Honey!



-1-

「今日は、と……」

 寝室の小さな机に向かって、お風呂上がりのセリスは一人呟いた。

 寝る前に、その日過ごした時間に思いを馳せる。

 結婚して一月が過ぎた。結婚前から共に暮らしていたが、恋人と夫婦はやはり違う。何がと聞かれてもセリスに答えることができないが、「安心感」かもしれない。勿論、結婚しているという事実にあぐらをかいていてはいけないのだろうけれど。

 一月前からセリスが始めた日課は、順調に続いている。他愛ないことだけれど、素晴らしい日々を忘れないように、日記を綴っていた。

 日記を書いていることはロックも知っているが、見せてはいない。ただ単に恥ずかしいからだが、ロックは、

「いつか年老いた時にでも読ませてくれよ」

 笑ってそう言っていた。とても包容力のある人で、それを思い出すだけでセリスの心は温かくなる。

「朝、起きたの遅かったのよね……」

 ぼんやりと思い出しながら、セリスはペンを動かし始めた。

7月1日
 昨日、帰宅したのが遅かったせいで寝坊。目が覚めたら昼前だった。
 ロックはまだ寝ていたけれど、疲れているだろうから起こさずに買い物に出掛けた。
 せっかく料理がうまくなってきたのに、今日はロックのせいで包丁で指を切ってしまった。いつまでたっても子供みたいなロックは、余りに無邪気な笑顔をするから本気で怒れない。なんだか悔しい。

