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 第二次魔大戦の後、ロックとセリスの二人はドマで暮らしていた。
 永住する予定はないが、ドマを復興すると意気込むカイエンの手伝いをしたいと、セリスが強く望んだからだ。
 ロックは旅に出るつもりだったが、セリスがいないのならば意味がないと思うし、世界がもう少し立ち直ってからでも旅に出ることはできる。セリスが贖罪を願うなら、手伝ってやりたかった。それで少しでも罪の意識が減るのなら、彼女の心が軽くなるのなら……。
 まずドマの城を修復し、そしてその周りに城下町を造る計画だ。海岸へ向かって町を広げ港町にする。城の裏手には畑を広げている。
 カイエンがドマの復興を始めた途端、生き残り世界に散っていたドマの者が集まってきた。セッツァーが各地を回り噂をばらまいたからだ。
 元々のドマの人口を考えれば多いとは言えないが、それでも150人弱になる。
 最初は皆で城に寝泊まりした。
 石造りで丈夫だったため城の外装修復が一月ほどで済むと、外に仮宿舎を建て少しずつ城下町を広げていく。土地の慣らしから手作業なので大変だった。エドガーが水道配管の技術者や様々な道具を貸し出してくれたが、フィガロだって裕福とは言えない。世界情勢は安定などからほど遠く、大陸が分断されたせいで、交通手段がほとんどなくなっていることもその要因だった。
 それでも世界は、確実に復興への道を歩んでいた。

 二人がドマに来て、4ヶ月ほどしたとある一週間────

 

-Monday-

 月曜日、セリスは休日だった。
 自分からドマの再建の手伝いを望んだものの、無理矢理魔力に慣らされた身体は突然魔力がこの世から無くなったことに耐えられなかった。不調が続き、結局、週に三日だけ火、木、土と城の内装修復などを手伝っている。
 とても不満だが、それは自分に対してだ。無理すれば周りに迷惑をかける。ロックにも真剣に怒られた。その時のことを思い出すと今でも胸が熱くなる。あんな風に自分をしかってくれる人間などいなかったから。
 ロックはもっぱら大工仕事みたいなことをやらされている。ドマの建築様式はどことも違うから大変みたいだが同時に楽しそうだ。
 マッシュもドマにいるから余計楽しいんだろう。フィガロは比較的被害の薄い土地だ。大半が砂漠のせいもあるだろうが、力仕事の方が役立つからとドマに来ている。

 城近い小さな戸建てで、セリスは掃除や洗濯を済ませると「あっ」慌ててテーブルの上を見た。
 そういえば、ロックに弁当を渡していない。
 食事も豪華にはいかないが、それなりにフィガロが手助けしてくれるからなんとかなっている。フィガロは他のベクタなどの支援もしているから大変だろうが、エドガーは精力的に働いていた。ロックは「絶対に早くティナを迎えに行きたいんだ」と言ったが、セリスにはよくわからない。そんな風には見えなかったが、自分は鈍感だから仕方ないのかもしれない。
 セリスはエプロンを外し、適当に縛っていた髪をアップにする。身に着けているのはなんと浴衣だ。
 女性の大半は城の内装修理や畑仕事などをしている。ドマの女性は皆着物を着ていて、サウスフィガロにでも行って服を買いたいと言っていたら、色々な人がくれたのだ。
 最初は相当抵抗があった。着付けも難しかった。が、ロックがにこにこと「可愛い」そう連発してくれたからかもしれないが、今は普通に着ている。どう考えても動きやすくはないので、城に行くときはズボンだが普段は着させてもらっていた。丈夫な生地なので古いものでも全く痛んでいない。
 家には大したものもないが、それでもしっかり鍵をかけ、弁当の包みを持って歩き出した。
 草原の島国になってしまったドマはいつでも潮風に包まれている気がする。
 まだまだ作りかけの町は不便だ。露天などは他国から商人なんかがやって来ているが、それでも足りないものが多い。通貨の循環が少ないのにも困っていた。要するに、働けど給料はほとんどないのだ。ほとんどを自給自足で、配給制。小遣い程度が渡されるが、皆、不満は漏らさなかった。そうでないとドマ国はこのまま無くなってしまうのだから。
 10分ほどでロックの姿を見付けたセリスは、笑顔になって駆け寄った。

  

†  †  †

 

 10時半の休憩で、ロックはぼんやりと空を仰いだ。
 世界を旅して思うことは、青空は変わらないということだった。
 無論気候などで色の違いは多少あるが、そんなの同一の場所でも言えることだ。そういうことじゃなくて、青空がもたらす気持ちは変わらないという意味。
 青空の下で吸う煙草はおいしい。どこで吸ってもおいしいんだが、より解放された気分になるから不思議だ。
「雨、降らないでよかったな」
 マッシュが言う。確かに雨が降ると仕事が滞る。更に地面は乱れ、慣らし直さなければならない場合もある。
「だけど水不足になるかもしれないぞ」
 生粋のドマ人である若者トコウが言った。近隣の村に非難していたため帝国の襲撃時には助かり、そして世界崩壊時も運良く生き残ったらしい。彼は二十歳で、3つ下の可愛らしい妹がいる。両親は亡くなったそうだが、妹が生きているから自分は幸せな方だと言っていた。
「そうだな。川が消えたのも痛いな。井戸の水が心なしか少なくなってる」
 中年のドマ人サライが言った。この男は放浪したあげくゾゾにいたらしい。元々はドマの大工だったらしいが右手の薬指小指が効かなくなり首にされ、ドマを飛び出したと言う。戸建てを造るのにサライは欠かせない存在だ。
「ところでさ」
「あん?」
「あれ、セリスじゃねーか?」
 マッシュに顎で後ろを示され、ロックは振り返った。
 破顔したセリスが駆け寄ってくる。
(くうっ。可愛い。この浴衣っての、いいよなぁ)
 思わずギュッとしたくなるが、人前なので我慢する。セリスは人前でベタベタするのを恥ずかしいと嫌がる。別に家に帰ればいくらでもできるのだ。
「どした?」
 息を切らしているセリスにロックは問う。こんなに急いでいるのだから城で何かあったのかと思ったのだ。
「え? …………もう、ロック、お昼ご飯はどうするの?」
 セリスは小首を傾げる。ロックは「あっ!」と言って頭をかいた。
「悪ぃ」
 素直に謝ると、セリスはニコニコしてお弁当を差し出す。
「サンキュ。だけどさ、別に急ぐことないんだから走るなよ」
 心配して言ってくれたのだろう。
「そうね。ごめん」
 セリスははにかむと、
「じゃあ、頑張ってね」
 花のような微笑みを散らして、来た道を戻って行った。
「相変わらず綺麗だなぁ」
 サライが言う。ロックは照れたように頭をがしがしとかいた。
「ですよねえ。ロックさんの事見たときの幸せそうな顔。あれは羨ましい」
 トコウが付け足す。なんだかロックは居心地が悪い。こういう時しれっとして「まーな」とか言うべきなのだろうか。しかし照れが先立って、苦笑いするしかできなかった。
「結婚しないのか?」
 マッシュに尋ねられ、ロックは「うーん……」と唸った。考えていないわけではないが、急いでもいない。
「もう少し落ち着いたらな。あいつはまだ本調子じゃないし、そのこと気にしてるからさ」
 するとマッシュが首を傾げる。
「逆にプロポーズした方が喜ぶかもしれないぞ。体調を崩したから嫌なのかもって考えてたらどーすんだよ」
「ハハ、いや、とりあえずさ、ドマの再興が終わって旅に出てからにしたいんだ。今プロポーズしたらここに落ち着くことになりそうだし」
「ドマは不満か?」
 サライがロックを横目で睨んだ。無論本気で睨んではいないが、結構迫力がある。
「そうじゃねーんだ。ただ、旅に出たい」
 ロックがぽつりと漏らすと、
「セリスの体調が戻らなかったら? お前どーすんだよ」
 マッシュに突っ込まれる。ロックもそれを考えていないわけではない。
「そしたらそうだなあ。モブリズにでも行くよ」
「モブリズ? なんでまた」
「今のままだとティナがあそこを離れられないだろ?」
「…………兄貴か」
 呆れ顔のマッシュに、ロックは再び苦笑いだ。
「まあ、うまくいけばだけどな」
「そういえば、マッシュさんの兄貴ってフィガロの国王なんですよね?」
 トコウがマッシュに不躾な視線を寄越す。
「おう。王族の気品がうかがえるか?」
 マッシュの返事にトコウは困ってしまう。
「……いや、あの……」
「冗談もほどほどにしとけ。仕事再会するぞ」
 サライの言葉に、「うぃーっす」気分を切り替え腰を上げた。

  

†  †  †

 

 ロックのために料理をする時間は嫌いじゃない。
 本当は、余り料理が得意じゃないけれど、ロックに喜んでもらいたいと思うと、心が弾む。
 不思議だ……とセリスはいつも感じる。こんな温かくて柔らかい気持ちに、自分がなれるなんて思ってもみなかった。想像すらしたことがなかった。
 すべて、ロックのおかげだと思う。
 ロックが好きだ。一緒に暮らし初めて約4ヶ月。気持ちは膨らみ続けている。優しく受け止めてくれる人がいることを、涙が出そうになるくらい切なくて嬉しいと感じる。
 シドおじいちゃん、私、幸せになれるかもしれない……。
 なれるとまだ言いきれはしない。セリスは自分に自信がないから。でもきっとロックといれば大丈夫だと思う。一人じゃないから。


 夜、ロックが家に帰るといい匂いがした。
 それほど料理が得意とは言えないセリスだったが、ドマに来てかなり上達した。
「ただいま」
 ドアを開けると、台所からセリスが飛び出てくる。
「お帰りなさい。ロック」
 ぎゅっと、セリスはロックに抱きつく。可愛い。とても可愛い。なんて幸せなんだろうとロックは思う。
 軽い口づけを交わし、
「ちょっと待っててね。もうすぐできるから」
 セリスは言い残して台所へ戻る。
 1LDKの小さな戸建てだが、今はそれで十分だった。しばらく借りているだけのことだ。
 既に風呂に入ってきたロックは、手作りのテーブルに肘をついて煙草をふかす。
 風呂は共同であり、ロックは仕事帰りに入って着替えて戻ってくる。セリスも城に行った時はそうだ。家にいる日は午後一番に行くらしい。温泉が出るため、それだけは良いところだと言える。復興が完全に済めば、観光地にもなる。勿論、温泉の掘削機もエドガーが貸し出してくれた。フィガロでは井戸を掘る為のものだ。
 ロックはマッシュの言葉を思い出していた。
 彼女がいれば確かにそれでいいが、旅をしたいのも本音だった。だが、待たせることだけはしたくない。その間に何かあったら……レイチェルの元を離れていた時のことを思い出して、どうしてもそれはできない。
(多分、俺はワガママなんだろうな。そして贅沢だ)
 ただ現在の状況に満足して終わるのは好きじゃない。その時の最善で生きられたらいいと思う。
「どうしたおの? ぼんやりして」
 サラダのボウルを運びながらセリスが聞いてきた。
「いや。なんとなくな。復興後のこととか考えてさ」
「ふーん? どうするの?」
 そう聞かれると言いづらいものがある。ので、ずるいかもしれないが、聞き返したみた。
「お前はどうしたい?」
「え? 考えてなかったわ。でも、あなたと一緒なら、なんでもいいけど」
 嬉しい答えだ。が、できれば具体的に言って欲しかった気がする。
「ま、俺もそうだ」
 料理を運び終えて食事を始めると、セリスはロックのことをじっと見つめてきた。
「なんだ?」
「旅に、出たい? ドマで毎日力仕事じゃ退屈でしょ?」
 少しだけ図星を指され、ロックは苦笑いをする。
「いや、なんかを作り出すっていうのもいいと思うよ。それに、この不安定な世界でのんびり旅ってわけにはやっぱりいかないだろう?」
「確かにそうね」
「俺は、お前が傍にいればそれだけでいいんだ」
 にこにこ微笑まれ、セリスは頬を染めた。歯に衣着せぬロックの言葉は、恥ずかしいけれどとても嬉しい。
「ありがと。でも、冷めないうちに食べてね」
 セリスは恥ずかしそうに、でも、幸せそうに言った。

