ケフカを倒し世界に平和が戻ってから半年───
ロック達はエドガーの後援を受け、主要都市の復興を支援してまわっていた。
現在、滞在しているのはツェンだ。アルブルグ、ベクタを巡り、つい先日到着した。宿屋も機能を果たしていないため、2つの大きなコテージを張っている。
復興支援とは言うものの、ロック達が実際復興事業に関わって動いているわけではない。被害状況の確認をして、生き残った人々と話し合い復興計画を立て物資の手配をする。生き残った人々のリストを作り、各地へ廻る度に家族等がいないか確かめもする。さらに連絡手段を確保して、何かある場合にはフィガロへ連絡が行く。
現在最も足りないのは、食料は勿論だが医療施設だ。元々、医者が余っている場所というのはない。専門的に学べる学校等があるわけでもなく、医者になる手段と言えば、専門知識のある人物について学ばなければならなかった。
ベクタには大きい病院および医療研究施設が存在したが、魔導研究所設立にあたり人員をもっていかれ、現在は建物すら焼失してしまった。
とはいえ、被害当時と違い重傷人というのは現在ほとんどいない───申し訳ない話だが、既に亡くなっている場合がほとんどだ。
それでも人々は、訪れた平和を喜び、未来を夢見ている。
簡単ではないけれど、以前のような暮らしに戻るために、少しずつ、亀の歩みだとしても前へ進んでいた。
† † †
「この大陸は、ほんと不毛な大地になっちまったなぁ」
ツェンの北の山の麓にある小さな村を眺めながらロックは呟いた。
つい先程、飛空艇から下りたとことろだ。山の向こう側にある集落はマッシュとガウが調査する。飛空艇はすでにそちらへ向かった。ちなみにティナはモズリブに戻り、エドガーはフィガロに残っている。
「そう、ね……」
セリスは複雑そうに呟いた。
以前は美しい草原だったはずの大地は、荒れて厳つい石がごろごろ転がっている。地殻変動直後は裂けた大地に草原が渦縞のように残っていたが、現在はそれらも雑草に埋もれてしまった。
ロックは悲しそうな色を浮かべるセリスの瞳に気付き、彼女の頭をぽんと叩く。
彼女は未だ気にしている。自分が荷担しなければ被害はもっと少なかったかもしれない。自分がもっと早く行動していれば、ケフカを殺していれば───後悔はつきないのだろう。
どんな慰めの言葉も生真面目な彼女は欲していないだろう。ロックは苦笑いで話題を変えた。
「んじゃ、村に入るか。村長とかまとめ役とかいるのかな」
「そうね。拭えない後悔より、今できることを、ね」
セリスが笑顔で答えてくれたので、ロックは心底ホッとした。
小さな村の状況把握は思ったよりも簡単に済んだ。
一度は使えなくなった田畑も、焼いて耕し直したらしく、次の収穫が可能だと言う。
「大変だけど、土砂崩れに飲まれた村もあることを思えば、なんてことはありやせんよ」
背中を丸めた村長がはにかんだ。
彼等の生きる力強さを見る度に、セリスは後悔と同時に強くなれる。過去は変えられず、罪は消せない。死んだ人は生き返らず、自分の後悔が一生拭えないとしても……今、生きている人達のために何かができることを喜ばしいと思いたかった。
セッツァーの飛空艇が迎えに来るのは五日後の夜だ。
それまでの間、ロックとセリスはできる限りで家屋の修理等を手伝っていた。
屋根の雨漏りを直すことはロックに任せ、セリスが村長の家の掃除を手伝っていると、黒髪をおさげにしたエプロン姿の女性がやって来た。腕に小さな赤子を抱えている。
「おお、どうした?」
村長が出迎える姿を、セリスは雑巾を絞りながら眺める。
「いえ、うちのランドを見ませんでした?」
女性は不安そうな顔で尋ねる。村長は首を傾げ、
「いや~、見んかったが……。いないのか?」
「ええ。また裏山に行ったりしてなければいいけれど……。コロが……あ、ランドの可愛がっている犬なんですけど、すぐに裏山へ行きたがるので……」
ランドというのは女性の7歳になる息子らしい。遊び盛りだ。どこへ行くかわからないのは仕方ない気もする。
「今日は雨が降りそうだからなぁ」
村長は女性の立つ玄関に開いた扉から覗く外を眺めた。空はどんより曇り、今にも雨が降り出しそうだ。
「主人がツェンに買い出しに行ってしまっているし、私はこの子がいるし……探しに行きたいんですが無理なんです。誰か、人をやってもらえませんか?」
懇願する女性に、村長は誰なら暇を持てるか考えているのだろう。掃除の途中だと思ったが、セリスは口を出した。
「私でよければ行きましょうか?」
「おお! そうしてくれるか? 掃除はいつでもできるからなぁ」
頷いた村長に、セリスは雑巾を置く。
「いいんですか?」
女性は村の人間でないセリスに頼むことを躊躇しているようだったが、セリスはにっこりと微笑む。
「ええ。雨が降ってきたら大変ですから、できるだけ早い方がいいでしょう?」
「はい。そうしてもらえると助かります」
頭を下げる女性に、セリスは慌てて言葉を紡ぐ。
「気にしないでください。それより、その……ランド君でしたっけ? どの辺で遊んだりするんですか?」
