1

「ねえ、エドガー?」
 蒼穹の下、心地よい風の吹く甲板で、セリスは顔を綻ばせてエドガーに近付いた。
「ん?」
 エドガーは女性に対して平等に優しいからいつもと変わらないように見えるが、逆に、セリスの事を口説いたりしない分特別なのかもしれないとも思う。
「あのね」
 セリスはエドガーに近付いて耳打ちする。何を言ったかわからないが、エドガーは頷いてセリスの頭を撫でた。
 慣れ慣れしい仕草に思わずカッとなるが、動けなかった。
 セリスは怒ったりせず、照れたようにはにかんで俯いた。
(あれは一体なんなんだ?)ロックは思う。
(俺にだってあんな無防備な顔を見せたりしない。なのに何故、エドガーにはそんな安心しきった態度をとるんだ?)
 甲板で風にでも当たろうかと階段を昇って来たものの、その光景を目の当たりにしたロックは、かといって引き返すこともできず、 ただただ呆然と見つめているしかなかった。
 自分が彼女を一瞬でも疑ってしまったから? 当然の報いなのか……。
 ロックに対し、セリスは普通に接してくれる。他の仲間と同じように分け隔てなく。だがそれは、以前と同じではない。
(俺の事なんて愛想が尽きたか……)
 負い目があるから、自分も以前のようにセリスに接することはできなかった。少し心を近付けようとすると、彼女がさっと壁を作ってしまうのもある。
 エドガーと談笑しているセリスは頭を小突かれ、唇を尖らせ可愛らしく睨んでいる。
 俺にだってそんな風にしたことなかった。甘えるような仕草を見せることなんてなかった。
(セリスが俺に懐いていたのは、ただ、選択権が無かったからか───。俺しか優しくしてくれる奴がいなかったからか。 レイチェルの事を引きずっている中途半端な俺が、彼女の望むのは浅ましいだけだったろうな)
 わかってはいるけれど、気持ちは止められるものではなくて……。ロックは拳を握りしめて船内に戻った。

 

†  †  †

 

「おや?」
 エドガーが、セリスの背後を見て呟いた。
「どうかした?」
「いや、さっきまでロックがそこにいたんだけどな」
「ふーん」
 セリスは興味なさそうに流そうとしたのだが、エドガーはにっこり微笑んで、
「奴の事、避けてるのか?」
 ずばり、尋ねる。女性を口説く時もそうだが、歯に衣着せない人だ。
「そんなつもりはないんだけど」
「幻滅した?」
 言いながら、エドガーは楽しそうだ。対するセリスは力無く首を横に振る。
「……別に、元々何の期待もしてなかったもの。最初から、何も求めてないから幻滅もしないわ」
 そう言って、セリスは自分を見つめるエドガーから顔を背けた。
「あなただって言ったでしょ? 勘違いするなって」
「まあね」
 確かにナルシェでそう告げた。エドガーは苦笑いするしかない。もしかしたら余計な事を言ったのか、とも思うが、 あの時は、ロックが本気だなんて有り得ないと思っていたから。
「君を信じられなかったことを、許してやりはしないのかい?」
「最初から許してるわ。信じてもらえるような生き方をしてこなかったのは私なんだもの。当然の報いよ」
 頑なに告げるセリスに、「私は疑わないよ」エドガーは自信満々に言った。
 セリスはくすっと笑みをもらし、「レディを疑ったりはしない?」言い返す。
「君は、誰かを騙したりなんてできるような人間じゃないよ。潔癖だから」
「買いかぶりすぎよ」
 セリスは肩をすくめるしかなかった。

 

†  †  †

 

