MARIA



Runup

「ラララララララララ~♪」
 腹部に手を置いて腹から声を出し、音階を追う。久々に出した歌声は、気持ちいいものだった。
「私より若いせいかしら、声にも張りがあって、やっぱりあなたは素敵ね」
 ピアノを弾いていたマリア・エザンベルが手を止めてセリスを振り返った。マリア・エザンベルは金の髪を結い上げて薄い化粧をはたいているが、やはりセリスに瓜二つでまるで姉妹のようだ。
「い、いえ……」
 自分とそっくりの容姿で姉のような存在であるマリア・エザンベルに褒められると、セリスはなんだかむずがゆくて仕方ない。要するに、ひどく照れてしまうのだ。
「それにしても……以前も思ったけれど、私達、姉妹なのかもしれないなんて気がしてくるわ」
 静かに湛えられたマリア・エザンベルの笑みに、セリスは戸惑うように彼女を見返した。
「……え?」
 セリスもマリア・エザンベルとは姉妹なのではないか、そんなことを思ったこともあった。しかし、彼女も同じように思ってくれたなんて想像しなかったのだ。
「だって、ここまで似てるんだもの。……私は、ジドールの小さな劇場の前に捨てられていたの。そこで劇団の人に育てられて、15歳の時に新人発掘に来ていたダンチョーに見初められて、このオペラ座に来たのよ」
 マリア・エザンベルの過去が気にならなかったと言えば嘘になる。だが好奇心で尋ねることは失礼だと聞けないでいたセリスは、マリア・エザンベルの話に聞き入った。
「父も母も知らないけれど、私には劇団の人達やダンチョー達が家族だった。……あなたは…………?」
 話を振られたセリスは、ぎこちない笑みを浮かべた。
「家族のことは覚えてないの。気付いたら一人で研究所にいたわ」
「……そう…………」
 マリア・エザンベルは慰めの言葉をかけようとはしなかった。それにセリスは少しだけホッとする。
「私は友達も親もいなかったけど、祖父のようにしたっていた人はいるの。今度の公演には呼ぶわ」
 同情したりしなかったものの、マリア・エザンベルは安心したように微笑んだ。
「それじゃあまた明日も頑張らないとね。今日はこの辺にしましょうか。お疲れ様」
「お疲れ様でした」
 ぺこりと頭を下げたセリスは、防音設備のついた音楽練習室を後にした。


 セリスは今、オペラ座に滞在していた。
 ケフカを倒して3年。23歳になったセリスは、ロックと共に世界を旅して回っていたのだが、その途中、オペラ座に顔を出したら、ダンチョーに是非にと出演依頼されたのだ。
 断る理由もないものの恥ずかしいため辞退しようと思った。しかし、支配人が亡くなったらしく、その追悼記念公演として、以前セリスが演じた演目『MARIA』の続きを披露したいと言い出した。あの一度だけしか上演されなかった内容なのに、ダンチョーが口にしてしまった「パート2を乞う御期待」に今でも問い合わせが殺到しているらしい。
 自分と瓜二つのマリア・エザンベルからも説得され、結局セリスは承諾してしまったのだった。
 今回は以前よりも準備期間がある。一月半練習できるから、そこのところは嬉しく思っていた。
 ダンチョーの要請で、セッツァーまでも引き入れて始まったプロジェクトは、今のところ順調に進んでいた。飛空艇に乗り込んでいたリルムが「あたしも出る!」と言って通したお陰で役が一つ増えた以外は。


「しっかし、結構ハードだな……」
 前回はセリスの練習を見ているだけだったロックがぽつりと漏らす。
「まったくだ。まあ、俺様にかかればこんなのなんてことはないがな」
 自信満々に豪語するセッツァーは、しかし本人が言う通り何をやらせてもソツがない。一方、疲れてぐったりしているロックは演技となるとからきしダメだ。自分を偽るのが苦手だから仕方ないのだろう。手先は器用でも、そういったことにはひどく不器用だった。
「しっかしあの台本の内容はどうなんだ?」
 自分が悪者の役だから、セッツァーとしては面白くないらしい。悪役とは言ってもそれなりにおいしい役でもあるのだが、そのことについて文句を言ったら追加の役であるリルムが自分の役のオプションになってしまい、振り回されている。
「楽しいじゃーん」
 女は仮面を被るのが得意というのは恐らく本当なのだろう。末恐ろしいリルムがニコニコして主張する。もう15歳だが、性格はどんどんオバサン化してしまっていた。
「そうね。楽しいわね」
 最初は不安に思っていたセリスだが、今度は仲間達も一緒に出演してくれるとあって、心強い。しかし、エドガーやティナ達も見に来てくれるとあって、失敗はできなかった。
「以前は切羽詰まっていた状態だったけど、今はのびのびできるわ」
 いつも以上に生き生きしているセリスを見ると、ロックはこれ以上弱音を吐けないと思ってしまう。足手まといになるのは嫌なので、これは徹夜で猛特訓だな、心の中で呟いた。


「ごめんなさい。私が引き受けたばかりに……」
 寝る前、セリスは寝転んで台本を眺めているロックに声をかけた。恋人同士である二人は同じ部屋を使っている。
「おいおい。何回謝るんだよ」
 台本を閉じたロックは苦笑いで身体を起こした。
 まだ合わせ稽古は始まっていないが、ロックは決して間違えたくないと毎晩寝る前に台本を読み返している。基礎練習で時間がとられているから余計だろう。
「だって……ロックが頑張ってるのは嬉しいけど、申し訳ない気がして……」
「いや、学芸会みたいで楽しいよ」
「学芸会?」
 いまいちセリスにはピンとこない言葉で、首を傾げてしまう。ロックは優しく微笑んでベッドに腰掛けると説明してくれた。
「学校でさ、一年に1回あるんだよ。みんなで劇とかやって、村の皆に見せるんだ」
 コーリンゲンは小さな村なので、学校に学年はない。7歳から10歳までの子供が通い、読み書きや計算の基礎を学ぶのだ。
「ふうん。楽しそうね」
「正直、その時は面倒だし好きじゃなかったんだけどな。今、思い出すと懐かしいよ」
「ロックはどんな役をやったの?」
 セリスはベッドに身体を横たえてロックを見た。
「あー、ん~…………村人その1……だったかな」
 言いにくそうにポツリと呟いたロックに、セリスは思わず吹き出してしまったのだった。

 

†  †  †

 

 一月後、オペラ座の観客は今までの中で一番多いと言われるほどに超満員となっていた。
「これはまた……すごいな」
 ロイヤルシートを用意されたエドガーが呟く。勿論、カイエン達仲間もボックス席の中にいた。
「拙者は前回見てないでござる……。残念極まりない……」
 カイエンの呟きに、エドガーは苦笑いだ。以前、セリスが『マリア』を演じた時は、カイエンはセリスを快く想っていなかった。帝国を裏切ったとは言え彼女のしてきたことを許せずにいた。あの状態で見ても、おそらく素直に受け入れられなかっただろう。
「ガウも見てない!」
「私も見てないわ。ロックは『見ない方がいい』なんて言ってたけど、これだけのお客さんが集まるぐらいだもの……見たかったなぁ」
 ガウとティナが続いて言う。パンフレットに書いてあった「『MARIA Ⅱ』序章」にある解説を見たものの、エドガー曰く、
「これは『MARIA Ⅱ』を見るにあたって、わかりやすいように補足を入れたものだからね。前回の内容を書いているわけじゃないし、前回の面白さは伝わらない」
 ということだ。それもそうだろう。前回は台本とは全く別の話になってしまったのだ。ロックはオルトロスと言うタコの魔物のせいで舞台に転げ落ち、オペラ『MARIA』をまったく別の方向に変えてしまったのだ。しかもその時叫んだ言葉も、気が動転してのものだったから本人的には恥ずかしいに違いない。『MARIA Ⅱ』を見るにあたって、(オペラの中の)ロックとセリスの過去を書いた短編小説も売っていて購入したが、皆後で読むつもりだ。
 ちなみにパンフレットの「『MARIA Ⅱ』序章」の内容とは、こうである。

 ラルス王子率いる東軍に占領されたガルー城を取り戻そうとしている西軍の戦士ドラクゥは、亡きガルバⅡ世に仕えていたという密偵ロックとマリアに瓜二つの女性セリスの協力を得て、マリアと城を取り戻そうとした。
 セリスをマリアの身代わりにして入れ替え、ロックがマリアを連れ出した後、セリスはラルス王子を殺して脱出し敵の頭がいなくなった隙に城を取り戻すべく乗り込む手はずだ。
 しかし突然現れた謎の男に、計画は壊されてしまう。
 飛空艇と呼ばれる異国の空飛ぶ船でマリアに扮したセリスを攫った男とは一体……!

 謎の男の出現によって混乱した場内からマリアだけは助けたものの、依然ガルー城は東軍に占領されたまま。マリアを擁立したドラクゥ達西軍は自分たちの城を取り戻せるのか!

