the key to my spirit


 ケフカを倒した後、セリスは一人名もない山奥の村にいた。
 仲間に何も告げず、自分の居場所を求め旅立ってたどり着いたこの村は、長閑な高原の農村だ。
 心配をかけないために、エドガーとティナの二人だけには手紙を出した。「新しく人生をやり直す」とだけ記して。居場所はわざと書かなかった。仲間を大事に思ってはいるが、誰とも会いたくなくて。
 セリスは村長の持つ農場を手伝いながら、誰も住んでいないという廃屋を修理して暮らしている。
 村人は誰もが気さくでいい人ばかりだ。求め焦がれた平凡な暮らしはセリスが知らなかったことの連続で、ここに来て色々なことを学んだ。
 村長夫婦は、死んだ娘に似ていると我が子のように可愛がってくれ、とても大事にしてくれた。
 穏やかな暮らしが続いて一年半が過ぎたある日、牛小屋の外で仕事をしていたセリスは、
「すみなせん!」
 声を掛けられて中腰のまま振り返った。
 低い姿勢からの逆光に男のシルエットが見え、何故かそれに見覚えがある気がする。少なくとも村の人ではない。
 一方、声をかけた方も愕然としていた。眩しそうに目を細めるのは、少女時代をやっと終えたぐらいの女性。麦わら帽子の下にあるその顔は、間違えなく彼が探し続けたものだった。
「どうかしました?」
 尋ねながら立ち上がり、その人物の顔が見えるとセリスは固まった。
 目を見開いて自分を凝視するのは、かつての仲間であり短い人生ながら唯一愛した人だった。
「ロ……ック…………」
 呟いたセリスは唇を歪める。泣き出しそうな表情をして。
「セリス……! こんなところに……」
 名を呼ばれた男、ロックも呆然と呟く。
(二度と、会いたくなかった───)
 忘れたことは一度もなかった。思い出さぬよう、日々の生活に埋もれていくよう、懸命に努力してきたけれど、忘れられるわけがない。
 この一瞬で、手に入れた安らかな暮らしは幻のように消え去った気さえした。
(辛いことからは逃げようなんて、愚かな選択だったの……?)
 それでも想い全てを覆い隠して、平然と尋ねた。
「旅? トレジャーハント? 何か用があったんじゃないの?」
 すぐに壁を作られて、眉根を寄せたロックは不快感を露わにする。
「お前、ずっとここで暮らしてるのか?」
「ええ。少し旅をしたけどここに落ち着いたの」
「……どうして…………」
 何か言おうとしたロックを遮ったのは、牛小屋の脇から姿を見せた村長だった。
「どうした? 客か?」
「あ、ロック、この人が村長。で、何か用があったんじゃないの?」
 再び畳み込むように聞かれ、ロックは苦虫を噛み潰したような顔で答えた。
「赤いエーデルワイスを探してるんだ。頼まれごとでな」
 栽培に成功した例がないと言われる赤エーデルワイスは希少価値が高い。エルベルタスネークという毒蛇の解毒になることで知られていた。
「コルガ岳ね」
 そう頷いたセリスも少しだが薬草の知識がある。そのため自ら取りに行ったこともあった。コルガ岳は多少遠いが、トレジャーハンターのロックにとってはなんてことはない距離だろう。
「とりあえず今から往復するのは大変だ。今日はこの村で休んで行くといい。セリスの知り合いなのか?」
 少し前から会話を聞いていたのかもしれない。村長の問いにセリスは仕方なく頷いた。
「ええ」
「この村には宿はない。よければ私の家でもいいが……」
 村長に迷惑をかけたくなくて、セリスは遮るように言った。
「私の所で構いません。部屋に空きもありますから」
「そうかね? じゃあ明日も仕事はいいから案内してあげるといい」
 にっこりと笑顔で村長は言ってくれた。純粋な好意に、セリスは嫌だとは言えなかった。

 

†  †  †

 

