天・然・素・材



-15-

 俺の生まれは、ジドールの歓楽街にある“睡蓮”という娼館だ。18歳と若かった母は身よりもなく、俺を身籠もった状態で娼館に来たらしい。優しく美しい母だったが、俺が5歳の時にストーカーに殺された。
 俺は母の上客の一人、グレゴリーという男に引き取られた。55歳で独身のグレゴリーは賭博場“スターライト”を経営しており、跡取りを欲していた。娼館に付随している女を選ぶための酒場で、幼い俺は多くの娼婦に可愛がられながら給仕の手伝いなんかをしていた。グレゴリーはそこでトランプマジックを披露してくれて、子供だった俺はそれに大喜びした。それ以来、懐いていたからだろう。魔法のようにトランプを操る様が、とてもすごいものに思えた。
 一人の女と長く付き合えないという点以外、グレゴリーはいい男だった。俺は彼を父のように慕った。世界に数台しかないという飛空艇を所持していて、“ブラックジャック号”と名付けていた。その飛空艇を空飛ぶカジノにするのが夢だと言い、改装を進めていたのだが、ある日、カジノで大負けした酔っ払いに殺された。俺が12歳の時だった。
 カジノの経営を引き継いだのは当時主任をしていたノイブルガーという男で、彼も俺を可愛がってくれたが経営には向いていなかった。赤字を出し続けて夜逃げをし、“スターライト”は人手に渡ってしまった。
 唯一の救いは、飛空艇が手元に残ったことだろう。そのためにグレゴリーの残した豪奢な館を手放すことになったが、仕方がなかった。
 すぐにカジノを始めることはできなかったが、ディーラーとして働きながらカジノについて更に学び、出資者を捜し、17歳の時、飛空艇で会員制のカジノを始め、旅をしながら出来るカジノという売りで成功した。
 俺の人生は恵まれているのか不幸なのかよくわからない。ただ、思うように突っ走って来た気がする。
 ダリルに会ったのは20歳の頃だ。成功していたとは言っても、俺は自分まで賭けの商品にするような無謀なことばかりしていた。そんな時、2つ上の彼女に出会った。
 やはり飛空艇の持ち主である彼女は、空を愛し、飛空艇に誇りを持ち、誰よりも早く空を翔けることを望んだ───持っている者が少ない時点で彼女か俺しかいなかったが(数台あった飛空艇はメンテナンスができる人間が死んだせいで、俺達だけになっていた。ダリルは自分でメンテナンスをこなし、俺はメンテナンスできる人間を養成していた)。だから飛空艇をカジノにしている俺が気に入らなかったらしい。俺は他人に認めてもらおうなんざ思っちゃねえからシカトしたいところだったが、正直、彼女はすげえいい女だった。
 俺は彼女に一つの賭けを持ちかけることにした。
「飛空艇で勝負して、俺の方が早かったら俺の女になれよ」
 その言葉に、彼女は余裕の笑みで頷いた。自信に満ちたその笑顔がまた綺麗で、絶対に勝ってやると思った。
 結果は全戦全敗。
 早さを追求するために整備された彼女の飛空艇“ファルコン号”と、カジノをするための乗り心地を考えた俺の“ブラックジャック号”で勝負になるはずもなかったんだ。
 彼女と空を翔けるのは楽しかった。だが彼女はそのせいで死んだ。永遠に続くと思っていた時に、終わりがあることなど知っていたはずなのに。何度も味わっていたはずなのに、どんな時よりも大きい喪失感が俺を襲った。
 だからといってそれに打ちひしがれていることは、できなかった。
 彼女の分も大空を翔け、自分らしい行き方をしようと、そんな風に理屈っぽく思ったわけじゃあないが、結果的に俺はそうしていた。
 そして、あいつらに出会った。
 誰かとつるむということを好まなかった俺だが、不思議と心地よかった。
 セリスが泥棒ヤローのものになっちまったのは面白くなかったが、切り替えの早い俺には大したことじゃない。
 ケフカを倒し、仲間達と離れて3年。
 俺は飛空艇を生かして、エドガーが世界復興を支援する手伝いをしてやっている。忙しいのは悪くない。俺のカジノが無くなっちまったのは未だに残念だが、失った物にいつまでも浸りたくはなかった───かつてのロックのように。

 

†  †  †

 

