ユルルルル………
シュルルルルルル………
どこか聞き覚えのある音に、ロック、セリス、マッシュの三人は顔を見合わせた。
「これって……?」
嫌な予感を覚えると、
ギュオーン!
甲高い鳴き声が上がり、白い巨体が姿を現した。
「ホーリードラゴン……」
ロックは唇を歪める。
聖なる属性を持ちながら、魔に魅入られた白竜。虹色の光を纏う白い鱗に覆われた肢体。青銀の瞳は、禍々しい光を宿して3人を見つめている。あの音はホーリードラゴンの鼻息だったのだ。
ここは獣ヶ原。ガウを探しにやって来た。
「世界中の魔物が集まるってのは聞いていたが、ホーリードラゴンまでいるとは……」
マッシュが唸る。
連発されるホーリーと繰り出される鋭い爪から身を守りながら戦わなければならない。他の雑魚とは比較にもならぬ強さだ。
「彼方より来る力 導いて紡ぐは守護の唄
天つ光の衣 纏いて 三闘神の力より隠さん シェル!」
セリスが声高に叫ぶと、3人の身体を不可視の膜が覆った。魔法攻撃によるダメージを軽減する魔導だが、あくまで軽減であり持続時間も限られている。長引かせたくはない。
ロックが前に出てアルテマウェポンを振るう。
セリスはエクスカリバーを操りながら、魔封剣を使い、ホーリードラゴンの魔法を吸い込むと、直後、魔法を放つ。
マッシュが必殺技を繰り出すまでの時間を稼がねばならない。
呼吸法を繰り返し、気を溜めているマッシュを守りながら、ロックとセリスはホーリードラゴンを翻弄する。が、決定打にはならない。
瞑想のように閉じていたマッシュの瞳がカッと見開かれると、二人は素早く後方へ下がった。
「夢幻闘舞!!!」
先日、師ダンカンから皆伝されたばかりの最強の必殺技だ。その名の通り、華麗に舞いながら無数の拳を敵に打ち込む。
それで倒せるかと思ったのだが、一瞬ぐったりとしたホーリードラゴンは、次の瞬間、尾を振り上げた。
「危ないっ!」
咄嗟にロックは叫ぶことしかできなかった。
反応の遅れたセリスを助けたかったのだが、ドラゴンを挟んで反対側にいたため、どうあっても間に合わなかった。
マッシュが素早い反応で、セリスの腰に太い腕を巻き、後退した。
ドシンっ!
空振った尾は、地響きを伴って地を打つ。
ロックはホッとしたが、マッシュに抱かれていると小柄に見えるセリスが、面白くない。自分ではああはいかなかったかもしれない。セリスが重いとは言いたくないが、身長があり小手やプレストアーマーも決して軽くない。ああ易々と持ち上げられなかっただろう。仕方のないことだとしても、彼女を守るのはいつでも自分でありたかった。
ロックは、せめて敵を引き付けようと思ったのだが、気付かぬ内にホーリードラゴンの呪が完成していた。
「しまっ……」
セリスの魔封剣ももう間に合わず、
「ぐっ!!!」
ロックはもろにホーリーを喰らってしまった。
「ロック!」
セリスが悲鳴に近い声を上げた。
突如身体を襲った衝撃に、一瞬意識を失ったロックだが、なんとか膝を着いて立ち上がろうとする。
「ケアルガ!」
セリスの呪文に、柔らかい木漏れ日のような輝きがロックに降り注いだ。
「サンキュ」
はにかんだロックは照れくさそうにセリスに言うと、剣を真横に構えた。
マッシュが一人でホーリードラゴンの気を引いている。セリスは既に魔封剣に入っていた。
ロックは左手を刃の腹に添え、ゆっくりと詠唱を始めた。
「彼方より飛来するは宇宙の塵
魔に魅入られし者に降り注げ! メテオ!!」
呪が結ばれると、空が翳った。
3人はできるだけ後退したが、小さいとは言え隕石による衝撃はすさまじく、思わずロックは片膝を着く。
舞い上がった粉塵がおさまると、小さなクレーターにホーリードラゴンの姿はなかった。
† † †
「はあっ……」
大きな溜息の後に、ロックは一人ごちた。
「情けねーなぁ」
と。
セリスに情けない姿を見せたと、めっさ気にしているのである。セリスはロックを情けないなどと感じなかったと思われるが、そんなことロックには関係ない。
誰もが万能ではなく、向き、不向きがある。魔物相手でも同じことだが、それでも情けない。
あの後、クレーターのど真ん中からガウが飛び出してきて、すぐに飛空挺に戻ったわけだが……ロックは一人、甲板でたそがれていた。
そこへ突然、
「どうした? 浮かない顔で」
さわやかな笑顔をまき散らし(愛想がいいのは女にだけじゃないらしい)エドガーがやってきた。
「べっつに~」
ロックは上の空で答え、再び、
「はぁ……」
溜息をつく。
「ため息をつくと幸せが逃げるぞ」
呆れたような笑みで、年寄りのような迷信を口にしたエドガーを一瞥し、
「お前はいいよな……」
ロックは呟いた。このフェミニストな王様は、なにやら最近ティナといい雰囲気なのだ。
「ふむ、話してみたらどうだ? 溜め込むよりすっきりするぞ」
エドガーは試しに言っただけだったのだが、ロックは考えもせず答えた。
「大したことじゃねーんだ。……本当はさ、全て終わってから伝えようとかと思ってたんだけどさ、なんか、待ってらんなくってな」
ロックは頭をかきむしる。