 結婚前からコーリンゲンにあるロックの生家──レイチェルの眠っていたコーリンゲンの奥にある地下室を持つ一軒家──に居住している二人だが、そこに居る時間は多くない。

 拠点としているだけで、ロックの本業であるトレジャーハンティングを再開したからだ。

 昨日もトレジャーハンティングから帰ってきたところで、久々の我が家だった。夜中に帰ってきて食事もとらず眠ってしまった。

 なんとかロックより先に起きれたセリスは、暫く幸せそうなロックの寝顔を眺めていたのだが、少し空腹を覚えて食事の用意をすることにした。

 パンと少しの野菜を買って、簡単なブランチだ。疲れているのだから軽いものでいいだろう。

 開け放した窓から飛び込んでくる風が優しく髪を撫でるとても心地よい。まだ陽が昇りきる前の穏やかな時間が通り過ぎていく。

 村外れにあるためか人通りもなく静かで、愛する人のために何かをできる信じられないほど幸せな空間。  ご機嫌でスープに入れるキャベツを刻んでいると、

「だ~れだ?」

 突然目の前が真っ暗になった。温かい感触。手の平で目隠しをされたのだ。

「きゃっ」

 可愛らしい悲鳴と共に、ざくりという嫌な感触。

「いったーい!」

 驚いて思わず指に包丁を入れてしまった。キャベツの上に血がぽたりと垂れる。

「ロック!」

 包丁を置いて振り返ったセリスはぱっくり割れてしまった指先を突き出した。

「誰って、あなた以外にこの家に誰かいたら変でしょ! もう! 少しは考えてよ。危ないなあ」

 ちょっと本気モードで目尻をつり上げると、ロックはしょぼんとなった。

「わ、悪い。ごめんな」

 セリスの手を取ると、口元に持っていく。殊勝な態度かと思ったら、溢れる鮮血を舐めとる仕草はなまめかしく、楽しんでいるようには見えても反省しているようには見えない。

「ロック!」

 余計に不機嫌そうになったセリスは、空いている手でロックの脳天に手刀を入れた。

「うへっ。だ~! 怒んなよ。ごめんって、な? 俺が切るからさ」

 だが、そんな風に無邪気に言われると許してしまう。

「んもう。いつまで子供でいるつもり?」

 腰に手を当て子供をしかる母親のようなセリスに、ロックは困惑顔で首を傾げ、

「って、言われてもなあ」

 自覚ゼロに呟いたのだった。

 以前の私みたいに、堅物なだけの大人ぶった面白みもないつまらない人間は嫌だけど……きっとどっちがいいとは一概に言えないのだと思った。

「大人になるってさ、妥協を覚えて我慢ばっかするようになることな気がすんだよ。だったら俺は、大人になんかならなくったっていいと思ってる」

 ロックがこんなことを言ったのはいつだっただろう。

 彼は、好奇心旺盛で冒険心を忘れず、子供と同じ視点に立ってあげられたりもする人で、そういうところとかすごいと思うけど、だからって子供っぽすぎるのはどうなの? 勿論、そんなところも含めて好きなんだけど───本人には絶対言えない。調子に乗っちゃうもの。

「日記は進んでるか?」

 風呂から上がってきたロックに後ろから覗き込まれそうになり、セリスは慌てて日記の上に多い被さった。

「見たらダメって言ったじゃない」

 ムクれた顔で言うと、ロックは破顔し、

「見てないよ。それより髪、ちゃんと乾かせよ」

 セリスの頭を小突いたロックは、自分の髪をガシガシと拭きながらベッドに腰掛けた。

「昨日までの分も、もう書いたのか?」

「うん。ただ、どうしてもざっとしか書けないのよね。でも、野宿の時に書いている余裕とか、余りないし……」

 トレジャーハンティングにも日記は持って行く。ただ、大概は宿屋に置いて出掛けてしまう───探険に持って歩くには荷物だ。

「それは仕方ないさ。メモる程度はしてるんだからさ」

「そうよね」

 日記を閉じたセリスは、まだ湿っている髪の毛をタオルでそっと押さえる。

 軽く拭いただけで自然乾燥に任せるというロックは、そんなセリスの姿をじいっと眺めていた。

「なぁに?」

 楽しそうな視線がくすぐったくて、セリスは照れたようにロックを見る。

「いや、そうやってるお前、色っぽくていいなぁって思ってた」

 まったく照れもしないロックに、セリスは耳まで真っ赤になる。昔はロックももっと照れ屋だった気がするが……ともかく照れがないのは羨ましい。

「もう、そんなことばっかり言って……」

 拗ねたように呟くセリスに、ロックは更に嬉しそうに口元を綻ばせて、

「おーれーは! 自分に正直なの」

 にこにことしている。どこまでも悪びれない人だ───セリスとて悪いと思っているわけではなく、ロックに変わって欲しいわけでもないけれど、ついそんな風に思ってしまう。これも悔しいからだろう。

「そういや、指、大丈夫か?」

 自分のせいでセリスに怪我をさせてしまったのは多少気にしているのか、立ち上がったロックは髪の湿めり具合を確かめているセリスの手首を掴んだ。

「大丈夫よ。あんな傷、ケフカと戦っていた頃を考えればかすり傷じゃない」

 肩をすくめたセリスを無視し、ロックは血の止まった切り傷のある彼女の指に口づけた。

「消毒なんていらないわよ?」

 セリスはそう言ったのだが、ロックはそれには答えず彼女の白い手の甲、手首と順に口づけていく。どうやら「消毒」ではないらしい。

 どういう顔をしていいのかセリスが困っていると、間近にきたロックの濃紺の瞳と視線が絡まった。

 優しく目を細められ、セリスは反射的に目を閉じる。

 触れるだけの優しい口づけを振らせたロックは、突然セリスを抱きしめた。

「な、なに? どうしたの?」

 苦しそうなセリスの声に、ロックは苦笑いで彼女を締め付けていた腕の力を緩める。

「お前が可愛いから」

 ロックはいつもそんなこと言う。

 恥ずかしくて照れくさくて、セリスは本当にどうしていいかわからない。だからつい、照れ隠しで怒ったような表情をしてしまう。

「もう」

 だが、ロックにはまったく通じない。

 彼女の機嫌をとるためではないのだろうが、優しい口づけを送る。

 するとセリスは、怒った顔を続けることもできなくなってしまうのだ。子犬のように鼻を擦り寄せられると、思わず笑みが浮かんでしまう。

「明日も早いから、寝るか」

 セリスを解放したロックはベッドに寝っ転がってしまう。そんな風にされてしまうと、セリスはひどく寂しい。かと言って、自分から甘えることはなかなかできない。

「うん。そうだね」

 明日はジドールに、先のトレジャーハンティングで手に入れたスタールビーのネックレスを競売に出しに行く。帰りに寄って来た方が早かったのだが、その前に手に入れた年代物の燭台を取りに戻るために一度帰宅したのだ。

