薔薇の真実


〔前編〕

 何故、彼女を放っておけなかったのか。
 何故、彼女が気に掛かるのか。
 誰に似てると思ったのか───
 やっと、やっとわかった。
 でも、いつも遅いんだ。手遅れで……。

 

†  †  †

 

 いつだったかレイチェルに尋ねられた。「運命は信じる?」と。
 俺は意気揚々と肯定した。
 今、セリスに同じ質問をされている。
 俺は苦い顔で首を横に振った。
 レイチェルが死んだ事も含めて全てをそんな言葉で片付けてしまうのは嫌だった。
 対するセリスは薄い笑みを浮かべ、
「運命っていうのは1つの物の見方だわ。結果論なのよ。だから確かに存在するけど、それは個人の中であって、宗教に似た概念的存在ね」
 そう答えた。随分哲学的な事を言うと思った。年齢に見合わない達観した考え方に思えた。
 同時に、何故いきなりそんな事を尋ねてきたのかという疑問が浮かんでくる。俺がそれを尋ねる前に彼女は続けた。
「結局、世の中は偶然と必然で成り立ってる。それは同一じゃなくて表裏的なもの。既に起きてしまった事は必然で、これから起こることは偶然。全ては過去になった途端普遍と化すから、必然なだけで、『なるべくしてなった』とか、『あるべき方向へ向かっている』とかいうのとは違う。必然であるとは言ってもイコール『過去』に過ぎない」
 彼女の言っていることは理解できても、何を意図しているのか全くわからなかった。ある面から見れば彼女の言ったことは正しい。
「どうしたんだ? 急にそんな話して」
 俺が尋ねると、彼女は自分でも不思議そうに首を傾げ、
「そうね……既に起きてしまった事に対して、どうして? と問うのは無意味なことかもしれない、とか思ってたら、なんとなくね。『どうしてあの時』と思い続けることに意義はないわ。その過去から、未来へ繋げるように切り替えない限り、悩む価値とならない」
 自虐的な笑みを浮かべた。この前レイチェルのことを話したばかりだったので、一瞬、俺の事を指しているのかと思ったが、多分彼女自身のことを指しているのだろう。多くの人を殺めてきた過去は決して消える事がないからと、彼女は苦しんでいる。
 だけど俺にも当てはまることだ。彼女の言うとおり『後悔』とは次の後悔を作らないためにするものだ。後悔しているだけでは、再び同じ後悔をする。
 わかっていても、これからも全く後悔しないで生きることは不可能だろう。そうあるよう努力することしかできない。終わってみないと結果は分からないから。

 

†  †  †

 

 思い出したのは突然だった──────


 よく考えれば、そんなことがあるはずなかったのに。彼女は必死に、俺に呼びかけていたのに。

 俺は答えられなかった。
 信じる事が恐かったのかもしれない。
 そんな可能性を──彼女が裏切るなどと──考えた事もなく、欠片も疑わずに彼女を愛してしまった自分に愕然としてしまった。
 どれだけ彼女を愛しているのか、突き付けられた気がして、自分の想いが恐くなった。
「信じる」
 その一言が紡げなかった。
 ケフカの言葉に惑わされて、あんなに動揺したのは、俺が自分の想いに無自覚だったから。
 好きだとは思っていた。でも、レイチェルの事にケリがつくまではその想いを押さえているつもりだったんだ。
 俺が混乱しているうちに、魔導研究所は崩れ始めた。
 仲間に逃げることを促されて顔を上げると、爆風にキラリと光るものが見えた。
 思わず手を伸ばして掴むと、それはチェーンの切れたペンダントだった。
 その瞬間に、鮮明に蘇った光景がある。

 俺の初恋の相手
 帝国兵に追われていた少女───

 更に動揺した俺は、仲間に急かされ訳が分からないまま魔導研究所を脱出した。
 薔薇のペンダント───忘れもしない。俺が、トレジャーハントを始めたばかりの頃、手に入れて───。偶然出会った少女にあげた。
 不思議な少女だった。まだ幼い容姿なのに、大人のような立ち振る舞い。そのアンバランスさが危うくて、俺は手を差し伸べたくなった。
 後にレイチェルに出会って彼女を好きになったのも、レイチェルがその少女に似ていたかもしれない。
 その少女は───セリスだ。間違えない。絶対に。
 俺達を助けるために魔導を放って千切れたのだろう。
 最初に出会ったときにも思った。似ている、と。何気なく呟いた俺は、混乱して、レイチェルに似ていると思ったんだと考えたが、違う。あの少女に、似ていたんだ。
 帝国兵に追われていた少女。自らの自由を諦めて、俺を逃がしてくれた少女。
 その時の俺は、それを享受するしかなかった。
 あの時あんなに後悔したのに。そしてレイチェルを死なせてしまい後悔して……。
 俺はまた後悔している。

 

†  †  †

 

 彼女は再び俺達の仲間として戻ってきてくれた。
 だけど、俺達の間には深い溝ができている。
 表面上は微笑んでいるけれど、彼女は俺に微笑まない。みんなの前では微笑んでみせるけど、彼女が俺に向ける笑みは無理矢理作っているだけだ。
 俺が彼女を信じられなかったから。
 だけど、セリスは戻ってきてくれた。わだかまりは溶けないけれど、まだチャンスがあるということだ。
 俺はこれ以上後悔するわけにはいかない。