「よお! 描いてるな」
 俺は月に一度、サマサを訪れる。リルムの絵をアウザーに売ったりジドールの競売に出したりするために引き取りにくるのだ。
 リルムは絵を描くのが早い。そして多彩な絵を描く。あの技量、想像力、表現力、全てにおいて、俺は幼い彼女が描くより巧い絵を見たことはない───誰もが同じ事を言う。
 天気のいい日は、大抵外で絵を描いている。だが室内に籠もっているよりリルムには青空の下の方が似合う、と俺ですら思う。
「描いてるよぉ」
 リルムは少しだけ頬を膨らませて答えた。キャンバスを見つめたまま俺を見もしない。
 出会った時はリルムはまだ10歳だった。5年の歳月が流れ、15になった少女は、余り変わっていない気がする。背は低いままで、顔立ちも幼い。あんだけ人見知りだったのに、口だけがどんどん達者になっていく気がする。
「それはなんだ?」
 キャンバスにあるのは薄い青。濃淡も乏しいそれに、リルムは筆を走らせる。下書きをしないのはすごいと思う───俺は他の絵描きの描き方など知らないが。
「ん~? 竜」
「竜!?」
 どこからどう見ても、わからない。が、まだ書き始めなのだろう。
「出来上がったのはいつもんところにあるよ~。勝手に持ってって」
 絵を描いている時のリルムは他のことに興味を示さない。すげない奴になる。俺にはそんなリルムを見る度に、心にすきま風が吹く。正直に寂しいと言えればいいのだろうが、そんな年でもない。
「そうするさ」
 肩をすくめて彼女がストラゴスと暮らす家の扉に手を掛けようとした時、
「セッツァー、まだ?」
 背後から色っぽい声がかかった。
「ああ。ちょっと待っててくれ」
 振り返って答えた俺に、リルムが珍しくも反応した。
 俺に声をかけたのは褐色の肌に金の瞳と亜麻色の髪をした美女。レヴィセーンという名で、アルブルグの酒場でしつこく言い寄ってきたからとりあえず付き合ってやっている。
「へえ? めっずらし~」
 ニマニマした笑顔になったリルムは、「キシシシ」と笑う。年頃のはずなのにこんな笑い方をするリルムは飾らない。それどころか女だという自覚がないのかもしれない。思春期とやらはやってこなかったのだろうか。
「びっじ~ん。セリスには負けるけどw」
 余計な一言に、俺の頬が歪む。レヴィセーンは確かにいい女だが本気で惚れることができる相手じゃない。恋愛をゲームのように楽しむタイプであり、俺はそういう女には飽き飽きしている。
「お前みたいに男が寄りつきそうもない奴に言われたくないだろうよ」
 俺が言ってやると、リルムは「いーっだ」と顎を突き出してきた。やっぱりやることが幼いが、俺は何故かそれにホッとする。
「その子も一緒に戦ったの?」
 余裕の笑みを浮かべたレヴィセーンが近付いてきた。相手がこんなお子様でも、やはり張り合ってしまうようで、馬鹿馬鹿しいと思う。
「ああ。リルムって言う。生意気なガキ」
「そのガキに突っ込まれて言葉を失う中年がさ」
 さらりと失礼なことを言ってのけるリルムに、レヴィセーンが吹き出した。
「はじめまして。レヴィセーンよ」
 笑顔で手を差し出すレヴィセーンに、リルムは苦笑いを返した。
「リルムです。ごめん。あたしの手、絵の具が付いてるんだ~」
 両手を翳すと、確かに所々青くなっている。
「綺麗な色ね」
 キャンバスを覗き込むレヴィセーンに、リルムは照れたのか複雑そうな表情になって、
「そう? 描き上がって気に入ったらあげようか~? セッツァーのお守り料」
 また失礼なことを言った。くすくすと笑みをもらすレヴィセーンは、
「セッツァーは大人よ? 少なくとも私の前では」
 俺を自分の物だと言いたげな一言。やはりリルムに対抗心を燃やしているのだろう。相手が子供でも女は嫉妬深いものだ。
 放っておこうかとも思ったが、もう少し見ていたい。リルムはなんて答えるだろう?
「セッツァーが恋人の前で子供っぽかったらキモいよぅ?」
 ちょっと殺意が込み上げちまった。まったくもって失礼な奴だ。レヴィセーンは呆れ顔になっている。やっぱり放っておこう。
 ストラゴスに挨拶をして白い布に包まれたキャンバスを確認し、再び外へ出るとレヴィセーンの姿は消えていた。
「飛空艇で待ってるって~」
 また俺を見ずにリルムが言う。
「機嫌、損ねちゃったかも。ごめんね~」
 全く悪びれずどうでも良さそうな口調だったが、いつものことだ。気にならない。
「別にいいさ。どうでもいい」
「おいおい。恋人じゃないの?」
 キャンバスに向いていた視線を外し、呆れたような目を俺に向けてきた。
「しつこかったからとりあえず付き合ってやってるけどな。どうでもいいさ」
「ありゃりゃ。ま、あのお姉さんプライド高そうだからね~。だけど、セッツァーってそういう女好きそうじゃない? 気の強いの」
 確かにダリルもセリスも気が強い。マリアも気が強いと聞いていた。
「別に気が強いのが好きなわけじゃねえよ。自分を持ってる女がいいだけだ」
「ふーん? 顔がいいだけじゃだめなんだ?」
 リルムにそういうことを言われると、何故か複雑な気分になる。
「いい女がいいさ」
 俺は言い置いて、その場を立ち去った。
 これ以上会話を続けることは、無意味だと感じたからだ。
 レヴィセーンを見せた時のリルムの反応に、何か期待していたのかもしれない───

 

†  †  †

 