「裏山は岩ばかりなんですが一箇所木が残っている場所があって、その辺りだと思います」
「わかりました! じゃあ、ちょっと行ってきますね」
村長に傘を借りたセリスは、湿った空気の中へ飛び出した。
† † †
「なんか、風が冷たくなったな。湿ってきたし……」
修理を終え屋根から下りたロックは、空を仰いだ。
眉根を寄せて首が痛くなるほど空を見つめる。屋根の修理が間に合ったのはいいが、やはり天気が悪いのは気分がよくない。
「セリスは、しっかりやってるかな」
ぽつりと呟いて、村長の家に向かう。雨が降り出したら、とりあえず家でじっとしているしかない。彼女のしていた掃除でも手伝おう、そう思ったのだが……。
「へ? 裏山へ行った?」
村長から話を聞いてロックは目を丸くしたが、すぐに納得したように頷く。
ああ見えてセリスは子供好きだ。モズリブに行った時などは進んで子供と接しようとはしないが、それは好きだけどどう対応していいかわからないらしい。そういう不器用なところも含めて、彼女らしいと思う。
「30分ほど前だったが、ランドが見つからないのかもしれないなぁ」
「わかりました。俺も行ってみますね。もし入れ違って帰ってきても、また俺を探しに行ったりしないように言って下さい」
耐水ジャケットを羽織ったロックは、セリスを追って裏山へ向かうことにした。
裏山は村から見えた通りに荒削りの急斜面で登りにくかった。
「ランドくーん?」
セリスは子供の名前を呼びながら、左手に見えている草木の茂った場所へ向かう。ある程度の目安がついていて、その場所がわかりやすいのは非常にありがたいことだ。
「ランドくーん? いないのー?」
岩に手をかけゆっくりと山肌を登って行く。草木の生い茂る場所は遠くないように思えたが、大きな岩がごろごろした山の斜面は、見た目の距離ほど行くのは簡単ではなさそうだ。
それでもなんとか頑張って目的の場所までたどり着く。周囲の岩場とは違い土が露出していて、それで草木が生えているらしかった。
「ランドくん! お母さんが心配してるよー!」
叫んでみても返事が全くない。人がいる気配もない。
「どこにいるんだろう?」
首を傾げながら周囲を探索する。だが、木の陰や草むらをかきわけてみても見あたらない。
しかし子供の遊び場だ。いつも同じところとは限らないだろう。
高い木に包まれた山よりは見渡しがいいが、大きな岩の陰などに隠れられたらわかりようもない。
しらみつぶしに探そうと歩き始めると、ポツ……頬に雨粒があたった。
「ああ、降り出しちゃった……」
持ってきた傘を差そうかとも思ったが、歩きにくい。折り畳み傘なので腰のベルトに挟んでいたからいいものの、それを持って岩場を歩くのは余りに危険だ。
「これじゃあランド君に会っても傘なんか差せないかな。雨がっぱの方がよかったかなぁ。まあ、とりあえずぐずぐずしてられないわ。立ち止まってても仕方ない」
呟いてから「よし」と自分に気合いを入れると、再び大声を張り上げてランドを呼び始めた。
「セリスー! ランドー?」
きょろきょろしながら岩肌を登って行く。つい先程、雨が降り始めた。耐水性のジャケットを羽織ってきたから、小雨のうちは大丈夫だろう。
村長に言われた小さな林まで行くと、子供が飛び出してきた。
「あれ?」
男の子だ。きょとんとしてロックを見ている。手には折り畳み傘を持っていたが、歩きにくいためが差してはいない。
「ランド……か?」
「うん。そうだよ。おにーちゃんは?」
人懐こそうな笑みを浮かべたランドに自己紹介をし、セリスを見なかったか尋ねる。
「うん。会ったよ。これ渡してくれた」
頷いて傘を示す。しかしセリスは一緒にいない。
「セリスはどうしたんだ?」
「僕のコロを探してくれるって……。僕、コロがいなくなっちゃって、探してたんだ」
ランドはしゅんとして俯く。そういえば、村長もランドは犬と遊んでいるだろうと言っていた。
「そか。どっちの方へ向かったかわかるか?」
「んと、あっち」
生い茂る木々の向こうを指さす。ロックはランドの頭をわしゃわしゃとかきまわすと、
「雨が強くならねーうちに帰れよ。俺は彼女を迎えに行く。コロも探してやるからな」
片手を上げて早足に木々の間へ入って行った。
† † †
小さな林を抜けた頃、雨足が強くなった。
「あいつ、大丈夫かなぁ」
細い身体の割に頑丈なセリスだが、たまに無理をしすぎることがある。丈夫な身体と言っても限度があるのだから、その辺を気を付けてほしいのだが、彼女は己に厳しすぎるから休むということを知らない。
「セリスー? どこだー?」
愛しい人の名前を呼ぶが、セリスの姿は見えない。山自体は広く高いため、全てを探すのは困難だ。
「犬は放っておいても帰ってくるもんなんだけどな……」
ランドの気持ちもセリスの気持ちもわかるが、ロックからすればセリスの方が大事だ。未だ伝えてはいないけれど……。
ケフカを倒して皆で復興支援にまわることが決まった時、ロックはホッとしていた。セリスを誘おうと思っていたが、なんて言っていいかもわからず悩んでいたのだ。