「しかし、前回の続きだからロックとセッツァーはわかるが、リルムまで出るとはね」
 エドガーは小さな淑女を思いだして笑みを漏らした。彼女を淑女と呼んでしまっては世の淑女が怒るかもしれないと思う。
「楽しそうでいいじゃないか。ドレスも似合っていたし」
 マッシュが兄であるエドガーに言った。先程、皆で控え室に顔を出してきた。緊張を解してあげようと思って激励に行ったのだ。ロック以外の3人はさほど緊張していなかったが、ロックは顔を青くして台本にかじりついていた。思い出すとつい笑ってしまいそうになる光景だ。
 彼等が他愛ないおしゃべりを続けていると、場内の照明が落とされ幕の前にナレーターを務めるダンチョーが現れた。

「西軍のガルー城は、マリアを娶ろうとしている東軍のラルス王子に占領されていた。
 しかし敗戦し起死回生を狙う西軍の生き残りは、特殊技能を持つ二人ロックとマリアに瓜二つの女性セリスの協力をこぎつけた。
 舞踏会の直前、マリアはセリスと入れ替わり、マリアの恋人ドラクゥはガルー城に乗り込む。その隙にロックが本物のマリアを逃がす手順だった。
 ところが、マリアと入れ替わっていたセリスは、突然現れた謎の男にさらわれてしまう。
 東軍の城が混乱に陥ったことに乗じて、なんとかマリアを取り戻したドラクゥはガルー城を取り戻そうと城下町に潜んでいた……」

 パンフレットに書かれたよりも更に要約された前回までのあらすじを述べ、ダンチョーが下がるとオーケストラが鳴り出した。
 かなり長いあらすじなのだが前回が台本と違ってしまったため、つじつまを合わせるために作った話がやたら複雑になってしまったのだ。その点についてはかなり熟考されたのだが、お粗末な内容で端折(はしょ)るよりはいいということになった。
 このオペラは二部構成になっていて、1時から3時が第一部、4時から6時が第二部になっている。
 第一部は『ロック』が『セッツァー』から『セリス』を取り戻す話がメイン、第二部は『ドラクゥ』と『マリア』がガルー城を取り戻す話がメインだ。
 場内に響き渡るオーケストラが盛り上がったところで、ゆっくりと幕が上がった。

 

■あとがき■

 50000Hit OPERAさんのキリリク 『オペラ座でパート2』のお話です。
 副題のRunupは準備期間のことです。女優のマリアを、いちいちマリア・エザンベル(苗字は私が勝手につけました)と書いているのは、役のマリアと区別するためです。しかし、演目の名前も「マリア」でいいんでしょうか……。ややこしいですよね;; ちなみに演目を言う時はアルファベットで『MARIA』としてます。
 セッツァーやロックを出演させることは悩んだんですが、あの話のパート2だったら、出てこないとおかしいと思いまして……。でも、ドラグゥ達も出演するのなら……ということで、こんな内容になりました。
 この話のほとんどは、オペラの内容になり、オペラ部分の体裁は、Celes's Storyと同じ体裁です。なんとなく……。
 オペラってものがどんなものなのか……じつは桜にはまったくわかってません。普通の演劇とかミュージカルは見たことあるんですが;; あー、でも中学の時に授業でビデオとかは見たことあるかもしれません。覚えてないけど;; こんな複雑な話でどうなんでしょう?
 1話からオペラの内容を入れるつもりだったんですが、オペラ自体を二部構成に設定したので、2話が第一部。3話が第二部になります。最近3話ものが多いね;; 作りやすいのかな? と思ったけど、どうなるか本当にわかりません。上にオペラ部分の体裁はCeles's Storyと同じって書いたけど、それも次回から変わるかも(そしたらダンチョーの最初のナレーターだけじゃん!)。オペラ形式にするか、オペラの内容を普通の小説形式に書くか悩んでます。何故かって? オペラがどういう風に進んでいくのかよくわかってないから、文章にして書ける自信がゼロなこと。話がかなり複雑なことが理由です。OPERAさん、おそらく普通の小説形式でオペラの内容を書くと思います。許してください~ (05.10.10)

 2話を書くにあたって、1話めに「『MARIA Ⅱ』序章」を付け足しまし、それに伴う修正をしました。ダンチョーの説明だけじゃどう考えても物足りないと思ったからです。大幅な改訂ってしたことなかったんですが……少しでも話をよくしようと思ってしたことなので、お許し下さい。 (05.10.22)

Introduction

 第1部の間、自分たちの出番のないセリスやロック達は控え室で各々過ごしていた。
 ロックは未だ台本を確認し、ぶつぶつと台詞を呟いている。その様は普段は見られぬ「根暗な奴」みたいなロックで、エドガーが見たら吹き出すだろう。
 ロックを除く三人、セリス、セッツァー、リルムはというと、薄い本を読んでいた。読んでいるのは三人とも同じものだ。
 タイトルは『MARIA 外伝』となっている。その下に小さい文字で『よりMARIAⅡを楽しみたいあなたへ』と付いていて、著者はフランク・ハマーだ。
「あのおっさんに、こんな才能があったとは……」
 感嘆の入り交じった、しかし半分以上は呆れた声を漏らしたのはセッツァーだ。本を読むのは早い方なのか、既に半分ほど進んでいる。
 実はフランク・ハマーとは、ダンチョーの本名であり、要するにダンチョーが書いた短編小説である。
「確かにそうね」
 本から顔を上げたセリスも頷いた。「一座を率いているナレーター役」という以外のダンチョーを、彼等は余り知らない。
「もしかしたら『MARIA』の台本もダンチョーが書いたのかしら?」
 セリスの呟きには答えずに、リルムが照れたような複雑そうな顔で声を上げた。
「しっかし、この話ってくっさーい。なんていうか、ロックも真っ青?」
 いきなり名前を出され、ロックはハッとして辺りを見回す。
「は?」
「いや~、ロックとセリスも相当ロマンチックな恋愛してきてると思うけどさ、この話の『ロック』と『セリス』も負けず劣らずだなぁって」
 ケラケラと笑う少女に、ロックとセリスは顔を見合わせて赤くなる。まったく少しは遠慮というものを知ってほしいのだが、遠慮知らずなのはリルムのいいところでもあるのだろう。歯に衣着せぬ真っ直ぐな言葉は、人を怒らせるようなものではないから。
「っていうか、お前がダンチョーにロックとセリスのことを話して聞かせたから、この話がこうなんじゃねーか?」
 セッツァーのツッコミに、リルムはてへっと舌を出して見せた。

≪出会い≫
 セリスの人生は、屈辱にまみれていた。物心ついてから記憶のある限り、自分であれたことなどない。いつもその全てから逃げ出したいと思っていたけれど、逃げ出せないでいた。ずっと諦めていたから。だけど、きっっかけは訪れる。

 戦で親を失った幼いセリスは、親を殺した兵士に強姦されかけていたところをタイバーンという男に助けられた。幼いセリスから見ても暗く表情のない目をしたタイバーンは、にこりともせずに共にいたフードを深く被った老婆に命じるとセリスを連れ帰った。親を失ってどうしていいかわからなかったセリスは、タイバーンを恐いと思ったけれど、老婆を薄気味悪いと思ったけれど差し出された手を取ってしまった。死体に溢れた市街で心細かったから、相手が生きている人であり自分に危害を加えない──武器を振りかざさない──というだけでついていく価値があったのだ。
 まだ7歳だったセリスは、タイバーンが暗殺者(アサシン)を束ねる頭と知って驚愕した。暗殺者(アサシン)集団“黒い亡霊(ブラック・ファントム)”は、内乱の盛んなこの地において、東軍にも西軍にも属さない金でのみ動くプロ集団だ。
 セリスはそこで育ち、厳しい訓練を受け、女であることを利用する非情な殺し屋となった。
 数え切れないほどの人間を殺してきたセリスは、感情を無くした殺人機械のようになっていた。

「次のターゲットは、西軍の王子、ガルバⅡ世の息子ロードだ」
 その任務を聞いた時、セリスは“黒い亡霊(ブラック・ファントム)”が東軍についたことを知った。
 東軍にも西軍にもつかないために、今までは王家の人間に手出しする仕事を受けてこなかった。それを受けたということは、もう中立的プロ集団ではなくなる。
 分断された王家は兄であるガルバⅡ世の西軍と、弟であるダロティ・ニヴェの東軍とで内乱を繰り返してきた。兄弟の父親であった前王が亡くなった折、ダロティ・ニヴェを擁立して王にしようとした派閥が反乱を起こしたのがきっかけだ。ダロティ・ニヴェの母親は東方の領事の妹であったため、まさに国が半分に割れてしまった。
「現在、内乱は一時休戦状態となっている。東軍が和解交渉を申し出ているからだが、それはパフォーマンスにすぎない。この隙にお前は西軍の城に忍び込み、ロードを殺す」
 タイバーンの言葉に、セリスは眉をひそめた。潜入しての暗殺が出来ないわけではない。そういった任務もこなしてきたが、セリスが専門的に任されてきたのは「女であることを利用し相手を油断させて殺す」というタイプのものがほとんどだ。今回の任務は、他の適任者が大勢いるはずだった。
 訝しげなセリスの表情に気付いたのか、タイバーンは表情を変えずに言った。
「お前にこの仕事を任せるのは、ロードの妹マリアがお前に瓜二つだからだ。東軍側から渡された西軍親子の姿絵を見て、オレも驚いたがな。今回、潜入せずに表から堂々と行け。ガルバⅡ世の落とし種だと言い張って、母親が死んで話を聞かされて頼ってきたと言う。無論、すぐに信じたりはしないだろう。ただ、お前は恐ろしくマリアに似ている。それだけで、無関係だとは絶対に思えない。西軍の女神と歌われる姫君に似た者を無下にできるわけがないんだよ。そういう意味で、西軍は甘い」
「わかりました」
 セリスは頭を垂れてタイバーンの部屋を出たものの、心の奥深くが痛んで仕方がなかった。
 東軍はセリスの両親を殺した。その東軍につくというのだ。何も感じなくなっていたというのに、その事実が心に重くのし掛かる。
 両親の(かたき)を打ちたいと思ったことなどなかった。セリスは人を殺し、自分は既に多くの人間にとっての(かたき)だ。自分の不幸を主張することなど許されるはずもないから。
 割り切っていたつもりだったのに、今さら自分のしてきたことを突き付けられた気がして、でも成功しなければ殺される。
 セリスは暗い迷宮に迷い込んだような錯覚に陥り、振り払おうとしても振り払おうとしてもついてくる不安に押し潰されそうだった。


 無事、西軍の城に入ったセリスだったが、やはり真偽のほどと疑われ、豪奢な客室が宛われているものの扉の前には警備が四六時中離れない状態だった。
 標的(ターゲット)であるロードには会ったが、温厚そうに見えとても戦の先頭に立っているような人物には見えない。父であるガルバⅡ世が亡くなる前も、実質軍を指揮しているのはロードだと言われていた。温厚そうに見える人間ほど、怒らせたら恐いとも言うがおっとりした話し方もあり、虫一匹殺せなさそうだ。
 標的(ターゲット)がどんな人物であるかなんて気にしたことはなかったのに……。
 セリスは殺してきた感情が自分の中で溢れそうになるのを抑えられず、この任務を成功させられる自信がなくなっていた。

