鐘の鳴る時



【前編】

 結婚───不思議なものだとセリスは思う。
 長い間、自分には一生縁のないものだと考えていた。
 戦いしか知らぬ、人を平気で殺すことができるような女を誰が娶ってくれるというのか───自分が結婚なんてことを考えるというだけで人が笑うだろうと、己を卑下し恥じてきた。
 誰かに恋をできるなどとも考えたことはなかった。シド博士やレオ将軍を敬愛していたけれど、男としての魅力を誰かに感じたことなどなかったからだ。
 だけど、恋はそういうものじゃなかった。
 どういう男だから、そう分析なんかしなくても、いつの間にか気になって惹かれていた。
 「守る」そう言われたのが決定打だったわけではないけれど、驚き戸惑ったのは事実だ。そして彼の誠実でひたむきな態度に惹かれた。彼が死んだ恋人レイチェルを生き返らせようとしていると知った時に、初めて自分の気持ちに気が付いた。余りに衝撃的で、その胸の苦しさが嫉妬だと気付いた。
 自分に対しての彼の優しさは、(あがないにすぎないのだと、彼の自己満足にすぎないのだと知り、己の愚かさを呪った。彼がどうして「守る」ことに拘るか知らなかったから、誰かに優しくされたことなどなかったから。女として扱われたことなどなかったから───だけど、気付いたときには遅かった。
 恋が人が言うほどいいものではないのだと感じた。ただひたすらに辛く、悲しいものなのだと思っていた。二度と恋なんてするまい、そう己に誓っていた。
 なのに、どうして自分が結婚などしようとしているのだろう。それも、その恋の辛さを気付かされた相手と。
 くすり、思い出し笑いをしたセリスを、リルムとティナが不思議そうに見た。明日の結婚式に備え、コーリンゲンに来てくれている。
「なに? 思い出し笑いなんてして」
「セリスってば、えっち~♥」
 どちらがどの台詞を言ったのかは明白。前者はティナであり、後者はリルムだ。
「色々あったなぁって」
 しみじみと言うセリスに、二人は顔を見合わせる。共にケフカを倒す旅をしていた時は、確かにロックとセリスに色々あったことをリアルに見てきた。
「でもあたしはわかってたよ~。二人がくっつくって」
 リルムは小さな胸を張って言う。セリスは不思議そうに首を傾げて尋ねた。
「どうして?」
「視線、かな。なんだかんだ言って、ロックはいつもセリスのこと見てたもーん」
「そうなの?」
 セリスに見られていたという自覚はない。いつも自分ばかりが見つめていたと思っていた。
「すっごい切なそうな顔してたしね。ロックってば、いつ理性が切れるのかな~って思ってた」
 セリスとティナは思わず飲んでいたお茶を吹き出しそうになる。リルムはどこまでわかって言っているのだろうか。
「一度、言ってやったんだよね。『そんな物欲しそうに見てるなら、手に入れちゃえばいいのに』って。そしたらロックの奴、『お子さまにはわからないだろうよ』とか言って! ムカつく~!!」
 それに関しては苦笑いしかない。リルムの言うとおりそんな簡単に手に入れることができるなら誰も苦労しないのだ。
「リルムは? 誰かいい人いないの?」
 好奇心というだけでなく、ちょっとリルムをからかってみたくなったセリスは言った。いつもからかわれてばかりだから、たまにはいいだろう。
「え~。いたらいいけどさぁ。あたしって目が肥えてんのかなぁ」
「セッツァーは?」
 何気ないティナの言葉に、リルムはキョトンとしてから顔を真っ赤にする。
「冗談! 有り得なーい!」
 ケフカを倒してから2年。14歳になったリルムだが、相変わらずセッツァーに子供扱いされている。絵の売買でしょっちゅう会っているらしいが、年齢が離れすぎているせいなのかそういう甘い話にはならないらしい。

