Guardian



《1》

 あなたが再び秘宝を探していると噂で聞いた時から、覚悟をしていた。
 ショックを受けなかったと言えば嘘になるけれど、現実を受け止めたいと思っていたから。帝国にいた頃はすべてから目を背けていた私は、もう何からも逃げたくないと思っていたから。
 辛くとも生きて行こうと心に決めた。例えあなたが私を見ていなくても、他の人を選んでも、あなたが生きているという事実だけで、私は生きることを決めたのだから。
 それなのに──────

 

†  †  †

 

 決して諦めなかったセリスの努力で再び集結した仲間達は、フェニックスの洞窟に向かった。
 一つは、幻獣であるフェニックスの力を借りるため。そして、もう一つ───最後の仲間であるロック・コールの消息を求めて。
 帝国に殺された恋人レイチェルを生き返らせるために秘宝を探していたロックは、必ずそこにいる。そう信じて彼を迎えに向かった。
 予想通り、フェニックスの洞窟の再奥、既に魔石化してしまった祭壇の前で彼と再会することができた。
 ひび割れてしまっていた不死鳥の魔石にショックを隠しきれないロックは、皆に再会できたことを喜ぶ余裕すらないのか明らかに意気消沈していた。その痛々しさに、セリスは胸を痛める。
 今は言葉をかけることもできない。励ましの言葉など虚しく響くだけだろう。でも、もしレイチェルが生き返ったら、とびきりの笑顔で「おめでとう」を言いたい。
 必ずその言葉を言えるとセリスは確信していた。理由などない。信じて進んできたロックはきっと報われる、そう思うからだ。様々な意味で自分を救ってくれたロックに、心から幸せになってほしいと思えるからだ。
 強く信じて疑わないセリスと対照的に、心なしか憂い顔のロックはセリスの前を歩いていた。自分の前を行く広い背中が切ない。振り返ってくれることはないのだと、実感してしまう。でもそんな風に考えるのは嫌だった。前を向いて生きていきたいと、そう願っているから。
「もうすぐ出口だ」
 先頭を行くエドガーの声がした。
 仕掛けに戸惑わされた行きに比べ、安全に帰れたことにホッとしたセリスだが、どこからか聞こえた小さな地響きのような音に眉根を寄せる。
(一体、何の音……?)
 一年半前にサウスフィガロの洞窟でディッグアーマーが出てきた時と少し似ている。だがそれよりも小さな音。小刻みな振動。どうやら誰も気付いてないらしい。
(気のせい?)
 もう出口の光が見えていた。ホッとしたのも束の間。
   ズゴゴゴゴゴ……!
 激しい地鳴りがしたかと思うと足下が揺れた。
「!」
 仲間達の間に緊張が走る。
「地震だ!」
 マッシュの叫びが聞こえた。
 皆が一斉に駆け出す。この洞窟も崩れる可能性がある。
「急げ!」
 先頭で既に外に出たエドガーが呼んでいる。が、地震は思いの外大きく、思うように走れない。
 転ばないようにすることで精一杯なセリスは、
「大丈夫か!?」
 振り返ったロックの頭上が陥没するのが目に入った。
「ロック!!!」
 考えるより先に身体が動いていた。
「なっ……!」
 驚いたロックは目を見開いたまま、セリスに突き飛ばされた。
 突然自分のいたはずの場所が崩れた岩壁に埋もれ呆然とする。
 そして、地震と埃がおさまりギョッとした。
 積もった岩に、ぐったりしたセリスが挟まっていた。腰から下が岩屑に埋まっている。
「セリス!」
 驚愕の表情で近寄ったロックは、
「……よかった……」
 激痛に顔を歪めながらもそう呟いたセリスに胸を痛める。責められても仕方ないと思っていたのに、何故そんな風に微笑めるのか。ロックは再び己の不甲斐なさを痛感する。どれだけ後悔すれば気が済むのか。
「今、助ける!」
 すぐに気付いた仲間達とセリスを救い出した。外傷はほとんどない。擦り傷程度だ。だが立ち上がれないようだった。
「なんで俺のことなんか庇うんだよ……」
 顔を歪めて呟いたロックは、意識を失ってしまったセリスを抱き上げる。
 何よりもレイチェルを生き返らせることを優先にした自分に、深い罪悪感を覚えていた。

 

†  †  †

 

 セリスが目覚めたとき、自分を覗き込んでいたのは優しいラベンダー色の瞳だった。
 穏やかな天使のような誰かに、何故か胸が痛んだ。
「…………?」
 どこかで見たことがあるその女性を、ぼうっとする頭で不思議そうに見つめる。
「気が付いたのね?」
 微笑まれてギョッとした。目を閉じているところしか見たことがなかったが、この女性は……レイチェルではないか!?
「ロック! ロック!」
 レイチェルは自分を生き返らせてくれた恋人の名前を呼びながら部屋を飛び出して行く。
 セリスは何がなんだかわからない。
「……私…………?」
 思いを巡らすと徐々に頭がはっきりし、混濁していた記憶が蘇る。
 見覚えのある石壁はフィガロの客室だ。なんだか身体が重い。ずっと寝ていたからだろうか。孤島で半年眠っていた時もそうだった。床ずれが出来ているのかもしれない。
 レイチェルがロックを連れて戻って来ると、セリスは二人に微笑みかけた。きっと綺麗に笑えたと思う。
 寝起きに突然微笑んだセリスに、一瞬ぽかんとしたロックだが、
「セリス! どっか痛くないか? 気分は?」
 「おめでとう」を言うより先に聞かれてしまい、セリスは苦笑いで頷く。
「大丈夫。心配かけてごめんなさい」
 素直に謝った。他の仲間も心配したに違いない。
「あ、お医者様呼んでくるわね」
 レイチェルがおっとり微笑んで再び部屋を出て行く。
 その女性らしい仕草や可愛らしい表情に胸が疼いた。これでいいんだと自分に言い聞かせるが、この痛みは仕方ないものだろう。
「私、どれくらい寝てたの?」
「二日だけだよ。…………セリス、実は…………」
 言いかけたロックの表情が曇る。レイチェルを選んだことを言われるのだろうと思ったセリスは、穏やかな表情で、
「なあに?」
 先を促した。だがロックは俯いたまま、何度も言葉を発しかけて口を閉じる。
「どうしたの?」
(そんな哀しそうな表情をすることなどないのに……)
 セリスは苦笑いを浮かべた。自分は傷付いたりしない。気にすることなどないのに、そう思う。
「お前の…………」
 ロックが言いかけたところで、エドガーと白衣の男を連れたレイチェルが戻ってきた。
「お目覚めだね」
 エドガーの変わらぬ優雅な笑みに何故だかホッとする。
「ロック?」
 声をかけられたロックは力無く首を横に振った。小さく嘆息したエドガーは、ロックとレイチェルを連れて部屋を出る。
(何かしら……? ああ、診察するのか)
 残った白衣の老人(医者だろう)が前に出て、眼窩や口内、心音などと調べると重々しく口を開いた。
「シェールさん。実は、酷な話なのだが……どうやらあなたは脊椎を痛めたらしい」
「……え?」
 よく意味が分からない。脊椎って言えば、背中? 腰? だろうか。
「あなたが目覚めてみないとはっきりしたことは言えなかったが……足は動くかね?」
「…………足……?」
 言われて足を動かそうとした。だが……。
「?? なんだか重いわ。変な感じ」
 全く動かない。自分の足ではなくなってしまったような違和感。異物が身体にくっついているという表現が一番適切な気がした。
「やはりそうか」
 医師は沈痛な面もちで続けた。
「リハビリ次第では、少しは動くようになるかもしれんが、以前と同じようにはもう動かないんだよ」
「─────────」
 突然の宣告に、思考がついていかなかった。
 足が動かない? これからケフカを倒しに行かなければならないというのに……。それすら成せずに……!
 涙が零れたりはしなかった。ただ呆然として、志半ばで諦めなければならない事実が情けなく、そして仲間に申し訳なかった。
 固まってしまったセリスを置いて、老医師は部屋を出ていく。それにも気付かないセリスは、入れ替わりに入ってきたロックが自分を覗き込んでいたのに気付くまで5分を要した。
「!!!」
 余りに近くにロックの顔があって驚き、全然気付かなかったことが恥ずかしい。
「……あ、その……」
 セリスは気にしなくていいと言おうとして、うまく表情が作れず口を閉じた。
「ケフカを倒してくるから、待っていろ」
 ロックは静かな笑みを浮かべた。哀しそうな諦めの滲んだような笑み。
「そうね。頑張って……。必ず生きて帰ってきてね。せっかくレイチェルさんを生き返らせたんだもの。これ以上悲しませちゃいけないわ」
 セリスはできるだけ明るく言った。一度沈んだら立ち直れなくなりそうだから、明るいフリをした。少なくとも、ロックの前では平気なフリをしたかった。
 そんなセリスに、ロックは思い詰めた表情で告げる。
「───レイチェルは……。俺はレイチェルと一緒になるつもりはないよ」
「……え?」
 何を言っているのかわからず、セリスは唖然と口を開ける。
「お前と一緒に生きたいんだ。レイチェルにもそう言ってある。ちゃんと彼女も納得してくれてる」
「……そん、な…………」
 信じられなかった。だけど得心がいった。セリスがロックを庇って半身不随となってしまったからだ。責任感の強いロックが、そんなセリスを放っておけるはずもないのだから。
「私は……」
 大丈夫、そう続けようとしたのだが、「俺は!」強い口調に遮られた。
「お前が何を言っても聞かない。俺がそうするって決めたんだ」
「………………」
 セリスは震える瞳でロックを見つめた。
 ロックが自分を選んでくれた、その事実を喜ぶことができない。彼と共にいることを望んでいるつもりなどなかった。だけど心のどこかで期待していた部分があったのかもしれない。浅ましい己に気付き、罪悪感が生まれる。
 彼はセリスの足が動かない限り納得してくれないだろう。そういう人なのだ。
「ありがとう」
 生気のない顔でセリスは呟いた。「そしてごめんなさい」その言葉を飲み込む。
 自分にできることは、一刻も早くリハビリをしてロックを解放してあげることだ。頑固で一途なロックは言葉でどんなに言ってもわかってはくれないだろう。
 でもそれは言い訳に過ぎなかったのかも知れない。「ロックが嫌いで一緒にいたくない」そう言えば引いてくれたかもしれないのに、そう言わなかったのは、きっと、一緒にいられることが嬉しかったからだ。

 

■あとがき■

 13131Hit 葡萄さんのキリリク☆ 『ロックを庇って大怪我を負うセリス』です。
 葡萄さん、勝手に「もしレイチェルが生き返ったら」設定にしてしまい申し訳在りません。色々考えていたら、この方が切ないかな~と思い、そうすることにしました。しかも魔物から庇って怪我を負うべきだったのかとも思ったのですが、両足を怪我させたかったというのもあって地震です。今まで書いた話と違うようなものにしたいと思ってそう決めました。似たような話ばっかりになってる気がするので……お許しくださいね。
 現時点では全4回になる予定。いつものごとく、実際何回で終わるかは不明です。題名を「守護者」という風にしたのは、なんだか内容と合ってないかしら? 題とか付けるセンス、ゼロなんです。オリジナルノベルを書いている時から思ってました。ええ。何故でしょう? いい題名なんて浮かびません。
 こういう感じの話(怪我をして責任をとって一緒にいるっていう)って、杜野亜希さん(白泉社のコミックス)の「神林、キリカシリーズ」でありました。題名? 巻の度違いますが、20巻ぐらい出てます。でも普通そのパターンって、主人公の好きな人が別の女に対して好きでもないのに責任をとるんですよね。 (04.1.4)
 文章補正を行いました。 (06.11.20)