 そんなセリスの心が決まったのは、マリアに出会った時だった。
 セリスが城に来た当時、風邪をひいて()せていたのだが、回復したので姉妹かもしれないというセリスに会いに来たのだ。
 心配する警備兵を下がらせ一人部屋に入ってきた気丈なマリアを見た時、セリスは得も言われぬ衝撃を受けた。まるで鏡を見ているかのように、本当にそっくりだったのだ。
 衝撃を受けたのはマリアも同じようで、目を見開いて呆然と立っていた。
「あなたは……私の妹なの……?」
 独り言のようなマリアの問いに、セリスは目を伏せて答えた。
「わかりません……。母はそう言ったけれど、ずっと父は私が生まれる前に戦で死んだと聞いていて……私には何もわからないんです」
 嘘をついているのが苦しかった。こんなことは初めてだ。
 マリアが余り自分に似ているから、まるで双子のような相手に、もう一人の自分に偽りを告げているからなのか───。
「そう、そうよね。ごめんなさい。あなたさえよければ、ずっとここにいていいのよ。こんなに似ているんだもの。きっと姉妹だわ」
 そう言って優しく微笑んだマリアは、心からそう思っているように見えた。
 嘘をこんなに簡単に信じて馬鹿な女だと、そう嘲笑えればよかったのに。息苦しさに胸が詰まり、思わずセリスは涙を零した。
 私の全ては偽りだ。私にとって真実などなに一つない───
 わかっていたけれど考えようとしなかった。自分がしてきた罪を「生きるため」と正当化しようと思ったことすらなかった。ただ何も考えず、言われるがままに行動してきた。
 その方が楽だったから。その方が楽だったのに───どうして気付いてしまったというのか。
「泣かないで。ね。セリスと言ったかしら。いい名ね。戦も和解が済むかもしれないし、そしたらここで平和に暮らしましょう?」
 マリアの言葉に、セリスは頷くことなどできずただ嗚咽を押し殺して泣いていた。


 マリアを悲しませることなどできない。
 セリスは死を選ぼうと思った。本当のことを知ればマリアは傷付きに違いない。しかし今さら彼女を傷付けずに済む方法は考えつかなかった。
 黙って出て行くのが一番だろう。
 マリアとロードに宛てて、それぞれ手紙を書くことにした。
 マリアには「自分は姫君として暮らす資格はないと思う」といったようなことを綴った。
 ロードには、自分の本当の目的と、東軍の目論見を正直に書き、謝罪の言葉を(したた)めた。
 城に来てからドレスなどをもらったが、本当の自分の持ち物はわずかだ。それを整理し、来た時の服装に着替えたセリスは窓辺に気配を感じてハッとした。
「そんな格好して、どこに行くつもりだ?」
「!!!」
 テラスからかけられた声に、セリスは心臓を縮こまらせる。一週間しても結果を出さぬセリスに、タイバーンが誰かを送ってきたのだと思ったのだ。
 月光を背に暗闇に立つ男は、明らかに殺気を放っている。
 “黒い亡霊(ブラック・ファントム)”の暗殺者(アサシン)達は、皆セリスよりも腕が立つ。セリスも特訓してきたものの、純粋な殺人技術はまだ達人の粋に達するには至らない。
 それでも自分がこの男を倒さなければ、タイバーンと東軍の思うようになってしまう。ロードは殺されマリアは泣くことになるだろう。
 武器である短剣は見つからぬよう鞄の裏底に隠してあり、現在もそのままだ。今は丸腰。勝算はほとんどない。
 どうする……?
 逡巡している間に、男は部屋に一歩踏み込んだ。だが武器を抜く気配も構える気配もない。
「お前は一体、何が目的だ?」
 男の言葉に、セリスは眉をひそめた。タイバーンの寄越した者であるなら、そんなことを聞くはずがないのに……。
「人に物を尋ねる場合、名乗るべきじゃないのか?」
 タイバーンの部下にはセリスが知らない者もいるらしい。ほとんどが顔見知りだが、絶対に姿を見せない特別な者が二人いると聞いている。
「……嘘をついて人を騙すような奴に名乗る名前なんてねえな。調べさせてもらったよ。お前が言った村にセリスなんて奴はいなかった。そうだろ?」
 小さな村は金を渡して偽証を強要してあったはずだ。もしそれを破れば殺される。本当のことを話す奴なんているはずない。無論、それでもどこからか漏れる可能性がある。その村の人間だけしか根回しをしていないため、よく来る行商人等が証言すればそれまでだ。
 任務には一週間もかかる予定ではなかった。だからそれで充分なはずだった。調べがつくまでに任務を終えて逃げ出しているはずだったのだから。
「そうよ。私はロード王子を殺すために来たのよ」
 セリスは諦めがちに吐き出した。セリスの言葉に男の気配がすうっと冷たくなる。
「それで、どうしてそんな格好を? これから殺しに?」
 皮肉っぽい口調で言われ、セリスは唇を噛みしめる。言ってわかってもらえるはずがない。だけど、言わないで諦めるわけにはいかない。
「そんなことはどうでもいいでしょう。私を殺せばいい。でも、ここでは殺さないで。いいえ、殺すのなんてどこでもいいけれど、マリアには知らせないで」
「……何故?」
「理由なんてあなたに関係ないわ。……さあ、殺しなさい」
 心を、感情を取り戻してしまったセリスは、罪を背負って生きていくことに耐えられる自信がなかった。生きる資格が見いだせなくなっていた。
「あんた、やろうと思えば、とっくに王子を殺せていたんだじゃないのか?」
「………………」
 真っ直ぐに視線を向けられ、セリスは顔を逸らした。全てが苦痛で、もうどうしていいかわらかない。
「あんたは恐らく“黒い亡霊(ブラック・ファントム)”だろう? 噂は聞いている。その態度も芝居か?」
 男の挑発も、どうでもよかった。セリスは黙ってただ立っている。死ねば何も考えなくなる。罪は消えずとも、罪を悔いる心が消えてしまう。
 しかしセリスのそんな心中に気付いたのか、男は黙って部屋の灯りをつけた。驚いて顔を上げたセリスと目が合い、男は軽く目を見開く。
「これは、本当にマリア姫に似ているな。……姫はそんな絶望的な顔はしないけどな」
「あの人は純粋で、汚れを知らなくて…………私とは違う」
「…………さあね」
 男は興味なさそうに肩をすくめると、セリスに背を向けた。
 その態度に驚き、セリスは戸惑いながら男を観察する。
 背はそれほど高くない。セリスより少し高い程度。歩き方はしなやかで音を立てない。黒みがかったブロンドで、漆黒のバンダナを巻いている。
 男はセリスが書いた置き手紙を手にとっていた。
「やめて!」
 思わずセリスは叫ぶ。振り返った男は童顔に訝しげな表情を浮かべた。
「なに?」
「……早く殺しなさいよ。背を向けるなんてどうかしているわ。私は素手でも人が殺せるのよ」
「お前こそ、殺したいならそうしろ。俺を殺して逃げればいい」
 男は冷たく告げたが、硬直しているセリスを見て溜息をついた。
「今のあんたには、恐らく無抵抗の人なんて殺せないよ」
 そう言って、勝手に手紙を開封する。
 暗殺者(アサシン)の告白に謝罪など、みっともないこと極まりない。羞恥に染まったセリスは、ただ俯いて拳を握り締めていた。
 男はもう一度、深い溜息をつくと、机に寄り掛かってセリスを見た。
「それで、出て行ってどうするんだ?」
「………………」
「“黒い亡霊(ブラック・ファントム)”は裏切り者を許したりしない。追っ手がかかるだろう。それでどうするんだ? まさか東軍に乗り込むつもりとか?」
 呆れた口調に、セリスは何も言えない。愚かだと笑われている気がして、どこかに隠れてしまいたい。
「……そんな顔すんなよ」
 男は顔を歪めて前髪をかきあげた。セリスは今自分がどんな顔をしていたのかと、顔を上げて男を見る。
「あんた暗殺者(アサシン)だろう? そんな泣きそうな、そんな顔すんなよ」
 男の言葉に、セリスはかあっと頬を染めた。自分はどこまで無様になるのだろう。呼吸をしているだけでも生き恥をさらしているというのに。
「なんであんたみたいのが“黒い亡霊(ブラック・ファントム)”にいるんだ?」
 男の問いにも、セリスは答えなかった。選択肢がなかったとしても言い訳をするようで、何も言えなかった。
 だんまりを決め込むセリスに、男は深い溜息をついて近付いてくる。
「だから、そんな顔すんなって……」
 すぐ目の前に立たれ、セリスはただ俯いていた。恥じ入るように唇を噛みしめることしかできず、己の人生を呪うことしかできない。
 だから、男の腕が伸びてきて抱き寄せられた時には、何がなんだかわからず呆然としていた。
「くそっ、俺はそういう顔に弱いんだよ」
 呟いた男の腕の中は温かく、セリスはただただ困惑する。
「泣いてもいいぞ」
 耳元で囁かれ、絶対に泣くものかと、泣くことが許されるものかと思っていたのに、ほろりと涙が零れた。
 今まで多くの男に抱かれてきた。任務だったり、タイバーンの慰め役だったりもしたが、こんな風に抱きしめられたことなどなかった。
 声を上げて泣きじゃくり、背を撫でる男の優しい腕に甘えた。
 慰めるような口づけも、もどかしげに自分を求める手も、全てが救いに思えた。
 自分が何かを望んだことなどなかってけれど、その瞬間だけは名前を知らぬ男を望んでいた。互いに流されているだけで、愛し合っているわけではなくても、確かに求めていた。