 

■あとがき■

 5555Hit綺羅さんのキリリクです。お待たせいたしました。連載開始!(ごめんなさい。また連載です)
 何故かセリスが浴衣です。可愛いけど絶対に着なそう。でもみんなが笑顔でくれたらさすがに断れないし着ないわけにはいかないでしょ? しかもみんな当たり前に着ているものだから。ということで、浴衣。ドマの人間がみんな浴衣かって? 違いますよね。カイエンの妻ミナ(だっけ?)は洋服だったから。いいんです。着物ってことにしてください。カイエンの格好だって昔の武士の鎧装束だからさ。
 ということで、短編の7連発です。リクを受けたときから決めていました。1日を追っただけではつまらないかな……と。仲良く暮らす姿は、ワンシーンじゃ現せないし(私の実力不足でなんだけど)、面白いかな~と。でもほのぼのって難しいので短編なんです。重ね重ねすいません。精進します。
 ところで火曜日を執筆中ですが、いきなり前後編になりそうで困ってます。何とかするつもりだけど……。頑張ります! (03.08.01)

-Tuesday-

 火曜日はセリスは城に行く。ロックと一緒に家を出て、途中で別れる。
 城で働く人間にとって、火曜日は掃除の日だ。
 修理をした部屋も一週間放っておけば埃が積もる。そのため週に一度は掃除をしなければならない。本来はもっと頻繁に行うべきものだが、あいにくそこまでの余裕はなかった。修理自体はほとんど終わっていて、今は細かい家具や絨毯、カーテンの修繕をしている。
 朝、城に入ると全員が広間に集まる。これは火曜日に限ったことではない。連絡事項と仕事の割り振りのためだ。
 今日のセリスの担当場所は2階の客室。いつもアリノという18歳の少女と組む。
 とても気さくでおしゃべりで年頃の女の子らしい少女だ。
 普通(という呼び方が適切とは言えないが)の女の子の友達は初めてで、セリスは3ヶ月経った今でも新鮮な気分でつきあえる。
 アリノが一番好きなのは、恋の話。多分、18歳くらいではほとんどの少女がそうなんだろう。自分やティナの2年前を思い出し、セリスは少しだけ悲しくなることもあるが、今が幸せだから気にしないことにしている。
 その恋の話には、セリスは最初戸惑った。誰が素敵だとか、こんな相手が理想だとか、誰々の彼はこんなひどい奴だとか、色々な話題と噂は尽きない。初めの頃こそ曖昧に頷いているだけだったが、今では意外と面白いと思うようになった。リルムが好きそうな話だな、なんて思ったりはするけれど。
 人の話を聞いていると、自分に当てはめてみたくなる。それはアリノも同じようだが、セリスはそういう時、切なくなったり嬉しくなったりして、くすぐったいようなこそばゆさを感じる。それがいいのかもしれない。
 掃除をしながらもアリノは口を動かすのをやめない。勿論、黙っていても変わらないのだからいいんだけれど、話しながら何かをする事が苦手なセリスは少しだけ困る。
「ロックさん、ステキよね。みんなもそう言ってるの」
 アリアが言った。いつも彼女はそう言う。その度にセリスは照れてしまう。
「そ、そう?」
 この返事が精一杯だ。
「かっこいいし、何よりセリスに向けるあの優しい笑顔! 特別って感じがいいなあ。私もああいう彼が欲しい」
 この最後の言葉もアリノの定番だ。どうやら彼女には好きな人がいるようで、その人を想って言っているようだが、セリスはそれが誰かまではわからない。
「でも……」
 セリスはつい漏らす。
「でも?」
 壁を拭いていたアリノは手を止めて振り返る。
「……私はロックの自由を奪ってる」
「え?」
「トレジャーハンターとして世界を旅していた人だから、やっぱり旅に出たいみたい」
 セリスは寂しそうにはにかんだ。
「そうなんだ……」
 アリノも少しだけしょぼんとする。こういうところがいい子だと思う。
「私の身体が良くなればいいんだけど……」
 呟いてセリスは窓拭きを再開した。考え出したら止まらないが、動いていると考えずに済む。
 アリノも壁をごしごししながら、
「でも前よりいいじゃない。仕事した翌日、寝込むなんてなくなったんでしょ?」
 と言った。彼女の言うとおり、最初の頃は休みの日はほとんど動けなかった。
 自分で意気込んでドマに来たのに、逆に迷惑をかけていることが悔しくて何度も一人で泣いた。せっかく付いてきてくれたロックの前では泣けなかった。勿論、セリスが気にしていることはわかっていて、励ましてはくれたけれど。
 突然身体が以前のように丈夫でなくなり、心がついていかなかった。ロックが支えてくれなかったら、今頃ノイローゼになっていただろう。
 自分はたくさんロックに助けて貰っているのに、何もしてあげられない。セリスはそれをずっと気にしている。
 アリノは「気にしないでいんじゃない?」と言ってくれる。ロックは何かしてほしくてセリスといるわけではないと。
 それはセリスにもわかっていた。ただ何かをしてあげたいのだ。そして自分はロックの傍にいてもいいという自信が欲しい。
 無論、まず、身体を治すことが最優先なのはわかっている。でももどかしくてならない。
 ロックが優しければ優しい程、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。ロックは無理をしているんじゃないかと考えてしまう。
「また、そんな顔して」
 暗い顔で雑巾を絞っていると、アリノに笑われてしまった。
「セリスってばすぐ難しく考えるんだから」
「そう?」
「またロックさんに相応しくないとか考えてたんでしょ? 最初の頃は馬鹿にしてるのかと思ったけど、本気なんだもの。綺麗なのに、自信持ちなよ」
 アリノに肩を叩かれ、セリスははにかんで首を傾げる。
 綺麗と言ってくれるのは嬉しいけれど、余りそれは自信にはならない。顔だけでロックの傍にいられるというのはおかしいからだ。
 彼を支えられるような、彼と支え合って生きていけるような人間でありたいから。
「もう! 好きだったら死んでも離れてやらない!ぐらいの気持ちでいなきゃ。思いやりすぎるのも考え物よ」
「はは……」
 セリスは曖昧に笑って、再び掃除を始めた。

 

†  †  †

 

 一日を終え、城を出るとロックが待っていた。
「どうしたの?」
 セリスは満面の笑みで駆け寄った。幸せそうな二人を、家路を辿る人々が微笑ましそうに見ていく。
「いや、今日は早く終わったからさ。俺が夕飯作ってやるよ」
「本当!?」
 ロックがこう進言することは滅多にない。ドマに来てから4度目だ。
 決して下手ではないが、野菜の切り方などは「ザ・男の料理」といった感じである。
「何作ってくれるの?」
「ナイショ。俺、先帰って作っとくな。ゆっくり風呂入って来いよ」
 そう言って、ロックは帰ってしまった。
「もったいぶって……」
 セリスは呟いたが、幸せそうな表情だった。


 家に帰ると、香ばしい匂いが漂っていた。これは、ソース?
「ただいま」
「お帰り♪ セリス」
 珍しくエプロンなんて着けたロックが菜箸片手に台所から出てくる。バンダナがまるで食堂のおばさんがする布巾みたいな気がしてくる。
 セリスがくすりと笑みをもらすと、
「なんだよ」
 ロックは不思議そうにした。
「ううん。ロックの格好、かわいいなって」
 セリスが微笑むと、ロックは顔を赤くした。
「かわいいって、あんまし嬉しくないぞ」
「ごめん。でも、かわいいんだもの」
 セリスは悪びれず言う。男の人が可愛いなんて感じるようになったのも最近だ。それだけ心に余裕が出てきたのかもしれない。
「…………そういうこと言ってると……」
 ロックは菜箸をテーブルに置いて、エプロンを外すと、
「おしおき」
 おもむろにセリスの手を握り引っ張ると、唇を奪った。
「んっ……!」
 いきなりだったので全く予期してなかったセリスは、びっくりして目を丸くする。
 だけど、情熱的な深く浸透してくる口づけに、セリスは夢中にさせられる。
 いつもそうだ。ロックに口づけられると全てがどうでもよくなる。なんだか負けている気がして悔しいが、どうしようもない。
 ロックに解放されると、セリスは少しだけ肩で息をしながら、
「どうしていきなりなのよ」
 少しムクれた。ロックは笑ってそれには答えずに、
「丁度メシできたから、さっさと食おうぜ」
 台所へ入ってしまった。
 ロックが皿に盛って持ってきたのは……
「うどん?」
 セリスは首を傾げた。少し焼きそばに似ている。野菜が入っていてソースが絡めてあるところとか。
「そ、焼きうどん。味付けはソースとしょうゆ半々な。トコウの妹さんがうどん作ったんだって。くれたんだよ」
 ロックが説明する。うどんや蕎麦はドマの郷土料理だが、現在は個人で作らない限り売ってはいない。そば粉は作ってないし、小麦粉だって無駄使いできない。
「へえ……」
 セリスはうどんも蕎麦も食べたことがない。ベクタにはそんな食べ物はなかったし、帝国を抜けてからも、野宿の粗食かありふれた定食、みんなで食べられるシチューなどばかりだった。
「いっただきます♪」
 セリスはにこにこして箸を付けた。ロックが作ってくれただけで嬉しいのだ。
「ん! おいしい!」
「だろ? 簡単だけど、意外にハマるよな」
「うん」
 セリスはおいしそうに焼きうどんを口に運ぶ。
 出会った頃は、こんな風に笑顔で食事をしたりすることはなかった。食事時は特に無表情で味覚がないのかもしれないと思うぐらい退屈そうだった。
 本当に良かった、とロックは思う。彼女がこんな風に笑ってくれるようになって。その時、自分が隣にいることができて……。

 

†  †  †

 