 あれからすぐにレヴィセーンと別れた俺は、1月後、再びサマサを訪れた。
「あれ~? 今日は恋人一緒じゃないの? 飛空艇で待ってる? 私のこと、嫌っちゃったかな~?」
 今日は絵を描いていなかったリルムは首を傾げた。
「一体、お前は何を言ったんだ? 別にどうだってよかったんだけどよ」
 訝しげな顔で尋ねる俺に、リルムは更に首を傾げる。
「聞いてないの? ま、大したこと言ってないけど。っていうか、何言ったっけ?」
「俺に聞くな!」
 突っ込みはするどいくせに、なんで自分のことには惚けるんだ。これは素なのか、フリなのか……。
「あいつとは別れたんだよ。ま、面倒がなくなってよかったけどな」
「強がり~」
 馬鹿にしたように言ったリルムだが、心なしか表情が明るくなったような気がする。果たしてそれは俺の願望なのか──そんなわけない。
「俺に言い寄ってくる女なんざ、ごまんといんだよ。お前とはちげーんだ」
「あたしはいいんだもん。あたしだけを見てくれる平凡でも優しい人で。格好つけたりしないでさ、不器用でも思いやりのある人がいいんだから」
 へへん、と胸を張るリルムに、俺は少しだけムッとする。俺みたいな男は最低だとけなされているような気がしてきた。
 俺だって優しいさ。セリスには優しくしてたつもりだしな。ダリルには意地張っちまったけど、それはあいつの性格がそうさせてたんだ。この年になって好きな女に優しくできないことほど情けないことはない。リルム相手に意地張ってムキになっちまうのは、いいんだ。俺はリルムのことが好きなわけじゃない。可愛い妹みたいなもんで、俺は軽口の叩き合いにつきあってやってるだけだ。そう思ってみても、我ながら言い訳がましいと思う。
「そういう男だって、美人には弱いんだぜ、どーせ」
「そういうこと言わない人ね」
 大概笑って言い返してくるリルムだが、なんだかムキになって俺を睨んでいる。大様に見えるが、やはり幼い分感情の起伏は激しいのかもしれない。
「可愛くないガキだな」
 俺が溜息混じりに呟くと、リルムは「ふんっ」とそっぽを向いた。
「おっさんに可愛いって言われたって嬉しくないから結構です!」
 なんでいつもこうなっちまうんだろうなあ。
 リルムのこと、傷付けたいわけじゃ、ねーんだけどなぁ。
 大人な俺が折れるべきなんだろうが、こいつ相手に折れるのは悔しくて結局できねーんだった。

 

■あとがき■

 携帯版666hit 一音さんのキリリクです。自分の恋愛ことに関してはちょっとニブいリルム(セツリル)にお応えします。
 セツリルです~! 題名はいかにもリルムって感じなんですが、セッツァー視点。疎いリルムに振り回されるセッツァーって感じて書けたらいいなあって思ってます。
 いつもはリルム視点だし、その方が書きやすいんだろうけどね。セッツァーが何故リルムに惹かれたか、ってことなんかを書きたいと思ったからさ。
 ちなみに15ってのはリルムの年の事です。いきなり「15」からかよ! と思った皆様、申し訳ありません。なんか「15の○○」とかにしようかと思ったんだけどさ。オザキユタカみたいになっちゃうじゃーん。
 なんだかセッツァーが別人になってる気が。。。話し方とかが掴めないんです。口悪いけどさ、なんかロックみたいな口調になってきちゃって……困っちち。 (04.04.11)

-16-

 あれからも毎月サマサへ行ったが、半年も経ってからリルムは変なことを尋ねてきた。
「そういえば、新しく彼女作ったりしないの?」
 気になるんだろうか? 俺は何故か浮き足だった気持ちで尋ね返した。
「なんでだ?」
「ん? なんとなく」
 曖昧な答えは、本当に単なる好奇心なのか……。
「また、お前に余計な事を言われて別れるかもしんねーしな」
 ちょっとした嫌味を言ってやると、リルムは目をぱちくりさせた。
「って言っても、何言ったっけなぁ」
 あの後すぐでさえ覚えていなかったのに、今、覚えているはずもなく、とぼけた素振りで天上を見上げるリルム。しかし、
「よく覚えてないけど、後腐れなさそうな女だとか、セッツァーは何も貢いでくれないでしょ? とか言ったかも」
 首を傾げながらリルムは呟いた。なんだよ、覚えてんじゃねーか。
「……いいんだけどな。あんな女にやるもんなんかねぇし」
 俺は面白くなさそうに葉巻に火を付けた。
 リルムが言った台詞は意外なものだ。張り合うように相手を蹴落とすような内容を口にするなんて、本当に意外すぎる。だが、ちょっと期待外れだった───どんな期待をしていたのか、自分でもわからないが。
「っていうか、セッツァーって恋人とかにもプレゼントしなそ~」
 きゃははとリルムは甲高い笑い声を上げる。
 彼女の唯一の家族である祖父ストラゴスは、近所に囲碁をやりに行っているそうだ───サマサで流行っているらしい。
 今日の彼女はキャンバスに向かっていなかった。昼飯を食べ終わったところへ俺が訪れ、食後のお茶につきあっている。
「なんでだ?」
「『物でつろうなんざ、思っちゃいねぇ』とか言って~」
 俺の真似をするリルムだが、全くもって似ていない。だが可愛いから許してやろう───女として可愛いわけじゃねぇけどな。
「そんなことはないぜ。誕生日とかそういうイベントに拘ることはしねーが、そいつに似合いそうなものがあったら買うし」
 憮然とした俺の答えに、リルムは眉毛を跳ね上げた。
「へえ? でもダリルさん相手じゃ渡せなかったんじゃないの~?」
 にひにひ笑われ、俺は押し黙った。図星だ。
 しかもリルムに似合いそうだと思って買った挙げ句、あげられないでいるものも結構ある。この前の16の誕生日も、似合いそうなブローチを見つけて買ったものの、飛空艇の私室にしまいこんだままだ。
 マメなことをするみみっちぃ男なんてかっこわるいと思ってきたが、あげられないのも充分かっこ悪い。が、あげらんねーものは仕方ねぇ。俺はそういう性格なんだ。
 というよりはリルムの性格のせいだろう。相手がセリスなら、スマートに渡している。
「セッツァーって強引に見えるけど、実はそうでもないよね。相手の気持ちを思いやっちゃうのか、臆病なのか、面倒臭いのか、わかんないけど」
「─────────」
 こんな子供に分析されちまう俺って……。
「欲張りなようで、いざ手に入りそうになると恐くなっちまうんだろうな。失った時を先に考える───くそっ、絶対なりたくなかった典型的大人だ」
 人前で弱音やグチを零したことなどない。ましてや女相手になんて論外だが、リルムは女というよりはガキで、だから口が滑ったんだろう。
「ふうん? でも、失うことが恐くない人なんていないよ。きっと」
 いつもと違う口調は妙に大人びていて、一瞬俺の鼓動が跳ね上がる。
 彼女は普段の幼さや無邪気さなど微塵もない静かな憂いを含む微笑みを湛えていた。それはまるで別人のようで、俺の知らない間に変わってしまったのかもしれない少女に、胸が騒いだ。得体の知れぬ焦燥感は一体なんなのか。
「セッツァー?」
 固まってしまった俺を、リルムは不思議そうに看た。
「お前なぁ」
 俺は呆れ顔を作り、手を伸ばして彼女の明るい色をしたクセっ毛をかき混ぜた。
「生意気言ってんじゃねーぞ。ガキ」
「何すんだよっ。ただでさえ絡まりやすいのにぃ!」
 悔しそうに俺を見上げたリルムは、もういつもの小生意気な少女だった。俺は思わずホッとする。
 女は化けるし、誰しも成長するのだから変わるというのもわかっている── 一般的には。しかしリルムはいつまでも変わらないような気がしていた。それは錯覚であり、有り得ないことなのに。
「大体さ、ガキガキって言うけどさ、セッツァーだっておっさんなのにガキみたい!」
 ぷんすか怒っているリルムが、俺は気に入っているみたいだ。知らず顔が緩む。
「あたしは! 99%、じじいのが先に死ぬだろうし、その日は遠くないかもしれない。でも! その日までじじいを好きでいることをやめないよ。ううん。死んでも変わらない」
 ムキになったような口調だったが、その内容はリルムらしい真っ直ぐなものだった。
 子供ならではのひたむきさと言えるが、それは好ましい子供らしさだ。俺達がいつの間にか置き去りにしてしまった、強くあろうと、前へ進むもうとする力。
「お前は変わんなよ」
 俺は静かに言うと、リルムは顔をしかめた。
「はぁ? 何言ってんの?」
 まだリルムにはわからないのかもしれない。
「そのうちわかるさ。じゃあ、またな」
 立ち上がった俺は、彼女が焼いたクッキーを一つ頬張ると飛空艇へ戻った。 