互いに何も言わなかったけれど、今は結構いい感じになっている───とロックは思っている。セッツァーもセリスのことは諦めたようだし、これからゆっくり時間をかけて心を通わせていきたい。
「しっかし、どこまで行ったんだか」
呟きながら首を捻る。現在、ロックは進みやすい場所を水平に進んでいる。頂上へ向かって登られていたら出会えないことになる。
ジャケットが防水とは言え、皮のズボンは水を含んで重くなり、かなり身体が冷えてきた。
「あいつ……薄着なんじゃねーか……?」
呟きながらむずむずした鼻に大きなクシャミを1つする。
「うー、俺まで風邪ひいちまう」
しかしセリスが見つかるまでは帰れない。なんとなくだが、先に帰っているとは思えなかった。
もう一度、クシャミが出そうになった時、
「ワン! ワン!」
犬の鳴き声がした。
「コロ、か? …………っくし」
慌てて周囲を見回すと、少し上の方の岩場で茶色いむく犬がロックを見ていた。
「発見、したのはいいけど……俺は犬よりセリスを探したいんだけどな」
頭をかきながら、すべる岩に手をかけて慎重に登っていく。コロはその場を動かずに、未だロックに向かって吼えていた。
「何かあんのか?」
首を傾げながらコロのいる岩まで行くと、コロは「くぅん」と頼りなさ気に鳴いて奥の方を向いた。
「ん……?」
ロックが岩陰を覗き込むと……。
「!!! セリス!」
思わず大声を上げてしまい口を閉じる。
そこにはセリスが倒れていた。足を滑らしたのだろうか、額の辺りを軽く切っている。
「セリス……? 大丈夫か?」
彼女の上半身を起こし声を掛ける。そして額の傷を拭って気付いた。
「こりゃ、熱あんな……」
唸るように呟く。この緩やかな崖を、気を失っているセリスを連れて降りるのはかなり危険だ。ロックが大変なのは一向に構わないが、これ以上セリスに何かあっては困る。
「セリス! 俺だ。わかるか?」
冷たくなった頬を撫で必死に声をかけると、
「んん……」
セリスはうっすらと目を開けた。
「セリス!」
「ロッ……ク……?」
薄目で熱に浮かされるように名を呼ぶセリスは苦し気だ。
「セリス!」
再び名前を呼んだが、彼女は既に意識を手放していた。
■あとがき■
パソ版41414hit なかもてぃ~様の「風邪をひいてしまったセリスをやさしく看病するロック」にお答えします。いやはや、いつものことですがお待たせしてすみません。
今回は余り長くならない予定です。3話のつもりだけど、どうだろうかね。
小説の体裁にはいつも気を遣います。気を遣うっていうか、勿論自分が綺麗なページにしたいってだけですが。しかし、以外に大変。何故かというと、どんなにCSSを駆使してもできないものはできないからです。サポートされてない機能も多くあるし。IE優先で作成していますが、IE以外のブラウザで見る方もいらっしゃるので、そういう人達にも綺麗に見えて欲しいし……(ワガママ?)。って、いっつも同じようなこと書いている気がします。すみません。
いつ、どんな時に風邪をひいて看病させるか……悩んだんですが、こんな感じとなりました。いきなり風邪っぴき場面からとか色々考えたのですが……余りに話が短くなるのは、私的には寂しいので;; 風邪をひくまでも入れました。どこまでもストーリー性に拘る桜です(ネタが無くなるよう首を絞めている気もする)。
まだまったくもって看病の「か」の字も出てきてません。ということで、次回、乞う御期待♪ (04.12.23)
熱に浮かされ意識を手放したセリスを背負ったロックは、彼女が落ちないようロープでしっかりと縛ると、ゆっくりと岩場を歩き始めた。
急ぎたいのはやまやまだが、足場の悪いこの場所で滑って転びでもしたら大変だ。気が急く時こそ、急がば回れだと知っている。
幸いコロが比較的歩きやすい場所を先導してくれていた───なかなか賢い犬らしい。
それでも村に到着した時には、身体は冷え切ってセリスの熱は更に上がっていた。
「おお、遅かったですな」
滞在させてもらっている村長の家に戻ると、ランドの母親と村長が待っていた。
「お連れの方、どうされたんですか!?」
背負われているセリスを見て、ランドの母親が素っ頓狂な声を上げる。
「お前さんも顔色が真っ青じゃないか。すぐに着替えて暖まった方がいい」
村長も目を丸くしながら言う。ロックは頷いて、
「こいつ、熱があるんだ。着替えとか、頼みたいんだけど……」
村長は独り身で他に頼める人はいない。ランドの母親は力強く頷いて、
「ええ。村長、お湯を沸かしてくださいね。できれば多めに」
早速、てきぱきと動き始めた。
セリスのことが心配ではあったが、自分も風邪をひいたりしては元も子もない。
濡れた身体を拭いて乾いた服に着替えダイニングキッチンへ行くと、暖かいお茶がいれてあった。
「セリスは!?」
開口一番に尋ねると、村長は穏やかに答えた。
「まあ、飲みなさい。今、お湯で身体を拭いているから、まだもう少し時間がかかる。薬師にも連絡したから、少ししたら来るだろう」
「……あ、はい」
