奇跡


 ずっと、ずっと探していたものを
 俺はやっと見つけることができた───

 世界が崩壊し、飛空挺から投げ出された俺が目覚めてまず思ったのはセリスの生死だった。
 彼女の姿を辺りに探して、そして絶望しそうになり、それを振り切って彼女が生きていると信じることにした。
 そして彼女を捜したいと思うと同時に、俺に彼女を想う資格があるのかとやはり考えてしまう。
 俺は自分の過去にケリをつけなければならない。あの後悔を清算せずに、彼女を想うことなどできやしない。
 俺は再び秘宝を探しに出た。一刻も早く彼女に会うためにも、そうせずにはいられなかった。
 そして、手がかりを仕入れ、フェニックスの洞窟に向かった。
 正直、貧困の世界であそこまで行くのは相当困難だ。飛空挺があるわけでもない。それでも俺は行った。
 そして、手に入れた。フェニックスの魔石を。
 数奇な巡り合わせで、そこにはかつての仲間たちも来ていた。
 俺がいると思ったとエドガーは言った。図星だ。
 当然、彼女も一緒にいると思っていた。だが……。

「早くしろよ!」
 俺はついついセッツァーを急かす。
 これが終われば俺はセリスと向き合える。それで胸がいっぱいだった。
 何のためにフェニックスの魔石を求めたのか、レイチェルの遺体を保存してあるのか、そういったことまで考え及ばない程。
 飛空挺に入っても彼女の姿が見えないことを不思議にも思わなかった。 フェニックスの洞窟では、彼女は飛空挺で待っているのかと思っていたが……。
「急かしたところで変わらん!」
 すげなく言いつつも、セッツァーは全速力でコーリンゲンに向かう。
 到着すると、俺はセッツァーに礼も言わずに、レイチェルの待つ地下へと走った。
 じいさんはいない。が、そんなことはどうでもいいんだ。
 俺はフェニックスの魔石に祈った。
 ……が、レイチェルの魂は戻りはしなかった。
 別れの言葉を告げて、天へと昇って行った。
 ケリをつけたはずの俺は、何かが違うような気がしていた。
 俺は元々レイチェルを生き返らせたかったはずだ。彼女を取り戻したかったから。
 でも、レイチェルは俺を恨んだりしていなかった。
「もう、迷わないよ……」
 呟いて、飛空挺に戻る。
 俺を待っていたのだろうか、飛空挺に寄りかかっていたエドガーが、
「どうだった?」
 余計な事を聞いてきた。が、何故か俺はバカみたいに浮かれていた。
「天へと還ったよ」
 晴れ晴れと言うと、エドガーは複雑そうな顔で、「そうか……」一言漏らしただけだった。
「それより、セリスは?」
 俺はそういえばずっと気になっていたことを尋ねる。
 先ほどまでは聞きにくかったし会わせる顔もなかったのだが、今は違う。
 だが、エドガーの答えは俺が予想していたものとはまるで正反対だった。
「…………」
 ただ、黙って首を横にふるだけ。
「どういう、意味だ?」
 俺は恐る恐る尋ねる。
「見つかっていない、そういうことだ……」
 エドガーは力無く言った。
「見つかってない?」
 俺は驚いて言葉を失う。
「見つかってないって、なんでだよ! 他は全員いるんだろ?」
 エドガーは頷くだけで何も言わない。
「探したのか?」
「探したからこれだけ仲間が見つかったんだ」
 エドガーは暮れゆく夕陽を見つめている。そして続けて俺を見た。
「お前は探さなかったのか?」
 俺は答えることができない。探さなかった。
「レイチェルのことが終わってから、探すつもりだったんだ」
「俺たちはできる限りの場所を探したよ。まあ、探し残しが無いとは言わないが」
 エドガーは肩をすくめる。
「それならもう一度探そう。探すだろ?」
 俺はエドガーに詰め寄った。勝手な話だとは思ったが、そうせずにはいられなかった。
「……もう余り時間が無い。これ以上ケフカをそのままにしておくわけにはいかない」
 エドガーは言う。その端正な顔には苦悶の表情が浮かんでいた。
「くそっ……」
 俺は拳を握りしめた。
 やり場のない怒りが込み上げる。
「決戦へ向かい、全てを終えたら、もう一度探そう。……それが俺たちにできる精一杯だ」
 エドガーが吐き出すように言った。
 俺一人のわがままを言うことはできなかった。
 ただ、胸が締め付けられて、どうしようもなく、苦しかった。
 世界が崩壊して、既に1年半過ぎている。どこにいるのか……生きているのかさえも定かでないなんて。