 

†  †  †

 

 ストラゴスの死が訪れたとしても受け止めたいと豪語していたリルムに、その日がすぐにやって来るなどとは誰が予想できただろう。
 俺が顔を見せてもいつでも元気だったストラゴスだが、風邪をこじらせ、リルムが17の誕生日を迎える前に逝ってしまった。
 葬式には仲間達全員が──シャドウでさえも──集まったが、リルムは始終笑顔だった。
「みんなに想われて、じじいはすっごい幸せ」
 そう言って、決して時化た表情を見せなかった。
「寂しいけれど、二度と会えないとしても、あたしがじじいを想ってることに変わりはない。だから、みんなそんな陰気な顔しないでよ」
 涙を浮かべるセリスやティナを励ます姿は、決して痛々しくもなく、無理をしているようにも見えなかった。
 それは正直、俺にとっては複雑だ。悲しくないわけはないのだ。リルムは他に身寄りがいない───父親だと思われるシャドウも名乗りはしないだろうし、リルムも望んではいないだろう。いつか、彼女が言ったような「平凡でも優しい男」を見つけて家族になるのかもしれないけれど……その想像は決して面白くなかった。その日が一日も早く訪れる方が、リルムにとって幸せなのだろうけど。

 葬儀の後、仲間達は一週間ほど滞在した。
 リルムの寂しさが紛れるようにという心遣いだろう。だが、騒がしかった分、皆が消えた後の方が寂しさが増すかもしれない。
 俺は滞在せず、葬儀の翌日すぐにサマサを発ち、仕事にケリをつけて、皆が帰ったところへ再訪した。
「どったの? みんな帰っちゃったよ?」
 キョトンとするリルムは、いつも通りだ。
「いや、なんとなくな。俺にとってお前は、まあ、妹みたいなもんだからな」
 言葉を探しながら思ってもいないことを告げると、リルムは眉をひそめた。
「はぁ? 妹~? っていうか、年離れすぎだから。娘じゃないの?」
「………………」
 返事に困窮した俺は、複雑な表情でマッチを取り出した。葉巻に火を付け、
「ま、とりあえず心配だったんだが、大丈夫そうだな」
 そう呟いた。少しは無理をしているのではないかと踏んでいたのだが、全くその心配はなさそうだ。
「え゙っ、セッツァーがあたしのこと心配してくれたの? こりゃ、明日は雪だね」
 心底驚かれ、俺は頬を歪めた。
「お前が一人前の大人だったら心配したりしなねーよ、ガキんちょ」
「はいはい」
 逆にあしらわれてしまい、なんだか俺は立場がない。
「でも、平気だよ? 気を遣われる方が嫌だなぁ」
 ぽつりと呟かれ、俺は少しだけ焦りを感じる。同情しているわけでは決してないのだと、どうすれば伝えられるだろう。
「そういうわけじゃねぇよ。ただ、放っておきたくないだけだ」
 捨てるように言うと、リルムはキョトンとした後、急に泣きそうな顔になった。
「な、なに言ってんのよ。そうやってまた子供扱いして……」
 いつものように言い返そうとしたようだが、声が震えていた。
「お子さまなんだから仕方ないだろうが」
 どうしていいかわらかず、俺もいつものように憎まれ口を叩くしかできない。ロックを馬鹿にできないほど、俺は不器用なのかもしれなかった。
「あんただって昔はお子さまだったんだよ。バカ」
 小さな声で罵倒したリルムは、そのまま俯いてしまった。
 泣いているのか? 柄にもなく俺は動揺する。
 さっきまで全然平気そうだったのに、なんでいきなり泣いたりするんだかわからねぇ。
「リル、ム?」
「……うるさい! あんたのせいだぞ!」
 よくわからないが、尋ね返すことはできなかった。
 小さな肩を震わせて嗚咽を堪える姿は、今まで見たことのないリルムで。
「悪かった」
 八つ当たりされているのでも俺が謝って済むならいいと思ってしまった。それほど少女は痛々しく、そのまま枯れ果ててしまいそうに写った。
「悪いで済むか!」
 苦しそうに吐き出される言葉を、受け止めてやりたい。
「いきなり、優しくなんか、しないでよっ……!」
 涙で濡れた頬をさらし俺を見上げた彼女の目に、俺は考える間もなく動いていた。
「…………!」
 その小柄な身体を抱きしめ、跪く。
「なっ、なっ、なにす……」
「泣いていい」
 うまい言葉など見つからず、受け止めようと努力することしかできなかった。
「明日には忘れるから、泣いていいぜ」
「ばっ、ばか……!」
 苦しそうに喘いだリルムは、声を上げて泣いた。
 大人達に混じり──ガウは子供であってもちょっと違うし──対等に付き合ってきたリルムが、初めて本当の子供のように行動した。
 それが俺の腕の中であったことが、何故か切なく、心地よくて───
 俺はどうかしちまったのか? 子供相手に……。
 リルムが子供であることを理由に目を背けてきた気持ちと、向き合わなければならなくなりそうだった。

