そして旅立ち


「これからどうするか、決めているのか?」
 何気ない質問に、セリスは息を詰まらせた。考えていなかった訳じゃない。でも、考えることを避けていた。
「どうしよう……かな」
 セリスは祖父とも慕うシドに向けて、弱々しい笑みを見せた。
 ここはフィガロ城。長かった旅に終止符が打たれ、彼らは予定のない休息を取っていた。
 あれからまだ三日。セリスはシドの部屋でお茶の時間だ。
「おじいちゃんはここに残るんでしょう?」
 機械オタクのエドガーとは話も合うだろうし、重宝されるだろう。年寄りに過ごしやすい気候ではないが、他に行くアテもない。
「そうじゃの。……何を悩んでおる?」
 シドの問いに、セリスは困ったようにはにかむしかできない。
「わしにも言えないか?」
 優しくセリスを労る視線に、彼女は意を決し、
「私って、夢とか未来とか……全く持たずに来たから、これからどうすればいいかなんて全然わからないの。剣を持って魔法を使って……そんなこと以外何もできないし……」
 本来あまり他人に弱音を漏らすのは好きではない。相手がシドだからこそ、言えたのだ。
(私は何も持っていない……)
 エドガーはここフィガロの王だ。彼の好き嫌いに関係なくしなければならないことが山ほどあるだろう。
 マッシュはまた修行だろうか。
 リルムとストラゴスはきっとサマサの村に戻る。
 カイエンはドマを復興させるつもりかもしれない。
 セッツァーは自由人だ。以前の大空を翔ける生活に戻るだろう。
 ティナはモブリズで子供たちが待っている。
 ガウは獣ヶ原に帰るだろう。もしかしたらマッシュかカイエンと行くかもしれないが。
 シャドウは既に姿を消している。また裏の仕事をこなすに違いない。
 ロックは……またトレジャーハンターをするだろう。
「本当は、あの青年と行きたいんじゃないのか?」
 図星を指され、セリスはドキリとする。一番考えないようにしていた。あのことが胸に引っかかる。彼と行く資格は自分には無い。
(どうして思い出してしまったんだろう……)
「ごめん。少し一人で考えるね」
 セリスは思い詰めた顔で立ち上がり、シドの部屋を後にした。

 

†  †  †

 

 どこまでも金に輝く砂丘を眺めながら、ロックは深いため息を吐いた。  昨日のパーティーで、セリスは元気が無かった。ロックが話しかけても弱々しい笑みで答えるだけで、無理矢理なそれはまるで泣いているようだった。
(くそっ、言いにくいじゃないか……!)
 一言でいいのだ。延ばし延ばしで今まではっきりと告げていなかったのも悪いのだろう。
 儚げな微笑は、二人の間の距離を物語っているように見えた。彼女はロックを避けている。
(オレがセリスを信じられなかったことをまだ気にしているのか? それとも安否のわからぬセリスよりフェニックスを探すことを優先したから? レイチェルのことをまだ気にしてる?)
 心当たりがありすぎてわからない。大体こんなに色々あるのなら、とっくに彼女が愛想をつかしていてもおかしくない。
(全部終わったら言おうと思っていた。ずっと、言わずに堪えてきたのに……)
「守る」などと散々豪語してきたけれど、一番守りたい、失いたくない女を何度も傷つけた。ロックの勝手な事情で。
(くそっ、めそめそと……)
 舌打ちをして振り返ると、セリスが所在なさ気に立っていた。
「! な、何で黙って立ってるんだよ」
 ロックはしどろもどろに言った。タイミングがいいのか悪いのか。
「話があって……」
 ロックの問いには答えずに、硬い表情でセリスは言った。対してロックは訝しげに眉をひそめ、
「何だ? 深刻な顔で」
 先を促す。本当は聞きたくないと思った。あんな顔で告げる言葉がいいものであるはずない。だけど足掻いても仕方がないこともわかっていた。
「う……ん……」
 セリスは何度も口を開きかけるが、うまく言えないのかその薄い唇から言葉は紡がれない。
「どうした? 何も言わないならオレも話があったから、オレが先に言うぞ」
 ロックは意を決して宣言した。
 彼女が何を言いたいのかわかるはずもないが、ロックの気持ちは決まっている。さっきは足掻いても仕方ないと思ったけど、繋ぎ止めたい。
「オレと一緒に行こう」
 ロックは本当に過去と決別するための一歩を踏み出した。ここから、未来に向かって行くための。
 だがセリスはさっと顔を強張らせ、
「…………レイチェルさんを殺したのは……私よ」
 静かに告げた。
 ロックは脈絡の無い、唐突すぎる告白にぽかんと口を開ける。
「思い出しちゃったんだ。私はティナみたいにずっと洗脳されていたわけじゃなかった。レイチェルさんのことだって、私の意志で斬った」
 淡々としたセリスの言葉に、ロックは自分の耳を疑った。様々な疑問が浮かぶが、黙って彼女の話を聞くことにする。
「だけど子供を庇ったレイチェルの目が頭から離れずに、私は人を殺せなくなって……、そのレイチェルを殺した時の、 コーリンゲンを襲撃した時の記憶を封じられたの。違和感を感じながらも将軍としての自分に戻って行ったけど、 結局帝国にいられなくなったのは、そのことが根底にあったからだと思う」
 ロックは何を言えばいいのか全くわからない。頭の中が混乱している。
「私がレイチェルさんを殺したの」
 セリスはもう一度言った。皮肉な笑みを浮かべ。
「許してもらおうとは思ってない。意味が無いからそのことに対して謝ることはしないわ。でも、あなたの期待に添えずにごめんなさい。 私はあなたが思っているような人じゃなかった。ごめんね」
 小さく呟くと、セリスは自失呆然としているロックを置いて、身を翻した。
「あっ……セリス……」
 ロックは慌てて呼び止めたが、彼女は既に城内で。
「ちくしょ、どうなってんだ」
 ロックは頭の中が整理しきれず、何がなんだかわからなくなる。
(セリスがレイチェルを殺した?)
 だけどそれは、戦争が、殺したんだと思った。
(あんな顔して───)
 自虐的な嘲笑。彼女は自分を許せていない。いや、せっかく許せるようになっていたというのに、また許せなくなってしまった。
(オレが思っているような人ってなんだよ、勝手に決めるなよ)
 あんなことで気持ちが変わると思っているのだろうか。
(諦めないからな)
 拳を握りしめて、セリスが消えていったテラスの入り口を睨み付けた。