「何がだ?」
「……セリスは……俺のことどう思ってると見る?」
言いにくそうなロックの問いに、エドガーは納得したように、
「ああ、そのことか」
頷いて続けた。
「どう思ってるも何も……お前のことが好きなんじゃないのか?」
「なんかさぁ、魔大陸に行く前は通じ合えたように思えたんだ。でも、なんか今ってよそよそしいんだよな」
ロックはもう何度目になるかわからないため息を吐き出す。
「自分で思い当たるフシはないのか?」
含むように言われ、ロックは肩眉をぴくりと上げ、
「レイチェルを、生き返らせようとしたこと、か?」
今まで以上に盛大な溜息。
エドガーは、大分参っている様子のロックに苦笑いで、
「まあ、あの行動だけ見れば、お前はレイチェルを忘れられないと普通解釈するだろうな。生き返らなかったからといって、他の女に乗り換えられるタイプの男でもないしな」
少しばかり嫌みを言ってやる。ロックは渋い表情で、
「俺は、レイチェルを愛していたから生き返らせたかったわけじゃない……。利己的だけど、何もせず諦めたら、自分の不甲斐なさが許せずいつまでも前に進めない気がして……」
吐き出した。
「一体、生き返ったらどうするつもりだったんだ?」
エドガーは呆れ顔だ。多少、自分勝手だとは思っていたが、自覚していたとは。
「え? どうって別に……俺が今好きなのはセリスだってちゃんと話すさ」
「ふん。だったらセリスにそう言えばいい」
エドガーは他人事だからかあっさりと言う。
「わかってる! だけど、改めて言うおうとしてもタイミングが……」
皆がいる時は勿論言えない。彼女を散歩なんかに誘おうとしても、セッツァーに邪魔される。
第一、彼女自身がロックと二人になりたくないように見えた。運良く二人きりになれることもあるが、適当な用事を言い訳に逃げられていた。
「確かにタイミングは大事だな。では、私がお膳立てしてあげよう」
名案とばかりに、手の平を拳で打ったエドガーに、ロックはいや~な顔をする。
「すっごく遠慮する! 他人に頼りたくない」
特にエドガーのお膳立てなど、想像するだけで恐ろしい。
「うかうかしていると、他の男に持って行かれるぞ。マッシュとかな」
ぐさり。痛い言葉が容赦なくロックに突き刺さる。
マッシュは男女問わず誰にでも優しく平等で人畜無害だ。だからセリスを特別視は微塵もしていない。
しかしセリスは、マッシュの前だとくつろいで見える。彼に下心がないからか、孤島を出て最初に出会ったらしいから長く一緒にいるからか……。マッシュにその気がなくとも、セリスは惹かれているという可能性はある。
黙って考え込んでしまったロックに、
「セリスはそんなに強くない。好きならば、しっかり捕まえておくべきだ、と私は思うがね」
そう言い残し、エドガーは船室へ下りて行った。
「頭じゃわかってるっつーの。俺だってわかってんだよ。だけど、俺の気持ちがあいつの重荷になれるかもしんねーって思うとよ……。言えなくなっちまうんだ」
ロックは一人、遠くを見つめていた。
■あとがき■
アオゥルさん9000hitキリリクです。『(エドティナ前提)自分の思いを伝えられないロックがエドガーに相談、 同じくセリスもティナに相談』にお答えします。申請が後だったので、順番前後しましたが、ご了承下さいね。
エクスカリバーは女神を倒した後でないと手に入らないんですが、その辺はまあ、許してください。ロックはアルテマウェポン、セリスはエクスカリバー(二刀流)、ティナはナグナロク、っていうのが私的定番なもので……。更に、魔封剣ってメテオは吸収できなかったはず……ですよね? もし違っていたらすみません。
珍しく戦闘シーンを入れてみました。戦闘シーンも書くの苦手だけどね。何事も挑戦、ということで。せっかくFF6はRPGなんですし……。ねえ? (03.10.31)
今日はセリスもティナも休息日だ。仕事を滞らせすぎたエドガーにつきあって、フィガロ城にいる。
他のメンバーは瓦礫の塔へ調査に行っている。乗り込む前に入念な打ち合わせをするためだ。
3時のお茶に誘おうとティナを探していたセリスは、エドガーの執務室から彼女の声が聞こえた気がして、何気なく扉の前に立った。
そしてやはり何気なく、開いていた3cm程の隙間から、とんでもない(?)ものを見てしまった。
それは、ティナとエドガーが交わす親密な口づけだった。
このところ二人の仲が急接近中なのは公然の秘密だが、あ、あんなキスをする程の仲だなんて……。
セリスは呆然として、思わず触れないように気を付けていたはずの扉を押してしまった。引き戸のため、バタン! ドアが閉まる。
(どうしよう? 逃げる、わけにはいかないわよね)
おろおろしていると、扉が開きエドガーが顔を覗かせた。
「……やあ、セリス」
「……ドアはぴっちり閉めておくべきよ。それともわざと?」
セリスはニッコリ笑ってそう言った。動揺していることを他人に悟られるのは誰だって嫌なものだ。
失笑したエドガーは、肩をすくめ答えた。
「今度からは気をつけるよ。ところで、何か用かい?」