 セリスが踏み込ませないせいで、ロックはひどくイライラしていた。
 勿論、八つ当たりに過ぎないと自覚していたが、どうにもならなかった。
 今日も、戦闘で怪我をしたロックに、セリスがケアルをかけようとしてくれたのだが、ロックは「触るな!」と怒鳴ってしまった。
 そして自己嫌悪に陥っているわけだが……。彼女が自分を見限ったのなら、この想いは彼女の負担になるだけだ。それなら忘れるべきなのだ。この痛みから逃げたいという気持ちもあり、切羽詰まっている。心の余裕値ゼロだ。
「くそっ! 俺、サイテーだ」
 一人、やけ酒をしながらロックは吐き出した。
 宿から出てわざわざ酒場に足を運ぶなど珍しい。酒に弱いわけではないが、むやみやたらに飲むような嗜み方などいつもは絶対しない。
 せめてもの救いは、セッツァーを相手にしていないことだ。奴をセリスが好きになったりしたら、もう! やってられない。いや、今でも十分やってられないのだが……。
 勝手にホレて、勝手に憤っている自分が酷く情けない。
 ため息を飲み込んで、ジンライムを一気に呷ると、酒場の扉が開いた。
「荒れてるな」
 そう言って近寄ってきたのは、エドガーだ。店員にウイスキーを頼んで、ロックの向かいに腰掛ける。
「…………別に。おかわり!」
 グラスを突き上げて叫んだ。できればこれ以上、八つ当たりなどをして醜態を晒したくない。
「余りセリスにきつく当たるな」
 言われて勿論ムッとしたが、懸命に押さえる。
「わかってるし、ワザとじゃねぇよ」
 素っ気なく答えると、
「そこまでホレてながら、何で信じてやれなかった?」
 随分はっきりと、聞かれたくないことを聞く。これは多分、エドガーの良いところだ。
 エドガーは魔導研究所に一緒に行ったわけではないから、実際のその場面を見てはいない。正直、ロックなら信じてやると思った。
 ロックは店員が持ってきたジンライムを、再び一気飲みする。エドガーは(おいおい、大丈夫かよ)と少し呆れ顔だ。
「盲目になりすぎてた事に気付いて、我に返って恐くなったんだ」
「愛しているが故、か」
 こういうこっ恥ずかしい事を平気で口にできるのも、ある意味すごい。
「大事に、してやってくれ……」
 ロックは今にも泣き出しそうな顔で言った。一方、そんなことを言われてしまったエドガーは苦笑いしかない。こんな表情を無防備に見せてしまうとは───。
「お前は、それでいいのか?」
「いいのかったって……、セリスが幸せならいいさ。仕方、ねーだろ?」
 ロックはエドガーを横睨みする。エドガーはとばっちりは食いたくないと肩をすくめ、
「彼女は私の事をそんな風には見ていないよ」
 言ったのだが、
「んなことあるか」
 ロックは投げやりに言った。
 ロックは自分で気付いていないのだと、エドガーは思う。セリスがロックを見るとき、どれだけ悲しそうな顔をするか。どれだけ切なそうに見つめるのか。ロックが同じ空間にいるだけで、彼女の意識が常に彼に向いているというのに。
「セリスに聞いてみるか?」
 グラスの振って氷を揺らしながら、エドガーがロックの顔を覗き込んだ。ロックがうるさそうに一睨みすると続けた。
「と、言いたい所だが、今の彼女は素直に答えるとは思えないからな」
「何がだよ」
「元々、彼女はお前を愛してしまう事に怯えていた。まあ、お前がレイチェルをどれだけ想っているか知れば当然だろうね」
「…………」
「気持ちを必死に押さえていた。マインドコントロールに下手に慣れていた事があだになったね。今は更に自分に自信を失っている。 傷付くのが恐いんだろうな。やっぱり信じてもらえなかったのが尾を引いているのかもしれん。お前に対する恋心を自覚するのが恐いんだろう」
 そう言われても、ロックにはとてもそうは思えず、相変わらず肩を落としたまま呟いた。
「気休めはいーよ」
「どうしてだい?」
「あんたと居る時の彼女の顔。あんだけ素顔をさらけ出す相手は、エドガーだけだ」
「ふん。嬉しいのか何なのかわからんな。とにかく、荒れるのはよせ」
「てゆーか、あんたはセリスの事、どー想ってるわけ?」
「そうだな。父親気分だな」
 苦笑いするエドガーの真意を、ロックは掴みきれない。エドガーはこういう奴だ。作っているのか素なのかわからないが、とにかく口が達者すぎる。
「俺はもういいよ」
 ロックはため息混じりに言った。
「元々、そんな資格もなかったんだ……」
 酒のせいか、いつになく女々しい事を口走るロックに、エドガーは発破をかけるように言う。
「簡単に諦めるなんてお前らしくもないぞ。いつもは暑苦しいぐらい激情家なのに」
「暑苦しいってなんだよ」
 さすがにロックも苦笑いだ。
「まあ、諦められると言うなら諦めればいい。私は、諦められない方に20,000ギル賭けるがね」
 言い終えると立ち上がって、
「飲み過ぎるなよ」
 と酒場を出ていった。
「あいつ飲み逃げかよ……」
 ボヤいて、しばらくちびちびやっていたが、いくら飲んでも酔えないため、段々つまらなく感じてきた。
 帰ろうかと立ち上がった時、酒場のドアが開いた。
 何気なく見ると、驚いた顔のセリスが立っていた。
 ロックも一瞬驚くが、すぐに目を細め不機嫌そうな顔になる。それを見て、セリスは怯えたように俯いた。
「こんな夜中に一人で来たのか?」
 尋ねると、彼女は俯いたまま小さな声で尋ねた。
「エドガーが……忘れ物を取りに行ってくれって……」
 しかしエドガーは何も忘れてなどいない。
「忘れ物なんかねーよ。あいつが飲んだ分、払ってかなかったことぐらいだ」
 言ってロックは気付く。
(ハメられた……)
 わざとセリスを寄越したのだ。金を払わなかったのも確信犯に違いない。
「エドガーの勘違いだったみたいね。邪魔しちゃってごめんなさい」
 セリスはそのまま酒場を出ていこうとしたが、
「おい、俺ももう帰るから、少しだけ待っててくれ」
 ロックは呼び止めた。宿までは10分程度だが、夜中に女一人で外を歩かせるなんて、ロックにはできない。
「うん」
 セリスは小さくはにかむと、外へ出てしまった。
 ロックは、セリスが自分に対して見せる笑顔に、いつも苛立ってしまう。無理矢理作っているだろう悲痛な笑みしか彼女は見せない。いや、できないのかもしれない。どちらにしろ、無理に自分を押し殺してまで普通に接する意味などないと想う。
 勘定を済ませ扉を開けると、壁に寄りかかっていた彼女は身体を起こした。
「あの、本当に邪魔しちゃって…………」
 ロックの顔色を窺うような言葉は、別人だと思える位に臆病で、ロックはまたイライラしてくる。
 黙って歩き出すと、彼女はとぼとぼ後ろから着いてきた。
 セリスを置いて行かないように、できるだけゆっくり歩こうとするが、気まずい沈黙が痛い。
 が、意外な事にその沈黙を破ったのはセリスだった。
「ロック……あの……」
 おずおずと話しかけられ、「ん?」ロックは立ち止まって振り返る。
「───えと…………。ううん、ごめん、なんでもないの」
 彼女は言ったが、明らかに思い詰めた表情だ。ロックはイライラしていた自分が少しだけ情けなくなり、
「どうした?」
 彼女の頭に手を置いた。
 一方、余りにも優しい声で言われたセリスは、びっくりして顔を上げた。
「ん?」
 いつになく柔らかい表情のロックと視線が絡まり、セリスは動けなくなる。
 吸い込まれるようにロックに釘付けになっていたセリスだが、揺れる瞳で困惑していたかと思うと、怯えたように両手を胸の前で握りしめ言葉を紡ごうとしているだろう唇を震わせた。そして涙を堪えるように顔を歪める。
 その変化を見ながら、ロックの表情も次第に険しくなっていた。
 互いに相手の反応を見て、己を卑下する気持ちを強めてしまう悪循環に陥っている。
 ロックは衝動的な感情が込み上げ、彼女を壊してしまいたくなる。
 彼女の気持ちなど無視して、自分だけのものにしてどこかに閉じこめてしまいたい。
 獣のような征服欲と支配欲が、身体の芯を駆け巡り、
「ごめんなさい」
 彼女の呟きに、ロックを辛うじて引き留めていた鎖が弾け飛んだ。
「何で謝るんだ!?」
 突然怒鳴られて、セリスはそのアイスブルーの瞳を大きく見開く。
「何に対して、謝ってるんだ!?」
 詰め寄られて、セリスは唇をわなかかせた。何か言わねばと思うが、言葉が思い浮かばない。
「エドガーを好きになったからか!?」
「! ???」
 セリスは更に驚いて、困惑した。ロックの言っている意味がわからない。
 が、激昂しているロックは、彼女が何一つ答えないことにさらに怒りを深めた。
「何で答えないんだよ!」
 苦しそうに吐き出すと、ロックはおもむろに腕を伸ばしてセリスの後頭部を掴んだ。
「!」
 驚愕したセリスは、気付くとロックの顔が目の前にあって、唇を重ねられていた。
 奪うような強引な口づけ。
 優しさの欠片も伺えぬそれに、セリスは呆気にとられていた。
 ただ感情を持て余して、何度も唇を吸う。激しい口づけの合間に漏れる吐息が熱い。
 夢中でセリスの唇を貪っていたロックだが、ふと、頬が濡れて我に返った。
「悪ぃ…………」
 セリスが泣いていた。静かに涙を零して泣いていた。
 解放されたセリスは俯いて大きく息を吐く。
「その、俺…………」
 言い訳をしようとしたロックを、セリスは顔を上げて睨み付けた。
「どうして……! 軽蔑しているなら、そう言えばいいじゃない!」
 叫ぶと、唇を噛みしめて駆けだした。
 ロックは、セリスに投げ付けられた言葉の意味がわからず呆然と立ち尽くす。
「俺を軽蔑したんじゃなくて……?」
 わけわからず呟くと、
「今のはどうかと思うねえ」
 近くの茂みから声がした。
「…………おい……」
 頬を引きつらせて振り返る。
「やあ」
 エドガーだ。一体、何を考えて居るんだろう。
「見てる分にはぞくぞくするようなキスだったけど、なんでもっと優しくできないんだい?」
 普通に言われて、ロックはがっくり、項垂れた。全く悪びれていない。そして責めても無駄だろう。馬鹿らしい。
「お前が余計な事企むからだよ。ったく……」
 ため息混じりに歩き出す。
「セリスは君に軽蔑されていると思っているよ」
 エドガーが言った言葉に、再び足を止めた。
「は?」
「理解しようとしてくれているけれど、心の底では軽蔑しているんだろうと、彼女は思ってる。素直に謝って、好きだと言うべきじゃないか?」
 エドガーの言葉に、ロックは顔を歪めて、
「レイチェルの事に決着がつくまでは、俺は誰にかにそんなことを言える資格なんてねーんだよ」
「資格どうこうの前に、彼女を傷付けた責任はとるべきだな」
「──────」
 ロックは拳を握り締めた。自分のガキっぽさが嫌になる。年齢を重ねた所で、大人になれるわけではない。
「こんなんじゃ、魔大陸に乗り込めないぞ」
 エドガーはロックの肩を叩いて歩き始めた。
「わかってるよ……」
「そうか。ところでお前は本当に激情家だな。その直情的なところは美点でもあるが、欠点でもあるな」
「…………」
「あのまま最後まで行ってくれるかとも思ったが……」
「あのな!」
 ロックは呆れてエドガーを見た。単なるエロ親父……?
「冗談だ」
「ったく……勘弁してくれ」
 このエドガーの攻撃から逃れるためにも、やはり何とかしたいと思うロックであった。