 机の上に灯るランプを手にしたセリスは、サイドテーブルに置いて自分もベッドに入る。

「おやすみ」

 そう言うなり寝入ってしまったロックを見て、セリスは小さく笑みをもらすとランプの火を吹き消した。

「おやすみ、ロック」

 夜の静寂の中でも、もう孤独を感じることはない。

 大事な人の温もりを感じながら、セリスは幸せな眠りに落ちていった。

 

■あとがき■

 携帯版【万象の鐘】7000hit 沙理さんのキリリク。『ロクセリの新婚時代』です。この話からしばらくはラブラブで幸せいっぱいで進んでいきます。
 キリリクを受けた順番が多少前後していますが、このリクを受けた去年の6月末~7月頃はキリリクラッシュで、同時期にたくさんあったんです。更に似たような内容が多かったので、丁度続いた話になるように多少順番が前後します。『新婚時代』→『妊娠、出産』→『子育て』って感じになります。別の方からのキリリクで丁度繋がるような話になるなんて素敵な偶然w ちなみに『結婚前夜』である「鐘の鳴る時」がこの話の前wって感じです。
 この話は日記を書いているセリスと、日記の中身と、昼間の内容が混在しているので少し分かりにくいかなぁ……と思います。全文日記も考えたんですが、普通の一人称の文みたいにはならないだろうからやめました。その辺、難しいよね;; でも、ただ話があるってだけより、色々なパターンに挑戦したい私なのです。「Flower」みたいに一週間ってのも考えたんですが、一週間は難しいの。なのでこういう風にしました。 (05.01.20)

-2-

 小さなダイニングキッチンのテーブルに肘をつきセリスは溜息をついた。

 いつもは寝室で書くはずの日記が、テーブルの上に広げられている。

 ロックの気配はない。彼は寝室で眠っていた。今日一日。ずぅっと。

7月4日
 子供好きなのはいいけど、調子に乗って寒い日に海になんて入るから……。お陰で昨日は日記を書く余裕すらなかった。

 思い返して、セリスは少しだけ苛立った気分になった。

 ロックは昨日、7月にしてはどんより曇った空で涼しいと言える日だったのにも関わらず、近所の子供達にせがまれて海辺へ行き、挙げ句一緒になって水掛けをしあってびしょ濡れで帰ってきたのだ。

 子供達の前では平気なフリをしていたようだが、家に入ったロックは真っ青な唇で震えていた。呆れ返ったセリスだったが、とりあえずすぐにお風呂に入れた。しかし……風呂から出てこない。どうしたのかと思って覗いて見れば、のぼせてフラフラになっていた。

 急いで風呂から出したものの、しばらくして身体が冷えてからも額だけ熱かった。

「熱があるんじゃない!」

 セリスは悲鳴に近い声を上げた。

 トレジャーハンティングから帰ってきて、翌日は休んだもののそれ以降は忙しかった。なのに遊びに行ったりするからだ。だが、その時のセリスはそんなことに考え及ばなかった。