「ティナをお茶に誘おうと思ったんだけど、別にいいわ。邪魔してごめんなさい」
セリスが苦笑いしてこたえると、
「いや、私もまあ仕事が溜まってる。なかなか城に戻れなかったせいでね。どうしても私がせねばならぬ仕事というのが少なからずある。大臣にばかり苦労をかけてるよ」
エドガーはそう言って、部屋の中を振り返った。
「ティナ、セリスがお茶だそうだ」
「うん」
ティナは照れもせず、普通に部屋から出てきた。セリスだったら恥ずかしくて顔を見られたくないだろう。キスすらしたことがないのが実状だが……。
† † †
二人は客室のテラスでお茶をすることにした。
女官の用意してくれたティーセットを挟んでテーブルで向かい合う。
先程見てしまったキスシーンのせいで、なんだかセリスはティナを直視できない。
「あの……さっきはごめん」
セリスが言うと、ティナは首を傾げた。
「?」
セリスは心持ち頬を上気させ、
「その、さっき、キ、キスしてるところ見ちゃったから……」
小声で言うと、ティナはまだ不思議そうだ。
「照れとかないの?」
セリスが尋ねると、ティナは、
「どうして?」
と言う。
「ううん。私だったら恥ずかしくてどしていいかわからないだろうから。この先キスなんてできる機会ないだろうけど」
「ロックは?」
ティナに言われて、セリスは耳まで真っ赤に染まる。
「別に、ロックは仲間だもの。そんなことあるわけないわ」
必死にとりつくろうとしたが声が震えてしまい、弱気な小声にしかならなかった。
「え? 恋人じゃないの?」
ティナはキョトンとする。
「まさか! 彼にはレイチェルさんがいるじゃない」
セリスはわざと明るく言った。
「でもレイチェルさんはもう……」
「死んでいなくなったからといって、想いが消えるわけじゃないわ」
セリスがはにかむと、ティナは透き通った翡翠の瞳を伏せた。
「……全てが終わったら、ティナはエドガーと結婚するの?」
話題を変えようとしたセリスの言葉に長い睫毛を震わせたティナは、小さく首を横に振った。
「多分、そういうんじゃないと思う。エドガーが何を考えているのかはよくわからないけど、私と結婚とかそんなことを考えているようには思えないわ。私を好きだと言うけれど、本気だとは思えないの。他の人を誉める言葉とどこが違うのかわからない」
ティナの言葉に、セリスは目を見開く。
「何故? エドガーはそんなにいい加減な人じゃないと思うけど」
「社交辞令との差がわからないわ」
ティナは暗い顔で溜息をもらす。
「で、でも、キスは特別じゃない? 世辞や挨拶とは違うわ」
なんとか彼女を慰めようと言ったが、
「わからない……何もわからないの。でも、いいの。受け入れるしかないから」
「エドガーが好きなのね。なら、確かめるべきよ」
セリスは至極まっとうなことを言ったつもりなのだが、
「セリスは? ロックを好きなんじゃないの?」
そう切り返されてしまった。
「私は……」
逆にセリスが俯くと、ティナは更に言う。
「セリスこそ言わないの?」
「…………ロックは私にすごく気を遣ってる。きっと罪悪感があるのね。今以上にすまなそうにされたら嫌だもの」
セリスは首を横に振った。
「私だって似たようなものよ。確かめたら突き放されるかもしれない。それなら確かめなくていいの。例え、あの人の気まぐれでもいいの」
そこまで言われると、それ以上は何も言えなかった。
† † †
夕方になり、戻ってきた仲間達の報告を聞きながら夕食を終えると、セリスは一人、星を眺めていた。
余計なお世話かもしれないが、エドガーに直接聞いてみるつもりだ。
もし、いい加減な事を言ったりしたら、絶対に! アルテマをお見舞いしてやろう。
色々考えていると、ポテポテと足音がした。この足音は、リルムに間違いない。
振り返るとやはりリルムだった。出会ったから2年経った今も、身長は余り伸びていない。口はマセているが、いつまでも幼い容姿だ。
「どうしたの?」
セリスが首を傾げると、
「あたしって、子供、だよね」
リルムは拗ねたように呟いた。12歳はどう考えても子供だろう。
「早く大人になりたい?」
苦笑いを浮かべたセリスは、そう聞いてみた。
「そういうんじゃないけど……」
リルムは俯いて、小さな声で尋ねてきた。
「ねえ、セリス。キスってどんな味? 甘いって本当?」
唐突な質問に、セリスは、そりゃもう、びっくりする。
何だか今日は、キスに縁のある日だ。
「さあ? 私には縁のないものだから……」
肩をすくめて答える。
普通の少女なら興味を抱くことなのだろう。あいにくセリスは、自分の心の中で興味がないフリをすることができる。自分の心をコントロールする術を身に着けてしまっていた。
「え? そうなの?」
何故かリルムはびっくりしたようだ。
「ロックって真っ直ぐだし情熱家でしょ? 堪え性なさそうだし、キスなんてとっくだと思ってた~」
ホッとしたように言った。ひどい言い様である。
「恋人相手だったらそうかもしれないけど、別に私は関係ないでしょ。それよりどうしたの? 急に」