■あとがき■

『遙かなる時空の中で』のファンサイト様で茜×鷹道の切ない小説を読んでいて、書きたくなったものです。
下書きとは最後の展開が違うんですが、なんとなくこう、性格悪めのロックが書きたくなって……。ちょっと堪え性のないロックもいいと思いません? ちなみに、一応、続く予定ですが……。
私はこの魔大陸直前のエピソードが多いんです。いつも同じようなのですいません。こう、展開的に切なくしやすいみたいなんです。 他と被りそうなことに悩んでいて、アップできないかもしれないと思っていたんですが、とりあえず1回目は大丈夫そうでした。
感想と、こんな展開希望(例えばアダルティーとか、甘甘とか、暗いとか)っていうのも待ってます。 (03.6.15)

2

「ロックとケンカしたの?」
 ティナの声が聞こえた。草原に停められたブラックジャック号の外、船の先端辺りの船底で日陰になっている場所。
「えっ?」
 セリスが声を上げる。
「だって、二人とも変だよ? セリスは、ロックが好きなんじゃなかったの?」
 ティナならではの純粋な質問に、セリスはたじたじだ。
 たまたま(?)通り掛かってしまったロックは、反対側の船底の壁にひっついて、盗み聞きしてしまう。
 こちら側は日向の為、少しばかり暑いが仕方ない。
「別に……私は……」
 セリスは消え入りそうな声になる。ロックからは表情が全く分からないのは残念だ。
「違うの? 二人は恋人じゃないの?」
「え?」
 セリスは変な顔をする。決して恋人同士なんかではない。
「だってエドガーが……」
(あいつは何余計な事を言いふらしているのだろう)
 ロックと同じ事をセリスも思ったのか、ため息混じりに、
「エドガーの勘違いよ。私には人を好きになる資格なんてないんだから」
「? でも、資格で人を好きになるわけじゃないんでしょう? 気持ちは沸き上がるものだって、エドガー言ってたもの」
「───そうね。だけど、私は幸せになることを自分に許していないから」
「???」
 ティナは全くわけがわらかないという顔をするが、無論ロックには返事がないとしかわからない。。
「勿論、私の自己満足だけど……。ううん。幸せになるのがきっと恐いんだわ」
「?? どうして? ロック、優しいでしょ?」
「……そうね」
 ティナにはね、という言葉をセリスは飲み込んだなんて、ロックは知らない。
「じゃあ、ロックと仲良くしてよ」
 二人がぎくしゃくしているお陰で、仲間も気まずい思いを少なからずしているのだ。セリスは、「う……」言葉に詰まる。
「無理よ……」
「何で!?」
「ロックはね、私の事、嫌いなの。最初は可哀想だって思ってたんだろうけど、そう思うに値しないって気付いちゃったんだろうね」
「そんなわけない!」
 いつもおっとりしているティナが声を荒げたので、言われたセリスも、影で聞いているロックもびっくりする。
「絶対に違う! 私、ロックに聞いてくる!」
「えっ!?」
 セリスが慌てた時には、ティナは走り出していた。
「ちょっ、ちょっと!」
 ややこしくしないでよ……セリスはがっくりと肩を落として呟いた。
 一方、ティナが逆側へ走っていきホッとしていたロックは、意を決して出ていった。
「!?」
 足音に振り返ったセリスはギョッとする。
「いつ、から……?」
「あの、さ」
 ロックは言いにくそうに近寄る。
「別に俺は、お前の事軽蔑したり嫌ったりしてるわけじゃ、ないんだぜ?」
「…………」
 セリスは俯いた。無論、仲間なのだから、嫌っていてもそう言い切りはしないだろう。
「俺の言ってること、信じられないか?」
 セリスは答えない。信じられないから。
「俺が、一瞬でも、お前を疑ったからか?」
 それにはセリスは首を横に振る。
「なら一体……」
 ロックは虚ろな気持ちになる。彼女がどこまでもすり抜けてゆくから。
「答えてくれないのか」
「……………………」
「確かに少しイライラしてた。八つ当たりしちまった。ごめんな」
 謝っても、セリスは首を横に振るだけだ。
「なあ……お前が、俺を軽蔑してるんじゃないのか?」
「?」
 セリスが顔を上げた。不思議そうな表情。
「俺が、嫌いなんじゃないのか?」
「……違うわ!」
 セリスは自分でも思い他大声を出していたことに驚いて、小さな声で続ける。
「そういうことじゃないの……」
「じゃあ何だ? エドガーとは随分楽しそうに笑うよな」
「そんなこと……」
「なんだ?」
 段々彼女を責めるような口調になっている事に気付き、ロックはハッとする。
「悪い。お前を責めてるわけじゃないんだ。ただ……」
 ただ、何だろう? ロックは自分でも何を言おうとしたのかわからない。
「いいの。私が悪いのよ」
「?」
「だから、いいの…………」
「…………」
 しばらくの間、二人は黙っていた。先に沈黙を破ったのはロックだった。
「エドガーが……好きなのか?」
 最初、セリスは意味がわからなくてポケっとしてしまった。そんなわけないし、想像したこともなかったから、すぐに反応できなかったのだ。
「えええ!?」
 彼の言った意味がわかり、セリスは自分でも顔が熱くなるのがわかった。
「な、何言ってるのよ」
 言ったけれど、ロックは無表情だった。
 セリスが顔を赤らめた所なんて、初めて見たのだ。(ああ、図星なんだ)そう思っても仕方ないのかもしれない。
「俺に、エドガーとの仲を、邪魔して欲しくないってわけだ」
 ロックが投げやりに言うと、セリスは眉をしかめ、
「はあ? さっき聞いてたんでしょ? 私は誰も好きになれないって。少なくとも、今はまだ」
 自分で自分を許してあげられないから。
「それって、お前が自分で気付いてないだけじゃねーの?」
 ロックはいい加減どうでも良さそうに言った。
「え?」
 セリスはどきりとする。
「又は気付きたくないか。ま、エドガーは女と見れば声を掛けるし、好きになりゃ不安にもなるだろうから、気付きたくないっつーのもわかるけどな」
 つらつらと言うロックに、セリスは呆れてしまった。完全に決めつけているようだ。
 否定しようか迷う。否定したって今のロックはそれを信じてくれるとは思えない。それに、ロックがどう誤解しようと関係ないはずだ。思って胸が痛んだ。
「ま、何かあったら相談に乗ってやるよ。別に、邪魔なんかしねーし」
 ロックは別段何でもなさそうに言って、唐突に身体の向きを帰ると、がに股で歩いて行ってしまった。
 エドガーを好きになれば幸せになれるなんて単純なことは思わない。だけど、少なくとも、ロックをこれ以上気にしないようにするには、他の人を見た方がいいのかもしれない。ちなみにセッツァーは絶対にダメだ。セリスを欲しているからこそ、答えられないから───。それならば本当は何とも思っていないのに、他の人を好きになろうとしてみたりするのは失礼なことだと気付く。
「どうすればいいの───?」
 一人ごちた言葉の中には、「私はどうしたいの?」そういう響きが含まれていた。

 

†  †  †

 