「ど、どうしよう……。えと、とりあえず暖かくして寝かせて……」

 ぶつぶつ呟きながら、セリスは冬の布団を出してきた。

「俺は大丈夫だよ……」

 呂律の回らない口調で訴えるロックを、

「ダメ!」

 一蹴して、布団に寝かしつけた。

「とにかく大人しく寝ててよ。無理したりしたら承知しないからね!」

 きつーく言いつけると、赤い顔をしたロックは、

「なんだよ……別に、大したことないのに……」

 ぶつぶつ呟いていたが無視を決め込む。

 普段しっかりしているロックだが、たまに子供っぽくなったり無理しすぎたりとハメを外すことがあるのだ。

 しっかり戸締まりをして家を出たセリスは、医者のいないコーリンゲンで唯一の薬師である老婆ベラを訪ねた。

 症状を詳しく聞かせて、熱冷ましと強壮剤になるような薬草をもらうと、煎じ方をメモって家に戻った。

 寝室を覗くと、ロックはうつらうつらしていたようで、

「どこ、行ってたんだ……?」

 寝惚けながら尋ねた。

「薬草もらってきたの。今、用意するからね」

「うげっ、薬草? ベラばあさんの? ……あの人のって、苦いし臭いし……」

 子供みたいに文句を言うロックに、セリスは少しだけムッとして言った。

「文句言わないの!」

 一括されると、シュンとなったロックは何も言わずに布団に潜り込んだ。

 病人相手に、つい大声を出してしまったセリスは溜息を飲み込んで自己嫌悪する。

 ロックが自業自得だとは言え、今のは完全八つ当たりだ。

 単なる風邪だってわかってたけど、もし万が一のことがあったら……そんな風に考えてすごく不安になった。
 普段は飄々としている人だから余計なのかもしれない。
 たくさんの人を殺してきた私が、大事な誰かを失いたくないなんて、そんな風に思う資格はないかもしれないけど、でも、ロックに何かあったら、私は生きていけないかもしれない。
 人を好きになる気持ちや幸せを感じる心、色々なものを教えてくれた人だから。
 結婚したばかりで、私達はまだ歩き始めたばかりだ。これから私は償いながら、それでも自分の幸せを探していきたい。ロックと一緒に。
 だから、ちょっとのことで不安になって、神経質になって苛立ってしまった。
 本当はもっと優しく看病できればよかったんだけど……。まだまだ修行が足りないみたい。

 乾燥した粉状の葛根湯をお湯に溶きながら、セリスは夕飯のことを考える。

 ロックはお粥が好きじゃない。溶けたみたいな米が気持ち悪いと言っていた。だから他のメニューを考えなければなるまい。

「煮込みうどんならいいかしら……。確か、カイエンがくれた乾麺があったはず……」

 ごそごそと台所を漁る。うどんはドマにしか存在しないものだ。セリスもドマの復興を手伝った時に初めて食べた。かなりおいしいものだったので気に入ったが、簡単に手に入るものではないから滅多に食べられない。

「かなり柔らかく茹でるべきよね。柔らかいうどんも好きじゃないんだろうけど……そこは我慢してもらおう。消化によくないもの食べさせて、お腹まで下ったら困るもの!」

 色々考え始めると不安になるから、やるべきことを考えてわざと口に出した。

 薬湯を持って行くときは、かなり優しく声をかけた。その前に怒鳴った(に近かった)ことを悪いと思っていたから。

 そしたらロックってば、幸せそうに笑って……突然、キスするんだもん/// びっくりして、薬湯落としそうになっちゃった。

 薬湯を差し出すと顔をしかめたけど、ロックは文句言わずに飲んでくれた。私が怒ったの、そんなに恐かったのかしら。

 とにかく、それからロックは夕飯を用意するまで寝てくれた。熱は下がってなかったけど、そんなすぐに下がるものでもないんだろう。実は風邪の看病なんてしたことがなくて、見様見真似だったんだけれど……

 夕飯の煮込みうどんは、ぺろりと平らげてくれた。風邪をひいても食欲が落ちてるわけじゃないんなら、安心できるだろう───私は自分に言い聞かせた。

 相変わらず、悪いことを考えたらキリがなかったから。

 もし、風邪じゃなかったら。

 私がすぐに医者に見せなかったせいで手遅れになったりしたら。

 だけど、ロックは病人なのに、「心配するな。明日には治ってるよ」優しくそんなことを言った。それでホッとするなんてできなかった。余計に彼が好きだと思って、切なくなって、思わず泣きたくなった。勿論、我慢したけど。