 でも、意見が合わず下らないことでいつも言い合っている二人は、息がピッタリでなかなか似合いに見える。
「リルムってセッツァーのこと、好きなのかと思ってた」
 ティナは躊躇せず呟いた。セリスだってそう思っていたが口に出せないでいた。リルムにとっては言われたくないことだろう。それが真実で自覚しているなら尚更。
 しかしティナはセリス以上に恋愛には疎い。エドガーの求愛に相変わらず気付いていないのだ。臆病になって遠回しに言う、らしくないエドガーが悪いのだろうが。
「………………無駄だもん」
 顔を真っ赤にし俯いて、ぽつりと呟いたリルムは泣き出しそうだ。どんなに口で偉そうなことを言っても女の子だなぁ、セリスは微笑ましく思う。
「まあ、無駄かどうかはわからないわよ。私だって想うだけ無駄だと思ってたし」
 肩をすくめたセリスに、リルムは「えー!」抗議の声を上げる。
「っていうか、ロックは誰が見てもセリスが好きだったし、私とは全然違うもん。いいんだ。いつか私にだって私だけの誰かが現れるもん……多分…………」
 本気でそんなことを思っているわけではなく、現実主義なリルムのことだ。強がりを言ったのだろう。
 あのセッツァーが相手では慰めの言葉は無駄だろう。意外にイケる気もするが、無責任な励ましはできない。セリスは話題を変えることにした。
「ティナはどうなの?」
 独身最後の夜だ。女だけで恋の話をするのも悪くない───今までこんな風な話をしたことなどなかったから余計に。
「私? ……まだまだよくわからないわ。みんな大好きだけど、みんな同じぐらい好きだもの」
 こりゃエドガーは前途多難かもしれない。ティナの平和な答えに、セリスはちょっとだけフィガロ王に同情する。
「でもさ、結婚式って憧れるよねぇ」
 リルムが溜息混じりに呟いた。普通の少女は憧れる年齢かもしれない。
「セッツァーと結婚したら、間違いなく飛空艇での結婚式ね。空の結婚式。……いいかも」
 セリスは深い意味があって呟いたわけではないのだが、
「だから! 有り得ないから!」
 リルムに怒鳴られて、思わず肩をすくめる。悪いことを言ったかも?
「それより、明日の手順とか平気なの?」
 腕組みしたリルムは小姑のようだ。セリスは苦笑いで頷く。
「エドガーが全部手配してくれたのよ。そんなに盛大にするつもりはなくって、小さな披露パーティーにするつもりだったんだけどね。感謝しないと」
「あのドレス、素敵だよねぇ」
 リルムが壁に掛かったウェディングドレスを見て呟く。セリスとしてはわざわざドレスを着るつもりなどなかったが、ロックが是非着せてやりたいと言ってくれた。ジドールの有名ドレスショップに頼んだオーダーメイドだ。
「でしょ? 気に入ってるの」
 そう答えたセリスは幸せそうだ。そんなセリスを見ていると、ティナもリルムも本当に嬉しく思う。
「んでさ、プロポーズの言葉はなんだったの? スタンダードに『結婚しよう』?」
 リルムは本当に好奇心旺盛だ。セリスは恥ずかしそうに記憶を辿る。
 ロックとセリスはコーリンゲンにあるロックの生家を拠点にトレジャーハントをしている。元々、同棲しているようなものだった二人だが、ロックが「一応のケジメ」と言ってプロポーズしてくれた。
「そ、そんなの……言えないよぉ」
 照れたようにはにかむセリスは、出会った頃よりも遥かに女らしくなっている。ティナはなんだか置いてきぼりをくらったような寂しさを覚えた。
「えーっ! ケチぃ」
 ムクれたリルムはとても素直だ。女の子同士だと意外に素直になるのだが、男性の前だとどうやら強がってしまうらしい───その気持ちはセリスも分かる気がする。
「ロックって真っ直ぐだけど結構照れ屋だから、想像つかないのにぃ」
 不満そうなリルムに、セリスはくすりと笑みをもらす。恥ずかしかったけれど、話してあげようなかな、何故かそんな気になった。
「来年、ロックってもう30でしょ?」
「うんうん。見えないけどね」
「この前、私の誕生日の時に、そんな話になって、で、その時に、脈絡もなく、『結婚しようか』って……うう、恥ずかしいね」
 言いながらセリスは顔を真っ赤にしてもじもじとなっている。
「ほうほう。それで?」
 リルムに突っ込まれる。ティナも興味津々といった表情をしていた。
「『唐突ね』って言ったら、考えてなかったわけじゃないらしいの。ただ、当たり前に一緒にいるようになったし、タイミングを逃しちゃってたのね。『形が全てじゃないし、いつまでも恋人同士ってのもいいけどな。これから先、お前の気が変わっても逃げられないように』って言われちゃった。あれは多分、冗談だわ」
「……冗談じゃないんじゃないのー?」
 自分から聞きたいと言ったくせにノロケに呆れたのか、リルムは半眼になる。
「もう! だから言いたくなかったのよ」
「あはは。でも本当にいいなぁ。やっぱり、自分だけの誰かっていいよね。友達は永遠だけど、自分だけのものじゃないから」
 そんなことを呟くリルムの達観にセリスとティナは驚いて顔を見合わせる。当の本人は不思議そうに二人を顔を交互に見た。
「ん?」
「ううん。私が子供の頃は、そんな風に思うことなんてなかったから。羨ましいような、そんな若い頃からそんな風に思っちゃうのって辛いような感じ」
 セリスが少しだけ寂しそうな微笑を浮かべると、リルムは戸惑ったようにほっぺたをかく。
「まあ、あたしにはじじいがいるからね。幸せだよ?」
「そうね」
 ティナは頷いて微笑むが、それでもこの先ずっと生きているわけではないだろう───ストラゴスも結構な年だ。なるべく早く、リルムを支える人が現れてくれれば、そう思う。
 他愛ない平凡な幸せ。リルムにもティナにも滅多に会えないが、とても幸せだと思いながらセリスはフと時計に目をやる。
「あ、もう9時じゃない」
「じゃあ戻らないとね」
 ティナが立ち上がった。彼等は飛空艇に寝泊まりする───人数が多いのに宿に世話になるわけにはいかない。
「明日は8時半でOK?」
 リルムがカップに残してあったお茶を飲み干して尋ねた。二人ともパーティーの用意を手伝ってくれる───ほとんどがフィガロ城の女官達がやってくれるのだが。
「うん。本当にありがとうね。今日は楽しかった」
「明日はきっともっと楽しいよ!」
「……そうね。うん。飛空艇まで送るわ。ロックももう帰るだろうし」
 セリスもカーディガンを持った。
 ロック達は男だけで飛空艇で飲んでいる。独身最後の夜は、男にとっても結構重要なのだろう───セッツァーとエドガーが言いきっていた。
「迎えに行かないと、朝まで飲むかも知れないもんね」
 家を出ると、リルムがキシシと笑みをもらす。
「ロックはそんなことしないわよ」
 ティナがたしなめると、
「まあね~。エドガーもしないだろうね~。カイエンもマッシュもしないだろうね~。ガウはそれ以前に結婚とか想像つかなーい」
 リルムは上機嫌で言ったが、セッツァーの名前はない。無意識なのか、ワザとなのかわからないけれど。
「明日、晴れるといいわね」
 ティナが満天の星空を見上げた。この様子だと晴れそうだ。
「ええ。ドレスが汚れちゃったら台無しだわ」
 薄くほんのりブルーに染まったドレスは些細な汚れも目立つ。雨だったら中止も有り得た。
「もう、明日なんだよね……」
 感慨深く溜息をついたセリスに、リルムは、
「マリッジブルー?」
 キョトンとして振り返る。苦笑いを浮かべてセリスは首を振って、
「ううん。別に今までと何かかわるわけじゃないから。だけどなんだか緊張して……」
「一大イベントだものね。きっと素敵な式になるわ」
 励ますように言ってくれたティナに、セリスは困ったようにはにかむ。
「そんな大仰じゃないんだけど……」
 式の流れは全員が知っている。コーリンゲン辺りで行われる式をアレンジしたもので、ジドール等の結婚式のように豪奢でなくとても素朴な式をする。セリスもロックも派手好きではないから当然だろう。国王であるエドガーの結婚式なんて言ったらそらすごいだろう。参列する方も大変になる。
「いいじゃない。そんな大仰なのなんて嫌よね。仲間内で祝福されればそれでいいわ」
 ティナの言葉に、セリスは複雑そうな表情になった。エドガーが聞いたらがっくりと肩を落とすに違いない──王である彼の結婚式が仲間内で済ませられるわけがない。
「うっわー」
 飛空艇が近付き、リルムが呆れたような声を上げた。
「なあに?」
「ここまでどんちゃん騒ぎが聞こえるよ。ロック、明日大丈夫かな? 二日酔いとか……」
「困った人ね」
 セリスは肩をすくめ、少しだけ心配になった。
「大丈夫よ。ロックだもの」
 ティナはそう言ってくれたが、余り慰めにはなっていなかった。