《2》

 昨日、身体から何かが失われていくのを感じた。
 長く親しんだ不思議の力。癒しにも破壊にもなる純粋な力───魔力だ。
 ロック達仲間は、あの道化師ケフカに勝利したのだ。
 あとは彼等の帰りを待つばかり。半幻獣のティナも無事でいてくれるといい。


「ロックと私は幼なじみだっていうのは言ったじゃない。コーリンゲンは小さな村だから、あそこの子供達はみんな幼なじみだけどね」
 リハビリを終え、三時のお茶をしながら昔のロックを幸せそうに語るレイチェルをぼんやりと眺めていた。
「実は小さい頃はチビでイジメられっ子だったの。お父さんはトレジャーハントでいつもいなくて、お母さんはロックを産んで亡くなったから、おばあちゃんと二人で暮らしてたんだけど、ケンカに負けてよく泣いてたわ」
 どうしてセリスといてそんな綺麗な笑顔が浮かべられるのか。彼女と過ごす時間は少し苦痛に思っていたのだが、この台詞には思わず笑みを漏らした。
(ロックが泣き虫!?)
「気は強いから、年上のガキ大将に立ち向かうんだけどいつもやられるの。それでワーワー泣く。悔し涙だったみたいだけど、意外でしょ?」
「ええ。びっくりだわ」
 セリスは素直に答えた。
「10歳ぐらいからはお父さんのトレジャーハンティングについて行くようになって、強くなっちゃったけどね」
 レイチェルは肩をすくめる。その仕草全てが可愛らしい。
 どうしようもなく卑屈な自分が、セリスは嫌になる。
「きっと決戦から戻ったら、またトレジャーハントに行くのね」
 ポツリと呟いたセリスの言葉に、レイチェルは悪戯っぽく微笑む。
「どうかしら?」
 どういう意味だろう。考えて思い当たる。自分だ。セリスの足が不自由になったから、面倒を見るつもりなのかもしれない。
 気付いて黙ってしまうと、レイチェルは困ったような表情を浮かべる。沈黙が気まずい。
「─────────」
 それを救ってくれたのは、飛空艇の羽音だった。
「!」
 二人は顔を見合わせる。
 レイチェルが窓から外を覗き笑顔で振り返った。
「帰って来たわ!」
 セリスの顔にも自然を笑みが浮かぶ。ロックが生きて帰って来なければ、全て意味が無い。自分が行けなかったことが悔しくてたまらないけれど、彼らは成し遂げてくれると信じていた。
 レイチェルに車椅子を押され、仲間を迎えに出る。
 飛空艇は砂漠に降りられないため、フィガロ城から迎えが出て行く。
 1時間ほどで、彼等の姿が見えた。チョコボに乗って手を振っている。
 フィガロ城の者も、皆渡り廊下や屋上などから手を振る。
 セリスは大きく手を振るレイチェルの素直な姿を羨ましく思いながら、彼等の帰りを待っていた。
 帰ってきてくれたのは嬉しいけれど、これからの生活に想像がつかない。
「ただいま」
 先頭にいたエドガーがチョコボを降りた。
「お帰りなさいませ」
 大臣が頭を下げる。
 次々に仲間がチョコボから降り、門の前に並ぶ。
 不意にセリスの瞳に涙が溢れた。嬉しかったんだと思うが、理由は漠然としていてよくわからない。ただみんながこうして目の前にいることに胸が詰まった。
 共に戦いたくても行けなかった。置いて行かれてしまった。歯がゆい思いで待つことは辛かった。リハビリで気を紛らわせてきたが、夜は眠れない日が続いた。
 ティナもはにかんで立っている。消えたりしなかった。魔力が消えても、彼女は残った。本当に嬉しい。
「ロック!」
 かつての恋人の姿を見つけたレイチェルが声を上げる。
「約束通り、無事に帰ってきたぞ」
 ロックが胸を張ると、レイチェルは頷いて、
「セリスも心配してたのよ。本当によかった」
 うっすらと涙を浮かべた。
(なんて優しい人なんだろう)
 綺麗な綺麗な心を持ったレイチェル。まるで聖女のようだ。
「大人しく待ってたか?」
 ロックがセリスに尋ねた。一方、涙が止まらないセリスは、ただ何度も頷く。
「……なんで泣くんだよ」
「女心がわからないのね。嬉しいからに決まってるじゃない」
 レイチェルに言われたロックは、バツが悪そうな表情で頭をかいた。

 

†  †  †

 

 仲間が戻り身体を休めた翌日、ささやかな祝いの後、皆はそれぞれに旅立って行く。
 レイチェルはコーリンゲンに戻らずティナと共にモブリズに行くらしい。子供好きで保母になるのが夢だったと言う。
 セリスはフィガロ城に残り、しばらくリハビリを続けるつもりだった。少し足が動くようになれば、医師の指示なしでもリハビリできるらしいが、半年から一年はここで頑張らねばならない。
 ずっとセリスについているつもりだったと言うロックには、説得しトレジャーハントに行ってもらうことにした。要するに、ただ一緒にいられても負担なのだ。セリスの言葉を理解して、それに納得してくれたのは心底有り難かった。頑固なロックを説き伏せるのは不可能かもしれない、などと考えていたからだ。
 徐々に仲間が旅立って行くと、城は寂しく静かになった。
 セリスは、毎日リハビリに耐える。足だけでなく上半身も鍛えるようにしていた。
 そして夜の自由な時間は、エドガーの乳母に教わって編み物をした。座っていてもできる何かを習得したいと漏らしたところ、彼女が教師を買って出たのだ。
 様々な人に助けられていた。返せないほどの恩だった。
 ケフカが死んだとはいえ、貧しい世界情勢を前に忙しいエドガーも、日に一度は顔を見せてくれる。時には一緒にお茶をしてくれた。
「本当に頑張っているね」
「だって、ただくよくよしていても仕方ないじゃない。少しでもロックの罪悪感が改善されればいいわ」
 ナルシェで初めて会った時にはエドガーに対し反発を感じたが、今では素直に本音を語れる。決して全てではないが、エドガーは軽い口調の割に真摯な性格だ。それに人の心の動きに敏感で聡い。王であるには優しすぎる資質だが、彼は情に流されない強さも持っている。
「そうだね。恋人同士は対等にあれる方がいい」
 エドガーは頷いてくれる。が、そんな可愛らしい理由じゃない。恋人同士と言えるのかどうかも、セリスにはわからなかった。
 ロックは旅立つ時、セリスの頬に口づけを一つくれたが、なんだか子供にするようなものだった。心残りそうな彼の表情は、罪悪感。彼と自分にあるのは、息苦しさ。
「歩けるようになったら、どうするつもりだい?」
 エドガーは聞かれて困るようなことを聞いてくる。本当は全てお見通しなのかもしれない。
「まだ考えられないわ。だってまだまだほど遠いもの。でもそうね、真っ先にシド博士の墓参りに行くわ」
 リハビリを初めて一月。まだ数ミリしか足は動かない。感覚もほど鈍く、いつでも痺れているような感じだ。
「それから? ロックとどこかで暮らすかい?」
 いや~な、質問だ。セリスは苦笑いで答えた。
「わからないわ。どこかって言っても、家を買うのってたくさんお金がいるんでしょ?」
「家は借りることもできる」
「そっか。そうね。……やっぱり想像がつかないわ」
 仕方なくセリスはそう言った。歩けるようになったらロックをレイチェルの元に返すつもりだ。それをエドガーが聞いたら何て言うだろう?
「ロックといると、苦痛かい?」
 優しい笑顔で尋ねられる。痛い。図星すぎる。
「……そうね。今は特に」
「奴は責任感が強すぎるんだな。君を腫れ物のように扱ってしまう」
「馬鹿な人ね」
 儚げに笑ったセリスは、小さく溜息をつく。
「仕方ないんだろうな。守れなかったという奴のトラウマは深い。レイチェルを生き返らせても、リセットされてしまった」
「守るなんて傲慢だわ。……私が守りたくてしたことなのに」
「そう同じ想いだ。本当はロックだってわかっているのさ。ただ自分の不甲斐なさが情けなさすぎて、どうにもできない」
「エドガーって、ロックのことよくわかってるのね」
 セリスが目を見張ると、エドガーは軽く吹き出した。
「まあ短いつきあいじゃないからな」

 

†  †  †

 

 ロックはトレジャーハンティングの下調べをしながら溜息をついた。
 大好きなはずの地図が、全然頭に入らなかった。
 全員が旅立った後、ロックは最後にフィガロを出た。
 リハビリに集中したいというセリスの気持ちは尊重したかった。確かにフィガロに残っていてもロックにできることはなく、
「あなたのトレジャーハントを我慢してまで残ってもらうと、ちょっと重荷なの」
 そう言われてしまうと、何も言えなくなってしまった。
 けれど……。トレジャーハントに行きたくて仕方ないなんてことはなかった。どちらかというと、セリスの傍にいたい。彼女の傍で癒してやりたかった。だけどセリスは苦痛そうな表情を浮かべる。笑おうとしても、笑みになってない。負担なんだと悟ったから、仕方なく旅立った。
 しかしやはり彼女のことが気になる。どうしようもない。
 ロックがフィガロを発つ時の彼女の「行ってらっしゃい」は、ホッとしているように見えた。
 彼女に自分の想いは邪魔なのかもしれない。そんな風に思う。
 フェニックスの洞窟でセリス達に再会し、怪我をしたセリスの治療にフィガロへ戻る途中、マッシュがロックに語ってくれた。
「俺が一番最初にセリスに会ったんだけどさ、彼女がお前のバンダナを持ってるのを見たんだ。どうしたのか聞いたら、シド博士が死んで自分も死のうとした時、バンダナを巻いた白い鳥に出会ったって言った。恥ずかしそうに、でも幸せそうに、お前と再会するために頑張ろうって思ったって。誰にも言うなって釘刺されたけどな。…………お前がどういうつもりだったかわからんが、セリスはずっとお前のこと見てただろ? 彼女を絶望させないでやってくれよ。彼女がいなきゃ俺達はこうして集まれなかったかもしれない。いや、きっと集まれなかった」
 セリスの気持ちを知りつつ自分の願いを優先してきたロックは、何も言い返せなかった。
 迷って迷って、迷ったままレイチェルを生き返らせ、決心できたのはレイチェルの言葉だった。
「ありがとう。あなたは、あなたが本当に愛している人と幸せになってね」
 身勝手な自分に対する優しい言葉に、涙が出た。
 罪悪感からセリスを選ぶこともレイチェルを選ぶこともできなくなっていたロックを、彼女はちゃんとわかっていた。
 気兼ねせずにセリスと共にいることができるのだと思ったのに、当のセリスが嬉しくなさそう、いや、逆に嫌そうだ。
 足が動かないことが辛いだけとは思えない。何故かわからない。何が足りないのだろう。
 旅立つ前、エドガーが言った。
「彼女はお前に気兼ねしている。足を悪くした自分のせいでお前を縛ってしまうことを憂いている。だからあんなにリハビリも懸命だ」
 ということは、彼女が頑張ってリハビリを終えれば、彼女はロックと対等になってくれるのかもしれない。
 そのためには、真剣にリハビリに取り組めるよう、ロックも協力したいと思っていた。
「今度のトレジャーハンティングは、クフ王が妃に贈った財宝だしな」
 ロックは一人呟く。
「セリスは、喜んでくれるかなあ……」
 プレゼントが嫌いな女性はいないはずだ。もうすぐ彼女の誕生日だし、ロックは曇る気持ちを振り切って、気合いを入れた。
「よっし! 行くぞ!」