 明け方前に目を覚ましたセリスはそっとベッドを抜け出すと、床に散らばる旅装を拾って身に着けた。
 気配を殺して行動しているつもりだったが、男はいつの間にか目を覚ましていた。
「まだ出て行くつもりか?」
「…………私は…………」
「お前が消えても次の刺客が来る。誰が王子と姫を守る? 軍の戦士達も屈強だが、プロの暗殺者(アサシン)に対してどこまで対処できるかわからない。そうだろう?」
「でも、私はここにいる資格なんてない」
「嘘をつき通せよ。嘘を貫いて、今度は王子と姫を守る方に徹しろよ。……あんたが命を捨てるつもりなら、その方が捨て甲斐があるだろう?」
 男の言葉は最もだった。セリス自身もそれを考えないではなかったが、今さら沸き上がった良心の呵責でマリアの傍にいることすら許されない気がしていたのだ。
 だけど、この男に背中を押されると、許されていないまでも、そうするべきだと思えた。
「そう、ね……。あなたの言う通りだわ。命をかけて、あの二人を“黒い亡霊(ブラック・ファントム)”から守り抜くわ」
 セリスの固い誓いに、ロックは複雑そうな表情でベッドを抜け出た。素早く服を身に着けると、
「俺の名はロック。ガルバⅡ世の密偵をしていた。今はロード王子に仕えてることになるのか。城にいることは余りないが、力になってやる」
「……ありがとう」
 消え入りそうな礼の言葉に、ロックは小さく笑うとセリスに一つ口づけを落とし、来た時と同じようにテラスから出て行った。

「くぅ~! 『ロック』ってば、気障!」
 リルムの叫びに、ロックは再び台本から顔を上げた。
「だから、何が?」
「ロックも読んでみるといいよ。あ~、恥ずかしくて悶絶するかもしれないけど」
 キシシと笑われ、ロックは頭をかく。
「まあまあだな」
 偉そうに呟いたセッツァーは、しかし表情は満足そうだ。
「多少、チャチい部分もあるが、まあまあ面白じゃねーか」
 ところがセリスは、
「なんか、この中の『ロック』って、『ロード』と『マリア』のために命をかけて死ねって言ってるじゃない? ひどいよね」
 不満そうに呟く。それを見たセッツァーはロックを見て思わず吹き出した。
「お前のロックはそんなこと言わねーんだからいいじゃねーか。それに、続きを読めばそれが伏線だっつーのがわかる」
 ということは、セッツァーは2編とも読み終わってしまったらしい。ダンチョーの書いたのは2編で、どちらもセリスとロックの過去についてだ。
「読むの早いのね」
 意外そうに呟いたセリスに、セッツァーは片頬をゆるめる。
「まあな」
「それって自慢できることなのかなぁ」
 リルムの呟きに、セッツァーは「うるせぇ」と彼女を頭を小突いた。

≪生きる意味≫
 城での生活は心苦しかったけれど、自分の命でロードとマリアを守れるのならと、セリスは偽り通していた。
 最初は疑っていたロードには、真相を明かした。心変わりしたなどと余計に信じられないと言うロードだったが、ロックの言葉により渋々承諾する。セリスはロードを警護するため、ロードの身の回りの世話をすることになった。マリアはそんなことさせられないと言ったが、
「本当に血が繋がっているかもわからないのにただで置いてもらうわけにはいかない」
 と言うセリスの言葉に折れてくれた。
 侍女の使うロードの続き部屋で寝泊まりているセリスは、緊迫しながらもマリアに癒されながら今までで最も充実した生活を送っていた。
 しかしそんな幸せが長く続くはずがない。
 セリスが城に来て一月ほど経った夜、訪れたロックに抱かれ情熱に満ちた夜を過ごしたセリスだが、寝付けないでいた。
「お前が死んだらマリアがどれだけ悲しむか考えてみろ。絶対に無駄に命を捨てようとはするな」
 ロックが口にした言葉が、頭から離れない。
 彼は訪れる度、セリスを抱いてゆく。恐らく飼い慣らそうとしているのだろう。わかっていても拒めなかった。決して強制ではなく、セリスの意志を尊重してくれるから。それが作戦なのだろうけれど、構わなかった。
 今のセリスは今までで最も満たされていて、心からいつ死んでも悔いはないと思う。無論、ロードを守れずに死んでいくのは嫌だ。ロードとマリアを守れるのなら、そのためなら命など惜しくはないと心から思うのだ。
 マリアが悲しむ───
 わかっているけれど、ロードを失うことになるよりは遙かにいいだろう。
 セリスは傍らで穏やかな寝息をたてるロックを見た。
 ロックもいつもロードとマリアを何よりも優先する。セリスと同じだ。だから信じてしまっている。彼が自分をどれほど信用しているのかわからないが、期待に応えたいと思う。
「私が死んだら、あなたも少しは悲しんでくれるの……?」
 呟いて愚かだと思う。誰かに惜しまれる資格などないのに、何故そんなことを思ってしまうのだろう。
 落ち着かない気持ちでベッドを抜け出した。
 突然、不安でいっぱいになる。こんな気持ちになったことはなかった。夜風に当たろうとテラスに出ようとして、ハッとする。
 殺気!?
 慌ててレイピアを手に取ると隣室に飛び込む。キラリとした何かが目に入って、咄嗟に飛び出していた。弾き損ねて腕に鋭い痛みが走る。弾いたのは小さなダガーだ。
 寝間着にしている麻の上下は動きやすいものだ。その薄い上着にうっすらと血が滲むが、セリスは頓着せず何事かと身体を起こしたロードの前に立った。
「裏切り者が」
 ダガーを放った侵入者の小さな呟きにも介せず、セリスは自分から仕掛けにかかった。後手に回れば勝てるわけがない。
 自らも隠し持っていたダガーを投げ、それを軽く避けた侵入者に斬りかかる。しかし侵入者はいとも容易くそれをかわし、セリスの鳩尾を蹴り上げた。
「うぐっ……」
 軽く吹っ飛び思わず蹲るが、痛みを遮断するよう自己暗示をかけて立ち上がる。しかし身体が思うように動かなかった。
 最初に受けたダガーに毒があった可能性が高い。
「お前が俺に勝てるわけがないだろう」
 呟いた侵入者にハッとする。セリスを暗殺者(アサシン)に育て上げたタイバーン本人だ。侵入してわざわざ殺気を発するなんてタイバーンのすることではない。恐らくセリスを誘い出すためにわざと殺気を発したのだろう。
 ロードはベッドの向こう側に身を伏せて、すぐには殺されないようにしている───必ずそうするように頼んであった。
 しかし、タイバーン相手ではセリスがやられるのは確実。身体が痺れている状態では、その時間を引き延ばすことすら不可能に近い。
「恩も忘れやがって馬鹿が」
 短く呟きながらセリスのレイピアを弾いたタイバーンは、避けようと仰け反ったセリスの腹にダガーを突き刺した。
「逃げ、て───」
 ロードに向かって呟いた言葉が聞こえたのかどうか、ロードは動けないでいた。
 刺客など本当に来るのかと気を抜いていたロードは、震え脅えることしかできない。セリスの倒れた音が聞こえ殺されると覚悟した。
 だが、セリスが倒れるのと同時に聞こえたのは「ごほっ」という低い呻きと重量感のある人間が倒れた音。
「王子、無事ですか?」
 続き部屋の扉の影から、ロックが除いていた。
「あ、ああ……」
 なんとか起きあがろうとしたロードだが、腰が抜けたのか立ち上がれない。
「それより、セリスは……」
 ロックの位置からは倒れたセリスはベッドの影になり見えていなかった。慌てて回ると、真っ赤な血にまみれて倒れている。そのすぐ横で喉に短剣の突き刺さった頬のこけた男が息絶えていた。
「セリス!」
 蒼白になったロックは、慌てて声を上げた。
「警備兵! それと医者!」
 警戒を強めテラスの外側にも警備兵は立ててあったが、音もなく殺されている。扉の向こう側の警備兵もどうやったのか殺されていた。バタバタと遠くから聞こえる足音に、ロックはどうしようもない寂寥感でセリスを抱きしめていた。


 セリスが目覚めたのは見知らぬ部屋だった。壁は木を積み重ねてあり、ロッジのようだ。
「ここ、は……」
 一体、どうしてここにいるのか、ぼうっとした頭で身体を起こそうとしたがうまく力が入らない。
 やっとのことで右手を上げる。どうやら身体が動かないわけではないらしい。
「私…………」
 掠れた声で呟いて、意識をはっきり保とうとするが、うまくいかない。それでも気力を振り絞って、覚えている記憶を順に辿る。
 暗殺のために城に行って、マリアに出会って暗殺を諦めて、ロードを守るために城に残って……。
「そっか、タイバーンに…………」
 毒が塗ってあるのだろうダガーを刺されたのは覚えている。ゆっくり手を持ち上げて刺されたはずの腹に触れると、包帯が巻いてあった。
「……生きて、る…………?」
 “黒い亡霊(ブラック・ファントム)”の使う毒は即効性の猛毒だ。生きているなんて有り得ない。
「どうして……?」
 自分が生きていた驚きに頭がはっきりしたものの、理由はてんでわからない。
 考えすぎで頭が痛くなった頃、扉が開いた。セリスが首を動かすと、
「セリス!」
 歓喜の声を上げたのはロックだった。
「目が覚めたのか。気分はどうだ? 傷は痛むか?」
 駆け寄られたセリスは、目をぱちくりさせて尋ね返す。
「私……どうして……」
「一時は危なかったんだが、助かったんだ。王家秘宝の万能薬があってな、マリアがそれをくれたんだよ」
「マリアが……ロードは? 大丈夫なの?」
「……タイバーンは俺が殺した」
「!!! あなたが……」
 驚きの表情の後、目を伏せたセリスに、ロックは明るい表情を作って言った。
「とりあえず、お前が元気にならなきゃな」
「……ええ。でも、ここはどこ? 城じゃないわよね」
「俺の隠れ家の一つ。南の山の中さ」
 余計なことを言おうとしないロックに、セリスは訝しげに尋ねる。
「どうしてそんなところに?」
「今は何もしないで身体を治してくれ。話は全てそれからだ」
 説明するつもりはないのだろう。動けないセリスは、それ以上尋ねることはできなかった。

