Passion



Prologue~アランの剣~

「戦意のないものは相手にするな! 目指すは王城のみ!」
 鎖帷子を纏ったチョコボの上で、白銀の鎧を着けた女性が剣を振り上げて叫んだ。天へ突き上げられた刃は薄く白い霞を纏っている──アイスブランドだ。
 鎧の左胸には薄青の薔薇が彫刻されていることがら彼女が帝国軍氷薔薇団の者であり、兜に着いた房が真っ青であることからその氷薔薇団を率いる立場であることがわかる。
「我らが常勝将軍へ続くぞ!」
 彼女の隣にチョコボを並べる男が声を上げた。それにあわせ、背後に続く五百近い兵士達が各々の武器を片手に怒号を上げる。
「突撃!」
 常勝将軍・氷の戦姫と呼ばれる女性 セリス・シェール将軍の声に、帝国軍氷薔薇団は一気にマランダへ雪崩れ込んだ。
 失われたはずの魔法すら自在に操る彼女は、若干17歳だった。


「あぁ─────────」
 マランダ攻略を成し遂げた後、吉報を携えているはずのセリス将軍は浮かない顔で夜空を見上げていた。
「どうしました?」
 野営地に建てられたコテージから出てきた男──副将アラン・フェンダスに声を掛けられ、セリス将軍は一瞬整った眉宇を歪めたが、すぐに口元を綻ばせた───わかりずらいほどに乏しい表情の変化だが。
「お前か。何でもないんだ」
 静かな口調だが、他の者には決して見せない優しい瞳でセリス将軍は頭を振った。肩まで伸ばしているけぶるようなくすんだブロンドの髪をかきあげたアランは26歳でセリス将軍の剣の師でもある──若くしてレオ将軍に続く腕前と言われるほどの強さだった。
「俺には嘘を言わないという約束では?」
 少しだけ砕けた口調で──普段は将軍と副将という態度を決して崩さない──アランはセリス将軍に近付いた。
「……あなたにそう言われると、口に出してしまいたくなる」
 小声で呟くセリス将軍の表情は年齢相応の可愛らしいものだ。
「ということは、やはり言うつもりはないと?」
 呆れたような表情のアランだが、慈しむような色を浮かべる濃紺の瞳は優しさに溢れている。
 その瞳に誘われるように、ついもらしてしまった。
「───私の、私達のしていることは正しいのだろうか?」
 自信なくもらした言葉に、アランは一瞬言葉を詰まらせる。
「君は───」
「いや、なんでもない。忘れてくれ」
 アランの言葉を遮ったセリス将軍は彼を置いてコテージへと戻った。
「この戦いから君を救い出す力を、俺は持っていない……」
 唇を噛みしめたアランの独白は誰も聞かれることなく木々の間へ吸いこまれていった。

 

†  †  †

 

 サウスフィガロへ到着したセリス将軍は、とある貴族の手引きにより無駄な血を流すことなく制圧に成功した。
 そのままリターナー本部を襲撃する予定だったが、遅れてやって来たケフカの部下ゼィロがもたらした情報に我を失った。
「アランが処刑だと!?」
 目をむいて問い正すセリスに、ケフカの部下は慇懃な笑みで、
「ええ。奴は我々を裏切ろうとした」
 セリスの反応を楽しむかのような挑発的な口調で答える。
「嘘だ……」
 いつもの鉄面皮はどこへいったのか、セリスは顔色を無くし拳を握り締めて呟く。
「アランが裏切るなんて、そんなこと有り得ない」
「くっ、よく言う。おい!」
 ゼィロは顎をしゃくった。すると背後に控えていた兵士が素早くセリスの腕を掴んだ。
「何の真似だ!?」
「アラン・フェンダスは魔導研究所から逃げ出した子供を匿っていた。聞けばあなたの指示だとか」
「何を言って……。大体、そんなことぐらいで死刑だと!?」
 自分はそんなことを指示した覚えはないし、例え事実でもアランがそれを口にするはずがない。
 なるべく犠牲を出さずに戦を行うというレオの方針に従うセリスを疎んじるケフカの陰謀としか思えなかった。ならばどんなに否定して弁明しようと無駄だろう。相手は聞くつもりがない。
「そんなことぐらい、とは……。皇帝はその事実をとても重くみてます。そんな風に軽んじる考え方からして、既に罪ですよ。まったく、あなたのように優秀な魔導戦士が生まれるのを邪魔する必要がどこにあったんですか?」
 取って付けたような嫌味を並べにやにや笑うゼィロにカッとなったセリスは、
「ケフカのような愚かな魔術師が生まれるのなら邪魔するべきだな」
 否定することも忘れ嫌味を口にした。
「ふん!」
 目を細めたゼィロの蹴りがセリスの腹に命中し、
「ぐっ……」
 胃が競り上げるような痛みと不快感に蹲りそうになるが、両腕を取られているためそれも適わず軽く膝が折れただけだった。


(あの人が殺されてしまった……私の他愛ない一言のため……?)
 処刑の日までは殺さぬようにという拷問の合間に、セリスは虚ろな意識で思い出していた。
「孤児の実験体は、ほとんどが死んでしまう。生き残っても正気を失い殺されてしまう……。
 余りに非人道的すぎないのかと、疑問に思う時がある。
 偶然、生き延びることができた自分はとても幸福なのだろうけれど、それはきっと本当に偶然に過ぎない。
 私の幸福を当たり前と思い、孤児が犠牲になることを当たり前と思うことはできない───」
 かつて自分がもらした言葉を思い出す。
 セリスにとって、アランは唯一の人だった。理解者としてはレオ将軍や魔導研究所のシド博士もいたが、本音を漏らせるのはアランだけだったのだ。セリスにとって全てとも言える人だった。
 過酷な訓練も、非道な戦いも、彼がいたからやってきた。ゼィロに抵抗しなかったのは、アランがいない世界で生きていく意味などなかったからだ。
(アラン…………会いたい…………)
 彼を帝国に置いてくるんじゃなかった───ひどく後悔が込み上げる。皇帝直々の指名による別任務があるという話だったが、それからして嘘だったのかもしれない。
(処刑されれば、あなたに、会える……?)

 絶望の淵にいたセリスの前に現れたのは、アランとよく似た目をした男だった。
「アラ……ン……?」
 虚ろな意識の中で漏らした問いかけは音にならない。
 驚いて急に目の前が明るくなる。焦点が合うと、目の前にいるのは似て異なる別人だった。アランの方が線が細く少し背が高かった。珍しい濃紺の瞳はアランと同じ色を湛え、力強い眼差しをしている。だが瞳は似ていても顔立ちそのものは似ているとは言えない。年上に見られがちだったアランに対し、目の前の男は童顔だ。
 反帝国組織リターナーの一員だという男はロック・コールと名乗った。
 絶望していたセリスが彼について行く気になったのは、別人であってもアランと同じ瞳をした男を信じてみたいと思ったからに他ならない。
 ロックが直情的で表情豊かなのに対し、アランは副将という立場からか──セリスがそうだったように──余り面だって感情を表すことをしなかったが、その実内に渦巻く情は猛々しく無茶をした時は怒鳴られたりもした。

「何故、帝国を裏切ったんだ?」
 行く宛もなく、アランの復讐と想いリターナーに参加するつもりでロックへついてナルシェへ向かうことにした。その途中、今さらといった問いを投げかけられ、セリスは咄嗟に答えられない。
 北へ進むほど冷たくなる空気は肌に痛い。増えてくる針葉樹林の景色も殊更寒さを感じさせた。
「いや、聞きたかったんだけどさ、なんか聞きにくくて」
 悪びれずはにかむロックに、セリスはため息を飲み込む。隠す必要はないが、全て残らず打ち明けることに抵抗があった──女らしくない将軍なんてものをやっていた自分に恋人がいたなどと笑われると思ったのだ。
 帝国軍では公然の秘密となっていたが、背が高く丸みのない彼女の体型などのせいでアランが色々と言われていたらしいことは知っている。
「陥れられたのよ。ケフカにね……多分」
「陥れられた? なんで? お前を失うことは帝国にとって得策か?」
「加速していく嗜虐的戦争に疑問を感じていたの。ケフカって変なことに聡いから、気付いたのかもしれないけど、結局よくわからないわ」
 苦い笑みを浮かべて呟き、我ながら言い訳がましく曖昧だと思い、結局アランのことも話すことにした。疑われることだけは嫌だと切に思ったから。
「初めから話すと、私の副将だったアラン・フェンダスが処刑されたって……言われて……」
 サウスフィガロを逃げ出してきてから考えないようにしていたのに、思い出してしまい不意に涙がこぼれた。
「セッ、セリス?」
 突如、涙を落としたセリスに、ロックは狼狽える。彼女が噂より余程女らしいことは既に気付いていたが、それでも同じ年頃の少女達と比べると感情表現に乏しかったからだ。
「……アランは……私の恋人だった」
「!!」
「人造魔導士研究のために犠牲になる孤児を匿ったらしくて……ケフカにその場で殺されたそうよ」
 時々、大人びて翳りを帯びる瞳の理由がわかり、ロックは複雑な表情を浮かべる。
「……信じられないの……」
 嗚咽混じりに漏らす言葉は痛々しい。ロックは彼女の頭をぽんぽんと叩く。かける言葉は見つからなかった──言葉の慰めなど彼女は欲していないだろう。
「彼が死んだなんて……どうして!?」
 悲痛な叫びから、ロックは目を逸らせない。かつての自分を見ているような気がしてくるのだ。
「優しい人だったの。あんな国に生まれなければ、人を殺したりしなくて生きずに済んだの。殺される必要もなかった……。あの人がいたから、辛くても苦しくても頑張ってきたのに…………」
 アランが死んだことを知ってから、セリスが泣いたのは初めてだ。ずっと実感できなくて、まさかゼィロ達の前でなど泣けるわけもなく、でも今は込み上げる激情を飲み下せなかった。
 ロックの見知らぬ男を想ってむせぶ彼女は、切ないほどに美しかった。胃の下辺りがむずむずして腑に落ちない感情が沸き上がる。不可解な感情に軽い苛立ちを覚えながらも、自分で気付かないフリをする。
「泣いていいよ」
 兄貴役にでも徹しようと割り切って、彼女の肩を抱き寄せた。
 感情が高ぶっていた彼女は何も考えず、先程よりも激しく泣き出した。堪えていた悲しみが溢れて止まらないと、叫んでいるようだった。

 

†  †  †

 

 ティナを目覚めさせる手掛かりを求め、魔導研究所へ乗り込んだセリス達だが、またしてもケフカの陰謀によりセリスは陥れられることとなった。
 惹かれ始めていたロックに信じてもらえず、一人、帝国に残ることとなったセリスだが、さすがに全くの咎め無しであるはずもなく自室で謹慎させられていた。
(戻ってきてどうだというんだろう? どうするというんだろう? 私はこれ以上、帝国の人間として戦いたくなどないのに……)
 思い悩むセリスを訪ねてきてくれたのは、父にも等しいシド博士だった。
「やぁ。わしも謹慎させられていてね。彼等を逃がすのを手伝ってしまったから仕方ないな。脅されたと勝手に思ってくれたようだから謹慎で済んだがね」
「……そう、無事に逃げたのならよかった」
 感情のこもらない声で呟くセリスに近付いたシドは、彼女の肩を叩き後ろ手に持っていた物を差し出した。
「気を落としてはいけない。アランもきっと悲しむ」
 そう言ったシド博士が持っていたのは、アランの愛剣“エンド・オブ・ハート”だった。代々騎士であるという彼の家に受け継がれる特注品らしい。
「彼の遺品だよ。この剣は魔大戦より前に作られたと言われており、魔法の力がかかっている。研究に欲しいと言って是非にと譲ってもらったんだ。彼以外の者は使えないお陰ですんなり貰うことができた。これは、君に渡したかったんだよ」
 エンド・オブ・ハートを受け取ると、セリスは鞘から剣を抜きはなった。
 澄んだ白銀の刀身が現れる。この剣にかけられた魔法は、刀身自身の強化だ。耐魔法・耐物理攻撃どちらに対しても刃こぼれ一つしない。その刀身強化により殺傷力がかなり上がっている。ただ、フェンダル家の者以外が使用することは不可能だ。契約により他人が使おうとしてもひどく重く感じる魔法が掛かっているのだとアランが教えてくれた。だから、セリスが使うことはできないけれど……。
「ああ……本当に、本当に死んでしまったのね」
 部屋に閉じこめられ──扉の向こうには監視がいる──必要最低限のこと以外人に会わない状態で、誰かに聞くことなどできなかった。アランが本当に殺されたのか、確かめようがなかった。
「ケフカの魔法の直撃を受けたらしい。遺体は川に捨てたと聞いたが……ケフカは本当にむごい」
「川!? お墓すらないの?」
「……悲しいことだがな。だからせめてと思い剣を手に入れたんだよ」
「シド博士───ありがとう」
 セリスは目の端に涙を溜めて俯く。帝国に戻ってきていいことなどあるはずがないと思っていたけれど───。
「わしこそ今まで何もしてやれなかった。リターナーの彼等を見ていて、勇気づけられたよ」
 それを言われた途端、セリスの表情が曇った。鞘に納めたエンド・オブ・ハートを抱きしめて必死に何かを守ろうとするように見える。
「…………そ、う……」
「アランはお前さんのことをとても気にしていた。心を削って戦へ赴くお前さんを助けたいと願っていた……。しかしできるはずもないと嘆いていたよ。そして、研究所を逃げ出した子供を拾ったらしい。わしもそれは聞いていた。手助けと言うほどのことはできなかったが、服を調達したりしてあげたよ。実験体として死ぬか、生き残ってもお前さんのように心を殺す魔導戦士としての道しかないだろうと思うと、引き渡すことなどできなかったんだろうな」
「アラン…………」
 いつでも自分を優しく見つめ続けてくれた人を想い出し、たまらなく胸が苦しくなる。ロックに惹かれていると言っても、アランを忘れたわけでは決してないのだ。ロックがレイチェルを忘れていないように───。
「わしはこれから皇帝のところに進言に行く。これ以上、戦を広げることを止められる可能性があるのなら、わしの命など惜しくもない」
 決意に満ちたシド博士の表情に、セリスは悲鳴に似たか細い声を上げる。
「シド博士!」
「わしは多くの命を犠牲にしてしまった。償いたい───その気持ちは、お前さんにもわかってもらえるんではないかの?」
「……でも……博士…………」
「大丈夫。無理はしないよ。わしはそろそろ行かねばならん。ここの見張りの兵士に金を握らせて少しばかり時間をもらっただけだからな。希望はいつも消えることはないんだよ。考え方一つで変わるものだから」
 励ましの言葉を残して去って行ったシド博士に、残されたセリスはアランの形見を抱えたままベッドに腰を下ろした。
 消えることのない希望? そんなものは詭弁でしかないような気がする。考え方次第で何らかの希望を見出すことは可能かもしれないが、それは今のセリスに救いとはならない───

 

■あとがき■

 16161hitアオゥルさんのキリリク☆ 「○○に嫉妬するロック(○○→セリスの持つ武器だとか、セリスの愛用品だとか、 セリスの同僚(?)だとか…。)」のためのお話です。4月にはお届けできるかもみたいなことを書いて、3ヶ月も遅れてしまったことを深くお詫び申し上げます。執筆ペースが落ち、週2アップから週1アップになってしまったせいです。申し訳ありませんでした。
 嫉妬は5000hit「prisoner」でも書いたんですが、今回は違う感じでいきます。リクを受けた時からずっと大まかなあらすじは決めていて、温めてました(結構好きな感じのネタなんで早く書きたかった~w)。セリスに兄登場!とかにしようかとも思ったんだけどさ、そういうネタを考えたこともあるし、でも前も挫折してやっぱり大変なので却下しました。今回、○○に入れさせて頂いたのは「武器」ですが、その武器は……という感じにしたかったの。愛用品でもあり、同僚(どころか恋人)の形見でもある、と。「prisoner」とは違うパターンでしょう?
 いつも悩むのは、「セリスが帝国を裏切った理由」です。今回も最初は「アランが死んだことによってどうでもよくなって□□してしまう」みたいなのにするつもりだったんです。だけどなんとなく話の流れ上こうなってしまいました;;
 題名は「激情」って意味でつけました。最初は「feeling」だったんすけど「感情」って意味にしては弱いかなぁと思ってね~。
 1話目はリクとは無関係なように見える序章みたいなものです(っていうか、序章って珍しいよね、私の二次創作で。序章作ると長くなるの前提みたいだから、今までやらなかったんですけど;;)。嫉妬するための状況説明かなぁ。1話目のみセリス視点ですね。あとは嫉妬するロックなのでロック視点になります。三人称だから明確に区分けする必要性があるわけじゃあないんですけどね。
 嫉妬の対象となる剣の名。悩みました。FFⅥで出てくる剣にしちゃうとセリスが使わなきゃならないし、量産品にはしたくないし、最後まで使える強さを誇るっつーと、“エクスカリバー”とか? っていうか、そんなのが魔導研究所終わった時点から持ってたら強すぎっしょ? とか……色々悩みがつきなかった。結局、また(「誓い」の時もそう)Ⅹの攻略本から素敵な剣の名を頂いて参りました。強さは気になさらず。
 ちなみに珍しくも、今回のBGMはFFⅥのサントラでしたw 今回も長い駄文アトガキをお読み頂いた方々、ありがとうございます。 (04.07.19)

1.終わることのない追悼

 死んだ人間は美化されるから、残された者も想いはより強くなる───
 俺だって身を持って実感させられたことだ。彼女も俺も、恋人を失った傷を負っているという点で共通している。が、決して傷を舐め合うような関係ではない。
 過去に関係なく互いに惹かれ合ったんだと、俺は信じている。過去を乗り越え、今は互いだけを見つめていると信じている───そうであってほしいという願いに過ぎないとしても。
 俺が彼女を想うように、彼女も俺を想っていてくれると信じたい。
 俺にとって死んだ恋人レイチェルがいい想い出となっているように、彼女にとって死んだ恋人アランがいい想い出となっていてくれるよう───