 

†  †  †

 

 セリスは旅に出ようと思っていた。一所に留まりたくなくて。
 それは全てから、自分の罪の意識から逃げたいからだと気付いているけれど、今は他にどうしていいのかわからない。
 ロックは決して自分を責めないだろうことはわかっている。責めても仕方ないからだ。だけど責められた方が楽だった。
 もっと以前に言っていれば責めてくれただろうか。有り得ない無意味な事を考える。
 部屋の荷物は既にまとめてある。元々大した量は無い。
 シドにだけは言おうか。でも何て言えばいい? 怒られないだろうか。
 自分でも正しい道を選んでいないことはわかっている。だけど───。
 一度自分の部屋に戻ったが、落ち着かず部屋を出た。

 

†  †  †

 

 ロックは居ても立ってもいられなくなって、セリスの部屋に向かった。
 すぐにでも彼女を抱きしめたかった。慰める術など持っていないが、とにかくもどかしくて廊下を曲がろうとすると、話し声が聞こえた。
「何故だ?」問いを投げたのはセッツァーだ。
「……私は相応しくない」答えたのはセリス。
 事あるごとにセリスに構うから、ロックは正直セッツァーが好きじゃないが、深刻な雰囲気に、つい聞き耳を立てる。
「自信が無いということか?」
「わからない。それもあるけど、でも違う」
「君は望んでいない?」
「───わからない」
 何の話をしているのか。最初から聞いていたわけではないので微妙にわからない。
「じゃあ、オレと行かないかって言ったら?」
 セッツァーの言葉にカッチーン! と来たが、ロックは自分を落ち着けてセリスの答えを待つ。
「そうか……」
 セリスの返事は聞こえなかったのに、セッツァーは納得した。彼女が頷くか何かしたのだろう。
「諦めるとは言わないけど、今日は引くよ」
 セッツァーがそう言ったからには断ったのだろう。ロックはホッとしたが、彼がこちらへ向かって歩いて来るようなので、 慌てて近くの部屋に入ってやり過ごそうとした、のだが……
「きゃあ!」
 小さな悲鳴が上がった。
「あ、よう。悪い……」
 驚いているリルムに向かって、ロックは頭をかく。
「ずいぶんくら~い顔。どしたの?」
 リルムはいつもの調子で訪ねる。
 ロックはなんとなく一番強い心を持っているのはこいつかもしれないと思う。父親だと思われるシャドウがいつの間にか 姿を消しても、いつもと全く変わらない。ストラゴスがいるからだろうか。
「セリスにフラれちゃった?」
 からかおうとして言ったのだろうが、ロックは ガビーン! ショックを受けて肩を落とす。
「え? え? 図星?」
 目を白黒させるリルムは、さすがに悪いと思ったのか、
「そんなわけないわよね~。いつも二人で空気作ってたし。他の人なんて目に入ってなかったし」
 イシシといやらしい笑みで(こいつは絶対オバタリアン(死語)になる!)言われてロックはため息をついた。
「うっせ」
 一言置いて、リルムの部屋を出た。
 ロックだって言葉にしなくてもわかっていると思っていた。気持ちは通じ合っていると思っていた。ついさっきまで。
(俺がレイチェルのことから抜け出せたら、今度はあいつか。運命的に相性悪いな)
 廊下を抜け、セリスの部屋のドアをノックする。
 返事はない。
「セリス? いないのか?」
 ドアを開けたが留守だ。部屋の片隅に小さな荷物がまとめてあるが、それに関しては長いするつもりがないロックも同じだ。
「仕方ない。待つか」
 呟き、ベッドに腰掛けた。

 

†  †  †

 