†  †  †

 

 決戦を終えて、セリスを探すのを手伝うと、みんなが申し出てくれたが、少なくともやらねばならないことがある者たちには丁重に断りを入れた。
 なんせエドガーは国王で、国の再建を支えなければならない。リルムとストラゴスもサマサの村があるし、ティナはモブリズで子供だちが待っている。 カイエンはドマの生き残りを集めて国を立て直すつもりのようだ。
 ということで、俺と共に行くのはマッシュ、ガウ、セッツァーだ。セッツァーには悪いが、用があっても外せない。
 無論、奴もセリスを心配しているだろうから(過剰に心配しているのは面白くないが俺も立場が弱い)嫌と言うはずはなかった。
 そうして様々な場所を探した。だが聞き込みをしても、地道な作業は全く実を結ばない。
 彼女を捜し初めて一月後、それに気が付いたのは偶然だった。
 俺は何故か粉雪が舞っているというのに、甲板で外を眺めていた。
 今まで地図には無かった場所に孤島があり、その上空を通っているとき、小さな小屋が見えた。
 おや、と思うと、その小屋の上にヒラヒラと立っている旗のようなものは……。
「俺のバンダナ!?」
 俺は仰天して叫んだ。
「セッツァー!! 止めろ! 今通り過ぎた孤島、あそこだ!」
「孤島なんてあったか?」
 何を寝ぼけているのだか、俺はとにかく奴を急かして孤島の荒れた平野部に飛空挺を着陸させた。積もりかけた雪が舞う。
 そこからもあばら小屋は認めることができた。
 人が住んでいるとは思えないほどにボロい、小さい、死の気配に満ちた場所。
 俺はその、今にも崩れそうな小屋へ、ゆっくりと歩みを進めた。
 あのバンダナは、確か怪我をしていた白い鳩に巻いたものだ。
 セリスがそれを見付けたとは限らないけれど、ここにいると感じた。確信していた。
 だが、俺の足取りは重い。ある種の予感なのか……。
 俺は凍える寒さの中、小屋の前に立った。喉がからからに乾いている。
 ごくりと喉を慣らし、生唾を飲み込む。
 意を決して、傾いた木戸を開けた。
 そして、目に飛び込んできたもの──────それは二メートル程の、天井に届く氷だった。
 一瞬、氷漬けの幻獣が脳裏に蘇る。
 氷の奥に何かが眠っているようで、ぼんやりとした輪郭があるが、霜が立ち白くなっていて中身は伺えない。
 俺の鼓動が早まる。口から心臓が飛び出しそうなんてよく言うけど、本当にあるんだと思った。
 一歩、小屋の中に足を踏み込む。ギシッと床が軋む。
 この氷は一体なんなのか……。俺は手を伸ばしてそれに触れてみた。冷たい。
 今しているバンダナをむしって、霜を拭き取った。
 そこから現れたのは、眠るように目を閉じたセリスの顔。
「セ……リス……」
 呆然と言葉を漏らすが、声が掠れて音になりはしなかった。
「セリス……?」
 今度は少しだけはっきりと声を出す。
 頭の中が真っ白になって、全ての感情を放棄したかった。
 霜を懸命に拭うと、跪いて祈りを捧げたまま氷の中にいるセリスが現れた。
 そのまま、生きているかのような彼女。今にもそのエメラルドのような瞳を開けそうで……。
「セリス……」
 呼びかけてみる。無論返事が返るわけがない。
 何故、氷の中に閉じこめられているのか。氷の棺に眠っているのか。
 生きているのか死んでいるのかさえわからなかった。
 俺は焦燥感に駆られ、なにかヒントになるものを探して辺りを見回した。
 すると、一冊の本が、小さな木のテーブルに置いてあった。
 それだけが大事なもののようにぽつんと。
 埃を払って手に取り、ぺらぺらと何枚か捲ってみると、それは彼女の日記だった。

×月×日
 シドおじいちゃんが亡くなってしまった。私はこれからどうすればいいんだろう。

×月×日
 助かった人達が自殺をしたという崖から、私も飛び降りようか……。

×月×日
 痛めた足の症状が悪化してきた。やはり生きることは難しいのかもしれない。
 命を絶とうかと崖へ行った。すると、一羽の鳩が舞い降りてきた。
 その鳩は怪我でもしていたのか、バンダナを巻いていた。あの人の使っていた柄だ……。
 ああ、どこかで生きているんだ、そう思うと、私も生きたいと思った。
 命を絶つのは今じゃなくてもいい。もう少し頑張ってみよう。