 

†  †  †

 

 ケフカを倒してから半年。復興が始まった世界を、俺とセリスは二人で旅していた。
「一緒に行こう」という俺の誘いに快い承諾をくれた彼女。今では恋人同士だ……と思う。何故そんな弱気なのかといえば、気がかりなことがあるからだ。
 彼女が常に肌身離さず持ち歩いている剣“エンド・オブ・ハート”のことだった。誰にも使えない封印の施された剣は、彼女のかつての恋人が残したという形見。
 契約者の一族でないと使えないという剣は彼女にとっては何の役にも立たない荷物に過ぎない。それでも彼女は毎日丁寧に磨いている。
 死んだ相手は二度と会えない。何もしてあげられないし、何もしてもらえない。それを考えれば、形見がどれほど大事なものかは俺にもよくわかっている───俺の金の輪をしたピアスに通っている黒い石・オニキスもレイチェルの形見だ。
 しかし、毎日毎日、想いを馳せるかのように澄んだ刀身を見つめ磨くっつーのはどうなんだ? そう感じてしまう俺の心が狭いのか? やもすれば恋人だなんて思ってるのは俺だけかもしれない。そんな気さえしてくる。
「好きだ」そう告げるのもいつも俺だ。彼女がそういった言葉をくれたことがあっただろうか……生憎、記憶にない。
 考えれば考えるほどに沈んでしまい、俺は自分でも気付かぬうちに深いため息をついた。
「どうかした?」
 ベッドに腰掛け剣の手入れをしていたセリスが顔をこちらに向ける。それで俺は、初めて自分がため息をついたことに気付いた。
「いや……なんでもない」
 俺は苦笑いで頭を振った。彼女が今、手にしている剣のせいだとは言えない。
 当たり前のことだが、徒歩の旅に余計な荷物を持ち歩くべきではない。ましてや嵩張り重量のあるものだ。が、俺には言えないでいた。
 彼女とて分かっているのだろうが、それでも大事にしているという事実が余計に言えなくさせる。彼女の過去まで否定することにも繋がりかねない。
 これでも一度だけ、旅立つ時には進言してみたのだ。「フィガロで暮らすことになったシド博士に預けたらどうか」と。
 しかし彼女は「でも……」と困惑し、強い態度での拒否こそしなかったものの決して許諾しようともしなかった。
「重くて旅の邪魔だろう?」
 俺が尋ねると、彼女ははにかんでこう答えたんだ。
「私にとっては御守りなの。アランが、私を見守って大丈夫だって励まし続けてくれている気がするの」
 その時の至福そうな表情といったら───思い出してまた腹が立ってきた。
 何故、俺にここまで余裕がないのかといえば、半年も共に旅をしていながら口づけ以上の行為に及んでいないからだ。
 理由は至極簡単。彼女の気持ちが掴みきれないからだった。
 恋人同士だと思ってはいても、彼女との間には微妙に壁があるような気がする。剣を磨く彼女を見る度、その壁が立ちはだかって思えるのだ───被害妄想かもしれないとも思うけどな。
 単なる嫉妬であり、杞憂で終わるのならばそれでいい。だけど、もし拒否されたら……それを想像すると、迫ることすらできない状態だ。本当に情けない───セッツァーやエドガーには絶対見せたくない姿だ。
 俺はぼうっと剣を磨くセリスを眺めた。
 氷色の眼差しで、曇ることがないのではないかと思われる不思議な素材の刀身を見つめている。想いを馳せるかのような遠い目は、何を映しているのだろう?
 絹糸のような金の髪が彼女の白い肌に数本かかっている。一見物憂げな表情に感じるは、長い睫毛が伏し目がちに見せているせいだけではあるまい。
 憂いを含んで見る横顔に、俺は近付けない。彼女を遠く感じるだけだ。
「俺といても満たされないか?」
 そう尋ねてしまいたくなる。だがそんなこと聞けるわけがない。プライド云々も多少はあるが、彼女に対して失礼な気もする。
 やっと、じいっと見つめている俺の視線に気付いた彼女は、困ったようにはにかんで首を傾げた。
「なあに? どうしたのよ」
「いや、お前に見とれてただけ」
 半分は本当のことを告げると、彼女は心持ち頬を朱に染めた。可愛らしい反応。だが、俺はいまいち素直に喜べない。
「や、やだ、何言って……」
 照れた彼女は本当に初々しく年相応の表情を見せる。あの男の、アランの前でもこうだったのだろうかとアホなことを考えてしまう俺がいなければ、問題ないのだが。
「本当のことだよ。お前は綺麗だ。あいつも、そう言ってただろ?」
 下らない嫉妬を抱えているせいで、余計な言葉が口から出ていた。
「あいつ……?」
 セリスには誰のことだかわからなかったようだ。当然だろう。こんな会話に今さら蒸し返されるとは思うまい。
 誤魔化すという選択肢もあったが、未だガキな俺は嫌味ったらしく言ってしまった。
「その剣を残した、アランとか言う奴だよ」
 正直、アランのことを俺から尋ねることはなかった。話題にするのは極力避けてきたし、彼女からも話そうとはしなかった。出会ってすぐの頃には多少聞いた気がするが、それも2年以上前のことだ。
「ア、アラン? 彼は、口数が少ない人で……色々なことを言葉で示す人じゃなかったから……」
 恥じらうその姿はひどく愛らしすぎて、逆に癪に障った。
(じゃあ、どんな態度で示したっていうんだ!?)
 思わず詰め寄りたくなっちまう。そこまで大人げないことはできないと、辛うじて自分を押さえるが、かなり参っている気がする。
「言わなくても思ってたに決まってるさ」
 余裕を装って励ますように言う自分が、我ながら愚かに思える。
「どんな奴だったんだ?」
 挙げ句、何故、聞かなくていいことを聞いてしまうんだろう? だが聞きたくないのと同じぐらい、知りたいと思っている。彼女が話す姿を見ていれば、未だどんな気持ちを抱いているかもわかるだろう───そんなことを思ったのはどうやら甘かったらしいが。
「えっ? そうね……物静かで穏やかな人だったわ。知的で、どちらかというと文官向きだったんじゃないかしら? 帝国でも一、二を争う剣技の持ち主だったけどね。
 でも、普段は温厚だけど怒ると恐いのよ。おっとりしているように見えるから余計かな。意外に激情家だったのね。面に出さないようにしてただけかもしれないわ。ひたすらに優しい人だった……」
 懐かしむような彼女の視線は、当然と言えば当然だが俺にとって決して心地よいものじゃあなかった。
「欠点なんかねーみてーな奴だな」
 俺はため息を飲み込んで感想を告げた。そういえば昔、聞いた時にも同じ感想をもらしたような気がする。「俺とは大違いだ」そう思ったんだ。
「……そうね」
 “エンド・オブ・ハート”を磨き終えたセリスは、それを丁寧にしまいながら肩をすくめて苦笑いをした。
「でも、シド博士から聞いた話だけど、『無力だ』って悩んでたらしいの。迷いなんてないだろう強い人だって思い込んでたから……ちょっとショックだった。私、彼のこと何もわかってなくって、私こそ力になるべきだったのに頼ってばっかりだったんだって……。
 完璧な人なんて、存在しないよね。だから人は一人じゃ生きていけない」
 彼女の至極真っ当な意見に、俺はさもわかったかのように頷きながら、別のことを考えていた。
(やっぱ、引きずってるわけじゃねーのか?)
 アランのことが忘れられず、乗り越えられず、想いを抱えているような口振りでは決してない。
「私の生きている全てだった。彼がいたから私は心を保てた……。そして……あなたに出会えた」
 思いも寄らぬ言葉で優しい微笑を向けられ、その笑顔の美しさに俺は言葉に詰まった。
 その一言で、たまらない幸せが込み上げ、同時に彼女の気持ちにまったく目を向けていなかった事実に気付き恥ずかしくなる。
「じゃあ、俺も感謝しなきゃなんねーな」
「え?」
「お前に出会えたから」
 俺の言葉に、彼女はまた照れて顔を赤くする。今度は先程よりも素直にそれを嬉しいと可愛いと感じた。
 浮かれた気持ちで立ち上がる俺は単純なんだろう。彼女の隣に腰掛けると、肩を抱き寄せた。
 かつてないいい雰囲気に浸りながら、俺は幸せを噛みしめる。何がって、こういうときを待っていたんだ。
 だけどこんなにいい雰囲気なのに、セリスは水を差すようなことを口にする。
「もしかしたら、どこかで生きていてくれるような気がするの。以前はそんな風に思う余裕なんてなかったけど、本当にそう思うのよ」
「………………」
 会いたいと思っているということなのか。尋ねることはできない。
「愚かだと思う? 死んだのが信じられないわけじゃなくって、何故か不思議とそんな気がするの。それでいつか再会できるんじゃないかって」
 だが、そこまで言われるとさすがに俺は尋ねていた。
「会いたいのか?」
「……え?」
 そんなことを尋ねられるとは思わなかったのだろう。セリスはキョトンと不思議そうな表情を浮かべている。
 そしてしばらく考え込むような仕草をし、
「そうね……。謝りたいと思ってるから……。守られているばかりで、何もできなかったと……」
 謝りたい、本当にそれだけなのか? 俺のなかでそんな疑問が沸き上がってしまう。きっと、俺がレイチェルを死なせてしまったことに対する後悔を抱ええていたのと同じなのだろう。俺の場合は彼女の魂と直接話すことができたけれど。
「いつか、会えるといいな」
 彼女の悔恨が消えるようにという純粋な願いのみで俺はそう口にした。
「ええ……いいえ。実際は、本当に再会してしまったら恐いわ」
 妙に含んだ内容に聞こえる言葉を呟いた彼女に、俺はどきりとする。何故、何が恐いというのか。
「何が恐い?」
 強がった俺が優しく尋ねると、彼女は小さく笑みをこぼした。
「何が恐いのかしらね。自分でも、よくわからないわ」
(俺の方が、恐れているよ───お前を失うことになりはしなかと)
 心の呟きは声に出すことができないもので、俺は余裕があるフリをすることしかできなかった。

 

†  †  †

 

「会いたかったわ───」
 大粒の涙を堪え呟いたセリスの目の前にいたのは、俺と同じぐらいの年の男だった。優男風だが俺より背が高い。同性の俺から見ても整った顔立ちをしている。
「俺もだ」
 男は切なそうな表情で答えた。
 離ればなれになっていた恋人同士の再会───それ以外のナニモノでもない場面。
(ちょっとまてって……)
 俺は声一つ出せずに立ち尽くす。まるでオペラのワンシーンを眺めているかのような、疎外感。それでありながら、胸は締め付けられるように痛んでいる。
 男──奴があのアランだろう──が、片手を伸ばしセリスの頬に触れた。彼女は自ら望むように頬を擦り寄せる。
(嘘だ──────)
 否定したくても、実際に目の前で起こっていることから目を背けることはできない。千切れそうな胸の痛みと同時に、喪失感は既に存在していたんだと気付く。予想できたことだと。わかっていたことだと───。
「きっと、生きていてくれるって、信じてたの」
 聞いたことのないほどに甘いセリスの声。俺じゃない、他の男に向けて放たれた甘い声。全くの無警戒に全てを委ねるような仕草。請うような瞳。全てが俺の知っているセリスとは別人に思えた。
 俺が見たことのないほどになまめかしく、今までのどんな時よりも女らしく見えて……たまらなく逃げ出したかった。なのに足はすくんで動かない。俺は中途半端に小心者で臆病者らしい。いっそのこと逃げ出せれば楽なのに指先一つ動かせず、ただ見ているだけしかできないんだ。
「生き延びたと聞いた君に再会するために、これまで生きてきた」
 想いを告げたアランが、セリスをきつく抱きしめた。
(あぁ…………)
 俺はそれでも動けなかった。金縛りにあったかのように、全てに取り残されたような感覚だけに支配される。
(何故?)
 そんな想いだけが、俺の中で繰り返される。何故? 理由なんて明らかだ。最初からセリスはあの男のものだった。それ以外になにがある?
 卑屈な考えが浮かぶのも、眼前の光景を目にすれば当然だろう。恋人だと思っている女が昔の男と抱擁している姿を見て楽観的になれるのは、究極に現実逃避している奴だけだ。
 大体、セリスは俺の気持ちを知っているはずだ。俺がこの光景を眺めている事実をどう思っているのだろう───俺の存在すら忘れきっているに違いない。
 身体の硬直ばかりがひどく気に障るのに対し、心が麻痺し始めていた。
 長身のセリスとも釣り合うアランが彼女の顎に指をかけたのを見ていても、俺は「猫が鳴いた」程度の認識で眺めていただけだった。
 すらりとした二つの影が重なっても、俺は漠然とした虚しさに押し潰されそうになっているだけだった。
 この現実味のない違和感───?

「!!!」
 気付くと俺は、ベッドの上で魘されていた。
「夢……?」
 顔を歪めて身体を起こすと、薄暗い部屋の中、隣のベッドではセリスが穏やかな寝息を立てている。
「夢、か……」
 しかし今のが現実ではなかったと分かっても、ホッとすることはできなかった。
 今日、彼女に「出会えて良かった」そう言ってもらったばかりだというのに、俺の潜在意識はまだ不安だと言うのか。
 それとも、何かの前兆か───
「ありえねぇ、よな」
 呟いたものの、自信はゼロだった。
 セリスが未だアランを好きでいる可能性は非情に高い。ただ相手があのケフカに処刑されたと言われており、再会できる可能性は低い。だから俺を選ぶしかないのだと、選択肢がないだけだとしたら……?
 考えれば考えるほど後ろ向きな思考になっていく。まだ悪夢の余韻から抜け切れていないのだろう。
 信じるということがどれだけ大事なことかよくわかっている。
 魔導研究所で彼女を信じ切れず傷付けてしまった。二度と疑ったりするまいと心に誓ったが───疑うも何も言葉すらもらっていない。彼女の何を信じればいいのかわからない。
 自分について来てくれたことを彼女の気持ちととってしまうのは、勝手な決めつけすぎる。確かに仲間ではあるのだ。共に旅をすることの承諾ぐらいなんてことはないとも取れる。
「はぁ……」
 片手で頭を抱えて深いため息をついた。薄暗い部屋の中が妙に重苦しく思える。
 今日、迫ればよかったと後悔していた。あの後、夕飯を食べに外に出たのが失敗で、酔っ払いの喧嘩に巻き込まれ、そういう雰囲気ではなくなってしまったのだ。
「くそっ。全部あのおっさん達のせいだ」
 他人の責任を押し付けでもしないと、やりきれない。
 いつか、アランと再会する。そんな予感は俺にもあるからだ。
「せめて、その前に……彼女の気持ちをしっかりと掴んでおかねーと……」
 切羽詰まって、俺はそう思った。

 

■あとがき■

 なんだか最近、更新が遅くて申し訳ありません。遅いなりに辛うじて週一だったんだけど、先週アップできませんでした。その分、今週は2本アップ……できるといいなぁ。とりあえず、この1本はアップです。精神的なもののせいか、なかなか筆が進みません。ただ無理しているわけではないので、心配しないでくださいね(皆様に心配おかけして、更に申し訳ない状態で;;)
 会ったこともない完璧とも思える男に振り回されるロック。ちょっと可哀想かしら? アランに関してはかなり希望入ってます。今までのキャラ(アルフとアレク)以上にね。完全な元カレですし、逃げたりしたわけでもありませんので、ロックが不安になるぐらいのいい男っつー設定ですからw
 しかし、物ににも人にも嫉妬っていう話にしたかったのに、結局、元カレに嫉妬してる話になってます;; 難しいですよね~。
 最後の夢の部分。少し『マシュマロ』とかぶるかな~と思ったんですが。ま、ロック視点ということでお許し下さい。 (04.08.07)

