Andante



1.星に願いを

 小さい頃亡くなった両親の記憶はほとんどない。
 面影すら覚えておらず、「優しかった」という事実は覚えているがどう優しかったか記憶にない。
 だけど、母親が「流れ星に願いを掛けると叶う」そんなことを言っていたのは覚えている。4歳の時。流星群を親子三人で見に行き、その翌日に両親が死んだ。だから小さい時のことなのにそれだけ記憶に残っているのだろう。
 私自身、それを本気で信じているわけではない。いや、正確には信じていたけれど、今は信じることができなくなっていた。
 孤児としてベクタの施設に引き取られた私は、何度も星に願いを掛けてきた。流れ星を見れる機会自体がほとんどなかったが、それでも毎日夜空を眺め流れ星を探した。
 流れ星を見つける度に私が願ってきたこと……それは、平和に暮らせるようになることだった。

 私と両親は、帝国領の端の村に住んでいた。アルブルグ近い小さな農村だ。
 荒れた地に作られる畑は決して豊作になることはなかったが、それでも彼等は慎ましく暮らしていた。
 それが変わったのは、私が4歳の夏。帝国軍がアルブルグ侵攻への本拠地として村を占拠してからだ。
 ただでさえ貧しい村は更に貧しくなり、激しくなる戦渦は村までやってきた。アルブルグ軍が夜襲をかけてきたのだ。
 数少ない村人は武器を持たないがためにほとんどが殺され、辛うじてアルブルグ軍を退けたものの、村は壊滅状態。私は軍医に連れられベクタの施設に入れられた。
 戦争が大嫌いだった。早く終わってほしかった。だが、そのためには「戦争を早く終わらせるしかない」そう誰もが言った。
 私はそれを信じて、将軍まで成り上がった。
 だけど……帝国は侵略を広げるばかりで、戦争が終わる気配はなかった。自分と同じ想いをする人間が増えることに耐えきれなくなった。
 祈るだけでは決して願いは叶わないと、努力したけれど……自分の努力が意味のないものだと悟った。
 そんな絶望の中で出会ったのが、ロックだった。
 どこまでも真っ直ぐな人。自分の信じる道を疑うことを知らない人。彼のひたむきな強さに惹かれた。
 恐らく容姿云々は全く関係がなかっただろう。彼は一般的観点から見てもどちらかと言えば容姿が整っていると言えるが、例え醜かったとしても、あの濃紺の瞳があるなら惹かれたに違いない。
 だけど彼にはあの瞳で、真っ直ぐに先を見つめる強い光を放つ瞳で、時に憂いを帯びる済んだ瞳で、見つめる恋人がいた───。
 最初は私自身、惹かれていることに気付いていなかった。だからエドガーの「勘違いしちゃいけない」という忠告で、初めて勘違いしていたことに気付いた。
 彼は誰にでも優しい。だから私のことも敵なのに見捨てられなかった。二人きりで旅していた時には気付けなかった簡単な事実に、ひどく打ちひしがれた。
 こんな気持ちになったことはなかったから、それが恋だなんて気付けなかった。
 気付いてしまうとロックの優しさは辛いだけだった。エドガーに「勘違いなんてしていない」そう啖呵を切ったくせに、優しくされるたびに期待してしまいそうになるから。
 だけど、コーリンゲンで、彼の誰かを守ることに対する拘りの根源を知った。ロックは恋人を守れなかったことを悔いて誰かを守ることに固執し、その恋人を生き返らせるために生きているんだと知った。
 ───これ以上は期待しないようにしよう。
 そう心に決めたのに、ロックが優しいから。誰にでも優しいロックだけど、私にはもっと特別な気がして、そんな錯覚を起こして……愚かだ。
 あれだけ多くの人を苦しめて、私はこんな些細なことに対応できずに苦しんでいる。きっとそんな資格すらないのに、どうしようもない。生まれてしまった恋心は、消すことができなかった。

 

†  †  †

 

