MilkyWay


「うっわ! 夕立かよ!」
 草原に停めた飛空挺から歩いて20分程の町をぶらついていたロックとセリスは、夕暮れ前に戻ろうとしている所だった。
 飛空挺までも町までも同じ位の距離。
 とりあえず飛空挺へ向かって走り出した。激しい雨の中だったが、その最中小さな叫び声に気付く。
 顔を見合わせた二人は辺りを見回して、すぐ近くに小さな池があることに気付く。
 駆け寄ると、子供が溺れていた。突然の雨に足を滑らせるか何かしたのだろう。
 ロックは迷わず飛び込むと、4歳くらいだろうか、やんちゃそうな男の子を助け出す。
 子供には深い池でもロックには足が着く深さであったのは幸いだ。泳げないわけではないが、溺れてパニックになっている人を助けるのは思いの外大変だ。
「大丈夫?」
 咳き込む男の子の背を、セリスがゆっくりとさする。落ちたばかりだったらしく、さほど水は飲んでいないようだ。
 男の子は涙を浮かべながらも、唇を噛んでそれを我慢しているようだ。
「強い子だな」
 ロックは打ち付ける雨で額に貼り付いた髪をかき上げると、男の子の頭をぽんぽんと叩いてやる。
「あの町の子か?」
「……うん……」
 男の子は青白い顔で頷く。身体が冷えたのだろう。
「よし、一緒に帰ってやるぞ。この辺、雨宿りできそうな所も全然ないしな」
 言うと、「おらっ」ロックは男の子を抱き上げた。
 ぐったりして疲れているのか、男の子は大人しい。
「名前は?」
 セリスが尋ねる。男の子はゲジゲジの眉毛に愛嬌のある顔立ちをしている。
「あ、私はセリス。こっちはロック。よろしくね」
「僕は……トバル……」
「トバル? 良い名前だね。古語で闘う者、か」
 セリスが言うと、トバルはキョトンとした。
「そうなの?」
「そうだよ。まあ、古語なんて、今、知ってる人はほとんどいないけどね」
 セリスだって、シドが魔導の研究をしていたこともあって、いくつかの単語を知っているだけだ。
 二人は出来るだけ早足でどしゃ降りの中を闊歩し、いっこうに弱まる気配のない雨の中、町まで戻ると、
「家はどっちだ?」
 ロックが尋ねる。
「まっすぐ行って右にある八百屋」
 トバルはポツリと答える。歩き出すと小さな町だ。目的の家はすぐに見つかった。
 店のシャッターは下りている。脇の勝手口のドアを叩くと、がっちりとした体格の男が顔を出した。父親だろうか。
「どちらだい……? トバル!」
 ロックはトバルを自分で立たせてあげる。
 主人の声に母親らしい若い女性も顔を出し、
「トバル! 心配したのよ……こんなに濡れて……」
 自分が濡れるのも構わずに、トバルを抱きしめた。
「ご、ごめん……。僕、沼に落ちちゃって……。お兄ちゃんが助けてくれたんだ……」
 母親の胸の中で安心したのだろう。トバルは小さくなって涙声で告げる。
「まあ!」
 母親は顔を上げてロックとセリスを見た。濡れずみの二人がにこにこしている。
「ありがとうございました。ああ、あなた、タオルお持ちして」
 母親が言ったが、
「いや! いいです。あの、すぐに行きますから。それより、トバル君が風邪とか引かないようにお風呂にでも入れてあげてください」
 ロックが両手を振ると、 「でも……」
 トバルの両親は顔を見合わせる。
「本当に大丈夫ですから。どうもお邪魔しました」
 セリスはぺこりと頭を下げ、「行くか」というロックの言葉に頷いて走り出した。
 びしょ濡れの自分たちまで世話になってしまっては、あの子がゆっくり休めないだろうから。
「ここまで思い切り濡れたら、逆に気持ちいいよね」
 セリスの言葉にロックは苦笑いした。
 空は暗く雷が呻り声を上げている。強い雨足に互いの姿も霞んで見えた。
「どっかで雨宿りしなくて平気か?」
「もう今更よ。たまにはいいじゃない」
 なんだかはしゃいでいるように見えるセリスは、とても楽しそうだ。
 そういえば子供の頃は雨の日も楽しかった。わざと濡れて遊んだ者だ。もしかしたらセリスにはそんな経験すらないのかもしれない。
 町を出て、トバルを助けた池の手前までくると、ようやく雨足も弱まってきた。かと思うとピタッと止み、強い風が吹き始める。
 長い草に付いた水滴が風で舞い、二人に吹き付ける。
   ぶるっ
 セリスは思わず背筋を震わせた。
 雨上がりの生暖かい風だが、全身ずぶ濡れの身には体温を奪っていくもの以外の何者でもない。
「大丈夫か?」
 ロックが尋ねると、
「うん、後少しだもの。でもこの分だと晴れそうね」
 セリスは空を見上げて言った。
 もう晴れ間がちらほら見えている。雨のせいで夕焼けを見ずに夜空になってしまった。
「あれか? 昨日、カイエンの言ってた」
「うん。ロックは聞いたことあったんでしょ?」
「ああ」
「勿論、逸話なのはわかってるけど、何となくね。晴れた方が嬉しい気がして」
「そうだな」
 女の子らしい彼女の一言にロックは微笑んで、セリスの頭をぽんぽんと叩いた。