 俺は薔薇のペンダントとバンダナをポケットに突っ込み、セリスの部屋を訪れた。
 夕食後、すぐに部屋に戻ってしまった。みんな歓談していたが、「疲れたから」そうはにかんだ彼女。
 彼女は「戻ってもいいか」と尋ねてくれたけれど、どんな気持ちで言ったんだろう。
 明らかに引け目を感じているその態度に、俺は胸が痛む。当然だ。俺はそれだけのことをした。偉そうなことばかり言っていたくせに、結局自分がセリスを信じてやることができなかった。守るどころか傷付けてしまった。
 彼女は俺を避けている。避けているっていうのとは少し違うかもしれない。俺に壁を作っている。怯えている。何も気にしていないんだというフリが痛々しい。
 ノックをすると、セリスは細く扉を開けた。
「俺だけど、少しいいか?」
 彼女は瞳を翳らせたが、それでも静かに微笑んだ。無理して笑うな! そう言いたいけれど、させているのは俺だ。
「どうしたの?」
 部屋に入ると彼女が聞いてきた。震えるのを必死に我慢しているように見える。
「これ……お前のだろ?」
 俺はペンダントを差し出した。
「! どうして……」
 セリスは目を大きく見開いてから、俺を見た。
「魔導研究所で、拾ったんだ……」
 俺はそれだけ告げる。彼女の反応を見たい。覚えているのなら、何らかの反応を示すはずだ。
 彼女は忘れているのだろうか。俺の容姿はさほど変わってないと思う。昔からの知人にはよくそう言われるし。
「良かった……もう見つからないと思ってたのに……」
 セリスは本当に嬉しそうな顔をした。俺はそのことに少しだけホッとする。
「鎖、直しておいたからさ、付けてやるよ。後ろ向いて」
 そう言うと、彼女は一瞬困ったような顔になったが、黙って背中を向ける。
 彼女の絹糸のようなしなやかな髪を肩の方に避けて、俺は白い首で留め金を止める。
 その全てが切なくて、その全てをたまらなく切望する。
 俺はそのまま、彼女を抱きしめた。我慢しようとか全く考えなかった。どうしても手に入れたくて、渇望して、彼女の耳元に顔を寄せた。
「ロック……?」
 彼女は戸惑って身体を固くした。驚いたのだろう。
「そのペンダント、もらった時のこと覚えてるか?」
 俺は彼女の甘い香りに酔いしれながら尋ねた。彼女はますます身体を縮こませて、
「……わからないの……。とても大事な人にもらったはずなのに、覚えていないの… …。多分、魔力を注入された前後なんだと思う。その頃の記憶って曖昧だから。シド博士に聞いても知らないっていうし……」
 そう呟いた。俺は軽いショックを受けたが、
「大事な人だってことは覚えてるのか?」
 そう尋ねた。
「もらったシーンは思い浮かぶの。ペンダント、付けてくれた。すごく素敵な人だったって思ったのは覚えてる。……初恋だったのかなあ……。誰かも分からないし、出会うこともないだろうけど……」
 彼女は悲しそうに呟く。
 俺は自分だとは言い出せなくなっていた。俺がここで告げることに意味がないと思ったからだ。事実だけを突き付けても覚えていないのなら意味などない。
 同時に、過去の自分が俺の知らない人間のような錯覚が起きる。彼女が誰かわかってない相手からもらった物を大事にしていることが、とても腹立たしい。過去の自分に嫉妬しているのだろう。馬鹿らしいけれど、どうしようもない。
 俺は彼女を抱きしめる腕に力を込めた。
「ロック?」
 彼女が苦しそうな声を出したから、少しだけ緩めたけれど離したくない。俺にまだそんな資格がないことも忘れ、いますぐに彼女を自分のものにしてしまいたいと思う。
 だけどさすがにそれは実行できなかった。これ以上彼女を傷付けるわけにはいかないから。
「好きだ」
 ありったけの想いを込めて囁くと、彼女の身体がぴくりと震えた。
「お前が好きだ」
 もう一度、耳元で告げると、彼女は震える声で言った。
「どうして……?」
 何がどうしてなのだろう? どうしてあの時信じてくれなかったの? だろうか。それとも……俺が考える前に、彼女は続けた。
「私なんて、あなたに釣り合わないわ」
 彼女は一体何を言っているのだろう。それを決めるのは俺だ。
「それに……あなたにはレイチェルさんがいる」
 彼女の口からそれを言われてしまうと、俺は言い訳のしようがなかった。俺の自分の心に決着をつけることが、まだできていない。
「私に対する全ての負い目を、気にしないでほしいの」
 力の抜けた俺の腕から逃れた彼女は、振り返らずに言う。
「私は決して不幸じゃないから」
「そんなこと思ってない……!」
 俺は言ったのだが、彼女は受け入れようとはしなかった。
 確かにどんな言い訳も通用しないだろう。俺は誰よりも中途半端なことをしている。
 俺はぎりりと歯を食いしばり告げた。
「今はまだ無理でも、必ずお前に信じさせてみせるからな」
 あの時の約束を果たしたい……。
 本物の薔薇を見せてやるという約束を。
 シド博士にセリスと名付けられた薔薇をもらったと言っていたけれど。もう彼女は薔薇も見たことのない余りにも世間知らずな少女じゃないけれど。
 いつか薔薇の花束を贈ろう。彼女が全てを思い出した時に。