「……はあっ」
 ロックはしばらく歩くと、木陰でしゃがみ込んだ。
「ああ……」
 がっくり、肩を落とす。
 覚悟してた。してたけどやっぱり、「ああ……」ため息しか出ない。
 魔導研究所に行くまで、セリスは自分を好きなのだと自惚れていた。まだ答えられないけど待っていてくれるなんて、余りにも都合のいいことを考えていた。
「そうだよな。勝手すぎるよな」
 エドガーは一見軟派だが、その実しっかりしている。セリスが気にしていた背も、エドガーとなら釣り合うし。
 大体、自分の何が悪いなどという以前の問題だ。
 レイチェルの事にケリがついていないのに、気持ちだけが先走った結果がこれだ。
(セリスは資格がないなんて言ったけど、それは俺の方だ。俺はまだ、何かを求めるなんて許されなかったのに……)
 セリスも似たような気持ちだったのだろうか。将軍として多くの人を殺したことを引きずっていた───。
 彼女の傍で、彼女が安らげるようにしてあげたかった。ロックが安らぎになってやりたかった。
(なれるわけねーよな)
 レイチェルの事を切り捨てられない。今のロックでは、セリスを幸せになんてできるはずなかった。
 ロックがいじけたように、地面を人差し指でぐりぐりしていると、
「ロック! こんなところにいたのね!」
 ティナが駆け寄ってきた。
「んあ?」
 生気のない顔で振り返ると、
「もう! 何でそんな顔してるの!?」
 彼女は腰に手を当ててぷんぷんしている。なかなか可愛らしい姿だが、今のロックにはそんなことを感じる余裕はない。
 額にうっすら汗を浮かべている。本当にロックを探し回っていたらしい。
「どした?」
 さっき自分を捜してティナがどこかへ行ったことなど忘れて、ロックは社交辞令のように尋ねた。
「あのね! セリスのこと、嫌いなの?」
 今、そういう話をしたくないのに……がティナに言っても仕方ない。
「そんなわけないだろ。仲間じゃないか」
 ロックは立ち上がると、ひきつった笑みを浮かべた。ティナはロックの顔をじっと見つめる。心の奥を見透かされそうで、ロックは「うっ」と後ずさった。
「じゃあ、もう少し優しくしてよ。セリス、嫌われてると思ってるんだからね!」
 ティナに詰め寄られ、ロックはたじたじである。
「あのな、俺が優しくしたって喜ばねーから」
「何でそういうこと言うの?」
 上目遣いで瞳をエメラルドの瞳を潤ませて見上げるティナに、ロックは言葉に詰まる。
「…………セリスはエドガーがいりゃそれで幸せなんだよ。俺には関係ない」
 ふてくされたように言うと、ティナは不思議そうに首を傾げる。
「エドガー?」
「そうだよ。だから俺はいいんだ」
「??? エドガーがいれば何でいいの?」
「だから! セリスはエドガーが好きなんだよ」
「??? 私もエドガー好きよ? ロックは嫌いなの?」
 段々天然であるティナとのやりとりにロックはいらいらしてきた。
「だあっ! もういいから!」
 ロックが無下に追い払おうとすると、ティナは目に涙を浮かべた。
「うわっ、わ、悪い……」
 慌ててロックが言うと、
「セリスに優しくしてくれる?」
 ティナのおねだりに、ロックは勘弁してくれと思う。
「あのな、俺だって優しくしたいさ。でも、あいつは壁つくって嫌がるんだよ。いいか? あいつが望んでないんだ」
「何でよう」
「知るか!」
「だって、セリス、ロックの事好きなのに?」
 ティナの言い分に、ロックは露骨に変な顔をした。
「はあ?」
 あれのどこをどう見ればそうなるんだろうか。魔導研究所に行く前ならまだしも。ティナはその頃を見ていない。
「だって、寝てるとき、よく泣きながらロックのこと呼んでる」
「………………」
 もしかしたら魔導研究所の時の夢を見ているのかもしれない。本人は気にしていないつもりでも、彼女の心に深い傷を落としているのだろう。
「別にそれは俺を好きだからとかじゃないよ」
 ロックは諦めたように首を横に振って、深いため息をついた。
「でも……セリス、いつもロックのこと見てるよ。目で追ってる。ううん、追わないようにしてるみたい。でも、気付くと見てて、慌てて逸らすの。変だよね。すごく切なそう。苦しそうだよ。わからないのに、私までなんか悲しい」
「それは…………」
 ティナの勘違いではないのだろうか。自分だってセリスを見ている。彼女が気にしていればわからないはずはない。
 それに、そうだとしても、多分、それも魔導研究所での事がショックなんだろう。彼女は気にしないようにしているだけだ。
「ロックは……レイチェルさんが好きだから、セリスは好きじゃないの?」
 ティナに言われてびっくりする。誰がしゃべったのだろう。セリスかエドガーだろうか。
「レイチェルは……俺は……、彼女を守れなかった罪を贖いたいんだ」
「ふうん? じゃあ、セリスが好き?」
(くそっ、直球)
 ティナ相手にかわすのは難しい。元々、ロックはエドガーのように口がうまくない。
「……そうだな。好きになるのはいつの間にかなのに、諦めるのはどうして時間がかかんだろうな」
 ロックが呟くと、ティナはロックの手を掴んで言った。
「諦めちゃダメ。よく、わからないけど、私は自分がなんなのかわからなくて恐かったでしょ? あのね、セリスもきっと恐いんだよ」
「何か?」
「将軍じゃなくて、ただの女の子になって、心細いんだよ。突然で、味わったことない気持ちで、どうしていいかわからないんだよ」
「…………」
 そんなことを言われても、とロックは思う。
「だから、エドガーがいるだろ?」
 ロックが言うと、
「もういい! バカ!」
 ティナは叫んで走り去ってしまった。
「バカ……か。わかってるよ。俺はバカだ」
 自分でセリスを幸せにできるなら今すぐにでもしてやりたい。
 だが、それをセリスが望んでいないし、今、望まれてもロックの心全てをセリスにあげることができない。
「こんな中途半端じゃ、ダメなんだ……」
 どんなにセリスを想っていても、過去を清算できない限り前へ進めないのだから───。

 

†  †  †

 

「セリス」
 甲板で縁にもたれてぼーっとしていたセリスに、ニヒルな笑みを浮かべたセッツァーが歩み寄ってきた。
「え?」
 ただ流れ行く雲を眺めて心を空っぽにしていたセリスは、キョトンとしてセッツァーを見た。
「いや……」
 余りに無防備なセリスに、セッツァーは苦笑いするしかない。
「ドロボウヤローの事は、本当にもういいのか?」
 そう尋ねると、セリスは顔を強張らせた。聞かれたくないんだろう。
「そう、聞こうかと思ったんだけどな」
 何故かそう続けたセッツァーを、セリスは不思議そうに見た。
「なんか、聞かなくてもわかっちまったよ」
 言われて、セリスは頬を真っ赤に染めた。
「な、何言って……!」
 顔が熱いので、自分でも顔が赤いだろう事がわかり更に恥ずかしい。
「くっそ、あんな男のどこがいーんだかわからねーけど……お前がそう感じちまうんなら、仕方ねーもんな」
 セッツァーは煙管きせるを取り出して火を付けた。ゆっくりと吸い込み、紫煙をくゆらせて、空を見ゆる。
「初めて、女の子として扱われて、きっと、私舞い上がっちゃったんだわ」
 セリスがぽつりと漏らした。こんなこと、絶対に言うような女ではなかったけれど、今は吐き出したかった。
「ロックが私に好意があるからだとか、そういうことは思わなかったけど、でも、命がけで守られて、きっと、私、勘違いしたのよ」
「勘違い?」
 セッツァーは眉を寄せて横目でセリスを見た。
 遠くを見つめる整った横顔が漂わせるのは虚しさで。そんな顔は彼女には似合わないと思う。
「自分が普通の女の子だなんて、勘違いしたのよ」
「…………普通の女じゃないのか?」
 セッツァーの素朴な問いに、セリスは唇を歪ませた。悲痛な笑み。
「普通の女は、人を殺した感触なんて知らないわ。血のむせ返るような匂いも知らない。殺した人間が恨み言を呟いて私を引きずり込もうとする夢なんて見ない。世の中が因果応報だって、本当なのね」
「セリス──────」
 ただ、セリスを強い女だと思っていた。将軍としての自分を捨てて、未来を見つめ新たな道を歩み始めた強い女だと思っていた。
「俺も、勘違いしてたよ」
 セッツァーは呟く。だからといって幻滅したわけではない。等身大の彼女が見れたことに、喜びを感じている。
「え?」
「いや、こっちの話。……そうだな。それが戦争とは言え、好きでやっていたわけじゃないと言えども、その事実が消えるわけじゃないもんな」
 セッツァーはため息と共に煙を吐き出した。何故かいつもより苦く感じる。
「ロックといると……そんな夢なんて見なかった」
「…………」
「私は、現実を見ようとしてなかったから。自分がしてきた事を忘れて、自分だけ幸せになりたいなんて思ってたの」
 泣き出すかと思ったのだが、彼女は泣かなかった。涙も枯れ果てたとでもいう表情で、セッツァーに微笑む。余りに痛々しい。
「誰でも、幸せになりたいと思うんじゃないのか? それが、生きてるってことだ。後悔もな」
「そうね」
 セリスは少しだけはにかんだ。
「だからって、それで、のほほんと幸せになんて、なれないよね……」
「あいつも、同じなんだろうな」
「え?」
「ロックだよ。昔の女を死なせてしまったことを引きずってんだろ? 似たもの同士だな。だからって傷を舐め合おうとはしない。相手のその部分を認めるのは、自分の考えていることの無意味さに気付かなきゃならねーから」
「………………」
 セリスは長い金の睫毛を伏せた。
「俺もらしくもない事柄に関わっちまったと思ってたけど、この空を、駆け回れなくなったら困るからな」
 それに、あんたがいる、その言葉をセッツァーは飲み込んだ。これ以上、セリスの心に負荷を与えることはできなかったから。
「ありがとう」
 セリスは小さく言う。
「ん? 俺は礼を言われるようなことはしてないぜ」
「でも、ありがとう」
「…………ま、人間、自分に正直に生きる方が正解なんじゃねーか。限度はあるがな」
 セッツァーはそう言って、来たときと同じニヒルな笑顔を浮かべて去って行った。