 

■あとがき■

 わわわ、ストラゴスが……ファンの方、いらっしゃったらすみません。いつかはブチ当たるであろう壁だしね。セッツァーを選ぶにあたっては、ストラゴスを置いていくわけにはいかないだろうし、ここで少し近付く二人を書きたかった……!
 そして内容にそぐわないキャンバス。。。おっかしいなぁ。ま、その変は許してね。ギャップということで。。。(無理矢理?)
 ところで、どうして私の書くリルムは「僕」っぽい口調なんでしょう? ちょっと男の子っぽい感じよね(『魔女の結婚』のエレインみたいな話し方)。ゲームとイメージ違うっつーの。(ゲームのイメージが思い出せないんです。再プレイではまだリルムが出てきてないし。出てきたら余りの違いに、自分で恥ずかしくなるだろうなぁ。嫌だ。。。)。そして、前から思っていたんですがセッツァーというキャラもわかっていないのです。話し方から全てにおいて、一体どんな奴なのかわかんねーw
 それにしても、セツリルとして収拾がつくんでしょうか。。。ラブラブにはほど遠い? (04.04.19)

-17-

 あのままサマサに居着くことも考えた俺だが、そこまで性急なことはできなかった。
 サマサの人々は俺達仲間を知ってるし、「じいさんが死んだ途端いきなり変な男がリルムの所に住み着いた」なんて言われる心配はないだろうが、そういう問題ではなく、同情ともとられたくない。
 ストラゴスのいなくなった家で一人絵を描く彼女は17歳になっていた。背が低いせいかベビーフェイスのせいか、4つは若く見える。
 結局、17歳の誕生日プレゼントもあげそびれた俺だが、ある日ジドールで絵筆のセットを見つけた。
 絵の具やキャンバスを頼まれて買っていくこともあるが、勿論リルムが絵の売り上げの中から金を払う───自分で払わないと気が済まないらしい。
 丁度この前、
「そろそろ先がボサってきたかなぁ」
 なんてお気に入りの絵筆片手にボヤいていた。
 アクセサリー類はあからさまだが、絵筆ならいいだろう。
 俺はすぐにそれを購入し、リルムの喜ぶ顔を想像しながらサマサを訪れた。
「どしたの~? まだ絵は出来てないよう?」
 いつもの調子でリルムはぽやんと言う。俺はそんな彼女の様子に、心が和むのを感じる。
 毎月訪れるがその度、必ず絵が受け取れるというわけではない。いくらリルムが絵を描くのが早いとはいえ、描き終わらない月もある。
 俺が訪れるのは月末と決まっていたが、今日はまだ12日だ。
「いや、これを見つけたからな」
 マントの中からリボンのついた箱を差し出した。
「へっ!?」
 目を丸くしたリルムは、俺とパステルグリーンをしたチェックの包装紙でラッピングされた箱を交互に見る。
「な、なに?」
「開けていいぞ」
 彼女の反応を楽しみに思いながら───俺の表情はいつも通りニヒルだが──見ていた。
 恐る恐るそれを受け取ったリルムは、綺麗に拭かれたテーブルの上でリボンのヒモを解く。
 テーブルの上には小さな花瓶が乗っており、黄色い花が刺さっていた。ストラゴスが生きている時にはなかったものだから、彼が亡くなり心境の変化なのだろうか───小さなことが切なく感じる。
「…………」
 困惑したような顔のリルムは、トロいぐらい慎重に箱を開けていた。びっくり箱だとでも思っているのだろうか。
「あれ?」
 包装紙をとったリルムはキョトンとした。木箱に描かれた“AQUA ART”のロゴ。有名な画材メーカーだ。
「これ……」
 呟きながら蓋を開けたリルムの鳶色の目が輝いた。中には大小20本の絵筆が並んでいる。
「うわぁ……! どうしたの、これ?」
「偶然、ジドールで見かけてな。お前、買い換えようかって言ってただろ?」
 素直な彼女の反応に満足して答えた俺だが、次の瞬間、それはみごとに打ち砕かれた。
「ありがとう! いくらだった?」
 当然のように尋ねながら、リルムは財布をとりだした。
 なんでこいつは……俺の日頃の行いが悪いのか、内心げんなりしながら、
「プレゼントだ。リボンかけてあって、金とらねーぜ? 普通」
 半眼で呆れた声を上げる。リルムは動きを止めて目をぱちくりし、
「え? でも……もらう理由がないよ……」
「別に理由なんかいらねーだろ? 知らない仲でもあるまい」
 俺の言葉に納得できないらしく、彼女は「むぅ……」と唇を尖らせ、
「もしかして、何か企んでる?」
 失礼なことを聞いていた。
「なんでそーなるんだ! ……その、ほら、お前は俺にとって妹みたいなもんだって言ったろ? あ~、娘でもいいが」
 最初の頃はそう思っていたが、最近はそんな風に考えたことなど微塵もない。が、17歳の年齢差を考えると、他に言葉が思いつかなかった───まったくもって情けねーが。