 セリスは昼、夜と村長の家で食事をする。そのため必然的にロックも一緒になった。
 村長の妻へレナは久々の客人で、セリスの知人でもあることから腕を振るってくれたが、ロックを目の前にして食べる食事の味などセリスにはわからない。
 さわやかでざっくばらんなロックを、「素敵な人ね」ヘレンはそう評価した。
「彼は反帝国組織リターナーの人間で、私は多くの仲間と共にケフカに立ち向かったの」
 初めて聞く話に、村長は目を丸くして驚き、
「女性なのに剣の扱いがうまいのはだからなのか!」
 うんうんとしきりに頷いた。
 他愛ない世間話をして時間が過ぎる。ロックが余計なことを言わないとはとても有り難かった。彼の性格からして開口一番で責められても仕方ないという自負がある。
 夕食を終えると、ロックと共に家に戻った。2DKの小さな平屋は村長の家から5分のところにある。
 家に入ると黙っているのが気まずくて尋ねた。
「お茶でも飲む?」
「ああ」
 むっつりとした顔で頷くロックに、
「狭いけど座ってて」
 そう告げて、小さな台所に立つとお湯を沸かし始める。
 元々この家にあった家具を修理して使っているので、食卓の椅子は二つある。ロックはドアに近い方に座り家の中を見回した。
「汚くてごめんなさい。お休みをもらってる日曜日しか掃除しなくて」
 今日は金曜日だから、5日分の埃が溜まっている。こんなみすぼらしい所で暮らしているのをロックに見られたことが、ひどく恥ずかしかった───平穏で質素な暮らしを充実していると感じていたのが嘘のように。
「いや……」
 ロックはらしくもなく歯切れが悪い。
 この前焼いたレーズンのクッキーと紅茶を出すと、セリスは自分も椅子に座る。
「─────────」
 お茶は失敗だった、セリスは内心で苦々しい思いを噛み潰す。わざわざゆっくり話す時間を作ってしまった。
「このクッキー、お前が焼いたのか?」
「ん? そうだけど……」
「そか。うまい。こんなことするようになったんだな」
 手作りクッキーをかみ締めながら儚い笑みを浮かべたロックが、セリスにはよくわからない。こんな風に笑う人だっただろうか。
「お前は、今、幸せか?」
 静かな問いは、セリスの心を揺さぶった。
 幸せなはずだ。決して手に入らないと思っていた穏やかな生活の中にいる。なのに、即答するのに躊躇した。
「ええ」
「だよ、な。昼間再会した時、俺になんて会いたくなかった、そんな顔してた」
「……そんなこと……」
 ないとは言い切れなかった。事実、会いたくなかったのだから。
「今回、薬草探してるのはたまたまなんだ。知り合いに頼まれてな。
 お前が一人出ていった後、俺もすぐに旅立った。ずっと……お前のことを捜してた」
「……え……?」
 セリスは目をしばたたいて、悲しそうな笑みを浮かべるロックの顔を見た。
 胸の奥が痛み、忘れていた疼きが蘇り、セリスは落ち着かなくなる。
「何故、誰にも何も告げずに旅立ったりしたんだ?」
 その問いに答えたのは、決して責める口調ではなかったから。
「別れを告げるのが恐かったの。二度と会えないわけじゃないとか、そんなことはわかってる。そういうことじゃなくて、別れの言葉を言いたくなかった……。勝手な理由よね。みんなには心配かけたと思う。ごめんなさい」
 殊勝に謝罪され、ロックは唇を歪めた。
「恐かった、ね……」
 皮肉っぽい口調で反芻され、セリスは縮こまる。
(怒鳴られるかもしれない……)
 セリスの不安に反し、ロックは怒鳴ったりはせず、黙って溜息をついた。
 気まずい沈黙に耐えきれず、立ち上がったセリスは、
「明日は朝からコルガ岳へ向かうし、もう寝ましょう」
 はぐらかすように言った。そんなセリスをじいっと見ていたロックだが、
「そうだな」
 諦めがちな声で、項垂れるように頷いた。

 

†  †  †

 