 私達はティナの心を落ち着かせるため、帝国に渡る手段を探してオペラ座に滞留していた。オペラ座の看板女優であるマリアをさらいに来るという世界で唯一の飛空艇の持ち主セッツァーに接触するためだ。
 信じられないことに私と容姿がそっくりだというマリアの身代わりを演じることになり、私は猛特訓を受けていた。
「はぁ……」
 夜になると連日の練習の疲れがどっとくる。私はテラスに出て夜風に当たりながら盛大な溜息を吐きだした。
 練習時間は辛いけれど何も考えなくてすむ。だから大変でも嫌ではなかった。しかし夜になると……色々考えてしまう。
 疲れているのだからすぐに眠れればいいのに、いつまで経っても答えなど出るはずもない、同じ事を延々とぐるぐる考え続けてしまう。
「考えても答えなんて出ないのに……」
 つい声に出して呟くと、
「なにがだ?」
 背後から声をかけられた。振り返るとロックが煙草に火を点けようとしていた。
「う、ううん。なんでもないの」
 私は誤魔化すように笑うことしかできない。
 答えなんてないのだ。私は振り向いてもらえなくともロックに恋してしまっていて、辛くて苦しくて逃れたいけれど逃れられない。考えてもそれが変わることはないのだから。
「随分根詰めてるみたいだけど、無理するなよ」
 ロックは毎日同じようなことを言ってくる。私は練習漬けだけれど、ロックやエドガーは公演の日を待っているだけで時間を持て余しているようだ。
「うん。ありがとう。……ロックは、毎日暇そうね」
「ああ。ダンチョーの奴、掃除ばっかさせやがる」
 ロックはむくれて私の隣に立つと、テラスに寄り掛かった。私はそっと彼の横顔を盗み見る。
 月明かりしかなくてはっきりとは見えない。でも、ずっと見つめていられたらと思う。
「マッシュなんかは掃除とか得意そうね。でも、エドガーも掃除しているの?」
「いや、エドガーは帳簿の計算手伝わされてる。マッシュはなぁ。一生懸命なんだけどなぁ。力の加減ってものを知らねー。高価そうな置物とか壊しそうでハラハラしてるよ」
 ロックの物言いに私は思わず吹き出した。マッシュがいい人だけに、その話は笑える。
「よかった」
 笑みを零したロックの言葉に、私はキョトンとなる。
「お前の笑顔が見れた」
 そしてその言葉に思わず赤面した。彼は何気なく言っているだけだろう。恐らく他に誰にでもそういうことを言う。他意なんてない。なのに意識してしまって私は俯いて可愛くないことを口にした。
「エ、エドガーみたいなこと言わないでよ」
「エドガーみたいなこと?」
「笑顔が見れたなんて、そんなキザなこと、まるでエドガーじゃない」
 エドガーは意識してフェミニストを演じているように思える。ロックは素だから、誰にでも同じように振る舞うから面白くなかった。素直に受け取れずにいた。
「キザ? キザか!? ……そうか……キザか……そんなつもりじゃなかったんだけどな」
 首をひねりながらポツリと呟くロックに、私は憮然と言った。
「そんなつもりじゃないことぐらいわかってるわよ。でも私はわかってるからいいけど、ちょっと誤解されやすいと思うから控えたら?」
「誤解? 何を誤解するんだよ」
 ロックはさっぱりわかってないらしい。こういうことに関して鈍感なのだろうか。本来なら恋愛経験ゼロの私の方が鈍感だと思うけれど……今は意識過剰になっているかもしれない。
「その、自分に気があるのかもしれないって誤解する子もきっといるから、変に期待させたら可哀想でしょ?」
 私に期待させないでほしいから、そう言った。直接「期待させないで」そんな風に言うことはできない。自分の気持ちを知られたくない──態度に出ているから気付かれている可能性もあるけれど。
「はぁ? そんな誤解なんかするかぁ?」
「女心がわかってないのね。それじゃあ、レイチェルさんもいつも心配だっただろうに」
「なんでレイチェルが関係するんだよ」
「自分の恋人が自覚ナシに誰にでも優しかったら不安になるんじゃない? 普通は」
「……………………」
 ロックは納得いかなそうに煙草をふかす。そしておもむろに尋ねてきた。
「お前だったら不安になんのか?」
 一瞬答えに詰まったものの、私は笑い飛ばしてしまうことにする。
「私? 私は恋人なんてできないもの。誰が私の恋人になんてなりたがるのよ」
 将軍時代に散々陰口をたたかれてきた私は、可愛らしい女でないことは自覚している。そして必要であれば人を殺すことすらできる冷酷な女だ。
 だけど、ロックは笑わなかった。真っ直ぐに私を見て断言した。
「それは帝国にいた頃の話だろ? 今は違う」
「違わないわよ。何も……。私自身が、特定の誰かを好きになるなんてできない」
 できないんじゃなく、特定の誰か──ロックに片思いしている状況がただ辛いだけだけれど。
「何故?」
「何故って……その……別にあなたには関係ないでしょ」
 誤魔化す言葉も見つからず、ついそんな風に言ってしまった。するとロックは固い声で、
「関係なくねーよ」
 そう呟いた。思わず私の心臓が跳ね上がる。関係なくない? それってどういう意味? 尋ねることはできず、私はロックの真意を探ろうと彼を見つめた。しかし彼は外をじっと眺めているだけで、何を考えているのかわからない。
「……関係ないなんて、言うな」
 しかし繰り返し呟かれ、私は再び笑って誤魔化すしかできない。
「そ、そうよね。仲間だものね。ロックは優しいから心配するわよね」
 私が空笑いすると、ロックは何も答えずに立ち去ろうとした。
 ちょっと失礼な言い方だったかな……。
 怒らせたかもしれないと項垂れると、ロックは立ち去ったわけではなかった。
 背後から手が伸びてきたかと思うと身体が引っ張られ、後ろに転げるかと思ったけれど気付くとロックの腕の中に収まっていた。
「そんな風に言うなよ。そんな風に言わないでくれ……」
 耳元で囁かれ、首筋にかかる温かい吐息がくすぐったい。私は頭が真っ白になる。何がどうしてこうなったのかわからない。
 ただ背中に触れるロックの身体が、回された力強い腕が温かい───いや、熱いと感じるぐらいに私は意識している。
「ロッ……ク……?」
 状況が理解できないでいる私に、ロックは我に返ったように腕を離した。
「いや、悪い……。その……つい……いや、ついっていうか……」
 彼の温かさが名残惜しくて振り返ると、歯切れ悪く頭をかいている。
「ありがとう。励ましてくれたのよね」
 無理矢理笑顔を作ると、ロックは不思議そうに私を見た。
「……あ、ああ」
「私は大丈夫。明日も大変だから、もう寝るわね」
 この気まずさから逃げようと、私ははにかんで「おやすみ」を言うと、自分の部屋へ駆け込んだ。
 ベッドに突っ伏して後悔する。
 なんであんな風に強がってしまったんだろう。素直になればよかった。
 どうしていいかわからず、私はそのまま寝入ってしまった。

 

†  †  †

 

「ラ~ラララ~♪ ラ~ラ~ラ~♪」
 発声練習用の曲を歌いながらも、私は上の空だった。
 今までは練習している間はロックのことを考えずに済むからよかったのに、今日は集中できない。ロックが昨晩突然抱きしめたりするからだ。彼には他愛ないことなんだろうけど、私にはそうじゃないのに……。
「どうしたの? いつもより走ってる……急いで歌っちゃってるけど」
 ピアノを弾いていたマリアが手を止めた。自分の代わりに舞台に立つということで、私はマリアから直々にレッスンを受けている。
「ごめんなさい……」
 私は素直に謝った。上の空の練習じゃあ、している意味がない。マリア自身はセッツァーなんて恐くないと言っているのを、頼み込んで変わってもらったため、適当な練習をするわけにはいかないというのに。
「ううん。たまには調子の悪い日もあるわ。あなたこれまで随分頑張っていたし」
 マリアは優しく言ってくれたけれど、慰めにも励ましにもならない。私は自分のことで精一杯で、他人の好意すら受けられない状態だった。
「何かあった?」
 私と容姿が似ているせいか、マリアはまるでお姉さんのような感じがする。
「……ちょっと……個人的なことなんですけど……」
 普段なら強がって「なんでもない」そう通すだろう。普段なら絶対誰にも言えないだろうけれど、マリアは出会って間もないにも関わらず余りに身近な人間の気がして、思わず言ってしまっていた。
「よかったら、聞くけど?」
 マリアはそう言ってくれたけれど、さすがに中身まで話す勇気がない。
「セリスは弱音を吐くのが苦手そうね。でも、溜め込んでいるのはよくないわ。解決しなくても、話すと楽になったりするものよ」
 何故か受け止めてくれる気がして、私は少しずつ話し出した。
「その……気になる人がいて、でも、その人は死んだ恋人を忘れてなくて……。それは仕方がないからいいんです。でも中途半端に優しくされるのが辛いんです」
 私達はここに、私、ロック、エドガー、マッシュの四人で訪れている。男三人のうちの誰かだろうことはわかってしまうだろうが、マリアはそれを口外したりしないだろう。
「それって……」
 マリアが予想しようとするので、私の顔が真っ赤になった。頬が熱い。
「うふふ。相手が誰かは想像に留めるわね。……しかし、中途半端な優しさか。私もそんな思いをしたことがあるわ」
 悪戯っぽく微笑んだマリアに、私は目を丸くした。
「旦那さんのことですか?」
 マリアはオペラ座お抱えオーケストラの指揮者ブランドン・エザンベルと結婚している。相手は40歳近い年の差夫婦だ。
「そう。あの人、誰にでも優しいの。指揮棒を握ると厳しくなるけど、普段はおっとりして人がよくて……人のために何かするのをまったく苦と思わないのよ。年が離れてるから、最初は男の人として見てなかったんだけどね。いつの間にか気になってて、でもあの人からみれば私なんて小娘でしょう? 相手にされないと思ってたの。でも大人の女性と同じように扱ってくれて、でも誰にでもそうだし。ジレンマよね」
「どうやって結婚に至ったんですか?」
 他人の恋愛話を聞くなんて初めてで、私は気になって尋ねた。
「優しくされて逆にそれが気に入らないって素直になれずに意地張ってしまったの。相手にしてくれてるわけでもないのに、思わせぶりなんてムカつくって思って。優しくされても素直に受け取れずに、ね。でも、ブランドンが大人だったから……」
 そこまで言って、マリアは頬を染めて俯いた。私から見ても可愛らしい仕草。そっくりの容姿だけれど、私はあんな風にできない。今マリアが言ったように、意地を張って女らしいところなんて見せたくないと思ってしまう。ではマリアも昔は素直になれずにいたけれど、今はこんなに素敵な女性に見える。私も……いつかそうなれる?
「大人の中で育った私はいつも無理をしているって言われて、andante(アンダンテ)だよって。その時もムカってきたけど、ある時急に、『ああそういうことか』って思えたの」
「アンダンテ……?」
 聞いたことのない言葉。不思議な発音。
 私はこちらの大陸の公用語は日常的には話せるけど読み書きは乏しい。だから専門的な言葉や言い回しはわからないこともある。
「『自分なりのペースで』っていう意味。あなたの練習曲の楽譜を見て。そこに書いてあるでしょう? だからってハヤっていいわけじゃないのよ、勿論。焦らず、無理なくってこと」
「焦らず、無理なく……」
 私は繰り返すように呟いたけれど、身体の中にすっきり入ってくる言葉ではなかった。理解しているし正しいと思うけれど、実行できそうにないと感じた。私が戸惑っているのがわかったのか、マリアは小さく吹き出す。
「それこそ頭ごなしに言われてもできないわよね。難しく考えないで。ただ、そういうことっていうだけ。きっといつか、あなたもわかる時が来るだろうし」
「……はい」
 説教されているわけではないから、訓辞めいた言葉にも抵抗を覚えず素直に頷けた。
 私は自分らしく生きてきたりしていない。これから、そんな風に生きられる日がくるのだろうか───