2.うつつの邂逅

 セリスの望み通りアルブルグを訪れた俺達は、その目を疑った。
 復興中であるとばかり思っていた大陸唯一の港町は荒れ放題で、瓦礫の塔が消える以前よりも治安が悪化していた。
 海の男達の町だったアルブルグは元々穏やかな気質とは言い難い人間が集まっていたが、それでも陽気な船乗りがほとんどだったというのに。
「一体、どうなっちまってんだ?」
 ロック達の仲間であったエドガーが王として君臨するフィガロは世界で最も被害が薄い国だ。だが、それでも決して裕福ではない。そのため支援が可能なのは北半球のみという状態だ。帝国に近い南半球の方が被害がひどいのだが、国単位の支援というのは半端な量ではなく、大半が砂漠に占められるフィガロは食物等の蓄えも多くはない。仕方がないことだった。
 「まるでゾゾのようだ」と俺は心中で呟いた。隣に立つセリスも不安そうな顔をしている───すれ違う男達がセリスに送る視線は俺にキレろと言わんばかりのものだ。
「こんなところにアランがいるのかしら?」
 ポツリと呟いたセリスを、俺は横目でちらりと見、ため息を飲み込む。
「夢で見たっつーのはどの辺りだったんだ?」
「水路沿いなんだけど、どの水路かは……」
 自信なさげにもらしたセリスの頭を俺は励ますように叩いた。
 アルブルグは2本の運河から伸びる水路が幾つも張り巡らされている。似たような景色だから夢がどの水路かなんてわかるはずもないだろう。
 とりあえず拠点にするための宿に入ったはいいものの、薄汚れたカウンターには無愛想すぎるおばさんが座っていた。じろりと睨まれ、
「泊まりかい?」
 低い声で尋ねられる。まるで脅されているかのようだ。
「ああ。空いてるか? なるべく綺麗な部屋がいい」
 俺の返事に、おばさんは俺達を足下から頭のてっぺんまで値踏みするように観察され、一言。
「……金は?」
「ある。ところで、いつの間にか治安が悪くなったな」
 「ついでにあんたの態度も客にするもんじゃねーな」これも声には出さず心の中で呟く。
「漁師達はね、働きたくたって船すらない。物は少なく船を直す材料の用意もままならない。食べ物もなくその日暮らせるかどうかもわからないとあっちゃね。魚がとれなきゃ交換するような品もないのさ。他の国も貧しくて貿易を再開するメドなんてたちゃしないしね」
 不機嫌そうに答えたおばさんは、眉根を寄せて付け加えた。
「綺麗な部屋なんてものはないよ。どれも同じ。最低限の掃除しかできないもんでね。嫌だったらやめておきな。他に泊まれる宿なんてありゃしないけど」
「いや、借りるよ。二人部屋。なけりゃ一人部屋二つ」
「うちには一人部屋しかないから二部屋だね。2階だよ。マルー! マルー! お客さんだよ! 案内おし!」
 おばさんの大声に、奥からリルムと同じぐらいの年の少女が出てきた。鍵を渡された少女は、
「はい。こちらです」
 脅えたように首をすくめ俺達を見て、小さな声で言うと歩き出した。
 階段を登り廊下の奥の並んだ部屋に案内された俺達は、礼を言って奥の部屋で話し合うことにした。
「なんだか誰も彼も感じ悪いな。ものを尋ねられるような相手にも見えねえし」
 アランに再会云々よりも、既にアルブルグ自体が嫌な感じだ。こんなところに長くセリスを居させたくない。
「そうね。でもこんなところで何かに巻き込まれたりしてたら……」
 セリスは自分の心配など露ほどもしていないのだろう。俺の気も知らず、アランのことを心配していやがる。
「じゃ、とりあえず今日は夕飯まで俺が聞き込みしてくるよ。お前は休んでろ」
 勝手に決めて立ち上がると、彼女も慌てて立ち上がった。
「でも手分けした方が早いわ」
「女一人で出歩くのはあぶねーよ。お前が強いのは知ってるけど、多勢に無勢って言葉もあるぐらいだしな。一人の方が身軽なんだ。それとも、俺がちゃんと聞き込まないとでも思ってるか? 信用できねーか?」
「そ、そんなわけないじゃない。そうじゃなくってなんでもロックにばっかり頼ったら悪いもの。私が望んだことなんだし……」
 食い下がるセリスだが、俺は頷くわけにはいかない。
「お前の気持ちもわかるし有り難いけど、俺が余計な心配しなきゃならなくなるから駄目。だから、大人しく待ってろよ? いいな?」
「…………でも……」
 セリスは納得いかないようだったが、押し問答していると日が暮れてしまう。
「いいな。鍵かけて待ってろよ。夕飯の時間には帰る」
 言い切って俺は部屋を出た。
 アルブルグにはリターナー時代の知り合いが暮らしている。秘宝を探している時にも少し世話になった。まだ元気でやってるだろう。
 宿を出た俺は、町の西にある道具屋へ向かった。町並みから外れた偏屈爺の営む雑貨屋は情報屋も兼ねている。
 到着して俺は「げっ」と呟いてしまった。崩れそうな雑貨屋は鎧戸が閉められ“休業中”と大きく書かれた紙が貼られている。
「オーシンの野郎はいねーのか?」
 首を傾げながら裏へ回り裏口をノックした。
「オーシン! 俺だ! おい! いねーのか!?」
 ノックというよりはがんがんと扉を叩く。しばらくすると、
「うるせぇ!!!」
 怒鳴り声が響き大きな音と共に扉が震えた。多分、何かしらを扉に投げ付けたのだろう。
「やっぱ、いるんじゃねーか。オーシン! 俺だ! リターナーのロックだよ!」
「あぁ?」
 不機嫌そうな声は酔っぱらっているのかもしれない。酒に弱かったはずだが……。
「ロックぅ? 一体こんなご時世になんのようだ……」
 ぶつぶつという呟きを伴い扉が開いた。酒気混じりの濁った空気が鼻につき、俺は一瞬顔をしかめる。
「よぉ。オーシン。久しぶりだな」
「久しぶりじゃねーよ。ったく。そういや秘宝はどうしたんだ? あれから連絡もよこさねーで。一年以上音沙汰なしだったじゃねーか」
 赤ら顔で酔っぱらっているようにも見えるが、どうやら思ってたよりはマシらしい。
「まあな。色々あってよ。秘宝のことはもういいんだ。ところで町の様子見たけど、ひどいな。ちょっと人捜しに来たんだが、俺だけの力じゃ難しそうだからさ。あんたを頼らせていただこうかと思ったんだが……」
「ふん。仕方ねぇな。お前には借りがたくさんあっからよ。とりあえず、どんな奴を捜してんだか聞こうじゃねーか。中に入れよ」
「……だな」
 放置された商品がなんとなくかび臭い感じで嫌だったのだが仕方ない。俺は素直にオーシンの家にお邪魔することにした。

 

†  †  †

 

 オーシンからの情報で、アランらしき人物の居場所が判明した。
 世界崩壊後、町を牛耳るようになったドルス・スムという男に捕らえられた旅人がいるらしい。旅人はアルブルグの現状も知らず、横暴なドルス・スムの配下に絡まれていた女性を助けようとして乱闘になり、背後から殴られて根城に連れ込まれ痛めつけられているという。それがつい今朝のことだというから驚きだ。
 それをセリスになんて説明するか──それが一番の悩み所となった。もし捕らえられているらしいと言えば、すぐにでも助けに行こうと言うだろう。
 ドルス・スムは暴力に訴え、アルブルグでの商売全てから税金をとっているらしい。王族が殺され支配階級の者達がいなくなったのをいいことに、民主制でなく勝手に王と宣言し君臨したといのだから呆れたものだ──ケフカと変わらないではないか。
 瓦礫の塔近くにあった町は、絶望に包まれていた。そのため人々は生気もないままドルス・スムに税金を支払っても何とも思わなかったらしい。だが、瓦礫の塔がなくなった今は違う。他の街も活気づいてきて以前より旅人も多くなり自由と希望への芽が出始めているものの、人々はそれを外に出せないでいるらしい。
(なんとかしてやりたいけどな……)
 俺は自分でも思うぐらいお節介なところがある。困っている奴がいると放っちゃおけないし正義感も強いんだろう。
 だけど、最近思う。できることとできないことがあって、何でも「やればできる」と決めつけたところで、思いも寄らぬ犠牲を生む可能性もある。正しいこと全てが罷り通るわけじゃない。
(うまい方法が考えつくほど、俺の頭が優秀なわけでもねーしな)
 男はドルス・スムが根城にしている酒場ラキメデスの裏に、拷問の末放置されているという話だ。
 鳥使いと呼ばれるオーシンは、飼っているツバメ(奴曰く友達)のフェイと意志疎通ができるらしく、そのフェイによる情報収集能力で有名だ───ロック含む常人にはアルブルグでは当たり前にいるツバメと見分けがつかないフェイだが、特別なツバメらしい。そのツバメが見てきたことだから間違いないと言う。
「リターナーん時みたいに、そのドルス・スムに楯突こうっつ奴等はいないのか?」
 そう俺が問うと、オーシンは鼻を鳴らして嘲笑した。
「生きてくのがやっとで食い物すらろくにねー状態で、誰がそんなことしようと思う? スポンサーがいねーんだよ。どこの国も余裕がねえしな。保証のない改革なんて馬鹿らしい。命を捨てるようなもんだ」
 エドガーに言えばなんとかしようとしてくれるだろうが───町一つかかっている話ではあるが、なんでもかんでもエドガーに頼りたくない。奴だって大変だし忙しいことはわかってる。頼めばなんとかしてくれるかもしれないが、権力に頼ってしまうのももの悲しい。
 とりあえずドルス・スム一家の溜まり場・酒場ラキメデスの裏に行ってみることにした。
 酒場ラキメデスは用水路沿いにありすぐ裏が用水路だ。橋の脇に建っていて、男はその橋の下に転がされているらしい───奴等に逆らって連れて行かれた者はほとんどがそこに放置され、運が悪いと水路に捨てられるという話だから、男は運がいいのかもしれない。
 そして俺の運もいいのか、用水路を挟んだ酒場の向かいは俺達がとった宿だった。一度、戻って窓から覗いてみるのがいいかもしれない。
 気配に気を付けながら、俺は自分がとった部屋に入り窓の外を眺めた。酒場の裏口から階段を下りた所にある橋の下は暗くて見えない。
「それにしても、一人部屋で助かったな」
 一人ごちた俺は、煙草を取り出して火を付けた。まだ何もわかっていない状態でセリスに話すのは憚られた。今言えば、アランかどうかもわからない男のために彼女は危険を顧みず飛んで行ってしまいそうだ。
 確かにこの町の状況は放っておけない状態だ。首都としての機能どころか、町としても最悪だ。だが、「なんで俺が……」そんな気持ちが沸き上がってしまう。
 アランである可能性の男を正直言えば助けたくない──助けたくないというよりはセリスに会わせたくなかった。その個人的な感情でこの町を見捨てることはできるはずもなく、自分自身にそれを許しもしない。何よりセリスに軽蔑されてしまうだろう。
 嫉妬と正義感とプライドの間で葛藤が疼きをあげ、俺はゆっくり紫煙を吐き出す。
「さて、どうやってあそこに近付くか……」
 あの男がアランであれ別人であれ、助けた後はオーシンの所へ連れて行くつもりだ──他に頼れる場所はない。だが重傷かかもしれない怪我人を連れてでは逃走ルートの確保も難しい。
「難しく考えたって始まらないか。オーシンには迷惑かかっちまうかもしれねーけど、ま、なんとかなる」
 俺は帯剣するための革ベルトをしてアルテマウェポンを差した。こんな大仰な装備もどうかと思うが相手の人数も多いし、誰かを守りながらの戦いは決して楽じゃない。
 あと30分もすれば日暮れだ。その前になんとかしなければならない。
 煙草をもみ消すと、仕方ないという思いを振り切って部屋を出た。


 酒場と逆側の橋脇から水路の縁に降り立つと、ロックは人の気配がないことを確認して橋の下へ潜り込んだ。
 そこには確かに男が俯せに倒れていた。薄汚れた格好はところどころ黒い斑点が飛び散っている──血痕のようだ。
 男の脇に膝を着いた俺はまず脈を確認した。ちゃんとある。しっかり生きているらしい。ホッとして男の身体を壁際まで引きずって移動すると、気付けに革袋を取り出し顎を持ち上げ口内に水を注いだ。
「っっ! ゴホ、ゴボッ!」
 咳き込んだ男はうっすらと目を開ける。瞳は俺と同じ濃紺をしていた──これが彼女が似ていると言った目? そんな考えを振り切って小声で尋ねる。
「大丈夫か? 動けるか?」
「……? 君、は……?」
 男は眉根を寄せて訝しげに俺を見た。殴られて腫れているのに、同性の俺からみても整った顔をしているとわかった。年齢は俺とそう変わらなく見える。柔らかそうなけぶったブロンドの髪が乱れていた。
「詳しい話は後だ。とりあえずあんたを助けに来た。歩けるな?」
「あ、ああ……」
 男は戸惑っていたが頷いた。俺は腕を引いて立ち上がらせると肩を貸した。
「ドルス・スムの奴等は、眠らせたりしてるわけじゃねーんだ。さっさと行こう。見つかっちまう」
 歩き出して階段を上がり橋の上に出ると、
「…………! アラン!」
 橋の向こうから悲鳴に似た甲高い声がした。セリスだった。どうやら彼女の方に見つかってしまったらしい。
「───? まさか──────セリス!?」
 アランも驚愕に目を見開き、彼女と俺の顔を交互に見た。俺は舌打ちして人差し指を唇に当てる。セリスもアランもハッとして押し黙り近付いてくる。状況判断のできる人間で助かった。
「後で話す。後ろを警戒しててくれ」
 そう彼女に頼んで歩き出した。セリスにもボロボロの男──どうやらアランに間違いないらしい──を見れば押し問答できる状況じゃないとわかったのだろう。その場は余計なことを聞かれず、二人を町はずれに案内した。
 待っていたオーシンは余計な人物──セリスのことだ──まで連れた俺に変な顔をしたが、とりあえず何も聞かないでいてくれた。多分あとで根ほり葉ほり聞かれるだろう。恋人の頼みで人捜しをしていることを黙っていた───しかもその恋人の昔の男だなんて。
 狭いオーシンの家でアランの手当をしながら、俺は全員にわかるように話を説明することにした。
 セリスがアランの夢を見たことに始まり、アルブルグの近況、アランがあの場所に倒れていた経緯を、それぞれに確認しながら現在の状況をまとめた。
「それでわざわざ来てくれたのか……」
 アランは複雑そうに呟いた。セリスとの再会を素直に喜ばないのは俺という余計なコブが付いているからだろうか。もうなんとも思っていないからだろうか。俺はぐるぐると考えてしまう。
「君が生きて逃げ延びたと聞いていたけれど、再会できるとは思わなかったよ」
 困ったようにはにかむアランに、セリスも思ったよりも浮かない顔だ。想像していたような再会と違ったからなのか。
「私は再会できると思っていたわ。だから夢に見たってだけでここまで来たんだもの」
 話している二人を見ていると、俺達──俺とオーシン──は邪魔者な気がしてくる。しかし席を外すとわざとらしい気もする。どうしようかと思いながら行動しあぐねていると、
「ちょっとドルス・スムのアジトの様子を見てくる。おら、ロック、お前も来い」
 オーシンに連れ出されてしまった。挙げ句、外に出て速攻聞かれた。
「あの女、お前の女だろう?」
「……多分な」
 俺の非情にビミョーな返事に、オーシンは吹き出すのを堪える。ムカつくがどうしようもない。
「んで、あのアランとかいう男はあの女の昔の男だろう?」
「間違いなくな」
「……お前って人がいいっつーか、呆れるようなアホだな」
 半眼で呟かれ、俺は盛大な溜息を吐きだした。
「余計なお世話だ。それより、ドスル・スムを追い出すなら手伝うけど、どうすんだ?」
「あー、余程こらしめねーと、暫くして戻ってきて暴挙を働きそうでなぁ。お前はその前に、自分の女の心配をした方がよくねーか? 二人きりにさせたりして」
「おめーがそうしたんだろうがっ!」
 半ギレの俺に、オーシンはまったく悪びれず頭をかく。
「悪い悪い。ま、お前の選んだ女なら心配するこたねーだろ」
 厳つい顔にニタニタした笑みを浮かべたオーシンの肩に、どこからともなく帰ってきたツバメ・フェイが止まる。奴の頬にすり寄りながら囀るフェイに、頷いたオーシンは、
「ドルス・スムの奴はあのにーちゃんがいなくなったことを全然気にしてないみたいだ。よかったな。ところで、ここなんだが……」
 町の南にある薬草専門店で足を止めた。一体、どこに向かっているのかと思っていたんだが、なんなんだ?
「実はな、王族は全員殺されたって話だっただろう? ところが、前王国王にゃご落胤──隠し子──が存在したらしいんだ。挙げ句、その娘が生きてるっていうんだよ」
「へえ……って、え? マジか?」
 俺は唖然としてオーシンを見た。冗談でそんなことを言うわけがないだろうが……。
「それで、まさかその娘を擁立しようっていうのか?」
 複雑な表情で尋ねると、オーシンは頬を歪めて頷いた。気持ちはわかるが、その娘が哀れじゃないだろうか。
「自ら上に立とうって奴はいねーんだよ。この大変な状況で地位が欲しいと思う奴なんてのは、ドルスみたいなクソか、よっぽどの天才で自信家な野郎だろう。だが生憎、ここにゃ凡人しかいねぇ。ロック、お前だって先頭に立ってドルス達を追い出し、お前自身が善政を敷こうなんて思えねーだろう?」
 確かに自分が町や国を治めるというのは不可能だと俺も思う。それは向き不向きの問題だ。しかし自分ができないとなると、どうしても他の人間を立てなければならなくなる。立場としては王族の血を引く娘が最も適当だというのはわかるが……。
「生き残った王族が立ち上がるっつーシナリオは、絶望してやがる町の人間達の意識も変えられる可能性も高い。そういう心理っつーのはわかるだろう? ……その娘を犠牲にしてもいいとは思ってねぇ。ただ、その娘も乗り気なのさ。だから、例え娘が王族の血を引いてるっつーのが嘘だろうが本当だろうが、今のアルブルグを救うにゃそれしかないと思ってる」
「その娘が王族っつー証拠はないってことか。その辺は娘が納得してて周囲も納得してんなら俺がどうこう言うことじゃねーな。改革を実行しようっつー意志があんなら、協力する」
 俺は至極真面目な顔で答えた。オーシンはにやりと唇を歪め頷くと、
「そうこなくっちゃな。人手が足りずに動けないでいたんだ。お前、誰か協力を仰ぐツテがあんだろ?」
「………………」
 そうなるとどうしてもエドガーと仲間達になってしまう。俺は少し考えたが、皆に話せばこの方法についての是非も問えるだろうと承諾することにした。

 

■あとがき■

 別に引っ張ってるわけじゃないんです。だけど余り話が進んでいない;; この話は色々考えていたはずなのに、いざ書こうとすると出てこなくなってます;;(他の話もそうなんですけど、大体こんな感じっていうイメージすら手からすり抜けていくような感じで……困っちち)
 再会のシーンについて難しく考えてすぎちゃったのが原因みたいです。ただ再会するっつーのはつまらないし、でも夢ネタはちょびっと後悔です。ただでさえありがちなのに、私は夢ネタ使いすぎですよね(使いやすいからって)^^;
 舞台をアルブルグにしたことに意味は余りありません。他の街はイメージに合わなかったっていうフィーリング的なもの;;
 副題はかっこいい感じですが、「夢じゃない現実の再会」的な意味です。なんだか話の内容とあってません……何故、こうなっちゃうの?って感じで、あわなくなってしまう理由がわからにゃいような、わかっているけど考えたくないような……;;
 やはし思っていたものと違う方向に進んでいます。アルブルグの再興の中で三角関係が繰り広げられて……いけるかな? 既に恋愛や嫉妬とはかけ離れ気味の内容になっていて(長い目で見ればそんなことはないんでしょうけど……)、また長い話しになるのかなぁ(螺旋を越えぬ程度の長さにしたいです)。 (04.08.17)