■あとがき■

なんだかなあ。微妙な展開ですかね。実は次話の下書きはできあがってるんですが、ゲーム本編とは違う展開に……。もしもシリーズ以外は、できるだけゲーム本編に沿った話にしたかったのですが……。これももしもシリーズの仲間入りですかね。ただ、「もしも○○だったら」と書ける程大仰でもないので、微妙です。そして、全然、切なくなりません。うーん、難しいです。 (03.6.21)

3

 ロックが、暗い気持ちで飛空挺ブラックジャック号に戻ると、仁王立ちのセッツァーが入り口の横に構えていた。怪訝そうに通り過ぎようとすると、前触れもなしに胸ぐらを捕まれ思いっきりぶん殴られた。
「んなっ……!」
 予想だにしなかったためもろに吹き飛ばされたロックは、呆然とセッツァーを見やった。
「ティナから聞いたぜ」
 セッツァーは片頬を歪めてあざ笑うように言った。
「セリスがエドガーを好きとか下らねーこと、言ったらしいな」
 怒りを含んだ口調に、ロックは睨み返しながら立ち上がる。
(くそっ、ティナの奴……。大体、何で俺がいきなり殴られるんだよ!)
「本気でそんなこと思ってるのか?」
 顎を上げて完全に喧嘩腰のセッツァーを、ロックは頬をひくつかせて見つめ返した。
「どうなんだ? 答えろよ」
 促されてロックは眉根を寄せた。
 答えられなかった。もしかしたら、本当は自分でもわかっていたのかもしれない。
「お前は、そう思い込みたいだけじゃないのか?」
 セッツァーの言葉が、ロックの胸に鈍く突き刺さる。
 表情を険しくしたロックに、セッツァーは追い打ちをかけるように言った。
「その方が楽だから、今のお前はセリスを受け止める覚悟もなければ、逆に傷付ける事しかできない。それが嫌だから、セリスがお前を好きだなんて認めたくない。そうだろ?」
「………………」
 ロックは唇を噛みしめ、俯くことしか出来なかった。違うと否定できない。全てがそうではないにしろ、その要素は多大……だと気付いてしまった。
「中途半端に苦しめんなよ! 好きだとしても言えねーならとことん隠せ! 大体なんだよ。昔の女の事なんか引きずりやがって。今、生きてる奴傷付けたら何もならねーだろーが!」
 憤りを隠さないセッツァーに、対するロックは静かに答えた。
「わかってるさ」
「あ?」
「俺が苦しめてるのはわかってる。そうじゃないと思いたくて、エドガーの事が好きだと決めつけた。それならセリスは幸せだから」
「お前っ、わかってんのに……!」
 セッツァーはもう一発殴ってやろうかと思う。
「じゃあ、あいつが今でも多くの人を殺してきた事を夢に見るってことだって知ってんだろ!?」
「……そう、なのか?」
 ロックは初耳であり、怪訝そうにセッツァーを見返した。
「お前には言ってねーのか……。心配、かけたくなかったんだな」
「…………」
「お前といると、その夢を見ないって言ってたのもあるかもしれないが。その夢を見るのは自分に与えられた罰だと思っているぞ。決してあがなえない罰だと。甘んじてそれを受けるべきだと。お前が決して振り向かないのも罰だからだと。あいつはずっと苦しんでんのに、お前、よく自分のことばっか優先できんな。過去の女がどーしたってんだよ。昔の女を幸せにできなかったら、今の女をその分幸せにしようとかねーのかよ」
「そんな風に割り切れるならとっくにそうしてるさ。だからセリスも俺なんかやめた方がいいんだ。前に進めない男なんか、忘れた方がいい」
「ふざけるな!」
 セッツァーは一喝した。ロックのそれは言い訳に過ぎない。前に進もうとして秘宝を探していたはずの男の言っていい言葉ではない。
「セリスはそんなことどーでもいいんだよ。ただ、お前の傍にいられれば、それでいいんだろ!」
 だが、ロックは力無く首を横に振っただけだ。
「もし、秘宝が見つかって、レイチェルを生き返らせた時、レイチェルが俺と居る事を望んだら……俺はレイチェルを選ぶよ」
 ロックの言葉に、セッツァーは唖然とした。珍しくも口をあんぐりと開けた間抜けな顔。暫くして口を閉じると、
「お前は、セリスより、そのレイチェルって女の方が大事なわけだ?」
 皮肉っぽく言った。だがロックはそのケンカを買いはしない。
「あぁ」
 諦め顔で頷くロックを、セッツァーはしばし薄めで眺めていたが、
「ほう? それなら仕方ないが、もしセリスを想っているんだったら、それはレイチェルって女に対して最高に失礼だって、わかってるよな」
「…………」
 わかっている。わかっていた。でも、セリスを好きになった今でも、ロックの心の中からレイチェルが消えたわけではない。
「俺にとっちゃ、世の中過ぎ去った事全てが運命だよ。これから起きることも終われば全て運命だ。結果論だろ? 死んじまったのは仕方ない。勝手に贖罪しょくざいで生き返らせて他の女を想ってる男と一生過ごさせるなんて、サイテーだぜ」
「…………」
 レイチェルを生き返らせると決めた時は、勿論そんなつもりはなかった。他の誰かに心惹かれるなんて想像もしなかった。だが今は、実際、セリスに惹かれてしまった。セッツァーの言っていることは当たっていやしないだろうか?
「お前の気持ちをすっきりさせるために、死者を弄んじゃいけねーよ」
 そんなつもりはないとは言えなかった。つもりなくとも、その通りかもしれなくて。
「誰しも過去に過ちを持ってる。それは絶対に取り返すことができない。皆、平等にだ! だからそんな後悔をしないように生きようとする。それが人間ってもんだろーが。どれ程深い後悔の淵にいようと、戻れはしないから享受しなきゃならない。戻そうとするなんて勝手すぎるんだよ。受け入れられるかどうかで、強くなれるかどうかが決まるんだぞ? もしここでセリスに死なれたらお前はどうするんだ? 悲しいけど仕方ないで済ませられるのか? レイチェルだけを想っていた前と、セリスを想っている今は違う。それに気付かないと、取り返しのつかないことになるぞ」
 一気に告げたセッツァーに、ロックは微妙な困惑顔で、
「あんたに諭されるとはね……」
 苦笑したけれど、内心は感謝していた。無論、言葉にするつもりはないけれど。

 

†  †  †

 