 

■あとがき■

 携帯版【万象の鐘】1111Hit 夕映さんのキリリクです。「結婚前夜~結婚式」ということで、結婚についてはhikariさんから以前、リクを受けて書いていますが、今回は違う感じのものになります。幸せいっぱいイメージでw
 前中後と全3回です。構成が決まってるため、今回はだらだら伸びたりしません。予告すると前編がセリス視点の結婚前夜だったのに対し、中編はロック視点の結婚前夜。そして後編は結婚式となります。うまくいくかなぁ? 結婚式とかって難しいですよね。とくにFFは世界観が確立されているから、それを壊せないしさぁ。『誓い』ではオリジナル結婚式でした。今回も勿論、オリジナル結婚式よ(その予定。まだ半分ぐらいしか考えてません)。今回はティナ視点にしようかなぁって。結婚式って本人視点だと二人の綺麗さとかうまく表現できないからさぁ。でも三人称だから、本人達の気持ちも入れるかなぁ。悩みどころ。
 セリスはドレスですが、またまたロックが何を着るか悩むところ。イメージでできていても、ファンタジーな服装って口でなんて説明すればいいかわからにゃい~;;
 書いている途中で、結婚前夜っていうのがどういうものなのかよくわからなくなってきました。とりあえず、それまでの道のりに思いをはせるかなって&プロポーズ暴露ネタです───ううう。夕映さんさん、散々、お待たせした挙げ句に、申し訳ありません;; ちなみに次回は結婚前夜のロクセリです。
 ってまたアトガキが長っ! いつもいつもすみません。アトガキ全部読むと言う方、意味不明な駄文に付き合ってくださって本当にありがとう。今回は久々の週2アップ。『In Chains』連載終了だったってことでなんですが、来週からは再び週1アップに戻ります。やはり会社が忙しい~【><。】 エーン (04.06.05)
 誤字脱字修正、文章補正を行いました。 (06.01.30)

【中編】

「結婚なんてしたら、遊べねーぜ?」
 ブランデーを仰ぎながらセッツァーが言った。
「結婚しなくっても、俺は元々遊ばねーよ。お前とはちげー」
 不満そうに答えたロックはウイスキーのダブルを飲んでいる。いつもはもう少し濃いものを飲むが、今日は控えていた。仲間に比べペースも遅い。明日のことを心配しているからだ───結構ザルだから気にする必要はない気もするが。
「ふん。悪いが俺だって遊びやしねーよ。なかなか俺の目に適う女がいねーもんでな」
 決して強がっているわけではないのだろう。セッツァーがその辺の平凡な女を選んだりしたら、太陽が西から昇る。
「もし! セリスを悲しませるようなことがあったら、即座に頂にいくからな」
 不敵な笑みを浮かべるセッツァーに、ロックは半眼で返す。
「んなチャンスは残念だろうがやらねー」
「そんなことしたら小さなレディがショックを受けるんじゃないかな? セッツァー」
 柔らかいエドガーの笑みはある意味威圧的だ。
「……誰のことだ?」
 セッツァーは馬鹿にしたように鼻を鳴らす。誰のことを言われているのかなどはわかっているのだろうが、その小さなレディの気持ちに気付いているかまではかなり怪しい。いつまでも子供だと侮っているのだ。
「いや、殊の外大事にしているように感じたのでね」
 相変わらず涼しい微笑を湛えるエドガーはウォッカを口に運んだ。
 確かにセッツァーはリルムを気に入っているように見える節はあるがどうだろう。あんなに嫌味ばかり言い、こきおろしているのを“大事にしている”というのは揶揄しすぎだが、好きな子をいじめてしまう例のやつではないのか、エドガーは密かにそう思っている。
「どこかの王様は惚れた女一人口説けねえようだがな」
 クッ、とセッツァーに頬を歪められ、エドガーはすうっと目を細める。会話だけを聞くと陰険なようだが、言葉遊びのようなものだ。決して喧嘩を売っているわけではない。しかし見る人によってはどう見ても喧嘩に写る。
「ガウ? 喧嘩?」
 マッシュ、カイエンと共に傍観していたガウがつぶらな目で3人を見る。ちなみにストラゴスは1時間ほどまえに寝ると寝室へ行った。
 カイエンは苦笑いでガウの頭を撫でながら、
「喧嘩ではないでござるよ。エドガーもセッツァーも、少し羨ましいのでござろう」
 にこやかに清酒を口に運ぶカイエンに、エドガーとセッツァーはバツの悪そうな顔になる。
「僻んでるわけじゃねーよ」
 とセッツァー。
「確かに羨ましいね」
 とエドガー。
「兄貴さぁ、羨ましいならもう少し積極的にいったらどうだ?」
 弟であるマッシュに最もなことを言われ、エドガーは曖昧な笑みを浮かべた。
「困らせたくないのであろう?」
 穏やかなカイエンの言葉はさすが年の功といったところだ。
「かといって手をこまねいているとタイミングを失い、泣きをみることになるやもしれぬ。難しいでござるな」
 うむうむとしみじみ頷くカイエンに、ロックは何気なく尋ねた。
「随分実感こもってるけど、カイエンもそういうことがあったのか?」
 するとカイエンは顔を真っ赤にし、
「ななな何を言ってるでござる! 拙者は生涯亡くなった妻一人でござる!」
 目を剥いて訴えた。誰も奥さん以外の人の話をしていないのにわざわざそんな風に否定する姿に、皆で顔を見合わせてしまう。
「慌てることが怪しいな……」
 にやりと顎をさするセッツァーに、カイエンは立ち上がって、
「誓って何もないでござる!」
 身の潔白を叫ぶ。
「ムキになるところがな……」
 普段落ち着いて見えるカイエンだけに、たまに焦ったところをみるとからかいたくなるのだろう。エドガーもそれに加わる。
「違うでござるーーーっ!!!」
 カイエンも実は酔っているのかもしれない。天上を仰いで叫ぶ姿に、全員が吹き出した。