拍子抜けしたロックは、椅子に座ってお茶を頂くことにした。
心配でたまらないが、今、ロックにできることは何もない。大人しく自分の身体を暖めた方がよさそうだ。
だが、お茶を飲み終えてもランドの母親は部屋から出て来ず、段々と不安が募ってくる。
(セリスは背も高いから、ランドの母さんじゃ、着替えさせるの大変なのかもな……)
かといって、ロックが手伝えるわけではない。友達以上だとロックは思っているが、恋人未満であることは確かなのだ。
落ち着きなさそうに何度も部屋の扉を振り返っていると、玄関の方で音がした。村長が言っていた薬師がやって来たのだ。
ロックは心持ちホッとして、吐息を吐き出す。
「おお、先生。来て頂けましたか」
村長が立って出迎える。薬師の初老の気難しそうな大男だった。
「熱があるんだったか?」
「はい」
「一応、熱冷ましなんかを持ってきた。症状を見て、よさそうなのを飲ませよう」
「今はまだランド君のお母さんが着替えとかさせてくれているんですが……もうすぐ終わると思うので、お願いします」
ロックがそう言った時、部屋からランドの母親が出てきた。
「暖かくして寝かせました」
やはり細身とは言え自分より身体の大きいセリスを着替えさせたりするのは大変だったのだろう。ランドの母親は疲れた顔をしていた。
「すみません。ありがとうございます」
立ち上がったロックが礼儀正しく頭を下げると、ランドの母親は優しい笑みを浮かべて首を横に振った。
「私が息子を探しに行って欲しいなんて頼んでしまったんですもの。当然です」
「じゃ、早速、薬湯を用意するか。ちょっと様子を見させてもらうよ」
そう言った薬師に続いて、ロックも部屋に入る。
ベッドに横たわるセリスは、呼吸を乱し苦悶の表情を浮かべていた。
「こりゃ、結構、高熱だな」
セリスの額に触れた薬師は唸るように呟く。いつもならセリスに自分以外の誰かが触れるなんてとんでもないと思うのだが、今日は藁をも掴む思いだ。
「元々、風邪っぽかったのか?」
薬師の問いに、ロックは首を捻りながら、
「自分の弱みは見せないって奴で、すぐ無理するから、風邪をひいていたのかもしれません。俺は気付けなかったんですが……」
答えて、後悔する。
彼女は無理をしやすい性格だと知っていたのに。知っていたのだからもっと気遣うべきだったのに。
「そうか。とりあえず、熱冷ましだな。喉にくるかもしれないからそれも考えて……薬湯を用意してくる」
「お願いします」
部屋から出て行った薬師を見送って、椅子を引き寄せるとベッド脇に座る。
そっと彼女の頬に触れてみた。熱い。彼女は身じろぎをすると、うっすらと目を開ける。
「……ロッ……ク……?」
譫言のように名を呼ばれると、たまらなく苦しくなった。
今すぐ彼女を抱きしめたい衝動にかられる。が、それを堪えて出来る限り優しく言う。
「辛いか? 今、薬がくるからな。飲めるか?」
ロックの言葉にセリスは小さく首を傾げる。言っていることを理解しているかどうかすら怪しい感じだ。
「とりあえず、薬がきたら起こすから、寝てていいぞ」
わかったのか、セリスはすうっと目を閉じて再び寝入ってしまった。
高熱はたかが風邪とは侮れない。肺炎などに発展するかもしれないし、余り熱が上がってしまうと目が見えなくなったりすることもあるらしい。
決して安らかとは言えない寝顔を見つめていると、薬師とランドの母親が戻ってきた。それぞれ薬湯と桶を持っている。
「とりあえず、無理にでも起こして飲ませた方がいい」
薬師に言わせて、さっきの今で申し訳ないと思いながらも、ロックはセリスを揺り起こす。
「セリス。薬だ」
耳元で名を呼ぶと、セリスは夢現で目を開ける。
「んん……?」
「くすり。飲めるか?」
「……ん…………」
ぼうっとしながらも身体を起こそうとするセリスだが、力が入らないようでうまくいかない。慌てて枕元に座ったロックは腕を差し入れ彼女を起こしてあげる。
ロックの腕に縋るようにして上半身を起こしたセリスは、よろよろと薬師の差し出したお椀を受けとる。
薬師はお椀を支えながら、
「少し苦いが、よく効くからな」
ぶっきらぼうに言う。セリスは小さく頷いて、一口薬湯を口にする。
「うぁ……本当に……苦い……」
綺麗な顔をしかめた彼女に、周囲の者は苦笑いしかない。
「我慢しろよ」
ロックが優しく背中を撫でると、セリスは「はぁい」と幼子のように答えて一気に薬湯を飲み干した。
むせたのか小さく咳き込んだものの、
「ごちそうさまです」
大男の薬師に向かって小さく頭を下げたセリスを、再び横にすると、ロックは立ち上がった。
「額を冷やした方がいいから」
桶を差し出してきたランドの母親から手ぬぐいと桶を受けとり、
「色々ありがとうございます」
ロックは深々と頭を下げる。
「安静にしておくんだな。夜の分の薬湯も用意してある。温めて飲ませるといい」
「また何か手伝えることがあったら呼んでちょうだいね」
薬師とランドの母親はそれぞれ微笑むと、部屋を出て行った。
† † †