 夜、セリスの姿を求めて飛空挺内を彷徨っていたロックは、甲板でやっと求める人の姿を見付けることが出来た。
 肌寒いだろうに、セリスは船縁に凭れぼうっと夜の海を眺めている。
 何を見ているのか……無表情な横顔から漏れる虚しさが痛い。
 ロックが近付くと、足音に気付いたのだろうセリスが振り返った。
「……ロック……」
 その姿を認めて目を伏せる。表情の無かった顔に苦悩の色が浮かぶ。
「何、してるんだ?」
 ロックはできるだけ普通に、世間話を装って話しかけた。
「別に……何も……」
 セリスはどこかに隠れたいとでもいうように、身体を縮める。
 ロックは彼女が怯えないようにと注意しながら、彼女の隣に立って海を見た。
「呑み込まれそうだな」
 騒音を出さぬよう、高度を下げてゆっくりと空を翔ける飛空挺からの景色は暗い海一面。
「…………そうね」
 セリスは相づちを打ったが、切なそうに唇を歪めていて、生返事のようだ。
「俺といると、苦痛か?」
 随分とストレートに聞いてみる。セリスは驚いたように目を見開いてから、再び伏し目がちになり、
「そんなこと……」
 首を横に振った。サラリと彼女がプラチナブロンドの裾が揺れる。
「俺は、多分、ワガママなんだな」
「え?」
 唐突な言葉に、セリスは不思議そうに小首を傾げる。
「全て良いようになんて、有り得ない」
「──────」
 セリスは返事をしようか逡巡したが、
「大丈夫よ。きっと、成し遂げられる」
 優しく、願いを込めて言葉を紡いだ。
 彼女が言っているのは、きっとレイチェルの事だ。ロックは苦笑いして、
「二兎を追う者は一兎も得ず、セッツァーに言われちまった」
 そう漏らした。セリスは意味がわらからないのか、目をしばたたかせる。
「俺はいつも、その時、一番大事なことを見落としてる。一つの事に囚われて、他に目がいかないから」
「大事なことが何かなんて、その時には気付かない事もあるわ」
「まあ、な」
 ロックは再び苦笑いだ。何を、どう告げるか糸口を探っていても、うまくいかない。
 どうすれば、セリスに伝わるか。信じてもらえるか、自信が無かった。
「気づけたって、すぐに方向転換できないしな」
「不器用なのね」
 少しだけはにかむセリスが可愛らしい。
「───なあ」
「ん?」
 セリスは随分と穏やかな表情で、ロックを見た。ロックはそれを見るだけで救われた気持ちになる。
 照れくさくて再び海を見つめ、
「俺が……お前を好きだと言ったら、信じてくれるか?」
 告げると、セリスは目を見開いてから、困惑顔になる。
「何言って……」
「二度と、後悔はできないから」
「だって……レイチェルさんが……」
 セリスは苦しげに吐きだした。ロックは(やっぱりそう来るよな)と思って、苦笑をもらすしかない。
「でも、気付いちゃったんだよな。今、何が一番大切か」
「………………」
 セリスは不思議そうにロックを見た。
 そりゃそうだろう。昼間は「エドガーのことが好きなんだろ」と言っていたのだから。
 仕方なく、ロックは聞いてみる。
「でも、エドガーが好きなんだろ?」
「………………」
 セリスは答えない。ロックの言っている事がまだ信じられないから。
「それでも、俺の気持ちは変わらないし、エドガーに渡すつもりもないけどな」
 そう言ってにやりと笑ったロックは、どうしていいかわからない様子のセリスを抱き寄せた。
「! …………」
 驚いたセリスは身を固くしたが、
「ロ、ロック! 冗談はやめてよ」
 怒っているのか戸惑っているのか、ロックの腕から抜け出した。
 ロックの真意を探るように、彼を見つめるセリスの瞳が揺れている。
「冗談?」
 言いながら、ロックはセリスの手を取った。
「俺がこんな質の悪い冗談を言うと?」
 手首を捕まれて動揺しているセリスは、呆然とそれを見つめていた。
 ロックは引き寄せた剣を握るには白く細い手首に、そっと唇を寄せる。
 セリスはびっくりして、慌てて手を引っ込めた。
「な、何を……」
 セリスは相当混乱しているようだったが、ロックの熱の籠もった視線に貫かれ、身動きが取れない。
 大体、何故突然、こんな風に豹変するのか。セリスには理解不能なのだ。
「なんで……?」
「さあ? 結局、自分の気持ちに、嘘、つけなかったから、かな」
「……?」
 セリスは眉をひそめて訝しげにロックを見つめ返した。レイチェルを生き返らせたいという思いは……?
「お前は生きてる。そうだろ?」
「でも、あなたはレイチェルさんを取り戻したいんでしょう?」
 セリスが言うと、ロックは少しだけバツが悪そうな顔になる。
「確かに俺がレイチェルを死なせてしまった事実に対する罪悪感と後悔が消えることはないさ。 だけど、今、ここで自分に嘘ついて、もしお前に何かあったら、今度こそ俺は自分を許せない」
 真っ直ぐに見つめられて、セリスは胸が詰まって動けなかった。
「レイチェルの事に決着がつけられない限り、なんて、自分の気持ちを見ないフリしてきたけど、想いに嘘はつけないんだよ」
 ロックの手が、セリスの細い顎を捕らえる。セリスはそれが自分と遠い所で起こっている事のように呆然と見つめていた。
 全てが自分に向けられている言葉だという実感が無かった。
「過去は取り戻せない。だから、今、後悔しない道を選ぶんだ」
 ロックはセリスの顔から手を離すと、彼女をそっと抱きしめた。
「──────本当に、それで、いいの……?」
 セリスが恐る恐る尋ねた。あれだけ執着していたのに。
「後悔は消えないって言っただろ? 消えないからこそ、二度と後悔したくない。あの時間違えたのに、また間違えるわけにはいかない」
 それでもセリスは信じられないのか、潤んだ揺れる瞳でロックの真意を探ろうとしていた。
 全てを見透かそうとでもするかのようなセリスの視線に、ロックはフッと表情を緩めて、
「生き返らせるってことは、俺の罪を帳消しにしたいってことだ。罪は消せない。もう既に起きてしまった事だから。償うために、俺は自分の本当の気持ちと向き合うって決めたんだ」
 優しく微笑む。その微笑みが、今までのどんな時よりも柔らかく穏やかにセリスの心に響く。
 セリスは嬉しいのか何なのかわらかないまま、涙を一粒落とした。
「泣くなよ……」
 呟いたロックは、右手をセリスの頬に置くと親指で涙を拭った。
 そのまま彼女の顔を押さえると、ゆっくり唇を寄せた。
 セリスは反射的に目を閉じる。
 重ねられた唇は柔らかくて、ついばむ感触は優しくて、この間強引にされた口づけとは全く違うものだった。別人ではないかと思うくらいに。
「セリス───」
 口づけの合間に、ロックに喘ぐように名を呼ばれる。その度に熱い吐息が漏れ、絡み合う。
「お前だけを護るから」
 狂おしい程に求められてそのひたすらに真っ直ぐな想いに、セリスは心を覆っていた凍てつくような氷塊が溶かされていくのを感じる。
 その口づけがどれ位の時間だったかわらかないが、突然セリスを離すと、ロックは苦い顔でうめいた。
「くそっ……」
「……?」
 セリスが不思議そうに小首を傾げると、
「正直言って……」
 ロックは多少言いにくそうにしてから、
「今すぐお前が欲しくて、どーかしちまいそーだ」
 呟くと、照れたのかバツが悪そうに顔を背けた。
 セリスは一瞬何を言われたのかよくわからなかった。自分が言われることを想定したことなどなかったし、自分を女として見てもらえる事をもとより、そんな風に感じてくれる人が現れるなんて予想だにしなかったのだ。
 が、その意味がわかった途端、セリスは自分の頬がかあっと熱くなるのがわかった。耳まで朱に染めて俯く。
 その可愛らしい姿が、ロックにはまたたまらないのだが、
「別に急ぐつもりはねーよ」
 疼く下半身を必死で宥め、苦笑いした。俺もまだ若いなあ、なんてアホな事を思う。
「それを励みに、魔大陸から、無事に帰って来る」
「ロ、ロック!」
 セリスは恥ずかしそうに潤ませた瞳でロックを睨んだ。
「───ハハ、そういや、お前の気持ちも何も無視してたな……」
 ロックは頭をかいた。本当に前しか見えなくなってしまうのだ。好きな女の気持ちさえ考慮できないとは。
「さっきは渡すつもりはないって言ったけど、勿論、お前が嫌だっつーなら、少しは考えるさ」
 考えるだけらしい。諦めないかもしれないらしい。本当にそうだったら、一体どうするのだろうこの男は。
「……私は……」
 セリスは俯いたまま一生懸命思っていることを口にしようとする。
「ん?」
 ロックのこの尋ね方がセリスは好きだ。全てを許容してくれそうな聞き方だから。
「嫌じゃ、ないわ……」
 やっとのことでそれだけ言った。思っていること全てを口に出すなんて、心臓が口から飛び出てしまう。
「そか」ロックは微笑んだが、「本当は、私も好きって言って欲しかったけどな」案の定言われてしまう。
 セリスは更に顔を赤くして縮こまったが、ロックのジャケットの袖をギュッと掴んで、身体を震わせながら、
「私も………………………………………………」
 言いかけて恥ずかしかったのだろう。更に下を向く。ロックが苦笑いすると、顔を上げたかと思うとロックの耳に唇を寄せて、
「私もあなたが好き」
 小さく、消え入りそうな声で囁いた。
「くぅ~!」
 ロックは嬌声を上げながらセリスをぎゅっと抱きしめる。
「幸せにするからな」
 満面の笑みで、ありったけの想いをこめて、セリスに呟いたのだった。