 以前のようにとは行かないまでも、動けるまでに回復したセリスは、自分が怪我をしてから目覚めるまでの間に起こったことを聞いて絶句した。
「じゃあ、ロードは殺されたと!?」
「そうだ……」
 詰め寄るセリスに、ロックは苦々しい表情で俯く。
「“黒い亡霊(ブラック・ファントム)”の生き残りが城を襲撃……」
 ロックから教えられた事実は、セリスの想像した以上の事実だった。
 和解交渉が決裂し、戦が再開。軍が出払った城を襲った“黒い亡霊(ブラック・ファントム)”により、西軍の城は占拠された。
「……マリアは?」
「人質になっている。元々、東軍の望んだ和解交渉の内容にはマリアを東軍の王子ラルスが娶るというものが含まれていたんだ。婚礼の用意がされているらしい」
「そ、んな……」
 言葉を失い呆然としているセリスに近付いたロックは、労るようにそっと肩を抱き寄せた。しかしセリスはそんなロックをきっと睨み付けた。
「あなたは何をしているの!? タイバーンを殺せるぐらいなら、こんなところにいるべきじゃないでしょう! 何してるのよ!」
 自分のような命に価値を持たない暗殺者(アサシン)の看病などしている場合ではないと、セリスに責められたロックは怒鳴り返した。
「うるせえ!」
 初めて聞いたロックに怒声に、セリスは驚いて口を閉じる。
「……大声出して悪い。今、ドラクゥ達が城とマリアを取り戻す作戦を立てている。それにはマリアに瓜二つのお前の存在が不可欠だ。もう少し動けるようになったらお前に協力してもらって作戦を実行する。……だからだ」
 だから助けたのだと。熱心に看病したのだと言われ、セリスは押し黙った。
 ロックがセリスをロードとマリアを守るための道具として見てないことなどわかっていた。けれど、はっきりそう言われると、それは鋭く心に突き刺さる。
「そう、だったの……。ごめんなさい。じゃあ、少しでも体力をつけないといけないわね」
 力無く言ってフラフラとロックから身を離したセリスは、頼りない足取りで寝室へ戻って行った。

 マリアよりもセリスを城から連れ出すことを優先したなど言えるはずもない。
 昏睡状態のセリスを城に残せば確実に殺されただろうし、マリアは残しても殺されることはないだろうという天秤によってセリスを選択したわけではない。セリスを残して行くことなどできなかった。
 今まで仕えてきたガルバⅡ世とロードを裏切ることになるとわかっていても、唯一残された守るべき対称であるマリアを見捨てることになるとわかっていても、セリスを失うことに耐えられなかった。しかし、セリスはそれを知ればロックを許さないだろう。
 リビングに残されたロックは悔しそうに歯を噛みしめた。

 

■あとがき■

 体調不良により一週お届けが遅れて申し訳ありませんでした。しかも今回はまだオペラ本編に入らない;;
 何故これを入れたかと言えば、前回(ゲーム中でセリスが代役をした時)変な展開になってしまった『マリア』の続編のために作った新しい設定等を、オペラ内では説明しきれないと思われるからです。普通、オペラではこんなの一緒に売ったりしないと思われるんですが(初心者向けの本とかは本屋にありそうだけど。「○○をより面白く見るために」みたいな本が)、ダンチョーの苦肉の策と考えてください(実際は桜の苦肉の策ですが)。
 小説ではよくありますよね。「過去の話を外伝や短編集として出す」ってやつです。私も外伝として最後に付け足すことも思ったのですが、観客はオペラ前に読むことも可能なことを考えて2話目に入れました。
 これがあることで、次回からのオペラ本編に無駄な説明的補足を入れなくて済みます。多くが会話で成り立ってるオペラで、やたら説明的な言葉って変……とも思いまして;; 難しいですぅ。
 ということで、前回3話と書きましたが……おそらく3話にはならないです;; でもどんなに長くても5話(予定では4話)の予定です。毎回あてにならなくてすみません;;
 しっかも今回やたらと長いです。今までで一番長いかも……;; というより、他の小説だったら、2回に分けてました。2回に分けるっていうのも考えましたが、「外伝だけで2回っていうのはちょっとよくないかも」と思って、無理矢理1回分に入れました。小説でも「同じシリーズでこの本だけ異様に長い」ってのありますもんね(自分を慰めてみる)。しかし次回アップの本編より長い可能性が大! …………そうだとしても、どうか許してください。 (05.10.30)

first volume

「謎の男セッツァーにさらわれたマリアは、実は瓜二つのセリスが扮したものだった。
 マリアと入れ替わり彼女を逃したものの、セリスは自分の身よりも城を取り戻せたのかどうかを案じていた」

 幕が上がると、舞台は飛空艇の甲板を模してあった。セッツァーの持つ実物の飛空艇を参考に作られていてかなり精巧な造りだ──飛空艇を見たこともない人々にそこまでの精巧さが意味のないものだとしても、美術スタッフの拘りらしい。

「♪ あなたは一体何者なの? 私をどうするつもり? ♪」

 『セッツァー』の意図がわからず未だ『マリア』のフリをしている『セリス』は、右手を広げ滑るように歌う。今回は『マリア』に似せる必要はないのだが、どうしても似てしまうのは以前の癖が抜けないからかその他の理由があるのかは誰にもわからない。
 セリスは以前着たのと同じ衣装を身に着けているが、セッツァーは普段の服装と余り変わらない。舞台映えするように多少煌びやかではあるが、トレードマークの黒いマントに銀糸の刺繍が施してあるだけだ。

「♪ 俺は空を滑る者 何者にも屈せず 孤高に生きる男
   大陸一の美女マリア お前を我が妻にしてやろう ♪」

 セッツァーは思いの外歌がうまい。バリトンを効かせた朗々とした声は、ホールに響き渡る。何をやらせても器用にこなすのは負けず嫌いだからだとリルムは笑って言うが、それだけでは済ませない才能がある──とダンチョーは大喜びだった。
 『セリス』をその腕に抱きしめようとした『セッツァー』だが、彼女はするりと腕を抜け出す。

「♪ 私は彼の人のもの 例えこの身が滅びようとも 心だけは彼の人のもの ♪」
「そんな男など俺が消し去ってやる!」

 激しいシンバル音と同時に美しい装飾剣を取りだした『セッツァー』に、『セリス』は脅えるように胸の前で両手を組んだ。

「♪ あなたのものになる だからあの人には手出ししないで ♪」
「♪ そこまでお前に想われる男
   お前の心を手に入れるには その男を生かしておくわけにはいかない ♪」
「♪ あなたはそれが誰だかわかっているの?
   私はマリアではない 身代わりの女だというのに ♪」
「そんなわけはない! では一体、お前は何者だというのだ!」

 『セッツァー』の叫びに、『セリス』はドレスを剥いだ──簡単に剥ぐことができる加工がしてある。ドレスの下は身体にフィットする黒いボディスーツだ。それは普通の女が身に着けることなどない殺し屋らしい装いで、それを目にした『セッツァー』は、『セリス』に剣を突き付けた。

「私は身代わりの女 存在しない影の女」

 台詞調の『セリス』の呟きに、『セッツァー』は剣を下ろす。

「では マリアの代わりにお前を我が妻としよう!」
「何を馬鹿な!」
「♪ マリアと同じ美しさを持ち 度胸も据わってた気高い女
   きっとお前の方が価値がある
   名はなんという? ♪」
「♪ 私はセリス 罪を抱く女
   私の心はあなたのものにはならない 人形でもいいと言うのなら それも一興 ♪」

 気高く笑った『セリス』に、踵を返した『セッツァー』は空を剣で薙いだ。

「♪ 時期にお前の心も変わるだろう お前の心を我がものとしてみせる」

 歌いながら舞台の脇へ去っていった。
 残されたセリスが床へ膝をつくと、バイオリンがゆっくりと前奏を奏で始めた。
 瞳を閉じて祈るように天を見上げたセリスは、悲しい歌声を上げる。

「♪ 私は暗殺者(アサシン) 罪を背負う者  日向では生きられぬ 生きる場所を持たぬ
   あなたは仕える 王家のために  空にふるあの星を 私と想い
   私の分まで マリアのために 生きて欲しい
   届けたい 歌に託す ♪」

 『マリア』のアリアと同じ曲だが、変調してあるため暗いイメージが強い。
 最初セリスが聞いた時には、「えっ!?」と思い切り嫌そうな顔をしてしまったが、話を理解した今ではこの方が合っていると思う。
 幕が下り、再び舞台端のダンチョーにスポットライトが当たる。

「闇の社会で暗殺者(アサシン)として生きてきた。
 しかし、マリアに出会い全てをすてたセリスは、自らがセッツァーのものとなればマリアが狙われることもないだろうと考える

 一方、ロックは、セリスを探して飛空艇を持つ男の情報を集めていた。
 そして辿り着いたのは、幼い少女の踊りで有名な酒場だった」

 再び幕が上がると、舞台は酒場に変わっていた。
 賑やかな音楽に合わせて、テーブルについた男達が陽気に声を合わせる。

「♪ 我等が舞姫 小さな舞姫 陽気に踊る 太陽のように
   我等が舞姫 可憐な舞姫 罵声を飛ばし 男達を蹴飛ばす ♪

 酔っぱらったような男達を演じる群衆の奥から、妖精のような淡い水色のドレスを身に着けたリルムが姿を現した。マリアが身に着けるようなものとは違いミニ丈でヒラヒラしているドレスは、リルム本人が希望したデザインだ。
 『リルム』の登場に音楽が切り替わる。やはり陽気なリズムで、それらは今までのオペラにはないタイプの音楽だが、彼女にはよく似合っている。
 『リルム』は舞台の真ん中で、笑顔を振りまきながら踊り出した。

「♪ あたしは空賊ゾラの娘
   誰にも縛られず 誰にも邪魔されず 空を駆ける船を泳がせる
   ゾラは陽気な空の男 大陸を抜け 海原を越え 空の果てを追う ♪」

 そこで曲調が変わった。激しいドラムの音に、『リルム』は小刻みにステップを踏む。
 実はリルムはリズム感が余りよくなかった。歌の音程はとれるが、ダンスとなるとまったく駄目で、更に踊り子の踊るような激しいステップなどとんでもない。
 しかし負けん気の強いリルムは、セッツァーに鼻で笑われたのがよかったのだろう。寝る間も惜しんで練習すると、若さなのか誰もが舌をまくほどの踊りをこなすようになっていた。