■あとがき■

 第2話です。すれ違う二人は、互いを想っているのに平行線を辿る。そんな様子が書ければいいと思ってます。4話で終わるかなあ、と少し心配。
 クフ王はエジプトの王様ですよね、確か。名前をお借りしました。ええ、勿論勝手に。本人はもういないですから(当たり前!)
 なんか書いていて、レイチェルってすっごいなあ、とか思ってしまいました。Ⅶのエアリスに似てますよね。でもエアリスがもっと等身大って感じなのに対し、レイチェルは更に聖母っぽい。無償の愛を持つ人です。本当はもっと嫉妬とかもあるのかもしれないけどね。死んでいる間、遠くからロックを見守ってきたから、ああできるんでしょう。そういうことにしておいてください。 (04.01.10)
 文章補正を行いました。 (06.11.20)

《3》

 ロックが旅立って一月が過ぎた。
 初めは息苦しさから解放されてホッとしていたセリスだが、日が経つにつれて不安が募る。
「どうしたんだい?」
 車椅子でテラスに出て外を眺めていると、エドガーがやって来た。
「ううん」
 セリスは小さく首を横に振る。自分で望んで旅に出てもらったのに「ロックが無事かどうか不安だ」とは口にしたくなかった。
「そうかい? ティナから手紙が来たよ」
 エドガーが赤い筒を渡してくれた。伝書鳩に付けられていたものだろう。まだ郵船は機能していない。
「ありがとう」
「いやいや。君宛だっていうのは、少し寂しいけどね。返事を書いたら言いなさい」
 言い置いてエドガーは戻って行った。忙しいのに自ら持ってきてくれるのは優しい彼らしかった。
 セリスは筒から手紙を出して開いた。小さく可愛らしい字が並んでいる。実はティナが書いた文字を見るのは初めてだ。

 

~Dear セリス~
 リハビリの調子はどうですか? 私は子供達と一緒に、忙しい毎日を送っています。
 レイチェルさんは料理もうまいし家事全般が完璧で大助かりです。子供達にも好かれてます。
 最近、ツェンから孤児の子がやって来ました。噂を聞きつけて連れて来られたんです。身寄りが全くなくて、町として機能しているとも言えないツェンでも養うことが苦しいそうで、喜んで受け入れました。
 最初は戸惑っていたテックス(あ、その子の名前です)ですが、意外にもレイチェルさんが一喝してくれて、今では皆と仲良くなってます。おっとりしていると思っていたレイチェルさんだけど、しっかり怒れる人で尊敬してしまいました。
 エドガーやロックは元気ですか? エドガーは忙しいんでしょうね。ロックはトレジャーハントを再開したんだっけ? どんな宝をとってくるんでしょうか? でも楽しそうな気もします。
 一昨日はセッツァーが顔を見せに来ました。相変わらずみたいです。でもエドガーに使われてるみたい? 不満そうな口調だけど、顔は嬉しそうでした。
 リハビリは大変でしょうけど、頑張ってね。元気なセリスに会える日を楽しみにしています。

~from ティナ~

「……会いたいな」
 セリスは一人呟いた。
 仲間がたくさんいてわいわいやっていた頃がひどく懐かしい。遠い昔のような気がしてくる。
 普段はリハビリに集中していて考え事をする暇はないけれど、一度我に返ると、なかなか浮上するのは難しかった。
(ロックは今、どこを旅しているんだろう)
 ふとそんなことを思う。
(もしかしたらこのまま帰ってこないかもしれない)
 馬鹿なことを考えてたまらなく切なくなった。
 別れる日のために頑張っているのに、もう二度と会えないかもしれないと思うとどうしようもなく苦しかった。
(怪我したりしてないかな。もう私の所になんか戻りたくないんじゃないかな)
 どこまでも悪いことばかり考えてしまう。
「こんなんじゃ、駄目だよね!」
 口にだしてみたものの、自分を元気づける効果はなく、深い溜息を吐く。
 だがどんなに辛くとも、今、自分にできることは一つしかなかった。やれることがあるだけ、幸せなのだとも思った。

 

†  †  †

 

「やっと着いた……」
 ロックは暗い砂漠に浮かぶフィガロ城を見上げて呟いた。
 夜を押して戻ったのは、一刻も早くセリスに会いたかったからだ。
 たかが一月、されど一月。
 彼女が望んでいないとしても、傍にいる方が安心できる。自分が不在の間にどこかへ消えてしまったりしていないかと、不安で仕方がなかったのだ。
「よ!」
 正門の前に立つ兵に声をかける。不審そうにロックを見ていた兵は、
「あれ? ロックさん?」
 きょとんとした。仲間の顔はフィガロ城の者には知れ渡っている。ロックは苦笑いで、
「夜中で悪い。入れてもらえるか?」
 片手で拝むようにする。兵士も苦笑いを浮かべ、
「仕方ないですね。セリスさんが待ってますよ」
 そう言った。「え?」とロックは驚いたような顔になる。
「この頃、毎日外ばかり眺めてました。ロックさんのこと、待ってたんでしょうね」
 それは予想もしなかったことで、何よりも嬉しい言葉だった。
「わかった。ありがとうな」
 突然、ご機嫌になって、開けられた門に入る。
 いつも使わせてもらっていた部屋に行こうかと思ったが、執務室の灯りが見えたので、そのまま直行した。
「よ、ただいま!」
 明るい声で扉を開けると、エドガーは片眉を上げて、
「なんだ夜中に。浮気した男が戻ったみたいだぞ」
 呆れ顔で言った。勿論冗談だろう。
「いや、一刻も早く戻りたくってな。セリスの調子はどうだ?」
「リハビリの方はなかなかいいと医師も言っている。ただ……」
「ただ?」
 ロックは不安になってエドガーに詰め寄る。エドガーはうざったそうに眉をひそめ、
「埃臭いまま近寄るな。ただ、やはりまだ精神的に無理をしているみたいだというだけだ」
「そうか……」
 視線を落としたロックに、エドガーは顎をさすりながら言った。
「またすぐに宝探しに行くってことはないんだろう? 少しセリスと話した方がいい」
「そうだな。そうするよ。お前、目の下に隈が出来てるぜ。いい男が台無しだ」
「お前に心配されるようなことか」
 嫌そうに頬を歪めたエドガーに、ロックは片手を上げて部屋を出た。


 翌日、目覚めたセリスはギョッとした。
 何故かロックがベッド際で椅子に座ってにこにこしていたのだ。
「!!!」
 言葉にならずに絶句していると、
「あ、悪い。えと、ただいま」
 改めて言われ、セリスは慌てて手櫛で髪を整えながら、
「お、おかえりなさい。……いつ帰ったの?」
 恥ずかしそうに尋ねる。寝起きを待つの絶対には反則だ。
「昨日の夜中。少しでも早くお前に会いたくってさ」
 優しい笑顔で言われ、セリスはどうしていいかわからずに頬を朱に染めて俯いた。
 とりあえず何か言わねばと思い、
「ま、まだリハビリはそんなに進んでいないの。ごめんね」
 言ったのだが、ロックは変な顔で返す。
「なんで謝るんだよ。急がなくていいよ。無理するな。お前、真面目だからさ。すぐ一人で思い詰めるだろ?」
「………………」
 ロックの視線が恐い。自分を見つめるその視線に全てを見透かされてしまいそうで、セリスは顔を上げられなかった。
「しばらく一緒にいるからさ。な?」
「…………うん」
 嫌だとは思えなかった。切ないけれど、一緒にいたいと思ってしまった。苦しくても、例え本当は自分を見ていなくても、一緒にいたいと。
「んじゃ、先に食堂行ってるな。一人で来れるのか?」
「ええ」
「わかった」
 ロックは頷いて部屋を出ていった。
 一人になったセリスは深く深呼吸をする。
 彼が無事に戻ってきたことが嬉しい。でもどんな態度をすればいいのかわからなかった。
 もし何も我慢せずに甘えていいとしたら、縋ることしかできない女になってしまう。それだけは嫌だった。彼を縛る存在でありたくない、その気持ちだけは変わらなかったから。

 戻ってきたロックは、ほとんどの時間をセリスと一緒に過ごしてくれた。
 最初は苦痛であったセリスも、彼が心からセリスを心配し励ましていることに気付き、しだいに心を溶かされていった。
 それはロックを解放するためにリハビリを続けているセリスにとっては、同時に辛く悲しいことでもあった。
 満ち足りそうになるほど虚しさが募り、なのに彼を手放せなくなりそうな自分が恐い。優しくされれはされるほど、彼の行為が贖罪に思えて仕方がなかった。


 3月10日、その日はセリスの誕生日だった。
 ロックとエドガーが、女官長やセリスの世話をしてくれる侍女と共にセリスの誕生日を祝ってくれた。ささやかな誕生日パーティーだ。
 自分の誕生日なんて祝ったこともなかったセリスは、びっくりしてただただ感動するばかりだった。
 プレゼントも多彩だ。エドガーからはシンプルなドレス。編み物を教えてくれている女官長はレース編みのボレロ。いつも世話をしてくれる侍女は髪飾り。ロックからはこの間のトレジャーハントで得たという指輪。
 それらに飾り立てられたセリスは、ケフカを倒した後、最も穏やかな幸福に満ちた時を過ごした。
 その夜、セリスはロックに尋ねた。
「次はいつ頃出発するの?」
 聞くのが恐い気もしたが、平気なフリをしたかった。
「ん? ん~、まだ全然考えてない」
 のんびりとしたロックの答えに、ホッとしてしまったセリスは自分が嫌になりそうだ。
「俺は邪魔か?」
 苦笑いで聞かれ、セリスはギョッとする。今はそんなことはない。でも正直に答えた。
「そんなことはないわ。でも、あなたは一所に留まるような人じゃないでしょ? 私のせいで……」
「違うよ。お前のせいじゃない。そんな風に言うなよ」
 悲しそうな目をされ、セリスは言葉に詰まる。
「別に、俺はお前が俺を庇って足を悪くしたからお前といるわけじゃないんだ。な?」
「………………ええ」
 そんな理由だとロック自身が認めるはずがない。彼はそうして自分を納得させようとしているのだ。セリスは勝手にそう決めつけている。
「ねえ、今ね、編み物しているのは知ってるでしょ? いくつかできたからモブリズに届けてくれない? ティナの子供達にプレゼントしたいのよ」
 話題を変えたくてセリスは言った。
「そりゃいいけど……、今度、セッツァーが来た時に頼んだらどうだ?」
「そうね。そしたら私も一緒に連れていってもらおうかな」
「お前も?」
 ロックは意外そうに目を丸くした。
「少し外に出たいし、この前ティナから手紙が来てね、会いたいなあって」
 ティナからの手紙はロックも読んだ。セリスとティナは同じ年で帝国で戦っていたという境遇の割には特別仲が良かったわけではない。互いに遠慮していたような節があった。ケフカを倒した今、その遠慮が取れ親友になろうとしている状態なのかもしれない。
「わかった。じゃあ、次にセッツァーが来たら頼もう。な?」
「ええ。ありがとう」
 セリスは微笑んだ。
 だが、彼女が考えていたのは、我慢して自分と一緒にいるロックに、レイチェルと会わせてあげたい、そんなことだった。