3.偶然と必然

 バタバタとロックとオーシンという人が出ていってしまい、セリスはちょっと困ったような顔になって俯いた。
(何を話せばいいんだろう?)
 様々な感情が込み上げて、言葉が出てこない。言いたいことはたくさんあった気がするのに、そんなのどうでもいいような気さえしてくる。甘いような苦いような、かつてはのんびり感じることすらできなかった想いに支配されそうになって──彼の胸に飛び込みたいとすら思ってしまい、必死にセリスはそれを押さえようとした。

 目の前にいるアランも戸惑っているようで、セリスをじっと見つめているものの言葉を発しようとはしない。彼の視線が真っ直ぐすぎて、セリスは顔を上げられなかった。
 気まずいのか心地よいのかさえわからない長い沈黙を破ったのは、アランの方だった。
「夢を見ただけで行動に移るなんて、俺が知っていた君では有り得なかった」
 懐かしむように呟かれ、何故か心臓がドキリとする。顔を強張らせたセリスを見て、アランは苦笑を漏らした。
「いや、悪い意味じゃない。君は自由になったんだな、そう思うと、……嬉しいけどなんだか少し複雑だ」
 困ったようにはにかむアランを見ると、何故かセリスは切なくなる。昔に戻ったような錯覚に陥ってしまう?
「でも、あなたが無事で本当に良かった……」
 ほうっとため息をつくセリスに、アランは失笑して尋ねた。
「さっきの彼は、恋人なんだろう?」
 突然で予想外の質問に、セリスは目を丸くしてからはにかんで頷いた。
「……ええ」
 本当は肯定するのに少し心細い。ロックに確認したわけではないからだ。
 彼はいつも「好きだ」と言葉をくれるけれど、優しく触れるキス以上のことをしてこない。ロックが初めての恋でないからこそ、セリスは彼がわからなくなる。半年も一緒に旅して同じ部屋に泊まっている。それなのにどうして……そう考えると不安になってしまう。恥ずかしくて尋ねることなどできるはずもないし。
「随分、心の広い恋人だな」
 苦笑いを浮かべるアランの呟きの意味がわからず、セリスは目をぱちくりさせた。
「え?」
「いや、俺だったら、昔の男を助けたいなんて言われたら、あんまりいい気分しないから」
「あ…………」
 傷付いたような表情になったセリスは、そのまま俯いてしまった。
 言われてみれば、ロックはセリスのことなどどうでもいいから承諾してくれたのかもしれない。本当の恋愛感情など持っていないのかもしれない。
「すまない。そんな顔をさせるつもりはなかったんだ。……久々に会ったのに、やはり俺は君を笑顔にさせてあげられないんだな」
 自嘲気味に呟かれセリスは顔を上げた。シド博士の言葉を思い出したからだ。
『セリスに我慢させてばかりで、辛い思いをさせてばかりで、笑顔一つ浮かべさせてやれない』そう己の不甲斐なさを嘆いていたと。
「そんなことないの。あのね、私…………」
 言いかけた時、扉が突然開いた。
「!!!」
 やましいことをしていたわけでもないのに、心臓が跳ね上がり心底びっくりする。
「ただいまぁ、って俺の家だがな」
 オーシンが陽気に声をかけてきた。多分、気まずくないようにという気配りだろう。
「ロックは?」
「ああ、そのことなんだが……」
 一瞬、溜めを作ったオーシンに、セリスは急に不安になる。自分を置いてどっかへ行ってしまったのではないかと。しかしそれは杞憂だとすぐに判明した。
「この町が今、不穏な状態なのは話したよな。それで、王族の血を引く生き残りの娘を担いで新王朝をうち立てようっつー話があるんだ。それに協力してもらうことになって、ロックはそっちで話を聞いてもらってる……あー、あんた達は、どうすんだ?」
 オーシンはアランとセリスを交互に見た。
「どうするって……」
 セリスは困ったように眉尻を下げアランを見る。自分はロックがすることなら手伝うつもりだが、アランはどうだろう?
「俺に手伝えることがあるならば、手伝いますよ。少なくとも、こんな状況の町を放っておくなんてできない」
「ま、あそこであの子を助けるような男だ、そう言うと思ったよ。とりあえずあんた……アランだっけな、協力してもらえるなら、アランにはその娘ノディアの護衛をしてもらいたい。ロックは潜入とか細かいことが得意だから、奴は自由に動ける方が助かるからな。構わないか?」
「ああ。勿論」
 アランは大きく頷いた。元々、正義感の強い人だ。放っておくなど有り得ないだろう。
「んじゃ、とりあえず、そっちに行くか。あ、にーちゃんは着替えた方がいいよな。俺の着替えで悪いが───」
 オーシンが出してきた着替えは真新しいものに見えた───気を遣ってくれたのだろう。
 アランが顔を洗って着替え終わると、二人と共に家を出たオーシンは、フェイに向かってこう言った。
「奴等の手下の姿がねーか、よーく見ておいてくれよ」
 フェイはオーシンの頭上を二回ほど回ると上空で旋回を始めた。
 オーシンがツバメのフェイと会話ができるというのは先程説明されたが、どうやら本当らしいことを見てセリスは目を丸くしたのだった。

 

†  †  †

 

 アルブルグ前王ラドⅡ世の隠し子の娘だというノディアを紹介され、俺は驚きを隠せなかった。
 周囲に説得されて傀儡のごとく承諾したものだとばかり思っていたからだ──オーシンが本人が望んでいると言っていたものの──自ら苦難の道を行こうとする若い娘が存在するというのは意外だったのだ。
 若くして苦労する者を多くみてきたとはいえ、進んで険しい人生を選ぶ者は稀だ。大抵の人間は楽な道を歩もうとする。若くして権威の妄想に取り憑かれたとは考えにくい。
 ただ、周囲の者がなんと言ったか───「アルブルグの民はあなたの存在で救われるのです」そんな言葉で安易にその気になっている可能性もあるのだ。
 暫くすると、オーシンがセリスとアランを連れてやってきた。二人に先程までと変わった様子は見られなかった───心底ホッとする。
 実はまだ俺もノディアに会っていなかった。茶菓子も振る舞われ少し話をまとめようかと思ったとき、応接間の扉が鳴った。
「ノディアです」
 女性にしては少しハスキーな声がした。用事で出掛けていると聞いていたから、戻ったため顔を見せに来てくれたのだろう。
 部屋に入ってくると、王族として名乗りを上げようとしている者としては謙虚すぎるほどに丁寧に頭を下げて挨拶をする。
「はじめまして。オーシンさんからの紹介だと聞きました。この度は、協力してくださるということですが……」
 彼女はそこで言葉を止める。どうやらそれ以上、言葉が出てこなかったらしい。彼女の後ろから入ってきた中年のきつそうな顔立ちの女性──ネーザと言う名でノディアが働く薬草店の店主らしい──が付け足す。
「協力者は差ほど多くありません。ドルス・スムに楯突こうと思う者自体が多いとは思えない状態で、内通者が出る可能性がありますから。信用できる方ということで、心強い限りです」
「いや……」
 オーシンの紹介というだけで信用しきられ、俺は頭をかいた。なんとなく居心地が悪い。
「………………あの……」
 固まっていたノディアが遠慮がちに口を開いた。
「もしかして、今朝、私のことを助けてくれました?」
 彼女が向かって言った相手はアランだ。どうやら言葉が出てこなかったのは、アランの存在に驚いたからだったらしい。俺はアランが助けたのがこのノディアだったということに驚きだ───偶然とは恐ろしい。
「いや、助けたわけじゃない。あのチンピラが気に入らなかっただけです」
 さわやかな笑顔で答えたアランは、スカした感じが全くしない。嫌な感じが全然しないところが逆に嫌だ───俺的には単なる嫉妬だ。
「あら、彼が今朝、ドルスの手下から助けてくれたっていう、素敵な人?」
 目を丸くするネーザに、ノディアは心持ち頬を染めて俯いた。
「本当にありがとうございました。手下の一人に言い寄られていて、いつも困っているんです」
 申し訳なさそうに言う姿は、とても人々の上に立とうという人間の姿ではない。初見の印象は赤みの強い巻き髪──前王譲りらしい──とはっきりした目鼻立ちのせいか“気が強そうだ”と思ったが、ごく普通の少女に見える。
「足手まといかと思い、『逃げろ』と言って下さった言葉に甘えて逃げてしまいましたが、オーシンさんに大変な目にあったって聞きました。お怪我、大丈夫ですか?」
 アランの右には大きくガーゼが貼られている。服は着替えてしまいわからないが、その下にも結構痣があるはずだ───肋骨にヒビが入っているようだったが、本人が『大丈夫』と言っていたから平気だろう。仮にも元軍人だ。
「これぐらいはなんてことないですよ。俺は元々、戦場に立っていた人間ですから───逆を言えば、あなたに憎まれる立場かもしれない……」
 アランの呟きに、セリスはハッとしてアランを見た。それなら自分も同じだと思ったのだろう。アランもセリスの存在を忘れていたわけではないだろうが失念して発言してしまい、失笑した。
「まあ、過去の詮索はナシってことでいいだろう? 誰だって色々ある」
 セリスとアランが帝国の軍人であったことまでは知らないだろうが、オーシンがそう言ってくれたので俺はホッとした。正直、なんて言えばいいかわからなかった。
「で、ロック。どこまで協力してくれる?」
 オーシンの不躾な質問に俺は苦笑いを浮かべた。この場合、最後まで責任保ってというのは難しいからだ。『ドルス・スムを立ち退かせノディアを王として擁立し国が安定するまで』が最後なら、とてもじゃないが付き合いきれない。
「ドルス・スムを追い出して、戻ってこないようにするまでのつもりだが……」
 肩をすくめて答えると、ノディアを真っ直ぐに見、俺は考えていた問いを口にした。
「ところで、ノディア。あんたには、どれぐらいの覚悟がある?」
 真っ向から尋ねられ、ノディアは一瞬面食らったが、緊張した面持ちで答えた。
「そう問われると、私に絶対的な自信があるわけじゃありません。普通に育ってきたわけですし、帝王学などを学んだわけでもありませんから。ただ、私がアルブルグを取り戻した場合、王政を敷くつもりはないんです」
 意外な言葉に、俺を含めセリスもアランも面食らった。町の詳しい状況などを説明されはしたが、国を取り戻した後のことまではまだ聞かされていなかったからだ。
「じゃ、どうするんだ?」
 俺は責めるでもなく、ただ普通に尋ねた。かつて王政は、アルブルグ、帝国、ツェン、マランダ、ドマ、フィガロの6ヶ国があった。現在残っているのはフィガロのみ。ツェンとマランダは民主制へと移りつつある。ジドールは貴族議会によって成っており、中立都市ナルシェは元々民主制だ。
「王を議長とする民主制にしたいと思っています」
 若い娘の意見とは思えない言葉に、「へえ?」俺は意外そうに眉を上げてしまった。悪いが、誰かの受け売りだろうと思ったのだ。だが俺が見くびっていたらしい。
「戦争で亡くなった両親……養父母は博学で読書家でした。私も同じく本が好きで、経済学や商学、歴史の本、小説、なんでも読んできました。そこの中で、かつて王を議長として、議員は国民から選挙で選ぶという国が載っていたんです。勿論、それは理想にすぎず、実際の大変さなどわからない若輩者ですけれど……。私は私一人で国を治めていこうと思って立ち上がろうとしているわけではありません」
 派手な外見をしているが、どうやら俺が考えていたほど中身がないということはないらしい。
「あんたの決意はわかった。出来る限りの援助はするよ。フィガロ王にも援助させる。あ、俺の親友だから」
「そ、そうなんですか?」
 ノディアは戸惑ってオーシンとネーザを交互に見た。オーシンは頷き、
「こいつはリターナーとして帝国とも渡り合った奴だ。意外にすげーんだよ。童顔だけど信用できる!」
 余計な一言を付けて太鼓判を押してくれたはいいが、肩をバンバン叩きやがって痛ぇよ。
「まずは、エドガーに連絡をとることから始めた方がいいな。急ぐべき事じゃない。ノディアの出自のことは、ドルス・スム達には知られてないんだな?」
「おそらく、としか言えない。ドルス自身は頭の回る奴ってわけじゃあないからな。力押しの男だ。ただノディアに言い寄ってるベルツ・カークって奴は多少頭がキレるみたいだな。噂じゃ帝国で軍務の経験すらあるって話だ。ま、なんでそんなことやってた奴がこんなところでチンピラになってんだか。そう考えると、嘘っぽいけどな」
 帝国出身と聞いて、セリスとアランは顔を見合わせた。些細な疎外感を覚えてしまう自分が情けない。更にアランが何も言わずに首を振り、対してセリスがホッとしたように頷いたから余計だ。多分、『顔をみたんでしょう? 知ってる?』『いや、知らない顔だった』『そう』そんな会話が省略されているのだろう。二人が持っていた絆を見せつけられるようで、正直全く面白くない──人前でそれを面に出すような真似は決してしないが。
「今までは実際、動くことができないでいたがな。お前が来てくれたお陰で、やっと動き出せる」
 ニヤリと笑みをうかべたオーシンを見て、こりゃ責任重大だ、と俺は内心こっそり嘆息した。何よりアランとセリスを長く一緒にいさせることが一番不安だった。

 

†  †  †

 

 ロックは旧知ということでオーシンの家に、アランはノディアの護衛も兼ねてネーザの家に世話になることになった。セリスはノディアの部屋に一緒に寝させてもらうことになり、宿を引き払った。
 夕食後、ノディアはネーザの手伝いで薬草を煎じると言うので、アランとセリスは居間で暇を持て余していた。
 ロックがあっさりとオーシンの家へ行ってしまったことで、セリスは少しがっかりしていた。本当にアランと自分が一緒にいても気にならないのだろうか、そう思ってしまう。
 一方で、アランとロックが二人で傍にいるとセリスはどういう態度でいればいいか少し困るから、ホッとしてもいた。アランとゆっくり話せるから。
「本当に……あなたが生きていてよかった」
 温かい紅茶を飲みながら、セリスはしみじみ呟く。アランは柔らかい微笑を浮かべ、
「俺も、貴女が生きていてくれてよかったと思うよ。どうしていたかと、いつも気になっていた」
 そう言ってくれた。その言葉に、セリスの心が熱くなる。
「でも、私はあなたが処刑されたって聞かされていたのよ? もしかしたら生きていてくれるような気がする……そう思っていたけど、死んだところを見ていない為に実感がわかなくて、現実逃避しているだけかもしれないって……そんな風にも思ったわ」
「ああ。俺も死ぬんだと思ったよ。ただ、たまたま爆発で崖に飛ばされてね。川に落ちたんだが、薬にもなる苔を取りに来ていた来ていた親切な老人に助けられたんだ。軍に残してしまった貴女のことだけが気掛かりで……風の噂で君が助かったと聞いて、どれだけ嬉しかったか……」
 嘆息されると、たまらなく切なくなる。あの頃に戻ったような気がしてきてしまい、セリスは自分が恐くなった。
「傍にいながらいつも貴女に辛い思いをさせてしまっていて、結局俺は何もできないままだった」
「そんなことないわ!」
 セリスは強い口調で否定する。そう。ずっと伝えたかったことがあったのだ。
「私は、あなたが傍にいてくれたから生きられた。耐えられた。ずっと救われていたの。だから、あなたが死んだって聞いて絶望して、帝国を裏切っちゃったんだけどね。だからもし再会できたらお礼を言いたかったの。シド将軍に、自分は無力だって責めてたって聞いたから……私を支えてくれてありがとう」
「セリス──────」
 真っ直ぐに見つめられ視線が絡まり、セリスは呼吸すらできなくなりそうになる。一体、自分はどうしてしまったというのだろう? 自分を押さえたくて、慌てて付け加えた。
「それで、あの人に、ロックに助けられたの……」
「そうか。だけど……何か、辛いことがあるのか?」
 突然の問いに、セリスは首を傾げる。辛いこと?
「え?」
「いや……あの頃、我慢ばかりして強がっていた頃と同じような表情を浮かべることがあるから……」
 アランの言葉に、セリスは失笑した。ああ、この人には全て見透かされてしまうのか、そう思う。ロックよりも長く深いつきあいだったせいなのか。
「……ちょっとだけ、不安になったりするの。私は多くの人を殺してきたから……愛される自信がないのね」
 誰にも漏らしたことのない不安を漏らす。アラン相手には自然に言葉が出てきた。
「彼はなんて?」
「そんなの関係ないって言うと思うわ。それはわかってるけど……でも、普通に育った普通のお嬢さんの方が相応しいような気がしちゃうのね」
「俺の時はそんなこと思わなかっただろう? 同じ罪を背負っていたからか?」
 彼の問いに、セリスは薄い微笑を浮かべた。
「そうかもしれないわ。あなたは近い人だったのね。ロックは正反対の人だから……彼の真っ直ぐさは私を引きあげてくれるけど、依存してしまいたくなってしまう……」
 そう零すセリスに、アランは苦笑いを零して持っていたカップを置いた。
「君は甘え下手なんだな」
 アランの言葉にセリスはキョトンとしてから心持ち頬を染め、
「そう、なのかしら? そうかもしれない。きっと、強がりなのね」
 恥ずかしそうに呟いたとき、扉が鳴った。
「桃を剥いたんですけど……いかがですか?」
 ノディアだった。仕事が終わったのだろう。だが、なんとなくいい雰囲気の二人を見て、一瞬固まる。
「頂きます」
 セリスが答えると、ハッとしたノディアはテーブルの上にトレイごと置いて、
「ごめんなさい。邪魔しちゃいましたね」
 そう呟くと、そそくさと出て行ってしまった。
「誤解されたな……」
 アランが困った顔で頭をかく。
 ロックもこの仕草をするが、本人を見ると似ていないと思った。濃紺の瞳が似通っていると思ったけれど、ロックは少し目尻の下がった童顔で、アランの目は切れ長だし。
「ちょっと行ってくるよ」
 桃を一口だけ食べたアランは立ち上がる。
「あ、うん」
 ノディアに誤解されたままだと、ロックの前で不用意な発言をされる可能性がある。セリスとしても誤解を解いてほしいところだ。
 アランが出ていくと、セリスは自分でも不思議な罪悪感を覚え、何故か不安になった。