 すぐに離ればなれになることも知らず、息巻くことしかできなかった───

 

■あとがき■

 CH222の如月さんの『薔薇の約束』の続編を、頼み込んで書かせて頂きました。それなのにショボい……。申し訳ありません。すごく素敵な話なので、思い出したときの二人を書きたかったんですが、散々悩んで、何度も何度も書き直したあげく、このようになりました。
 しかもまた、魔導研究所イベント……しつこい? 使いやすいんでよ、やっぱり。大体、仲間に冷やかされたって、セリスの中で全てが元通りの気持ちでいることは無理だといつも思ってるので。だって有り得ないよね。いくらレオに諭されたっつったって、理屈と感情は別だもの。理屈ではわかっているから勇気を出して戻ったけれど、感情では負い目は消えないでしょう?
 ということで、後編はセリスが思い出すはず……
 如月さん、せっかくの素敵小説だったのに、こんなものしかできなくてすみません。ううう、自分の実力不足を思い知りました。 (03.8.8)

〔中編〕

 深い、深い夢の中にいた。
 自分の意志では手の届かぬ記憶の底、夢の中で忘却の彼方にある過去を彷徨っていた。
 夢の核となるのは二つ。
 魔力を注入される直前、少年に助けられた夢。
 将軍としての初陣、ケフカに薬を飲まされ、鬼神のごとくコーリンゲンで惨殺を行った夢。
 甘い記憶と苦い記憶が交錯し、長い眠りから目覚める───。


「目覚めたか?」
 顔を覗き込んできたシドを目にした途端、涙が溢れた。
 世界は崩壊し、1年以上も眠っていたらしい。
 目覚めた私が思うのは、やっぱりロックのことだった。
 初恋の少年がロックであったこと。彼はどうやらそれに気付いていたらしいこと。
 レイチェルを殺したということ───。
 薔薇のペンダントは失くしてしまっていた。でもそれで良かったんだと思う。あれをする資格は自分にはない。

「人を蘇らせる秘宝のこと、知ってる?」
 シドおじいちゃんにそう尋ねると、彼は不思議そうにしたが、
「ああ、フェニックスの秘宝だ。幻獣フェニックスだよ。不死鳥とも呼ばれている。
 古い文献でしか知らないが強大な力を持つという。だが無から有は有り得ない。魔力だけでは補えぬ命は、誰かの生命力を分けてもらわなければならなかったそうだ。
 生命力を分けた者は寿命が半分になり、蘇った者も同じ寿命しかないのだと」
 おじいちゃんの話に、私は少しだけ考えてから、
「命全てを捧げることもできるのかしら?」
「わからん。が、どうしたんだ? 生き返らせたい人でもいるのか?」
「…………」
「死んだ人を蘇らせるということは、殺すことと同じだけ生を弄ぶということだ。悪いことは言わん。自分の命を粗末にしちゃいかんよ。生き残ったからには辛くとも、罪を抱えていようとも、生きなければならないんだ」
「………………」
 おじいちゃんも幻獣の研究に手を貸してしまったことを後悔していた。気付いた時には遅く、逃げられない所まで来ていた。ずっと心を痛めていたことを知っている。とても責任を感じていることを知っている。
「わかったね。セリス」
 優しく諭すように言ったおじいちゃんに、私は頷いた。そうやって孫のように思ってくれることに、不意に涙が溢れそうになる。

 だけど、体調を崩したおじいちゃんは、看病の甲斐も虚しく死んでしまった。
 でも私は生きなければならない。今死んでは意味がない。
 成さねばならないことがあるから。

 地下にあったイカダで孤島を出た。
 目的と果たすために。そのためだけに、生きなければならないと強く思っていた。だからシドおじいちゃんが死んでも、私は生きることを選んだ。
 かつての仲間達に再会してもそれは変わらず、ロックが未だ秘宝を求めていると聞いて、その想いを更に強めた。
 間に合わなければならない。彼が絶望する前に。
 それが自分に残された、恩返しと、贖罪の唯一の方法だから。

 

†  †  †

 