「ううん。さっき、ティナとエドガーがキスしているところ見ちゃったから……」
リルムは言う。あの2人は所構わず、なのだろうか。情操教育にいいとは言い難いが、それに関しては口出しするようなことではない。というよりは、ひがみだと思われたくなかった。
「エドガーにも困ったものね」
セリスが呆れた時だった。
「なんの話してんだ?」
ロックがフラフラとやってきた。
「あ~、ロックだ! どうしたの?」
リルムはぴょんっ、と飛び跳ねる。
「いや、煙草吸いに来た」
カチン、と鳴らしてジッポで火を灯し、煙草を吸いこむ。
「ふ~ん。ま、いいや。あたしはもう寝るね。子供だから」
きしし……と笑ったリルムはスキップで城内に戻って行った。
「私も」そう言って帰ろうと思ったのだが、
「エドガーの何が困ったんだ?」
先に話しかけられてしまい、戻るタイミングを失ってしまった。それならこの際だから、ロックに相談してみようか。
「ティナのことよ。ティナはエドガーの気持ちがわからなくて不安みたいだから」
そう言って顔を上げてしまったと思う。ばっちりロックと目があった。たまらなく恥ずかしい。意識してしまうのが、自分でもすごく嫌だった。
視線を逸らし俯いたものの、ついロックの唇で目が止まってしまった。薄くて形良い桜色だ。
どんな心地なんだろう、そんなことを考えている自分がいて、セリスはこのまま逃げ出してしまいたくなる。
「へえ? エドガーは本気みたいだぜ?」
ロックはあっさりと言う。
「え?」
「別に不安に思うことなんてないって言ってやれよ」
「そ、そうなんだ」
セリスはホッとしてはにかんだ。ティナが悲しそうなのはやっぱり嫌だから。彼女には幸せになってほしいから。
「………………」
話題が途切れてしまい、ロックが煙を吹き出す音だけが聞こえ、セリスは居たたまれない気持ちになる。
「私も、もう寝るね」
セリスは宣言すると、
「え? あっ」
引き留めようとしたロックを見もせずに、セリスはその場を逃げ出した。
「また逃げられた……。つーか、そこまで俺が嫌なのか?」
ロックはしょんぼりと呟いた。
■あとがき■
セリスがティナに相談になっていないような気が……。すみません。
エドティナも面白くしようなんて考えたから……こうなってしまいました。ロクセリを疎かになんて思ってないけど、平行ってやっぱり難しいです。とりあえず今回は、ロックの唇を意識するセリス、を書きたかったらしい。
感情に乏しいなりに色々思っているティナ。自分の感情に嘘をついているセリス。さあ、どうなるんでしょう? (03.11.07)
明後日には瓦礫の塔へ乗り込むという日。
フィガロ城が地底移動する途中にある遺跡を探索しに行っていたエドガー達が、青い顔でティナを抱えて帰ってきて、城で待っていたセリス達は驚いた。
「ど、どうしたんだ!?」
ロックの問いに、
「ブルードラゴンとの戦いで、俺達の盾になって氷漬けにされて……ケアルガをかけたんだけど、意識が戻らないんだ」
マッシュが説明している間に、ティナを抱えたエドガーは姿を消してしまう。医師の所へ行ったんだろう。いつも余裕たっぷりのエドガーが一言も言葉を発しなかった。それだけで、エドガーがティナをどれだけ大事に想っているかがわかる。
「兄貴の慌てようったらなかったよ。俺はそのことに驚いた」
マッシュは肩をすくめた。
「多分、急激な体温の低下による一時的な仮死状態でござろう」
カイエンの言葉に、待っていた者達は不安そうな顔になるが、
「浅くとも呼吸はしている。心配いらぬでござるよ」
にっこり微笑まれ、そうかと胸をなで下ろした。
† † †
「ねえ、エドガー。少しは休んだら?」
ティナのベッドの前から動かないエドガーに、食事を持って行ったセリスは言った。
エドガーは黙って首を横に振る。
翌日になってもティナは目覚めず、こんこんと眠り続けていた。
医師は2、3日すれば起きると言っていたが、エドガーは不安で仕方がないらしい。周囲の視線も気にならないようだ。
「あなただって戦って戻って疲れているのよ。あれから一睡もしてないわ」
心配して言ったのだが、エドガーはやはり首を横に振り、ボソリと呟いた。
「怖いんだ」
セリスは耳を疑う。
「え?」
エドガーが「怖い」と口にするなんて、信じられない。
「彼女を失うかもしれない、そう考えるだけで、私はフェニックスの洞窟の溶岩に飛び込みたくなってしまう」
自嘲するように言ったエドガーに、セリスは意外そうに目を見開いた。そこまで……。
「三闘神を倒せば魔力は消え、ティナも死んでしまうかもしれない。そう考えると、ケフカを倒しに行くことすら躊躇したくなる」
苦い顔のエドガーに、胸が痛む。大切な人を失いたくないという想いは、セリスにもわかった。
「エドガー……でも……」
ケフカをこのまま放っておくわけにはいかない。
「わかってる。わかってるんだ。だけど……彼女がいなくなるかもしれない。その前に彼女を手に入れたいと願ったけれど、やはり足りないな」
悲しそうな横顔に、セリスは思わず涙ぐむ。
