恋心


「ティナ、どうした?」
 コーリンゲン近い草原に停まっている飛空艇の甲板で縁に凭れているティナに、エドガーが近付いてきた。
 振り返ったティナは首を横に振って、
「ロックとセリス、幸せそうだなあって思って」
 そう呟く。ティナの視線の先には、手を繋いで草原を歩く二人の姿があった。
「そうだな。……二人とも幸せになるべきだった。うまくまとまって良かったよ」
 エドガーは肩をすくめる。最初にセリスに忠告した時から、心配だったのだ。案の定色々あったが、結局はうまくいったらしい。ロックがセリスに惚れていることに気付いた時は、正直驚いたが。
「……恋をするって、どんな気持ちなのかしら?」
 ぽつり、呟いたティナに、エドガーはギョッとする。心臓が止まったかと思った。
「どうしたんだい? 急に」
 平静を装って尋ねる。そんな疑問を持ったのは感受性が育ってきたからだろうか。
「わからないけど。好きにも色々あるんでしょう?」
「…………そうだね」
 ティナが振り向くと、エドガーは儚げな笑みを浮かべた。それを見たティナは不思議そうに小首を傾げる。
「エドガーは恋をしたことって、あるの?」
「一応ね」
「どんな気持ち?」
「難しいことを聞くね。言葉ではうまく説明できないな。どんな気持ちだと思う?」
「わからない。リルムは『甘くて切ない』って言ってたけど……」
 ティナは無垢な表情でエドガーを見る。そう答えたリルムは恋などしたことがあるのだろうか?
「確かにそれもある。だけど、言葉で言いきれないほど様々な感情を持つんだよ。一つ言えるのは、その相手だけが特別ってことか」
「特別……」
 ティナは口の中で繰り返し、エドガーを見上げた。
「その人だけが輝いて見えるような感じ?」
 そう聞かれ、エドガーは面食らう。聞かなくてもわかっているじゃないか、と。
「そんな感じだ」
 苦笑いを浮かべたエドガーは、何故か困ったような顔をしている。
「もしかして、そんな風に感じる相手がいるのか?」
 そう尋ねると、ティナは首を傾げてからゆっくり頷いた。
「それは……幸福な男だな」
 いつもの優雅な笑みを浮かべたつもりのエドガーだが、多少頬が引きつっている。
「どうして幸福なの?」
 ティナの疑問は尽きない。
「君に想われるなんて、幸福な男だよ」
 エドガーは自嘲するように言った。
「その人が、私を想ってくれないのなら、意味がないものなのでしょう?」
 二対の鮮やかなエメラルドの瞳に影が差す。
「意味がないわけではないよ。想うことに意義があるしね。だけど、相手も想ってくれたなら君は幸せになれる」
 ようやっといつもの口調に戻れたエドガーは言った。自分の感情など全て押し殺せばいいと思う。今までと同じように。自分は王なのだからと、全てを我慢してきたように。
「……あなたは、誰かを想うの?」
 ティナの透明な視線がひどく眩しい。
「私は……」
 エドガーは視線を彷徨わせた。その質問には答えたくなかった。惨めになる。
「あなたはその想う人以外の女から想われたら、迷惑? いつも軽口を叩いてるようなのじゃなくて、本気だったら、迷惑?」
 縋るようなティナの瞳に、エドガーは違和感を覚える。
「いや、迷惑ではないよ。答えられないけれどね」
「そう……」
 ティナはホッとしたようにはにかんだ。
「君の想い人は誰か別の人を想ってるのか?」
「え? ……わからないわ、よく。誰にでも優しいから」
 少なくともロックじゃないらしい。もしそうだったら、余りにもティナが可哀想だとエドガーは考える。
「いつから、そんな風に?」
「それもよくわからないの。気付いたら……」
「そういうものかもしれないな」
 エドガーは苦い笑みを零した。自分の気持ちだって、いつという明確な時などわからない。
「答えられなくてもいい。迷惑でないのなら、想っていても、いいのよね?」
 そう尋ねられ、エドガーは首を傾げる。
「あくまで私の場合であって、万人に共通の認識では……」
 言いながら違和感が強まってティナを見た。
 ティナは不思議そうな顔をしている。
「私が想っていても、構わないのでしょう?」
 そして言った。エドガーは高鳴る鼓動を無理矢理押さえ、
「誰を?」
 とにかく平静を装って尋ねる。ティナは再び首を傾げ、
「……? あなた以外に誰がいるの?」
 更に不思議そうにした。
「………………」
 エドガーは右手で額を押さえ、そして突然笑い出した。
「えっ、な、何がおかしいの?」
 ティナは泣きそうになって狼狽えた。
「いや……すまない。私は大きな勘違いをしていた」
 エドガーは緩んだままの顔でティナを見た。
「なにが?」
「君が一人で想っている必要などない、ということだ」
 そう言うと、ゆっくり手を伸ばす。
 ティナはやはり不思議そうに、エドガーの動きを目で追っていた。
「君は、私を想ってくれるのか?」
 優しい、優美な笑みで尋ねられ、ティナは恥ずかしそうに目を伏せて頷いた。
 エドガーの大きな手が、ティナの翡翠色の髪をそっと撫でる。
「……私は、人生で一番の宝を手に入れられそうだ」
「宝?」
 ティナにはまだわかってないらしい。
「ティナ、私は君を想っているよ。随分前から」
 柔らかく微笑みかけられ、ティナは目をぱちくりさせた。
「……え?」
「君が、好きだと言ったんだ」
「……ええっ!」
 ティナは驚いて呆気にとられていた。エドガーが自分を好きになる可能性なんて考えたことが全くなかったのだ。
「私自身が望む何かを手に入れられたことなどなかった。……君を逃がしはしないぞ」
「ど、どうして……」
 ティナはまだ思考がついていかない。
「理由なんぞない。そういうものだろう?」
「本当、なの?」
 自分を見上げた瞳の輝きに、エドガーは眩暈を起こしたくなる。
「本当だ。どうやって諦めようかと悩んでいたところだったんだ。諦めずに済むとは……」
 微笑んだエドガーは、ティナをその胸に引き寄せた。
「君に出会えたことは、私の人生で一番の幸福だろう。君が生まれてきてくれて、本当に、良かった」
 この時のエドガーの言葉を、ティナは一生忘れないだろう。
 恋を教えてくれた、恋を叶えてくれた彼の、心に響く贈り物を。

 

・ fin ・

 

■あとがき■

 10月18日ティナ誕生日記念フリー創作!
 なんだか三人称だけど微妙にエドガー視点になってる気が……。主人公はティナのつもりだったのに。
 日記に書いた通り書き直したもの。元々書いた奴はそのうちアップするでしょう。ちゃんと完結したら。半分で書くのやめたので。
 ラブラブを目指してみました。しかし未消化って感じ? 未満な甘さ。初々しい感じ。なんかエドティナって難しいんです。元々ゲーム中にそういう色ゼロだし。ティナがどうしてエドガーを好きになるのか私にはわからない……(じゃあ書くなって感じ? あはは。でもいいんです。好きなカップリングなんです。いくつも書いているうちに、ロクセリみたいにハードな話になってくかも……?
 でも誕生日フリーなのに誕生日と関係ない……。まあ、許してください。来年は誕生日ネタにします。毎年あるんだしね。
 もし自分のサイトに持ち帰る方はこちらをお読み下さい。 (03.10.18)

 

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