみる。ペンダントはなんとかつけられたけど、ブレスレットって片手でどうやってつけるんだろう?
あたしが変な顔をしていると、ひょいっとセッツァーがそれを取った。
「手を貸せ」
あたしはその親切さを不気味に思いながらも、右手を出す。
「お前は不器用だな」
そう言って口元を歪めるセッツァーがムカつく。
「余計なお世話だっ」
むすっとして睨むと、彼は失笑した。
「あと、これは俺からだ」
またマントの下から何かを取り出す。あれって、どこに入れてるのかね?
セッツァーが渡してきたのは一組のカードと丸いベロアのケース。
「このカード……」
「お前の絵が柄になっている。特注だ」
「ほえ~」
あたしは呆れた。自分の描いた絵のカードなんてもらっても、なんだか恥ずかしい。
ベロア生地のケースを開ける。ムーンストーンの指輪だった。白いムーンストーンの両脇を小さなオレンジムーンストーンが飾っている。
「これ、は?」
あたしは呆気にとられた顔でセッツァーを見上げた。
背は余り高くならなかった。150センチしかない。
「いらないのか?」
「……くれるの?」
「あげなきゃどうするんだ? 見せるだけか?」
セッツァーは意地悪そうに笑う。ムカつきたけど、それよりなんだか切なくて悲しくなった。
「サイズ、知ってるの?」
誤魔化すように尋ねると、セッツァーは笑って「さあな」と答えるだけだ。
ムッとしたけれど、とりあえず填めてみようかと手に取ると、セッツァーがそれを奪った。
「何すんのよ!」
やっぱりくれない気だろうか。底意地の悪いこいつならやりかねない。あたしが失礼なことを考えていると、セッツァーはあたしの左手を取った。
「?」
あたしはきょとんとしてそれを見ていた。
セッツァーが、あたしの左手、薬指に指輪を填めるのを。
「…………………………えと……」
あたしは思考が付いていかない。有り得ない。セッツァーは多分そんなつもりじゃない。
左手の薬指は心臓に繋がっていると太古から言われている。そのお守りだろう。
「ありがと」
とりあえず呟いた。余計なことを聞きたくなかった。
だがセッツァーは微妙な表情で、
「わかって礼を言ってるのか?」
「へ? あ、高いものだった?」
「………………」
セッツァーは片手で額を押さえる。呆れているらしい。
「お前は普段振る舞っているより鈍いのか?」
「……そんなことないけど…………」
確かめるのが恐いだけだ。
「やっと、17か」
セッツァーは苦笑いをこぼし、あたしを抱き上げた。昔と同じ、まるで小さな子供のように。
「なにすんだよっ」
あたしは顔が熱くなったのがわかって、恥ずかしくてたまらない。
「指輪を、受け取っただろう?」
「……受け取っただけだろ! 誕生日プレゼントで!」
「礼を言ったじゃないか」
「そりゃ貰ったら礼くらい言う!」
「しらばっくれるんだな?」
顔を覗き込まれ、あたしは更に顔を赤くした。
「だって……」
小さな声で呟く。
「なんだ?」
「言葉にしなきゃわからない……」
勝手に勘違いしろというのだろうか。全く、本当にどこまでも自分勝手な男。
「俺は、言葉よりも態度で示す方が得意なんだ」
セッツァーがその言葉を言い終わった時には、あたしは反論を返す間もなく唇を塞がれていた。
傲慢な態度の男なのに、優しいキスで。あたしは涙を零した。
「……悪い。泣かせたいわけじゃないんだ……」
「あたしは初めてのキスだったんだぞ! 責任とってもらうからな」
強がってそんな風に言うのが精一杯だった。
セッツァーはいつものにひるな笑みで、
「俺流に、責任とってやるよ」
謎なことばを口にした。
俺流? って、どんなん?
嬉しいような、切ないような、微妙な誕生日。
・ fin ・
■あとがき■
うはっ! 両者別人……。こんなものを書く日がくるとは……。別人てモノは書きたくなかったのですが、別人になっちゃったのよ~。ぐすん。お許し下さい。
ということで、9/9リルムの誕生日なので、フリー創作です。ちなみに私のフリーに今のところ期限が付く予定はありません。だって、誰も持って帰ってくれないんだもの。少し悲しい……。
いや、私は持ち帰る!という方はこちらをお読み下さい。(03.09.08)
現在はフリーという扱いをしていませんのでご注意ください。転載禁止となっています。(20.9.23)
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