 二人は1つのベッドで寝ている。少し大きめに作っているが、セミダブルといったところだ。
 ちなみに夜の営みはほとんどない。前に3回だけあるのだが、翌日セリスが寝込んでしまったためロックは待つことにしている。
 そんなこんなではあるが、仲良く寄り添って眠っている。
 安らかで幸せそうな寝顔。ロックは眠ったままセリスを抱き寄せる。意識はなくても幸せな時間だ。
 それなのに、突然、扉が鳴った。
「ん~」
 ロックは答えたが、全然起きてない。寝ぼけているだけだ。
「ロック! 起きろ! 大変だ!」
 マッシュの声だった。先にセリスが目を覚ます。寝間着のまま玄関の扉を開ける。
「どうしたの?」
「それが……」
 マッシュが説明しようとすると、
「なんだ~?」
 ロックが目をこすりながら奥から出てきた。
「不審船だ。俺とロックで様子を見に行きたい。すぐ用意してくれ」
 口早にマッシュに言われ、ロックは目を見開いた。
「不審船!?」
 ギョッとしてセリスと顔を見合わせると、すぐに寝室に戻った。1分で着替えてバンダナと愛剣を手にして飛び出して行った。
「セリスは城に行っていてくれ。カイエンがいる」
 最後にマッシュに言われたため、セリスは不安そうな面もちで頷き、自分も着替えることにした。

 時刻は11時半だ。こんな夜中に船が近寄ってきたら不審に思うに決まっている。
 ドマ城に行くと、会議室に人が集まっていた。復興方針を決める主要メンバーだ。
「揃ったでござるな」
 念のためエクスカリバーまで帯剣してきたセリスを見て、カイエンは言った。
 自分はここでは部外者に等しい。何故呼ばれたのだろう。セリスは不安になる。
「海岸を散歩していた若者達が発見した。もう仮船着き場に入港しているかもしれないでござる」
 カイエンは状況の説明を始めた。
「大きさは物資を運ぶフィガロの船より一回り小さいくらいらしい。武装は特に見あたらなかったようだが、暗いからなんともいえないでござる」
「なんなのかしら……」
 セリスは呟く。平和ボケしていたかもしれない。
「わからんでござるな。大事にはならないかもしれぬ為、住人を起こすかどうか迷っている。二人が戻って来しだい、ということになるが……」
「そういえば、どこだかで海賊が出たとサウスフィガロから来た商人が言っていた」
 中年の男が言った。
「だがここは陸地でござる」
 カイエンは首を捻る。無論、陸地だから絶対に狙われないということはないだろう。孤島なのだから。
「救援を求める船かも知れない」
 老人が言う。その可能性も勿論ゼロではない。救援信号を出していたかどうかなどわからないが。

 延々と答えの見つからない議論をしていると、12時ぎりぎりになってマッシュが戻ってきた。
「どうだったでござるか!」
 カイエンがせっつく。マッシュは苦い顔で、
「それが……」
 彼等が膨大な食料や水を要求していることを告げた。やはり海賊だったのだ。
 だが、見つかったのなら無用な争いは避けたいから、要求を呑むのなら何もせずに帰ると言う。
 現在の代表者(カイエンのことだ)に相談すると言って、マッシュ一人戻ってきたようだ。
 フィガロでは力がありすぎるため直接は狙えないため、支援を受けているドマを標的にしたようだ。
「敵の力はどれくらいでござるか?」
 カイエンが問う。
「ならず者40人てとこか。船には大した装備はなさそうだった。武器は斧や剣、槍と普通。ただ…………」
「ただ?」
「帝国兵の生き残りに思えた……」
 マッシュは言いにくそうに、だが、事実を告げた。
「なんてこと……!」
 セリスは絶句する。
 現在、帝国の形見は狭い。苦しく貧しい生活の怒りの矛先を何かに向けねば気が済まず、人々は元帝国人へとそれを向けている。特に、威張り腐っていた帝国兵には風当たりが強すぎた。実際セリスもそういう負い目はある。ドマでもその事実を隠しているぐらいだ。カイエンが言う必要ないと言ってくれたから。
「とにかくすぐ戻って返事をしないといけない。ロックを残してきたしな。まあ、あいつのことだから全然心配はしてねーけど。……どうする? 戦って追い返せるか?」
 マッシュはカイエンに指示を仰いだ。少しの被害でも被りたくない。もしマッシュ自身の問題なら迷いはしないだろう。多分それはカイエンも一緒だ。
 ドマの軍人の生き残りはほとんどいない。いてももう戦えはしないだろう。
「40人なら、3人でなんとかなるでござろう」
 カイエンが静かに言った。カイエン、マッシュ、ロックの3人で戦うつもりなのだ。
「私も行くわ!」
 セリスは立ち上がって言ったが、
「ダメだ」「ダメでござる」
 即答されてしまう。心配してくれるのはわかっているが、のけ者が嫌だった。それに……
「お願い! 本当に帝国兵の生き残りなら説得したいの!」
 セリスの必死の形相に、二人は言葉を詰まらせた。戦いに行くのではないと彼女は言う。
「仕方ないでござるな。すぐに用意して向かおう」
 カイエンが諦めたように言った。
「いいのか?」
 マッシュが問うが、カイエンは静かに頷く。
「戦わずに終わらせることのできる可能性を捨てることはできまいよ。後で拙者がロックに怒られればいいこと」
「…………俺も一緒に怒られるよ」
 二人は怒るロックを想像し、顔を見合わせて苦笑いするしかなかった。

 

■あとがき■

 いつもと違う感じの話なので戸惑うことも多いです。日常を書いてみたくて一週間なんですが、これが意外に難しい。大体普通の日常っていうのは大した変化のないもので、他人が聞いて毎日面白おかしい生活を送るなんてまずないことですから。
 ということで、少しだけスパイス。セリスが体調の悪さを気にしているってだけのことだけどね。普通ということを覚えていくセリスになっちゃってますね。綺羅さんすいません。もっと頑張ります。
 海賊ってのは、これもスパイス。ロックとセリスの日常なら、山有り谷有りで、それを乗り越えて行くかな~と。最初は山賊を考えたんですけど、崩壊後のドマは山なんかないじゃん!賊なんかどっから来るんだ!ということで海賊です。
 ED後で大変なのは、地理の把握です。他の話では矛盾が多いです。崩壊後の地理をすっかり忘れている部分があるので……。なるべく攻略本で確認していますけどね、特にこの頃は。その辺は都合のいいように変えている部分があってもお許し下さい。
 中途半端に終わっていますが、次は水曜日です。0時過ぎの物語。変な感じでしょうが、この海賊エピソード出したくて……それに、一日一日を書くのもいいけど、こうして繋がってる日も面白いかなとか、こじつけ? (03.08.02)

-Wednesday-

 12時半になる前に、マッシュは戻ってきた。海賊達がそう指示したからだ。
 カイエンは当たり前だろうが、セリスを伴っていたことにロックはギョッとする。
「おいっ、何で……!!」
「帝国兵の生き残りらしいって聞いたから。話をさせてほしくて」
 セリスが懇願した。ロックは苦い顔になったが、
「くそっ、来ちまったもんは仕方ねえ」
 渋々了承した。
 仮船着き場に停泊している船は、いかにもという海賊船ではなかった。普通の船を少しそれっぽくしてあるだけだ。
 仮のものなので、ただ木の桟橋があるだけのそこに停めてあるのはとても間抜けだ。ちなみに正式の港は来月から取りかかる予定だ。
 見張りの者を残し、海賊達は船の中に戻っていたが、マッシュが戻ってきたという報告を受けたのだろう。ぞろぞろと出てくる。
「無抵抗に言うことを聞けば何もしないなんて、帝国兵がするとヘンな感じだ。……ひどいことをさせていたのはケフカだけどな」
 呟くロックに、セリスは尋ねる。
「どうして帝国だと?」
「言葉。帝国独特の固い話し方。それと、『また滅ぼしてほしくなければ』っつった」
「……全員そうなのかしら?」
「わかんねえけどな」
 海賊達が桟橋の途中で足を止めた。船の上で弓矢を構えている者もいる。少数なのが幸いだ。
「大人しく要求を飲むか?」
 先頭に立つがたいのいい男が言った。こいつがカシラなのだろう。
 セリスが一歩前に出ると、海賊達は構えを取る。それには構わずに口を開いた。
「お前……私がわかるか?」
「なんだ……?」
 カシラは変な顔をしたが、