  シドのところに行ったものの、結局何も言い出せず、夕食前にセリスは部屋に戻った。
 が、ドアを開けてびっくりである。何故かベッドの上でロックが眠りこけているではないか。
(な、何故?)
 そのまま部屋に入るのをやめようかと思うが、真っ直ぐな彼のことだ。 セリスを捕まえるまで、目覚めても動かないだろう。
 仕方ない。気配を忍ばせ荷物を取りに入る。
(気付かないで……!)
 祈るように思うが、ロックがそんな鈍いはずがない。小さな鞄を手に取り、部屋を出ていこうとすると、
「どこ、行くんだ?」
 背後から掛けたれた声に、セリスはビクッと肩を震わせて立ち止まった。
「黙って一人で、どこに行くつもりだったんだ?」
 行くアテなどない。セリスは答えを持っていない。  どうしていいかわからずにただ小さくなっている彼女。その手を、ロックは逃がさないように掴んだ。
 自分の方に向き直させるが、俯いていて目を合わせようとはしない。
「オレは、お前にこうあって欲しいなんて期待とかしてないよ。ただ、ありのままのお前を見てきて好きになっただけだし」
 ロックの言葉に、セリスはピクリと反応を示して顔を上げた。
 そういえば好きだと言葉にしたのは初めてかもしれない。
 セリスのエメラルドのような瞳が揺れている。困惑してどうすればいいかわからないと訴えている。
「どうして、許すの?」
 消え入りそうな声で尋ねられて、ロックは苦笑いを浮かべる。愚かで弱い彼女がとても愛しい。だから守りたい。
「戦争の時に、一人一人の兵士を恨んでも意味なんてないさ。実際、レイチェルを手にかけたのはお前でも、 オレはやっぱり帝国とケフカに殺されたんだと思ってる」
「理屈ではわかってるの。なのに、あの人を斬った感触だけ消えない。何人のも殺したのに……どうして……」
 初めて罪悪感を持った瞬間だったからか。
 ただぼろぼろと涙を落とす彼女を前に、自分の無力さを悔やみながらロックはセリスを抱きしめた。
 嗚咽を漏らし自分の胸に顔を埋める彼女の背を、ただあやすように何度も撫でる。
 涙が止まっても、今度は逆に恥ずかしくて顔を上げられないのか、セリスはそのまま縮こまっていた。
 ロックはさらさらのプラチナブロンドを梳きながら、
「オレはセリスを手放すつもりはないよ。二度と後悔したくない」
 セリスは答えずにぎゅっとしがみついてくる。答えだと思っていいのか……。
 ロックは唇の端を緩め、
「セリスは? オレがいなくてもいいか?」
 問うとしばらく反応がなかったが、首を横に振ってから顔を上げた。
「でも、他の人は守れなくなるよ?」
 拗ねたように言われたが、意味がわからない。
「他のやつを守る必要ないだろ」
「でも、女の子みんなに言ってたし、本気でそう思ってたでしょ?」
 これには苦笑いを浮かべるしかなかった。
「レイチェルを守れなかった分、他の何かを守って満足したっかったんだよ、オレは」
 言いながら耳元に唇を寄せた。
「お前を守れないなら意味がない」
 セリスはくすぐったそうに身をよじり、
「私は守ってほしいなんて思ってない」ロックを見上げた。
「そんなの傲慢よ。私は守られているだけなんてイヤ」
 少しムスッとしている。だが生気を取り戻した彼女の瞳に、ロックは笑みを浮かべた。
「そうだな、ごめん。でもセリスを失いたくないんだ」
 ロックの飾らぬ言葉に、セリスは困ったように俯いた。
「ずるいよ」
「何が?」
「だって……」
 セリスが恥ずかしくなり、頬を染めロックのシャツをいじっていると、ロックは彼女の首筋に手をかけ少しかがむと、
「好きだ」
 低く囁いた。
 耳元を掠めた熱い吐息に、セリスはますます頬を紅潮させる。
 そんな純な様子がたまらなく可愛くて、ロックはさらに囁く。
「愛してる。本当はずっとそう言いたかった」
 そのまま彼女の頬に口づける。
「何度も告げそうになって、でも、オレは自分自身に決着をつけるまで言えなくて。でもやっと手に入れた」
 柔らかくてすべすべの彼女の白い肌に頬を寄せる。
「オレの一生で一番の宝だ。どんな物も、お前の存在には叶わない」
 少し体を離すと、伏し目がちのセリスと目が合った。彼女は照れているのだろう。すぐにまた俯いてしまう。
 ロックは満ち足りた笑みを浮かべ、
「いつまでも、オレのそばにいてくれ」
 そっと彼女に口づけた。

 それから二日後、二人はフィガロを発ち、終わることのない旅路へと臨む。

 

・ fin ・

■あとがき■

 最初思いついたときはすっごくいい! と思ったのに、書いているうちに全然違う話になってしまいました。
 半パラレルなので、設定は勝手に作っている部分あります。ごめんなさい。
 しかもしばらくプレイしてないので、シドの話し方とか忘れてるし。
 ロクセリスト宣言して、生まれて初めてのロクセリ小説でした。(03.3.14)

【この頁で使用させて頂いた素材サイト様】ClipArt:+ + + Snow world + + +