 

■あとがき■

 冗談抜きに4話では終わなそう? 決まった話数で終わらせられない桜が悪いんですけどね。
 自分の気持ちを押し殺しているセリス。自分の気持ちが伝わらないロック。二人のすれ違いが書けてるのかなあ? 切ない系って本当に難しいです。どうすれば切なく書けるんでしょうね?
 次回はモブリズ編です。なんとか5話で終わるかな? 7話以上にはならなそうです。 (04.1.17)
 文章補正を行いました。 (06.11.20)

《4》

 モブリズに到着すると、ティナやレイチェルを囲む子供達が笑顔で迎えてくれた。
 飛空艇が降りたのは草原のため車椅子が使えない。村の入り口までロックに抱きかかえられ──セリスは嫌がったがロックは有無を言わせなかった──村の入り口から車椅子だ。
「お姉ちゃん、歩けないの?」
 小さな女の子が無邪気に尋ねてきた。
「足を怪我しちゃったの。でも一生懸命頑張って、また歩けるようになるから大丈夫よ」
 セリスははにかんで答える。純粋な子供に対してまで卑屈な気持ちにはならない。来て良かったと思う。
「おい、荷物はこれだけか?」
 大量な袋と木箱を抱え、セッツァーがよろよろしながらやって来た。
「あ、ごめん」
 セリスは振り返る、が、車椅子では受け取れない。
「半分持つよ」
 代わりにロックが木箱を受け取った。中身はほとんどが子供達へのお土産だ。
「疲れたでしょ? お昼ご飯用意してるけど、食べられる?」
 レイチェルに綺麗な笑顔で尋ねられ、
「ええ、お腹減ってるわ」
 セリスは頷いた。絶対に彼女に嫌な思いをさせたくない、そう思っていた───それがどれほど傲慢なことかと気付くのは、この後のこと。


「ごちそうさま、本当においしかったわ。このケーキもすごいわね」
 食後にだされたデザートを見たセリスが言うと、ティナが苦笑いした。
「ほとんどレイチェルさんが作ったの。私も教わってるけど、なかなかうまくならなくて」
「でもこのシフォンケーキはティナが作ったのよ。しかも初めて! 一回教えれば完璧なのよ」
 レイチェルが横から口を挟む。かなり仲良くやっているようだ。唯一の女友達を取られたようでちょっとだけセリスは寂しい──リルムも仲間ではあるがやはり年が離れすぎている。
「女は食い物の話し好きだな」
 呆れ顔でロックが言うと、レイチェルが軽く横睨みを利かせる。
「話はしなくてもよく食べるあなたは、そのうちデブになるわよ」
 歯に衣着せない言い方に、セリスはギョッとした。レイチェルは笑っているから冗談なのだろう。
「……俺は動くから太らない!」
 子供みたいに拗ねた顔をしたロックなんて初めて見たセリスは、心にすきま風が吹く。
「はいはい。砂糖、1つでよかったよね?」
 分かり切っているようにロックにコーヒーを出したレイチェルは、セリスより余程恋人に見える。ロックのコーヒーの好みなど今初めて知ったのだ。旅をしている時はコーヒーを入れてあげる機会などなかった。外ではティーバックでお茶がほとんどだったし、例えどこかでコーヒーが出されてもセリスが砂糖を入れることなどなかったから。
「おう。サンキュ」
「セリスは2つ?」
「あ、うん。ありがとう」
 動揺を表に出さないように必死なセリスはぎこちない笑顔を浮かべ、話題を変えようと言った。
「子供達の食事はいいの?」
「今日はお弁当を作って海岸で食べてるの。たくさんいるから、最初からじゃセリス達疲れちゃうだろうし」
 ティナが自分のカップを持ってセリスの隣に腰掛けた。それを見ていたセッツァーが小さく吹き出す。
「?」
「いや、ティナは随分所帯じみてきた気がしてな」
「そう?」
 ティナはキョトンとしている。自覚がないらしい。
「ああ、母親らしくなってるよ」
 ロックも頷いて同意すると、ティナは嬉しそうに笑った。

 

†  †  †

 

 セッツァーが「三日後に迎えに来る」とモブリズを発ったのを見送り、セリスはロックと共にモブリズの周囲を散歩した。
 食後に渡したお土産は、子供達もティナもすごく喜んでくれた。
 セリスが編んだレースのボレロ等を含む衣類で、フィガロ城で子供を持つ人々が話を聞いて、着られなくなった子供服を寄付してくれたのだ。編み物を教えてくれた女官長も手編みのサマーセーター等を入れてくれた。
「もっともっと練習して、色々なものが編めるようになれたらいいな」
 セリスが呟くと、車椅子を押すロックが立ち止まり彼女の頭をそっと撫でた。
「お前ってホント、頑張り屋だよな。でも無理しすぎるなよ」
「…………うん」
 こういう時、胸が熱くなって切なくて苦しくてどうしようもなくなる。ロックの優しさが温かいのに痛くて、泣きたくなる。
 黙って心地よい渇いた潮風に吹かれながら海を眺める。
 静かな時は、フィガロ城にいる時とは違う気持ちになる。
 あの城が悪いとは言わないが、地下に潜るという性質上強固で閉鎖的な空間だ。
「お前、もう少しよくなったら先生ナシでもリハビリできるようになるんだろ?」
「そう言われたけど?」
「こういう所で過ごした方がいいんじゃないか?」
 彼もセリスと同じことを感じていたのか、そう言った。
「そうね。…………でも、どこで?」
 なるべくリハビリが進む場所がいい。だが一人で生活するのが難しいセリスには、フィガロ城を出るのは無理かもしれないと考えていた。セリスの世話をしなければならないとなると、ロックが旅に出られなくなってしまう。
 車椅子に対応した建物は少ない。一人で食事を作ることさえままならないのだ。
「ん~、ここでもいいしさ」
 ロックの言葉に、セリスの胸がドキンと跳ねる。
(レイチェルがいるから……?)
 自分が会わせてあげたくてここに来たというのに、不安になっていることに気付く。矛盾しすぎていた。
 同時に、どうしようもない自分の愚かさに気付いた。
 セリスにロックをとられてしまったレイチェルが、セリスとロックが一緒にいる姿を見て気分がいいはずがない。当のレイチェルがそんな素振りは微塵も見せないから、余計に罪悪感が募る。
 黙ってしまって答えないセリスを見て、ロックは頭をかきながら、
「まあ、お前の好きでいいさ」
 小さく呟いた。


 散歩から戻ると、母屋の裏で小さな鳴き声がした。
「なぁ、なぁ」
 首を傾げてセリスがロックを振り返る。
「この声、子猫?」
「っぽいな」
 二人が裏へ回ると、木箱の中に子猫が2匹入っていた。まだ小さく生まれたばかりだろう。ボロ切れの上で鳴いている。
「…………可愛いね」
 セリスが小さく笑みをこぼす。だが何故か泣き出しそうな笑顔。
「親猫はいねーのかな? 子供達が飼ってるのかもしれないな」
 ロックは呟いて木箱を覗き込む。
 つぶらな瞳で見上げる子猫は、思わず抱きしめたくなる愛らしさだ。
「─────────小さい」
 呟いたセリスの瞳から涙がこぼれ落ちた。
「えっ! ど、どうしたんだ?」
 慌てふためいたロックは、愛しい女性の顔を覗き込む。
 小さく首を横に振ったセリスは、一瞬躊躇したが、ゆっくり口を開いた。
「私ね───子猫を殺したことがあるの」
「え…………?」
 ロックの思考が一瞬停止する。そのままの意味で受け取ったからだ。
「魔導研究所の脇に3匹の子猫がいたの。可愛くて、勿論飼うことなんて許されないってわかってて、でも、皆の目を盗んでミルクを上げたりしてたの」
 語り始めたセリスの頭を、ロックは黙って撫でてあげる。
「だけどある日、ケフカに見つかって……。『無駄な命など殺せ』って言ったの。私が『そんなことできない』って言ったら、『1匹だけ殺したら後は見逃してやる』って。茶トラの子猫の首を掴んで私に押し付けたの。『その猫の腹を割いて腑を食え。そうしたら他の猫は見逃してやる』って」
 余りに残酷なケフカに、今更ながらロックの怒りが蘇る。自ら葬ったけれど、奴が残した傷は消えていない。
「私にはできなかった。できなかったの! 例えそれで他の2匹が助かるとしてもできなかった。数で命の重さが決まるわけではないとしても、やらなければ1匹も救えなかったのに……! できなかった……!」
 嗚咽を漏らすセリスを、ロックは膝を落として抱きしめた。
「子猫は目の前で殺されたわ。ケフカは3匹の死骸を私に投げ捨てて笑いながら去って行った。何もできなかったの! 見殺しにしたのよ」
 どこまでも深い傷が、まだセリスには残っていた。それは決して癒えることのない傷だろう。
 誰も突き付けられたことのない選択。あまりに不条理で狂気の沙汰。そんな思いをさせられて歪まない人間などいない。
「救えたはずの2匹まで死んだ。私が殺したのと同じよ!」
 悲痛な声で叫ぶ彼女が悲しくて、抱きしめることしかできないロックは胸が詰まる思いだった。
 自分に選択しろと言われて、選択できる自信などない。セリスはそうして冷酷な将軍になったのだろう。自分の兵士を生きて帰らせることだけを信念として───。
「お前のせいじゃないんだ。お前が殺したんじゃない」
 どんなにそう呟いても、彼女の罪の意識は薄れないだろう。わかっていながら、他に慰める言葉を持っていなかった。