 だけど、夜中、ロックの寝顔を眺めていたら涙が出てきた。

 比較的安らかな寝顔が童顔を余計に子供っぽくさせている。多分聞いたらロックは不満そうな顔になるだろうけど、可愛いと思ってしまった。

 この愛おしいという感情はどこから来るんだろう。シドおじいちゃんのことも大好きだったけれどこんな感情とは違った。敬愛に似た気持ちだった気がする。

 愛しいという気持ちを感じることは幸せだ。だけど、愛しさが溢れすぎると、溢れた分だけ切なさに変わってゆく。大切すぎて、一体どうしていいかもわからない。

 とにかく、早くロックに元気になってほしい。私を安心させてほしい。眠って起きたら、悪い夢から醒めているといいと心底思った。

 日記を書き終えたセリスは、暖かい紅茶を入れて自分の書いた文を読み直す。気恥ずかしい日記だけれど誰も読まないのだ。

 ロックと過ごした幸せな日々を忘れないために。自分が幸せであることを確認するために。これを書き続けるだろう。

 

†  †  †

 

 翌朝、セリスは身体の軋みを感じて目が覚めた。

 ロックが静かな寝息を立てる脇で、椅子に腰掛けたまま眠ってしまっていたのだ。

 布団から出たロックの手の上に自分の手を重ねていた。そのせいで彼の肩は冷えてしまったんじゃないだろうか。不安に思ってロックの腕を布団の中に入れる。

 そして額に触れて昨日ほど熱くないことを確認すると、ホッとして口元が綻んだ。

 身を乗り出してベッドの向こうにある窓のカーテンを開けると眩しい朝日が射し込んで、思わず目を細める。

 思いっきり伸びをして、寝室を出た。

 朝ご飯はヨーグルトとスープ程度にしておいた方がいいだろう。食欲があると言っても、無理はよくない。

 まず洗濯をして、それから朝食の用意をしよう。

 玄関から外にでて朝の空気を吸いこむと、昨日の曇り空が嘘みたいに晴れていた。

 

■あとがき■

 今回のネタ提供は、チキチータさんから掲示板カキコ頂いた「ロックを看病するセリス」です。前回、「セリスを看病するロック」を書いた時に逆ver.も見たいって書いて頂いて、早速使わせて頂きました。
 新婚生活とかって、日常です。よく書いてますが、日常を面白くラブラブに書くのって難しい。ただ朝起きて、飯食って、寝て、の繰り返しみたいなのだけど、何かしら行動しなければ話になりません。その行動部分のネタに悩むんです。「なんにしよう……」って悩んでたので、本当に助かりました^^
 今回、書きたかったのは、新婚早々にロックに何かあったらどうしよう? って不安に思う可愛いセリスの姿w 日記を入れる形にしてしまったため、難しかったです。なんか、私って、いつも自分の首締めてるよね;;
 題名を「Diary」にすればよかったような気がします。「Honey」はハチミツみたいに甘くて幸せな時間みたいなイメージだったのよぅ。マーガレット系の漫画家である長沢さとるさんの漫画の題名にもあって、可愛い題名で合うかと思ったんですが……。相変わらず題名も悩みます。とりあえず、これは変更しないと思うけどね。
 今回、水曜日にアップできず申し訳ありませんでした。日曜日にもお届け危ういかと思ったけど、なんとか大丈夫だった^^ よかったぁ。これからまた日曜日アップになりそうです。これ以上会社が忙しくならないといいな…… (05.01.30)

-3-

7月10日
 今日はジドールに来ている。
 ロックが朝、突然「とにかくジドールに行こう」とか言って連れ出すから、何かとおもったんだけど、ジドールで花祭りがあったからだった。そういえばこの時期で、毎年過ぎてから「行けば良かった」「行きたかった」って思ってきたんだ。また今年も忘れていたんだけど、ロックは覚えていたらしい。いつもは不器用で気が利かないのに、たまのそういうところが、余計に嬉しい。
 公園は広くて、その公園中が花に埋め尽くされていた。花はとにかく綺麗で、鮮やかな色どりで圧倒されてしまった。