そこにあるのは、闇だった。身体にまとわりつくような深いなそれは、漆黒の霧のようでもある。
光は一筋もない。ただ闇が広がり、自分がそこに存在するかどうかすらわからない。ただ、闇に包まれているようだと感じていた。
もがきたいのに指の一本すら動かない。動かそうと思っていても、実際に動かそうという意識が働いているのかどうかもわからなかった。
ひどく暑苦しいと感じるのに、激しい悪寒に冷や汗が落ちる。息をするのもままならない苦しさはどこからくるのか。
泣きたい気持ちを堪えて、誰か助けて欲しいと願う。あの人が助けてくれたらと願う。
「ロッ……ク……」
掠れる声で名を呼ぶと、ふと、右手が自由になった。ひんやりとした柔らかい何かに包まれる。きっと、手だ。でも、いつもの知っているロックの手とは違う気がする。彼の手はいつも温かい。
ゆっくりと目を開けると、彼女を包んでいた闇に薄い光が射し込んだ。
「セリス……?」
名前を呼ばれて更に瞼を上げると、ロックが心配そうに自分を覗き込んでいた。
「大丈夫か?」
「私………?」
まだ虚ろな意識のまま身体を起こそうとすると、ロックがそっと背中に腕を回して支えてくれた。
「雨に濡れてひどい熱なんだ。ゆっくり安め」
言いながら、ロックはセリスの額に張り付くようにしていた手ぬぐいを取った。それを桶に張ってある水に浸して再びセリスの額に乗せる。どうやらロックの手が冷たかったのは、冷たい水に頻繁に触れているかららしい。
「ほら、まだ寝てろよ」
ロックは苦笑いでセリスの肩を押すと無理矢理横にならせた。
「でも、ロック……迎えに来てくれたでしょ? ロックも濡れたんじゃない?」
たどたどしく言うセリスの瞳は、熱のためか潤んでいる。見上げられたロックは思わずドキリとしたが、苦笑しながら彼女の頭を撫でた。
「おーれーは頑丈なの。ほら、ピンピンしてるだろ?」
「ん……。迷惑かけて、ごめんね……」
病気の時気弱になるというのは本当なのだろう。いつも気丈なセリスだけに痛々しく、同時に愛しいとロックは思う。
「迷惑なんかじゃないから。今はゆっくり休め」
優しいロックの言葉に、小さく頷いたセリスは、恥ずかしそうに毛布で顔を半分隠しながら言った。
「そこに、いてくれる?」
可愛らしい声に、ロックは一瞬固まったが、
「お、おう。勿論」
なんとか平静を装って頷く。それを見届けたセリスは、小さく微笑むと再び寝入ってしまった。
「なんつーか」
薬が効いてきたのか、最初よりは安らかな寝顔になったセリスを眺めながら、ロックは一人口元を緩めた。
「ぜってーアイツ等には見せらんねーな」
アイツ等とは勿論、セッツァー&エドガーのことである。エドガーはセリスを狙っているわけではないが、時に色っぽくすら見えるこんな姿は見せるわけにはいかない。
セリスとて見せたくないだろう───自分が傍にいてほしいと言われ、彼女が熱で苦しんでいるというのに不謹慎だが多少浮かれて自分は除外している。
「それにしても……あんな風に言われたら、自惚れたくなっちまうよ」
雨に濡れたためバンダナを外している頭をがしがしとかきながら、ロックは一人呟く。
常にいい感じの関係じゃないかと感じているが、踏み出してはいない。今はまだ仲間達と共に行動していて二人きりになる機会が少ないとか、いつもセッツァーとリルムに邪魔されるとかいう他愛ない理由だが、概ね今の状態に満足していた。今までは。
せっかくの機会だから、これを機に……そんな風に考えていたロックだが、セリスが熱でダウンしてしまったのでは進展どころではなかった。
「ま、お前の寝顔眺めてんのも幸せだけどな」
ロックはほくそ笑むと、再び額の手ぬぐいを冷たくして乗せ直した。
村長にセリスの経過や夕飯のこと等を話して部屋に戻ると、
「ロック……?」
セリスの声がして、ロックは慌てて駆け寄った。
「どした? 目が覚めたか?」
陽が暮れ真っ暗になっていた部屋では彼女もよく見えない。枕元で、ロックは慌ててランプに火を灯す。
「……いないから……どうしたのかと思った…………」
熱のせいだろう、更に声が掠れていた。
「悪い。ちょっと村長と話してたんだ。調子、どうだ?」
「ん……? んー、喉が……痛いかも……。あと、ボーっとする、かな……」
額に乗っていた手ぬぐいを落ちないように手で握っているセリスは横になったまま呟く。ロックは手を伸ばしてそっと額に触れた。
「まだ熱いな。すぐには下がらねーか。夕飯食えるか? ランドの母さんが来てお粥作って来てくれるそうだぞ」
「んー、無理そうだけど、なんとか食べるね。少しなら食べられると思う」
「そうしろ」
彼女の握っていた手拭いを取ると、冷たい水を入れてきた桶に浸して絞る。
「他に、何か食べたいものあるか?」
彼女の額に冷たい手拭いを乗せながら尋ねる。
「たべたいもの……? うんと……桃、とか……?」
可愛らしい声だったが、ロックはつい素っ頓狂な声を上げてしまった。
「桃ぉ?」
「冗談。あるわけないよね……」
力無く笑みを作るセリスに、ロックはしまったと思う。