「……おや、レディを泣かせてしまったね」
茶化すように言ったのは、エドガーの優しさだろう。最初は、気障ったらしいエドガーを快く思っていなかったセリスだが、今は仲間としてとても大事に思っている。
「ロックだったら、『いなくなるかもしれないなんて考えるな!』そう言うかもしれないな」
「でも可能性がある限り、楽観視だけして進むのは愚かだわ。後悔したくないのなら、絶対に最悪の場合を想定するべきだもの」
「君はそう言ってくれると思ったよ。世の中に絶対はない」
「そうね……」
セリスは素直に頷いた。信じることは素晴らしいことだけれど、盲目になりすぎることはある意味危険だ。世の中の可能性は無限にあるのだから。
「君は、いいのかい?」
「……え?」
セリスはキョトンとする。エドガーは穏やかな笑みを浮かべてセリスを見ていた。
「君は、何もせず、何も言わず、後悔しないのか?」
ドキリ、セリスの心臓が脈打った。
「…………ええ。後悔しないわ」
「何故?」
「多くを望みたくはないの。今は、ケフカを倒し、世界の平和を取り戻す、それだけを望みたい」
そうでなければ、望みは叶わないような気がした。
「……もし、帰ってきたら、か」
にひるに口元を歪めたエドガーに、セリスは困ったように首を横に振った。
「いいえ」
「君は……それでいいのか?」
彼は心底不思議そうにセリスを見た。
「どうして?」
「ロックに、惚れているんだろう?」
はっきりと言葉にされて、セリスの頭にカッと血が上る。顔が熱い。きっと真っ赤だ。
「……ええ」
掠れた声で肯定した。今更否定するのはひどく滑稽だろうから。
「でも、彼の重荷をこれ以上、増やしたくないの」
セリスは儚げに微笑む。エドガーは苦笑いで、
「何が重荷かなんて、君が決めることじゃないよ」
そう言ったが、セリスには意味がわからなかった。
† † †
目覚めたティナを待っていたのは、エドガーの穏やかな寝顔だった。
ぼうっとする頭で身体を起こすと、彼はベッドに突っ伏して安らかな寝息をたてている。
「……?」
記憶が混濁していて、自分がどうしてベッドで寝ているのかわからなかったティナは首を傾げた。
覚えているのは幻獣オーディンの魔石を取りに向かって、フリーズドラゴンと戦ったところまでだ。
無精ひげの伸びたエドガーの頬に、そっと触れてみる。
何故か切なくて涙が出た。どうしてだろう? 自分でもわからなかった。エドガーをとても好きだとは思う。だけどそれだけで、よくわからないまま流されていたはずだ。
ずっと、一緒にいれたらいいのに……。
そう思って、気付いた。
三闘神を倒せば自分は消えてしまうかもしれない。いなくなってしまうような相手だから、エドガーは気兼ねせずに手を出しているのではないのかとティナは考えていたのだ。
だけど、錯覚でも彼に愛されている間は、そんなことに気付かずにいたかった。消えてしまうのなら、それまで愛されていると錯覚していたかった。
気付いてしまえば辛いだけだ。
いつもはきちっと結んでいる太陽色の髪が乱れている。ティナは額にかかるその髪をそっと指でどけた。
「……?」
寝ているはずのエドガーが眉をひそめ、ゆっくりと目を開ける。
そして起きあがっているティナを認識するや否や、
「ティナ!」
大声を出して立ち上がった。
「目覚めたんだな! 調子はどうだ? 気分は? おかしなところはないか? 何か食べられるか?」
矢継ぎ早に言われ、ティナは面食らう。
「だ、大丈夫……。別に普通よ。お腹は余り減ってないけど……」
戸惑ったように答えると、エドガーは椅子に腰掛け直し、
「そうか……よかった……」
肩を落とした。
「私……?」
「フリーズドラゴンとの戦いで意識を失っていたんだ。目覚めてくれて、本当に良かった。一応医者に診てもらおう。呼んでくる」
エドガーはさっさと出ていってしまった。
医者もどこも悪くないと言われ、湯浴みしたティナは、皆と一緒に夕食の席につくことができた。
「私のせいで予定が狂っちゃったのね」
すまなさそうに言うと、皆、一斉に頭を振った。
「ティナが無事で元気でいてくれたんだから、それでいいでござるよ」
カイエンににっこり言われると、ティナもそれ以上は何も言えない。年の功だろうか。
「それよかティナに見せたかったよ。兄貴の慌てぶり」
悪びれずに笑ったマッシュを、
「マッシュ!」
エドガーは睨み付ける。今更人前で蒸し返されたくはない。男なら皆そうだろう。
「ああやって止めるのが本当だって証拠。ティナ、大事にされてるな~」
マッシュは全然気にしていない。兄弟だからだろう。エドガーも呆れて黙ってしまった。
「そ……う?」
一方、ティナは不思議そうに首を傾げるだけだ。
エドガーは誰にでも優しい。特に女性なら尚更だ。
いまいち冴えない表情になったティナに、マッシュはあれ? と思い、慌てて話題を変える。
「魔石も揃って、ティナも元気になったことだし、決戦はいつにする?」
「四日後ぐらいはどうでござるか?」
カイエンが提案した。全くもって問題ない。誰も異論がないことを確認すると、