 

■あとがき■

あ 携帯版【万象の鐘】4001hit速水 要さんのキリリク☆ 「andante(無理のない、自分なりのペースで)」をテーマにしたお話です。
 速水さんがご自分で書こうと思っていたネタらしく、詳しい内容が添えてあってかなり助かりました。イメージだけで書くと、リクエストしてくれた方のイメージと違ってしまう場合があって、心配なんですね;;
 なんだか書き始めが、雰囲気違うような気がしてちょっと焦りました。結構話が思わぬ方向に進んだりするんですね。自分の中での想像通りに進まないことが多々あります。言葉尻一つで変わってきてしまうんですよ。難しいものです。
 オペラ座テラスシーン。これを書くのは何度目でしょう。無論、同じ内容にならないよう気を付けていますが、雰囲気は似てしまいます。オペラ座イベント前だから仕方ないんでしょうが……そういうのって、読んでいる方は気になさるもの? 本当はキスシーンも入れたかったんですが、「夜明けを待つ鳥」と重複するんでそれはやめておきました。
 副題には余り意味はありません。最近、副題付けてないなぁと思って、しかし副題の付けやすい話でないと考えつかないのですが、今回はイケるかなぁw と思って^^
 マリアの旦那はラルス王子役の人と悩みました。いや、どっちだっていいんだけどね。なんとなくイメージ的に(笑)
 書いていて、少しなんだかイメージと違ってしまいました。もう少し速水さんが詳しくリクエストしてくれたものに合ったイメージにしようと思っていたんですが。でも最終的には、ちゃんとイメージ通りに完結する予定です。
 3話の予定ですが、2話になるかなぁ。それは次を書いてみないとわからないので、次回をお楽しみに。
 ちなみに、オペラ座イベントはこれで終わりと思われます。次は……最終決戦前かな。最終話はED後という展開にしたいです。 (05.12.18)

2.夢に続きを

 三闘神の魔力の暴走でバラバラになった私達だったけれど、再び集結することができた。
 もうすぐ再びケフカに戦いを挑む。
 決戦に向けて準備を進めていたある日、カイエンが言った。
「ドマ城に行ってはくれぬか?」
 城に保管された宝刀で決戦に挑みたいと言う。
 無論、誰にも異論があるはずはない。飛空艇を動かすセッツァーと、準備を終えて時間を持て余していた私とロックはカイエンについてドマ城に向かった。
 朽ちた城の再奥に、宝刀は眠っていた。本来なら持ち出すべきものではないのだと言うが、敵討ちでもある。仕えていた宝剣の主である王も亡く、今、使うべきだと思ったとカイエンは言う。忠義に厚いカイエンらしいと思った。
 宝刀を手に入れた私達は、ドマで一泊することにした。とは言っても、私達はドマ城近くに停泊している飛空艇で眠る。カイエンは本人たっての希望で、ドマ城に残った。
 奥さんと子供がいたというし、思うところがたくさんあるのだろう。
 カイエンと私は本当に正反対だ。今でこそ仲間として認めてくれているが、カイエンは私を帝国の将軍として殺そうとした。殺されて当然だったのだけれども、今は生きていてよかったと思う。
 その夜は、私も色々なことを考えた。一番考えたのは、ケフカを倒すことができたら───未来のことだ。
 重い罪を背負う私は、普通の生活に戻るという希望がない。戦う必要がなくなったら、どうすればいいのかまったくわからないのだ。
 ただケフカを倒したとしても、世界は破壊し尽くされたままだ。大がかりな復興が始まるだろうから、それを手伝いたい───それ以外にできることもない。
 ロックはどうするのだろう───そう考えようとしてやめた。
 フェニックスに秘宝を手に入れたものの、ロックはレイチェルさんを生き返らせることができなかった。でも何故かロックはすっきりした、晴れ晴れとした様子だ。まるで吹っ切れたみたい。
 以前より更に優しい気がする。また期待してしまいたくなる。
 人はどこまで欲張りなのだろう。帝国将軍であった身でありながら、仲間達に受け入れられて信じてもらい、それ以上を望もうとしている自分が浅ましくて嫌になる。
 帝国にいた頃は考えることを止めていた。その反動か、今は必要以上に考え込んでしまう。そのせいで夜眠れないことも多い。
 今日もなかなか寝付けず、睡魔が訪れたのは空が白けてきた頃だった。

 

†  †  †

 

 浅い眠りの中で、余りにも幸せな夢を見た。
 ロックが優しく私の肩を抱き寄せてくれて、私は幸せそうに笑っている。
 あなたの笑顔も、視線も、言葉も、すべて独り占めしている私は、ただひたすらに満ち足りた気持ちで、目覚めたとき、まだ眠っていたかったと心底思った。
 溜息混じりに部屋を出ると、通路でロックに出くわした。思わず夢を思い出して赤面してしまう。そんな私に気付かずにロックは呟いた。
「おはよ。なーんか、レイチェルの夢、見ちまってさ」
 私は絶句してしまった。そして現実を知る。己を愚かさを大笑いしたくなる。ロックが私を恋人として扱うなんて、ありえないのに。
「そ、そう。よかったわね」
 平静を装って微笑むと、ロックは首を傾げた。
「ん~、変だった」
「なんで変なの?」
「レイチェルなのに、レイチェルじゃないみたいだったから」
 ロックとしては拘り所のようだが、私は苦笑いで言った。
「夢だもの。夢って変なものじゃない」
「……まあな」
 そう答えたものの、ロックはやはり納得いかないようで不満そうな顔をしていた。