 響く笑い声がやっと落ち着いた頃、
「盛り上がりすぎじゃなーい?」
 ノックもなしに開いた扉からリルムが顔を出した。
「おう。もう戻ったのか。早いな」
 ロックが呟くと、リルムに続いてパーティールームに入ってきたティナが肩をすくめる。
「明日は大事な日でしょ?」
「まあな。じゃ、俺も帰るか」
 うしょっとロックは立ち上がる。が、
「おいおい、もう行くのか?」
「セリスも少し話していったらどうだ?」
 セッツァーとエドガーに引き止められ、ロックとセリスは顔を見合わせる。
「そうね。少しだけなら……」
 せっかく皆が集まってるんだし、そう思って頷いたのは甘かったのかもしれない。

 

†  †  †

 

「あいつら、明日出席できんのかね」
 12時を過ぎてやっと飛空艇を出たロックは呟いた。酒で火照った体に夜風が気持ちいい。
「きっと大丈夫よ。二日酔いになったとしても、そういう姿を人に見られるの嫌いじゃない? セッツァーもエドガーも」
「まーな」
 先程まで晴れていた空は、うっすらと雲が出て月を霞ませている。
「雨、降りそう?」
 湿った風に髪を乱されながら、セリスは不安そうに呟いた。
「風が強いから雲の流れも速い。明日は大丈夫だろ」
 ロックはいつもと変わらぬ表情で、セリスの後頭部をぽんぽんと叩く。
「なんでいつもロックって余裕なの?」
 村に入ったため声を潜めたセリスは尋ねた。
「余裕かぁ?」
「そう見えるけど」
「自分で言うのもナンだけど、多分、俺は無骨者で鈍感なだけで余裕とは違うぜ?」
「そうなの~?」
 自覚がないのだろうか? セリスは胡乱(うろん)そうにロックを見た。
「まあ、お前の前ではいいとこ見せてーから、そう見せてんのかもしんねーな」
 困ったように頭をかくロックに、セリスはキョトンと目を丸くする。
「見せてる?」
「強がりだよ。無理してるわけじゃねーけどな。まあ、多少はな。意識してやってるわけじゃねーけど」
「そうなんだ。私、いつも甘えるばっかりだもんね」
「んなことねーよ。つーか、もっと甘えろ。お前の方が強がりだ」
 まったくの図星で、セリスは肩身が狭い思いだ。
「だから、結婚すんだから、これからはもっと気兼ねしないで甘えろよ」
 ロックはこうやっていつもセリスを受け止めようとしてくれる。嬉しくて嬉しくて、でもやっぱり甘えすぎてはいけないと思う。
「うん。ありがとう。でも、背負われるんじゃなくって、隣を歩いていきたいから」
 呟いたセリスの声は甘い。家の扉を開けたロックは中に入ると灯りも点けずにセリスを抱きしめた。
「結婚って言ったって何かが変わるわけじゃないと思ってたけど、なんか不思議な気持ちだな」
「……本当に、いいの?」
 急に不安になり、セリスは小さな声で確認した。
「なにが?」
「私と、結婚なんかして」
「なに言ってんだよ。もしかして嫌なのか? なんか不安か?」
 ロックは少し身体を離して暗がりの中、恋人の顔を覗き込む。
「もし、この先あなたの気が変わったりしても、簡単には別れられないのよ?」
「なっ……気が変わるなんてあるわけねーだろ?」
「信じてるけど……私、自分に自信がないのね。余りに多くの罪を抱えてる」
「お前の罪じゃない。お前はもう充分苦しんだよ。もう幸せになっていいんだ」
 ロックはありったけの想いを込めて、愛する人を胸にかき抱く。
「恐いの。因果応報って言うでしょう? 多くの人の幸せを奪ってしまった私は……やはりいつか幸せを失うかもしれない」
 泣きそうな声で涙を堪えるセリスは痛々しい。普段、過去のことなどなかったように、気にしない素振りでいるから余計だろう。
「そんな想いは絶対にさせない。俺はお前と共に幸せになりたいんだ。お前と歩いていきたいんだよ。これからも辛いことがあるかもしれない。でも、お前と二人で乗り越えて、分かち合って、進んでいきたいんだ……!」
 ロックの情熱は狂おしいほどにひたむきだから、切ないけど心地よくてセリスはそれを望んでしまう。罪に溺れそうになる自分をすくい上げてもらえるような気がしてしまう。
「セリス───」
 胸が詰まって応えることのできないでいる伏し目がちのセリスの顎を捕らえると、ロックはそっと唇を奪った。
「好きだ」
 混じり合う吐息の間から囁かれる声に、セリスの瞳から涙が一粒こぼれ落ちる。
「お前を手放すなんてできない。いつまでも俺と共にいてくれ」
 幾度も重ねられる唇がいつもより甘く感じられる。セリスの中から不安も戸惑いも全てが消えていき、ただロックだけを感じている。
 唇をついばまれる度に身体の芯が溶けていくのに身を任せながら、ただロックだけを望んでいた。
 彼が存在してくれれば、それでいいと───