 

†  †  †

 

「お前、心が広いよなぁ」
 エドガーへの援助要請の手紙をしたためていた俺に、部屋の片付けをしていたオーシンが呟いた。
「あぁん?」
 集中していた俺はなんのことがわからず、手を止めてオーシンを見る。
「あの兄ちゃんと彼女を二人で平気で置いてきちまうなんてよぉ」
 平気なフリをしているだけの俺は、オーシンの言葉にぐさりとくる。
「別に……ただ、俺はレイチェルを生き返らせるためにセリスを長いこと待たせちまった。長く辛い思いをさせたんだ。これくらいは耐えるさ」
 それは俺としての負い目であった。過去の後悔に固執し囚われ続け、結局今生きている大事な人を傷付けたことへの後悔だ。彼女は今の俺と比べ物にならないぐらい辛い想いをしていたんだろうと思うと、嫉妬や不安以上に罪悪感が込み上げる。
「……それにしたってよ、もし昔の想いが再熱したらどーすんだ?」
 実は不安に思っていることを尋ねられ、俺は答えられない。
「ま、大丈夫そうだけどな。今日の別れ際だって、彼女、寂しそうにお前のこと見てたし」
 俺はそんなのに気付かなかった──意図的に見ないようにしていたからだ。アランと並ぶ彼女を。
「そうだったか?」
「ったく、お前は女心に疎ぇな。疎すぎる。もう少しおもんばかってやったらだろうだ?」
 オーシンに呆れた声を上げられ、俺はぐっと言葉に詰まる。何も言い返せない。慮りたいとは思っているが、女が何を考えているかなんてわかりはしないのだ──レイチェルはセリスより口にだしてくれたから良かったのだろうけれど。
「まあ、せいぜいしっかり彼女の心を捕まえておくんだな」
 女にまったく縁のない男に言われても説得力などないが、
「それができりゃ、苦労しねーよ」
 ロックはぼそりと呟いた。

 

■あとがき■

 まず、一週間半もアップが遅れたことをお詫び申し上げます。今はスランプとかとは少し違うんですが、やはり病気のせいか思うように書けません。ですが、もう少し頑張りたいと思います。
 今回は、ちょっとセリス視点を入れました。なんとなくロック視点だけじゃつまらない気がしたので;;
 アランはいい男のはずなんだけど、そこがうまく書けない。ロックが「マジでやべぇっ」って思うようないい男に書きたい~! 「難しいよね」(カテキン式CM口調で)
 さて、アルブルグの騒動の方をどこまで書くか……やっぱり今回も悩んでおります。実は今、まだ3が書き終わってない状態でアトガキ書いてます。いつもそんな感じ。途中でも思ったことがあればアトガキ書きます。勿論、本文を書き終えてからも書くけどw
 しっかし、またオリキャラ多いです。色々、混同しそうで実は結構大変。それに二次創作としてオリキャラってどうなんでしょう? ゲームの二次創作だからということで許していただきたいと思ってます(古いゲームは余計なキャラとか話とかエピソードとかって余り出てこなかったりするでしょう? Ⅷぐらいになると余計なエピソードとか脇役にも話があったりとかするけどさ)。オリキャラの名前も悩みます。「紛らわしくないようにしよう」とか「わかりやすくしよう」とか色々考えます。結局、思いつかず「なんでもいーや」ってなりがちですが;;
 いつの間にか、かなり事細かに書いている自分がいます。だけど、何話も後の方になるとどう収拾していいかわからずすっ飛ばした話になってしまったりするんですよね。気を付けます。
 ところで副題に困ってますぅ。付けなきゃ良かった~。1話から無理そうな場合は付けないんだけどね;; ううう【><。】 とりあえず付けましたが……偶然というのはアランが助けたのがノディアであったこと。必然はアランとセリスが再会したことという意味ですが……こうやって書かないとわからないんでは、意味ありません。しかもなんで、アランとセリスが再会したのは必然なんだろう? 今さら自分でわからなくなってきた。 (04.8.31)

4.深き心の迷宮

 翌日、手紙を出した俺はネーザの店へ向かった。
 手紙がフィガロに届くには早くて五日、遅ければ一週間はかかるだろう。ツェンの新しい港街ツェギアまで伝書鳩。それから郵船だ。
 セリス達の元へ行く足取りは重い。昨日の間に何かが変わってしまっていたら……そんな不安が拭えないからだ。
 だが、店の前まで行くとすぐにそれが杞憂であると分かった。セリスが通りを掃いていて、俺に気付くと嬉しそうに微笑んでくれたからだ。
「おはよう」
 さわやかに挨拶してきた彼女の前で立ち止まり、俺は眩しそうに目を細めた。柔らかい彼女の微笑が愛しくて、今すぐ抱きしめてしまいたくなる。
「はよっ。悪いな、なんか余計なことに巻き込むことになっちまって」
 昨日は言えなかったことを言う。正直、アランの前では俺は一歩引いて遠慮しちまうんだ。そんな必要ないのに。
「ううん。元はと言えば、私がここに来たいって頼んだんだし、放っておけないわ」
「そか。アランにも会えたし、よかったな」
 俺が笑顔で言うと、彼女は心持ち表情を暗くした。俺は何かいけないことを言ったか?
「そう、ね……。朝食まだでしょう? オーシンさんは?」
「あいつは出不精なんだ。ちなみに俺に飯を出してくれるような奴じゃない」
 肩をすくめると、彼女は軽く吹き出した。そうやっていつも笑っていてくれ、心からそう思う。
「それじゃあ、ロックの分も頼んでくるわね。あ、図々しいかしら……」
 フと立ち止まって思案するセリスも可愛らしい。
「確かに、ここは宿屋じゃねーからな。俺は外で食うよ」
 何の気ナシに言ったのだが、セリスは一瞬眉をひそめ、小首を傾げた。
「ねえ、なんだか、もしかして気を遣ったりしてないわよね」
「は?」
 俺は一瞬ぽかんとしたが──間抜けな顔だっただろう──すぐに思い当たる。
「ああ、してねーよ。ただ、お前の分はもう用意してるだろうからさ」
 半分嘘をついてしまった。気を遣ってるとは少し違うが気兼ねしているのは事実だ。だが、彼女がそう言ってくれるということは、一応安心していいのだろうか。
「ならいいけど……。今日の予定はなんなの? 朝ご飯食べたら、あなたはどうするの?」
「とりあえず、街の現状を詳しく見るためにくまなく散歩ってとこだな。手紙は出したがすぐには連絡が付かない」
「そう。私も一緒に行っていいでしょう?」
 思いがけない申し出に、俺は自分でもびっくりするほど嬉しいと感じた。俺から誘っても何の問題もないのだろうが、久々に会ったアランと引き離そうとしているようで、言いにくかった。
「勿論。んじゃ、飯食ったらまた来るな。あ、アランにこれ」
 俺は茶褐色の瓶を渡した。セリスは訝しげに瓶を揺らす。
「アイツは一度顔割れてるから、変装。髪を黒く染める薬だ。半月は保つってオーシンは言ったが、どうだかな。護衛ならノディアが外出する時もついて出るだろうから念のためってことだ」
「わかったわ。じゃあ、あとでね」
 瓶とホウキを持って店へ戻っていくセリスを見送り、俺はぶらぶらと歩き始めた。俺が不安に思う必要なんて、何もないか……そう心で呟いて。

 

†  †  †

 

 ロックと街を見回って来た帰り、セリスは重大なことを思い出した。
(アランに剣を返さなきゃ……)
 何故、そんな大事なことを忘れていたのだろうと思うが、立て続けに色々なことがあったから仕方がないだろう。アランはすぐにいなくなったりしないのだから、急ぐ必要もない。
 それでも渡しそびれたままになってはいけないと、夕食後、セリスはアランの部屋を尋ねた。
「これを……返さなきゃならないの」
 セリスが差し出した物を見て、アランは目を見開いた。失ったはずの愛剣だ。
「どうして君が?」
「シド博士が保管しておいてくれたのよ。私に形見としてくれたの。ずっと、御守り代わりに持っていたのよ。いつか、もしあなたに会えたなら渡したくて」
 エンド・オブ・ハートを受け取ったアランは、すらりと鞘から剣を引き抜く。
 柄から剣先へ向けて刀身が一瞬光を帯びた──まるで持ち主の元へ戻ったことに歓喜するように。
「一応、いつも手入れはしておいたんだけど、使える?」
 セリスにとってはなまくらでしかない剣は、アランにとってエクスカリバーやアルテマウェポンと並ぶ名剣となる。
「ああ。……ありがとう。君にはどんなに礼を言っても尽くせないほどに、感謝しなければならないな」
 薄い微笑を浮かべるアランに、セリスは両手を振った。
「ううん。私の方こそ……あなたにたくさん救われたって言ったでしょう? だから、当然なの」
「……俺は剣よりも君を手放すことになってしまったことを、何度も後悔したよ。……今さらな話だな」
 自嘲気味な呟きに、セリスの胸が痛む。 「アラン……」
 自分だけロックに出会い癒されてしまったのかと、ロックを愛してしまったことに罪悪感が生まれてしまう。
「悪い。気にしないでくれ。単なる戯れ言だ。……ありがたく受け取っておくよ」
 苦い笑みで剣をしまうと、アランは無理矢理話題を変えた。
「シド博士は……存命なのか?」
「あ、え、ええ。フィガロにいるのよ。今度は薬学研究に励むそうよ」
 セリスは少しだけホッとして、シド博士のことを話し始めた。

 

†  †  †

 

 ノディアが一日、外出する予定はないというので、俺とセリスはアランに街を案内して回っていた。いざとなれば彼も動くことになる。知っていてもらった方がいい。
 活気のない市場を抜けて、街の北東に向かう。最端にある建物を目指しながら、俺は言った。
「立ち止まらねーけど、ここが、ドルス達のアジトらしい。溜まり場にしている酒場はアジトってよりは、ドルスの女が持っている店っていうだけみたいだな。まあ、ドルスはそっちに入り浸りみたいだが」
 立ち止まれば不審に思われる。そう配慮して通り過ぎようと思ったのだが、前触れもなく扉が開いた。中から出てきたのはノディアに付きまとっているベルツだった。
 まずいか……? 俺は逡巡するが、仕方ない。素知らぬ顔で通りすぎようとする。だが甘かった。アランは変装──と言えるほどでもないが──していても、セリスは目立つ容姿のままだ。
「セリス将軍!」
 ベルツの声に、セリスはビクリと肩を揺らした。俺もアランもつい立ち止まりハッとしてベルツを見る。
 奴が帝国軍にいたというのは、本当だったようだ───本人の証言しかないため確かめようがなかった。
「おやおや、アラン副将軍に似た奴だ、気にくわねぇと思えば……どうやらご本人だったようだな。死んだとばかり思っていたが。裏切り者同士、相変わらず仲のおよろしいことですねぇ」
 慇懃な言葉に、セリスは眉をひそめ、アランは目を細めた。一方、眼中ないらしい俺はただただひたすらに複雑な心境だ。
「それで、このアルブルグも苦しめたあなた方がなんの用かな。あれだけ多くの者を苦しめながら、己の恋人が死んだと聞いたらあっさり裏切るなんて、自分だけが可愛いみたいだが?」
 極上の嫌味に、俺もカチーンときたが、それ以上に反応したのはアランだった。
「貴様ぁぁぁっ!!!」
 一瞬、動きが捉えられなかったほどの早さでエンド・オブ・ハートを抜くと、ベルツに斬りかかった。
「アラン!?」
 セリスが悲鳴に似た声を上げる。
 アランはベルツを斬らなかった。首筋皮一枚というところで寸止めしていたのだ。あの早さで静止できるのは、狙ってやっても常人にはできない。やはり剣の達人なのだろう──ある程度なんでもこなすが結局、器用貧乏という俺とは違う。ノディアを助けたときは剣を持っておらず、背後から襲われたらしいから仕方ないのだろう。
「ふんっ」
 ベルツは強がって鼻息を吐いた。足下は震えているからビビっているのだろう──みっともない。
「何も知らない貴様に彼女を侮辱する権利などない」
 言い切ったアランは、俺よりよほど彼女の恋人のようで、相応しく思えてくる。
「アラン……」
 感慨深そうに呟くセリスの声が、胸に痛かった。
「強い者の庇護を煽ることしかできない能無しが、偉そうな口を叩くな」
 冷たく言い放ったアランは剣を下ろし、一歩下がって鞘に納めた。
「はっ、自分が可愛くて何が悪い。俺は自分に正直なんだよ」
 言い捨てると、ベルツは踵を返して転げるようにアジトの中へ入って行った。本当に頭が切れる男なのか? ちょっとオーシンの言ったことを疑ってしまった俺だ。
「しまった、か……?」
 アランがアジトを見て一瞬、眉をひそめる。俺は舌打ちして、
「仕方がない。逃げた方がよさそうだ。今は騒動を起こしたくない。走るぞ」
 セリスの背中を一つ叩き駆け出した。すぐに二人ともついてくる。元軍人だし旅をしていたから体力は保つだろう。
 すぐにベルツとチンピラが追いかけて来た。切れ味の悪そうな手斧などを掲げているチンピラは、少しだけ恐い……あれで斬られたら破傷風になりそうだ。
 町中に入る前に、俺は叫んだ。
「俺が引き付ける。アラン、セリスを頼んだぞ!」
 アランが小さく頷いたのを確認すると、一瞬立ち止まり、ポケットから卵ぐらいの玉を取り出した。
「てめぇっ!」
 定石通りに襲いかかってくるチンピラ目がけて、それを二つ投げ付ける。
「!!!」
「うわっ!」
 チンピラに当たった玉は白い粉をまき散らして弾けた。催涙弾だ。
 後から来たチンピラにも同じ事をする。案外、頭が悪い奴等だ……。避けもせず、唸りながら向かって来ようとするのだから。
 だが、それは俺の考え違いだった。
 一瞬、怯んだものの、奴等は荒い息で目を細め涙を流し涎を垂らしながら、向かって来たからだ。
「げっ、麻薬でもやってんのか!?」
 それ以外に考えつかなかった。麻薬を作る余裕がある国はないとはいえ、誰かが隠していたものが残っていたりはするだろう───帝国が兵士に投与していたようなものとか。
「くっそ」
 目立つと困ると思い、俺はアルテマウェポンを持ってこなかったのが裏目に出ている。仕方なくダガーを抜いて、先頭にいる男の斧を受け止め弾き飛ばすと、後ろから来た短剣を持った男の鳩尾に蹴りを入れた。麻薬を使っていても視界が不良だからだろう。動きはいいとは言えないのは救いだ。
 できればここで無駄に戦いたくないが、背に腹は代えられない。大剣を持ったデブの一撃を避けながら左から来たチンピラの足を払う。そのままデブの大剣を持つ手に斬りつけ、剣を落としたのを確認する前に延髄蹴りをたたき込んだ。
 麻薬を使ってようが昏倒させてしまえば同じ事だ。俺はなんとかベルツを除く全員を倒すと、ベルツと向かい合った。
「こんなことをして、俺達にたてついて……タダで済むと思うな」
 憤りを隠さず、ベルツは言う。俺は挑発しそうになってしまい、それを辛うじて堪える。どんなにムカついても、煽るのは不利になるだけだ。
「いや、悪い。そんなつもりじゃなかったんだ」
 頭をかいて苦笑いをする俺を、ベルツの三白眼がぎろりと睨む。
「なんだと?」
「いや、これは正当防衛だろう? 別にたてつこうと思ったわけじゃないんだ」
 へらへら言ってやると、ベルツは訝しげに俺を見た。多分、頭がおかしいと思われているに違いない。
「理由などどうであれ、結果は同じことだ」
 言い切ったベルツに、俺は肩をすくめた。本当はここで叩き斬ってやりたいとこだが、それをしたらドルス・スムが激昂してしまうに違いない。
「そんなこと言ったって、俺達はここの住人じゃねーし、長居しねーから力で制しようっていうのは、ちょっと無駄だぜ? あんた、帝国にいたならアランとセリスの強さはよーく知ってんだろう? そこらのチンピラが束でかかっても勝てる相手じゃない」
 有無を言わさず俺にかかってこないところを見ると、己の実力ぐらいは弁えているようだ───アランやセリスほどじゃなくとも、俺だってそこらのチンピラに負けやしない。
「何が目的だ?」
 いきなり確信をついた質問だったが、俺は間抜けな声を出したやった。
「はあ?」
「何が目的だと聞いている」
「目的なんかーねよ。歩いてただけだろーが。俺達は世界中を旅してんだよ。目的っつったら、それか」
 アランがどうかはしらないが、一緒くたにしておいた。その方が面倒がない。
「あの二人と一緒にか?」
「そうだけど?」
「お前は邪魔者ってとこか」
 こいつはやはり聡いのかもしれない。これにはカチーンときた、が、なんとか平静を保つ。ポーカーフェイスが苦手な俺としては、頬が引きつるのを止めるのがひどく大変だ。
「仲間に邪魔者も何もねーだろう」
「ふん。まあいい。それなら即刻、この街を出て行け」
「って言われても、他の仲間と待ち合わせしてんだよ。あと、4、5日中には来るはずなんだ」
「……なら、仲間が来たら即刻、出て行け。長居すると、お前達がとっている宿を燃やすぞ」
 うわっ、来たよ。俺は苦い顔で頷いた。ここは素直に従ったフリをするしかない。
「わかった。それでいいか?」
「……行け」
 行けと言われても、こいつに背後を見せたくない、が、ベルツから先に動くことはないだろう。奴に仲間も倒れている。
 俺がゆっくり歩き出すと、背後でベルツが動いた。殺気も怒気もないが、長年のカンってやつか。
 ダガーを抜いて振り返った俺は、ベルツの曲刀による一撃を受け止めた。結局、こいつも倒さなきゃダメか。俺は諦めて奴の刀を流しながら左足を脇腹に叩き込んだ。
「ぐっ」
 背を丸めたベルツの首筋に、肘打ちを落とす。呻いたベルツはそのまま倒れてくれた。
「動きずらくなった。面倒になったな……」
 一人ごちると、一度、ネーザの店へ戻ることにした。