 かくして、私は間に合った。
 フェニックスの洞窟で、ロックと再会することができた。
 そしてコーリンゲンへ向かう飛空挺で、ロックに一服盛った。
 フェニックスから真相を聞いたなら、彼は自分の命を差し出すだろう。そんな必要はないのだ。彼は生きるべきなのだから。レイチェルと共に。
 コーリンゲンに到着すると、
「ロックってば疲れて眠ってるから、起こさないでいてあげて」
 と皆に言い残し、一人飛空挺を下りた。
 私は真っ直ぐ、レイチェルの眠る家に向かう。
 幸い、あの変なじいさんは奥の部屋で眠りこけていた。それを確認すると、レイチェルの横たわる台座の前に立ち、深呼吸を一つ。
 魔石を取り出すと、レイチェルの胸の上にそれを置き、フェニックスに願う。
「私の命を引き替えで構わないから、レイチェルさんを生き返らせて」
 魔石は光を帯び始め、優しい赤い光から慈悲深い声が響いた。
───我にはもうそれだけの力は残されていない。
 フェニックスに告げられた言葉に、私は驚愕に唇をわななかせ、目を見開いた。
───お前の命全てを引き替えたとしても、この娘は10年と生きられないだろう。
 私はさすがに迷った。ロックは再びレイチェルを失うことになる。辛い思いをまた味あわなければいけないことになる。でも、それでも、
「生き返らせてください。私の命、全てを捧げるから」
 懇願した。心からの願いだった。
 だがその時、バタン! 背後で階段へ続く扉が開いた。同時に、
「ふざけるな!」
 ロックの怒鳴り声。
(失敗、か……)
 私は諦めがちに振り返った。
「何勝手なことしてんだよ! お前の命と引き替え? 思い上がるのもいい加減にしろ!」
 ロックは本気で起こっていた。こんなロックを見るのは初めてだ、と、私はいやに冷静に感じた。
「レイチェルさんは、私が殺したの」
 私は静かに告げた。
「……なんだいきなり」
 怒鳴られても顔色一つ変えず落ち着きすぎている私に、ロックは怪訝そうに眉をひそめる。
「私がこの手で殺した。子供を庇った可憐な偽善者が気にくわなくて、殺したの」
「な……に……?」
 ロックは私の言っている意味をようやく理解したようで、目を見開く。
「私にそんな風に生きる選択肢はなかった。汚れを知らない純粋な女がにくくて、デスを唱えたわ。せめて可愛らしい容姿に傷がつかないようにね」
 私は皮肉たっぷりに自嘲した。
 本来、デスなどという高等魔導など魔力が足りず使えないのだが、その時は薬により一時的に魔力が上がっていたために使えたのだ。
「憎い?」
 私は唇を歪めてロックを見た。これを聞いたら、逆にロックは私の命など使いたくないと思うかもしれない。
「……何故、今更それを言う?」
 ロックは深いため息と共に尋ねてきた。その瞳に浮かぶのは、憎しみではなく悲しみの色だった。
(こういう人だった……。憎んだりはできなんだろう。ただ悲しいと感じている)
 ロックの問いには答えずに私は言う。
「フェニックスは元々、誰かの生命力と引き替えにしか蘇らすことはできないわ。あなたが命を削って、彼女は喜ぶかしら?」
「………………」
「あなたの幸せを奪ったのは私よ。ケフカじゃない。この私なの」
 私が強く言うと、項垂うなだれていたロックは顔を上げた。
「そうすれば罪が消えると思っているのか?」
 思いの外強く責められ私は一瞬怯んだが、
「あなただって同じでしょう? レイチェルさんを生き返らせれば後悔が消えると思っていた」
 そう言ってやる。私は決して罪を消したいわけじゃない。そういう想いが無いと言えば嘘になるが、ロックに幸せであってほしいだけだ。
 信じていた仲間が実は恋人を殺した犯人だったなんて、十分すぎるほどに傷付けているけれど。
「全て……贖罪だったのか?」
 ロックが震える声で問う。
「そうよ」
 私は無表情に答えた。嘘だ。自分でも忘れていたのだから。崩壊前、ロックといた頃、贖罪のために動いていたわけじゃない。
「だから、ごめんね……」
 私は手を前に翳すと、
「スリプル!」
 魔力を放出した。
「なっ……! くっ……」
 ロックは襲い来る眠気にあらがおうとしたが、すぐに屈し、冷たい床に崩れ落ちた。
 私は溢れそうになる涙をこらえる。
「贖罪なんかじゃなかった」
 覚えていたなら、彼を好きになったりできなかった。
「あの時、助けなければ良かったのよ。私なんか」
 どちらでも結果は同じだったかもしれないけれど。
「あなたは幸せになる権利がある。私とは違うわ」
 私は屈み込んで、ロックの頬に口づけを一つ落とした。ロックが顔を歪める。眠りが浅いのだろうか。
 早く済ませよう。彼が目覚めない限りスリプルの二度掛けは効果を成さない。
「さよなら」
 呟いて立ち上がろうとすると、手を掴まれた。
「!」
「勝手なこと……ばかり、言うな……!」
 絞り出すようなロックの声。歯を食いしばって私を見ていた。
 私は手を引こうとしたが、ロックの力は思いのほか強い。そういえば精神力の強い人だった。
 私が仰向けになったロックにもう一度スリプルを掛けようと逡巡してる間に、ぐいっ、手を引かれ気付くと唇を塞がれていた。