「………………???」

 見覚えがあるのか首を捻る。
 セリスは帝国を出た時に着ていたボディスーツを着てきた。腰の剣はエクスカリバーだが、この出で立ちを覚えている者はいるだろう。
「まさか……」
 後方にいた何人かが呟いた。
「セリス……将軍!?」
 誰かが名を告げると、動揺が走る。
「生きていたのか?」
「本当に?」
 ぼそぼそと囁かれる言葉を耳にしたカシラは、
「あ、んた……」
 呆然とセリスを指さし、唖然とした。
 隙だらけだな、セリスは内心笑いたくなるのを堪えた。
「貴様は見覚えがあるぞ……。ケフカの直属だったか」
 半眼で告げると、男は顔を引きつらせた。
「そんなの今は関係ない。大体あんたは帝国を裏切った」
 動揺を隠すように憎々しげにセリスを睨み付ける。
「なんだ? 貴様はまだ帝国にしがみついているのか?」
 セリスは男を鼻で笑う。横で見ているロック達ははらはらして仕方ない。
 カシラはカッと顔を赤くし叫んだ。
「滅びた国はどうでもいい!」
「ふん……。で、こんなことをしている理由を言ってみろ」
 所属部隊は違えど、かつての常勝将軍と呼ばれたセリスの威圧感に、海賊達は固まってしまう。
「どうでもいいだろう!」
 カシラが怒鳴っても、セリスは眉一つ動かさない。
 そんな将軍としての頃と変わらぬ姿を、ロックは不思議に思う。綺麗だと感じてしまうのは、惚れている弱みなのか。
「何故ベクタの再興に参加しない?」
 淡々とセリスが尋ねる。
「根っから人を踏みにじって生きることが好きなのか? ケフカの二番煎じか?」
 セリスの言葉にカシラは激昂する。
「あんな男と一緒にするな!」
 海賊をしているのなら変わらないではないか。セリスは呆れた思いを顔にも出さず男を一瞥し、
「お前達が今、やろうとしていることは何だ? ケフカの凶行とどこが違う?」
「………………」
 男は悔しそうに歯ぎしりをした。周囲の手下達は情けなさそうに俯いている者もいる。
「ケフカを嫌悪するなら何故こんなことができる? お前達を縛り非道な行為を強制する者はもういない。なのにどうして過去の呪縛から逃れられない?」
 セリスの静かだが怒りを含んだ言葉に、海賊達の攻撃的な気配が引いていく。
「虐げられることもある。私達はそれだけのことをしてきた。自分で望んでしたことでないとしても、行った事実にかわりはない。虐げてきたのだから因果応報だろう。それに対して逆恨みするのは、己の愚行を棚に上げすぎだ。無論、選択肢などなかった。私も嫌気がさして抜けようとしたときは、死ぬしかないと覚悟した。生きているのは偶然にすぎない。だが生き残れたからには前に進みたい。帝国兵もほとんどの者が死んだ。生き残ることができたお前達がすることはこんなことか? こんなことがしたいわけではないのだろう? 虐げられるからなんていうのは言い訳にすぎない。逃げ道にはならない。ベクタへ行け。ベクタを再興し、今度こそすばらしい国にしろ」
 セリスは一気に言い終えると、呼吸を整えてから告げた。
「もし、納得がいかないと言うのなら、私が相手になろう」
 腰に差していたエクスカリバーを抜いた。月から零れる光を反射して煌めく剣に、兵士達は誰一人動こうとしない。
 そのうち、誰かの嗚咽が漏れ、徐々に周囲に浸透していった。
「あんたにそんな説教される日がくるとは思わなかったよ。無感情の小娘だったのにな」
 カシラはハッと自嘲した。セリスを敵にして勝てる気など寸分も起こらなかったのだ。
「私は部下を思いやったりしなかったからな。自分のことで精一杯だった」
 セリスも自嘲の笑みを浮かべる。
「そんなことありません!」
 一人の男が叫んだ。
「……お前…………私の部隊にいたな。ソドリ・トルロだったか。……部隊を思いやったなら、部下を捨てて自分だけ帝国を抜けたりしない。あの頃の私には他人を思いやる余裕など持ち合わせていなかった」
「将軍……」
「あの頃とて、決して楽で満ちた暮らしをしていたわけではあるまい。粗末な食事で戦わなければならず、辛かったはずだ。……誰がなんと言おうと、生きる権利は平等だ。足掻いて見せろ」
 セリスは言い終えると微笑んだ。どうやらわかってくれたらしい。こんなにうまくいくとは思わなかったが、よかったとホッとする。
 と、海賊達は唖然としてセリスを見ていた。
「……なんだ?」
 セリスが首を傾げる。誰も答えない。互いに目配せをしている。
「???」
 セリスが不思議そうにしていると、横から苦笑いを浮かべるロックが言った。
「お前が笑ったから驚いたんだろ」
「は?」
 笑っただろうか。セリスに自覚はない。だが、海賊達が頷いているからそうなんだろう。
 途端にセリスは恥ずかしくなって後ろを向いた。それからロックを睨み付ける。
「何で俺を睨むんだよ」
「─────────」
 セリスは答えないが、照れて睨む時の彼女は可愛いから、まあ、いいかと思う。
 すっかり襲う気配の消えた海賊達に、今度はカイエンが進み出た。
「水だけならわけることもできる。食料は……これだけの人数となると1日分が限界でござるな」
「カイエン……」
 セリスは驚いたようにカイエンを見た。ドマの食料事情だって余裕と言えるわけではないのに。
「いや……」
 カシラは首を横に振った。
「食料はいい。水だけ頼みたい」
 男は諦めがちに言った。自棄になって海賊を始めたが、略奪という行為の無意味なことなど知っていた。己を満たしてくれないことなど知っていた。目を逸らしていただけだ。この崩壊した世界で略奪が成り立つのは長くない。
「了解したでござる。できれば朝まで待って頂きたいが……」
 カイエンの言葉にカシラは静かに頷いた。

 

†  †  †

 

 ドマの人間が心配しないよう、セリスが見張りに残ることになった。勿論自分から頼んだのだ。
「お前が責任を感じることは……」
 ロックは言ったが、
「そういうことじゃないけれど……わかって」
 言葉は静かだが意志を曲げるつもりは毛頭ない。セリスは意外に頑固だ。
「俺も当たり前に残るからな」
 仕方がなくロックは言う。セリスを置いて帰るなどロックがするはずないのだ。
「うん。ありがと」
 セリスは海賊達には見えないように、笑みをこぼした。

 しばらくは、桟橋に足を下ろしてぼーっとしていた。
 海賊達は大人しく船に戻って行ったが、甲板の上からセリス達を見ている。
「……なんで見られてるのかしら?」
 セリスが呟く。先程まで月が出ていたのに、今は雲に隠れてしまった。船の灯りだけが辺りを薄暗く照らす。
「さあ? 少なくともお前がいちゃついてる所を見たいわけじゃないだろうな」
「当たり前でしょ」
 セリスはムッとしてロックを睨む。すぐ茶化すんだから、と。
「お前と話したいんじゃないのか?」
「はあ? なんでよ」
「なんとなく。お前の部隊の奴とかいたんだろ?」
「うん。みたいね」
「……うまくいってよかったな」
 ロックは優しく言う。セリスは微笑み返したいが、ギャラリーが気になって無表情だ。
「俺はまたお前に辛い思いをさせるかもしんねーって、気が気じゃなかったよ」
「…………うん。ごめん」
 本当は、「大丈夫、あなたがいてくれるから」そう言いたかったが、今はとても口に出せなかった。変わりに、
「明日、大変ね」
 変わりに言った。セリスは休みの日だが、ロックは仕事もある。
「お前は帰ったら寝てろよ。これは命令」
「なにそれ」
「なんでもいいから。な?」
「……わかったわよ」
 セリスは過保護にされているのが恥ずかしくて俯いた。

 しばらくすると、何人かの海賊がやって来た。
「将軍、お茶、飲みませんか?」
 コップを差し出す。ちゃんと2個。
 ロックとセリスは顔を見合わせた。
「それって、略奪品?」
 呆れ顔で言うと、海賊は慌てて、
「も、申し訳ありません!」
 敬礼した。その姿にセリスは吹き出してしまう。
「別に今更返せないんだし、せっかく入れてくれたんだから貰うわよ。それに、私はもう将軍じゃない」
 コップを受け取ったセリスが言うと、先程のソドリ・トルロが言った。
「いえ! 自分にとっては永遠に将軍であります。少なくとも、自分が生き残れたのは将軍のお陰です」
「…………」
 セリスは困ってしまう。何かしただろうか。
「気の弱かった自分に何が何でも生き残れといつも叱咤してくださいました。生き延びてこそ意味があると。将軍が裏切ったと聞いたときは、正直、驚いたけれど、羨ましくもありました。自分も逃げ出したかった。でも、なんとしても生きようと、今、ここにいます」
「………………」
 セリスは苦笑いを浮かべた。そんなことも言ったかもしれない。が、隣で聞いているロックは内心笑っているだろう。自分の命を粗末にするセリスを何度ロックはしかったことか。
「買いかぶりすぎ。でも、ありがとう。私がいたお陰で生き延びた人もいるんだって、わかった」
 静かな笑みを浮かべたセリスを、元帝国兵達は複雑な思いで見つめる。
「これからも辛くても、生きようと思う。死を選ぶのは簡単すぎるから。辛いことがあればあるだけ、贖罪だと思えるでしょう?」
 セリスが言うと、ロックが横から小突いた。
「その考え方よせっつーの。変なこと元部下に教えるなよ。罪と罰の比重を同じにするな。重さなんて考え方次第なんだから無意味なんだよ。それより、幸せについて考える方がよっぽどいい」
 ロックらしい言い分に、セリスは苦笑いしてしまう。
「だ、そうだ」
 かつての部下を見ると、不思議そうな顔をしている。
「なんだ?」
「いえ……」
 彼等は一様に何か言いたそうだが、言いにくいらしい。
「その……」
 ロックは何が言いたいのかなんとなくわかったが、セリスが怒りそうなので自分からは何も言わなかった。
「もしかして、将軍の恋人なんですか?」
 セリスには聞きにくいのだろう。ロックに向かってソドリ・トルロが尋ねた。
「そゆこと♥」
 何故か満足げに答えたロックに、セリスはかあっと頬を染めた。
 何か言わねばと思うが、何も言葉が出てこない。
(あああ~!)
 恥ずかしくて顔から火が出そうだ。
「将軍、幸せなんですね」
 なんて言われてしまい、さらに恥ずかしい。逃げ出したいがそんな情けないこともできず、俯くだけで精一杯だ。
「ぐ、偶然だ……。私は、運が良かった……」
 絞り出して言う。
「絶対、行かず後家だと言われていた私がと、笑うか?」
 笑われる前にと言うと、
「とんでもない!」
 出っ歯の男が両手を振った。
「確かに将軍を僻んでいた奴もいたけど、一部じゃ戦の女神なんて呼ばれてたんですから」
 更に言われて、もう、セリスは恥ずかしくて仕方がない。冗談ではないのだろうか。
「………………」
 俯いたまま拳を震わせているセリスが、暴れ出すかもしれないと思ったロックは、
「あのさ、こいつ恥ずかしいんだよ。それくらいにしてやってくれ。慣れてないからさ」
 助け船を出してやる。セリスの元部下達は、
「す、すいません」
 バッと揃って頭を下げると、
「でも、将軍! 本当に、俺達は将軍の下にいて良かったと思ってます。将軍が今、幸せでいてくれることも」
「俺達、ベクタに行きますから! いつか、来てください」
 そう言って、戻って行った。
「……恥ずかしくて死ぬかと思った」
 最後にぽつり呟いたセリスに、ロックは吹き出したいのを必死で堪え、
「よかったな」
 優しくそう告げた。


 翌日は寝不足でセリスは眠くて仕方なく、言われなくてもベッドの中で安らかに寝息をたてることになる。
 ロックは事後処理と仕事で、大変だったのは言うまでもない。

 

■あとがき■

 二人の大変な夜でした。セリスがどんな将軍だったかの想像はとても難しいです。やはり色々なパターンが想像できます。一番ネックなのは、シドの温室の世話を趣味にしていたところです。イメージでは、そういうことはしなそうじゃないですか。要するに優しい心を持ってしまうと将軍でいられなくなるから冷酷に徹し心を殺していた感じなのに、そんな趣味持ってたら「あれ?」ですよね。
 ということで、海賊編です。水曜日は夜中0時からのお話。日常じゃないけど、きっとこんな日もあるでしょう。戦うパターンも考えたんですが、却下にしました。なんとなく……。 (03.08.09)