 

†  †  †

 

 その後、世界は崩壊し、飛空挺ブラックジャック号も崩壊してロックは愛する者の手を離してしまう。
 仲間は散り散りとなり、二人が再会するのは一年半後。
 セリスにとってはショックな事に、死んだ者を生き返らせる秘宝のあるというフェニックスの洞窟でのことだった。

■あとがき■

涙をキスですくうのを書こうか迷ったあげく、ナシにしました。いえ、エドガーはやってもロックは無骨者&不器用なのでそんなことはしないかもしれない……などと思ったので。ちなみに私は余りキスと書きません。だって口づけの方がいやらしげでしょう?(っておい)
そして、いつになったら魔大陸に行くんだ!とか突っ込んではいけません。ええ、さ○えさんのごとく時が止まっているんです。きっと。そういうことにして許してください。本当はこれで完結でした。ですが、何故かあと1話だけ書こうと思いまして……。もう少しおつきあい下さい。 (03.6.29)

4

「結局、秘宝なんて探してるのか?」
 長い金髪を後ろで一つに束ねた海賊風の格好の男が言った。
「今になってたまたま情報が手には入ってさ。やっぱり、ちゃんと決着つけたいんだ」
 バンダナを巻いた男が答える。
「その気持ちはわからんでもないが。その決着ってのは、どいういうつもりでなんだ?」
 海賊風の男の疑問に、バンダナの男は複雑そうに酒を仰いだ。
 苦渋の表情で、呻くように言葉を吐く。
「彼女の生を奪ってしまったのは俺だから……勿論、それを取り戻したいっているのは俺の身勝手だけど。セリスを迎えに行く時に、何も気にしないで、罪悪感を持ったままなんてあいつにも失礼だ」
「もし生き返らせることができて、彼女が、お前といることを望んだらどうするんだ?」
 海賊風の男に言われて、バンダナの男は顔をしかめた。
「どっかのギャンブラーとおんなじ事言いやがる」
「おや、それは心外だね」
 海賊風の男はキザったらしく言う。
「ちゃんと話すよ。わかってもらう。今の俺は、あいつを大事にしたいんだ」
 バンダナの男は随分とすっきりした顔で言った。
「生を弄ぶつもりはないのに、勝手なことしてるさ。わかってる。でも、俺は……あいつが何も気にしなくていいように、ただ自分の幸せだけを望めるようにしてやりたいんだ」
「確かに勝手だな。だが止めはしない。お前が決めることだ。迎えに行くのか?」
「どこにいるのかもわからないけどな。必ずどこかで生きていてくれる」
「お前は強いのか弱いのかわらかないな。まあ、頑張れ、としか言えん」
「サンキュな。仕方ねえから、奢ってやるよ」
 バンダナの男はニヤリと笑って立ち上がった。
「じゃあな。お前の方、手伝えないけど、お前もしっかりやれよ。お・う・さ・ま」
 海賊風の男は苦笑いをすると、早く行けとでもいう風に手をひらひらと振った。
 バンダナの男は笑いながら酒場を出ていった。

 

†  †  †

 

 もう一度ロックと逢いたい、それだけを願い孤島を出た。
 だけど、彼はなかなか見つからず、風の噂では秘宝を求めているようなことを聞いた。
 何故……?
 セリスにはわからない。
 レイチェルのことはもういいのではなかったのだろうか。
 セリスを失いたくないから、レイチェルに拘るのをやめたのではなかったのだろうか。
 セリスと離れたら、やっぱりレイチェルを求めてしまったというのか───。
 ぐるぐると余計なことを考え、セリスは沈んだまま浮上できない。
 今日も、飛空挺でフェニックスの洞窟に向かっているところだというのに……。
 仲間の手前、何でもないフリをしている。本当は行きたくなどないが、気にしていると思われるのも癪なのだ。
 部屋で一人、ため息をついていると、扉が鳴った。
「俺だ。入るぞ」
 セッツァーだった。いつもと変わらぬニヒルな笑みで、部屋に入ってくる。
「どうしたの?」
 セリスは笑顔で尋ねたつもりだったが、
「無理すんなよ。気付いてないとでも思ってるのか?」
 すっと真面目な顔になったセッツァーに言われ、セリスはハッとして俯く。
「きっと、会えるぜ」
「………………」
 セリスは答えられない。
 逢いたい。でも、逢うのが恐い。
 フェニックスの洞窟にいるということは、レイチェルを生き返らせるためだから。
「あいつが……何を考えてるかなんて俺にはわからねえ。誰にもわからないだろう」
 セッツァーはまだ言葉を続けようとしたが、
「大丈夫。人の心が変わるのは仕方がないことだわ。辛いけど、でも、笑顔で迎えたい」
 遮ったセリスの言葉に、セッツァーはフッと笑みを漏らす。
「強いな」
「え?」
「お前、本当にいい女だよ」
 満面の笑みで言われ、セリスは赤面してしまう。
「俺にしとけって言いてえところだが、弱みにつけこむような事はさすがにしたくねえからな。ま、お前に辛い思いをさせた分、またロックを一発ぐらい殴るか」
「セッツァー!」
「ん? 俺は冗談は言わないぜ」
 セッツァーは笑って部屋を出て行った。
「しかも、またって何よ……?」
 セリスは苦笑いで首を傾げた。

 

†  †  †

 