 宝刀も手に入ったので、カイエンが飛空艇に来次第出発の予定だったが、いつになってもやって来ない。
「寝坊か?」
 セッツァーの言いぐさに、ロックが茶々を入れる。
「お前じゃあるまい」
「俺は寝坊なんてしねえよ。朝は強いんだ!」
 ムキになるのは負けず嫌いだからなのだろうけれど、少し子供っぽく見える。そういうところはロックと似ているのだろう。
「まあまあ。とりあえず、迎えに行ってみればいいじゃない」
 取りなした私の意見を最もだと思ったのだろう。二人ともすぐに同意してくれた。朝食を終えるとセッツァーを飛空艇に残し、私とロックはドマ城に向かった。

 天気が悪いせいか、死の気配を漂わせたドマ城はいつも以上に陰気に見える。
「降りそうだな」
 ロックが頬を歪めて呟いた。彼の言う通り、空は濃灰色の厚い雲に覆われてまるで夜のように暗い。
 湿った空気はひんやりとして、陰鬱な城を余計に冥く見せる。
 カンテラを片手に、カイエンの部屋へ向かうと、私達は扉の前で顔を見合わせた。
「……この、気配?」
「魔物!?」
 慌てて部屋に飛び込むと、赤・白・青の揃いの衣を纏った女三人がベッドに眠るカイエンを囲んでいた。
「何をしている!」
 ロックの怒鳴り声に振り向いた三人は、ニヤリと笑みを浮かべると、声を揃えて言った。
「我等、夢の三姉妹」
「この男の心はもらった」
「今日はごちそう」
 狭い空間に木霊するようなその声は頭に響き、強烈な眩暈に襲われて、気が付くと意識を失っていた。

 私は今朝の夢の続きを見ていた。
 夢だと気付いていない私は、ロックの温かさにただ安心して寄り添っている。
 だけど、私の髪を弄ぶロックが、私に向かって名前を呼んだのを聞いて呆然とした。
「レイチェル……」
 私はレイチェルさんじゃないわ! そう訴えようとしたけれど、何故か私は「なあに?」と普通に聞き返す。
「必ず生きて帰るから。そうしたら、ずっと一緒にいような」
 優しいロックの囁きに、何故か私の口が勝手に動く。
「ええ。信じて待ってるわ」
 なんてことだろう。ロックはレイチェルさんが私でもあるのだと気付かずに、ただ幸せそうにしている。いや、当然なのだろうけれど、耐えられなかった。
 夢の中なのだから、私だけに向けられていると思っていた。私を見てくれているのだと思っていた。
 夢ですら許されないというのか───。
 絶望に染まった私に気付いたのか、ロックは抱き寄せていた私を離して、そして唖然とした。
「セ、リス……?」
 化けの皮が剥がれたのか、私はセリスの姿に戻ったのだ。
 レイチェルさんの姿を借りてでもいいから、私はロックに見て欲しかったのだろうか。そんなつもりはなかった。私を見てくれなければ意味がない。
「レイチェルさんじゃなくて、ごめんなさい」
 謝ることしかできない私に、ロックはただ狼狽えるだけだ。
「ごめんなさい……」
 溢れる涙が止まらなかった。様々な想いがごちゃまぜに交錯して、自分でもわけがわからない。ただ、自分がレイチェルでないことが申し訳なくて申し訳なくてたまらなかった。
「……俺の方こそ、ごめん……」
 ロックは苦渋を舐めるような表情で私の頬に触れようとしたけれど、私は反射的にその手を払ってしまった。
 傷付いた彼の表情。だけど、それ以上に私は傷付いていた。
「変だとは思ってたんだ。レイチェルは死んだのに、俺はそれを納得しているのに……目の前に生きているレイチェルを愛しく思っていた。……今、思うと、お前とすり替わっていたから、死んでいるレイチェルが隣にいて彼女を想っている自分に違和感があるのにそれを受け入れちまってたんだ」
 ショックを受けて思考が停止していた私は、勿論ロックの言葉など聞いていなかった。
「そう……」
 ただ上の空で頷いて立ち上がった。

 気付くとロックが私の顔を覗き込んでいた。
「……あれ……私……」
 何故か横たわっていた私は、身体を起こそうとして眩暈に顔をしかめる。
「大丈夫か? うなされていたぞ……それに……」
 ロックの言葉に、さっきのは夢だったのだと気付く。そしてロックの手が伸びてきて私の頬を拭ったので、泣いていたのだと知る。
「なんでもないの。嫌な夢だっただけ」
 夢の内容など言えるはずもなく、私は強がって言った。
「さっきの魔物の影響か? 夢の三姉妹とか名乗っていたな」
 デブ、チビ、ノッポのヘンテコ三姉妹を思いだして、私は眉根を寄せた。カイエンの夢はごちそうで、私の夢は悪夢……ってとこかしら。心の中で呟いて、起きあがる。
「カイエンは? それに……ここは?」
 今自分が置かれている状況にようやく気付き、私は周囲を見回した。
 目の回るような極彩色の空間。廊下のような通路が交錯しているが、壁はない。落ちたら夢の中か、奈落か──。私とロックがいるのは 踊り場のような階段に挟まれた場所だ。他の通路より広くなっている。
「わかんね。俺も一人だったんだ。気付いたらここで、歩き回ってたらお前を見つけた。カイエンもどこかにいる可能性が高いな」
「そうね。探しましょう」
 私達は連れだって歩き出したが、沈黙が重い。ロックといてこれほど苦痛だったことなど、魔導研究所でスパイだと思われたあの事件以来だ。
 目が回りそうな周囲の色合いにうんざりした頃、ロックが口を開いた。
「俺もさ、ここで目が覚めた時、すげー嫌な夢みたんだよ」
 そういえば、朝も変な夢を見たと言っていた。
「朝見た夢の続きでさ」
「ロックも?」
「“も”って、お前もか?」
「え、ええ」
 夢の内容には触れられたくないため、私は曖昧に頷いた。しかし私はとても人には──特にロックには──話せないと思った夢の内容を、ロックは口にした。
「今朝、レイチェルの夢だったって言ったろ?」
「……ええ」
「レイチェルだと思ってたのに、レイチェルじゃなくてお前だったんだよな」
 私が見た夢と同じ!?
 思わずハッとしてロックを見て、その驚きを別の意味にとったのだろう。ロックは慌てて弁解しようとした。
「いや、そのな」
「いいのよ。夢なんて変なものよ」
 言い訳なんて聞きたくなかった。すげなく言われ、ロックはそれ以上は何も言わなかった。

 私達は夢のことを頭から追い払い、カイエンを心配した。
 通路は不可解に交錯し、幾つもの扉が変なところへ繋がっていて、同じ所を何度も回ってしまう。
 何度も行ったり来たりを繰り返してやっと、見たことのない場所へ出た。その扉から伸びるのは長い階段だ。
 踏み外さないようゆっくりと階段を登ると、そこで夢の三姉妹が待っていた。
「我等の悪夢の心地はどうだった?」
「夢に惑わされないとは」
「再び悪夢に落ちるがいい!」
 三姉妹の宣告に、私は再び意識を失った。