×月×日
 あの人はどうしているだろうか……。秘宝を求めて世界を飛び回っているのだろうか。ケフカを倒すために仲間と四苦八苦しているだろうか。
 会いたい……

×月×日
 足の調子が悪くて、シドおじいちゃんが大事にしていた畑が荒れてきてしまった。世話ができない。
 たった一人でどうやって生きていこうか。



 ──────足を、悪くしていたのか……
 セリスの綴った短い文章を読みながら、俺は涙を止められなかった。
 きっと心細かっただろうに。たった一人でここにいたのだ。


×月×日
 自由に動き回れないせいか、あの人のことばかり想ってしまう。私を通して別の女性を見ていても構わないと。
 自分がこんなに弱い女だとは思わなかった。
 あの人を想ったところで無駄だというのに。

×月×日
 杖をついて歩くのがやっとになってしまった。
 私は一体何をしているのだろう。
 食料が無くなり次第、死が待っている……

×月×日
 再び彼に会うまでなんとか頑張りたい。その気持ちは変わらないけれど……。
 あなたはどこにいるの?
 探して欲しいなんて無理な願いだとわかっているけれど。あなたには 大事なものがあるから。



 ──────違うよ。俺にとって本当に大事なものは……


×月×日
 夢にあの人が出てきた。
 あの人はちゃんとレイチェルさんを蘇らせることができて、幸せそうに笑っていた。
 正夢だといい。私のことなど何も知らず、ただ、幸せにいてほしい。
 もう、辛い想いを抱えないでほしい。

×月×日
 食料が遂に無くなった。私はここで餓死するんだろう。なんて惨めな死に方だ。
 もしあの人が、餓死して放置されて腐った私の死体を見たらなんて思うだろう……

×月×日
 また、あの人の夢を見た。
 魔導研究所の時の夢だった。信じて欲しいなんて浅ましすぎた。私はそれだけの罪を犯してきたのだから。
 そして、あの人に何かを求めるべきではないのだから。

×月×日
 腹が減っているという状態を通り越している。なんだか意識が朦朧とするが、私の意志であることをここに書き記さねばならない。
 きっとみんなも生きている。そしてケフカに挑むだろう。そしたら魔法という力がこの世から無くなってしまう。その前に……。
 私は最後の魔法を使う。自らを氷に閉じこめる。これは女としての私の願いであるとわかってほしい。自殺とは違うと。
 無論、夏がくれば溶けてしまうけど。本当は私のことなど見付けずに、願うのは、私のことなど何も知らずに、あなたがレイチェルさんと幸せであるように。
 私はあなたが幸せでいることを願っているから。
 強い人───ロック。あなたに会えてよかった。