 今のパーティーではとても立ち向かえないと、何とかレッドドラゴンを避けて、一行は洞窟の再奥へと進んだ。
 たぎる溶岩で、洞窟の中は異様な熱気だ。早く済ませないと干涸らびてしまうだろう。
 二手に別れていた8人は合流し、フェニックスが待ち受けているはずの場所へと足を踏み入れた。
 大きな岩のホール。
 だが、そこにはフェニックスの姿はない。
 架け橋を渡ると、岩の台座に一つの魔石が乗っていた。
「フェニックスは既に……」
 エドガーが呟く。
「そんな……」
 ティナも呆然とする。
 セリスは複雑な気持ちでそれを見ていた。
 その時───
 突如、上から人が降ってきた。正確には途中までロープがあって、そこから飛び降りてきた。
「!!!」
 その人物に一行は固まる。
 降りてきた本人も、目を丸くしている。
「ロ、ロック!」
 8人が声を合わせて叫ぶ。
「みんな……来てたのか」
 ロックは困ったように頭をかいた。
「お前がいるかと思ってな」
 エドガーが言うと、ロックは更に複雑そうな顔になった。
「まあ、とにかく……その魔石を手に入れればいんだろう?」
 エドガーに言われて頷いたロックは、ごつごつした岩のくぼみにあつらえたようにぴったり填っている魔石を手に取った。
「……ヒビが……」
 ロックの呟きに、仲間がわらわらと集まる。
「本当だ」
「これじゃあ……」
 言いかけてマッシュが口を閉じた。
「まあ、試してみればいいじゃないか」
 エドガーがロックの肩を叩く。やけにロックに優しいのは何故だろう?
 ロックは黙って魔石をバンダナに包むと、
「行って、くれるか?」
 飛空挺の持ち主セッツァーに聞いた。
「ちっ、仕方がねえな」
 セッツァーは嫌そうだったが、二つ返事をした。

 

†  †  †

 

 飛空挺はコーリンゲン近辺で羽を休めている。
 ロックは地下室のある家へ行っている。レイチェルを生き返らせるために……。
 セリスは落ち着かない気分で、飛空挺の周りをうろうろしていた。
 コーリンゲンの村までは10分だ。
 気になって仕方がない。でも、自分が行ってどうなるというのだろう。
 ショックを受けるのが嫌だ。
 どうにもならないモヤモヤを払拭できないでいると、
「浮かない顔だね。また勝手に決めつけているのかい?」
 飛空挺から出てきた人物がいた。エドガーだ。
「勝手にって……」
「ロックがやっぱりレイチェルを愛していたんじゃないか、そう思ってるかい?」
「…………」
 図星なので、セリスはばつが悪くて俯いてしまう。
「だって」
「まあ、当然だよね。だけど、奴の気持ちがそんなに簡単に変わってしまうと思ってるのかい?」
「そんな風に考えてるわけじゃないけど、でも、『私のこと好きだって言ったじゃない』とか言って修羅場を演じたりしたって、ロックを困らせるだけじゃない。そんな馬鹿なことしたくないのよ」
 セリスが言うと、エドガーは肩をすくめた。
「たまには馬鹿な女を演じる時も必要だよ。聞き分けがよすぎる女も、少し物足りないよ。まあ、私には、だけどね」
 エドガーらしい物言いに、セリスは苦笑いで、
「ありがと。……行って、みるね」
 告げると、コーリンゲンの村まで歩き出した。
 エドガーは背中を押してくれたけど、歩いているうちに、やっぱり不安になってくる。  気が付くとコーリンゲンの村の前まで来ていたので、結局迷いながらも、問題の家まで行ってみる。
 窓からちょっと覗いてみたけれど、勿論地下室までは見えない。階段の先、地下室の入り口はドアが閉まっているだろうから何もわからない。
(ああ、私何やってるんだろう)
 自分が情けなくなる。大人しく待っていればいいのだ。
 ワガママになんてなれない。なれるわけがない。嫌われたくないから。
 レイチェルを連れて戻ってくるだろう彼に、「良かったね」そう笑顔で言えばいいのだ。
 自分はそうできる。感情を隠して振る舞える。それに慣れていて良かった。
 ロックを苦しめちゃいけない。
 彼は優しいのだから……

 

†  †  †

 

 レイチェルは戻らなかった。
 彼女が、ロックを許し、セリスとの事を認めてくれたことがとても嬉しかった。
 本当はもし生き返ったらレイチェルを傷付けることになる。そう不安に思っていた部分もあった。それだけが後ろめたい。だけど、これは自分の弱さだ。罪拭いたさに悪戯にレイチェルの生死を辱めようとしたことは事実だ。結果、うまく収まったとしても……。
 結局、俺のしたことは全て自分のためだ。レイチェルを死なせてしまったことを贖うのも、セリスに正面から向かい合いたいというのも、自分のためだ。
 人は皆、自分のために生きている。どんな聖人だろうと、全て自分のために行動している。それが人間の根本だとしても、自分を浅ましいと思う。
 だからといって、自分の幸せを捨てる気はなかった。
 セリスを幸せにしたいのだ。自分が。自分のために。
「ケフカを倒したら、ちゃんと葬ってやるからな」
 言い残したロックは、地下室を後にした。

 

†  †  †

 

 もんもんとしながら、結局、ずーっとレイチェルが眠る家の前にいたセリスは、突然ドアが開いたので思わずぴしっと背筋を伸ばした。
 恐る恐るそちらを見ると……ロックだ。
「セリス……」
 セリスがいたことに驚いた顔をしてドアの所に立ち尽くしているロックに、セリスはにっこり微笑んだ。
 本当は何か言おうとしたのだが、咄嗟で言葉が出てこない。
 一方、突然微笑まれたロックは、訝しげに眉をひそめたが、すぐに真顔に戻ると、
「逝ったよ」
 ホッとしたようにはにかむ。
「……え?」
 セリスは今、自分が聞いたことが信じられず、聞き間違いかと思う。
「俺が、今、セリスを好きだって事も、あいつはちゃんと知ってたよ」
 ロックが続けた言葉は既に耳に入っていない。
「生き返らせられなかったの?」
 セリスが呆然と尋ねると、ロックは苦笑いで、
「フェニックスの力はそこまで残ってなかった。最後の力で、話をさせてくれたんだ。でも、話せてよかったよ」
 悔いなど微塵も残らない晴れやかな表情。
 なんだかセリスは拍子抜けした気分だが、でも、と思う。
「本当にそれでいいの……?」
「え?」
「勿論……生き返らせることができなかったのなら、彼女を想っていてもどうにもならないけれど……」
 付け足すと、ロックはムッとする。
「どうしてそういう事を言うんだ?」
「だって……」
 セリスが拗ねたような子供のような表情をすると、ロックは「仕方ないなあ」とでもいった顔で、
「悪い、不安にさせたな」
 そう言って近付くと、セリスの頭をぽんぽん叩いた。
 なんか誤魔化された気がする。
 セリスが少しだけ腑に落ちない気がしていると、
「えと……」
 ロックは少し躊躇ったのだが、セリスを抱き寄せると囁いた。
「約束、覚えてるか?」
 セリスは記憶を辿る。そういえば……まさか……。
「……ど、どの約束?」
 そんなにたくさん約束した覚えなどないのだが、とりあえず聞いてみた。
 ロックは少し顔を離してニッコリ微笑むと、
「後で、ちゃんと教えてやるよ」
 そんな意地悪を言った。
 セリスの顔が真っ赤に染まる。
「…………………………い、イジワル」
 瞳を潤ませて睨むセリスが可愛くて、一つ、口づけを落とすと、
「大丈夫だって。優しくするから」
 ロックは更にそんな事を言って、セリスは耳まで顔を真っ赤にしたのだった。

 恋人達の夜は、きっと長い───

 

・ fin ・

 

■あとがき■

なんか、思っていた展開通りのはずなのに、切なくなくなってしまいました。心待ちにした方、すいません。ただ、少し設定が違うとはいえ、セリスストーリーでも書くことになる場面(全部がそうなので大変です)なので、重複しないように気をつけました。(書くのはすっごい先なので、それまで覚えているか……不明です)。
本日は、たまたま市役所に行くので会社を休んだので、アップです。えへ。

 05年9月15日、完全CSS化に伴いタイトルをロゴにし、体裁修正しました。ブラウザOPERAでも背景画像が見えるようにフィルタ(IEで透過できる機能)を解除したため(ネスケはスタイル名の頭を数字にすることで自動解除という裏技がありますのでOKだったのです)、4話目は少し読みづらくなりましたが許してください。 (03.7.2)

【この頁で使用させて頂いた素材サイト様】 ClipArt:●