 涙がひいても、暫くロックはセリスを抱きしめていた。
 このままいつまでも抱きしめていたいと思う。彼女の心に触れたくて、でも遠くて、腕に抱いていると少し近付けるような気がするから。
 一方、泣いて興奮していた時は感じなかったが、涙が収まり頭が冷えるとセリスはどうしていいかわらかなくなった。
 ロックの腕の中は心地よくて、失いたくなくなってしまうのが恐い。
 戸惑ったまま動けずにいると、
「あ~!」
 背後で声がした。
「ラブラブ~!」
 子供達だ。見られてしまったらしい。
 セリスはかあっと頭に血が上ったのが自分でもわかり、恥ずかしくて俯いてしまう。
 心中で舌打ちしたロックは、気まずそうにセリスを離すと開き直って答えた。
「あー、そうだよ。だから邪魔すんなよ」
 その言葉にセリスは思わず吹き出しそうになる。何を言っているんだろう。
「だって猫の餌あげようと思ったんだよー?」
 少女が餌入れを見せながら言った。
「そりゃ悪い……」
 悪びれず謝罪したロックは、耳まで真っ赤にしているセリスを見て苦笑いをこぼす。
 照れ屋な彼女は穴があったら入りたいに違いない。
「セリス、ほら」
 ロックは片手で子猫をすくい上げると、セリスの膝の上に乗せた。
「えっ、あっ……」
 セリスは戸惑ってロックを見上げる。ロックはにやっと笑うって言った。
「大丈夫だよ。撫でてみろよ」
「…………だいじょう、ぶ?」
 恐る恐る手を出したセリスはそっと子猫の背に触れた。柔らかい感触。子猫が「なぁ」と小さく鳴く。
 再び涙が溢れた。
 恥ずかしいだろう気分を変えてやろうと思ってしたことなのだが、再び泣かれてしまいロックはしまったと思う。
「お姉ちゃん、どうしたの~?」
 餌を持ってきた少女がセリスの顔を覗き込む。
「ごめん……、ちょっと昔、拾った子猫を思い出して……」
 セリスは女官長からもらったピンクのハンカチで涙を拭った。
「そうなの? この白い猫はアンジュ、灰色のはエデンって言うんだよ」
 少女はにこにこしている。
「可愛いわね。ほら、ご飯だって」
 セリスは手を伸ばして子猫を木箱に戻してあげる。
「モブリズにいる間、いつでも遊びに来てあげていいよ!」
 明るく言った少女の屈託のなさに、セリスは綺麗な笑みで言った。
「ありがとう」
 と。

 

■あとがき■

 セリスの壮絶な過去がここでも! ところで子猫にミルクをあげるのはよくないらしいです。田舎で猫飼ってる祖父母が獣医に言われたらしい。人の大人が牛乳でお腹を壊す人がいるように、猫も牛乳を分解する成分が少ないらしくって。ちなみに田舎のアメリカンショートヘアのゴローちゃんはヨーグルトと海苔が大好物。不思議な猫です。
 恒例のお詫びです。モブリズ編が終わりませんでした。ううう、本当にすみません。予定通り進まない───。全部書いてしまおうと思ったんですが、他より倍ぐらい長くなってしまいそうなので……断念です。 (04.01.25)
 文章補正を行いました。 (06.11.20)

《5》

 翌日、再建中の小さな聖堂を訪れた。
 (まつ)られているのは“創造と希望の女神ラディエル”と言う太古の神だ。世界崩壊前のモブリズの町でも放置されていたようなものなのだが、皮肉なことに普段使われていた建物が壊れたのに対し司祭も信者もいなかった聖堂は無事に残った。
 一月ほど前に、子供のできない薬師チャーリーと看護婦スヴェラの夫婦がモブリズにやって来た。行商人から話を聞き共に子供の世話をしたいと申し出てくれて、暮らし始めた。
 大人の人手が増え男手もできたことで、聖堂の修繕を始めたのだ。
「聖堂だったのね」
 朽ちそうな建物があるとは思っていたが、聖堂だとは思いもしなかったセリスは、中に入って簡単の声を上げた。
 天井部分が広くステンドグラスになっていて、陽の光を通し色とりどりの輝きが注いでいた。ステンドグラスの女神の絵のようで、かなり精巧な作りだった。
 中央には美しい像が飾ってある。青銅で出来ているせいか錆びているが崩れてはいない。
「希望……か……」
 女神像の前で天井を見上げセリスは呟く。
「子供達の希望になるといいわね」
「ええ。だから一刻も早く直したくって」
 ティナはにっこり頷いた。
「この辺もしっかり直さないと危ないな」
 聖堂の隅でロックが壁に触れながら隣に立つレイチェルを見た。
「ええ。ちゃんと直さなきゃならないところはたくさんあるの。やっと床の修繕が終わったんだけどね。子供達は騒ぐから、全部修理が終わるまでは入れられないのよ」
「だろうな」
 子供はいつでもヤンチャで元気だ。その方がいいが、見守る大人としてはハラハラしてしまう部分もたくさんある。
「俺も手伝うよ。セリスもモブリズにいる方がいい顔しているし、もう少し滞在してもいい。あ、お前達さえよければ、だけどな」
 ロックの申し出に対し、目を丸くしたレイチェルだが笑顔で、「勿論」そう答えた。
「それにしても、こんないい所が放っておかれたなんてなあ」
 呟きながら、ロックがレイチェルと共に像の前、セリスとティナがいるのとは像を挟んで反対側に立つ。
「そうね……」
 相づちを打とうとしたティナが、
「あっ!」
 突然大声を上げて、3人はびっくりして彼女を見る。
「いけない、シチューの火、止めたかな」
 意外にドジなティナは可愛い。セリスは苦笑いで言った。
「確認しに行った方がいいわよ」
 セリスの言葉に、ティナはこくこくと頷いて小走りに聖堂を出て行った。
「この像、両面が表なのか?」
 ロックが呟く。不思議な女神像は、一体いつの時代に誰が造ったのだろうか。
「『希望の裏側には絶望がある。でもその絶望からは必ず希望が生まれる』そう言われて敬われていたそうよ。あ、奥にある部屋の書物に書いたあったことだけど。その二面性を表しているのかしら? でも、どちらも同じ顔なの。不思議ね」
 納得しながらレイチェルの言葉に耳を傾けていたセリスだが、突如、足下が揺らいだかと思うと建物が(きし)んだ。
「地震!?」
 驚いてロックとレイチェルの方を見ると、目の前の銅像が、ゆっくりと向こう側に倒れようとしていた。
 同時にガラスの割れる高い音が響いて、キラキラした色とりどりの何かが降ってきた。
「レイチェル!」
 叫んだロックが彼女を引き寄せ横にダイブするのが目に入る。セリスは動けず、その光景を呆然と見つめていた。
 天から注ぐ輝きが止むと、何故か全身が熱い。ステンドグラスの破片が無数の傷を作ったことにも、セリスは気付かなかった。
「レイチェル! 大丈夫か!?」
 元恋人を抱き起こしたロックは、真っ青になった彼女を覗き込む。
「ええ。でも足が……」
「今、どかしてやる」
 レイチェルの右足首に乗っている女神像をどけようとしたが、かなり重いらしくびくともしない。
「くそっ」
 再び渾身の力を入れると、少しだけ空きができる。レイチェルはなんとか這い出し、ホッと息をついた。
 ゴスンッ! 放り出された像が鈍い音で床に落ちる。そんなものは見もしないロックは、膝をついてレイチェルの足首に触れた。
「折れてはいない。軽い捻挫だろうな」
 自分の存在を忘れているかのようなロックに、セリスは虚しさと切なさが込み上げる。二人の姿を痛いなどと感じる自分がたまらなく嫌だ。そんなことを考えていると、意識が遠のきそうになる。
「大丈夫?」
 入り口から聞こえたティナの叫びで、再び意識のはっきりしたセリスは振り返ろうとして、体中の痛みを感じた。
 不思議そうに右手を見た。無数の小さな切り傷が出来ているが軽傷だ。視界が(かげ)り、何気なく頬に触れた。ぬるりという感触。離した手は真っ赤だった。
「セリス!」
 近寄ってきたティナの悲鳴に近い叫びに、ロックが視線を寄越す。
「セ、セリス!?」
 裏返ったような間抜けな声で驚いたロックの声が遠く、セリスは自分と違う世界で起こっている事のように感じる。
「すごい出血だわ」
 真っ青になったティナは、
「チャーリーを呼んでくるから」
 急いで(きびす)を返した。外傷はほとんどないレイチェルを置いて、セリスの傍に来たロックは、
「と、とりあえずこれで……」
 バンダナで彼女の血を拭う。だが大判のバンダナはすぐにぐっしょりとなって、出血は止まりそうにない。
「大丈夫よ?」
 おろおろするロックに、セリスは首を傾げる。頭部から大量の血を流しているという自覚は無いらしい。
「また地震が来たら危ないわ。外に出ましょう」
 痛む足を引きずって、レイチェルが立ち上がった。
「ああ。歩けるか?」
「なんとか。私よりセリスを」
 頷いたロックがセリスを見ると、いつの間に意識を失ったのか彼女は目を閉じてぐったりしていた。
「セリス!」
 仰天したロックは、彼女の肩を揺すりそうになって止まる。頭部の怪我なのだから下手に動かしたりしない方がいい。きっと出血が多いから気を失っただけだ。
 ゆっくり車椅子を押そうとしたが、タイヤがぎこちない。ガラス破片でパンクしていた。ガタガタなるのを我慢すれば進めないことはないが、セリスの傷に響く可能性がある。抱き上げるべきか、それもしない方がいいか、悩んでいるとティナが戻ってきた。
「こりゃあいけない。とりあえず外へ」
 薬師チャーリーに言われ、ロックはセリスを抱き上げた。
「パンクしてる。持って来れるか?」
「ええ」
 ティナが車椅子を外に出し、レイチェルはスヴェラが連れ出した。
 セリスを再び車椅子に下ろしたロックは、すがるようにチャーリーを見る。
「大丈夫なのか!?」
「おそらく……命に危険はないだろう」
 綺麗なタオルでセリスの血を拭いながら、チャーリーは傷を確かめる。
「ただ傷は深い。額は後が残るかもしれないぞ」
「そうか……」
 ロックは唇を噛みしめることしかできなかった。

 

†  †  †

 

 目覚めたセリスは、一人で見慣れない部屋にいた。記憶を巡らせると、聖堂で地震があったのだと思い出す。
 身体のあちこちにガーゼと包帯があった。
(またロックの足手まといだ)
 そんなことを考えたセリスは、口元を歪めた。