「ん……!」
 頭を押さえられ吐息を貪られる。
「っ……ロック!」
「俺を見損なうな」
 ロックは私の片手を掴んだままゆっくり上半身を起こす。
 真っ直ぐな視線に射抜かれて、私は動けない。
「お前の言葉には惑わされない」
「私は本当のことを……!」
「関係ない。過去の話だろう? 実際手を下したのはお前でも、レイチェルは戦争に殺されたんだ」
「私はティナとは違うのよ。操られていたわけじゃない。意志があった! 彼女は殺す必要のない人間だった! ただ気に入らないという理由だけで殺したのよ!」
 あの時は操られていたに等しかったけれど。薬で記憶を無くすほどに、理性も何もなかったけれど。
 そんな言い訳はしたくないから、黙っている。
 が、ロックはそれに気付いていたのか、
「お前、戦の時はケフカに変な薬を飲まされることもあったって言ったじゃないか」
 そう言った。そんなことを言った覚えはないが、そうなのかもしれない。
「確かにそういうこともあったわ。でもその時飲んだのは魔力を強くするだけの薬だったわ。結局、私は自ら人を殺せるひとなのよ」
 私が吐きだした言葉にロックは強く拒否反応を起こす。
「絶対違う! じゃあ何のために帝国に逆らい戦ってきた! 言ってみろ!」
「…………それは……」
 咄嗟に取り繕う言葉が出てこない。
「俺は、俺は自分の大事なものぐらい知ってる。何が一番守りたいかちゃんとわかってる。二度と後悔するつもりはない。絶対にここで引いたりしない」
 宣言してロックは立ち上がった。私は座り込んだままぼんやりとそれを眺める。
「フェニックス……」
 ロックの呼びかけに、魔石は再び朱の燐光を放つ。
「レイチェルを完全に生き返らせることは不可能なんだな?」
───然り
 数年後に死ぬと分かっていながら生き返らせるという余りにも身勝手な選択肢は、ロックにはできないだろう。
「レイチェルは……生き返ることを望んでいるか?」
 ロックは尋ねた。答えが返ってくるとは思っていなかったのだろうが、
『ロック……』
 優しく可憐な声がした。レイチェルさんの声だと、漠然とわかった。
 魔石の上に、ぼうっと彼女の姿が浮かび上がる。
 穏やかな表情は、彼女にぴったりだ。天使のようだ……私はそう感じる。
「レイチェル……!」
 ロックの顔色が変わる。必死な、今にも泣き出しそうな表情。
『ありがとう。でも私は大丈夫。ちゃんと幸せだった』
 レイチェルさんは優しく微笑む。春の木漏れ日よりも柔らかい笑顔。
 こんな人と比べられていたのかと思うと、馬鹿らしくなった。適うわけがない。
「レイチェル……」
 ロックは涙を堪えるのに必死のようだった。
 私は、動くことができない。立ち上がって謝ることもできなかった。水を差したくないというのもあったが、とにかく動けなかった。指一本動かすのさえ、ひどく億劫おっくうで。このまま消えてしまいたいとさえ思う。逃げたいだけだと知っているけれど。
『だから、あなたは自分の幸せを掴んで』
「俺は……!」
『あなたの本当に愛する人と、幸せに───』
 そう言い終えると、彼女の姿はフッとかき消えた。同時に魔石が光を放ち、美しい不死鳥がそこに見えた気がした。
「レイチェル!」
 ロックは叫んだが、もう返事はない。
(生き返らせてあげられなかった……)
 私はよろよろと立ち上がった。
 呆然としているロックを置いて階段を上がり、外へ出る。
 夕暮れは深く、すぐに夜がやってくるだろう。
(何のために、必死になって生きてきたのか)
 何もわからなくなっていた。どこからが罪なのかすら、わからなくなっていた。
 少なくとも言えるのは、自分にロックを想う資格などなかったということ。彼の傷は全て自分のせいであるということ。
 あてもなく村の外へでる。飛空挺へ返る気にはならない。皆の優しさに触れれば甘えてしまう。その資格すら自分にはない。
 とぼとぼと草原を歩いていた。
 このまま果ててしまえばいい。逃げ出したい。この想い全てから逃げ出したい。
 でも私にはその資格もないのだ。生きて、あがなえない罪を背負い、後悔し続けることが課せられた罰なのだろう。
 今日だけは現実から逃げようと思う。明日からはケフカに立ち向かうから。自分のために逃げるのは今日までにするから───。
 己に言い訳をしながらいつの間にか立ち止まっていた。海辺に来てしまい、それ以上前へ進めなかったからだ。
 潮騒が優しい音だと誰かが言った。そうかもしれない。何も考えたくない。
 砂浜に腰を下ろして膝を抱えた。
 幸せな未来を望めるような人生でありたかった、フとそんなことを思っただけなのに、涙が溢れた。
 嗚咽を必死に我慢して、海を見つめる。大事な人を殺された者達はもっと辛かったはずだ。今の私の何十倍も辛かったはずだ。なのに涙は止まらない。自分のために涙を流す資格などないと叱咤しても、涙は止まらない。
 何も考えたくないと思っているはずなのに、ロックの顔が思い浮かんできた。
 今でも好きなのだと胸が軋む。資格に関係なく、気持ちは込み上げてくるもので。