 

†  †  †

 

「幸せを望む心って尽きることがないのね」
 眠りに誘われながら、セリスは呟く。
 彼女の細い肩を抱き寄せたまま、ロックは小さく笑みを零した。
「そうだな」
「あなたといられて幸せで、ずっとそれが続けばいいと思う。満たされ過ぎていて不安で、その不安を取り除きたいと思う。キリがないわ」
「幸せにつきまとう不安は、幸せの証しなのかもしんねーなぁ」
 ぼんやり呟くロックは眠いのかもしれない。セリスはくすりと笑みをもらし、ロックの胸に頬を擦り寄せた。彼に寄り添っているとどんな時よりも安心できる。ただ彼が傍にいるという事実だけで、心が嘘のように軽くなる。
「結婚どころか、恋ですらできるとは思ってなかったの」
「てことは、お前が好きになった男は俺だけか」
 ロックは少しだけ満足そうにほくそ笑む。
「ふふふ。そうね。あなただけだわ。……きっと、あなたに出会わなければわからなかった。私を助けてくれたのが他の人だったら一生知ることもなかったわ」
 それは少し大袈裟だとロックは思ったが、嬉しいから余計なことは言わなかった。
 ロックからすれば、外の世界で最初に知ったのが自分であったことに感謝している。エドガーもセッツァーもそれなりにいい男だ。彼等を先に知っていたらセリスは彼等に恋をしていたかもしれない。世の中に起こりうる偶然をありがたく思う。
「ねえ?」
「ん?」
「もし、私に他に好きな人ができたりしたらどうする?」
 唐突なセリスの質問に、ロックは答えに詰まる。その可能性があると思っているとかではなく、ただ単にどう答えるか試されているのだろう。正直に答えたいが、どうするかは自分でも想像がつかない。
「わかんね。お前のことを想えば潔く諦めるべきなんだろうな。でも俺しつこいから、諦めなんなくって『嘘だって言ってくれ』とか言って(すが)り付くかもしんねー」
 自分で言いながらロックは苦笑いしかない。後者の方が絶対的にあり得る。
「ふふ。嬉しい」
 ぎゅっとロックに抱きつくセリスは、とても可愛らしい。彼女のこんな表情を知っているのは自分だけだという事実が、たまらなくロックには嬉しかった。
「明日、いい式になるといいな」
「ええ。ロックと一緒なら、きっといい式よ」
「そうだな。あいつらが馬鹿に騒がねーといいな……」
 呟きながら、ロックは襲い来る眠りに引き込まれていった。
 夢も見ずに深く眠った明日は、更に幸せが待っているだろう───

 

■あとがき■

 今シリーズはかなり気に入ってるクリップアートです。話のイメージに合わせて選んでるけど、Atelier paprikaさんの画像はすごく好き。ただ色違いとかは余りないので連載モノだと使いにくいんです。『マシュマロ』もAtelier paprikaさんのところのですね。無理矢理使いたくなるのでした;;
 ロックサイド結婚前夜は、ロクセリラブラブ結婚前夜でもあります。夕映さんはそういうのを望んでいたのかな? いかがでしょう? リクエストに応えるって本当に難しいと毎回感じてます。気負い過ぎなのかもしれないんですが、せっかくリクエストしてくださったからには、やっぱり応えたいと思うじゃないですか。リクエストして頂けるのって本当に嬉しいんです。もっと私の書いた小説(二次創作とはいえ)読みたいと思ってくださってるってことですから!
 ところで相変わらずキスシーンのバリエーションがないッス。知りうる表現に限度があります。得に甘々って思って書くからかなぁ。生々しさとかは出さないようにしてるし(表ではね)、自分的制約を付けるせい? でもそれがなくっても無理かなぁ。キスシーンバリエを誰がプレゼントして(なんじゃそれ)^^;
 この話ではセリスは結構素直です。結婚するっていうことで信じあってる恋人になってる感じかな。いつもは気持ちが通じるまでとかなので強がったりしてすれ違っちゃうけどね。私のセリスのイメージは自分で書いているのとは実は少し違います。真っ直ぐでありながら人を思いやれる女性じゃないかな。彼女をイメージ通りに書こうとすると切なくならなかったりするので、話によって性格が違っちゃう。ううう。悩みの一つですが、この折り合いは難しい【><。】
 今回もアトガキがやたら長くってすみません。いつも長いね~;;  (04.06.13)
 誤字脱字修正、文章補正を行いました。(06.01.30)