 しばらくすると赤茶けた髪を結い上げた女性がって来た。初日に挨拶をしたスヴェラだ。看護婦だと言っていたから様子を見に来たのだろう。
「あら、起きたのね。どっか調子悪いところはない?」
「大丈夫です。あの、どれくらい寝てました?」
「1日だけよ。軽い貧血に過ぎないから」
 スヴェラの言葉にホッとする。余計な心配をかけたくないから。
 今日の夕方にセッツァーが迎えに来るのにも間に合う。
「でも、ね」
 言いにくそうに口を開いたスヴェラは、苦々しい顔で続けた。
「額は傷が残るかもしれないの」
「…………そうですか? まあ、前髪を作れば隠れるし、別に平気です」
 何かと身構えていたセリスは気楽に答えた。自分にとっての傷などどうでもいい。顔に残る傷は初めてだが、全身で見れば大したことのないものだ。
「……そう? ……とりあえず、皆に知らせてくるわね」
 スヴェラが出ていくと、セリスは我慢していた溜息を吐きだした。
 だが、ロックが気に病むだろうことが嫌だった。また守れなかったなどと言われたら嫌だった。あそこでレイチェルさんを助けるのは当然だ。近くにいたし、銅像の下敷きになったら額の傷どころでは済まないだろう。しかしロックはそう割り切れる男ではない。
(もし、私とレイチェルさんが両隣にいて、どちらも助けなければならなかったら……ロックはどうしただろう)
 下らないことを考えた。レイチェルを取るに決まっている。だが、彼にそんな選択をさせてはいけないのだ。助けられなかった者に対し、彼は執着するのだから。
 すぐにロックやティナがやって来た。
「心配かけてごめんなさい。でも大丈夫だから」
 セリスが微笑むと、皆、ホッとしたような表情になる。
「それよりお腹減っちゃった。何かある?」
 本当はそんなに腹が減っていたわけではない。だが“空腹”を人は元気の証拠と考える。
「シチューの残りがあるわ。今、あっためてくるわね」
 レイチェルとティナが出ていくと、ロックと二人きりになる。気まずい。
「またあなたに心配かけちゃったわね。でも、どれもかすり傷だから」
 せっかく明るく言ったのだが、ロックの表情は冴えない。
「ごめんな」
 やはり謝った。彼の謝罪など聞きたくないのに、わかってなどくれないのだ。ロックは悪くないのに、ロックのせいじゃないのに、彼は責任を感じてしまう。やめてほしかった。
「どうしてあなたが謝るのよ。ちょっと運が悪かったの」
(どうやら、私は地震と相性悪いみたいね)
 心の中で肩をすくめる。ロックを助けたのも地震だった。地殻変動の名残りなのだろうが、人に止められるものではない。
「それとも傷ができると醜い?」
「そんなわけっ……!」
「だったら、気にしないで。ね? 私は無事だったんだし」
 ロックが責任を感じることがないのだと暗に伝える。納得したわけではないだろが、
「わかった」
 頷いてくれた。

 

†  †  †

 

 医師の元でのリハビリが終わったらモブリズに来ると約束して、セリスは一人、フィガロへ戻った。
 ロックは自分も行くと言い張ったが、セリスが「モブリズへ行くまでに聖堂を修理して欲しい」と頼むと、渋々引き下がった。
 強情な彼女に、飛空艇の中で、セッツァーが尋ねる。
「あんた、モブリズへ行く気があるのか?」
「……ええ。一応」
「ロックと一生、一緒にいるつもりは?」
 不躾な問いに、セリスは眉根を寄せてセッツァーを見る。彼はいつになく真面目な顔をしていた。
「─────────」
「何故、答えない? 奴が好きなんだろう?」
「一緒にいるつもりよ」
 嘘をつかないとセッツァーは納得しないだろう。いや、他の誰も。
「そう言えばいいと思ってないか?」
 しかしどうやらお見通しらしい。答えあぐねたセリスは、だんまりを決め込む。
「あんたはロックを信じてないんだな」
「……え?」
「俺があんたを好きだと言ったら信じるか?」
「……な、何を言って……」
 セリスは顔を真っ赤にして俯く。昔、迫られたことがあるが、あんなのもう関係ないと思っていた。そうでもないのだろうか。
「信じるか?」
「……ええ」
「じゃあ、もし俺のせいであんたが怪我をして、それで俺があんたを好きだと言ったら?」
「……信じられると思う」
 セリスは正直に答えた。しかりセッツァーは逆に納得いかないらしい。
「じゃあなんでロックは信じられない? あいつは前からあんたのことが好きだった。そうだろう?」
「前から? 冗談! あの人が好きなのは、今も昔もレイチェルだけよ。私を好きだったなんて、錯覚なのよ」
「奴がお前を捜そうともせず、レイチェルを生き返らせようとしていたからか? もしお前が足を悪くしなかったら、レイチェルを選んだと思っているのか?」
「決まってるでしょう?」
 セリスは泣きそうになるのを堪えてセッツァーを睨んだ。
「俺はあいつをそこまで馬鹿だとは思わねーけどな」
「馬鹿なわけじゃないの。慈悲深いの、情け深いの。弱い者を放っておけないだけなのよ」
「確かに世間にゃそういう奴もいるかもしれん。けど、あいつは違う」
 ロックからとある願掛けを聞いているセッツァーは断言した。だがセリスはそんなことは知らない。
「それに、あんたはリハビリが終わったら別れるつもりなのかもしんねーけど、そこで別れてロックがまたレイチェルとつきあえると思うか?」
「………………私は、本当に私を愛してくれる人といたい」
「じゃあ、ロックと一緒になるんだな。そのうち、俺の言った意味がわかる」
 セッツァーは以上何も言わなかったが、セリスには受け入れられなかった。
 信じたいと本当は思っている。だけど、何を信じればいいのかわからなかったから……

 

■あとがき■

 素材(ClipArt)は色違いがなくなったので、作らずに別のにしました。なんとなくイメージに合うのがあったので、「こっち使いたい」と思ったんです。聖堂にある女神像とは全然違うものですが、イメージが合うでしょう?
 さて、次回で終わりです。頑張って完結にします。ラストを少し悩んでます。このままだといつもと同じパターンになりそうでしょ? どっちかいいんでしょうね。「頑張ってセリスを口説き落とすロック」パターンのラストはもう飽きたという意見の方、遠慮しないでどうぞ。そしたら変えるかもしれないから。2種類作ってもいいけどね。時間があったらやります。(04.01.31)
 文章補正を行いました。 (06.11.20)

《6》

 セリスが一人、フィガロへ戻って半月が過ぎた。
 リハビリも第一段階を終え、そろそろモブリズへ行くことが可能になる。
 だが、自分が行けばロックとレイチェルの邪魔になるかもしれない。セリスが目論んだことだけど、彼女の知らない場所で二人が仲良くしていることを考えると、胸がモヤモヤする。浅ましい自分が最低だと思う。
「ロックの所へ行けるのに、浮かない顔だね」
 医師から話を聞いて部屋にやって来たエドガーにそう言われても、苦笑いを返す以外にない。
 症状は思っていたよりも軽かったのか、セリスの地道な努力の成果なのか、座った姿勢で足が伸ばせるようになった。膝を上げる速度は余りにゆっくりで、長い時間の固定はまだ無理だけど。
 それでも喜ぶべきことで、沈んだ彼女の表情を不審に思うのは当然だろう。
「そんな君のために、一週間後迎えに来るよう、ロックに手紙を出しておいた。セッツァーが飛空艇を出してくれる」
「えっ!?」
 飛び上がらんばかりの勢いで驚いたセリスだが、すぐに平静を装い、
「そ、そう……」
 なんとか笑顔を作って頷いた。そんなセリスを見ていたエドガーはさりげない口調で尋ねる。
「まだロックといるのが苦痛かい?」
「苦痛とは違うの。そういうのじゃなくて……」
 だからといって説明することはできない。全てを話せば、愚かだと言われることはわかっていた。他人には、滑稽に思えることが。
 仕方なく理由を考えて、一つ思い当たる。こんな恥ずかしいことを言いたくないが……。
「……まだ、キス一つくれない……から…………不安で……」
 ロックがもっと情熱的に自分を求めてくれたら違っていたかもしれないと思うのは事実だった。
 小さな声で告げたセリスに、何故かエドガーは思い切り吹き出す。
「なっ、なっ……なんで笑うの!」
「いや、すまない。君が可愛らしいことを言うからね。その理由は、ロックに直接聞くといい」
「理由? 理由があるの?」
「そう。ロックに聞きなさい」
 楽しそうに言ったエドガーは、言い終えると部屋を出ていった。
「聞けるわけないわ……」
 そんなことを聞きたくなかった。欲しくない物を求めるつもりがないだけだ。「痛々しくて手が出せない」とでも言うだろう。取り繕うような言い訳を聞きたいはずがなかった。

 

†  †  †

 

 久しぶりにロックの姿を見た気がした。
 たった半月なのに、何年も会っていたなかったような錯覚に見回れ、溢れそうになる涙を必死で我慢した。
 彼を見て喜ぶなんて無意味なことだ。いつか別れる人を好きでいることほど辛いことなどないのだから。
「そんな顔すんなよ」
 泣きそうな顔は迷子の子供のようで、ロックは困ったようにセリスの頭を撫でた。
 優しくて大きな手に、胸が張り裂けそうなほど切ない。
「前髪作ったんだな。似合う。可愛い」
 にこにこして言われ、セリスはかあっと頬を染めた。
 額の傷を隠すために前髪を切ってくれたのは、エドガーの髪も整えている若い女官で、女官長の娘だ。
 自分では子供っぽくなったようで、正直気に入ってない。エドガーに「年齢相応に見えるようになったね」と言われた時は、かなり複雑な気持ちになった。
「さて、荷物も積み込んだし、行くか」
 セッツァーに声をかけられ、二人は頷いた。


 モブリズは半月前とほとんど変わっていなかった。短い時間しか経っていないから当然なのだが、セリスはそのことに心底ホッとする。
「実はさ、聖堂の改修は全然進んでないんだ」
 すまなそうにロックが頭をかいた。しかしあの惨状からの修復は容易ではないだろう。ステンドグラスが半分失われてしまった。あれを修復できる技術はないから、通常の屋根に変えることになるだろう。
「ううん。全然いいのよ。ゆっくりやればいいじゃない」
 セリスは心からそう答えた。あんなの口実に過ぎなかったのだから。
「そう言ってもらえると助かる。実はさ……」
 言いながらセリスの車椅子を押してロックが向かったのは、チャーリーとスヴェラが暮らす家の向かいにある小さな戸建てだった。屋根は新しくペンキが塗られ、外壁は古い板と新しい板が混ざっている。修復されたものだろう。
「どうだ?」
 突然聞かれ、セリスは首を傾げる。
「うん、いいんじゃない? 綺麗に直ってる。ロックがやったの?」
「そう! か~な~り! 頑張った」
 胸を張って自慢するロックは、子供のようだ。
「この調子で、もっと暮らしやすくなるといいね。子供達も喜ぶよね」
 笑顔で答えたセリスに、ロックは怪訝そうな顔に変わる。
「お前さ、わかってないよな」
「……え?」
「この家、俺達が暮らすんだぞ」
「……え?」
 目を点にしたセリスは、視線を戸建てに戻す。確かに今すぐ暮らし始めることができる位だけれど……。
「いや、モブリズに永住しようっていうんじゃない。でもさ、ちゃんと家があった方が、ティナ達に気兼ねすることもないし、リハビリもやりやすいだろ?」
「う、うん……」
「壁のペンキだけは塗り終わらなかったんだ……。白にするつもりなんだけどな。可愛いだろ?」
「そ、そうね」
 浮かれているロックに対し、セリスはいまいち乗ってこない。
「嫌なのか?」
 しょぼんとして尋ねるロックに、セリスは慌てて両手を振った。
「違う違う。ただ、びっくりしちゃって……。大変だったでしょう?」
「まあな。でも、チャーリーや子供達も手伝ってくれたしな」
「そっか。お礼言わなきゃね」
 セリスははにかんだが、複雑な気持ちでいっぱいだった。
 セリスと二人で暮らすロックなど、レイチェルは見たくないだろうから───

 

†  †  †

 