■あとがき■

 2週間後とか言っておきながら、遅れてしまい申し訳ありませんでした。  何故か「もしも」シリーズになってます。少し設定が違うでしょう? お許し下さい。相当勝手な設定作ってます。話を面白くしようとしたら、何故かこんな風に。シドが死んだのにバンダナ出てきません……
 如月さん、本当にすみません。快く了解して下さったのに、遅い上に大した話でもなくて、本当に申し訳ないです。いっぱいいっぱいでした……。後編は過去に出会っていた事実ってあんまり関係なくなってるし。再び自分が情けないです(いつもだけど、いつも以上に)。
 でも、自分的には気に入ってます。本当なら、「セリスはロックの知らない間に命を捧げてレイチェルを生き返らせていた」って話にしたかった所ですが、今のところアンハッピーは作らないことにしているので。いつか気が向いたら書くかも。でも結局いつも最後は幸せにしたくなってしまいます。だってアンハッピーだと暗すぎて収拾つかないでしょう?
 ってこれで終わるつもりでいたんだけど、余りに長いので分けました。 (03.8.24)

〔後編〕

「セリス!」
 完全に自分の世界に入っていた私は、突如掛けられた声にビクッと肩を揺らした。
 ロックの声だ。振り返りたくない。振り返れない。涙に濡れたこの顔を見せるなんてできない。だけど、声を聞いただけで更に涙が溢れてくる。空は闇が覆っているけれど今日は満月で、注ぐ銀糸が私達を照らしていた。
「セリス……」
 すぐに背後まで来ると、ロックは再び声をかけてきたが私は答えなかった。何て答えればいいのかすらわからない。謝ってももう遅いのだ。
「セリス?」
 肩に手が置かれた。私は咄嗟にそれを振り払う。
「ごめん、な」
 ロックは静かに言った。何故彼が謝るのだろう? 断りもせずに隣に座ると、私を見たのがわかった。両膝に顔を埋めているが、泣いているのは一目瞭然だろう。
「ごめん。泣かないでくれ」
 ロックの声が優しくて、涙は止まるところを知らない。私は身を固くして更に顔を隠すようにした。多分無駄だろうが。
 頑なに殻に閉じこもって泣く私は、気付くとロックに横から抱きしめられていた。
「お前に信じさせたくて……決着をつけたかったのに、結局辛い想いをさせちまった。本当にごめんな」
 彼が何を言っているのかよくわからない。信じさせる? 一体何を?
「離して」
 掠れた声で懇願する。優しいから黙って見ていられないんだろうけれど、そういう優しさは残酷だと何度言えばわかるのだろう。
「いやだ」
 ロックは無下に却下した。それどころか、更に腕に力を込めて私の体勢を崩すと、自分の胸に引き込んだ。
「ロック!」
 私は暴れようとするが、そんなのは予想していたのだろう。ロックは全然動じない。
「離してよぉ!」
 叫んでも無駄だった。ロックは私の背を撫で、あやすように言った。
「泣いていい」
「さっき泣くなって言った!」
「でもいいよ」
 許容されてしまうと、涙が再び溢れ出す。もう泣いている理由もわからず、ただ苦しくて何かを吐き出したくて、私は嗚咽を漏らした。
 ロックは私が泣いている間中、ずっと頭を撫でていてくれた。優しい大きな手が、切ない。余計に涙を誘っていることを、彼は知らない。
 落ち着くと、私は自分とロックの間に両腕を入れて、身体を引き剥がした。
「ごめん。ありがと」
 小さく呟いて俯いたまま顔を背ける。
「もう、大丈夫だから。先、戻ってて」
 安心させようとはにかんで見せたのだが、ロックはムッとしていた。
「なんで無理するんだよ」
「……別に……私は……」
「お前が帰るまで戻らないからな」
「じゃあ、帰るわ」
 私が言うと、ロックは目くじらを立てて、
「違うだろ! そういう問題じゃないんだよ。くそっ、物わかり悪いぞ」
「………………」
 それは私のせいなのだろうか。
「大体、不審に思ったセッツァーが起こしにこなかったら、お前、あのまま命を差し出してただろう」
 ロックはぶすっとしている。眠り薬を飲ませたのにロックが来れたのは、セッツァーが起こしたからなのか……。余計なことを……。
「あなたは他人の命を引き替えなんて許せるはずなかったわね」
 私はため息と共に呟いた。例えそれがレイチェルを殺した犯人でも。
「普通だろ! それに、お前が死んだら意味がねーじゃねーか!」
「?」
 意味? なんの意味だろう?
「お前に信じさせてみせるって言っただろう? 忘れたのか?」
 忘れていたわけじゃないけれど、そんなの無意味な言葉だと思っていた。
「言葉の効力なんて、ないのよ。効力はその時にしかないの。後には意味がない」
 私が言うと、ロックは更にムッとした。
「じゃあ! また言うよ。俺はお前が信じてくれるまで絶対に諦めないからな」
 言い切るロックを、「はあ?」という目で見た。ロックは一瞬たじろいだが、
「俺は! 俺の気持ちは変わってない。変わらずお前が好きだ!」
「…………どうして?」
 私はあの時と同じ質問をした。思いは少し違うけれど。
「どうしてって、好きにどうしても何もねーだろ」
 それはそうなんだけれど……。
「私は……」
 言いかけてから迷う。だけど、彼は私じゃない他の人と幸せになるべきだ。
「わかった。信じる。……でも、私はあたなをそういう風には見れないから」
「─────────」
「あなたを嫌いじゃないし、好きだとは思うけど、そういうんじゃないから……。ごめん」
 私はすまなそうにする。悲しそうなのは当然だろう。人をフるのに楽しそうな奴はおかしい。
「どこが足りない? 俺の何が足りない?」
「それこそ理由なんて……。それとも贖罪であなたと一緒にいるんでも構わない?」
「!」
 思った通り効果覿面てきめんだ。
「正直、信じらんねえ」
 ロックは吐き出した。夜の暗い海を睨み付けて。
「自惚れるつもりはねーけど、でも、信じらんねえよ」
 ため息をついて頭をがしがしと掻く。
「そんなつもりはなかったの。確かにあなたを慕ってたけど、兄のように思ってただけで」
 私は言い訳がましいことを口にする。バカみたいだと自分でも思う。だが、もう少しの辛抱だ。ケフカを倒すまで。
「俺は……多分、もう誰も好きにならない」
 彼の静かな言葉に、私は身体を強張らせた。だがすぐに考え直す。今そう思っているだけだ。時が経てば変わる。
「馬鹿だと思うだろうけど、想ってたいんだ。お前のこと」
 それは私の台詞だと思う。
「ありがとう。でも、ごめん。そういうの、重荷」
 酷いことを言っていると思った。こんなことを言うのは無意味だと思った。だけど私は犯罪者だ。余りにも罪深すぎる。戦争のせいだなんて慰めでしかない。事実は変わらない。