 俺は自分の気持ちを受け入れることに決めたものの、伝えるつもりは毛頭なかった。いつまでたっても幼いリルムを困らせたくもないし、彼女が言ったように平凡で優しい男の方が幸せになれるだろう───いつもは自信過剰と言われる俺だが、様々なタイプが存在するとわかっている。少なくともリルムは俺のような男を選ぶタイプには見えない。「うわっ、ロリコン!? どうしちゃったの?」とか言われるのも、ものすごく嫌だ。
「もしかして、セッツァー……」
 思案するように呟かれドキリとした。まさか鈍いこいつが気付くはずもない。
「私のこと養子に欲しいの? 絵の儲け、少しもらいたい?」
 がっくり、案の定、意味不明な勘違いをしてやがる。絵を捌く分の手数料は既に5%もらっているし、俺は金には困っていない。さすがにちょっとムッとしたから、お返しに言ってやった。
「そんなことは思っちゃいねぇが、もしてしてお前は俺に父親になってほしいのか?」
 我ながら虚しい質問だ。頷かれたらどうるすというんだ。
 しかし俺の思いをよそに、リルムは思い切り顔をしかめた。
「はぁ? やだよ~! “新しいお母さん”とか言って、10回ぐらい代わりそうだもん」
 きゃらきゃら笑われ、俺は憮然とする。そんなひどいイメージなのか……?
「俺はこれでも、一生、独身のつもりだけどな」
「プレイボーイの典型! それとも、セリスかダリルが忘れられないとか~?」
 どこまで失礼な奴なんだ……。俺は怒るのも疲れて再び呆れ果てた。
「馬鹿言ってんじゃねぇ。セリスは確かにあの野郎にはもったいないぐらいのいい女だが、今は何とも思っちゃいねぇよ。ダリルだって、死んでまで引きずったりはしねぇしな」
「ふうん? じゃあ、なんで?」
 突っ込まれて俺は言葉に詰まった。本当の事を言うつもりがないのなら、遊び人だと思われるとしても適当に答えておくべきだ。
「まあ、この俺が一人の女に縛られるなんて、もったいねーだろ?」
「そういうとこ、エドガーと似てるよね。エドガーってば、本当はティナのことが好きなクセに強がってたし」
 俺のことじゃないのに、俺は内心ひやりとした。リルムだってわかって言ってるわけじゃないだろう。
 だがこれ以上この話題を続けたくはなかった。
「そういや、アウザーが専属絵師として屋敷に来ないかって、かなり本気で言ってたぞ」
 ジドールの貴族であるアウザーは絵画好きで有名であり、リルムの絵の上客でもある。以前からリルムに誘いの声をかけていたが、ストラゴスが死んだせいでその要望が強くなっていた。
 もしリルムが承諾したら俺と会う機会はほとんど無くなるから言いたくなかったが、黙っているわけにもいくまい───十中八九断るとふんでいるが。
「行かないよ~。この家を離れるつもりないもん」
 やっぱりそう答えた。俺はホッとして、思わずリルムの頭を撫でる。
「なんだよっ。そうやってすぐ子供扱いする」
「子供なんだから仕方ないだろ」
「そんなことはわかってるよ。みんな子供から大人になるんだし、それが普通なんだから。だけど馬鹿にされてるみたいで、ヤなの。それに今はもう、子供じゃないよ!」

 そう17歳なら、もう結婚している女性もいる年齢だ。
「──それは悪かったな」
 俺は仕方なく手を離した。彼女の栗色の髪はぽよぽよしていて気持ちいいのだが、そんなこと言うとまた怒るだろう。「犬や猫じゃない!」と。
「ところで、くれるって言うならもらうけど」
 リルムは絵筆を指さしながら俺を見上げた。
「あたし、借りつくるの苦手なんだよね。うーんと、なにか返すよ。なにがいい?」
「何も。望んで手に入らないものなんてねーしな」
 たった一つを除いては。
「えー? なにそれ~。らしいけど、困る~。あ、新しいマントとかは?」
「自分で買えるだろう」
「そんなの私の絵筆だって一緒だよぅ。サマサにはそんなお店とかないし、見つけて買っとくとかできないんだもん」
 リルムは不満そうに唇を尖らせる。こいつといると何も気を遣わなくていいし、俺は肩の力が抜けて、こういう時間がとても大切だと感じていた。
「じゃあさ、ジドール連れてってよ。あ、もしかして忙しい?」
「別に忙しくはねーが。ジドール行ってどうすんだ?」
「買い物すんの。お返し、あんたも選べば文句ないでしょ?」
「確かにそうだが……」
 リルムと出歩くことなどまずない。買ってもらうつもりなどないが、まあいいだろう。
「じゃ、連れてってやるよ」
 俺とリルムが歩いたところでデートになりはしないが、それでも俺は浮かれていたんだろう。ちょっと間抜けだと自分でも思ったがどうしようもなかった。