-Thursday-

 木曜日、セリスは城の周囲にある花壇の世話をする。他のほとんどの女性は畑仕事だ。
 花壇を作り始めたのは先月からで、身体が弱っていたセリスに「畑仕事は大変だから」というカイエンの配慮だが、花が相手だからといって楽なわけではない。
 花は人の心を和ませる。そういう目的で広げられている花壇だが、セリスは楽しんでやっていた。
 セリスは花が大好きだ。
 シドに≪セリス≫と名付けられた青い薔薇をもらってからのことだが、その存在にはとても心救われたのを覚えている。
 祖父とも慕ったシドが、研究の合間に品種改良し作り出した薔薇は、それまでにはあり得ぬ鮮やかな青だった。
 その薔薇は失われ、シドもまた亡くなってしまったため、二度と目にすることはできないが、その薔薇は変わらずセリスの心に咲き続けている。
 花の世話をしていると不思議と優しい気持ちになれる。
 泥にまみれ、汗だくなのに何故かすがすがしい。
 植物も生きているということを実感できるからだろうか。
 生に喜びも何も見いだせなかった過去が、より感慨深くさせているのかもしれない。
 帝国将軍時代、シドの温室の世話はやらせてもらっていたが、微かな安らぎを感じた程度で、それ以上に何かを思う余裕はなかった。
 花の種類は、生命力の強い多年草だ。潮風の影響で繊細な花は枯れてしまう。植えられるものが限られてしまうが、それでも楽しかった。
 木曜日は朝一番で水をやる。火、土は昼ご飯の後に。それ意外の日は他の人間が交代しているらしい。
 水は城を囲んで流れる堀のものを使っている。
 ケフカに毒を流されたそうだが、地殻変動などもあり、2年の間に中和されていた。
 セリスはまだ何も植わっていない地面を掘り返し、石を取ったりしてならすと苗を植えていく。種の場合もあるが、今回は先週船で運んでこられたばかりの苗だ。
 花を見るとシドを思い出す。彼の温室と共に。
 あの頃の唯一の安らぎであった。今は安らぎがたくさんある。
 勿論、ロックが一番の安らぎだ。彼の腕の中にいると安心しすぎて眠たくなってしまう。
 私はこんなに幸福でいいんだろうか、そんな不安が過ぎる。
 この間の海賊達(元帝国兵)は、セリスが平穏に暮らしていることを喜んでくれていたが……。
 普通の人には当たり前の暮らし(今はどこも復興が大変だろう)が、自分からは遠い所にあるもののような気がする時がある。
 それは幸せだと感じれば感じるほど強く深まる想いで……。でも。その不安を拭ってくれるのもロックだ。道を示してはくれない。導いてくれるわけでもない。
 隣に立って、手探りで共に進もうとしてくれる。自分にはできすぎた恋人だ。
「ふうっ」
 セリスは首にかけていたタオルで汗を拭うと、立ち上がった。
 初夏の陽ざしが強い。軽い立ちくらみに襲われる。
「まだ本調子じゃないか……」
 独りごちた。一昨日の徹夜もたたっているのだろう。
 しかも、余り日焼けはしない方だが赤くなってしまいそうだ。次からは帽子を被ってこなければならない、が、そんなものはあいにく持ってない。
 そばかすができたら嫌だな、と思う。ロックはそんなことでは嫌わないだろうけれど……まあ仕方ない。
 城の裏に設置された蛇口で手と顔を洗うと。裏口から城内に入った。そろそろ昼食の時間のはずだ。
 城から伸びる大通りには多少の屋台も出始めたが、城内で働く者には昼食が出る。頼んでおけば外で働いていても勿論OKだ。
 それなりに質素なものだが、ダイエットにはいいと女性には評判が良かったりする。
 セリスは畑から戻ってきたアリノと一緒に世間話をしながらお昼を食べていた。
 すると、食べ終わる頃、食堂に二人の大男が入ってきた。
 ドマは平均的に背が高くないし、食堂はほとんどが女性(男性は中高年以上が数人)のため、異様に目立つ。
 入り口で中を見回す派手な出で立ちの二人は異質な存在だった。
 銀髪で頬に傷のある男は、ニヒルな笑みを浮かべ黒い上下を着ている。いつもの外套はないが、それでも長袖だ。暑くないのだろうか。
 黄金の髪を後ろで一つにくくった男は、銀の縁取りのされたワインレッドの長衣を、金の宝石を散りばめた腰ひもで留めていた。
 セリスが驚いて声を上げるより先に、エドガーが言った。
「ドマの女性は皆美しいな。艶やかな黒髪が神秘的だ。……ところで、我らが姫はいずこかな?」
 姫? 姫って誰?
 セリスは首を傾げてから、(まさか、私……?)思って顔を引きつらせた。
 食堂にいる全員が呆気にとられたように二人を眺めている。
 本当はこっそりと逃げ出したかったセリスだが、一つしかない入り口に立たれているため不可能だ。
 諦めたセリスは、
「エドガー! 食事中に不躾ね。あなたらしくないんじゃない?」
 そう言ってやった。エドガーは一瞬面食らったものの、
「姫はご機嫌斜めなようだね。怒った顔も美しいが、笑顔は更に素敵だ。それともロックにしか見せないのかな?」
 飄々と言い放った。すると、
「きゃっ、聞いた?」
「どういう関係かしら」
 などという囁き声が上がる。
 共に戦った頃、エドガーはセリスに対してこういった事を言ったことはなかった。ロックに遠慮していたのだろうが、今は絶対にからかっているのだろう。ここで怒っては思うつぼなのだが、更に追い打ちをかけるような一言、
「久々に私に会えてどうしていいかわからないのかな? 君は照れ屋だから」
 それを聞くやいなや、セリスははらりと髪を乱れさせた。髪に挿していたドマのかんざしをとったのだ。そしておもむろにそれを投げ付けた。一連のしなやかな動作は一瞬で、かんざしはエドガーとセッツァーのほんの隙間を縫って廊下の壁に突き刺さった。
   しーん……
 気まずい沈黙。
「あなたの冗談は笑えないわね」
「君ほどじゃないよ」
 二人は引きつった笑みを浮かべた。一触即発という感じだ。
 と、そこへ……
「おいおい、なにやってんだ」
 呆れ顔のロックが顔を出した。
 セリスは少しだけホッとしたが、それを周囲に悟られたくなくてまだエドガーを睨み付けている。
「エドガー……」
 壁に突き刺さっているかんざしをとってくるっと手の中で回転させると、
「あんまりセリスをからかうなよ。自分がうまくいってないからって、人の女で憂さ晴らしはねーだろ」
 ロックが呆れたように言うと、エドガーはあっさり苦笑いを浮かべた。
「そういうつもりじゃなかったんだ。すまない」
 そして周囲を見回すと、
「食事を中断させてすまなかった。詫びるよ。美しい女性を驚かせてしまった。それでは、食事を再開してくれ。失礼するよ」
 薄く綺麗な笑みを浮かべた。ほうっとため息がもれたことに、セリスは苦笑いだ。
「セリス、メシ食い終わったら外、飛空挺来いよ。カイエンも来る」
 ロックはそう言って、二人を連れて行ってしまった。
「ねえ、今の人達って何?」
 アリノが言うと、周囲の人間はセリスの返事に聞き耳を立てる。
「ん?」
「銀髪の方はたまに見るけど、金髪の方、初めてでしょ?」
 その問いに、セリスは苦笑いを浮かべて答える。
「マッシュの兄よ。あれが女好きで有名なフィガロ王エドガー。ちなみに銀髪は飛空挺の持ち主セッツァー」
「あれがフィガロ王!? マッシュさんと似てなーい!!」
 アリノは仰天する。セリスだって最初は驚いたから当然だろう。全くタイプが違うし容姿も目鼻立ちは似ているが背格好が違いすぎる。
「ハハ……まーね。似てないよね」
「でも、セリスの周りって素敵な人ばかりね」
 向かいに座っていた女性が言った。ユメカという26歳の色っぽい大和撫子だ。
 それに対し、
「本当そうだよね」
 他の者も一様に頷く。セリスは首を傾げ、
「そう? 変な人ばっかりだけど」
 と言ったら、
「ロックさん意外、眼中ナシか」
 アリノに笑われてしまった。

 

†  †  †

 

 飛空挺は町を出てすぐの平原に停まっていた。
 小雨の中、傘を差してセリスは飛空挺に向かう。
 中に入ると、男5人(ロック、マッシュ、エドガー、セッツァー、カイエン)は、昼から酒を飲んで談笑していた。
 変な展開にセリスは一瞬入るのをためらったが、
「お、来た来た」
 目敏いロックに言われてしまい、苦笑いで入り口に近い席に腰掛けた。
「何かあったの?」
 セリスは5人の顔を見回す。真っ先に口を開いたのはエドガーだ。
「さっきは済まなかった。つい浮かれて調子にのってしまったんだ」
 照れたようにはにかんだ。そんなエドガーに、セリスは首を傾げる。浮かれて?
「こいつさ」
 エドガーの肩に手をかけたロックが、
「何か変な顔しているからティナにフラれたのかと思えば、全然逆だったんだよ」
 肩をすくめた。
「てことは……?」
「婚約したんだとよ、ティナと」
 セッツァーが苦笑いで明かす。
「こ、婚約!?」
 セリスはギョッとした。エドガーがそれとなくアプローチしたって全く気付いていなかったのに、どうしてそんな急展開になるのだろう。
「大体、ティナはモブリズを離れられるの?」
 それも大きな疑問だ。
「それがさ」
 マッシュがため息混じりに言った。
「二人で一緒に考えようって言ったんだと。口がうまいのはいいが、考えつかなかったらどーすんだか」
「マッシュ、ひどいな。私はこれでも考えているよ」
 エドガーは飄々と答える。
「てゆーか、ティナってエドガーのこと好きだったのね」
 ぽつり、セリスが漏らすと、全員が一瞬固まった。
「確かに謎なんだよな……」
 ロックがエドガーを横目で見ながら呻く。
 感情が豊かになったとは言え、そんな急に恋をするものなのだろうか。ましてや何ヶ月も離れていた。それで気付いたという可能性もあるが……。
「恋とは突然やってくるものでござるよ。そうであろう?」
 カイエンがみんなに向かって微笑んだ。さすがの年の功。
「フフ。で、祝い酒なのね」
 セリスは笑ってしまった。まあ、たまにはいいあろう。セリス自身は飲まないが。
「おめでとう。ティナにも言いたいわね」
「今から行くか?」
 セッツァーが言う。飛空挺を出せば数時間だ。
「夕方になっちゃうわよ。今度改めて、ね」
 セリスは肩をすくめた。
「所で、お前達はうまくいってるみたいだな」
 片頬を緩めたセッツァーに言われ、セリスは押し黙った。
 これはかわすのが大変だ……。苦笑いで、
「そうね」
 そう答えた。
 これから質問責めかもしれない。が、それほど嫌じゃない自分がいた。

 耐えぬ笑いは夜まで続く───

 

■あとがき■

 日常を書くと会話が少ない……。でもまさか、会話ばっかりしてるわけもなく……。難しいです。すみません。なんだかいつも以上に稚拙です。お許し下さい。後半は無意味な会話ばかり……。こんなこともあるでしょう。こういう中身のない会話って、してる時は楽しいものだし。エドガーのティナの婚約? どうなってるんでしょうね。日曜日に事実判明!? (03.8.10)