「さっきはすまなかった」
 ネーザの店へ戻った俺に、アランが頭を下げてきた。ベルツに剣を抜いたことを言っているのだろう。
「いや、顔が割れちまえば動きにくくなることに代わりはない。仲間が来るまで5日は滞留するって言っておいたから、まあ、街にいる分には問題ないだろう。とりあえず俺はまた宿をとる。その方が怪しまれない。アラン一人ならこの家に世話になっても大丈夫だろう。機嫌を損ねたベルツが、八つ当たりで手荒な行動に出るかもしれねーし。アランはネーザが知人だってことにでもしておくんだな」
 俺が顎に指をかけながら呟くと、セリスが首を傾げた。
「私も宿に移った方がいいかしら?」
 どうだろう? 俺は少し考える。ベルツはアランとセリスをセットで考えている節があるが、そんなの勘違いであったって困ったことはない。ただごちゃごちゃ詮索されると面倒だから、今のままの方が都合はいいだろう。
「いや、このままで構わないだろう。ノディアの部屋で寝ているなら、彼女も安心だろうし」
「そうね……。そうするわ」
 答えたセリスは心なしか暗い顔をしていた。

 

†  †  †

 

 アランはセリスとの仲を否定し彼女はロックの恋人なのだと言ったが、ノディアの中ではいまいちしっくりきていなかった。
 普通はなんとなくわかるものだと思う。ちょっとした態度や仕草で気付いたりする。しかしロックのセリスに対するそれは、甘さは微塵も含んでおらず、仲間や友人に対するものでしかないように見える。それに比べて、アランのセリスに対するそれは、優しさ以上の物が含まれているような気がした。
 私の意識過剰かもしれないけれど……。ノディアは乳鉢で薬草を潰しながらため息を飲み込んだ。
 アランに恋人がいないと聞いてホッとしたけれど、でも、アランはもしかしたらセリスのことが好きなんじゃないかと思ってしまうからだ。
 本人に聞いてみたいけれど、失礼かもしれない。それ以上に、ノディア自身がそれを確かめるのが恐かった。知りたくなかった。
「はぁ……」
 気が付くと溜息は表に出ていて、セリスが部屋に入ってきたことすら気付かなかった。
「どうかした?」
 尋ねられ、ノディアは慌てて首を横に振る。
「なんでもないの。……ねえ、セリスはロックさんと恋人同士なんでしょう?」
 こちらの質問は聞くことができる。確かめた方が安心しそうだ。そう思って尋ねたのだが、セリスは少しだけ悲しそうにはにかむと、
「わからない」
 そう答えた。予想外の答えに、ノディアは思わず目を丸くする。
「私はそうだといいと思っているけど、たまにわからなくなるの。不安になっちゃうのね」
「どうして? セリス、そんなに綺麗なのに」
「綺麗だなんてことないわ。女らしくないし……私は罪を背負っている」
「え?」
 ノディアは更に目を丸くしたが、セリスは小さく苦笑いをもらすだけで、
「ううん。なんでもないわ。これ、ネーザさんが」
 薬草の束を置くと、部屋を出て行ってしまった。
「セリスでも不安になるんだ? でもそれって、ロックさんが悪いんじゃないのかな? アランさんはつけ込んだりしないだろうけど……」
 最近、そんなことばかり考えてしまう。浮ついていてよくないと分かっているが、気が付くとアランのことばかり考えている自分がいて……どうにもならない。
 これから自分はとても大変なことに挑戦する。一時、留まっているだけのアランに心を寄せても意味のないことはわかっていたけれど……想いは止められなかった。


 ノディアが外出する時は、いつもアランがついてきてくれる。優しく気遣って歩いてくれる。
(これこそまるでお姫様みたい)
 ついそんなことを考えて浮かれている自分が嫌だとノディアは思う。アランは義務感で一緒にいてくれるだけだ。「アルブルグに平和を」という目的のために協力してくれているにすぎない。ノディアが下らないことを考えていると知ったら、失望していなくなってしまうかもしれない。
 しつこいベルツにも耐えて、目的の為に大人の仮面を被って、無理をしていた時に助けに来てくれた人だから、勘違いしているもかもしれないとも思う。だとしても、胸の痛みは止められず、考えれば考えるほどアランのことばかりが頭を占める自分が嫌だった。
 強い自分を演じていなければならない今は、アランに気軽に話しかけることすら憚られた。人の上に立とうという人間は、下らない世間話に興味を持ったりせず、他人の過去など詮索もしない。ノディア自信がそう決めつけているせいだ。
 アランがノディアに優しくするのは、彼女が強がっていることに気付いているからだが、彼女自身にわかるはずもない。アランにとって無理をして自分を気高く保とうとするノディアは、昔のセリスとダブって映るのだが、そんなことをノディアが知るよしもなかった。

 

■あとがき■

 また副題に困りました。本当は前回つけようと思っていたんだけどね。何が迷宮かって? まあ、色々な意味で。話が複雑になってるので、ロックやセリスの心理描写だけでいかなくなってます。そのせいで伝わりにくいかなぁ。
 どうして私は話を広げちゃうんでしょう。これは『螺旋』に続く壮大な話になりそう? そうならないようにします。既に5話ですが。。。
 なんか、もっと激しい嫉妬のはずだったのに。『prisoner』みたいな。でも、向こうのテーマも嫉妬だったので、似たような話にならないようにと思い、更に安易な話で終わらないように、とか色々考えていたらこんな話になってしまいました。ロクセリである意味があるのか……そういうことは言わないでください【><。】
 ノディア→アランというのは最初から考えていました。無理をしているノディアに、アランがセリスをダブらせるっていうのもね。ただ、基本的にはロックの一人称なので、その辺が書ききれないところが……一人称は失敗したかな? 所々三人称にしているけどさ、足りないかなぁ。
 今週はしっかりアップできました。よかったぁ~。ただ、携帯版【万象の鐘】1周年記念フリーを書こうと思ってるんですが、そっちは諦めるかなぁ。 (04.09.01)

5.すれ違いの涙

 セッツァー達がアルブルグに着く前々日、先だって手紙が届いた。
 被害状況とどれくらいの援助が必要なのかを視察するフィガロからの正式な使者として、外務大臣であるグレンシルを連れたマッシュがやって来ること。ドルス・スムらチンピラを捕らえたとしても、フィガロへ連れ帰り裁くことは適わないことなどが書き連ねてあった。
「やって来たマッシュはこの町の責任者に会おうとする。意気揚々と出てくるのはドルス・スム。そっから先は、お前達が考えろぉ!?」
 手紙を読み上げながら、俺は素っ頓狂な声を上げる。内容を聞いていたセリスとアランも変な顔をしていた。
「あいつら、手を抜いてねーか? しかも『サウスフィガロで帝国軍を足止めしたお前ならできる』とか書いてやがる……! あの時は他にも仲間がいたし、あれはあれだっつーんだ。くそっ」
 テーブルの上に手紙を放りだして悪態をつく俺に、セリスとアランは顔を見合わせた。少しばかり子供っぽい態度になってしまったことを、俺はすぐに後悔する。
 アランは滅多なことで取り乱さない落ち着いた男だ。はっきり言って羨ましい───おくびにも出さないとしても。
「じゃ、どうするの?」
 セリスは首を傾げて俺に尋ねてくる。っていうか、それまで俺が考えるのっておかしくねーか? 普通、そういうのを考えるのはオーシン達の役目だろうが。思ったが口には出さない。
「あー、そうだな……って言ったって、すぐには思いつかねーよ。一番、いいのは、先にノディアが名乗りを上げてしまうことだろうけど、怒り狂ったドルス・スム達は何をするかわかんねーし……」
 俺がぶつぶつと不満気に漏らすと、アランが長い指で顎を撫でながら呟いた。
「いくら邪魔なチンピラだからって、皆殺しにしていいわけじゃないんだろう?」
「できるだけ殺さないでって希望だが……血を流さない革命なんて歴史を考えてみりゃ有り得ないけどな。改心するとは到底思えない。まあ、今回は単なる雑魚相手だしノディアはそれを望んでいないようだ。だけど追い出して戻って来ないようになんて、ありえねぇよ。無人島へ島流しっつー手もあるが、万一戻って来ないと言えない。戦争のトラウマで、人が死ぬのは悪人でも見たくないっつー気持ちはわかるがな。……いっそ、皆殺しにしちまった方が、より彼女の決意も固まる。ノディアはしっかり考えているけれど、やっぱり俺からすると決意が足りねーよーな気がすんだよ。若かろうが女だろうが、自ら進んで人の上に立とうとするのなら、自分の思いは殺さなきゃならなくなる。それは今からでも同じことだろう? 厳しいこと言ってるようだけどさ」
 ついつい俺が本音を漏らすと、アランが溜息を飲み込んだ。眉間に深い皺を寄せた苦い表情で頷く。
「確かにな。彼女を見ていると酷だと思うが、それだけ多くの人の命運を握ることになるんだ。王は10人助けるために1人犠牲にできる者であるべき。どちらも助けることが不可能ならば、究極の選択ができる者でなければならない。議会制にすると言っても、そこに至るまでは彼女が指示していかなければならないだろう。……彼女はそこまでできるのか……」
 俺とアランの話を聞いていたセリスが、ポツリと零す。
「心を殺して仮面を被ることはきっと彼女にもできるわ。昔の私のように。……気丈に振る舞う姿は、少し昔の自分を思わせるもの。でも、彼女にそれを強いたくはないわね。彼女の救いになる人が、傍にいてあげればそれでもきっと大丈夫でしょうけど……」
「革命を起こす時なんてのは、非道だとしても公衆の前で斬首刑もアリだと思うけどな……。ポッと出で王であることを示すなら、公に知らしめる方法を本来はとるべきだ。他の誰も知らない状態で勝手に名乗りをあげたんじゃ、ノディアもドルス・スムと変わらなくなっちまう。彼女が先頭に立ってドルス・スム等を一掃してこそ、やっと名乗りを上げられるってもんだ。問題は一掃の方法だよな」
 そのことについては、オーシンと何度か話し合っている。が、決着はつかずじまいだった。
 近日中に行動を起こすことを考えて、『王族の血を引く者がいて、革命を目論んでいる』という噂を流してはある。その存在はドルス・スム達の耳のも入っているだろうが、今のところ奴等に目立った動きはないから、『王族の血を引く者がいる』ことは知っていても『革命を目論んでいる』ことまでは知られていないようだ。または、相手にしてないか。水面下ではベルツが情報収集に励んでいるようだが、人物像を男として流してあるからすぐには辿り着かないだろう。
「俺、そんな綺麗な方法でなんて考えることに向かねーよ。ノディアがあのベルツを騙して酒でもいつも差し入れてヒ素を盛るとかいう方法とか考えちまう」
 俺が頭をかくと、アランは肩をすくめた。彼等だって戦争で前線に立ち指揮をしてきた者だ。優しい性格だとしても、革命となれば話は別だ。失敗した場合のことを考えれば徹底せねばならず、血生臭くない方法など考えつかないだろう。
「だが時間がないんだろう? フィガロからの使者は明後日にでも到着する予定。使者を迎えたら酒ぐらいは振る舞うだろうから、それに毒薬を入れて、使者には解毒剤を飲ませておくっていう手もあるが……。使者が到着した時点でドルス・スム達が出てきた時に、一掃っていうのが一番だろうな。配下は大体30人て言ったか」
「この間見た感じだと、単なるヤク中で強くないから相手にならないだろう。俺達3人で充分だ。危なくなったらマッシュ……フィガロ王の弟な、奴もいるし。ただ、問題は、ドルス・スムが獣使いらしいことだ。近頃は奴を恐れてみんな大人しいから、出番もほとんどないみたいだが、逆に奴は不満らしいしな」
 一度、ドルス・スムの入り浸る酒場の屋根裏へなんとか侵入し盗聴を試みたが、なんにも考えてない奴ばかりだった。確かにあの中では、頭の良さに関してベルツが一番マシとなるのは仕方ないだろう。
 ドルス・スムが獣使いというのはオーシンからの情報なので確かなことだ。犬笛を使い5匹のドーベルマンを操るらしい。これが一般人に襲いかかったら、それが一番難しいところだ。死者こそ出ていないが、最初の頃は何人も襲われ脅され片足を失った者もいるらしい。
「殺さずに捕らえることを可能と仮定したら、その後はどうするの? 国外追放なんて不可能だし……他の街へ行ってしまっても危険でしょう? 殺さないとなると死刑にはできない。一生幽閉は無理よね。牢屋すらちゃんと無いわけだし、急いで牢屋だけ修復したって、それを見張るしっかりとした兵士もいないわ」
「その辺はもうノディアに任せるさ。それぐらいは彼女が一人で決めないとならないだろうが、仕方ない。まあ甘い考えは捨て置けぐらいの助言はしてやる。ただなぁ。これから本格的な復興に入るとなると、自警団みたいなものを持つまでには至らないだろうし、またそういう奴等が現れたときは困るよなぁ。そこまでの心配をするのもおかしい話だけど」
 俺のボヤきに、目線を落としたアランが小さく溜息をついた。何だろうと思ったが、何も言わないのでまとめることにする。
「かなり力押しおおざっぱだが、そんなところでいいか。予想通りに運ばなかった場合は、マッシュを歓迎している所へ奇襲をかけるってことで。歓迎会らしきものすら行わなかったら、もう更なる力押しで行くしかないな」
 大量の丈夫なロープがあれば他に必要なものなどないだろう。一般人には驚異となるチンピラでも、俺達からすれば単なるザコにすぎないのだから。
「大事なのはシナリオだからな。ノディアとオーシンに確認して、終わりだ」
 言い終えると俺は立ち上がった。ツバメのフェイを通じてドルス・スムの同行を探っているオーシンの所へ行くためだ。
 こういう事に集中している時は余計なことを考えないで済む。それは本当にありがたかった。

 

†  †  †

 

 宿までの道を歩きながら、セリスがぽつりと呟いた。
「アランは……この後、どうするのかなぁ」
 せっかくの二人きりの時間に過去の男の話を持ち出され、俺はカチーンとくる。が、それを表に出せない。
「聞いてみりゃいーじゃねーか。また、旅に出るんじゃねーの?」
 素っ気なく答えるしかなくって、それを聞いたセリスはしょぼんとする。一体、俺にどんな答えを期待してたんだ?
「うん……そうだけど…………」
 なんだか歯切れの悪い彼女に、俺はイライラしてくる。下らない嫉妬を溜め込んでいるから、そろそろ耐え難くなっているらしい。
「別に、俺に気兼ねすることねーんだぜ」
 つい嫌味たらしい言葉が口をつき、しまったと思うがもう遅い。
「え……?」
 一瞬、理解できないという表情になったセリスだが、次の瞬間顔を歪めて涙を浮かべた。
(やっべ……)
 俺は思わず引け腰になって狼狽える。
「ど、どういう意味?」
「いや……俺は……」
 しどろもどろになる俺を遮り、セリスは語調を荒げた。
「気兼ねってなによ。私なんかいなくてもいいってこと?」
「そうじゃなくて……」
 俺は溜息を飲み込んで、諦めがちに答えた。
「お前の意志や想いを無視して、縛ることは俺にはできないってことだ。今のお前は自由なんだから」
 それを聞いたセリスは、肩を振るわせ溜めていた涙をボロッと零した。
「なにそれ! あなたにとって私の存在ってその程度ってことなの? そんな簡単に手放せるものだったの? 信じられない……!」
 悲壮に叫ぶと、くるり、踵を返した。
「あっ……セリス!」
 咄嗟に追いかけようとした俺だが、必要以上に注目を集めていたことに気付き諦める。走り回ったりしてドルス・スムの配下に因縁つけられたりすると困る。
「……しょーがねー。明日、謝るか……」
 些細で下らない嫉妬から出た強がりで惚れた女を傷付けるなんて、まったくもってガキとしか言い様がない。これで見捨てられたら……そう思うと、俺はどうしようもない自己嫌悪に陥る。
「ダメだ。とてもじゃないけど、落ち着かねー」
 一人溜息をついてかぶりを振ると、彼女に謝るためにネーザの店へ戻ることにした。

 ネーザの家まで戻った俺は、店先を覗き、店番をしていたネーザに尋ねた。
「セリス戻りました?」
「ええ。さっき戻ったようだけど……?」
「そうですか、ちょっとお邪魔します」
 店側から家に入らせてもらう。
 自分の部屋で一人声を押し殺して泣いているのではないか、そう思うとひどく胸が痛んだ。
 だが、現実は俺の想像していたものとは全く違う、最悪のものだった。
 話し声に立ち止まる。応接間だ。何を話しているのかはよく聞こえないが、セリスはしゃくりあげているようで……。
 ドアを少しだけ開く。気付かれなかったのはいいが、そんなことはどうでもよかった。
「──────!!!」
 アランの胸に縋り泣きじゃくるセリスの姿───。
 それを目にした衝撃は、どう形容していいかもわからない。
 愛する女性が昔の男に慰めてもらっている姿は、俺にひどい動揺と憤りをもたらす。
 血が滲むほどに唇を噛みしめて、拳をわななかせると踵を返した。
 どうすることもできなかった。声をかけることも、ましてや引き剥がすことなど……。
(あいつは俺にあんな風に甘えたことはない……)
 それは、俺にとって決定的な違い思えた。
(俺じゃ……俺じゃあ……ダメなのか…………)
 己の不安の的中に、どうしようもない焦燥感が込み上げる。
 一体、自分に何が足りないのか、そんなことを考えてしまう。
(はっ、全てだ。全て。ガキで包容力もねぇ。つまらない嫉妬しかできないような男が、彼女に心から愛されるはずがない)
 そう思うと、ひどく虚しい気分になった。獰猛な獣が心の奥で目覚めるような感じにも思える。
(諦めるなど、俺にできるのか……?)
 彼女を失うと考えただけで胸が締め付けられる。目の前が真っ暗になりそうで、俺は宿まで駆け出した。