 

†  †  †

 

 一週間後、ジドールの晴れ渡った空の下を、俺はのんびり歩いていた。
 リルムはいつも通りの普段着だ。そういうところで背伸びをしようとしたりしないスタンスも、俺は気に入っている。
「久しぶりだけど、やっぱりにぎやかだね~」
 田舎に住んでいるリルムは、恥ずかしげもなく辺りをキョロキョロとする。
「とりあえず、紳士服の店、行こう!」
 目当ての店を見つけたらしいリルムは、小走りでそちらに向かう。俺は普通に歩いていても追いつくけどな。
「ところで、そういうマントって、こういう店に売ってるの?」
「……さあ」
 このマントは確か特注で頼んだものだ。売っているわけもないが、元々買ってもらうつもりがないから余計なことは黙っている。
「とりあえず、見よっか」
 リルムに任せて、俺はただ付いていくことにしていた。楽しそうな彼女を見ているだけで俺はいい。
「うーん……」
 一生懸命、ハンガーに掛かっているコートやらマントやらを眺める彼女は可愛い。口が裂けても言えないが、可愛かった。
「ないなぁ……。んもう、次行こう、次!」
 そんなこんなで紳士服の店を5件は回ったが、今着ているマントの代わりに来てもいいと言えるようなものはなかった。
「セッツァー、選ぶ気あんの~?」
「一応な。ソフトクリーム買ってやるから、カリカリすんな」
「やったぁー」
 こういうところで遠慮をしないところも好きだ。
 公園の噴水の淵に腰を掛け、チョコレート味のソフトクリームを食べながら、リルムは呟く。
「アクセサリーとかは? ピアスとか」
「ん? いや、ピアスはいい」
 無造作に錨の形をした銀のピアスに触れて答えると、リルムは少しだけ顔を曇らせた。
「もしかして、貰い物?」
「…………まあ、な」
 ダリルから貰った唯一の品だ。彼女を引きずってはいないが、彼女の心意気を忘れたくないから、このピアスを外すつもりはない。
「そか。ごめん」
 ちょっと消沈して見えるリルムは、いつもと違う。……その理由はなんだろう? 常に茶化して俺を馬鹿にしようとするはずなのに……。
「んじゃ、指輪とか! 毒薬とか仕込んであるやつ。似合いそう」
 次の瞬間には明るい顔で言った。もしかしてコイツはすごくポーカーフェイスなのか……?
「毒薬仕込んでどーすんだよ。ったく」
「いいから、見に行こう!」
 そうやって、俺は一日、リルムに振り回された。