-Friday-

 翌日、二日酔い気味のロックは昨日の雨が強くなっていたことを大いに喜んだ。仕事が休みになるからだ。
 先月まで雨の日は城内の修復を手伝ったが、それも終わっているためもう行かなくてもいい。カーテンを縫うとかそういう仕事はあるが、ロックがそんなことをするはずもなく、今日は一日ごろごろするつもりだ。
 一方セリスは、金曜の午前中には決まって、年寄り夫婦の世話に行く。皆で交代でやっていることだ。
 といっても、掃除、洗濯と食事の用意だけだ。足の悪い老夫婦はとても感じのいい人で、セリスにシドを思い出させた。
 老夫婦は戦争が始まった時に山奥の村に引っ込んだらしいが、ドマの再興と聞いて強く行きたいと願い、その話を聞いたセッツァーが飛空挺で連れてきた。息子夫婦と孫達はドマに残っていたため亡くなったらしいが、それでもドマを愛していると言う。
 ドマ料理など未だによくわからないセリスだが、それなりに一生懸命やって、老夫婦にも気に入られている。
 テーブルに遅咲きの紫陽花を飾ると、おばあさんは目を細めそれを眺める。
「孫の嫁にはあんたみたいな人がよかったねえ」
 おばあさんはいつもそう言う。セリスはなんでそんな風に言ってくれるのかさっぱりわからず、毎回不思議に思う。
「嬢ちゃんは不器用じゃけん、誰よりも親身じゃからのう」
 おじいさんもそう言ってくれる。誉めてくれているんだろうが、(やっぱり不器用なのかなあ)なんてセリスは少し落ち込んでしまう。
 ドマの人達は皆優しい。でもセリスにはそれが少し痛い。自分が帝国将軍であった事実を知らないからだと思ってしまうから。
 でもそう告げる勇気はなかった。悪戯に彼等の心を乱す必要もないからだ。自分の良心の呵責のみで、それはできない。知らなければいいことも世の中にはあるのだから。

 

†  †  †

 

 昼過ぎ、セリスが家に戻ると、ロックはまだ眠っていた。
 何か食べるかと尋ねると、「食う」と言ったので、二日酔いも大したことなかったのだろう。
 それでも重いものはよくない。老夫婦がくれた昆布の佃煮でお茶漬け(これくらのドマ料理は勿論できる)を作りロックを起こ頃には、雨足は一層強まっていた。
 二人はエドガーのティナのことなんかを話しながら昼食をとり、食後のお茶を飲む。ドマでは緑茶が普通だ。
 雨の勢いは弱まることを知らず、今日は皆外出できないだろう。横風も強く傘が壊れそうだ。
 大粒の雨が屋根を打ち付ける音がうるさい。
「城の雨漏り平気かしら?」
 お茶をすすりながらセリスが窓の外を見る。
「どうだろうなぁ」
 ロックは苦笑いした。この前大雨が降った時、城の雨漏りがすごく修繕が大変だったのだ。古くなった石垣の隙間は埋めるのに苦労した。
「行ってみなくて平気かしら」
 セリスの呟きに、ロックは目を丸くしてから、
「ダメだ。お前が風邪でもひいたらどうすんだよ」
 呆れ顔で語調を強めた。
「でも、城にいる人達は大変かも」
 食い下がるセリスだが、
「ダメ!」
 ロックは取り合わない。そして自分が行く気は全くなさそうだ。
「お前が覚えたがってたチェス、教えてやるから」
「でも……」
 不服そうなセリスに、ロックは笑みをもらす。
「お前って本当生真面目だな。休める時に休んでおけばいいんだよ。元々、午後はゆっくりするはずだったんだろ?」
「……わかった」
 腑に落ちないようだったが、セリスは拗ねたように頷いた。

「これがビショップ。斜め方向限定。んで、この馬、ナイトは……こういったとこ、4方向な」
 寝室のラグマットにあぐらをかきながら、ロックはチェスの駒について一つ一つ説明していく。
 セリスは前々からやりたがっていたのだが、なかなかちゃんと教える機会がなかった。
「このナイトって変な風に動くのね」
 セリスは首を傾げる。ロックがエドガーなんかと対戦している時に不思議に思っていたのだ。規則性がないように思えたが、ちゃんとあるらしい。
「意外と使いやすいんだぜ? ナイトに関しては相手が気付かない死角を作ってることも多い」
「ふ~ん?」
 多分、対戦しながらの方が覚えるのだろう。
 駒に関してを一通り教えると、
「とりあえずやってみるか。教えながらやろう。な、試し」
「う……ん……」
 まだよくわかっていないのだろう。セリスは困ったように頷いた。
「最初はどこでもいいよ。好きなの出して」
 ロックはセリスの一挙一動を見守る。世間知らずのように見えても、こうして何かを一から教えるなんてことはなかった。意外に楽しい時間だと感じる。
 とは言っても、ある程度はチェスができるロックだがきちんと習ったわけではない。祖父が亡くなる前に少し教えてくれただけで、基本的なルールしか知らず、後は適当にやってきた。
 それでもエドガーより強いのは、正直、自分でも不思議だ。ギャンブル運はそれほど良くないから手を出さないし。恐らくエドガーはいつも考え過ぎるのだろう。
「次は、これからな」
 セリスは一生懸命考えて(多少長考だが)、一つ一つの駒を慎重に進める。まだ先を読むことまではできないが、初めてにしてはまあまあと言えた。
「じゃ、俺はこっちな」
 ロックは自分の駒を動かすと、セリスを眺めた。
 真剣な表情は綺麗だが同時に可愛らしい。チェスに夢中なのが悔しくて悪戯したくなってしまう。
「うーんと、どうしよう?」
 セリスは盤を見ていた顔を上げた。突然目が合いロックはきょとんとすると、苦笑いした。
「とりあえず……ここ、ここ、ここはやめた方がいいな。俺がお前の駒をとってもお前は取り返せないし、取られ損になる場所だろ? それ以外なら、ここかこっちなら俺を威嚇できる」
 マス目を指さしながら、ロックは説明してやる。いちいち頷くセリスが妙に素直で本当に可愛い。
「じゃあ、ここかなあ」
 首を傾げながら駒を動かすと、はらり、肩に乗っていた髪が盤に落ちてくる。
 ロックはそれを彼女の耳にかけた。
「ん?」
 彼女は不思議そうに顔を上げた。見とれたくなるほど可愛らしい表情で、ロックは顔を近付ける。
 きょとんとしていたがロックの意図に気付き、セリスが恥ずかしそうに目を閉じると唇が重なった。
 彼女の唇を何度かついばむと、唇を離したロックはため息をついた。
「少し休憩」
「ごめん。疲れた? お茶入れるね」
 セリスは立ち上がって寝室を出ていく。
「はぁ……」
 ロックは腰を上げベッドに座り直した。
 ついあんな風にキスしてしまったが、ひどく衝動的なものが込み上げそうになって、それを飲み下すのに苦労するのだ。
「はい。お茶」
 しばらくすると、木の盆に湯飲みを乗せたセリスが戻ってきた。
 ロックは頷いてお茶を飲む。セリスは猫舌だがロックは熱い方が好きだ。
 空になった湯飲みをセリスに渡すと、手招きをした。
「ん?」
 セリスはきょとんとしてロックの前に立つ。
「座って」
 と言うと、セリスはロックの隣に座ろうとしたので、
「こっち」
 自分の足の間を指さした。面食らって恥ずかしそうにしたセリスの手を引いて後ろを向かせると、そのまま腰を引いた。
 すとんと自分の足の間に入ったセリスに腕を回し、甘く香る金髪に顔を埋めた。
「ロック、あったかいね」
 セリスが目を閉じて気持ちよさそうに呟く。背中がほかほかするからだ。
「お前はいい匂い」
「…………バカ」
 照れたように呟くセリス。ロックは彼女の細い腰に回していた腕に力を込めた。
 ただ寄り添うだけの時間は穏やかさに満ちている。
 安らいでいるセリスに反し、ロックはビミョーな気分だ。
 幸せだ。すごく幸せだ。勿論安らいでいるし満ち足りている。が、更に望んでしまいたい。欲張りだとわかっているけれど……。
 この生殺しに耐えられない。ダメだ……。
 ロックはセリスを離し、ベッドにごろんと横になった。
 突然背中が寒くなったセリスは振り返る。腕を顔の上に置いて寝ころんでいるロックに、不安が込み上げる。
「どうしたの?」
 身体をひねってロックの顔を覗き込む。
「いや……」
 ロックは苦笑いをこぼす。
「昼寝でもするか」
「眠い?」
「いや……そういうわけじゃねーんだけど」
 別に眠くない。眠れるかと聞かれると微妙だ。
「??? どうかしたの? 何か悪いことした?」
 心細げな表情になったセリスを、ロックは抱き寄せる。
「してねーよ。ちょっと耐え難かっただけだ」
 失笑したロックが何を言いたいのか、セリスにはよくわからない。
「耐え難い?」
「…………お前のこと、抱きたくなっただけ」
 ぽつりロックがもらすと、セリスはかあっと顔を朱に染めた。
 恥ずかしいのかロックの胸に顔を埋め、小さな声で、
「いいよ」
 呟く。
「……明日、城に行くんだろ? また調子悪くなるぞ」
 ロックは諦めがちな声で言う。
「大丈夫よ」
 セリスは悔しそうにロックを見た。
 セリスだって望んでいるのだ。自分だけに向けられる猛々しさをその身に受けたいと。ロックの情熱に溶かされる心地よさを知ってしまったから。
 ただ、自分から言い出すのは恥ずかしくてできなかった。
「…………そんな風に言ったら、止められないぜ?」
 ロックは上半身を起こしセリスを見下ろす。
「止めてほしいなんて……思ってないわ」
 拗ねたように呟いたセリスに、ゆっくりと覆い被さったロックはそっと口づけた。
 豪雨の猛打が、二人を外界から隔離する。
 小さな寝室に響くのは、絡み合う吐息とそれを隠すような激しい雨音だけ───

 

■あとがき■

 お茶漬けは、昨日、V6の番組でセインさんが食べてた。おいしそうだった。鯛茶漬け3,000円! 食べてみたけど……無理ですね。
 チェスは面白いけど苦手です。1年に1度くらいしかやらないので私はいつになっても上達しない……する気もないけどね。先まで考えるのが苦手なので(記憶力悪いから考えるそばから忘れる)……。オセロも同じです。センス無し……^^;
 雨の日の過ごし方です。仲良く暮らしてるでしょう? 裏を書こうか迷ったんですが、無理でした。既にあるものでいっぱいいっぱいで……。そっくりになるだけなので……。勉強します。 (03.08.15)

-Saturday-

 土曜の目覚め。
 ロック的にはサイコーに良かった。すっきりとして清々しい目覚めだ。
 昨日とは打って変わって晴れ渡った青空。窓から差し込む朝日に眩しげに上半身を起こす。
 隣で丸まっているセリスは、いつもより無防備な寝顔をさらしているように見えた。
 ロックは幸せそうに笑みを浮かべ、セリスの整った寝顔を眺めた。
 抜けるような白磁の肌に浮かぶ桜色の唇が可愛らしい。口づけを一つ落とし、柔らかな頬をそっと撫でると、長い金の睫毛が揺れた。
(やべっ、起こしたか……?)
 まだ起床時間には早い。だがロックに心配をよそに、
「ロック……」
 幸せそうに呟いたセリスは、ふにゃっと笑って再び寝息を立て始める。
(お前は、自分が幸せになることに抵抗を感じるみたいだけど、俺だってそういう負い目がないわけじゃない。不安だって勿論あるけど──。でも、人は幸せに向かって邁進してこそ生きてるってことだ。絶対にこの幸せを手放せはしないよ)
 セリスが目覚めるまで、ロックはずっと彼女を見つめ、ささやかな幸せに浸っていた。

 

†  †  †

 