今は初秋。南半球で桃ができる場所などない。北半球でも厳しいだろう。暖かい地方で作る果物でもない。
「研究所にいた時、魔術の訓練で体調を崩して、そしたら、シド博士が……温室で育ててた桃をね、くれたの。……おいしかった…………」
今にも泣いてしまいそうなセリスに、ロックはどうしていいかわらかなくなる。
今は亡き祖父とも父親とも慕っていた人を思い出しているのか───。
「…………………………」
ロックが何も言えずにいると、セリスは困ったように笑みを作って、
「また、お粥がくるまで寝る、ね……」
目を閉じた。
「ああ…………」
彼女の多くの傷を塞ぐことなどできないとしても、せめて和らげてあげたいというのに。自分は何もできないのだと、ロックは唇を噛みしめた。
■あとがき■
日記にも書いたけど、パソコン不調のため、お届けが送れたりしてすみませんでした。
いつもオリキャラ増えるので、今回はできるだけ名前を作らずいこうかと思いました。だから「村長」や「ランドの母親」、「薬師」って呼んでるだけ。脇役だからいいよね。名前を考えるのが大変っていうのもあるけど、読んでいる方も「こいつ誰だっけ?」とか思ったりするんじゃないかと思ってw (05.01.07)
(桃、か……)
目の前で、一生懸命お粥をフーフーと冷ましながら食べているセリスを見つめながら、ロックは心の中で呟いた。
本当はロックがスプーンを持って食べさせてあげたかったが、本人が自分で食べられるのにそれを申し出ることはさすがにできなかった。一応、ロックにだって照れというものがある。
「火傷しないようにしろよ」
そう良いながら、少しばかりロックは上の空だ。
(ジドールにでも行けば手に入るか……)
ジドールは貴族の町だ。被害が少ないこともあって世界中のどこより物が豊富だろう。
(粥食ってセリスが寝たら即行出て、チョコボで飛ばせばツェンまで1時間。セッツァー叩き起こして全速力でジドール向かえば朝には帰って来れるか……いや、まず店が開いてないし厳しいかなぁ……。セッツァーいなかったりしねーよな)
少しばかりボケッとしていたロックは、粥を口に運ぶ手を止めたセリスが自分を見てるのに気付いてキョトンとした。
「ん? どした?」
「ごめん、ね……」
セリスはしょぼんと項垂れるように呟く。
「え? は?」
ロックには彼女が何故謝っているのかわからない。
「なんか、ボーっとしてたから……。ただでさえ忙しいのに、迷惑かけちゃって……」
高熱が出たせいだろう。かなり声が掠れている。そのため更に彼女は弱々しく見えた。
「迷惑なんかじゃないって! そんな風に言うなよ。今はちょっと考え事してただけだし。俺は……その、お前のために何かできるのは嬉しいし。なんでもしてやりたいと思ってる」
真面目な顔をして言ったロックに、熱を出していても意味がわかったのだろう。元々高熱で上気させていた彼女の頬が更に赤くなった。
「…………え、と…………」
恥ずかしそうにもじもじと俯く彼女の姿のなんと可愛らしいことか。
「とにかく、だから! 気にするな。な?」
熱を出している彼女に答えを求めるつもりはない。ロックは優しく笑って、
「ほら、残り、食っちまえよ」
「ん……。ありがと……」
セリスは困ったようにはにかんで頷いた。
「夜遅くにすみませんでした。行ってきます」
チョコボを貸してくれた村長に頭を下げて、ロックは大急ぎでツェンに向かった。
普段のセリスはわがままや甘えたことを一切言わない。強く自分を律し、余り心の内を人に明かそうとはしないのだ。
彼女の抱える罪に対する罪悪感等もあるだろうが、元々、彼女は生真面目で不器用な性格なのだろう。だからこそ余計に、高熱を出しているためだとしても、彼女の望みを叶えてあげたい。
のんびりした村でこんなに走ったことないだろうチョコボには悪いが、全速力で疾走させる。思ったよりも速度が出ないが、それは仕方ない。ロックが走るよりは遙かに早いのだから。
† † †
ドンドンドン! ドンドンドン!
12時過ぎ、ツェン近郊に停まっている飛空艇の扉を叩いた。
「はーい……こんな時間に誰ですかぁ……」
船員の一人が顔を出してギョッとした。
「あれぇ? ロックさん、なんでここに……?」
眠そうに目をこすってぱちくりと瞬きをした。
「悪いな。今すぐ発進してくれねーか?」
「は、はぁ? そんな無茶な……」
ぽかーんとしている船員を置いて、ロックはどかどかと飛空艇に乗り込む。
セッツァーの寝室に飛び込むと、
「セッツァー! ジドールへ向かってくれ!!!」
大声をあげた。
「───────────────」
何事かと眉をひそめ目を覚ましたセッツァーは、めっさ不機嫌そうに、
「……なんだ?」
ロックを睨み付けた。
「ジドールへ向かってくれ」
至極真面目な顔をして言うロックに、セッツァーは訝しげな顔で首を傾げた。
「ジドールぅ? 何言ってんだ」
さっぱりワケが分からないという顔のセッツァーに、ロックは仕方なく事情を説明した。
「セリスにいいとこ見せようってか」
セッツァーは心底不満気に唇を歪める。