「結局、何も買えなかった~」
 俺の行きつけのレストランで夕食を食べながら、リルムはボヤいた。
「セッツァーってば、あれもヤだ、これもヤだって、子供みたい」
「せっかく貰うんなら、気に入ったもんがいいだろうが」
 ちょっといいなと思った指輪なんかもあったが、言わなかった。こんなガキに高い指輪を買ってもらうことはできない───リルムは金を持っているが。
「ちぇ~。ま、楽しかったからいいけどね」
 にっこりと笑顔を向けられ、俺は面食らう。
「そりゃよかった」
 なんて答えればいいかわからず、俺が複雑そうに呟くと、
「セッツァー?」
 背後から声が掛かった。振り返ると、オークション会場に勤めるイブリンという女だった。ブロンドの巻き毛に赤いドレスを着ている。
「よう。仕事は終わったのか?」
 社交辞令で尋ね返す。イブリンはにっこりと頷き、
「ええ。久しぶりね。そちらは?」
 リルムに視線を送った。睨め付けるような女の視線が、俺は好きじゃない。
 と、その前に、なんて答えればいいんだかわからねぇ。“有名な絵師”とか言うべきか……それはリルムに失礼な気がする。俺が迷っていると、
「お父さん、だあれ?」
 リルムがほよんとした口調で首を傾げた。
「!!!」
 イブリンは真っ赤な唇を引きつらせ、俺を見る。俺は吹き出すのを堪えながら、
「オークション会場の受付をしてるイブリンだ。こっちは絵師としても有名なリルム」
「あ、あなた娘がいたの……?」
 イブリンは拳を振るわせて動揺している。別に俺とイブリンに何があったわけじゃあない。偶然バーであって一度だけ一緒に飲んだことがあるだけだ。
「もしかして新しいお母さん!? あたし、こんな厚化粧のお母さんやだ~!」
 この一言は決定的だったらしく、イブリンは顔を真っ赤にして絶句すると、踵を返しヒールを鳴らして去っていった。
 彼女の姿が見えなくなると、俺は堪えていた笑いが込み上げて思い切り吹き出す。
「言い寄ってきてるの? でも、今の人セッツァーの好みじゃないよね。肌汚かったし」
「別にどんな女もいらねーが、お前、面白すぎ」
 俺は笑いを押し込めるのに、ものすごく苦労した。結局、俺は飛空艇に戻るまで腹を抱え続けてしまった。
「ったく、お前には参った。どこまで楽しい奴なんだ」
 パーティールームでジンを片手に、思い出した俺は再び笑いそうになる。
「そう? 仕方ないから、面倒な女を追い払いたい時は、あたしのこと引き合いに出していいよ。娘がいるって」
「そんなこと言わねーよ。冷たくすりゃぁ勝手にいなくなるさ」
 俺からリルムを娘や妹などと紹介することは絶対にしたくない。
「ふうん? でも、私のことなんて説明するつもりだったの?」
 こういうところに目敏いのは、やはり女だからなのか……。
「さあな。次聞かれたら、恋人って答えるさ」
 勿論冗談で言った。「ふざけんな!」って言われるだろうと覚悟しながらだ。しかしリルムの反応は違った。顔を真っ赤にし、言葉を失っている。……あれ?
「ヘンタイって言われるぞ」
 はす向かいの長椅子で俯いた彼女は声を絞り出す。照れているらしい───やべえ、可愛い。
「気にしないな」
 いつも以上に余裕たっぷりの笑みで答えると、彼女は「うっ」とたじろいだ。
「ロリコンって言われるぞ」
「言いたい奴には言わせておく」
 彼女の反応が面白くて俺はそう答えたが、彼女は目に涙を浮かべてしまった。げっ、俺、そんなひどいこと言ったか? そんなに嫌だったのか……。
「そ、そういう冗談はよくないぞっ」
 涙目で睨まれ、俺は困り果てた。「冗談じゃない」と言うべきか、「悪かった」と言うべきか……俺が選んだのは後者だった。
「すまない。泣かせるつもりはなかったんだ。そんなに嫌がるとも思わなかったし、お前のことだから普通に怒るだろうと……」
 しどろもどろの自分は、まったくもって誰にも見せられない情けなさだ。が、誰もいない。飛空艇の乗組員は勝手に部屋を除くことなど絶対にしない───よーく教育してある。
「あたしはっ! 別に…………」
 言い返そうとしたリルムだが、ぶわっと涙を溢れさせると、泣き出してしまった。
 なんでだ! なんでそんなに泣くんだ! まったくわからない俺は、女心に聡いと自信過剰に勘違いしてたのかもしれない。
「ううっ……子供だからって…………馬鹿にしないでよっ……」
 嗚咽混じりに漏らされる言葉に、オロオロする俺は眉宇をひそめる。
「馬鹿になんてしてねぇ。馬鹿にしたこともねーよ。そう見えるのは、俺の性格だから仕方ねーとして」
「してるっ!」
 怒鳴られて、俺は肩をすくめる。泣いている女に弱いわけではないが、それが大事な女となると話は別だ──例えそれがお子さまでも。
「してるじゃんか! 気付いてるくせに……。ひどいよっ!」
 気付いてる? 俺にはさっぱりわけがわからない。感情が高ぶりすぎたリルムも、わけがわかってないかもしれないかった。
「あたしの気持ちわかってるくせに、踏みにじるようなこと……平気で言わないでよ」
 あたしの気持ち……? リルムの気持ちって、まさか…………?
「振り向いてほしいなんて思ってない。ただ、好きなだけなのに───」
 彼女の言葉が胸に突き刺さり、俺は手の平で額を押さえた。狐にダマされているのかもしれないとさえ、思う。
「そんなの気付かねぇよ……」
 もし俺がリルムをなんとも思っていなかったら気付けたかもしれない。だが俺は自分の気持ちをコントロールするのに精一杯だった。
 俺は立ち上がって、リルムの隣に腰を下ろす。
「馬鹿!」
 小さな拳で胸を叩かれ、俺は自嘲気味に頬を歪めた。
「ああ、俺は馬鹿だな」
 細い彼女の腕を掴み、抱きしめる。
「あんたなんか、嫌いだ!」
 おいおい、そりゃねーだろう。
「気付いてたら、こんな遠回りしねぇぜ?」
「……意味わかんないし……」
 彼女はヒステリックなほどに怒っているのに俺が飄々としているからか、リルムは不満そうに呟いた。
「わかれよ」
 苦笑いで彼女の丸い顎に手を掛けた。親指で涙を拭うと、彼女は目を丸くする。
「な、にが?」
「お前も大概鈍いな。俺もかもしんねーが」
 涙でぐしゃぐしゃだけども不思議そうな表情が可愛くて、俺はそっと彼女の唇を奪う。
「…………セッツァー……?」
 呆然としたリルムは、何が起こったかわかっていないのかもしれない。
「気付いてたら、とっくにお前のこと奪ってるぜ?」
「何言って……」
「まだわかんねーのか? 本当に鈍いなぁ」
「……うるさい」
「俺も、お前が好きだってことだ」
 その時の唖然としたリルムの表情は、一生忘れないだろう。とにかく、間抜けだった。せっかく気持ちが通じたっつーのにな。

 

・ fin ・

 

■あとがき■

 最終回です。どうやってまとめるか、大変だった~。
 これをもって、一音さんに捧げたいとおもいます。いかがでしたでしょうか。
 書きながら「スタンス」を調べたんですが、ゴルフ用語なんですね。「当局者としてとるべき姿勢」って意味で使わせていただきましたが、日本語って難しい~。
 ところで、また最終話だけ長くなっちゃった。だってさ、二人がなかなかまとまらないんだもーん。難産でしたw リルムがいつ自分の気持ちに気付いたかは、ご想像にお任せします。私はストラゴスが死んだ時かな~とか。
 次はロクセリに戻ります。お楽しみに~。 (04.04.24)

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