 

†  †  †

 

 飛空挺すぐ近くまで来ると、空からは完全に雲が消えていた。
「すっごい!」
 空を仰いだセリスが感嘆の声を上げる。
 夜空に撒かれた煌めくこんぺいとう達は、様々な色で星の虹を造り、微妙な瞬きの差でそれらが流れているように見せていた。
「いつも、こんなにキレイだったっけ……?」
「さあ?」
 草の匂いが立ちこめる中、それを裂いて夜風が踊る。
 やはり少し寒いのだろう。セリスは自らを抱きしめるように腕を組んでいる。
「しばらく眺めるか?」
「うん……」
 ロックの問いに、セリスは上の空で答えた。ロックは呆れ顔で苦笑いを浮かべたが、焦がれるように星に見入るセリスの腰に、そっと後ろから腕を回した。
「ロック……?」
 少しだけ驚いたようなセリスには答えず、代わりに彼女の頬に口づけを一つ落とす。
「星にお前をさらわれちまいそうだ」そう思ったが、口には出さなかった。そんなことを言える性分じゃない。言えば笑われるだろう。
「どうしたの?」
 セリスの照れたようなはにかんだ表情が、満天の星々から降り注ぐ微かな光の中、年齢相応の愛らしいものに写る。
「お前が、星にばっか夢中になってるからさ」
 ロックが拗ねたように言うと、この言葉でも笑われてしまった。くすくすと柔らかい笑みをもらしながらも、セリスは目を細めて言う。
「だってすごいわ。でも、一年に一度しか会えないなんて……」
「嫌か?」
「当然じゃない!? ロックは嫌じゃないの?」
 少しだけいじけたような顔になったセリスに、ロックは苦笑いを浮かべた。
「んなわけないだろ。つーか絶対無理。離してやらねーよ」
 頻繁に甘い言葉を言うようなタイプではないから、たまに聞ける言葉がとても嬉しい。少しだけ振り返ると、薄暗くてもわかる程ロックの顔が朱に染まっている。
(「守る」とか思い込んでいる時は恥ずかしいセリフも平気で言うくせに、意外と照れ屋なんだから……)
 でも、そんなところも、とても好きだとセリスは思う。
 口に出したらロックは更に照れるだろうし、セリスもそんなことを言えるわけがないから告げないけれど。
 衣服がたっぷり水分を含んでいて、その分、ロックに触れている部分から直に彼の体温が伝わってくる。セリスの身体は冷えたままなのに、彼はもう体温が戻ってきているようだ。
 背中越しの彼の胸も、腰に回されている意外にがっちりした腕も、心地よくて愛しくて、セリスはなんだかセンチメンタルな気分になる。
 広い果て無き宇宙に、たった二人でいるような寂しさ。
 ロックはすぐ傍にいるのに心細い。
 自分がこれ以上何を望んでいるのかセリスにはわからない。
 込み上げてくる焦燥感と、たまらない切なさに、ロックの腕を外して向き直ると、抱きついて頬を寄せた。
「……………………」
 ロックは少しだけ困ったようにはにかんだが、彼女の背に腕を回すと、
「ん? どした?」
 優しく尋ねた。セリスは首を横に振るだけで、ますます強くロックにしがみつく。
 まるで子供のようなその行いに、ロックは再び頬に口づけて抱きしめる腕に力を入れた。
 何故か、泣き出すんじゃないかと思えもするセリスに、
「どうしたんだよ」
 困ったように尋ねるが、やはり彼女は首を振るだけだ。
 ロックは逡巡したが、
「好きだ」
 囁いて、そのまま耳に口づけを落とし、そっと耳たぶをはむ。と、彼女はくすぐったそうに身をよじり、
「もう!」
 軽くロックを睨んだ。本当は許している優しい目に、つい甘えてしまうのだ。
 ロックは微笑んだまま彼女を引き寄せると、軽く唇を重ねた。一度離すと彼女と目が合った。穏やかで柔らかい視線。
 今度はどちらからともなく、唇を寄せた。
 どこまでも甘く、夜空に散りばめたこんぺいとうが降ってきたような口づけは、セリスの不安を拭い去り、体中を満たしてくれる。
 幾度と無く繰り返し唇は、薄いのに柔らかくてしっとりとセリスの唇に吸い付いてくる。あまりの心地よさに、無意識のうちにセリスはねだるようにそれに答えた。
 長い陶酔の後、
「織姫と彦星も妬いちまうな」
 照れ隠しのように言ったロックがそっぽを向く。
「戻るか。お前は本当に風邪引きそうだ」
「うん」
 ロックは頷いたセリスの手をとった。
 草原で踊る風の精霊が二人の横を駆け抜けていくと、丈の長い草がしなって揺れる波を作る。
 身体は冷え切っているのに心は温かかった。
 今は言葉などいらない。
 飛空挺の灯りに向かって、二人は満たされた気持ちで、歩き始めた。