【後編】

 飛空艇の一室でエドガーの連れてきた女官達に囲まれ、セリスはひたすら言うとおりに突っ立っていた。
 オーダーメイドのドレスは何度が試着したが、正式に着付けるとこんなに面倒なものなんだろうか。式が始まる前からぐったりしてしまう。
「さあ。今度は座ってください」
 きびきびと指示され、セリスは恐縮しながら椅子に腰掛ける。
 厳格な感じのフィガロ城女官長がセリスは少し苦手だ──ロックなどはもっと苦手だろうが。
 何をするのかと思ったら、幾つもの箱のから化粧道具を出してきた。
 セリスは内心「うわっ」と思う。オペラ座でマリアに扮した時も化粧をしたが、なんだか顔が引きつるようで苦手だ。慣れないせいだとわかっているが、戦う時には不要であったし戦が終了してからも化粧をしたことはない──この前、「年老いてから染みが出来るから少しはした方がいい」などとお節介なことを言うおばさんがいたが、そう言われても化粧のやり方がわからないのだから仕方ない。
 黙って目を閉じていると、女官長は若い女官を手足のように使いながらセリスの顔に粉をはたいたりする。
 嫌だ嫌だと思っていたが、
「終了しましたよ」
 オペラ座の時より遥かに早く言われ、拍子抜けしたセリスは、
「もういいんですか?」
 思わず尋ねてしまう。女官長は一瞬面食らったような表情をしたが、すぐに顔を引き締めると頷いた。
「ええ。セリス様は元々お肌がキレイですし余り余計なことをする必要はないようですから」
「そ、そうなんですか……」
 じゃあオペラ座ではなんであんなに化粧に時間がかかったのだろう? 疑問に思っていると、後でエドガーが教えてくれた。舞台化粧というのは遠くからでも見えるようにかなり厚くするものなのだと。
「ロック様の方は用意が終わっています」
「あ、はい」
 セリスはドレスの裾を持って立ち上がる。ふわりと広がりすぎたスカートは椅子を倒しそうだ。
 若い女官に案内されて隣の部屋をノックする。
「はい?」
「私よ。準備が一応、終わったの」
 そう言いながら、ちょっと緊張して扉を開けた。
「ど、どう?」
 不安に思いながら尋ねる。一応、鏡を見たが、一番大事なのはロックがどう思うかだ。
「………………」
 ロックはぽかんと間抜けな顔をしてから、がしがしと頭をかいて俯いた。
「……変?」
「いや……なんつーか」
 困ったような表情をしているのは何故だろう?
「あのオペラ座の時もそうだったけどさ。お前のこと普段から見慣れてるし、いつも綺麗だと思ってるけど───改めてそういう格好すると…………」
 どうやらロックは照れているらしい。なんだかセリスまで恥ずかしくなってくる。
 二人して顔を朱に染めて俯き、微妙な沈黙に支配される。くすぐったいようなむずがゆさは中途半端に心地よくて、どうしていいかわからない。
 その沈黙を破ったのは、場の雰囲気を変えようと顔を上げたロックだった。
「さっきさ、俺まで化粧されそうになっちまったよ」
「……えっ!?」
 目を丸くしたセリスはロックの顔を凝視する。化粧されたようには見えない。
「やめてくれって頼んで、なんとかやめてもらったけどな。ジドールじゃそれが普通で、フィガロでもそうする奴が多いらしい。結婚式だけは」
「へ、へぇ……」
 男性が化粧をするというのは少し驚きだった。考えてみればオペラ座では男性もしていたが、あれも舞台化粧っていうやつで、あの時は他人のことを気にする余裕などなかったから特に不思議に思わなかった。
「でもロックはそのままで素敵よ?」
 にっこり笑って言って、セリスは再びしまったと思う。なんだかさっきと同じような空気になってしまった。また恥ずかしい。
 今回、それを救ってくれたのはノックの音だった。
「そろそろです」
「あ、はい!」
 振り返って返事をすると、
「行こうか」
 はにかんで立ち上がったロックに、セリスは幸せそうに頷いた。


 コーリンゲンでの結婚式は素朴で村祭りと近い。村全体で祝われ、皆の前で結婚を宣言するのが一般的だ。
 会場は村の広場や新居が多いが、ロックとセリスが選んだのは村の北東にある丘の上、海が見渡せるレイチェルの墓石の前だった。
 言い出したのはセリスで、
「私達を見守ってくれた彼女に報告して、一緒に祝ってもらいたい」
 そう望んだ彼女にロックも同意した。
 淡く咲き乱れる天然の花畑の中で、二人を祝うために集まった人々は式の開始を待っていた。
 通常の進行役は村長や仲人だが、今回は二人に頼まれたエドガーが取り仕切ることになっている。
 雲一つない青空の下、丘の裾野に白いテーブルがいくつも用意され、胚芽パンのサンドイッチやハーブサラダが並んでいる。風がほとんどないのは救いだった──食事に埃や枯れ草が付いてしまう。
 絶好の結婚式日和の中、緩やかな丘に仲間やコーリンゲンの村の人が立ち並ぶ。レイチェルの墓石の前から二人が通る場所を空けて両側に列を成し、始まりの時を待っていた。
 パステルグリーンの薄い紗を重ねたドレスを纏うティナは、不思議な温かい期待に胸を弾ませながら墓石に最も近い位置に立っている。
 その向かいは意外にすっきりした正装のエドガーで、ゆったりと波打つ黄金の髪は結って左脇に垂らされていた。引き結んだ口元をした真面目な表情は、いつもの余裕たっぷりの笑みを浮かべた彼とは全く違ってみえる。
(珍しく彼も緊張しているのかしら? それとも昨夜の飲み過ぎと寝不足がたたっているのかしら?)
 随分と失礼なことを考えたティナは、視線に気付いたエドガーに微笑まれて戸惑う。唐突だったからだ。
「どうかしたかい?」
 柔らかい微笑を浮かべたエドガーの問いに、ティナは小さく首を横に振り、
「ううん。緊張してるの?」
 素直に尋ねた。一瞬きょとんとしたものの、すぐに破顔したエドガーは笑いを噛み殺して答える。
「いいや。感慨深い思いで色々考えていただけさ」
「ふうん。……そうね。でも不思議な感じね」
 戸惑ったようなティナの表情はともすると切なそうにも見え、エドガーは目を細めたがそれ以上何も言わなかった。