 また私はロックの隣にいた。
 今回は最初から夢の中にいるという意識がある。
 またロックは私をレイチェルだと思っているのだろう。そして私はレイチェルのフリをしなければならないのかもしれない。
 そんな絶望にも似た気持ちでいたのに、ロックは違った。
「俺は、夢でいいからレイチェルに会いたいなんて思ったことはないんだ」
 私がレイチェルだと思って言っているのか、セリスだとわかって言ってるのか……。私は黙って続きを聞く。
「レイチェルが死んだことは事実だから、生き返らせたいと思っていたけれど、夢で会いたいと思ったことは一度もない。死なせてしまったことを後悔したけど、それとは違ったんだ」
 俯いていたロックは顔を上げると私の方を見て、肩を抱き寄せられ、私は戸惑う。
「俺は悪夢なんて見ないよ。確かにレイチェルのことは俺にとってのウィークポイントだったかもしれない。でも今は違う。俺にとってはいい思い出に過ぎないし、俺はやっと前を向いて、未来に向かって歩くことができるようになったんだ」
「ロック……?」
 私は彼が結局のところ何を言いたいのかわからずに、その真意を探るように蒼い光の宿る濃紺の瞳を見つめた。
「いつもお前を不安にさせてごめんな。でも、俺はちゃんとお前を、セリスを見てるから」
 ああ、彼は強いのだと思った。そういえば何度も彼の強さに励まされてきた。彼は弱いけれどその弱さを乗り越えようとする強さが、弱さを越えるから。
「ありがとう。……悪夢は、心の弱さにつけ込むものだものね」
 何故か、今朝見た夢も何も気にならないと思えた。不安が一気に払拭された。
 かと思うと、どこか遠くで悲鳴が聞こえた。同時に夢の世界が崩れ、先程の亜空間に戻る。
「姉さん!」
「姉さんの悪夢が……なんてこと!」
 怒声と共に、青と白の衣の姉妹が現れた。赤い衣が長女だったのだろう。術だか魔法が破られたことで死んでしまった?
 二人がかりで襲ってきたけれど、ケフカに挑むつもりの私達だ。こんなところで負けてはいられない。
 多少の傷を負ったものの、なんとか三姉妹を倒すと空間が歪んで扉が現れた。
 元の世界へ帰れるものと思ってばかりいたのに、その向こうは───過去の遺物となって久しい列車の中だった。
 その列車に足を踏み入れると、今出てきた扉はもう開かなかった。
「ドマ鉄道……?」
 かつて列車が走っていたのは数カ所あるが、今でもドマ鉄道はレールが残っている。静まりかえった薄暗い列車の中で立ち尽くしていると、顔を真っ青にしたロックが呟いた。
「まさか魔列車……?」
「魔列車?」
 私には聞いたことのないもので、首を傾げると教えてくれた。
「死者を運ぶ列車だって聞いたことがある」
「それがどうして今? どうして夢の世界から繋がっているの?」
 私の言葉に、ロックもハッとした。
「カイエンが危ない!?」
 そう。あの亜空間にカイエンはいなかった。夢の三姉妹を倒せば戻ってくると考えていたけれど、カイエンの姿は見あたらない。
 急いで列車の中を探し始めた。しかしカイエンはどこにも見あたらない。
「くそ。このままじゃ俺達まで死の世界に直行ってわけか」
「どうしよう?」
「とにかく列車を止めよう。機関室に行けば止められるかもしれない」
 ちょっとばかりパニック状態の私にはまったく思いつかなかった。私はロックの後について、機関室へ入った。
 すると入る前はドアの向こうは機関室らしき風景だったのに、扉をくぐった途端、ドマ城のカイエンの部屋に戻っていた。
 カイエンは自分のベッドの上に寝ている。もう大丈夫なのだろうか?
 私達は駆け寄って、
「カイエン!」
「カイエン、起きろ!」
 なんとか起こそうと試みたが、当のカイエンは目覚める気配がまったくない。
「夢の三姉妹はもういないはずなのに……」
「どうすりゃいいんだ?」
 途方に暮れていると、突如背後に気配を感じて、私達はギョッとして振り返った。そして更に驚く。
 そこにいたのは、穏やかそうなご婦人だった。ドマの民族衣装である着物を身に着けている。そしてご婦人と手を繋いでいる小さな男の子は、どことなくカイエンに似ていた。なによりも、その二人は姿が半分透けて向こう側が見ていた。
 カイエンの亡くなった奥さんと子供……? そう気付いたものの、私は何を言っていいかわからなかった。ロックもただ二人の姿を見つめている。
 二人は何も言わずに、ただ深々と頭を下げると、すうっと消えてしまった。
「……今のは…………」
「目覚めないカイエンを心配して来たのかしら」
 戸惑いながら呟くと、カイエンの呻きが聞こえた。私達は飛び上がらんばかりの勢いで驚き、再びカイエンを起こしにかかる。すると今度はすぐに目を覚ました。
「……拙者…………」
 カイエンは眉根を寄せて上半身を起こし、溜息混じりに呟いた。
「夢の中で妻と息子にしかられてしまったでござるよ。情けないでござるな」
 儚げに笑ったけれど、その目にはしっかりとした光が宿っている。
 カイエンは大人で、正義感が強くて、真っ直ぐで、仁義に熱くて……迷いなど知らない人だと思っていた。だから、私は内心驚いていた。そんな私の思いに気付いたわけではないだろうけれど、カイエンがしみじみと言った。
「迷いは誰しも持っているもの。その迷いを受け止めるのもまた、必要なことでござるな」
 いつも強がって、自分自身にすら自分の気持ちを偽っている私にとって、その言葉は深く染み入った。

 

†  †  †

 