「かもしんねーけど、気持ちは変えられないからな。悪いけど」
 ロックは開き直ったように言う。結構ちゃっかりした人だ……。
「つーか、まだ諦めてないし」
「はあっ?」
「お前に好きにならせてみせるよ。絶対に」
 この自信はどこからくるのだろう。こんな人だっただろうか。それとも……もしかして私が嘘をついているとわかっているのだろうか。
「無駄だし迷惑。余計軽蔑するから」
 睨み付けたけど、ロックはそれを鼻で笑った。
「できるものならな」
 余裕たっぷりに言う。悔しい。めちゃくちゃ悔しい。
「だから、口説いていい?」
「はあ? ダメ!」
「あそ。でも口説くから」
 聞く意味ないじゃん! 私は思わず睨み付けたが、彼の余りに真剣な表情に顔を強ばらせた。
 そんな目で見ないでほしい。決意が崩れてしまう。絆されてしまう。
「セリス」
 ロックは甘い声で私の腕を掴むと身体を近付けて来た。
「ちょっと……」
 私は抵抗してみるが、力が入らない。その真っ直ぐな熱を帯びた視線に絡め取られて、溶けてしまいそうになってる。私自身が望んでしまいそうになる。
 触れるか触れないかまで顔を近付けられても、私はただ怯えてるしかできない。挫けそうな自分に恐怖するだけ。
「好きだよ」
 甘い囁きなど一蹴できればいいのに……。その声も、視線も、空気も、全てが私を縛り付ける。捕らえられてしまう。
「お前が」
 間近で瞳を覗き込まれる。視線を逸らすことすら許されない。深い紺の瞳に潜む情熱が、私を釘付けにする。
「好きだ」
 言葉を聞いた時には、唇が重ねられていた。
 動けない。動けなかった。突っぱねてしまえばいい。なのに、手に力が入らない。身体が自分のものじゃなくなったみたいで、塩水になって海と一体化してしまったみたいに、ただ存在するだけで。
 交わる吐息が熱くて、意識が朦朧としていた。私の鋼の意志など、彼の前では蜂蜜になってしまう……。
 溶けて、溶けて。
 愛されるということを知ってしまえば戻れなくなるのに、その甘さに、酔ってしまった。
 口づけを終えると彼は笑った。
「嫌がらないんだ?」
 意地悪く。私はかあっと頭に血が上るのを感じた。悔しくて俯くしかできない。
「お前は、俺のものだ」
 呪文のような言葉に洗脳されていく。
 言われなくてもそうなんだから仕方がないのか。既に支配されていた心。欠片の理性も風に溶けていく。
「誰にも渡さない」
 そう言うと、彼はポケットから何かを取り出した。
「これ、返すぞ」
「え……?」
 薔薇のペンダントだった。失くしたと思っていた、ロックにもらった……。
「どうして……」
「崩壊後、目覚めたら握ってたんだ。……お前の手を離したことを、何度も後悔した」
 あれは彼のせいじゃなかった。私の手がすべったのだ。暴走する飛空挺から落ちそうになっている私を腕一本で支えると言う方が、土台、無理な話。
「そっか……」
 私は何故かホッとした。自分には不要なもののはずなのに安堵してしまっていた。
「つけてやる」
 1年半前と同じように、彼は私の背後に回ると髪を避け、ペンダントをつけてくれた。
 なすがままになっている自分が変だ。
 何故か落ち着かない。もうどうすればいいのかわからない。今更取り繕っても遅いだろうし。
 私が戸惑っていると、不意に首筋に温かい……
「きゃっ!」
 私は驚いて振り返った。いや、振り返ろうとしたのだが、そのまま押さえつけられてしまう。
「ロ、ロック……?」
 不安そうに尋ねても、ロックは答えない。黙って、もう一度、私のうなじに口づけた。
「っ…………ちょ、ちょっと……」
 くすぐったくてたまらない。大体、首とか苦手なのだ。情けない話だが。
 ロックは私を抱きしめたまま盛大なため息を吐き出すと、黙って立ち上がった。
 俯いたままの私に手を差し伸べる。不思議に思って顔を上げると、目が合った。優しく微笑まれる。何故?
 私が戸惑っていると、彼はしゃがんで私の脇に手を差し入れた。膝の下にも。
 まさか……。
「ちょっと!」
 お姫様抱っこだ。ほとんと身長に違いがないし、私の体重は決して軽くない。細く見えるらしいが筋肉が多いから重いはずだ。
「ん? すぐそこまでだから」
「は?」
 すぐそこってどこ?
 私が疑問に思うと、ロックはすたすたと歩き出した。重そうには見えないが、決して軽そうでもない。
 そして立ち止まったのは、海岸の脇の岩戸の前。
「…………?」
 ここは、何?
「俺の小さい頃の秘密基地」
 ロックは悪戯っぽく瞳を輝かせる。
「へえ……」
 私が納得すると(しなくても構わないのだろうが)、少し頭を下げて岩戸に入る。中は意外に広く、鍾乳洞の入り口のように見えた。
「奥、続いてるの?」
「いや、少しで行き止まるよ」
 ロックは優しく笑う。私はそっと下ろされて、なんだか恥ずかしくなってきた。
 ねえ、これって……口に出して尋ねることはできない。勘違いだったら恐ろしく恥ずかしい。
 岩肌を背に膝を抱えた私が瞳で問うと、片膝を着いて視線の高さを揃えたロックは穏やかな微笑を湛えた。静かな湖面のような紺の瞳は澄んでいて、この瞳に見つめられると私はいつもどうしていいかわからなくなる。
 彼がどういうつもりなのかも、わかるようでわからなくなる。
「あなたは……」
「ん?」
「私を見てる?」
 レイチェルさんを重ねてはいない? そう暗に尋ねた。
「今……わからせてやるよ」
 彼の深い青の瞳が炎を灯したかのように感じた。
 唇が重ねられる。今までよりも、ずっとずっと、どこまでも深い口づけ。
 わかりたい。知りたい。あなたが私を好きだと、愛しているというのなら。
 他の誰を重ねているわけでもない、誰の変わりでもない。私である私自身を見ているというのなら。
「知りたい……」
 口づけの合間、吐息混じりに喘ぐように懇願すると、更に深いキス。
 私を溶かす、凍てついた心を溶かす、その情熱に、私は身をゆだねた。
 抱きしめてくれる腕も。細身の割りにたくましい胸も。私に触れる全てがたまらなく愛しくて。
 ただ、全てを忘れて互いを求めた。
 求められることがこんなに嬉しいことだと、気付かされた。
 愛されることがこんなに切ないことだと、気付かされた。
 触れたと場所から伝わる熱を求めて、私達は互いの身体を彷徨う。
 さざ波の音が全てを隠してくれるようで。
 全てをさらけ出して、愛をねだる。
 彼の熱い息づかいも、執拗な程の口づけも、全てを奪い尽くそうとする猛々しさも、彼の全部が私を求めていた。