 ジドールの花祭りは、ケフカが倒された後、世界平和を祝い願うものとして始まったものだ。

 花満開となる公園で行われ、世界中の花栽培業者が集まり展覧会も催す。

 話には聞いていたが行ったことはなかったセリスは、花好きなだけに心からロックに感謝した。

 

†  †  †

 

「それにしても、すっごい人だな」

 会場となっているジドール・フラワーパーク内を歩きながら、ロックはキョロキョロと辺りを見回す。

 人が多すぎて、なかなか花をゆっくり見ることができない。

 はぐれないようにセリスの手をしっかり握りながら、人の流れに逆らわずゆっくりと歩みを進める。

 花壇にはその花の解説や花言葉もあって皆目を通そうと立ち止まるから、流れが遅いのは仕方ないだろう。

「うん。でも綺麗……」

 セリスは幸せそうにロックに寄り添う。

 コーリンゲンの小さな庭で花の栽培を始めたが、家を空けることも多いためなかなかはかどらない。しっかりとした花壇ができるのはまだまだ先のことだ。

 公園は入り口すぐのところが、手前に低いベコニアと背後に細長いアガパンサスが並んでいる。紫君子蘭とも呼ばれる青紫のアガパンサスは「知的な振る舞い」という花言葉によく似合ったスレンダーでスタイリッシュな花を付けていた。

 それから噴水を囲むように紫陽花が鮮やかな薄い紫の花を広げている。

「紫陽花は移り気ってのは俺でも知ってる花言葉だけど……」

 薄い桜色からラベンダーの色へと移り変わるグラデーションを乗せる紫陽花を見ながら、ロックは首を傾げた。

「勝手なもんだな」

「え?」

 解説を読んでいたセリスは、ロックの言葉に不思議そうに振り返る。

「これって土壌のアルカリ含有率だかなんだかで色が変わるんだろ? 綺麗なもんなのに、勝手に変な花言葉付けてるから、人って勝手だなぁって思ってさ」

 子供のように拗ねた表情のロックに、セリスは軽く吹き出す。

 花は好きだけど私はあまり花言葉とかは気にしたことがなかった。というより、花言葉の存在自体を最近知った。シド博士もそういうものに興味はなかったから。
 花に意味を込めるって素敵な部分もあるけど、ロックが言ったように勝手に「移り気」とかいう花言葉をつけちゃうのは、ちょっと紫陽花が可哀想だなって思う。ムキになったみたいに真面目に不満を言うロックは、可愛かったけれど。
 紫陽花の花言葉は有名だって言うけど、ロックがどこで知ったんだろう? レイチェルさんから聞いたのかな? 可愛らしい彼女は花言葉なんかにも詳しかったのかも……。そんな風に考えて、ロックの過去にヤキモチを覚える自分が少し情けなくなった。疑っているとかはまったくないけど、私の知らない過去があるのは切ない───誰にだって過去があるものなのに。醜い独占欲なんか忘れよう。

 奥に歩いて行くとベンチの並ぶ周辺は色とりどりの松葉牡丹だ。松葉牡丹の仲間であるポーチュラカはセリスも植えていて、色が多用にあり比較的育てやすい花で楽しめる。本来温帯~熱帯に咲く花であり、コーリンゲンでは少し気温が低い気もするが、丈夫な種類であるしセリスは種から育てようと試みている。ちなみに松葉牡丹の花言葉は、「可愛らしさ、可憐、無邪気」だそうだ。一つ勉強になったと思うが、なんだか余り自分にそぐわない気がして、セリスは少しだけ不満に思った。