 ドマからフィガロへ戻る飛空艇の甲板で、私は自分の気持ちを見つめ直していた。
 私はロックが好きで、無駄だと思っていても、好きであるからにはやはり振り向いて欲しいと思っている。
 たったそれだけのことが認められなかった。ロックのことが好きなのは勿論認めていたけれど、「振り向いて欲しいなんて思ってない」そう自分に言い聞かせていた。
 自分だけを見てくれる日なんてこないかもしれない。でも、そうなったら嬉しいと、今はそう思える。
 些細で単純なことなのに、妙に満ちた気分になれた。
 私はご機嫌で鼻歌なんて歌っていたら、背後から足音が聞こえた。振り返るとロックがはにかんで立っている。
「よお」
 手を挙げて挨拶をしたロックは、なんだかいつもと違う。私自身の感情の問題じゃなくて、そわそわしているような感じに見えた。
「よお」
 同じように手を挙げ返すと、ロックは頭をかいて近付いてきた。
「お前に渡したいものがあってさ」
 私の前に立つと、ロックは後ろ手に隠していた何かを差し出してきた。ロックの手の上に乗っているのは、小さな箱。箱は透明で──ガラスだろうか──中に機械仕掛けのようなものが入っている。そしてネジを巻く取っ手がついていた。
「……オルゴール?」
「ああ。ジドールで情報収集してた時に、オークションで見つけてな」
 渡されたオルゴールを手に取った。小さなオルゴールは綺麗に磨かれている。
「箱もあったんだけどさ、渡すタイミングが掴めずに持ってたら、ボロボロになっちまって……」
 ロックらしい言い分に私は軽く吹き出した。
「ありがとう」
 ジドールで情報収集してた時というのは、レイチェルさんを生き返らせるための秘宝についての情報収集だろう。そんな最中(さなか)でも、私のことをチラリとでも考えてくれたのか───それだけで胸が熱くなった。
 今すぐ聞きたくて、小さな巻きネジを巻いてみた。するとゆっくりとハネが回り始め、小さなオルゴールは柔らかい曲を奏で始めた。聞き覚えのあるフレーズに、私はロックを見た。
「これ……?」
「『野薔薇』って曲だ。確かオペラ座で、お前が練習用に歌ってたのもそれだよな」
「……そんなの、覚えてたの?」
 ロックは練習していたところなどほとんど見ていないはずだ。勿論、歌声やピアノの音は外に漏れていただろうけれど……。
「本当はオペラ座で歌ってたアリアがよかったんだろうけど、オルゴール自体が貴重だしな」
「ううん、ううん。これでいい。これがいい。ありがとう!」
 私は心からそう思って微笑んだ。
 そしてあの時のマリアとのやりとりを思い出す。楽譜に書いてあった「andante」という言葉の意味。
『自分なりのペースで』
 今はまだ掴み切れていない。でも、無理をしないで一歩ずつ進める気がする今なら、なんとなくわかってきた。
「い、いや、お前がそんなに喜んでくれるとは思わなかったよ」
 ロックは照れたように笑う。
 今までは、「ロックには死んでも尚レイチェルさんがいるから」そう卑屈に考えていただろう。でもそういうことを考えずに、素直に好意を受けとることが出来た。
「こんなに嬉しかったことなんて今まで一度もないわ。本当にありがとう。一生の宝物にするわ」
「おいおい、大袈裟だな……」
 ロックは呆れ顔になったけれど、私にはそれぐらい嬉しいものだった。

 

■あとがき■

 更新が不定期になって、お届けが遅くなり申し訳ありませんでした。
 何故、ドマ城夢イベントを選んだか。副題を先に決めたので、夢関連であること。セリスの迷いを入れて「自分なりに行けばいい」という言葉を思い出すシーンが入れられると思ったこと。この理由から……だったのですが、「アンダンテ」に関しては最後のみとなってしまいました。それまでの伏線が長い? というか、伏線らしくもないという;;
 Celes's Storyでのイベントシーンが大変になるんだけどね;; 同じイベントで別の話を書かなくてはならなくなるので。他にもそういうシーンがたくさんあるし、今さらです。Celes's Storyは更新遅いので、いつ完結するかわからないし(笑)
 体調が万全になったら、更新ペースも上がるのでしょうが……会社にすらろくに行けてない私なので、今はまだ無理そうです。楽しみにしてくださる方々、すみませんm(_ _)m ペコリ
 このイベントシーンは、ゲームと多少違います。うろ覚えのイベントなので、FANTASIX!様のシナリオ台帳と公式攻略本を多少参考にしました。あくまで参考なのは、ゲームのイメージよりはこの二次創作のイメージを優先したからです。なので「全然違うよ」と思った人、全然違うイベントとなってますが深く突っ込まないでくささいねw 三姉妹・アレクソウルとの戦闘シーンがない等すっ飛ばしが多いのは、恒例のCeles's Storyを書くとき云々という理由もありますが、この話とは余り関係ないからです。無駄に長くなるしね。
 夢ネタとしては、「マシュマロ」とかぶってるけど、オルゴールネタとしては「オルゴールガーデン」とかぶってるから悩んだけど……その辺も許してください。
 キリリクを気長に待って下さる皆様、更に伸びそうで申し訳ありません。更新ペースが本当にゆっくりですが、最低月1では更新するつもりです。たまに覗きに来てやって下さい。 (06.01.15)

3.月に祈りを

 冬空の下、セリス達はアルブルグの町にいた。
 いびつに聳える瓦礫の塔を目前に、最終決戦への準備を進めている。
 ケフカに挑むのは明後日。体調を整えしっかりと休養をとるために、大きな宿を借り切っている。世界崩壊の余波でまともな営業はしていないが、飛空艇で休むとなると飛空艇の乗組員やセッツァーに負担がかかるためだ。
 必要なものも買い揃えたし特にやることもない。暇を持て余してしまったセリスは一人、アルブルグの港を歩いていた。
 あれほどの港町がここまで荒廃してしまっている。漁船は一隻もなく、朽ちそうな樽がいくつも放置されていた。
 生臭い潮風は肌にベタつく。戦場で埃にまみれることに慣れていたセリスだが、この潮の香りは実は苦手だった。不快ということでもないが、一番嫌なのは髪が絡まってしまうことだ。セリスとてやはり女の子で、そういうことが気になる。
 それなのに何故、わざわざ港にいるのか。それは潮の音が好きだからだ。
 太古から大勢の人が潮騒に心を安らげ「母なる海」と湛えてきたように、その波の音を「胎内の感覚」と評してきたように、セリスも同じ事を感じる。
 今日、朝食の時にカイエンがケフカを倒したらドマの復興をしたいと話していた。セリスは……セリスは、この先のことを考えたことなどなかった。いや、考えないようにしていた。
 とにかくケフカを倒すことがすべてた。そのために生きてきた。その後のことは、ケフカを倒してからゆっくりと考えればいいと思っていた。先延ばしにいていたのだ。
 何も持たないセリスは何をしていいのかもわからないから、考えたくても想像がつかなかった。とりあえずは復興に参加するだろう。しかしその後は……剣を振るうことしか知らないセリスに何ができるというのだろう。
 エドガーは国王として忙しいだろうし、ティナは子供達と暮らすだろう。ガウは獣が原に戻るのかもしれない。モグは恋人の待つナルシェへ帰るだろう。リルムもストラゴスと共にサマサに帰るはずだ。アウザーに絵を頼まれて描いたりするに違いない。マッシュはエドガーを手伝うのか、それとも修行の旅に出るのか。セッツァーはまた空を飛び回るに決まっている。シャドウは……彼だけは想像もつかない。普通の生活に戻れないのは彼も同じな気がする。また裏稼業で生きていくのだろう。そしてロックは……恐らくトレジャーハンター業を再開すると思う。皆、最初は復興に参加するかもしれないが、その後に生きていく道がある。
「それだけの罪を重ねてきたんだから、自分で考えないと」
 セリスは小さく呟いた。
 自分を不幸と考えては絶対にいけない。自分を憐れむなんて反省の色など全くないではないか。
 己に厳しいセリスは、いつまでも自分を許すことができないでいた。
 波止場に放置された何が入っているのかわからない大きな木箱に寄り掛かりながら海を眺めていると、突然声を掛けられた。
「探したぞ」
 セリスは驚いてびくりと肩を揺らして声の主を確認する。ロックだった。消音されるシーフブーツのせいで足音が聞こえなかったのだろう。しかし心臓に悪い。
「ごめんなさい。ちょっとブラブラしてたの」
「なんで一人で行くんだよ。俺は散歩でもしようってお前を誘おうと思ったら、いねーし」
 ブツクサと呟かれ、セリスは数回瞬きをするとはにかんだ。
「ごめんなさい」
「時間が余ってるから、少しでも一緒にいようと思ったのによ」
 拗ねたような口調のロックは、セリスより8歳も年上なのに関わらず可愛く思える。
 少しでも一緒にいたいと思ってくれたなんて、セリスにはこの上なく嬉しいことだった。だが……。
 一緒にいたいと思うことも、彼の気持ちを嬉しく思うことも、必ず罪悪感が伴うのだ。
「……なんでそんな顔なんだ?」
 ロックは不服そうに、セリスを覗き込んだ。余りに彼の顔が近くて、セリスは頬を染めて顔を背ける。吐息がかかりそうなぐらい近くで話すなんて恥ずかしくてできるはずがない。
「そんなことないの。えと、嬉しいんだけど……」
「だけど?」
 今日のロックは妙に積極的というか、強引な感じだ。逃げられないように木箱に手をつかれてセリスに詰め寄る。