「それまでは、各自体調管理なんかを怠らぬように」
カイエンがまとめた。
「ガウ! 元気~!」
無邪気なガウの声に、ティナも顔を綻ばせ、やっと歓談ムードの夕食になった。
夕食後、ティナは部屋に戻って休んでいた。
ずっと寝ていたせいか、すぐには眠れそうもない。お茶でも飲もうかと部屋を出ると、丁度女官長に出会った。
「どうされたんです?」
キリッとしてしかめっ面の女官長が、ティナは苦手だ。
「いえ、お茶でも頂こうかと思って……」
恐る恐る答えると、
「言いつけて下さればお持ちしますのに。お部屋でお待ち下さいな」
穏やかな口調なのに有無を言わせぬ迫力があって、
「はい……」
ティナはすごすごと引き下がった。
部屋で待つこと10分。扉が鳴った。お茶だろう。
「はい」
ドアを開けると、何故かエドガーが立っていた。湯気の立つティーセットを持って。
髭も剃って髪もきちんと結わいている。湯浴みしたのだろう。
「……女官長さん、嫌がらなかった?」
「私の言うことだからね。聞いてもらうよ」
エドガーはにっこり笑う。やっぱりティナには、余裕のないエドガーなど想像がつかない。
「私とお茶でもどうだい? レディ」
いつもの口調で言われ、ティナは苦笑いで頷いた。
虚しさは増したけれど、それでも、共に過ごせる時間は嬉しい。少ないのなら、大切にしたかった。
客室用のテーブルを挟んで、二人は赤いビロードの張られた椅子に腰掛け向かい合う。
「……こうして元気な君を見ているとホッとする」
エドガーは儚げに微笑んだ。ティナが小首を傾げると、
「もし、君が目覚めなかったら……いや、想像もつかないな。考えられない」
己の考えを打ち消して嘲笑したエドガーは、溜息をもらす。
「迷惑をかけてごめんなさい」
思わずティナが謝ると、エドガーは優しく言った。
「君が悪いわけじゃない。私の問題だ。わかってはいたけど、痛感してしまったよ」
「……何が?」
「君を失うことに、耐えられる自信がない」
苦い顔で漏らしたエドガーを、ティナは不思議そうに見つめた。
「それでも、私がいなくなっても、あなたは王で、生きていくわ」
「勿論そうだ。…………私は王だから、自分のために生きることはできない。……たまにロックが羨ましいよ」
「──────」
何故かエドガーが打ちひしがれているように見えて、ティナは目を逸らした。いつも大きく構えていることができる人だからこそ、余計に痛々しく感じる。
「私は、君を失いたくないんだ」
真摯な瞳を向けられ、ティナは戸惑った。どうして彼がそんな風に言うのかわからない。
「何故?」
「何故って……」
逆に面食らったエドガーは苦笑いで言った。
「大事な人を失いたくない、そう思うのは普通だろう?」
「……大事……?」
不思議そうなティナに、エドガーは困り果ててしまう。
「いつも言っているじゃないか。私は君を愛している。だから失いたくない。それが変かい?」
その台詞に、ティナはキョトンとした。
「本当なの?」
尋ねられ、エドガーは得心がいった。
「信じてなかったのか……」
「ごめんなさい。よく、わからないの」
ティナは美しい翡翠の瞳を伏せる。長い睫毛が震えて憂いを湛えていた。
「私は消えてしまうかもしれないわ。それなのに……」
「だからこそ、だろうな」
エドガーは失笑した。自分が正しいとは微塵も思わないけれど。
「私は後悔したくないんだ。例え君が消えてしまうとしても、君は今ここにいる。束の間で構わないから、君を手に入れたいと願う私は愚かかい?」
ティナは静かに首を横に振った。溢れかけていた涙が飛び散る。
同じ、想いだったのだと知った。エドガーも、ティナと同じように想っていてくれたのだと。
「泣かないでおくれ、レディ」
立ち上がって白いハンカチを差し出したエドガーは困ったように言った。
それを受け取ったティナは、込み上げる涙を堪えきれずに、ただただ頷くことしかできない。
苦笑いを浮かべたエドガーは、ティナの手を取って立ち上がらせるとそっと彼女を抱きしめた。
「何事も永遠など存在しないから、今が尊いんだと思うよ」
囁いて彼女を顔を上向かせる。
「永遠が存在しなくとも、私が死ぬまで、私の心は君のものだ」
おろしている彼女の鮮やかな翡翠色の髪を撫でながら、そっと涙を唇ですくう。
嗚咽をもらす唇を塞ぎ、ありったけの想いを口づけに託す。
もし生きて帰って来れたなら……それは、口に出せなかったけれど。
■あとがき■
エドティナに関してが先に完結です。だって一応ロクセリメインなので。
余裕のないエドガーを書いてみました。結構いいかも。いつも余裕なだけに、特別って感じ?
途中から下書きナシで打っているので、長さがよくわかりません(1,2より長いよね)。いつもはスクロールバーの量で見るけど、この形ってスクロールバーがわからないようにしてるから……別に色を変更するだけで見えますけどね。下書きナシなのは、スランプなのかどうしても筆が進まなかったからです。でもキーボード打つ方が楽なのか、別に苦もなく書けました。シャープペンで書くことに疲れてたのかしら?