 泣きながら帰ってきたセリスを見て、アランはギョッとした。
「どうしたんだ?」
「…………もう嫌!」
 それだけ叫ぶと、セリスはアランの胸に飛び込んだ。
「何かあったのか?」
 彼女を抱き留め絹糸のような金の髪を梳くように背を撫でるアランは、優しい声で尋ねる。
「あの人は……ロックは、私のことなんて……どうでもいいのよ!」
 泣きながら叫ぶセリスは余りに痛々しくて、アランは思わず彼女を抱きしめる腕に力を込めた。
「何か言われたのか?」
 それには答えず、ただセリスはむせび泣く。アランは戸惑いながらも、慰めようと口を開いた。
「君が好きになった人だろう? 信じられないのか?」
「……信じられないのは彼じゃなくて自分よ! 彼に愛される自信がない……!」
 そう訴えるセリスに、アランは思わず苦笑いを零した。あることに気付いたからだ。
「昔だったら、君は俺の前でそんな風に泣いたりしなかったろうな」
「え……?」
 突然、意味のわからないことを言われ、セリスはぽかんとして涙に濡れた顔を上げる。
「そんな無防備な顔を見せもしなかった。君は不器用な人だ……。彼にそうやって素直になってごらん?」
「そ、そんなの……」
 アランは親指で彼女の頬の涙を拭いながら、優しく微笑む。
「無理?」
「………………」
 無理に決まっていた。できるものならとっくにそうしているのだから。
「でも、言葉にしなければわからないことがある。伝わらないことがある。恐くても、失いたくないから、後悔したくないなら、ちゃんと言わなければいけない」
 諭す言葉は優しい響きで、セリスは素直にそれに頷くことが出来た。
「う……ん……」
 実際、実行できるかどうかは別だったけれど。



 ネーザにお遣いを頼まれたノディアは薬剤入りの瓶を詰めた袋を抱え、アランを誘おうと彼の姿を探していた。
 寝室にいないところを見ると居間かしら?
 キョロキョロしながら歩いていると、廊下でロックにすれ違った。真っ青な顔をしてノディアに目もくれない。
「あの、大丈夫ですか?」
 どこか調子が悪いのかと、思わず聞いてみる。ロックはハッとして、
「あ、ああ。なんでもないんだ……」
 唇を歪めると──笑おうとしたのかもしれない──またボーっと歩いて玄関から出て行ってしまった。
「……? 本当に大丈夫かしら?」
 首を傾げながら居間の前に立ち、ノックをするのを躊躇った。少しだけ開いた扉──ロックが開けたままにしていったのだろう──から覗く光景に、ノディアも固まってしまったからだ。
 ロックが何故真っ青な顔をしていたのか分かり、同時に分かりたくなかったと思う。
「少しは落ち着いたか?」
 優しく穏やかなアランの声に頷くセリス。この二人は外見的にもとてもよく似合っている───似合いすぎている。
「ええ。取り乱してごめんなさい。それと、ありがとう」
 泣き腫らした顔ではにかむと、セリスはそっと身体を離す。アランは首を横に振り、
「いや。これぐらいいくらでも。あの時、何もしてやれなかったからな」
 儚い笑みを浮かべる。
(あの時ってなんだろう?)
 そんな疑問がノディアの頭の片隅を掠めたが、すぐにそれもどうでもよくなってしまう。
 ただ、衝撃だけが頭の中を支配していて、ひたすら動揺していた。
 動けず固まったままでいると、唐突にアランが振り向いた。
「……あ…………」
 見つかってしまい、ノディアは更に硬直する。
「ご、ごめんなさい。その……見るつもりはなかったんです」
 咄嗟に言い訳をするが、どう考えても覗き見ていたとしか言い様がない。だがアランは怒ったりもせず、セリスは恥ずかしそうに頬を赤らめただけだった。
「いや……どうかしたか?」
 困ったように頭に手を置いて、アランははにかむ。
「あ、お遣いに行くんで……でも、近くなんで一人で行けます」
 目一杯明るく言って、扉を閉めた。大きく溜息をついて、とぼとぼと歩き出すと後ろで扉が開く音がして、
「何言ってるんだ。一緒に行くよ」
 アランが追いかけてきてくれた。だが、嬉しいとは思えず複雑なだけだ。
「どこまで行くんだ?」
 アランは普段と変わらぬ口調だ。やましいものなど何もないといった風に。
「えと、市場近くの施療院です」
「そんなに近くないじゃないか。もっと自覚を持って」
「は……い……。そうですね」
 なんとか笑みを作るノディアに、アランは頭をかいた。
「変なところを見られちゃったかな」
 彼から話題を振ってきて、ノディアはどきりとする。聞きたくても聞けないと思っていたことだが、聞きたくない気もした。
「いえ。そんなこと……」
 消え入りそうな声で返すと、アランは苦笑いでこう言った。
「誤解しないでほしいんだ。別に俺とセリスはなんでもないから」
「……え……? でも……」
「───正直に言えば、過去のことだってだけだ。さっきは、まあ、泣いている彼女を放っておけなかったけど、別に他意があったわけじゃない」
 本当の事を話してくれたのは嬉しかった気もしないでもないが、(やっぱり……)と思ってしまう。過去に関係があったというのならあの態度も頷けた。
「俺は彼女を幸せにしてやれなかったけど、彼女には幸せになってほしいんだ」
「それは……今でも彼女を好きだからじゃないんですか?」
 失礼かと思ったけど、考えるより先に尋ねていた。アランは一瞬面くらい、
「そうだな。とても愛しているけれど……妹に対するみたいな感情でだな」
 苦い笑みを零した。
(本当なのかな……)
 疑心暗鬼であったけれど、それでも心底ホッとしている自分がいて、ノディアは溜息を飲み込んだ。
(そんなことを考えていられる時じゃないのに……)
 彼等がやって来る前よりも、弱くなっている自分がいて、たまらなく不安だった。

 

■あとがき■

 なんだか嫉妬とかけ離れていく……すみません;; 革命話が大きくなりすぎて……その中で節々で嫉妬する様を描きたかったんですが、またまた力量不足です【><。】 と、思って少し三角関係模様みたいなのを書いたら、なんだか……嫉妬とはまた違うような……。
 今回はちょっと長さが足りないかなぁと思ったので、書き直しながらやりました。実は時間がない中でのアップなので見直しをほとんどしません。後になって見直して、誤字脱字や矛盾点を修正したりしますけど。不備が多くて申し訳ありません。気付いたら気軽にカキコ下さいね。 (04.09.15)

6.激情の狭間で

 ドルス・スムのドーベルマンの世話をしているのは外れにある小屋に住む女だ。酒場を経営しているのとは別の女で、やはり奴の愛人らしい。
 その餌に痺れ薬を入れるのは、偉く大変だった。幻術なんかを使える奴がいれば簡単なんだろうが、残念ながら俺の仲間にそんな怪しい奴はいない。
 ドーベルマンが食べる餌は、毎早朝に肉屋が届ける。オーシンのツテで肉屋に変装しドーベルマンが食う生肉を届けたのはいいが、偶然その場にベルツが居合わせて、バレないかと俺は冷や汗をかいた。
 朝早くの一仕事を終えた俺は、陰鬱な気持ちを押し殺してネーザの家へ向かう。俺達がネーザの家へ入り浸っていることが、ベルツは気に入らないらしいが「ネーザはアランの親戚だ」と言ってあるから、何も言えないでいるらしい。
(色々、面倒なことばっかだ……)
 珍しくもそんなことを考えてしまい、よくないと思い直す。
 セリスのこと一つうまくいかないだけで、世の中が灰色に見えてくるのだから恐い。が、それを表にだしていい年齢でもない。ましてや今はやらなければならないことがある。一度引き受けた以上は、私情を挟んで無為にしてしまうわけにはいかない。
 戻った俺は少し前までと変わらぬ態度で、待っていたノディア達に告げた。
「一応、うまくいったはずだ。予定通りあの肉を食べてくれれば、の話だがな。マッシュ達は昼前にやって来るはずだ。それまで、ドルス・スム達の動向をよく見ておくんだな。できれば手下全員の所在がわかった方がいい。一人でも一般市民を人質にとられると厄介だ。それはフェイとツバメ達に頼むとして……」
 俺がオーシンを見ると、奴は力強く頷いた。
「ノディアとネーザは用意しておいた正装に着替えて、アランとセリスもちゃんと騎士鎧つけておいてな。らしく振る舞えるよな」
 二人を見ると、セリスは一瞬顔を強ばらせ、アランと共に首肯した。セリスの態度には気付かないフリで続ける。
「俺はベルツに張り付く。マッシュ達は町の入り口すぐの広場で責任者を問うだろう。近いから宿屋で待機していた方がいいな。マッシュ達が現れたらベルツ達を先に行かせる。名乗りを上げたところでノディアが出ていって己の身分を明かす。ここでドルス・スム等が抵抗してくれたら一網打尽にするが、ひとまず大人しく引き下がろうとした場合でも『町を荒らす無法者は出て行け』と言えば挑発に乗るだろう。俺はそれまでにベルツをどうにかしておいて、加勢するからさ」
 ノディアは母から受け継いだという王家の者しか持たない印の付いた指輪を持っている。それが本物かどうかなど誰にもわからないが、それはこの際置いておくしかない。
「ずさんな計画で悪いな……」
 俺は溜息を飲み込んでノディアを見た。粗だらけの計画が恥ずかしいが、今の俺にはこれが精一杯だった。
「いえ。色々とありがとうございます」
 はにかんだノディアは深々と頭を下げる。潔いのかもしれないが、人の上に立つ者としては相応しくない振る舞いだ。
 それに、出会った当初より頼りなくなったように感じる。不安が増してきたせいなのだろうか──この時点ではアランに対する恋心のせいだなどと、俺が気付けるはずもなかった。
「頭を下げるのは構わないが、舐められることは確かだから気をつけろ。他人を慮る気持ちを殺して、他人を押さえつけなければならなくなる。自分が正しいと思ったなら、誰が何を言おうと貫き通すんだ。議員制にすると言っても、それまではあんたが一人で引っ張ることになる。得に政策ってのは最初こそ辛いものが多い。長い先を見て国を動かすなら、国民の非難を覚悟で行くんだからな。まあ、頭を下げて理解してもらおうという姿勢も、あんなみたいな若さなら許されるかもしれないから、逆に利用するっつーのも手だけどな。まあ、他人の期待に応えようとかは思わなくていいと思うけどな。余計なプレッシャーを背負う必要はない」
 俺の言葉に目をパチクリさせたノディアだが、力強く頷いた。

 

†  †  †

 

 ベルツは朝からいつもの酒場で不機嫌そうにしていた。
「いやに不機嫌そうだな」
 ドルス・スムに声を掛けられ、ベルツは唇を歪めウイスキーを煽った。
「なんか、嫌な予感がすんだ……」
 ボスである男に大してタメ口をきいているところを見ると、ドルス・スムにとってもベルツは同等程度に認識されているのだろうか。
「あの噂か? 王族の生き残りがいるとかいう」
 鼻で笑い全く気にもとめてない風のドルス・スム。器が大きいというよりは危機感がなく愚鈍なだけだ。
「突然沸き上がった噂だっつーのが気になるんだ。何らかの意図があって広められたような気がすんだ」
「だとしても、何ができる? 何ができるような奴がこの町にいるか?」
「ああ。だから、腑に落ちないんだ。ボス、一応、気を付けてくれよ」
「誰に言ってんだ」
 顎を突き上げて笑う姿に、俺は内心肩をすくめた。
(せっかく忠告してくれてんのになぁ。ま、じゃなきゃ困るが……)
 埃っぽい屋根裏で、俺はバンダナをマスク代わりに息をひそめる。
 それからは下らないことばかりで、聞く価値もないことばかりだ。背中を丸め這うような姿勢で耐えているのはかなり辛い──潜入なんて久々だから、かなり慎重になっている。
 昼過ぎになって、やっとチンピラが駆け込んで来た。
「ボス! なんだかフィガロからの使者とか言うのが来ました! 町の広場に……この町の責任者を呼んでます!」
「なにぃ? フィガロ?」
 世界中で最もまともに機能している国だ。急に酒場の中が慌ただしくなる。
「俺が出なきゃ、出る奴なんざいねぇな」
 参ったなぁ、とでも言いたげに呟いたドルス・スムは、部下を引き連れて酒場を出て行った。
 俺は慌てて屋根裏から出て尾行を始める。運良く最後尾を歩いているのはベルツだ。わざと奴には見つかるように……。
「………………」
 角を曲がるところでベルツが足を止めた。鋭い眼光で振り返る。
「なんの真似だ?」
「例の噂について、ね。取引しねーかと思って」
 三白眼が細められ胡散臭そうな表情のベルツに、俺は飄々と続けた。
「どうする?」
「こちらが得するとは思えねーな。とりあえずそっちの条件を聞こう」
 吐き捨てるように告げるベルツに、俺は肩をすくめた。
「ノディアから手を引いてほしい。まさか本気で惚れているわけじゃないんだろう?」
 しゃべりながらベルツの目前まで歩みを進める。ベルツは頬を引きつらせ己を落ち着かせようと息を吐き出しながら尋ねてきた。
「なんのためにそんな要求をするんだ?」
「王家の血を引く野郎がどうなっても、ノディアさえ守れればそれでいいからさ」
 よくもこんなことが言えると自分でも思うが、演技ならいくらでもできる。
「……口で言うだけなら、俺はイエスと言う。それじゃあんたは信用しねぇだろう」
 ブスッとしたベルツに、俺は再び肩をすくめ……ポケットへ入れていた瓶の蓋を開けて、素早く中身をベルツの顔にぶちまけた。
「なっ……」
 奴が動こうとした時には遅い。即効性の麻酔薬だ。
「てめぇ……」
「悪いな。お前は邪魔なんだ」
 ニヤリと頬を緩めて、崩れ落ちるベルツの腹に一発ぶち込んだ。ロープで決して解けぬように手首を足首を縛り、猿ぐつわを噛ませて路地の物置の脇に転がす。
「さ、俺も急ぐか」
 呟くと、広場に向かって駆け出した。