 翌日、7時過ぎに村を出た二人は、三時間かけてコルガ岳へ向かった。
 道中はセリスにとって拷問に等しい時間だった。ロックはひどく無口で逃げ出したくなるほど気まずく、セリスの案内に必要最低限の返事しか寄越さない。そんな彼は、セリスに幻滅し怒っているのかもしれないと思った。
 昼前に到着したコルガ岳には一面のエーデルワイスが咲き乱れていたが、赤いものは一つもない。どれも普通の白く可憐な花だ。
「赤いエーデルワイスは、あの崖上なの」
 15メートルはある崖を指さされたロックは、別段驚きもせずに、
「わかった」
 と答えた。普段からトレジャーハンティングなどで鍛えている彼には、大したことではないのあろう。
 命綱ナシのフリークライミングは、見守るセリスをはらはらさせたが、花びらを袋に詰めたロックは全く動じずに戻ってきた。
 それでも疲れたのだろう、崖を降りたロックは多少息を乱して座り込む。
「少し休んでから戻りましょう」
 用意してきたシートを広げたセリスは、ポットからお茶を汲んでロックに渡す。わざわざ早起きしてヘレナが持たせてくれたサンドイッチも取り出した。
「お前のこと、本当の娘みたいに可愛がってくれてるんだな」
「ええ。二人ともすごく優しいわ。特に娘さんが亡くなってるからね。息子さんは行方不明らしいし」
 村長の息子は世界崩壊前に旅立ち音信不通というから、きっと生きてはいないだろう。
「…………お前は、幸せだって言ったな」
「ええ」
「どれぐらい幸せだ?」
「………………え?」
 セリスは答えに困窮する。彼女の感じている幸せは、満ち溢れた幸せとは違うから。
「俺はお前を捜していたって言っただろ。捜して、伝えたいことがあった。だけど……お前が幸せなのに、困らせるようなことは言うべきじゃないのかもしれない」
「………………」
 既にロックに再会しただけで、セリスの心は乱れきっている。
(これ以上困ることなどあるのだろうか……)
 考えて、わけもわからず胸がモヤモヤし、動悸がしてくる。
「でも、やっぱり俺はこれ以上後悔したくないんだ。あの時、明日言おうの繰り返しで結局言えなかった」
 目を伏せて吐き出すロックが苦しそうで、セリスの胸が詰まる。
 誰も来ない花畑はただ静かで、時折鳥の声が遠くで聞こえる。澄み渡り優しい青が広がる空からは、昇りきった太陽が眩しいくらいに照らしつけるが、高原の風は涼しい。
 本来なら心洗われる自然の美しさも、セリスの心の曇りは払えない。
(ロックは一体、何を言いたいの?)
 逃げ出したい衝動に駆られながらも、もう逃げるわけにはいかない。セリスは黙ってロックが続けるのを待った。
「初めは不器用で死すら厭わないお前が放っておけなかった。だけどいつの間にか、守りたいって気持ちは誰にも渡したくないっていう独占欲に変わっていった。俺はお前が好きだ。あれから一年半経った今も想いは変わらない。迷ったり寄り道もしたけど、それだけを伝えたくて、ずっとお前を捜してたんだ」
 思いもよらぬ言葉に大きく目を見開いたセリスは、声を詰まらせる。
「ロッ……ク……?」
「本当は、更に一緒に行こうって言いたかった。だけどさ、ちゃんと暮らしを築いてるお前を見たら、なんかな」
 セリスの頭の中はごちゃごちゃで、嬉しいのか悲しいのかわからなくなる。だが、ずっと勘違いをしていたのだということは気付いた。
「私……みんなに別れを告げるのが恐かったって言ったでしょ? 誰よりもあなたに、別れを告げるのが恐かったの。『元気で』とか『また会う日まで』とか、どれも口にしたくなかった。ううん、あなたの口から聞きたくなかった……」
 遠い目で告げるセリスの言葉に、今度はロックが驚く番だ。
 少しでも自分を想ってくれているのなら、黙って去るはずがないと思っていた。けれど……?
「あなたを忘れたくて、ただ食べるために生きるために働いてみたけど、毎日は忙しくて考えないようにしてたけど、忘れることなんてできなかった」
「セリス……」
 ぽつりぽつり、話す彼女に、ロックは恐る恐る手を伸ばした。そしてセリスが逃げる隙を与えずに、腕に引き込む。
「今でも、想いは変わらないと言ってくれ……」
 思い切り抱きしめられ、喘ぐように囁かれて、セリスは涙を溢れさせる。
「ずっと、あなたが好きだったの。辛くて苦しくて忘れたくて、でもやっぱり今でもあなたが好き」
 ロックの腕の中で想いを告げた。
 村に来てから決して思い出すまいとしてきた。心の奥に閉じこめて鍵をかけていた。忘れたんだと思い込もうとしていた。だけど、無理だった。
 鍵であるロック自身が、セリスの心に飛び込んできたから。
「捕まえたからには、二度と離さないぞ」
 どこまでもセリスを求める真っ直ぐなロックの言葉に、嗚咽をもらすセリスはただ頷くしかできなかった。

 ───明日からはきっと、別の幸せが待っている───

 

・ fin ・

 

■あとがき■

 30000hit御礼フリー創作でございます。本当にありがとうございます。みなさんの励ましのお陰でもうすぐ1年。早いものです。あっと言う間でした。これからも頑張って続けたいと思います。が、それも応援あってのこと(誰も見てくれなくなったらきっと閉鎖です……)。どうか、よろしくお願いしますね。
 フリーなので、お持ち帰りしていただけるとすっごく喜びます。メールかBBSで一報下さればいいので、是非是非、持って帰ってあなたのサイトに置いてやって下さい。
 持ち帰りたいと言って下さるあなた! こちらを読んでくださいね。
 なんかいつもと違う話のような、似た話のような。たまにはこんな短編もいいでしょう? 最近、連載ばっかりなので、短編が苦手になってます。いや、超短くって言われれば書けるけどね、ヤマ無しオチ無しイミ無しになっちゃうでしょ(「WISH」ってちょっとそうかも……)。でもヤオイじゃないわよ♪(ロクセリなんだから当たり前だっつーの) (04.02.06)
 誤字脱字修正を行いました。 (06.01.29)

 

 現在はフリーという扱いをしていませんのでご注意ください。転載禁止となっています。(20.9.21)

【この頁で使用させて頂いた素材サイト様】 ClipArt:Atelier paprika

Characters

ヘレナ ED後、セリスが暮らし始めた高原の農村の村長の妻