 あとは花業者の置いているそれぞれのプランターだ。百合が多いが、紫御殿なんていう葉が紫の珍しい花やパッションフルーツの仲間である時計草もあった。

「いいなぁ……」

 シド博士の持っていた温室を思い出す。博士は亡くなり温室も破壊されてしまったが、あの美しい温室はセリスの心の中で色褪せることがない。

「あはは。まあ、一般人にはここまでの花壇は持てないからなぁ」

 ロックは頭をかく。セリスのためならなんでもしてやりたいが、さすがに巨大公園並の花壇を手に入れて世話するというのは無理だ。

「うん。でも、頑張って家の周囲も花に溢れさせたいわ」

 己の罪を許せず苦しんできた彼女を見守ってきたロックにとって、前向きなセリスの姿は本当に喜ばしい。どれほどロックが支えたいと願い彼女の心を救いたいと願っても、できることは限られている。彼女の荷は彼女のものであり、それを背負うことはロックにはしてやれないからだ。

「俺も手伝うよ。まあ、枯らすと困るから、余計なことはしない方がいいかもしれないけどな」

「大丈夫よ。心を込めて世話をすれば、枯れたりしないわ」

「……それがさ、ガキの頃、皆でヒマワリを育てようってことになったんだ。一生懸命やったんだけど、俺のだけ枯れたんだよなぁ……」

 遠い目をして溜息をついたロックに、セリスは再び吹き出した。確かに心を込めて世話をしたって、一生懸命すぎて水をやりすぎたりすれば枯れてしまうだろう。

「ひでぇ。笑うなよ」

 すねたように唇を尖らせたロックに、セリスは笑いを噛み殺して謝る。

「ごめんね。でも、一緒に育てようね」

「ああ。俺は花の世話に関しては、言われたことだけをやることにするよ」

 何気ない会話に、なんて幸せなんだろうとセリスは思った。

 綺麗な花を見れたのも幸せだったけど、それがロックと一緒だったから余計だ。「花のことなんて全然わからない」なんて肩をすくめていたけど、つまらなそうな態度とかは絶対とらない。花なんて興味ないんだろうに……「わからないけど、見ていると優しい気分になるな」なんて呟いてた。本気なのかわからないけど、どちらにしても嬉しい。

「なんか欲しい苗とかないのか?」

 食い入るように売り物となっている苗の棚を見つめるセリスに、ロックはそっと声をかける。

「うーん、最初から花壇広げると大変だし……でも、少しならいいかなぁ」

 一生懸命悩んでいる表情はとても魅力的だ。抱き寄せて頬に口づけたいところだが、こんなに人がいるところでそんなことはできない。

「今度、モブリズに行くじゃない? ティナにお土産に買おうかと思ってるんだけど……」

「ああ、いんじゃないか?」

 ティナが花に興味を持っていた記憶はないが、母性を身に着けてから彼女は日増しに女らしくなっていた。結婚式の時以来だが、きっと喜んでくれるだろう。

「でも、そうすると自分の分までは買えないわよね……」

 むぅ、と下唇を突き出して苗を眺めている。棚に置いてあるのは一般家庭で簡単に栽培できる花壇でよく見かける花が多い。

「マーガレットは可愛いけど、マリーゴールドの方が強いし子供達が世話するのにも簡単かしら……。あとは日日草とか……百日草とか……。せっかく花祭りに来て買うには一般的すぎるかなぁ」

 独り言だろうけれど、ロックは首を傾げながら後ろ側を指さした。

「あれは?」

 ロックが差したのは橙色の袋のついた鉢植えだ。袋ではなく実なのだが、見慣れない二人にはよくわからない。

「……えと、ホオズキ、って言うの? ドマの方のものなのね……。珍しいけど……」

 花壇に植えるような花には見えない。

「やっぱりマリーゴールドにしよう。それと百日草ね。モブリズでは百日草は見かけなかったから、いいわよね」

 一人納得すると、セリスはロックに向き直った。

「買うのは明日、出発前でしょう? 私はもういいわ。ありがとう」

「おう。じゃ、飯でも食いに行くか」

「うん。そういえば、お腹減ったかも」

 頷いたセリスはロックの腕に自分の腕をからめた。

 世界各地に詳しいロックは、どこに行ってもおいしいレストランに案内してくれる。ジドールは何回も来ているが、今日は何を食べさせてくれるんだろう?