「♪ だけど だけど あの男! ♪」

 鼓膜を(つんざ)かんばかりのシンバルの音に、観客は驚いて肩を震わせる。

「セッツァーが全てを奪った!!!」

 幼い身体から溢れんばかりに発するエネルギーに、皆圧倒されている。
 リルムは元々小柄で可憐な容姿の割に性格がお転婆だから、他人に驚かれることが多い。
 再び小刻みにタップを踏んでヒラヒラと短いスカートを揺らす『リルム』は、突然止まった音楽に合わせてポーズを決めると、再び歌い出した。

「♪ 父の形見を 大事な飛空艇を 必ず取り戻してみせる ♪」

 その後は酒場の男達と共に大合唱だ。男達がプロだからだろう。リルムの高い声を生かすテノールは、思わず観客にリズムをとらせる。しかしそれも、突然現れた男の存在で唐突に終わった。

「飛空艇を持つ男を捜している」

 黒いバンダナをした旅装の男は勿論『ロック』だ。彼は本人もずっと気に病んでいたほど歌が得意ではない。そのため台詞調のものが多く、少なくした歌は猛特訓のお陰かなんとか形にはなった。演技すら苦手な彼は台詞自体もいかんしがたいものなのだが、それでも歌よりはマシなのだ。
 セッツァー曰く「照れが抜けないから上手くできず逆に恥ずかしい思いをする」らしいが、そう言われても深層心理はなかなか変えられない。努力型人間のロックだからなんとかなったのだろう。

「♪ あなたは一体だあれ? ♪」
「俺はロック 飛空艇に乗った男にさらわれた女性を捜している」
「飛空艇はこの世にただ一隻 その男はセッツァーだ」

 群衆の男の一人が言った。

「セッツァー?」
「♪ そう 父から継いだ私の飛空艇を盗んで逃げた男 セッツァー! ♪」
「♪ その飛空艇を 取り戻さないか? ♪」

 『ロック』の提案に群衆はざわめき、『リルム』は『ロック』の周囲を跳ねるように歩いた。

「どうやって?」

 首を傾げて『ロック』を覗き込む姿は、本当に妖精のようだ。

「♪ 剣技に長け 悪知恵の働く男
   そんな男から 飛空艇を取り戻そうと言うの? ♪」
「何もせずに諦めることなどできない!」

 叩き付けるように叫んだ『ロック』に、『リルム』達は目を丸くした。

「♪ 確かにあたなの言うとおり ♪」
「♪ 我等が飛空艇を取り戻そう!! ♪」

 一致団結したところで再び幕が下りた。ナレーションのためにスポットライトに浮かぶダンチョーが再度口を開く。

「燃料補給のために地上に降りたところを狙うことにしたロック達。
 果たして作戦はうまくいくのか───」

 幕が上がると、再び『セッツァー』と『セリス』が飛空艇の上にいた。
 細身でスレンダーなドレスを着せられたセリスは、美しくよく似合っているが、時代背景的にはそぐわない。これはセッツァーが、
「俺の趣味で着せるドレスなら、俺の好みでいいんだよな」
 などと言ったせいだ。
 自分勝手な出演者達に、振り回されっぱなしのダンチョーは大変そうだったが、華やかに大きく膨らんだスカートのドレスよりも元暗殺者の『セリス』という設定にはクールなドレスの方が似合っている。

「♪ ここで補給を終えたら 大空で結婚式だ ♪」
「♪ でもそれは誰にも祝福されぬ式 ♪」
「♪ 空と太陽が祝福してくれる 風と雲が祝福してくれる ♪」

 気持ちよさそうに歌っている『セッツァー』の元へ、乗組員の一人がやってきた。

「♪ 補給が完了しました~ ♪」
「♪ さあ 地上とはおさらばだ  俺達の場所へ飛び立とう ♪」

 『セッツァー』は『セリス』の手をとって踊り始めた。モダンダンスだがパソドブレと呼ばれるそれは、ワルツのように始終穏やかなものではない。短い時間で習得せねばならなかったため高度なステップは少ないが、その分動きを大きく華やかに見せる振り付けに仕上がっている。
 しかしそのダンスも途中で途切れた。それ以上の振り付けを練習していないので、もしここでトラブルがあると大失敗となってしまう。リハーサル中に一度、ロックが乱入するタイミングを逃したことがあったが、今回は大丈夫だった。

「♪ 彼女に触れている手を離せ! ♪」

 突然現れた『ロック』に驚いて『セッツァー』から離れた『セリス』は、戸惑いながら『ロック』を見つめる。

「♪ どうしてあなたがここに ♪」
「♪ お前を取り戻しに来たんだ ♪」

 膝をついて『セリス』に手を差し伸べた『ロック』の前に仁王立ちし、『セッツァー』は装飾剣を抜く。

「♪ お前は何者だ? ♪」
「♪ 俺はロック 彼女は俺のものだ ♪」

 『ロック』も剣を抜いて構えた。『ロック』が持っているのはグラディウスを元にして複製させた刃のない短剣だ。片手剣であればロックでも扱えるし長剣の方が舞台向きなのだが、秘密工作員的な者が派手な長剣を持って歩いていることを不満に思ったロックは「短いのがいい!」と言い張ったのだ。
 『ロック』と『セッツァー』が剣を合わせ始めた。
 セッツァーは普段剣を扱わないが器用で運動神経のいい彼は、型はすぐに覚えた。どちらかというと我流で剣技を身に着けたロックの方が、相手を斬らずに剣を合わせて振る舞うことに苦労した。
 最初はゆっくりと相手の出方を窺うように剣を合わせては後退を繰り返すが、段々と立ち振る舞いは速くなり、しまいには素人には目で追えないほどの早さに変わる。
 そこで、それまで黙っていた『セリス』が叫んで二人の間に身を躍らせた。

「やめて!」

 突然、飛び込んできた『セリス』に、二人は寸でのところで剣を止めた。本当のセリスの頭ギリギリの位置で、躊躇せずに飛び込めるセリスを皆感心していた。
 『セリス』は悲壮に満ちた歌声で『ロック』に告げる。

「♪ 私には 陽のあたる場所に 生きる場所なんてない ♪」
「♪ それでお前はこの男と生きるというのか?
   お前がそれを望んでいるというのか? ♪」

 『ロック』の問いに答えない『セリス』の代わりに、『セッツァー』が答えた。

「♪ セリスは俺を愛するようになる
   俺に抱かれ 俺と過ごせば 俺を想わぬ日がないほどになる ♪」
「♪ そんなことは許さない さらってでも連れて帰るぞ! ♪」

 意気込んだ『ロック』だが、『セッツァー』の次の言葉に拳を握り締めた。

「♪ しかし彼女はそれを望んでいない! ♪」
「♪ だとしても! 力づくでも連れて帰ろう
   ただ唯一 彼女だけに奪われたこの心を捧げて
   生涯 すべてのものから守り続ける ♪」

 そう宣言すると、『ロック』は膝をついている『セリス』の腕を引いて背後に庇いながら、『セッツァー』に向かって剣を振るった。
 そこに飛び込んできたのは、皮のミニスカートに履き替えた空賊姿の『リルム』だ。

「この船は乗っ取った!」
「!!! リ……ルム……!」

 愕然としたセッツァーに、リルムは装飾銃を片手にくるりと身を翻して軽やかなステップを踏む。

「♪ ついに取り戻した 父の形見
   自由に羽ばたく私の翼
   もうお前に逃げ場はない ♪」

 明るい口調で歌う『リルム』は輝くばかりの笑顔なのに、ぴたりと動きを止めると笑顔のまま銃口を『セッツァー』に向けた。
 シンとなったホールに、軽い銃声が響く。それと同時に『セッツァー』の胸から血が溢れた。
 『リルム』は銃をくるくると指で回すと、硝煙を吹き散らす。
 そこで再び幕が下りた。もう第一部はクライマックスだ。

「無事セリスを取り戻すことができたロック
 しかし彼女の心は氷ったまま……

 ダンチョーの声に、最後の幕が上がる。

「♪ 私には 生きる価値がない
   私には 生きる目的もない
   罪だけを両手に 明日を夢見ることは許されない ♪」

 港で飛空艇から下ろされた『セリス』は、短剣を取り出して己の胸に突き刺そうとする。
 慌てて『セリス』の元に駆け寄った『ロック』は、その短剣を奪い取った。

「♪ 誰の許しも必要ない
   お前のいない世界に 価値などない
   俺だけのために 生きてはくれないか? ♪」

 短剣を投げ捨てた『ロック』は、『セリス』の前に跪いて手を差し出す。『セリス』は戸惑ってその手をとれず、問いかけた。

「♪ なぜ? なぜ あなたはそこまで言うの? ♪」
「♪ お前の瞳に心奪われたあの日から
   お前の心だけを求めてきた
   俺の愛を受け入れて 共に生きてほしい ♪」

 真剣な表情で愛を告げた『ロック』は、今までで一番の出来だろう。本番まではどうしても照れが抜けなかったらしく、いつも耳を赤くしていた。

「♪ 私が生きる価値をあなたが作ってくれるというのなら
   あなただけのために生きていくわ ♪」

 一粒の涙を落とした『セリス』を、『ロック』は優しく抱きしめた。
 フィナーレを飾る音楽に合わせて、幕が下りていく。
 出番はまだあるのだが、とりあえず第一部が成功したことでホッとしたのか、セリスは本当に涙が止まらないでいた。

 

†  †  †

 

「なかなかだね」
 満足げにエドガーは頷いた。
 第二部までの間には30分の休憩があり、彼等のいるボックス席にはお酒も用意される。
「リルムが一番よかったぞい。やっぱり可愛いのう」
 孫馬鹿のストラゴスは、ご機嫌顔で溜息をつく。
 演技や歌、踊り云々よりも雰囲気で押し切った感じのリルムを、エドガーもある意味感心していた。
「うむむ……皆、すごいでござるな。拙者には絶対にできないでござる」
 呻り声を上げたカイエンに、仲間達は吹き出してしまう。恐らく懸命に演技をしているカイエンを想像したのだろう。
「しっかし、あのむちゃくちゃになった話を、よくもっていったな」
 感心したように呟くマッシュは、口調とは裏腹に目を潤ませていた。
「ロックはそれでもダイコンだね」
 エドガーはオペラに慣れているだけあって辛口だ。
「まあ、周りがうまいから仕方ないのだろうけど」
 それを聞いていたティナは、一応のフォローを入れてみる。
「元々はオルトロスのせいってことよね」
 ゴキブリのようにしつこい生命力のタコ──魔物?──を思い出して、一同は笑い合った。