 愛されることも、愛することも、もしかしたら簡単なことなのかもしれない───。気付くのが難しいだけで。

 波の音を聞きながら、私達はいつまでも抱き合っていた。
「あのね、思い出したの」
 セリスは呟く。今更言いにくいけれど、今言わなければ他に言う時などない。
「なにが?」
「あなたが……これをくれたこと」
 胸元に輝く小さな薔薇。
「……いつ?」
「崩壊後、私、一年も眠ってたの。目覚めたとき。夢で見ていた……。レイチェルさんを殺したことを一緒に、思い出したの」
「………………」
 私の言葉に、ロックは私をきつく抱きしめてくれる。
「あなたがしているバンダナ。私が巻いてあげたものでしょう?」
「そうだよ。お前がくれた」
「……ありがとう」
「なんで?」
「……嬉しかったから」
「俺は……」
「え?」
「初めて会ったときから、お前を見てたよ」
「…………」
「お前にレイチェルを重ねてたんじゃない。レイチェルにお前を重ねてたんだ……」
「…………」
「でも、過去はもういい。俺達は未来に向かって生きるしかできない」
「うん……」
「だから、俺はお前を離さないよ。何があっても───」
 今は、その言葉を信じることができた。
 離さないでいて。
 あなたの愛の鎖に、私は永遠に囚われるから───

 

・ fin ・

 

■あとがき■

 最後のくっさい台詞「愛の鎖」は悩みました。だって恥ずかしいじゃない。でも開き直って藤本ひとみ(小説家)風にいってみた。

 私は無意味な会話のやりとりなんて書きたくないのに、気が付くとえんえん書いてます。いっつも同じような展開、似たような話になっているのが現在の悩みです。特にラストが……。頑張ったところでそうなっちゃうのは、自分がそういう展開が好きだからでしょうか?<b

 これをもって、続編を書くことを快く承諾して下さった親愛なる如月さんに、この作品を捧げたいと思います。駄作で申し訳在りません。

 そして、10000hitフリーの「RAIN」と海辺の洞窟が被ってますが、こちらが先です。こちらが先に書き上がっていました。シュチュエーション違うから許してくださいね。 (03.8.30)

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