 ロックは街の修復や孤児院を手伝い、セリスはリハビリに精を出す。そんな暮らしが定着して、1年が過ぎようとしていた。
 どんな時でも、ロックはセリスに優しくしてくれたし、気遣ってくれた。けれど、レイチェルと二人で歩いているところを見ると、セリスの胸が痛まないことはない。
 孤児院を手伝いたいと言う家族を亡くした者が何人がやって来て、モブリズは孤児院の町として確立しつつある。
 セリスの足も順調で、杖をついて歩けるようになった。両腕に填めて使う二本の杖は使いやすかったが、このままリハビリがうまくいけば、お役御免になる日も遠くはない。
 そんな、ある日のこと───。

 ロックが浮かない顔で帰ってきた。
 ジャガイモの皮むきなど夕飯の下ごしらえをしていたセリスは、
「お帰りなさい。どうしたの?」
 ただいまの一つも言わないロックを、不思議そうに見る。
「いや……それがさ……」
 どかっと椅子に腰掛けたロックは、溜息混じりに吐き出した。
「レイチェルに、子供ができたっていうんだ」
「………………えええっ!!!」
 セリスは持っていたジャガイモと包丁を落としそうになり、慌てて掴み直す。
「そ、そ、そ、それで……!?」
 かなり動揺しているセリスも気にならないのか、ロックはがっくりと肩を落として言った。
「ああ。父親が誰か言わないんだよな」
「っ………………!」
 息を飲んだセリスの中を悪い予感が駆け巡り、目の前が真っ暗になる。
(まさ、か……ロックが……父親……?)
「いくら孤児院の町だっつったって、父親にはちゃんと責任とらせるべきだろう? どういう経緯だかわかんねーけど、見つけだしてぶん殴ってやる」
 息巻いているロックを見ると、どうやら彼が父親なわけではないらしい。それはそうだろう。そういうところはかなり誠実だ。
「いいじゃない。あなたが父親になってあげれば」
 心の中で呟いたつもりだったけれど、声になっていた。セリスがハッと気付いた時には、立ち上がったロックは思いきり不機嫌そうな顔でセリスを見ていた。
「その……」
 どうしていいかわらかなくなったセリスは、全てを諦めて告げた。
「私のリハビリが順調なのは知っているでしょ? このまま行けば、普通に歩くことができる所まで回復しそうだし、私のことは心配しなくても…………」
 最後まで言わせてもらえなかった。
「ふざけんな!」
 怒鳴られて、セリスはびくっと首をすくめる。
「何を考えてんだ! 冗談もほどほどにしろ」
 それだけ言って、ロックは出ていってしまう。
「…………冗談、なんかじゃないんだけどな」
 セリスは一人呟いた。

 ロックが戻ってきたのは夜中だった。
 なんとか一人で料理をしたのだろう。シチューが置かれている。
「大人げなかったな……」
 呟いたロックは、食卓の椅子に座る。
 一緒に暮らしているとは言っても、寝室は別々だ。それはロックの「我慢できないかもしれない」という勝手な理由だが、翌朝、ロックはそれをひどく後悔することになる。

 いつもはセリスが先に起きている。しかしそんな気配はない。
 ベッドから出たロックは、パジャマのまま部屋を出る。台所にもどこにも見あたらない。ノックをして彼女の部屋のドアを開けた。もぬけの空。いつも壁に飾ってあるエクスカリバーすら、なくなっていて……。
「って、ちょっと待て……」
 ロックの顔が真っ青になる。悪い夢でも見ているんだと、誰かに言ってほしかった。
 着替えもせずに家を飛び出して、孤児院へ向かった。飛び込んでティナを捜し、
「セリスを見たか!?」
 叫ぶように尋ねた。しかしティナは呆れたように聞き返す。
「なあに、そんな格好で」
「セリスがいねーんだ!」
 しかしロックにそう言われ、隣で目玉焼きを作っていたレイチェルを顔を見合わせる。
「いないって……何があったの?」
 レイチェルに尋ねられ、ロックは言葉に詰まる。
「昨日、怒鳴っちまって……」
「なんで!?」
 ティナとレイチェル二人に詰め寄られ、ロックはたじたじだ。
「いや、お前の……レイチェルの子供の父親になってやればいいとか言われて…………ついカッとなって……」
「何それ」
 呆れたような声を上げたレイチェルは、思いっきり変な顔になる。
「冗談だったんじゃないの?」
「多分、違う……。リハビリも順調だから自分は心配するなとまで言った」
「─────────」
 気まずい沈黙が漂ったのを破ったのは、チョコボ小屋の少年だった。
「ルッキーが!」
 叫びながら飛び込んでくる。慌ただしい日だ。
「ルッキーが連れて行かれちゃった!」
 3人は顔を見合わせる。ルッキーとはモブリズで飼育しているチョコボのうちの1匹だ。それが連れて行かれた?
「これが置いてあって……」
 泣きそうな顔の少年が差し出したのは、白い封筒。少し膨れあがっている。
 開けると、ロックがプレゼントしたはずの指輪と、メモ用紙だった。
『チョコボにも乗れるぐらい回復しています。心配しないでください。』
 名前すらない短い文章は、確かにセリスの筆跡だ。ロックはぐしゃりとそれを握り締めた。
「あの野郎……!」
 怒りMAXという感じで、顔を真っ赤にしている。
「ロック」
 レイチェルが(いさ)めるように声をかけた。
「本当は、あなたの子なのよ」
「………………はあっ!?」
 ロックとティナは同時に素っ頓狂な声を上げる。
「てゆーか、いつ俺がそんなことをした!」
 わけがわらかず叫ぶロックに、吹き出したレイチェルは、
「冗談。落ち着いてほしかっただけ。だって、願掛けのために手を出すのを我慢する人が、そんなことするはずないわ」
 肩をすくめた。ティナもホッと息をついて、
「だよね~。ロックって、結構手が早そうだもん。しっかり我慢してるなんて意外」
 と失礼なことを言いながら頷く。それを見ていたロックは眉間に皺を寄せ、
「ちょっと待て。なんで知ってるんだ?」
「だって、セッツァーが……」
 ティナがぽつりと漏らす。
「あんの男……」
 拳を握り締め、別の意味で怒ってしまったロックに、レイチェルが水を差すように言う。
「………………ちなみに、私の子供の父親も、セッツァーなの」
「って、おい!」
「本当なのよ。ただ、向こうも私もそういうつもりだったわけじゃないから……言いたいくなかったの。でも一晩考えて、一応、伝える覚悟を決めたの。結婚とかを迫るつもりとかはないけど」
「…………あ~! くそっ」
 ロックは寝癖のついた頭をかきむしる。頭の中がごちゃごちゃしてきた。
「だから、それもセリスに伝えて。追いかけるんでしょ」
「そうだ!」
 思い出したように、ロックは孤児院の台所を飛び出した。
「チョコボ借りるぞ!」
「着替えて行きなよ」
 ティナの叫びに頷いて、慌てて自宅へ向かった。

 

■あとがき■

 ま~た~ラストだけ長く、他の話の倍ぐらいある……^^; なので、分けて2話同時アップとしました。あとがきは7のものを読んで下さいね。 (2.8)
 文章補正を行いました。 (06.11.20)