 そんなに近付かれたら、目の前にあるロックの顔にばかり意識がいって、うまく息ができない。

「その、ええと……恥ずかしいのよ」
「……恥ずかしい!?」
「だって、慣れないから……」
 本当に恥ずかしそうに耳まで赤くなっている様は、あまりにも愛らしい。ロックは頭がクラクラしてくる。
「くそっ、ずるいぜ」
「ずるい?」
「そんな態度されたら、何もできねぇ」
 ふてくされて言われても、セリスにはその内容がすぐには理解できない。
「……え? いや、あの……何もって……」
「でも、俺はこういうことを我慢できるような性格じゃないんだ」
 自嘲するように笑みを浮かべたロックは、有無を言わさずセリスの唇を塞いだ。
 余りに突然のことで、セリスは驚きのあまりに動けない。最初は呆然としていたが、深くなる口づけに息つく暇もなく酸素を求めて(あえ)いだ。
 すると己の性急さに気付いたのか、ロックはセリスを離して深く息を吐く。そしてじいっとセリスを見つめた。
 ロックの深い蒼──その濃紺の瞳は、色合いの冷たさに反して熱を帯びているように見える。今まで見たことのない視線に、セリスは本能的に「求められている」と感じた。
 その事実に、セリスは驚きおののいた。どうしていいのかわからない。自分がどうしたいのかもわからない。ただ全身が熱を持ったように感じる。「求められている」と感じるのはセリスの願望なだけなのか、単なる勘違いなのか───経験が乏しすぎて判断がつかない。
「愛してる」
 囁くように告げたロックは、唾液に濡れたセリスの唇を見つめた。
 あんなんじゃ足りない。全然足りなかった。だけど彼女を脅えさせたいわけじゃない。
 今度はゆっくりと、優しく唇を重ねた。 彼女の薄く柔らかい唇を何度も吸う。優しくしたいと思っていたが、口づけが長引くにつれ理性が失われていく。
 舌を絡め、喘ぐ彼女の吐息の飲み込む頃には、何も考えられなくなっていた。
 無意識に右手で彼女の胸元をまさぐる。すると彼女は大きな瞳を更に見開きびくりと身体を硬直させ、ロックの胸を押した。我に返ったロックは逆らわずに彼女から少しだけ離れる。
「え、と……その……」
 どうしていいかわからないのか、セリスは視線を宙に彷徨わせた。情熱の持って行き所を失ったロックは、盛大な溜息を吐き出す。
「悪い。急ぎすぎた」
「ううん……その……驚いて……」
 セリスは頬を真っ赤に染めて俯く。
 そういう行為を理屈では知っているけれど、いつもは度胸が据わっているはずのセリスも未知の領域が恐く、不安だった。

「いや……お前に準備ができるまで待つよ」
 苦笑いしたロックの言葉は優しさから出たものなのだろう。セリスは戸惑ったものの、
「あ、ありがとう」
 そう答えることしかできなかった。

 

†  †  †

 

 夜、夕食を終えた後、再びセリスは港へ来ていた。
 今日のロックとのことで、かなり頭に血が上っていたからだ。夜風にさらされて、やっと少し落ち着いてきた。
「待ってくれるのか……」
 セリスは昼間寄り掛かっていた木箱に再び背を預け、そのまましゃがみこむ。
「でも、そういうことを我慢できる性格じゃないって自分で言ってたもの。無理させてるってことだよね」
 決戦前に考えることではないが、考えずにはいられない。恋の悩みはその人の心全てを塗り替えてしまう。
「だからって……どうやって示せばいいのかしら」
 考えてもセリスには思いつかない。そういった経験がゼロなのだから仕方ないのだろう。恋の話をしてくれる友達もいなかった。唯一それをしたことのある相手と言えば、オペラ座のマリアぐらいだ。
 彼女のくれた言葉について、いつもセリスは考えてきた。きっと真理だと思う。でも実行できなかった。理屈でやろうとするからいけないことはわかっていたけれど、必要以上に考え込んでしまうセリスにとっては難しい。
「焦らず(はや)らず自分のペースで……。わかってるけど、どれが自分のペースかもわからないわ……。それ自体、焦ってるってことかな」
 セリスは拗ねたように呟く。こういったことを相談できる相手がいないのは、セリスにとってマイナス以外のなにものでもない。
 今日だって、本当に嫌だったわけではない。咄嗟に反射でロックを押し返してしまったが、ここが屋外でなく人目もなかったら拒まなかったかもしれない。
 本当は、すごく嬉しかった。言葉では表せないぐらい嬉しかった。
 ロックがあんな風に口づけてくれるなんて、求めてくれるなんて想像しなかったから。
 正直に言ってみようかと思う。待つ必要なんてない、大丈夫だと。だけどもしかしたらやっぱり恐くなるかも知れない。セリスは自分の背が高く筋肉質で女らしさのない身体が嫌いだ。だから不安になる。ロックは幻滅するんじゃないかと。
「ケフカに勝って、無事に帰ってこれたら……言ってみようかな」
 そう呟いてみたものの、帰って来れなかったら? そう思ってしまう。そんな風に考えるのはよくないことだ。信じることが大事なのはわかっている。でも、どうしても最悪の場合を想定してしまい、もしかしたら最後かもしれないと思うと……最後にロックとの思い出がほしいとも思う。
 だからといって行動には出れない。しかしこんな気持ちで決戦に赴いていいものか……。相反する気持ちがセリスのなかでせめぎ合う。
 セリスが勇気さえ出せれば、すべてが解決するのだと思う。未練を残して決戦に挑むなんて、他の仲間にも失礼だろう。
 決意を固めて、セリスは夜空を見上げた。今日は満月に近い少しだけ欠けた月が、港を明るく照らしている。
 その月を見て、シド博士がくれた詩集に載っていた『月の祈り』という詩を思い出した。