 

■あとがき■

 副題について:「前編」という意味です。最初はact1にしたんですがそれって直訳は第1幕で、小説的サブタイトルにするには本になってるわけじゃないからややこしいかと思ってやめました。第一部第1幕第1場って調べたら英語だとPart1,Act1,Scene1になるみたいなんですが、ってことは既に今回はマリアパート2(ダンチョーが叫んだよね)なんだから、二部構成とか言って第○部って表現したら変!? 更に今回のセリス編とマリア編はほとんど同等の時間軸だからパート1、パート2って表現すると日本人的感覚からするともっと変!?(なんとなくパート2はパート1が終わった後のことみたいなイメージですよね) これは想定の範囲外(笑)なので、深く掘り下げて考えないという方向でお願いします。
 オペラの登場人物は、実在の人物と区別するために『 』付の名前としました。今回セリス達が出てきて決めたんですが、そうなるとマリアもマリア・エザンベルっていちいち書かなくても良かったかも;; ということで、これまでの2話も登場人物には『 』を付けました。(マリア・エザンベルはそのままだけど)
 Celes's Storyと同じく歌っている場合は、♪が付いています。なんだか無粋な気がして悩んだんですが、わかりやすいかと思って。自分の頭の中ではメロディも付いてますが、それを小説に表すのは私には無理です。(クラシック音楽的な言葉がまったくわからないのでどんな曲調かすら「速い」とか「激しい」ぐらいにしか表せない;;)
 FF6のサントラ中の音楽に勝手に歌詞をつけるのも考えましたが、話とは関係ないのに「『レイチェルのテーマ』が流れ出した」とか書いてあったら変でしょう?(読んでる人にはわかるとしても)
 歌詞はすっごい悩みました。いくつも考えたけど、なんだか合わないんですよね。セリスのテーマに合わせた変調の歌は、表現が直接的すぎると思ったんですが、間接的だとわかりにくいのでこうしました(字余りだったりするけどね)。マリアのアリアと歌詞を一部合わせたのは、なんとなく……元が同じ曲だから、そういう部分があった方がいいものなのかと思って。
 本当はロックのテーマにだけは歌詞を付けて歌わせようと思ったんですが、話の流れ上、そういうシーン(そのイメージで音楽を仕えるシーン)を作れませんでした。ちょっとそれは残念。
 リルムの酒場の場面は、特にミュージカル色が強いですかね。オペラでこういうシーンの想像がつかないためなってしまいました。本来なら、オペラのビデオとかで勉強して書くべきだったのかも……と今さら思ったり。本職ではないためそこまで時間がとれず、申し訳ありません。
 ダンスについての説明は深く考えないでください。私にはダンスの知識はまったくありません。うりなり社交ダンス部見てるぐらいです;; 雰囲気でお願いします。
 普通の小説としてなら、この展開で終わりにはしないんですが、オペラだとだらだら長くしてしまうのもどうかと思って止めました。その分は前回の外伝に詰め込んだのでw しかし昼の連続メロドラマ風のオペラって恐いよね、きっと。
 小説だともっと細かく場面の切り替えがあるんですが、舞台だと場面転換って大変じゃないですか。ほんのちょっとの場面のためにいちいち舞台セットを変えられないだろうと思って、4場面のみにしました。(それでも多いのかな?)
 オペラをどういう形式で伝えるかは、結局こうなりました。観客席のエドガー視点とかにしようかとも思ったんですが、それはなんとなく却下です。私の中で混乱するので。

 しかし今回は言い訳が多いせいか、またまたアトガキが長いです。最後まで読んだ方、ありがとうございます。 (05.11.13)

second volume

「亡き王と王子の仇を討ちガルー城を取り戻そうと息巻く恋人ドラクゥを筆頭とした西軍の生き残りに対し、マリアはこれ以上の戦いを望めず悩んでいた───」

 第二部が始まった。最初の幕は、離宮の中庭で『マリア』が悩む場面だ。
 簡素なドレスを身に着けたマリア・エザンベルは、豪奢なドレスを身に着けた時と変わらず美しい。そっくりの容姿でも、着こなしと立ち振る舞いが違うのだろうか。舞台脇からセリスはそう思う。

「♪ 幸せ満ちた日 遠い過去へと  色あせぬ思い出は 父と兄のこと
   二度とは会えない 辛いけれども  戦いは望まない 平和を願う
   立ち上がった民を 無下にはできない
   どうすれば? 天国の 二人に問う ♪」

 アリアに乗せた歌詞は、前の曲が恋人を想う内容だったことを考えるとかなり印象が違う。これはダンチョーが「こういった内容の曲」と言ったところ、マリア・エザンベルが自分で作詞した。芸術方面にからっきしのセリスは、その才能を羨ましいと思う。
「そんなに熱心に見つめて、どうした?」
 ロックが囁くように尋ねてきた。セッツァー、リルムとともに控え室にいたはずだが、まだ出番があるためセリスを追いかけて出てきたのかも知れない。
「うん、マリアさんって本当に綺麗だなって」
 上の空で呟くと、ロックはキョトンとしてから頬をかき、頷く。
「ああ、そうだな。でも俺はお前の方が綺麗だと思うぞ」
「うん……って……!!!」
 思わず声をあげそうになって、セリスは口を押さえた。そして熟れた果実のように真っ赤になって、ロックを睨み付ける。
「もう! こんな時に何言ってるのよ」
 ひそひそ声だが強い口調で言うと、ロックは苦笑いで「悪い悪い」と謝罪する。

「♪ マリア~! 愛しき我が娘マリア~ ♪」

 舞台に亡くなったはずのガルー城王『ガルバⅡ世』が、生け垣から現れる。どうやらこのアリアはその場にいない者との邂逅ができるらしい。パート1にあたる元のオペラでは、『マリア』は『ドラクゥ』の幻と踊り勇気づけられる。
 『マリア』は死んだはずの父王の姿に泣きつくように歌う。

「♪ ああ お父様  また血が流れるのは正しいことなの? ♪」
「♪ 戦は尊い命を失わせる悲しいもの
   しかし生きる誇りを取り戻すためには 時には必要だ
   お前は王の子 辛い選択をせねばならないこともある ♪」

 両腕を広げて諭す父王『ガルバⅡ世』に、『マリア』は目が覚めたように驚く。
 そこに殺された兄『ロード』も姿を現した。

「♪ マリア~! 優しき我が妹マリア~
   お前を残して逝ってしまった私達を許しておくれ
   ドラクゥと共に 強く生きるのだ ♪」

 『マリア』を慰めた二人は、すうっと姿を消してしまう。実際は床が下がって降下しただけだが、大がかりな仕掛けだ。
 残された『マリア』は、意を決し観客側に向かって顔を上げた。

「♪ ありがとう 私の愛する人よ  王の血を引く者として 相応しい振る舞いを
   必ず 立派に 答えてみせる  いつまでも いつまでも 見守っていて ♪」

 歌い終えた『マリア』のところに『ドラクゥ』がやってきた。

「♪ マリア~ まだ悩んでいるかい? ♪」
「♪ いいえ もう悩んではいないわ
   私はあなたと共に戦う ♪」

 『マリア』の返事に、

「本当か!?」

 驚いた『ドラクゥ』は、つかつかと歩み寄ると彼女を抱き上げてくるくると回った。そして告げる。

「♪ ロックとセリスが生きて帰ったぞ~! ♪」
「♪ ああ 無事だったのね~! 私の大事な妹 唯一の家族~ ♪」

 『セリス』は『ロック』に続いて、歓喜に震えるマリアの前に出た。

「大変ご心配をおかけしました。ただいま戻りました」

 『ロック』が跪くと、『セリス』も同じように跪く。しかし『セリス』には負い目があるとしても、『マリア』にとっては妹だ──彼女は真実を知らないことになっている。

「♪ 無事だったならばそれでいいの ♪」

 『セリス』の手をとって立ち上がらせた『マリア』は、そのままステップを踏み出す。最初は振り回されるように戸惑っていた『セリス』だが、嬉しそうな『マリア』に徐々に合わせ始めた。
 女同士のダンスというのは一般的にも見かけないものだが、そっくりの容姿である二人が踊ると迫力があった。『セリス』が黒いボディスーツで白く広がるドレスを着た『マリア』と対照的なせいもあるだろうが、観客はその姿に息を呑む。
 優雅なダンスが終わると、『セリス』は立場的に姉である『マリア』に向かって畏まった。

「♪ どうか 城を取り戻す手伝いをさせてください ♪」
「♪ 大事な妹にそんなことはさせられないわ ♪」

 優しい『マリア』はそう言うだろう。しかし『セリス』はいつまでも妹でいられるとは思っていない。

「♪ 私はあなたの妹ではありません
   暗殺者(アサシン)集団“黒い亡霊(ブラック・ファントム)”より送られた刺客
   あなたの兄上を殺すために遣わされたのです ♪」

 決死の告白をした『セリス』だったが、『マリア』は何枚も上手だった。

「♪ 知っていたわ
   目的まではわからなかったけど
   あなたが本当の妹でないことなどわかっていた♪」
「♪ では何故……? ♪」
「♪ あなたの悲しい瞳を見たから その瞳に孤独を見たから ♪」
「それだけで……!」
「♪ 事実 あなたは兄を殺さずに守ってくれた ♪」
「………………」

 (はかりごと)とは無縁そうに見える『マリア』だけに、『セリス』の驚きは大きい。『ロック』や『ドラクゥ』も驚いてはいるが、残念ながら会話には入らないのでそれとはわからない。