さあ、次は……久々の恋愛メイン話のラスト! (03.11.14)
ティナを心配するエドガーが、自分とダブって見えた。
もしセリスが同じようなことになったら心配でたまらないだろう。「命に別状はない」と言われても、元気に微笑んでくれるまで安心できない───現状は笑顔を向けてなどもらえない状態だが。
本当はこの想いを伝えてしまいたい。だがどうすれば伝わるのかわからなかった。
多分、言葉では無理だ。信じてもらえる自信はゼロ。
心が直接伝わればいいのに、そんなことすら願ってしまう。テレパシーのように、気持ちがダイレクトに届けばいいのにと。
それがかなわないからこそ、人は努力するのだろう。思えば信じてもらえる自信がないのも、己の愚行の積み重ねによる。汚名を挽回するのが容易くないのは仕方ないことだとわかっていた。
とにかく、ケフカに挑む前に、一度ちゃんと話がした。正面から向き合って話したかった。後悔したくないから。
こんなもやもやした気持ちのまま最後の戦いへ赴けるわけがない。
ロックは決意を固め部屋を出た。
† † †
この間から以前にもましてロックを意識してしまう。自分はどこかおかしいのかもしれないと思うほどに自意識過剰だ。
彼を好きなのは動かしようのない事実だが、そんなのは出会った頃から自覚していた。外に出さなかっただけで、自分では本当はわかっていた。今になってこれほどに意識してしまうのは何故だろう。
自分の気持ちをコントロールできなかった。元々、そういったことが得意だったから余計に思うのかもしれない。将軍時代は自分の心をうまくコントロールしていた。だからマランダを調伏させることもできた。自分の心を殺さなければ、正気を保てなかったから。
なのに、今はどうだろう?
同じ長椅子の、すぐ手の届く場所にロックが座っている。それだけで全身の血が逆流しそうだ。
ロックは膝に両肘を置いて顎を支えながら、マッシュとエドガーの双子オセロ対決を眺めている。
小さくなっているセリスと真剣な目でオセロを見ているロックの距離はわずか10㎝。少し動けば触れてしまいそうな距離が怖い。自分がどうにかなってしまいそうだった。
必死に顔に、態度に出さないようにしているが、果たして実行できているのかどうか怪しい。全神経が彼に集中している。一挙一言が気になってたまらない。
テレパシーなんてものがなくて良かったと心底思う。
もし自分の心を誰か(特にロック)に読まれたりしたら、発狂して海に飛び込むこと間違いない。
実際は心を読まれたりしないにしろ、ひどく居心地が悪く落ち着かないため、部屋に戻ろうかとタイミングをうかがっているものの、いざ立ち上がろうとすると足がすくんでしまう。絶対に!自然に去ることは不可能だ。
いつもなら己の情けなさに嫌気がさすところだが、あいにく自己嫌悪に陥る余裕すらなかった。
彼の隣にいるのが怖いのに、彼に触れたいなどと考えてしまう。整った横顔を盗み見る。自分ならどこに置くか考えているのだろう。随分真剣な表情で、セリスは見惚れていたいと思うが、気付かれたくないからすぐに視線をそらした。
段々考えはエスカレートし、あの腕に抱き寄せられたらどんなに心地いいのだろう、あの声に好きだと言ってもらえたらどんなにいいだろう、彼に口づけられたらどんなに幸せだろう、そんなことを思い、たまなく切ない気持ちになっていた。
「セリス?」
不意に顔を覗き込まれ、セリスは息を呑んだ。冗談抜きに、心臓が止まってしまうかと思うぐらいに驚いた。
「どした? ぼーっとして」
ロックは純粋に心配してくれているのか、セリスははやる鼓動を押さえ、
「ううん。夕飯食べすぎたかな」
適当なことを口にする。ロックは少し眉をひそめ、
「そーか? ……泣き出すかと思ったぞ」
不服そうにする。
「太ったらダイエット大変だもん。泣きたくもなるわ」
セリスは苦笑いした。ロックはセリスの方に身を傾けているため、さっきより更に近い距離にいる。早くどいてほしかったが、彼は一向に動こうとしない。顔を背けて気付く。いつの間にかマッシュもエドガーも、皆いなくなっているではないか───仲間が気を利かせて姿を消したなど、勿論セリスは知らない。
「あのさ」
ロックが少しだけ言いにくそうにした。
二人きりという事実に気が動転し、慌てたセリスは、
「お、お茶でも飲む? 入れて来ようか?」
そう言って立ち上がった。だがロックに腕を掴まれ、逃げ出すことは叶わなかった。
触れられている手首が熱い。そこから伝わった熱は全身に行き渡り、セリスは耳まで赤く染まる。
「聞いてくれ」
濃紺の瞳に真っ直ぐに射抜かれ、セリスは泣きたくなる。
「……俺のこと避けてるとは思ってたけど、話も聞きたくないほど嫌か?」
ロックは溜息混じりに尋ねる。避けていたつもりはないが、ロックにはそう見えたのだろう。
「もし、そこまで嫌ならちゃんと言ってくれ。俺は鈍感だから、言葉にされないとわかんねえから」
唇を歪め髪をかき上げたロックに、セリスは首を横に振った。
「怖いの……」
そして涙声でもらす。が、ロックは訝しげに、
「怖い? 一体何が?」
聞き返した。しかしセリスは“何が”と聞かれても困る。自分でもよくわからないのだから。
敢えて言うのなら、「諦められなくなりそうで。気持ちが溢れてしまいそうで」だろうが、それはロック本人に言えるはずがない。
ロックは困り果てたように眉尻を下げ、
「もしかして、俺が怖いわけか?」
そう聞いた。本当は少し違うが同じ事かも知れないと、セリスはこくんと頷く。
「……俺は、なんか怖がらせるようなことをしたか?」
首を捻るロックに、セリスは首を振って否定した。