 暖かくなり始めの小春日和は風がないせいか少し暑く感じる。そこで待つこと10分弱。
 ピンクの生地にスズランの刺繍が施されたミニドレスを身に着けたリルムに案内され、ロックとセリスの姿が現れた。
 やはり14歳には見えないリルムだが、文句なく愛らしい。隣に立つ傷だらけの顔の男はどう思っただろうか──いつも通りのニヒルな笑顔で突っ立っているが──ちらりとそんなことを思ったが、エドガーはすぐにその向こうにいる主役二人に視線を送る。
 自分たちを待つ仲間の姿を確認すると二人とも照れたような笑みを浮かべる。
 真っ白い絹のサテンに薄い水色のオーガンジーが重ねられたドレスを纏うセリスは天使か女神のように美しい。
 ガーデンウエディングであること考えてだろう細かい刺繍の施されたドレスの丈は長くなく膝下だ。薄絹のオーガンジーは右横の薔薇の飾りで留められふっくらとしたスカートを覆っている。ふわりと広がるスカートの下には幾重のもパニエが覗いていた。上半身は大きな薔薇の刺繍が胸元に広がるビスチェ型であり彼女の白い肌が眩しく見える。共布のオーガンジーのショールを纏いって短いレースの手袋を付けた右腕は長い百合の花束を持ち、左腕はロックの右腕に巻き付いている。
 脇から結い上げられた金髪の上には背中までのベールを押さえるように小さなクラウンが乗っている──コーリンゲン周辺ではベールやクラウン、花束を持つ習慣はないが、最近ジドールから流行が入ってきているらしい。シンプルなクラウンはブルーダイヤを一つだけ頂いており、ピアス、ペンダントとお揃いだ──ロックが盗ってきた宝石らしい。昨晩自慢じていた。
(これは……ロックにはもったいないな)
 そんなことを考えて思わず笑みをもらしそうになるが、ポーカーフェイスはエドガーも得意だ。穏やかな表情で隣のロックを見る。幸せそうに笑っている姿は、以前の彼からは想像もつかない。
 薄灰の詰め襟の上に濃紺に銀の刺繍が施された上着を羽織っている。上着は袖が閉じられておらず、コーリンゲン特有の正装らしい。肩からかけた白い布には大きくコール家の家紋が刺繍されている──1000年ほど前は貴族だったという話だがそれに意味があるのかどうかはわからない。
 トレードマークのバンダナはいつもの使い古されたものではなく、上着と揃いの紺地に銀の縁取りがなされたものだ。確かにあれがないとロックではない。
 ゆっくりと仲むつまじく歩いてきた二人は墓石の前で止まると、リルムは脇に避けティナと並ぶ。
 エドガーが進行役とは言ってもほとんどやることはなく、式は段取り通りに勝手に進むものだ。
 二人は並んでレイチェルの白い墓石の前に立ち、背筋を伸ばした。


 結構緊張していたつもりのロックだったが、かつての恋人の墓石の前に立つと、不思議と心が落ち着いた。
「ロック・コール、セリス・シェールの婚儀を開始する」
 厳かなエドガーの声に、ロックとセリスは墓石の前に敷かれた青い絨毯の上に膝を着く。
 レイチェルの名前が刻まれた白い石を見つめ、生唾を飲み込んだロックはゆっくりと口を開いた。
「レイチェル───君の魂を長く地上に留めてしまったにも関わらず、俺を見守り背中を押してくれた君に誓うよ。
 あの時、君と約束した通り、俺は俺が幸せになるためにも、セリスと共に生きていく。彼女を愛し、守り、支えていくことを、俺は誓う」
 結婚式らしくない言葉かとは思ったが、レイチェルに誓うと決めた時点で、ロックは誓いの言葉を決めていた。堅苦しく宣言するのが苦手であるというのもあるが、気持ちが伝わる方がいいと思ったから。
 ロックが言葉を終えるとセリスの番だ。ちらりと横目で彼女を見やると、うっすらと涙を浮かべていた。
「レイチェルさん、あの時、私がロックに助けられたのは偶然にすぎないけど、私はその偶然を大事にしていきたい。
 あなたが安心して天にいられるように、手探りでも構わないから幸せを探していきたい。
 あなたの分も、彼……ロックだけを愛し続けていくと、誓います」
 囁くように伝えたセリスは、持っていた花束を墓石に置いた。清楚で清純な彼女(レイチェル)をイメージして、セリスは百合を選んだのだ。
 ロックとセリスは視線を通わせると、揃って立ち上がり皆の方を向いた。
「では、指輪の交換を行う」
 エドガーの言葉に、リルムは手にしていたビロードのケースを開けると、対になった指輪を差し出した。
 ロックは小さなアクアマリンが付いた指輪を手に取る。セリスの瞳と同じ色をした水を湛えた宝石アクアマリンは彼女の誕生石だ。
 セリスに向き直ったロックは、彼女の手袋を取るとその細い指に指輪を填めた。関節が太いから引っ掛かったらどうしよう? などとセリス本人は心配していたのだが杞憂に終わってロックもホッとして、曇り一つないプラチナの指輪が填められた彼女の手に口づける。
 次はセリスが残った指輪を手に取り、ロックの手をとった。ロックからすれば自分の方が明らかに関節が太く──指の関節を鳴らすクセがあるせいだろう──少し不安になる。
 だが彼女が丁寧に指輪を填めてくれたお陰で、その心配は無用となった。彼女の唇がロックの指にそっと触れる。
 左手の薬指は古来から心臓に繋がると言われ、互いの命をかけて誓う証として指輪を交換し口づけを落とす。
 再び皆に向き直った二人を確認するとエドガーは通る声で宣言した。
「今、二人の誓いは成された。新しい未来へ向かって共に歩む二人に祝福を!」
 盛大な拍手が巻き起こり、ロックは破顔して満面の笑みのセリスと顔を見合わせた。