 昼過ぎまで仕事をしていると、突然空が翳った。仰ぎ見ると、飛空挺が上空を通っていく。
「セッツァー?」
 ロックとマッシュは顔を見合わせる。この間来たばかりではないか。
 飛空挺は草原に停まったようだ。
 不思議に思いながらも、汗を拭いながら少し遅い昼食をとっていると、
「あ~! 何食べてんの!?」
 黄色い声が聞こえた。
 ロックは耳に響いた甲高い、そして懐かしい声に顔をしかめ、
「リルムが来たのかよ」
 呆れ顔になる。リルムは人見知りが激しいくせに、親しくなってしまうと逆に馴れ馴れしいしいおばさんのような態度に変わる。まだ12歳だから可愛らしいが、年頃になってもこのままだったら恐ろしいと少し心配だ。
 リルムの後ろにはガウもいた。変わっていない。粗野な外見に澄んだ草色の優しい瞳。
「今、お昼?」
 駆け寄ってきた小さな少女に、マッシュは苦笑いで言う。
「おいおい、挨拶もナシか?」
「ん? 久しぶり!」
 リルムは全く悪びれない。ストラゴスはさぞ苦労しているだろうと思うが、そんなリルムに元気づけられているようだ。
「久しぶり! ござる!」
 ガウも本当に変わらない。マッシュの名前は「ござる」ではないと何ど言ってもわかってはくれない。いや、多分わかって言ってるのだろう。あだ名にしたって語尾に「ござる」と付けるカイエンならぴったりだが、マッシュは関連性ぜろだ。
「ロックのお弁当ってさ、セリスの手作りなんでしょ?」
 ロックの弁当箱を覗き込んで尋ねる。ロックは思わずむせそうになり、
「……なんでそんなこと知ってんだ……」
 半眼でリルムを見た。少しは背が高くなったようだが、それでもやはり小柄だ。そのくせ態度は一人前の少女は、
「ナイショ」
 と言ってキシシ……と笑った。だが残念ながら純粋培養のガウが、
「ガウ! セッツァーから聞いた!」
 嬉しそうに叫ぶ。
「あっ! いちいちそんなこと言わないでよ!」
 リルムは不服そうだ。年は近いが余りこの二人は気が合わないみたいに見える。そんなことは互いに気にしてないみたいだが。
「…………突然来たりしてどうしたんだ?」
 諦めて、おにぎりを頬張りながら尋ねるロックに、
「口に物入れてしゃべらないでよ」
 腰に手を当てたリルムは唇を尖らせる。
「明日はティナの所に行こうと思って、誘いに来たの!」
 そういえばエドガーとの婚約を祝ってやらねばならない。
「そうだな。いいんじゃないか?」
 マッシュが答える。ロックは首を傾げ、
「祝い品とかいらねーのか?」
 呟いたが、
「今はどこも苦しいから気持ちで十分だろう」
 マッシュが豪快に笑う。イイ奴ではあるがこの男に気配りとか不安とかそういうものはあるのだろうか……。
「じゃ、決まりね。セリスとカイエンにも会ってこよ~」
 にこにこして、リルムは行ってしまった。ガウが、「ガウも! カイエンに会う!」と追いかけていく。
 後から歩いて来たセッツァー、ストラゴスに、
「えらくはしゃいでるな。リルムの奴」
 そう言うと、二人は顔を見合わせて肩をすくめた。
 セッツァー曰く、
「久々にみんなで集まるのが嬉しいんだろ? マセてて口が達者だって、やっぱり子供なんだろうよ」
 らしかった。

 

 

†  †  †

 

 午後、漁の為の網を繕うセリスの傍らで、リルムは熱心にスケッチをしていた──船の図面と睨めっこしているカイエンを。
 カイエンにはナイショで肖像画として城に飾ろうと画策しているらしい。結構悪戯心旺盛な少女だ。
 その傍らではセッツァーが暇そうにしていた。暇そうなくせに、面白そうにリルムを見ているのだから不思議だ。どうやら結構子供好きらしいから、飽きないのかもしれない。
 セリスは意外に器用に手を動かしながら、横目でそれを眺める。
 幸せだと実感していた。大事な仲間を欠くことなく生き残り、未来へ進んでいる。
 シドやレオ将軍は亡くなってしまったけれど……彼等に今の自分を見て欲しいと思う。
 どこか遠くで自分を見守っていてくれているだろうか。
 考え事をしていたせいで、いつの間にか手が止まっていた。
 偶然振り返ったリルムとばっちり目が合う。
「ん?」
 リルムは不思議そうにした。出会った頃よりは成長しているが、あどけない顔は変わらない。性格が少しおばさん臭いがマセているだけだろう。年頃になったら逆につんけんとした態度をされるかもしれない。
「なあに?」
「リルムが可愛いなあって」
 セリスがニッコリ笑うと、リルムはキョトンとしてから、
「な、何言ってんのセリスってば!」
 と顔を赤くした。なかなか純な反応は意外で、暇を持て余していたセッツァーが「くっ」喉を鳴らす。
「!!!」
 耳聡く聞きつけたリルムがものすごい形相で振り返ると、セッツァーは引け腰になり、
「な、なんだよ」
 リルムの機嫌を窺うように尋ねた。
「別にっ」
 リルムはそっぽを向いて、
「どっかのドロボウと同じで、セリスが一番可愛いとか思ったんでしょ、どーせ!」
 サクランボのような唇を尖らせると、スケッチブックを小脇に抱えどこかへ行ってしまった。
 セッツァーは微妙な表情で、
「なんだあいつ……」
 と呟く。ともすれば拗ねたように見える顔は珍しく、セリスは意外そうに目を見開いてから、
「微妙な年頃なんじゃない?」
 と微笑んだ。だがセッツァーは眉をしかめ、
「お年頃ぉ? あの子供ガキが?」
 鼻で笑うセッツァーに、
「今に驚くほど美人になるわよ」
 セリスは忠告してやる。それに対し、セッツァーは意外にも、
「そりゃまあそーかもしんねーけど、んなの何年先だよ」
 呆れたように答えた。
「あなたが中年になった頃かしら? リルムは一番綺麗な時ね」
 少し意地悪く言ってやる。だがセッツァーの方が嫌みが上手だ。
「そしたらロックもおっさんだな。俺は渋いロマンスグレーだろうが、ロックはハゲて腹でも出てんじゃねーのか?」
 これは嫌みを通り越している気がする。さすがにセリスはカチンときて(元は自分が先に言ったのだが)、
「それは絶対! あなたの方よ! でもって、リルムに『おっさん臭い、寄るな』とか言われるのよ」
 そう言ってやった。セッツァーはこめかみをぴくぴくさせている。
 二人がムスッとして睨み合っていると、それまで苦笑いで聞いていたカイエンが、
「そんなこと言い合っても仕方ないでござるよ。二人とも大人げない」
 呆れたように言った。半分冗談で言ったものの、引っ込みがつかなかった二人は、カイエンにそう言われてしまうとなんだか恥ずかしくなり、
「そうね」「だな」
 二人は肩をすくめ合い、セリスは再び投網の繕いを始め、セッツァーはぶらぶらとどこかへ姿を消した。

 

 

†  †  †

 

 セッツァーが城の中をぶら付いていると、二階部分にある渡り廊下でスケッチをしているリルムを見付けた。
 黙って後ろに立つと、リルムが怪訝そうに振り返る。
「なに?」
 棘のある口調だがムッとしている子供らしい表情に、セッツァーは思わず笑みをもらす。
「いや、怒ってるのか?」
 聞いてみる。ちょっと笑っただけなのだが、子供であるリルムには気に入らないことだったのかもしれない。何分感性が違いすぎるから理由がよくわからないが、子供はちょっとしたことでイジけたりするものだ。
「別にぃ。何であたしが怒る必要があんの?」
 リルムはそう言うが、どう考えても口調が怒っている。大変気に食わなさそうだ。
 セッツァーが思い当たり理由は一つ。
「別に俺はセリスの方が可愛いなんて思って笑ったわけじゃないぜ」
 その言葉にリルムはきょとんとしたが、半眼で呆れ顔になり、
「はいはい。他の男の物になった女をいつまでも追っかけるなんてみっともないもんね」
 一丁前の口をきく。今度はセッツァーが呆れ顔になる番だ。一体どうすればこんなことを言う12歳が育つんだろう。
「別にそれをみっともないとは思ってないけどな。まあ、世の中に女はセリスだけじゃない」
 セッツァーが口元に笑みを浮かべると、リルムは意外そうな顔になる。
「へえ~。ま、ロックじゃないんだから、そこまで固執したりしない?」
「そういうわけでもないが。女に縛られるのは俺らしくない」
「かっこつけちゃって」
 リルムはイシシ……と笑った。この笑い方は小さくとも女としてどうだろう、とセッツァーはいつも思う。
「お前は散々大口叩いてるんだから、さぞかしいい男を捕まえるんだろうな?」
 そんなことを言ってやった。リルムは目をぱちくりすると、にやりと笑って、
「さあね~。このリルム様のお眼鏡に適う男がいるのなら」
 再びイシシと笑う。子供故の傲慢さなのか、面食らったセッツァーは、
「多分いないだろうから、お前は結婚できないだろうな」
 セッツァーも含め、エドガー、ロック、マッシュ、カイエンと相当違うタイプの大人の男を眺めてきている。目ばかりが肥えるのは致し方ないのか。
「あたしは! 誰でもいいなんて思わない!」
 スケッチブックをばたんと閉じたリルムは挑戦的にセッツァーを睨む。
「誰だってそうだ。……お前がもう少し大人だったら、この俺の女にしてやるんだが、残念だったな」
「~~~~お断り! そんな風にバカにしていると、いつか後悔すんだからね!」
 リルムの怒りを解こうかと思って声を掛けたのに、結局同じようなことになっている。
 セッツァーは自嘲しながら、「そうだな」そう漏らした。
 きっと、いい女になるよ。そん時は、さすがに俺も後悔するかもな。
 冗談交じりに心の中で呟いて、セッツァーは更に自嘲を深めた。

 

 

†  †  †

 

 夕食はドマ城の食堂で、皆で食べた。
 明日は更に大勢だ。
 夕食の後、リルムがカイエンの肖像画を披露した。
 モノクロだが、ちゃんと額縁に入っていて、カイエンの渋みがよく出ている。
「これなら城に飾ってもいいな」
 マッシュが呟くと、呆気にとられていたカイエンは、
「ここここれは!?」
 皆の顔を見回した。
「……ドマの再建をした偉大なるカイエンの肖像画だな」
 セッツァーが口元を緩めた。笑い出すのを堪えているようだ。
 派手好きのエドガー&セッツァーとは正反対の人間だから、カイエンは絶対に嫌がるだろう。
「うむむむむ……」
 難しい顔でうなるカイエン。ロックだって自分が同じことをされたら嫌だ。すごく嫌だ。
「リルムの絵、どう?」
 確信犯リルムがつぶらな瞳で見上げると、カイエンは更にうなった。
「これを拙者がもらえるのでござるか?」
「ん? だから飾るんだよ。食堂がいいかな? 皆が見るし」
 リルムはにこにこしている。
「…………飾るんでござるか?」
「そう! せっかく書いたのにもったいないでしょ?」
「むむむ……………………」
 苦い顔をしていたカイエンは、諦めたのかがっくりと肩を落とした。
「どうしても飾るんでござるな?」
「そう」
 リルムは考える余地無しとばかりに答える。本当にいい性格だ。
「仕方ないでござる……」
 カイエンが諦めると、キシシ……リルムはいつもの笑みを浮かべた。