 セリスは幸せな気持ちで、花の甘い匂いの中を歩き始めた。

 すっごい偶然なことに、シチューの専門店に入ったらセッツァーに会った。私は大歓喜しちゃった。だって、飛空艇があるんだもの。
 花を買いたいから乗せてって言ったら、快くOKしてくれたからよかった。一足先にモブリズにも持って行ってくれるって言うし。一応、ご飯ご馳走したけど、それじゃあ足りないかなぁ。
 でも、アウザーさんに会いに来てたリルムが一緒で、楽しそうだったからいいかな。
 明日帰ったら、自分の分の苗を植えよう。プランターも買えるし、ダリアがすごい素敵だったから……とっても、楽しみだわ。
 こんな幸せでいいのかなっていうぐらい、毎日が充実してる。こんな日々がずっと続きますように───

・ fin ・

 

■あとがき■

 最終回となりました。インフルエンザにかかったりしてお届けがひどく遅れたことを心からお詫び申し上げます。
 風邪だったのもあるんだけど、何を書けばいいかわからなかったのよね^^; まあ、熱で頭の回路がショートしてたんす。そういうことにしておいてください。(くう。本当に日常は苦手みたい;; これから先の妊娠→出産も、大変そうだ……)
 祭ネタです。FF界の祭って難しいよね。でも、こんな感じの祭はアリじゃないでしょうか。ただ、失敗だったのは季節的な問題。7月に咲く花は多くありません。桔梗や蓮はジドールで満開のわけないだろうし……。しかし、調べたら多少あったのでよかった。本当はパンジーやチューリップなんかがイメージに合うんだけどね。仕方ない。そこまで考えず季節を決めたので(結婚式が6月だったので、その後ってことで7月にしたんだけど)。
 花の紹介の参考資料とさせて頂いたのは【季節の花 300】様です。写真も載っているので、気になる方は見てみてくださいね。花言葉の方は【てぃんくの家】様を参考にさせて頂きました。
 ちなみに、アガパンサスを紫君子蘭と呼ぶことはありますが、青紫のアガパンサスだけをさしてそう呼ぶわけじゃないみたい。ただ、青紫のアガパンサスの花言葉が「知的な振る舞い」ってことです。なんかわかりにくいんだろうけど、小説内で細かく説明するところじゃないので書きませんでした。普通のアガパンサスの花言葉は「恋の季節・恋の便り・恋の訪れ」だそうです。
 私は小説を書く時に、それほど調べモノをして書いたりしないんですが、花とかに関してはド素人もいいところなので……;; 花を見るのは結構好きだけど、買ったりはしません。絶対枯らすの。切り花もそう。水変えるのとか面倒臭いの……^^; 枯れると可哀想だから、花屋か写真で見て「綺麗だなぁ」に留めてます。両親は花が好きで世話したりしてるのに、私はそういうところが全然似なかった……;; せっかく、似た方がいいところなのにね。嫌なところばかり似るわ
 FF世界では日本とは地理的な問題もあって全然違うんだろうけど、イメージ掴みやすいし許してください。

 沙理さん、いかがでしたでしょうか。ほんわかした感じの話が苦手なので、「ちょっと物足りないわよ!」と思ったかもしれませんがお許し下さい。一生懸命頑張りました。どうか受けとってやってください。
 どっかに書いた通り、次は「セリス出産」となります。どこから書くのか悩んでます。ではw (05.02.19 )

【この頁で使用させて頂いた素材サイト様】ClipArt : Heaven's Garden

Original Characters

ベラ コーリンゲン出身。コーリンゲンで薬師をしている老婆。薬が苦いことで有名だが腕利き。