 広場へ行くと、マッシュ達とドルス・スム等が対面していた。周囲を野次馬が囲っている───これが厄介なんだ。
「貴殿等が町の責任者ということで、いいのかな?」
 外務大臣グレンシルが、周囲の市民を見回して尋ねた。彼等は身を寄せ合って何も答えようとはしない。
「……誰も同意されないようですが……?」
 ドスル・スムはこめかみをヒクつかせながらアルブルグ市民を振り返った。一般市民は息をのんで目をそらし、自分からは何かを言おうとしない。
 そこで、凛とした声が響いた。
「お待ちください!」
 宿屋へ続く階段から下りてくる4人の人影。セリスとアラン、ネーザを従えたノディアだ。正装と言っても、ノディアが身に着けているのはドレスではない。男物の正装だ──ドレスでは舐められるからと、わざわざあつらえた。
 銀の揃いの鎧を身に着けているセリスとアランは、二人で対のようで美しかった。俺はドスル・スム等が気を引かれている隙に、民衆に「下がってろ」そう言って回る。
「彼等はこの町を力で押さえつけようとする無法者に過ぎません」
 階段を下りきったノディアがよく通る声で告げる。あの度胸がどこにあるか不思議なぐらいだ。
「───どういうことです?」
 ドルス・スムに向かって尋ねたのはマッシュだ。熊並の体躯にエドガーが身に着けるよりは多少簡素だが彼にしては驚くほどのきちんとした正装をしている。
「無法者とは聞き捨てならねぇな。俺達は王族を失い乱れていた町を統治したんだ」
 堂々とそんなことを言ってのけるドルス・スムにもびっくりだ。
「暴力を振るい人々を脅えさせる者が統治とは、笑わせます」
 冷たく言い放ったノディアは、俺から見てもかっこよかった。
「あなたは……?」
 マッシュに尋ねられ、ノディアは王族がするのと同じ礼をした───立ち振る舞いから全てにかなり練習を重ねていた成果だ。
「前王マイコフスキー・アルブルグの孫に当たります。ノディアと申します」
「王家の血を引く方なのか……!」
 外務大臣グレンシルはかなりの演技派だ。無骨者のマッシュには出来ないだろう。
「はい。わたくしは王家で育ったわけではありません。ですが、このような者達にこの国を任せておくことなどできず……立ち上がる機会を窺っておりました」
 怒鳴ったり叫んでいるわけではないのに不思議とよく響く彼女の声に、皆が聞き入っている。
 噂に広まっていた王家の血を引く者が、若くて容姿も美しい娘だという事実に驚き戸惑っているのだろう───無理もない。
「あなた方には即刻退去を望みます」
 真っ直ぐにドルス・スムを見て告げた。ドルス・スムは一瞬怯んだようだが、
「証拠もないのに突然、出てきて、王族の血を引いてるだなんて誰が信じるってんだ?」
 慇懃無礼な笑みを浮かべた。そう返されるのは承知の上のため、ノディアは冷静な表情を崩さない。
「母から受け継いだ王族のみが持ちうる指輪があります。それと、わたくしは王として君臨するつもりがあるわけではありません。王族の血を引く最後の生き残りとして、この国の議会制化を望んでいます。抑圧の支配者になろうと言うのではありません」
 きっぱりとした彼女の姿勢に、一つの拍手が起こった。それを機に、拍手が民衆中に広がっていく───最初の拍手はオーシンの知り合いに頼んださくらだ。
「ふむ……。どうやら、あなた方は民衆に認められていないようですな……」
 どうしたものかと考え込むように、グレンシルが呟いた。ドルス・スムはこめかみに青筋を浮かべ拳を握り締めている。
「俺は! 認めねぇ! 小娘に何ができるってんだ!」
 叫んだドルス・スムは、首にかかっていた笛を吹いた。音はしない。犬にだけ聞こえる特殊な波長を出す笛だ。
 だが、犬はやってこない。
「……?」
 不審そうにドルス・スムは周囲を見回す。配下の男達は動揺し、オロオロしていた。こうも目論見通りにいかれると、俺が騙されているような気がしてくる。
「くそっ、小娘ごときが! やっちまえ!」
 怒声に押され、チンピラ達が武器を構えてノディアに襲いかかった。
 予想通りの展開のため、すかさずセリスとアランが剣を抜いて彼女の前に出る。
 俺は右側の民衆の前に出てアルテマウェポンを抜いた。左側はオーシンがいるが、そっちは少しばかり心配だ。
 セリスとアランは殺さぬように腕や足を傷付けてチンピラをのしていく───相手が弱いからできることだが。
 チンピラ達は民衆まで襲ったりはしなかった。セリスとアランが次から次へと倒してしまうから、その余裕がなかったのだ。
 決着は短時間でついた。一人残ったドルス・スムは、じりじりと後ずさり……小さな子供に手を伸ばそうとしたが、それを俺のアルテマウェポンが遮った。
「何する気だ?」
 子供を盾に取ろうとするなんて、卑怯にもほどがある───常識の通じるはずがない悪党に向かってそんなことを思ったところで無駄なのだが。
 首の皮一枚のところに剣先を置かれ、ドルス・スムは中腰のまま固まった。
「見せしめって結構大事だと思わねぇ? それには首を落とすのが一番だよなぁ」
 ひっそりと囁くと、ドスル・スムは息を呑んで固まった───思っていたより根性がねぇなぁ。
「ふん」
 俺は軽く鼻を鳴らし剣を引く。ドルス・スムがホッと力を抜いた時には、鳩尾に蹴りを埋め込んでいた。
「っぐぅぅっ……」
 潰れたカエルみたいな声を上げて奴が蹲る。俺は肩をすくめて素早く奴を縛り上げると、アランに引き渡した。
「わたくしは暴力に訴えられない限り、暴力を返したりは決してしません。わたくしが代表として名乗りを上げることに不満があるのならば、言って下さってかまいません」
 ノディアがざわざわしている民衆を見回す。皆、何か言いたげではあるが、何を言っていいたわからなそうでもある。
「わたくしは普通の娘として育てられたわけですし、突然出てきてなんだとお思いかとも思います。わたくしはドルス・スム等の排除を望んでいましたが、自らの統治を望んでいるわけではありません。皆の意見を聞き入れ公平な統治を望んでいます。……ひとまずは、わたくしが代表者としてフィガロからの使者の方のお話を聞きます。それで構いませんか?」
 懸命なノディアの言葉は決して高圧的ではない。しーんと静まりかえる広場で、最初に賛同の声を上げたのはさくらでもなんでもない古着屋の女店長だった。
「あんたが噂の『王族の血を引く者』だったっていうのは驚きさぁね。でも、ま、ドルス・スム達よりはマシじゃぁないの」
 それを聞くと、他の者も頷いたり同意を始めた。
「……そうだな」
「誰かがまとめなきゃいけないわけだし」
 首を傾げたまま何も言わない者もいたが、仕方がないだろう。いくらドルス・スム等を排除してくれたとは言え、簡単に納得できることではない。
「見苦しいものをお見せして申し訳ありませんでした」
 グレンシルとマッシュに向き直ったノディアが言う。グレンシルは慈悲深い笑みを浮かべ、
「いいえ。失われたはずの王家の血が残っていたということは、再建に向けて皆の励みになることだと思います」
 穏やかに告げる。ノディアははにかんで答えた。
「ありがとうございます。それで、申し訳ないのですが城も崩壊しお迎えできるような場所は現在ありません。お話を聞くのは普通の家になってしまうのですが、構いませんか?」
「突然訪れたのはこちらです。お気になさらず。本日参ったのは、無法者に支配されて再建が進んでいない。だが王家の血を引く者がいるという噂を聞いて、参った所存です」
 仰々しく述べるグレンシルの後ろでは、マッシュが所在なさそうに立っている。きっと居心地が悪いのだろう。俺は吹き出すのを堪えていた。
「お話の続きは当方の飛空艇でいかがでしょうか」
 というグレンシルの申し出をノディアは快く受けたため、残った民衆は不安そうな顔をしながらも散っていった。
 ちなみに倒したドルス・スム一家はフィガロの兵士が縛って閉じた水門の向こう側に閉じこめ、見張りを立てた───簡易牢としてはなかなかの案だと感心した。

 

†  †  †

 

 役目を終えた俺は、オーシンの家で話をした後、宿屋へ戻り荷物をまとめていた──セリスとアランは騎士のフリをしてノディアについていったままだ。
 このまま誰にも会わずに旅立ってしまいたい。そんなことばかり考えている自分がいて、俺は盛大な溜息をついた。どうせ誰も見ていない。
「らしく、ねーなぁ」
 逃げることばかり考えている自分に嫌気がさす。黙って旅立つことは、自分のためにもセリスのためにもならない。わかっているけれど、その誘惑をはねつけられない自分がいた。
 セリスと話すべきなのはわかっている。ただ、何を話せばいいのかわからなかった。何を言えばいいのかわからなかった。
 会えばまた傷付けてしまうかもしれないとも思う。それは自分が傷付きたくないというエゴからなのは明白で、自分の弱さに吐き気がした。
 彼女はまだ俺と行くつもりがあるのかどうか───そんなこと今さらないだろうという思いと、この間のあれはきっと誤解だという思いが半々だ。
 考えても仕方がない。夜になったら飛空艇へどうなったか聞きに行くとして、それまでフテ寝することにした。


 ぐっすり寝入ってしまった俺が目を覚ましたのは、扉を叩く音でだった。
「ふぁあい」
 欠伸を噛み殺しながら何も考えず扉を開けると、そこに立っていたのはセリスだった。
「……おぅ。どうした?」
 気まずさを隠せずに尋ねる。セリスは不安そうな表情で、
「マッシュ達が呼んでるわ……」
 ぽつりと告げる。彼女の方も俺の顔を見るのが嫌だと見た。
「ん。わかった。すぐ行く」
 一度、扉を閉め軽く身支度を整えると、セリスはまだ扉の前で待っていた。彼女も一緒に呼ばれているのだろう。勝手に解釈し、
「悪い。待たせたな。行こう」
 彼女の顔を見ずに歩き出す。
 飛空艇はアルブルグより少し離れた平原に停泊していた。町を出てしまうとただただ静かで、気まずいこと限りない。
 沈黙に耐えきれず、俺は尋ねた。
「アランに、これからどうするか聞いたか?」
 セリスは一瞬戸惑ったが、「ええ」小さく頷く。
「そうか……」
 だがそれ以上言葉が続かなくて、更に気まずくなってしまった。
(俺は馬鹿じゃなかろーか)
 げっそりした思いで溜息を飲み込む。
 飛空艇まであと少しというところで、今度はセリスが口を開いた。
「あの……」
「ん?」
 足を止めた彼女に、俺も立ち止まる。振り返ると、俯いて泣き出しそうな表情のセリスがいた。
「どした?」
 途端に切なくなって、優しい声で尋ねる。結局は惚れた弱みなのだ。好きな女の弱い部分を見せられて、自分本位に冷たくできるはずがない。
「いつ、アルブルグを出るの?」
 上目遣いに尋ねられ、俺は一瞬言葉に詰まる。余り考えていなかったからだ。
「これ以上残っても仕方がないし、明日、明後日には発とうと思ってる」
 無難な答えを返すと、セリスは小さく息を吐いた。
「……………………」
 何かを言おうとしたセリスだが、
「おーい、遅いぞ」
 飛空艇の入り口からマッシュに叫ばれ、遮られてしまう。
「悪いな」
 はにかんで手を上げると、セリスは諦めがちな表情で、
「行きましょう」
 先に立って歩き出した。
 一体、何が言いたかったのか……。聞きたいような聞きたくないような、胸の奥がくすぶって気持ち悪いことこの上なかった。


 話を聞いて飛空艇を出た時には、もう真夜中になっていた。久々の再会で酒まで出てきてしまったから仕方がない。これでも控えたつもりだが、機嫌が悪いせいか多少酔いが回っている気もした。
「ネーザの家まで送るよ」
 いくら気まずくてもそれぐらいは当然だ。例え彼女の心が他の男のものになっていたとしても、俺は彼女を大事に想っているのだから。
 飛空艇から離れると、セリスはか細い声で尋ねてきた。
「アルブルグを出たらどこへ行くの?」
 また何も考えてなかった俺は、つい「お前はどうしたい?」そう尋ねそうになって留まる。いつもの台詞を口にすることができず、
「まだ考えてないんだ」
 正直に答えるしかなかった。俺の返事を聞いたセリスは、何度も口を開こうとして止めた。言いにくいことなのだろう。俺は彼女が言おうとしている言葉を聞くのが恐くて逃げ出したくなる──そんなかっこ悪いことできるはずねーけど。
「私は……どうすればいいの?」
 彼女の問いは珍しくも随分流動的なものだった。大事なのは彼女がどうしたいかであり、彼女はそういうことをわかっている女性なのに。
「どうすればいいかなんて、俺に聞くことじゃないだろう。お前が何を望んでいるか、なんだからさ。この前も言っただろう。俺に気兼ねすることはない」
 一昨日抱き合っていた二人を見てしまったら謝罪の必要すらないと思え、この前と同じ事を諦めの滲んだ声で告げると、彼女はくしゃりを顔を歪めた。
(うわっ、またやっちまった)
 俺は焦ったが、彼女は泣かなかった。ただ、悲痛な表情を浮かべ震える声で呟いた。
「あなたは……私を愛してくれているのかと思ってた……」
 彼女の言葉は俺の胸に深く突き刺さった。俺は何度も彼女に「好きだ」と告げてきたのに、そんな風に言われてしまうのだと思うとやるせない。何を言っていいのかもわからなかった。
「私が重荷になったのなら、何故そう言ってくれないの? そんな遠回しに言うなんてずるいわ」
 そんなつもりはないのに責められ、俺は少しだけムッとする。
「俺がいつそんなことを言った?」
 思わず強い口調で詰問すると、セリスがたじろいだ。俺の気もしらず責められるなんて心外だ──酔っているせいか感情のセーブがきかない。
「俺は何度もお前に好きだと言ったはずだぞ。お前が昔の男の剣を後生大事に持ってても、振り向いてくれるまで諦めないと思って、好きだと言ってきた。俺の想いに応える素振りすら見せず、アランばかりを想っていてもだ!」
 酔った勢いで本音を漏らした俺に、セリスは目を見開いて呆然としていた。俺は苦々しい思いで顔を背ける。
「そんな……私は…………そんな風には…………」
 ぽつりぽつりと言葉を漏らすセリスは、混乱しているようだ。が、それを慮る余裕は今の俺にはない。
「レイチェルのことでお前をたくさん待たせたから、俺だって待とうと思ったさ。アランの安否が気になるっていうのなら確かめてやろうと我慢したさ」
「……そんなの……だって……一言も…………」
 セリスはしどろもどろになる。責め立てすぎたと俺は我に返り、素直に謝った。
「悪い。お前を責めても仕方がないな。俺の下らない嫉妬にすぎないんだ。……気にしないでくれ」
 言い置いて俺は歩き出した。これ以上しゃべると惨めになるだけだと思った。だが、
「待って……」
 呼び止められて立ち止まる。振り向くことはしない。彼女を見るのが辛かった。
「あの、私はもうアランのことなんてなんとも思ってないの。ううん。そりゃ、大事な人だけど、兄に似た感情で……私は、あなたが好きなのよ」
 思いも寄らぬ言葉に振り向いてしまった。セリスは胸の前で祈るように両手を組み、涙を浮かべていた。
「確かにあなたは何度も好きだって言ってくれたけど……その……不安だったの」
「……不安?」
「ずうっと一緒にいるのに、あの……キスしかしてくれないし…………」
 恥ずかしそうな彼女の告白に俺は面食らった。遠慮して何もできなかったのが裏目に出ていたなんて、わかるはずもない。
「気付かなくてごめん」
 自分に呆れながらはにかみ、俺は彼女に近付いて腕を伸ばした。久々に抱きしめた彼女は草原の夜風にさらされ冷たくなっていた。
「正直言うと、俺は結構無理して我慢してたんだ。まあ、俺も自信がないっつー気持ちの方が強かったんだけどな」
「私達、互いに遠慮してたんだね」
 くすりと漏らすセリスに、俺は頷いた。
「でも、もう遠慮はしないからな」
 宣言すると、彼女は照れたようにはにかんで、
「うん。遠慮しないでね」
 可愛らしい声で呟いた。

 

†  †  †

 

 翌日、アランの言葉に耳を疑った。
「俺はアルブルグに……ノディアの元に残る」
 俺とセリスは顔を見合わせてから、アランの顔をまじまじと見る。至極真面目な表情───冗談でそんなことを言うような奴には見えないけれど。
 二人から見つめられて、アランは困ったような顔ではにかんだ。
「別に俺はやることもないし目的もない。……気丈に振る舞っていた君を支えきれなかった俺は、彼女でそれを贖おうとしているのかもしれないけどな」
 自嘲気味にもらされ、俺は苦い思いになる。似たようなことを思った覚えがあったから。
「まあ、お姫様には護衛の騎士ぐらい必要だろう。王政でないとしてもな」
 フォローにもならぬ言葉しか出なくて、俺って本当に気が利かねーが仕方ない。
 それを聞いたノディアは、顔を真っ赤にして「信じられない」そう何度も呟いていた。どうやら彼女はアランをお気に召しているらしい───鈍感な俺でもさすがに気付いた。
 ノディアはこれから大変だろうけれど、きっとアランが支えてやるだろう。奴がどこまでそうするつもりなのかはわからないけれど、きっと大丈夫だと思った。


「本当に世話になったな」
 出立の日、見送りに出てくれたオーシンが言った。ノディアは早速忙しいようで、見送りに行けないことをしきりに謝っていた。
「大したことはしてないさ。本当に大変なのはこれからだしな」
 俺は肩をすくめる。自分自身のこれからを考えたくないなどと考えていたなんて嘘のように余裕がある──俺も現金なものだ。
「困った時は呼べよ。まあ、世界中を旅している俺をどうやって呼ぶかは、お前達が考えるんだな」
「これ以上お前に借りを作るわけにゃいかねぇ。ま、いつでも気軽に寄ってくれよな」
「ああ。じゃあな」
 さばさばした挨拶を終えると、俺達の出発まで待ってくれていた飛空艇に乗り込んだ。
「とりあえず、久々にどこぞの王様の顔でも見に行くか」
 俺は晴れ晴れしい気持ちで、そう呟いた。

 

・ fin ・

 

■あとがき■

 やあっと! 完結いたしました。また長い連載になってしまい、申し訳ありませんでした。しかも“激情”が余り出てこなかった。。。話作りもしっかりと、しかもそういう嫉妬も絡めてっつーのがどれだけ難しいかよくわかりました。
 あと、こういう作戦モノは知識のない私にはダメですな。拙い話になってしまいました(革命部分が)。
 ちなみに、やっぱり最後だけ長くなってしまいました。この長さ調節は難しいよね。まあ、小説とかでもやたら分厚い巻とかあるけどw
 これをもって、アオゥルさんに捧げさせて頂きます。受けた時は4月にはお届けできるかもとか言っておいて、遅くなってしまい本当に申し訳ありませんでした。またまた色々なことを詰め込みすぎて、嫉妬が薄くなってしまった気もしますが、『prisoner』と全く違うものにしたかったので、こうなりました。どうかもらってやってください。 (04.09.20)

【この頁で使用させて頂いた素材サイト様】 ClipArt:Studio Blue Moon

Original Characters

アラン・フィンダル ベクタ出身。帝国軍氷薔薇騎士団副将軍としてセリスの片腕であり、恋人でもあった。魔導研究所から逃げ出した実験体の孤児を匿いケフカに処刑されたはずだった。千年以上前から続く騎士の家系で「エンド・オブ・ハート」という剣を受け継ぐ。濃紺の瞳にブロンドの青年。剣を扱う割には痩せて見える。身長は183cm。
カスタムール・ゼィロ ベクタ出身。ケフカの腹心。慇懃で嫌味な男。
マルー アルブルグ出身。アルブルグの宿屋の女将に拾われた少女。
オーシン アルブルグ出身。リターナーの一員でアルブルグの西で雑貨屋を営む男。ツバメのフェイと会話ができ、偵察に使っている。
ドルス・スム アルブルグ出身。世界崩壊後、町を取り仕切るようになったチンピラのボス。 酒場「ラキメデス」を根城にしている。
ノディア アルブルグ出身。アルブルグ前王の隠し子の娘。ドルス・スムを排除し王女として立ち上がろうと決意。赤みがかった巻き毛に緑の瞳をした23歳。負けん気が強いが、繊細で脆い部分も持ち合わせた少女。
ネーザ アルブルグ出身。ノディアが働いている薬草店の店主。きつい顔立ちの神経質で生真面目な女性。
ベルツ・カーク 帝国出身。ドルス・スムの右腕。ノディアに言い寄っている。悪知恵が働く男。
グレンシル フィガロ出身。フィガロの外務大臣。(他の登場小説「passion」)