月を見上げて 彼の人の今を想う 

月は何も言わず 澄んだ金の光を私に注いでいる

月を見上げて 彼の人を無事を祈る

月は同じように 彼の人も照らしてくれているはず

月に祈りが届くなら 彼の人にも届くといい

私には祈ることしかできないから

 響きの綺麗な詩だから好きだと思っていた。愛する人を想っているのだろう程度にしか認識しておらず、意味まで深く考えてはいなかった。
 今のセリスと同じ状況とは言えないが、一つ共通していることがある。
「祈ることしかできない」
 セリスはロックのすぐそばにいて、行動を起こすことができる。でも努力しようと結果は保証されるものではないから、良い結果になることを祈ることしかできない。
 きっとこの詩を書いた人は、愛する人と離れていたんだろう。傍にいられることは幸せだけれど、恋は人を欲張りにする。傍にいられるだけで満足することはできない。
 よし、決めた! 心の中で呟くと、
「やっぱここか」
 昼間とそっくり同じように声をかけられ、セリスは昼間以上に驚いた。夜の方が人に会う確率が少ないからだ。目をぱちぱちしながら慌てて立ち上がる。
「ロック……」
 風呂に入った後だろう。トレードマークのバンダナを巻いていない。
「みんなでカードでもやるってことになったらお前の部屋に声を掛けに行ったのに、またいねーんだもん。ちょっと焦ったよ」
 どうやら心配をかけてしまったらしく、セリスは殊勝に謝った。
「ご、ごめんなさい」
 すまなそうにしているセリスを見て口元を綻ばせたロックは、苦笑いで尋ねた。
「また一人で悩んでたのか?」
「……いや……その……」
「俺のせいか?」
 セリスの隣に寄り掛かった真顔のロックに尋ねられ、慌てて否定する。
「違うわ。その……私自身の問題よ」
「……ならいいけど、些細なことでも相談にのるから、何でも言ってくれな」
 ロックの優しさは本当に嬉しい。だけど甘えすぎてしまうのは嫌だった。
「ありがとう」
 微笑みながら「今が言うチャンスだ」そう考えているが、なんて切り出していいかわからない。しかしグダグダ考えていたら言うタイミングを逃してしまうに決まってる。
 よし言おう! と思って口を開きかけたが、さりげなくロックに抱き寄せられてしまい、やっぱり言うタイミングを失ってしまった。だからと言って諦めたらそこで終わりだ。
「お前、冷えてるぞ」
「うん……ロックは、あったかいね」
 寄り添ったロックの温かさを心地よく感じながら、再び想いを伝えるために口を開いた。
「……あのね、ロック」
「ん?」
「………………昼間ね……『待つ』って、言ってくれたでしょう?」
 そんな話題をされると思っていなかったのだろう、戸惑った声が返ってくる。
「あ、ああ」
「待つ必要なんかないから」
「……え?」
 ロックはポカンと口を開けて間抜けな顔をしていたが、セリスはロックの胸に顔を埋めているのでわからない。
「えと、私は大丈夫だから。だからその……我慢しなくていいの」
 恥ずかしいのだろう。辿々しく言うセリスは健気で本当に可愛らしいが、ロックは複雑な気分になり頭をかいた。
「それは……無理して言ってくれてるんじゃないのか?」
「え? そ、そんなつもりじゃ……」
「じゃあ、お前も望んでくれてるってことか?」
 望んでいるのかなんて直接的に聞かれると、セリスは答えに困窮した。
 ロックとそうなりたいという気持ちはあるが、恐いという気持ちも同時に存在するからだ。
 言葉を発することはできずに頷くと、ロックは大きく息を吐き出した。
「でも、恐いんじゃないのか?」
 その問いに、セリスは驚いて顔を上げてしまう。なんでわかってしまうのだろう?
 だがセリスの行動は、図星だと言っているようなものだ。
「お前が望んでくれてるなら、すげー嬉しいけどさ。恐いって気持ちがあるなら、無理すんなよ。焦らなくていい」
 ロックはなんでそんな風に言うんだろう? セリスは悲しくなってしまう。
「……でも……だって……」
「俺はさ、お前のこと怖がらせたくないし、傷付けたくないんだ。そりゃ好きだからお前のこと欲しいと思うけど、同時に好きだから大事にしたい」
 セリスは嬉しいような悔しいような気持ちになって、思わず涙ぐんだ。しかし次の言葉にハッとする。
「それに……あ~、これは俺の自分勝手な気持ちだけど、土壇場で恐いって言って拒否されたら、ショックだしな」
 結局セリスは、自分のことしか考えていなかった。チャレンジしてみればいいなんていうのはセリスの勝手な気持ちだったのだ。
「ごめんなさい」
 しょんぼり項垂れると、ロックは苦笑いでセリスの頭を叩き、
「気にするな。お前の気持ちが少しわかっただけで充分だから」
 そう言ってセリスを力強く抱きしめた。
「だけどケフカとの戦いから帰ったら、その時は遠慮はしない」
 本当に愛されているのだと感じ、セリスはさきほどとは違う意味で涙を溢れさせた。
「うん。うん……」
「それを励みに、頑張るさ」
「私も……必ず生きて帰ってくる。……その時は……」
 続けようとしたけれど、恥ずかしくてセリスには言うことができなかった。
「ああ」
 ロックは照れたセリスをわかってくれたのか、頷いてそっと頭を撫でてくれた。
 その腕の中の心地よさに至福を感じながらも、物足りないと感じ始めているセリスは、「Andante」の持つ意味がなんとなくわかってきた気がしていた。
 ヒトは一人では生きていけないように、自分のペースも一人で作っていくことはできないんだと───

 

・ fin ・

 

■あとがき■

 これにて完結となりました。3話の起承転結の中でうまく『Andante』を絡めることができたでしょうか。速水さん、不定期更新などになって、大変お待たせして本当にすみません。少しでも満足して頂けたらと思います。
 久々の濃厚なラブシーンな気がします。しかしラブシーンとかってどうしても他と被りますよね。決め台詞とかは被らないように努力していますが、すべての小説を見返してる暇もなく……『RaTry』の「お前以外の女には勃たない」みたいな印象深い名台詞は覚えていますが、体裁修正するついでにフリーを3本ばかり文章補正したんですね。『the key to my spirit』、『うたかた』、『First Try』です。それを読んで「こんなんだったかぁ」とか思いました。ロクセリである限り、どれも似たような話ね;; δ(⌒~⌒ι) とほほ。。。
 表のわりにきわどかったでしょうか(でも裏にするような話ではありませんし、裏リクでない限り裏にはしませんので)。永田正美さんのマンガ『恋愛カタログ』っぽい感じと思ったんです。ちょっと違ってしましたが;;
 月の詩は適当に作りました。題名を1話2話と同じ感じにするためにつけてしまったんですが、内容に関係なくなってしまう!と思ってあんなものを入れてみたり……ちょっと無理矢理だったかもしれません;;
 最後のまとめは少し微妙でしょうか。自分の中では納得いってるんですが、それが伝わっている気がしません。それが文章を書く難しいところですよね。 (05.02.04)

【この頁で使用させて頂いた素材サイト様】 ClipArt:SilverryMoonLight

Original Characters

ブランドン・エザンベル ジドール出身。マリアの夫で、オペラ座のオーケストラの指揮者。マリアとは15歳差。普段はおっとりしているが、指揮棒を持つと厳しくなる。