《7》

 足にうまく力が入れられないため、チョコボを乗りこなすのは簡単ではなかった。
 急ぐこともできず、それでも人がマラソンする程度の速度で、とりあえずツェンを目指す。
 さすがにロックも気付いただろう。責任から来る彼の行為が、どんなに傲慢であったかという事実に。
 それにしてもレイチェルに子供ができたというのは意外で、信じられない話だった。彼女はもうロックを愛していないのだろうか。セリスにはわからない。
 夜が明けると一休みして、セリスは再びチョコボに乗る。何より大変なのは、この“乗る”行為だ。通常は足を引っかけて乗るのだが、ほとんどを両腕の力に頼る。這い上がるようにして登らなければならない。ルッキーが慣れて大人しいことが幸いしていた。
 昼過ぎになってもう一度休みをとると、ツェン方面から人影が見えた。旅人だろうか。しばらく眺めていると、なんだかガラの悪い男達だということに気付く。
 下品な笑みを浮かべて近付いてくる彼等に、セリスは思わずエクスカリバーを手に取った。
 立ち上がれるようになってからは、素振りを再開した。とは言え、立ち回ることができない。杖がなくても歩けるが、ひどく緩慢で数歩がやっとだ。
 それでも、奴らの獲物になるつもりはない。
 チョコボで駆け抜けることも考えたが、先にモブリズしかないことを思うと目的が測られた。子供達を危ない目に遭わせたくはない。
 杖を左側片方だけ握り、剣を持ったまま仁王立ちをしていたセリスは、目前まで来た男達を睨み付けた。相手は五人だが大したことはなさそうに見える。
「姉ちゃん、なんでそんな物騒なもん持って立ってんだ?」
 ヒゲがにやにやと尋ねてきた。
「何をしにどこへ行く?」
 セリスは将軍時代の威圧感で低く尋ねる。しかし杖を持っている状態では説得力はないだろう。
「さあね。俺達の勝手だろう?」
「正当な理由が無ければ通さない」
「その杖で? 剣を使うってのか?」
 キツネ顔が鼻で笑った。カチンときたが、挑発には乗らない。
「何のためにモブリズへ向かうんだ?」
 もう一度尋ねると、デブが答えた。
「聞かなくてもわかるだろう? 子供ばっかりいる町なんて、ちょろいのさ」
 殺すに値する、セリスはそう判断した。もし以前と同じように動けるなら手加減することも考えたが、その余裕はゼロだ。大したことのない相手だとしても、分が悪い。
 男達までの距離は五メートル。どうする……? セリスが逡巡した時だった。
「セリス!」
 背後から名を呼ばれ、思わず振り返る。幸い、男達もそちらを見ていた。
「……ロック……!」
 チョコボで駆けてくるロックの姿が目に入る。何故……しかし迷っている暇はなかった。
「仲間かっ」
 舌打ちをしたデブが斧を持って(おど)りかかる。
 セリスは杖を握る片手に力を入れ、踏ん張って身体を傾がせると剣を()いだ。
「うぐぁっ……」
 デブの首筋を剣先が裂いて血が噴き出す。
「こっ、この……!」
 残りの四人が一斉に飛びかかってきた。
(避けられない!)
 諦めてぎゅっと目を閉じたセリスは、気付くと海の間に伸びる蛇の道に転がっていた。
 ロックが男達を(ほふ)っていく姿を、呆然と見つめる。ケフカを倒してから使っていなかったアルテマウェポンを振るい、四人を一手に引き受けて素早く殺してゆく姿が、悲しい。
(私のために、誰かを殺すことなんてない……)
 セリスは勇ましいロックの背中を見て、泣いていた。
 男達が死んだことを確認すると、ロックは肩で息をしながら振り返る。
「セリス……」
「来ないで!」
 しゃがみこんだままの姿勢で、自分の首筋にエクスカリバーを当てたセリスは叫んだ。
「なっ……」
「来ないで。助けてもらったことには礼を言うわ。だけど、一人でモブリズへ帰って」
「何言ってんだよ。なんで一人で戻らなきゃならねーんだ」
 ロックは困惑するように頭を振る。
「あなたを、長い間縛ってしまったことを謝らなければならないわね。本当はちゃんと歩けるようになってから謝るつもりだったんだけど、仕方ないわ」
「お前……まさか…………最初から、ずっとそのつもりで……」
 ロックは愕然(がくぜん)とする。セリスは、そのつもりでロックと一緒にいたのだ。
「私が歩けるようになるまで、あなたの罪悪感はなくならないだろうし、わかってくれないと思ったの。案の定、そうでしょう?」
 唇を歪め嘲笑を浮かべるセリスは、余りに痛々しい。
「それでも私が生きている限り、あなたが縛られてしまうと言うのなら…………今、ここであなたを解放してあげる」
 エクスカリバーを持つ手に力が入る。
「待て!」
 叫んだロックは、だらりと垂らした手に持っていたアルテマウェポンを、一瞬で己の首に持っていった。
「俺の命を惜しんでくれるなら、下ろせ」
「何を馬鹿な……」
 セリスは呆然とする。同じ行為で脅されてしまったのだ。
「馬鹿なことを言っているのはお前だ。いいか、お前がここで命を絶つなら、俺は必ず後を追う。必ずだ! お前のいない世界に生きる意味もない! いいから、下ろせ」
 責任感からでもロックは後を追うだろう。セリスはぐったりと手を下ろした。
 それを確認すると自分も愛剣を放り出し、項垂(うなだ)れるセリスに駆け寄った。
「馬鹿野郎!」
 いつの間にかロックにきつく抱きしめられ、むせ返るほどの血の臭いの中でセリスは我に返る。
「お前は俺を殺す気だな? ぜってーそうだ。俺は今回のことで寿命が十年は縮んだ。くそっ、なんでわかんねーんだ!」
 吐き出された言葉が、セリスの脳を通り過ぎていく。
「俺がいつレイチェルを忘れられないと言った!? なんで俺が縛られてることになるんだ! お前の足のことは後悔してるさ! 守ってやりたいと想い続けて、世界崩壊の時も守れず、あの時もだ! 自分の不甲斐なさが許せなかった。そりゃそうだろう? 好きな女に守られて嬉しい男はいない。守る者でありたいのに、それができないことほど悔しいことはないんだ!」
「あなたは、レイチェルを守れなかった。そうでしょう? だから、取り戻したかった」
「取り戻したかったわけじゃない! 俺の……俺の勝手なエゴだけど、俺は自分の罪を帳消しにしたかったんだ。最初はそうじゃなかったさ。でも、こだわり続けたのは、俺が守れない者であることが自分で許せなかったからだ。お前を、守れる者になりたくて…………」
 苦しそうに紡がれた声が震えていた。ロックはセリスを抱きしめながら、すがるように泣いていた。
「どこにも、行かないでくれ。俺を置いて行ったりするな。お前を失うことなんて、考えられない───」
 信じられなかった。今までずっと別れる日のために努力して来た自分が、余りに愚かではないか。
「お前を、幸せにしたいんだ。俺の手で、幸せにしたい」
「だって、レイチェルは───」
「まだ言うか! あいつのお腹の子の父親はセッツァーだ! 朝、聞いたんだ! 俺も信じられねーけど、何故かそーなんだ!」
 セリスは更に唖然とする。もしかしたら、ロックとセッツァーの好みは恐ろしく似ているのだろうか。
「大体、あいつの子の父親になるなんて考えられねー。無理に決まってんだろ。俺は、お前のことで頭がいっぱいなんだ。他のこと、考える余裕なんかねーんだよ」
 セリスを抱きしめる力を緩めたロックは、むしり取ったバンダナで顔を拭く。
「悪い、みっともねー」
 それにはセリスは首を横に振った。みっともなくはない。
「なんで、んな、無表情なんだ……? つーか、俺が嫌いなのか?」
「ちっ、違う。その、ずっと、あなたをレイチェルに返すつもりで覚悟をして努力をしてきて、あの、まだ展開について行けなくて……」
「なんだそりゃ」
 ロックは半眼でセリスを見る。困ったような顔をして眉尻の下がった彼女もけっこう可愛い。
「お前がそんなこと考えて努力してたんなら、俺の願掛けもやめだ」
「願掛け?」
「そ。お前のリハビリが終わるまでって思ってたけどな」
 悪戯っぽく笑ったロックは、素早くセリスの唇を奪った。
 一瞬の出来事に、セリスは何が起こったか理解できずしばし惚けていたが、我に返ると顔を真っ赤にした。
「照れてもだめ。だけど続きは戻ってから。帰ろう。みんな、心配してる」
 続き? って、なんだろう? ちょっとだけ思ったが、頭が破裂しそうなので、考えないことにした。少なくとも、悲しい思いをすることはなくなるんだから。
 ロックの手を借りて立ち上がったセリスは、惨状を見て肩をすくめた。
「ところで、これ、どうするの?」
 無惨な死体が五つ。亜熱帯のここではすぐに死体は腐る。定期的にモブリズへ来てくれる行商人が通るのに邪魔になるだろう。
「……海へ捨てる」
「えっ」
「ていうのは冗談。あとで片付けに来る。仕方ないから」
「ごめんなさい」
 セリスはしょぼんとした。こんな所で殺したら、確かに片付けが面倒だ。
「でも、モブリズに行かせたら、危ないと思ったし……」
「それは俺も思うけど! 次はやるなよ。いいな。危ないことすんなよ。絶対!」
 ロックは念を押すように人差し指を立てたが、
「……ロックが、守ってくれるんでしょ?」
 調子に乗ってセリスが言うと、面食らって額を押さえ呻くように言った。
「お前が自分からそんなことしたら、俺の命がいくつあっても足りん……」
「冗談。またロックのこと泣かせたら、可哀想だもんね」
 何故か満面の笑みのセリスに、ロックは心底バツが悪そうにした。


 モブリズへ戻ったセリスは、湯浴みして着替えるとティナとレイチェルをお茶を飲んだ。
 ロックはチャーリーと共に死体を片付けに行った。
「私達のこと疑ってたなんて、ひどいぞ」
 レイチェルが軽く睨む。かなり可愛らしくて、セリスは困ってしまった。
「ごめん。でも、あなたを想うロックをずっと見てたから……」
 セリスが素直に謝ると、レイチェルは肩をすくめて苦笑いした。
「逆よ。魂だけになってる間、私はずっとロックの傍にいたの。そして、あなたを想うロックを見てきた。知っていた。だから、素直に受け入れられたの。もうわかっていて、私の心の中で整理がついていたのよ」
「そうだったんだ……」
「言えば良かったわね。でも、勝手にそんなこと言ったら、ロック嫌がるだろうから」
「ところで、願掛けって、何? 知ってる?」
 セリスの問いに、ティナとレイチェルは顔を見合わせた。
「それ、は、ロックに聞いた方がいいと思うんだけど」
 ティーカップを置いたティナが困ったように呟く。
「だって、もうやめたって言ってたし、気になるんだもの」
 続きは後で、と言われたことが。
「んふふ~。そっか。やめたんだ~」
 レイチェルは満面の笑みで教えてくれた。
「ロックってば、セリスのリハビリが終わるまで手は出さないって願掛けしてたの」
「……えっ!?」
 セリスは顔を真っ赤にして俯いた。これって、みんな知っていたのだろうかと恥ずかしくなる。そういえば、エドガーも知っているっぽかった。
「健気でしょ~。でもやめたんだ。そっか~。じゃあ、次はセリスの番ね」
 レイチェルは意地悪いほどにそんな言い方をする。多分、疑われていた仕返しだろう。愛らしい仕返し。だが意味に気付かずセリスは問い返す。
「私の番?」
「そ。可愛い子供、産んでね」
「~~~~/////」
 セリスは言葉も出ずに、縮こまるしかなかった

 

†  †  †

 

 後日、モブリズへ来たセッツァーは、落ち着いた口調でレイチェルに子供ができたと言われたじろいだ。
「マジ、か……」
 呆然と問い返す。
「うん。言わないでおこうかと思ったけど、一応、ね。私は産むつもり。それだけ言いたかったの」
 レイチェルは余りにあっさりとしている。それだけ言い終えると、すたすた去ろうとしたのだ。
「って、待てよ」
 肩を掴んで振り向かせると、セッツァーは言いにくそうにした。
「俺は遊びだったつもりはねえ。お前は……大してどうでもいいのか?」
「いいえ。でも、そうね、なんとなく。あなたは縛れない気がして……ああ、これじゃあセリスと同じだわ」
 自分で言ってレイチェルは小さく笑った。
「興味がないだろうあなたの反応を確かめるのが恐いのよ。だから、なんでもないフリをしただけだわ」
「……俺はそんなに不誠実に見えるか? ……ロックと比べるなよ」
「比べてないわ。でももしロック相手だったら、セリスのように責任感で……って考えてしまったかもしれないしね」
「俺みたいな男の方が、いざって時の説得力はあるってことか?」
「さあ……?」
 レイチェルは悪戯っぽく笑う。
「俺は飛空艇で飛び回り続けるだろう。それでもいいなら、結婚するか?」
 セッツァーの言葉は余りにさりげない。だけど視線は真っ直ぐレイチェルを向いていた。
「あなたが、空にいる間も、少しでも私を想ってくれるのならば」
 はにかんだレイチェルは、目尻に涙を浮かべる。
「泣くな、馬鹿。いつでも、考えてる」
 いつものニヒルな笑みを浮かべたセッツァーは、我が子を身ごもる恋人を抱きしめた。出来るだけ柔らかく、子供を(おもんばか)って。
「いつか、私達の子供とロック達の子供が恋に落ちたりする日がくるのかしら」
 何気ないレイチェルの呟きに、
「冗談じゃない。女だったら嫁にはやらん」
 セッツァーは渋い顔で、そんなことを呟いた。

 

・ fin ・

 

■あとがき■

 6のあとがきにも書きましたが、ラストは余りに長く、二つにわけて同時アップにしました。なんとなく……以前は気にしてなかったんですけどね。気になるようになってしまったので
 5のあとがきに書いていたんですが、セリスの足が完治するのを待ってのラストはやめました。いつものパターンになるから。
 これをもって、完結となりました。長いおつきあいありがとうございます。
 ラストはかなり気に入った出来になりました。勝手に「もしもレイチェルが生き返ったら」設定にしてしまったものではありますが、葡萄さんに捧げたいと思います。どうかもらってやってくださいね。
 レイチェルの子の父親が誰かは迷いました。名も知らぬ行商人も考えたけど、面白いからセッツァーです。え? 面白くない。セツレイ……新しいジャンルだ……なんてね。リクでも来ない限り書く予定はありませんので、あしからず。 (2.8)
 文章補正を行いました。 (06.11.20)

【この頁で使用させて頂いた素材サイト様】 ClipArt:Heaven's Garden

Original Characters

ラディエル 太古に崇められた『創造と希望の女神』
ルッキー モブリズの村で育てられているチョコボ
チャーリー ニケア出身。ED後、モブリズに住む薬師。子供が出来ない夫婦で孤児院の世話を手伝っている。(他の登場小説「ReTry」「誓い」「MATERNITY PINK」)
スヴェラ

ニケア出身。ED後、モブリズに住む看護婦。チャーリーの妻。

(他の登場小説「ReTry」「誓い」「MATERNITY PINK」)