必死に涙を我慢している彼女はとても痛々しくて、ロックはあることに思い至る。
怖がらせるようなことはしていない、が、たくさん傷付けてしまった。彼女は傷付くことを恐れているのかもしれないということに。
「とりあえず座ってくれ」
ロックに言われ、セリスは観念して再びソファーに腰掛ける。
一度手首を手放したロックだが、すぐに手を握り直され、セリスは更に動揺する。身長は3㎝しか変わらないのに、手の大きさは全然違う。
「思えば、お前のこと何度も傷付けたよな。ごめん」
殊勝に謝らるロックに、セリスはキョトンとしたが再び俯く。そんな言葉は聞きたくなかった。
「中途半端にレイチェルのこと引きずって……お前に向き合えなかった」
嫌でも言葉が耳に入ってくる。セリスがぎゅっと目を閉じていると、ロックは構わずそのまま続けた。
「もう目をそらしたくねーんだ。それとも、もう……今更、か?」
しかし何が今更なのかセリスにはわからない。
不思議そうに顔を上げると、セリスの答えを待っているロックと目が合う。
「……なに……が……?」
セリスはやっとのことでそれだけ言った。対してロックは困ったように失笑すると、
「今更、俺が好きだなんて言っても、遅いか?」
苦い笑みでそう言った。
「え……?」
セリスはぽかんとした表情でロックを見つめ返した。意味は理解できているはずなのに、唐突すぎて頭がそれを受け入れられない。
「後悔したままでお前を想う事を自分に許せなかった。でも今は違う。お前を好きだって胸張って言える。……決戦に向かう前に、伝えたかったんだ」
ロックはしみじみと言う。が、セリスはまだ呆然としたままだ。
「……セリス? 聞いてるか?」
さすがに心配になってロックが尋ねると、セリスは我に返って顔を真っ赤にして頷いた。
とても信じられなかった。後が辛いからと決して期待しないようにしていたから。
「……………………」
セリスは何も答えない。
「あのさ、返事、は?」
ロックは不安そうに尋ねる。
「……え?」
またセリスはびっくりしている。返事をしなければいけないと気付かなかったらしい。
「あ~、もし嫌ならはっきり言ってくれていいよ。一応、覚悟決めてる。まあ、じゃなきゃ言わねーし」
ロックは空いている方の手で頭をかいた。
「……あ、その……」
とても言いにくそうなセリスは、次第に目尻に涙を溜め始めた。言わなければならないのに、声にならなかった。
それを見ていたロックは肩を落として彼女の手を離した。
突然熱を失った手の平が寂しくて、セリスはロックを見る。
「言いにくい、か」
そう言って立ち上がったロックは、シニカルに笑った。
「悪かったよ。お前を困らせるつもりじゃなかったんだ」
「え……」
セリスは再びぽかんとする。ロックはどうやら勝手に自己完結してしまったらしい。
「俺を避けてるお前を見りゃ、わかってたはずなんだけどな。覚悟してたっつても、やっぱ……」
儚げに笑ったロックに、胸が締め付けられたセリスは大粒の涙を零した。
「あっ、わ、悪い……。泣かせるつもりなんかなかったんだ」
人をフるのは決して簡単な作業ではない。心優しい者なら尚更だろう。
しかしセリスは首を横に振った。合わせて涙の雫が飛び散る。
「違うの……」
嗚咽混じりに漏れた一言を皮切りに、セリスは言葉を重ねる。
「……もしあなたの気持ちが本当なら、すごく嬉しい…………けど、うまく、言えなくて……」
たどたどしく告げるセリスに、ロックは目を見開いてから嘆息した。どうやら自分はとても勘違いをしたらしい、と。
再び腰掛けたロックは、彼女の言った言葉の意味を確かめるように尋ねた。
「抱きしめて、いいか?」
その問いに、セリスは一瞬嗚咽を止め、再び泣き始めると小さく頷いた。
口元を綻ばせたロックは、両手で顔を覆っている彼女を抱き寄せる。
ロックの胸に顔を埋める形になったセリスは、その心地よさに更に切なさを募らせ、気が済むまで涙を流した。
「生きて、帰って来ような」
セリスが泣きやんでもまだ彼女を抱きしめたままで、ロックが囁いた。
「今まで傷付けた分、幸せにするよ」
言葉と共についばむような優しい口づけが下りた。
幾度となく吐息を貪られ、唇が重ねられる。
初めての口づけは、想像していたよりもずっと甘くて、切ないものだった。
・ fin ・
■あとがき■
今までで一番、リクに沿えなかった気がします。セリスがティナに相談、て辺りが……足りないよね。アオゥルさん、申し訳在りません。頑張ったんですが、そのシーンが充分ではなかったと思います(1話目ね)。謝るような代物ですが、受け取ってください。
最終話はロックを意識するセリスです。今までここまで全開で書いてなかったと思うので(本当は「距離」はそれを書きたかった話だったんですが挫折してます)。
けっこうラブラブにしたつもりです。久々かしら? ちょっとロックが慎重かも。いかがでしたでしょうか。桜的問題点は、いっつもセリスの悩む理由が似たようなもの(レイチェルのこと)だってことです。又は今回使ってないけど将軍時代の罪か。でも他に余りないんだもん。「flower」はロックの足手まといになるかもしれないこと、「誓い」は不妊、と他にも悩む理由を考えてもいるんですけどね、これだけたくさんかいてると、やはりダブる部分が出てきます。その辺て皆さん、どう思ってるんでしょうか? 桜は申し訳ないと思うけど、別に気にしないんだったら……嬉しいな、と……。 (03.11.20)
【この頁で使用させて頂いた素材サイト様】 ClipArt:Silverry moon light
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