 仲間や村人に祝福されながら軽い食事をとる。
 誰にも蔑まれることのない、好意的な空気だけに包まれた場が切ないほどに幸せで、セリスはろくに食べ物が喉を通らない。
「食べないのか?」
 シャンパンを飲みながらロックが尋ねてきた。セリスは苦笑いで、
「胸がいっぱいで……」
 恥ずかしそうに答える。
「確かに幸せで胸がいっぱいだ。……今日の様子はきっとレイチェルも見ていてくれてるな」
 ロックは透き通った蒼穹を見上げた。共にセリスを天を仰ぐ。どこまでも広がる吸いこまれそうな青空は、優しく地上を包んでいた。
「幸せに、なろうな」
 喧噪の中で、ロックがぽつりと呟いた。
「……ええ。きっと、あなたとなら大丈夫、そう思えるから」
 セリスの心も、今までにないくらい、晴れ渡っていた。

 見えない鐘が祝福するように、鳴り響いている───

 

・ fin ・

 

■あとがき■

 レイチェルの墓の前で結婚式っつーのはやりたかったんです(レイチェルは(ひが)んだりせず祝福してくれる人だからね)。しかもガーデンウェディング。前に一度、結婚式についてはリクを受けていて書く機会はないかなぁって思っていたので、別ver.が書けて嬉しい。でも結婚式とかって書くの難しいですよね。式全体を書こうとすると、二人の想いとかってちょっと押さえ気味になるし。と、いうことで、視点変えながら行くことにしました。これがまた難しいよね~。エドガー視点も入れてみちゃったりして。でも何事も練習、練習wってことで。セリス、ティナ、エドガー、ロック、セリスと視点が入れ替わってます。
 ドレスに関しては元々、決めていたんですがイメージを更に固めるためにネットで調べて「こんなの」ってのみつけて見ながら書いたりしました。ドレス見るのはちょ~楽しいよね! (中退したけど)専門学校でブライダルビジネス専攻だったので、ブライダルフェアとかで着たこともあります。楽しいけど余り似合わない……;; ドレスもどこまで詳しく書くかとかって微妙。でも私のイメージを伝えたいので結構細かく書いてます。ロックの衣装は迷ったね。タキシードはやっぱり却下。FFⅥの世界ではねぇ? ⅦやⅧならありだけど、私的には……ロックはGパンでもいいかとおも思いました。ラフなパーティー形式だと花嫁だけドレスとかってあることだし。でもせっかくなので一応正装。イメージは英国王室って感じで……(え?)とも思ったんだけど、余りイメージありませんでした。結局、民族衣装を検索してアルメニアがいいかな~とか(気になる人はyahooで検索してみてください)。ということで、アルメニアの民族衣装を基調と考えました。トレードマークのバンダナはどうしようか悩んだんですが……付けたままで。サークレットは「誓い」で付けてるからさぁ。やっぱりロックはバンダナでしょう? 額に巻く方ね。天野巻きじゃなくって。
 誓いのキスはしませんでした。なんとなく……コーリンゲンじゃあ人前でそんなことはしなそうかなぁって。「誓い」でもしなかったけどさ。現実世界の結婚式と同じにしすぎるとFF世界って感覚が薄れるかなぁとか色々あって。期待してた? ら、すみません;;
 攻略本を見返しながら書いたりするんですが、ロックのプロフィールには「出身地不明」ってなってるけど、コーリンゲンのところには「悲しいロックの故郷」って書いてある。生まれとは別ってこと? ゲーム開始時点では知らないことだから書いてないけどコーリンゲン出身って考えていいってこと? 今頃、気付いたよぉ。ま、勝手にコーリンゲン出身ってしてる話がほとんどだけど(よかったぁ)。
 なんかこの続きのエドティナとかもいいなぁとか思ったりしてw またリク溜まりつつあるので書かないけどね。
 と、いうことで、これをもって完結となりました。またアトガキ長くてすみません;;
 夕映さん、いかがでしたでしょうか。結婚前夜ってのがどんなのがいいのかちょっとわからず、勝手な想像のものになっちゃいました。いや、リクなんてみんなそうですが。返品不可ですが(おいっ)受け取ってやってください m( _ _ )m (04.06.20 fin)
 かざみずりゅーとさんがP-BBSに描いてくださったロックの結婚式正装イラストページをおまけとして作成しましたw 下にあります (04.10.22)
 誤字脱字修正、文章補正および完全CSS化に伴う体裁修正(埋込フレーム解除等)、また印刷時別CSSによるスタイル指定を行いました。 (06.01.30)

【この頁で使用させて頂いた素材サイト様】ClipArt:Atelier paprika

かざみずりゅーとさんより寄稿頂いた結婚式正装のロック
かざみずりゅーとさんより寄稿頂いた結婚式正装のロック (04.10.22)