「いいとこ見せなくってもいいんだよ。ただ、彼女の願いを叶えたいだけで。別にお前の手柄でもいいんだ」
「何が俺の手柄だ。ちっ、仕方ねぇなぁ。この貸しは高くつくぞ」
ぶつくさ言いながらベッドから出たセッツァーに、ロックは大きな声を上げた。
「行ってくれるのか!?」
「…………まあ、お前に貸しを作っておくのは悪くないからな」
ニヒルに微笑まれ、ロックはちょっとだけ嫌な予感がしたがこの際どうでもいい。
簡単に了承してもらえるとは思っていなかったし、なんとしてでも飛空艇を出させるつもりだったのだ。
「全速力で飛ばしてやるよ」
そう言ったセッツァーが、今までのどんな時よりも頼もしいと思えた。
セリスが目覚めたのは朝早くだった。
窓から差し込む朝日に目を細めながら、そっと目を開ける。
傍らにロックがいたりすることはなかった。もしかしたらあの人は一晩中傍にいてくれたんじゃないか、なんて期待をしていたものだから、かなりガッカリする。
「……ロック………………まだ、寝てるかな……」
呟いた声は嗄れていて、いつもの自分の声と全然違う。なんだか老婆になったような気分だ。ベッドのサイドテーブルに置いてある水差しから水を飲んで、溜息をついた。吐き出した吐息もまだ熱いような気がする。昨日よりは意識がはっきりしているが、熱が完全に下がったわけではないのだろう。
(昨日みたいなこと言われたら、期待しちゃうよ……)
ロックはセリスの気持ちに気付いているはずだ。気付いているのにあんなことを言うのは、肯定的にとっていいのだろか。
「あふ……」
セリスは小さい欠伸をひとつする。
少し考え事をしたらまた眠くなってきた。身体が弱っているのだろう。
「また、寝た方がいいよね。少しでも早く治さないと……」
呟きながら、寝入ってしまった。
次に目覚めたのは陽が高くなりかける前だった。
真っ先に部屋の中を見回したがやはりロックの姿はない。
(復興支援に来てるのに、私にばかり構ってられないものね……)
寂しいが仕方ないと思う。セリスがダウンしたことで村長にも迷惑をかけているのだ。その分も働こうとするだろう。
(私も早く元気になって、また働かないと!)
綿の入った重い布団から出たセリスは寒くないように毛織りの上掛けショールを羽織ると、部屋の扉を開けた。
「ああ、起きたかい?」
部屋を出てすぐのダイニングキッチンで、村長が乳鉢でなりかを練っていた。
「はい。迷惑かけてすみません」
掠れた声で言うと、村長は優しい笑顔で首を横に振った。
「気にしないでいいから休んでいなさい。昨日のお粥の残りを温めてあげるから」
休んでいるだけというものは申し訳なくてたまらないのだが、無理をしてひどくなったら更に迷惑がかかる。セリスは大人しく従うことにした。
「はい……」
部屋に戻ったものの、もう余り眠くない。熱もかなり下がったのではないだろうか。まだ多少怠だるいが、眩暈などは治まっていた。
とりあえず再びベッドに横になって、なんとなく窓の外を眺める。昨日の雨が嘘のような快晴で、小さな雲がふよふよと風に流されていく。
そういえば、最近は忙しくてこんな風に空を眺めることすらしていなかった。帝国将軍時代はよく空を眺めたものだ。いつも荒んだ戦場ばかり見ていたから、澄んだ空を見るのがとても好きだった。美しい自然というのは、罪人にも平等に映るのだと思い、切なくなった。
コンコン
ノックの後に入ってきたのは、コップを持った村長だ。
「昨日も飲んだ薬湯だよ。食べる前に飲む方がいいらしい」
「ありがとうございます」
あの苦さが頭を過ぎったが嫌な顔をすることはできない。素直にコップを受けとったセリスは、一気にそれを飲み干した。
「ロックさんももうすぐ戻るだろう」
「あ、はい」
この時セリスは、ロックが村にいるのだとばかり思っていたから、あっさり頷いたのだった。
お粥を食べ終えてウトウトしていると、なんだかバタバタという音と話し声がして目が覚めた。
「ロック……?」
帰ってきたのかと、寝惚け眼で扉が開くのを待つ。
短いノックの後扉を開けて姿を見せたのは、案の定ロックだった。
セリスは彼の姿を見ただけで心細さは吹き飛びとても幸せな気持ちになって微笑んだ。
「悪い、遅くなって」
息を切らしているロックは、頭をかきながら謝る。
「ううん」
セリスが身体を起こすとロックは、右手に抱えていた小さな木箱を差し出した。
「……?」
首を傾げながら受けとったセリスは、その蓋を開けてその薄青の瞳を大きく見開いた。
「こ、れ…………」
優しく香る甘い匂い。薄いピンクの柔らかそうな果物が2つ並んでいた。
「桃。お前、昨日食いたいって言ったろ?」
「言った、け、ど…………」
セリスは驚いて言葉が出てこない。ロックははにかんで、
「お前の言った初めてのワガママぐらい、叶えてやらねーと」
照れくさそうにセリスの手から木箱をとる。
「今、食わしてやるからな」
「う、うん……」
桃を持って出て行ったロックを見送って、セリスは我に返る。
(どうやって手に入れたのかしら……。不在だったのは、そのために出掛けていたから?)