──────俺の幸せは、俺の幸せはお前と共にあることだったんだ……!
 涙で霞み、読むのがやっとになっていた。様々な彼女の想い出が頭の中を駆けめぐる。そう、もう想い出にしかならない。
「いやだ……」
 俺はまた失うのか。俺の間違いのせいで……。
 皮肉なことに日記の最後の日付は、レイチェルを生き返らせたその日だった。
「セリス……」
 俺は氷の棺を見つめた。
 彼女に触れることすらできない氷の棺は、誤解したまま死んでいった彼女と、間に合わなかった俺との距離だった。
 だけどきっと彼女の書く通り、普通に死んでいたらとっくにひからびているだろう。 それを俺に見せたくないという想いは、わかる気がした。
「いやだ。いやだ……いやだ! いやだ! いやだ! ……お前がいなければ意味がないのに……」
 俺のせいだ。俺が秘宝を先に探したから。すぐに彼女を捜していれば、まだ健康なうちに彼女を連れ帰れた。彼女は餓死する必要なんてなかった。 そういう選択肢があったのに───!
 どこかで生きていてくれているなんて、なんで楽観的に考えたんだろう。
 俺は自分を責めること以外できなかった。俺にこんな風に悔やんでほしいなんて彼女は思っていないとわかっていたけれど。
 もっと早く伝えればこんなにも苦しまずに済んだのか……。最後まで、俺が彼女を愛していたことを知らず、死んでしまった。 俺がまだレイチェルを愛していると思ったまま。
「違うんだ。そうじゃないんだ……」
 言い訳ばかりが口をつく。
「もう、ずいぶん前から俺は……」
 涙も枯れたころ、ふと顔を上げるとささやきが聞こえた。
『自分を責めないで。今度こそ、自分の幸せを掴んで』
 空耳だったのか。彼女の風に乗った小さな声。
 俺は首を横に振る。
「俺はまた間に合わなかった───」
『それはあなたのせいじゃない』
「愛していたことすら伝えられなかった」
『でも私は、あなたを想って幸せだった』
「俺の手で幸せにしたかったんだ」
『ごめんね。悲しまないで。私は風に散って、水に溶けてあなたを見守り続けるから』
「いやだ! お前に触れたい。お前を抱きしめたかったのに───」
 俺は居るはずのない彼女に向かって、届くはずのない言葉を紡ぐ。彼女の体はそこにあっても、魂はもう宿らない。
「俺が幸せにしたかったんだ……。お前を守り続けたかったんだ……」
 俺があの時、世界崩壊の時手を離したから……。
 でも俺は知っていた。手を離したのは彼女だった。多分俺を巻き込まないために。
「俺の気持ちまで勝手に決めて、一人で逝ってしまうなんて……」
 俺は跪いて彼女の顔を見つめた。痩せた頬が痛々しい。その頬を、そっと撫でてやりたいのに。
「くそっ!」
 思い切り氷を叩く。だが勿論びくともしなかった。
「触れたい。お前に触れたいよ。微笑んで欲しい。いつも辛い顔ばかりさせていたから。心から笑って過ごせるように、 俺がいつでも傍にいたかったのに……!」
 吐き出すように言った時だった。
 一筋の光が、俺の胸元から溢れ出たんだ。
 俺は驚いて外套を覗き込むと、胸元に下げているフェニックスの魔石からだった。
 魔石はそのまま残ったが、もう何も力もないただの綺麗な石となっているのに……。
 フェニックスの魔石を外套の上に出すと、光はますます強まった。美しい深紅の輝きが、氷の奥に眠るセリスを照らす。
「なんだ……?」
 俺が呆然としていると、光は一気に強くなり辺り一帯を包み込んだ。
「うわっ」
 眩しくて目を閉じる。一瞬外の音も全てが止んだかと思うと、ドサリという音と今にも抜けそうな床が揺れた。
 目を開けると、氷は跡形も無くなり、セリスがそこに倒れていた。
「! セリス!」
 俺は慌てて彼女を抱き起こす。
 だがやはり彼女は冷たいままだった。生き返りなどしな……ん?
 俺は微かに彼女の胸が上下していることに気が付いた。
「セ、セリス!?」
 俺が目を剥くと、そっと優しい声が響いた。
『あなたは間に合ったのよ』
 それはレイチェルの声。
『彼女はまだ死んでいなかったから。仮死状態だったから。フェニックスに願ったの……』
「レイチェル……君が…………………………ありがとう」
 俺は、今度はうれし涙を流しながら、セリスを抱きしめた。
「ん……」
 セリスが身じろぎをする。きつく抱きしめすぎたかと、力を緩めて彼女の顔を覗き込むと、彼女は長い睫毛を振るわせてゆっくりとその青緑の瞳を開けた。
「ロック……? ……私……」
 セリスは掠れた声で、不思議そうに俺を見つめる。
「迎えに来たんだ」
 俺は優しく告げた。きっと今までのどんなときよりも幸せそうな笑みで。
「…………レイチェルさんが……生きなさいって……」
 セリスの呟きに俺は頷いた。
「ああ。生きよう。俺と共に生きてくれ」
「……レイチェルさんは、戻らなかったのね。……私は……彼女の代わり……?」
「違う!」
 俺が声を荒げると、彼女は驚いたように目を見開いた。
「俺は……そうだな、少なくともゾゾに行った時には既に、お前のことが好きだったんだ」
「嘘よ。だって……」
「嘘じゃないよ。嘘じゃない」
 言いながら彼女を抱きしめる。彼女はしばらく戸惑っていたが、そのうちおずおずと俺の背に手を回してそっとしがみついてきた。
「幸せになろう。二人で、生きていこう」
 俺の呟きに、彼女は小さく頷いた。

 想いは形にならず、どんなに強くても物理的作用なんて起こさないと思っていた。
 だけど、魔法の力が無くなった今、こうしてセリスは俺の手に戻ってきた。
 これを、奇跡と言うんだろう。

「二度と、離さない───」
 俺は彼女の耳元で、そっと囁いた。

 

・ fin ・

 

■あとがき■

 おかしいです。セリスは生き返らないはずでした。死んだままロックは失意の旅に出るはずでした。
 でも書いているうちに、余りにもロックが不憫になって、このままだと狂うしかないので、結局生き返らせてしまった。
 くっさい話だ……。恥ずかしいです。えへ☆< (03.4.4)

【この頁で使用させて頂いた素材サイト様】 ClipArt:トリスの市場