「♪ では 今度はあなたを守らせてください
   あなたの身代わりとなって 戦の先頭に立ちます ♪」
「♪ 大事な妹にそんなことはさせなれない
   例え血がつながってなくとも 大事な妹だから ♪」
「♪ いいえ 私を信じてくださったあなたに恩返しがしたい♪」

 わかってほしいと訴える『セリス』を、『ロック』が援護した。

「♪ どうか聞いてください
   彼女には生きる価値を与えてあげたい
   闇の世界で生きてきた彼女に
   光の象徴であるマリア姫のために働かせてあげたい ♪」
「あなたはセリスを愛しているのね。それなのに私の身代わりをさせようと言うの?」
「お願いします」
「♪ わかったわ でもどうか危ないことだけはしないで ♪」

 納得した『マリア』に、『ロック』と『セリス』が頭を垂れると幕が下がった。

「飛空艇を取り戻した見返りに、リルムはマリアの保護を確約してくれていた。
 空賊リルムに護衛付きでマリアを預けたロック達西軍はガルー城に乗り込んだ」

 ダンチョーとしては馬で乗り込む場面を入れたかったらしいが、いくら舞台が広いとはいえ馬が何匹も暴れ回ることができるわけはない。
 場面は『マリア=セリス』は『ロック』と『ドラクゥ』を両脇に従え、集まった兵士達を引きつれてホールにな雪崩れ込むところから始まる。

「♪ 私の城を返しなさい ♪」

 突如、剣を持って現れた『マリア』に扮する『セリス』に、『ラルス王子』は驚いて動くことができない。

「♪ おお マリア! あの男に連れ去られたのではなかったのか?
   なぜ君が剣を手にする ♪」
「♪ 殺された父と兄 そして残された人々に答えるため 私は剣を手にとった ♪」
「♪ 美しい君に剣は似合わない ♪」

 慌てて剣を抜いた『ラルス王子』は、前に出た『マリア=セリス』の剣を弾こうとするが、容易く交わされてしまう。
 そして華麗な手合わせが始まった。
 舞台でやるような剣など初めてのセリスだが、元々型から剣技を覚えている。即興ではなく劇なので打ち合う順番が決まっているが、身体に覚え込ませていた。
 何度も剣を合わせ弾き合うように離れると、『ラルス王子』は剣を突き付けて問う。

「♪ お前は本当にマリアか? ♪」
「♪ 私はマリア あなたと踊り誘拐されたマリア
   この城を取り戻すため 戻ってきたの ♪」

 ここで『マリア=セリス』の言うことは間違ってはいない。確かにラルス王子と踊って誘拐された時点で、『マリア』は『セリス』だったのだから。無論、偽物であることを認めたところで大した問題はないだろう。城を取り戻せば同じことだ。

「♪ ならばマリア お前がここで負けたなら私と結婚しろ ♪」
「♪ そんなことはさせない! ♪」

 『ラルス王子』の傲慢な要求に、『ドラクゥ』が割って入る。本当なら『ロック』が言いたいのだろうが、唇を噛んで我慢しているという様相だ。

「♪ 私には亡き父と兄がついている 決して負けはしない ♪」

 足を踏み出して構えていた剣で、薙ぐように斬りかかった『マリア=セリス』に、『ラルス王子』は咄嗟に剣を弾く。

「♪ 君の気持ちはわかった 私も全力で答えよう ♪
誰も手出しするな!」

 周囲で見守っていた兵士達は、固唾を呑んで二人の戦いを見守る。
 荘厳なオーケストラに彩られた繰り返される高度な剣技の応酬に、観客も目を釘付けにしていた。
 長い髪を一つにたかく結っている『マリア=セリス』だが、舞台いっぱいに動き回る度にそれが揺れて彼女をより優雅に見せる。
 なかなか優劣の付かなかった決闘だが、徐々に『マリア=セリス』が圧され初めてしまう。壁際まで追い詰められた『マリア=セリス』に『ラルス王子』はトドメを刺そうとしたが、圧されていたのは『マリア=セリス』の演技だった。
 身を翻すように『ラルス王子』の剣を捕らえて素早く背後に回ると、首筋に剣先をあてた。
 音楽が一際大きくなり、そして指揮者が振り上げていた拳を握り締めると一瞬にして音が止む。

「♪ さあ 降参なさい ♪」
「♪ 私の運命ももはやこれまでか…… ♪」

 『ラルス王子』ががくりと膝をつくと、西軍の兵士が『ラルス王子』を後ろ手に縛った。そして引っ立てて歩き出すと、ゆっくりと幕が下りた。

「東軍は負け、内乱は収まった。
 統一された新しい国の王座についたマリアは、正式に王位継承する」

 幕はすぐに上がり、王座の前で神官が大きなダイヤモンドのついた王冠を掲げて立っていた。その前には真紅のベルベッドのガウンを纏った『マリア』が膝をついている。

「♪ ここに新王が誕生することを認めよう
   ガルバⅡ世の跡を継ぎ治世を行うよう願う ♪」

 神官が『マリア』の頭に王冠をのせた。

「♪ 新たな王に幸あれ ♪」

 祝福されて立ち上がった『マリア』は、控えていた貴族や兵士達に向き直った。
 しかしそこに『セリス』と『ロック』の姿はない。

「♪ 皆の者 本当にありがとう
   争いのない平和な世に導くことを 私は誓う ♪」

 『マリア』の誓いに、盛大な拍手と歓声が湧き起こった。
 歩出た『ドラクゥ』が『マリア』の手をとったのを合図に、ワルツが流れ出した。
 煌びやかな衣装を纏った貴族達が祝いのダンスを始める。『マリア』は、貴族達が場所を空けた中央に出て踊り始めた。
 ゆっくりと優雅に踊る『マリア』は、『ドラクゥ』の腕に支えられながら舞い、そして歌い出した。

「♪ 何も告げず消えてしまった私の大事な妹
   いつか帰って来てくれると信じている
   それまでに きっと素晴らしい国にするわ ♪」

 『マリア』の甘い声が響き渡る中、幕は閉じていった。

 

†  †  †

 

「拙者、不思議な気分でござるよ……」
 カーテンコールの歓声の中で、カイエンが呟いた。その目には涙が浮かんでいる。
「おいおい、泣くなよ」
 呆れた声のマッシュに、カイエンは顔を赤くして答えた。
「男泣きでござる。なんていうか……もうわかっていたつもりでござるが、拙者はセリスを殺そうとまでした。あの時、ロックが止めてくれて本当によかったでござる」
「なんだよ、オペラに泣いたわけじゃないのか……」
 マッシュは更に呆れ、エドガーは軽く吹き出した。
「でも、みんなすごく素敵だったわ」
 ティナが感慨深そうに呟くと、すかさずエドガーは片眉を上げて尋ねる。
「君も出たかったかい? だったらダンチョーに頼めば、すぐに出してくれるさ」
「そういうわけじゃないの。私にそんな暇はないし……」
「でも、モブリズの皆も、ティナが舞台に立ったらきっと喜ぶぜ」
「ガウ! 見たい!」
 マッシュとガウの声に、ティナは困ったように首を傾げた。
 和気あいあいとした中で、ストラゴスは一人浮かない顔だ。
「どうしたの?」
 ティナが不思議そうに尋ねると、ストラゴスはショボンとして呟いた。
「後半はリルムが出なかったのが残念でならん……」
「前半あれだけ可愛く踊ったんだからいいじゃないか。さあ、お疲れを言いに行こうぜ」
 マッシュに励まされ立ち上がったストラゴスに全員が続く。
 恐らく今日は宴会だろう。眠れないに違いない。
 だが、こんな日が来たことを、誰もが喜んでいた。

 

■あとがき■

 つっこみどころ満載ですが、完結となりました。途中、収集がつかなくなりそうで困りました;;
 正直に今までで一番難しかった……。話を作るということが難しかったわけではなく、オペラっぽい展開っていうのがわからなかったからです。だらだらと歌による会話の応酬を続けるのがよくないような気がするし、でも説明していかないと複雑な話なのでわからないだろうし。そういった理由で;; 結局、オペラっぽくなくても仕方ないという結論に達しました。話がお粗末になるよりはいいかと思って。「こんなのオペラじゃねー」と思った方、お許し下さい。
 OPERAさん、いかがでしたでしょうか。オペラ形式じゃなくて、オペラ内の話だけを小説化した方がよかったのかな……。それだと実際のロクセリとかが出てこないので、こういう形式にしたんです。「考えていたのと違う」と思ったらすみません。
 今回の第二部の方はなくてもよかったかもしれません。後半はちょっと物足りない話だった気もします。でも、マリアが出てこないのも「マリアパートⅡ」じゃなくなっちゃうし……と思ったのでこうしました。マリア&ドラクゥの方は一体どうなったのかも入れないとと思って……でも中途半端な内容になってしまいました;; これに関してもオペラではなく小説だったら、もっと濃い話になっていたかもしれません。また私の想像の限界で内容は変わらなかったかも知れません。どちらにしろ、一生懸命書いた作品です。
 ……しかしいつも言い訳ばかりですみません m(_ _)m ペコリ(しかも今回謝罪が多い;;)
 もう一つ言い訳です。いくら飛空艇を取り返したからと言って、空賊であるリルムを簡単に信用してマリアを預けるのは、(護衛付きとはいえ)ちょっとどうかと思ったんですが、マリアをどこかに置いて行くのも危険だし……空なら絶対安全wてことで。
 いつもとかなり違う感じの話で、また自分の限界を感じてしまいました。二次創作を書くようになって、小説を書く頻度が上がったので以前よりは成長しているはずなのですが……成長の足跡が見えないと思う方もいらっしゃるかと思います。どうか叱咤は優しくお願いします。
 いつか多少の書き直しをはかるかもしれません。例えば実際のオペラを見て、どんなものか知った時に……(この例えは確率的に1%もない話ですが;;) (05.11.28)

【この頁で使用させて頂いた素材サイト様】 ClipArt:トリスの市場

Original Characters

マリア・エザンベル ジドール出身。以前、セリスが身代わりをしたことのあるオペラ座の人気女優。演目『マリア』も彼女のために書かれたもの。
フランク・ハマー オペラ座のダンチョーの本名。台本の著者に記載されている。