驚きと呆れと嬉しさがセリスの中で入り交じって、なにがなんだかわらかない。だが、喜びが一番強いのは確かだ。
ロックはすぐに戻ってきた。皿の上にそぎ取ったような桃の果肉が乗っている。
「甘みに保証はないけど、とりあえず食ってみろよ」
ベッド際の椅子に腰掛けたロックから皿を受けとって、セリスは食べる前に尋ねる。
「どうやって桃なんか……?」
「え? あ~、セッツァーにでかい借りを作って、だな」
ロックの返答を聞いて、セリスは呆れ顔で更に尋ねた。
「どこまで行ったの?」
「話すから、いいから食えよ」
「ん? うん……」
促されてセリスは一切れフォークに差すと口に運ぶ。瑞々しい甘さが口の中いっぱいに広がり、思わず満面の笑みで言った。
「おいしい♪」
「そっか。よかった……」
ロックはホッと胸を撫で下ろす。
「それさ、ジドールの朝市でさ、一番うまそうなのを競り落としたんだ」
悪戯をした子供のような顔ではにかむロックに、セリスはキョトンとする。
「ジドール! そんなところまで行ったの?」
「じゃなきゃ手に入らねーよ」
「た、高かったんじゃない?」
「金は問題じゃねーの。お前って、弱音は吐かねーし、強がるし、甘えたことなんか絶対言わないだろ? したら、初めてのワガママは叶えてやらないと」
にっこり微笑まれ、セリスは恥ずかしくなって、誤魔化すようにもう一口桃を食べる。
「……本当に、甘くておいしい…………」
なんだか胸がいっぱいになって、涙が溢れそうだ。
「なんだよ、泣きそうな顔して」
「うん……嬉しくて…………」
セリスは目尻に浮かんだ涙をこすると、
「ロックも一口どう?」
フォークに差した桃を示した。
「ん、もらう」
にこにこと微笑むロックは口を開けた。それを見てセリスは一瞬固まってしまう。
(わ、私が食べさせてあげるの!?)
たまらなく恥ずかしいと思ったが、徹夜で探しに行ってくれたのだ───飛空艇の中で仮眠しただろうけど。
思い切ってロックの口に桃を運ぶ。ぱくりと桃を食べたロックは、
「うん。ほんとにうまい。貴重品とは言え、必ずうまいとは限らないからなぁ。よかったよ」
うんうんと何度も頷く。
「残りは食っていいぞ。まだあと1つあるから、夕飯の後に剥いてやる」
「ありがと」
せっかくロックが苦労して持ってきてくれたものだ。言葉に甘えて頂くことにした。
セリスが桃を食べている間中、ロックは幸せそうにそれを眺めていた。
「もう、食べるとこ、そんなに見られたら恥ずかしいよ」
空になった皿をサイドテーブルに置いたセリスは軽く唇を尖らせる。
「でも、ごちそうさま。本当にありがとう」
「俺はお前が喜んでくれればそれでいい。熱も下がったみたいだしな」
セリスの額に触れたロックは優しく言ってくれる。
それは、満ち足りるほどに幸せな時間だったけれど、それに気付くと急に切なくなった。
気持ちが溢れ出しそうで、セリスは急に表情を曇らせると、思い切って呟いた。
「あのね」
「ん?」
「すごく、嬉しい、けど……」
言いにくそうなセリスに、ロックも不安げな表情になる。
「けど?」
「そんなに優しくされたら、私、期待しちゃうから……あまり優しくしすぎないでね」
泣きそうな顔で一生懸命言うセリスに、ロックは苦笑いを零した。
「なんだ。迷惑だって言われるのかと思ったよ」
「え?」
「俺はお前が好きなだけだから」
あっさりと言われ、顔を上げたセリスはロックと目が合うと真っ赤になった。
「っていうか、お前も気付いてると思ったけど……」
ロックの呟きに、セリスはぶんぶんと首を横に振る。
「ま、お前の謙虚なのは仕方ないか」
そうだといいな、とは何度も思ってきた。けれど確かめてもいないのにそこまで自惚れるなど、セリスにはできなかったのだ。
「俺は早く伝えたかったけど、いっつもセッツァー達に邪魔されてたからな」
肩をすくめたロックは、立ち上がった。
「お前はまた寝てろよ。俺は午前中の分も動いてこないとな」
「うん」
セリスは頷くと再び横になった。恋人──もうそう呼んでいいのだろうか──の優しい表情を見上げる。
「大丈夫? ロックも無理しないでね」
「俺はへーき。……俺がいないと寂しいか?」
なんとも意地悪な質問をされ、セリスは一瞬押し黙ったが、せっかくだから素直になることにする。
「うん……。でも、やらなきゃいけないことたくさん残ってるし、大丈夫」
「そうか。じゃあ、行ってくるな」
セリスの額に手を伸ばし前髪をかきあげたロックは、腰を屈め、不思議そうに見ているセリスにそっと口づけた。
ゆっくりと重ねられた唇は甘く優しい香りがした。
「桃の味♪」
そう宣ってにっこり笑ったロックに対し、セリスは再び頬を朱に染めて、
「もう。……行ってらっしゃい」
幸せそうに微笑んだのだった。
・ fin ・
■あとがき■
完結です。予告通りの3話。
なかもてぃ~様、いかがでしたでしょうか? 私的にはかなり気に入ったできです^^ 風邪っぴきのセリスを可愛く書けたんじゃないかと自負しております。返品不可ですが、どうか受けとってください。
題名のPeachKissは、なんてことはない。ただ桃食ってチュウ♥するだけです^^; でも、風邪といえば桃でしょうw PeachKissって可愛い響きだし~。
次回からは、同系リクが続いているので、別々のリクでありながら繋がった話みたいになる予定です。全て甘い話っていうのが、ちょっと難点。甘いだけの話は難しいのです。だからこそ、どれだけ面白くできるか、頑張り所なのでした~ (05.01.12 )
【この頁で使用させて頂いた素材サイト様】ClipArt : Prarl Box
ランド | ツェン近くの村に住む7歳の少年。コロというむく犬を飼っている。 |
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