 

・ fin ・

 

■あとがき■

 5000hit御礼&七夕フリー創作。お持ち帰りたい方はこちらをお読み下さい。
 エドティナの対になっているものです。何故かエドティナの方が長い気がします。向こうとは全く違う雰囲気。こちらはできあがっている二人なので。エドティナはイメージを崩さぬまま行こうとしたらラブラブには至りませんでした。うぶなティナを労っちゃうかな~と。逆にこちらはラブラブで。同じ時に同じ星空を見上げながらも、違う恋模様の2カップルです。キスシーンなんかも、毎回、微妙にでいいから違う表現と思っているのですが、本当に難しいです。できるだけ雰囲気を崩さぬ言葉のみで表現しようとしているのも難しい理由です。しかもエドティナと被らないような星空の表現まで考えねばならず……どうやれば表現力って身に付くのかしら。やっぱり言葉を知ることなんでしょうね。でも、知りたい言葉ってこう雰囲気的に限られているので……勉強するにも難しいです(勿論、知りたい言葉以外も全て勉強すべきなんでしょうけど。そこまでは面倒でできない。←本当に小説家目指してるのか?)でもその辺は拘りなので捨てられません。
 こちらはロクセリサイトなので、こっちはお持ち帰ってくださる方、いるかしら。是非、対で二つとも持っていってくださいね。 (03.7.6)

 

 現在はフリーという扱いをしていませんのでご注意ください。転載禁止となっています。(20.9.21)

【この頁で使用させて頂いた素材サイト様】 ClipArt:●

Original Characters

トバル 古語で“闘う者”という意味の名を持つ少年。