 

 

†  †  †

 

「ねえ?」
 ベッドに寝ころんだセリスが、アルテマウェポンの手入れをしているロックを見る。普段使わなくても、いつ使うことになってもいいように手入れは欠かさない。
 リルム達は城の客室だ。夜中まで騒いでいるかもしれない。城で寝泊まりしているカイエンは大変だろう。
「なんだ?」
 セリスを見るロックの目が細まる。優しい視線をくすぐったそうに受け止めたセリスは、
「幸せね」
 恥ずかしそうに呟いた。
 その可愛らしい満ちた表情にロックは微笑をもらす。セリスのその笑顔だけで、ロックがどれだけ満たされるか彼女は知っているのだろうか。
「なんだよ急に」
「ううん。本当に幸せだなって感じて……」
 幸せという言葉を知ってはいたけれど、幸せそうな人を見たことはあったけれど、自分がどんな風に感じるのかなんて想像することさえできなかった。
 自分が幸せを感じることができる時がくるとは、全く思わなかったのだ。
 ずっと罪に溺れて死ぬのだと思ってきた。幸せを知ることもないから、死ぬことも恐くなかった。死は唯一の罪を犯さずに済む手段だった。
「あなたには感謝してもしきれない」
 穏やかな表情のセリスを見ると、ロックはホッとする。彼女は真面目すぎて、色々悪いことを考えてしまうことがあるから。
「それは俺の台詞だよ」
 手入れの終わった剣をしまい、ロックはベッド脇に腰掛けた。
「お前のひたむきさと強さに何度も救われた。お前がいてくれるから、俺は生きてて良かったって心底思うよ」
 自分もセリスの隣に寝っ転がり、彼女の頭を撫でる。金糸のようなさらさらに髪が指に気持ちいい。
 セリスは「ふふ」と笑って、ロックの手を掴んだ。
「ん?」
 首を傾げたロックには答えず、その大きな手の平に頬を寄せる。
「ロックの手って優しいよね」
 何度も自分を守ってくれたその手が、セリスは大好きだった。
「そうか?」
 手が優しいなんてセンチメンタルなことは、無骨なロックには理解できない。
「ロックは全部優しい」
 みんなに、特に女性には優しいロックだけど、セリスに対する優しさとは違う物だと知っている。自分だけに向けられる優しさは、まるで光に包まれるようで、セリスは自分も優しくなれるようにいつも感じる。
「……多分、お前が愛しくて仕方ねーからだ」
 ロックは手を引くと身体を支えて、彼女に口づけた。
「おやすみ」
「夢でも、会えるといいね」
 珍しいセリスの言葉に、ロックは破顔した。眠らせたくなくなるようなこと言うなよ、と思う。
「俺はいつでも会ってる」
 セリスを自分の胸に抱き寄せて、ロックは目を閉じた。
 今夜はどんな夢を見るだろう───

 

■あとがき■

 何故かセツリル風味な話になってしまった……。だって日中ずっとラブラブなわけないし。でもこのセツリルはどうだろう? だがいつかちゃんとしたセツリルを書きたいと思ってる私であった。
 最後は寝る前のラブラブな二人です。
 さあ、次の日曜日で最後。でも日常とは違うかも……? 最終日はモブリズ編です。 (03.08.22)

-Sunday- AM

 明け方、飛空挺でドマを発ち、モブリズに到着したのは8時前だった。
「ちょっと早すぎかしら?」
 セリスは心配したが、
「ティナは早起きだから大丈夫だろ」
 ロックが言った通り、村に入っていくとティナが洗濯物を干していた。
 生活感溢れるその姿に、ちょっと違和感が残っている。
 傍らで小さな少女(7歳位だろうか)がカゴから洗濯物を渡す手伝いをしていた。
「早かったのね!」
 ロック達の姿を目にすると、ティナは花が咲くように破顔した。彼女は会う度表情を豊かにする。
 モブリズは孤児の町となていて、各地から、孤児と、世話をしたいという子供を亡くした女達が集まっていた。
「久しぶり。そして、おめでとう!」
 セリスは満面の笑みで告げた。一応プレゼントも用意している。
 ドマの染め物で鮮やかな翡翠の太糸で編んだレースのショールだ。本当は自分用にと教えて貰いながら作っていたのだが、丁度いいのでティナにあげることにした。
「よかったな」
 ロックも笑顔でティナの頭を叩くと、ティナはキョトンとして皆を見回した。
「??? なんのこと?」
 何がおめでとうなのか、何がよかったのか、ティナは不思議そうな顔をしている。
「兄貴と、婚約したんじゃなかったのか?」
 マッシュが恐る恐る尋ねると、
「こんやく?」
 ティナは首を傾げた。
「こんやくって、なに? エドガーがどうかしたの?」
 一同は顔を見合わせる。一体どうなっているのか。
「エドガーと結婚すんだろ?」
 ロックの問いに、
「えええっ? け、結婚!?」
 ティナは顔を真っ赤にして、慌てふためいた。
「違うのか?」
 さっぱりわけがわからない。ティナもわけがわからないようだけど。
「確かにフィガロに行くとは言ったけど……。だってエドガーそんなこと一言も……」
 オロオロと俯き、胸の前で両手を握り締めるティナ。その左手の薬指には小粒のダイヤが光っている。
「それ、兄貴からだろ?」
 マッシュがシンプルだけど高価そうな指輪を指した。
「え? うん。約束の証って……」
「………………」
 一同はあきれ返っていた。エドガーはティナを騙したのか!?
「とりあえず、座ってゆっくり話そうぜ」
 セッツァーがにが笑いで言うと、
「あ、うん」
 ティナは空になったカゴを持って、皆を案内する。
 新しい家がいくつか建っているが、やはり最初に使っていた屋敷が孤児院のメインだ。
 子供達が騒がしいが仕方あるまい。
「で、エドガーとどういう約束したのよ」
 ちゃっかりティナの隣に座ったリルムが急かす。
「えと……」
 ティナは集まる皆の視線に戸惑いながら、
「その……私がいないと安らげないからフィガロへ来てくれって言われて」
「で?」
「私はエドガーがいなくても全然平気かって聞かれて、子供達の世話で精一杯でそんなこと考えたことなかったって答えたら、悲しそうに笑うから胸が痛んだの。それから色々考えて、子供達といるのは幸せだけど、何かが足りないような気がしてきて……。次にエドガーに会ったとき思ったの。何でエドガーを見ると安心するんだろうって」
「ほう……」
 皆、ニコニコしてそれを聞いている。初々しいティナの言うことが可愛らしいからだろう。
「これが恋なの?」
 ティナに真剣に尋ねられ、一同は押し黙った。
「わからないの。みんなに会うのだってとても嬉しいし、心は弾むもの……」
 ティナは真剣に悩んでいるようだ。
「でもOKしたんだろ?」
 ロックが問うと、
「その時は疑問に思わなかったんだもの。結婚とかそんなことまで考えてなかったし、ただフィガロに行って、孤児院を手伝うのかと……。エドガーはサウスフィガロに孤児院が出来るって言ってたし」
 エドガーは随分姑息な手段に出たものだ。
「兄貴ってば急ぎすぎだよな」
 マッシュが呆れる。
「色男にしちゃあ耐えたんじゃな~い」
 リルムは随分達観したことを言う。
「私、どうすれば……」
 ティナは懇願するように、アドバイスを欲していた。
「正直に言うのがいいんじゃない? もしかしたらエドガーもわかってるんじゃないかと私は思うし」
 セリスは微笑んだ。
「よし、これからフィガロに行くか?」
 セッツァーがにやり、片頬を緩める。
「ええっ!!」
 ティナは驚いて目を丸くした。
「いいでござるな」
 カイエンが同意すると、そう決まってしまうから不思議だ。
 かくして一行は、フィガロへと向かった。

 

†  †  †

 

 フィガロへ到着したのは11時過ぎだった。
 エドガーはブランチをとったところで、執務室で書類を眺めていた。
 ベクタやツェン、マランダの復興がやっと軌道に乗ったらしく、少し余裕ができたらしかった。
「どうしたんだ? 揃って。ティナの所へ行っていたんだろう?」
 そう問うエドガーだが、皆に会えたのが嬉しいのか、それともティナに会えたのが嬉しいのか、満面の笑みだ。
「ティナが相談があるってさ」
 ロックがティナの背を押し出す。
「我らは散歩でもしているから、よく話し合うでござるよ」
 カイエンが言うと、成り行きを見守るつもりだったリルムは、
「え~!!!」
 不満の声を上げたが、セッツァーに首根っこを掴まれ諦めた。
 ぞろぞろと仲間が去っていくと、エドガーはティナに椅子を勧めて、
「言いたいこと?」
 彼女の顔を覗き込んだ。神妙な表情から、決して嬉しい話ではないとわからう。
「私は……あなたを好きだとは思うけど、恋しているのかしら?」
「………………」
「わからないの……」
 ティナは悲しそうに俯く。
「気付いていたよ」
「え?」
「悩んでいたんだな。すまない。でも、私はそれでも構わないんだ。……馬鹿な男だと思うかい?」
「どうして? どうして構わないの?」
「今はまだ仲間としての好きで構わないということだよ」
「どうして?」
 ティナにはさっぱりわからない。相変わらず不安そうな表情の彼女に、エドガーは優しく微笑む。
「君と余り会えない状態で、君が他の男に奪われてしまうかもしれない。それだけは耐えられなかった」
「そんな…………こと……」
 ないと言い切れなかった。皆大好きだけど、一番安心するのはエドガーだ。それは確かだけれど、恋かどうかわからない。肉親に近い愛情かもしれないし、わからないのだ。
 セリスがフィガロに来るまでに色々話してくれた。
「私の場合になっちゃうけど、その人の事思ってると幸せで、その人の傍にいるとドキドキして、その人が他の人を想ってたりすると気に入らなくて、いらいらモヤモヤして、冷たくされると切なくて、優しくされると心が温かくなる、かな……」
 と。
「その人って、ロック?」
 ティナの隣で聞いていたリルムがにやにやしていた。
「べ、別に一般論よ……」
 セリスは顔を赤くして言い訳をする。ティナから見ても可愛いと思った。自分はあんな風にはなれない。
「最初に“私の場合”って言ったじゃ~ん」
 尚も言うリルムに、セリスは顔を真っ赤にして俯いた。傍らにいるロックは照れたのか頬をかいて、
「ティナさ、気が付くとエドガーのこと考えてたりするか?」
 ティナに尋ねた。ティナが頷くと、
「じゃ、やっぱり特別なんじゃないのか?」
 と言った。だが、それは現在エドガーについて悩んでいるからではないのか。
 どうでもいい奴なら悩まない。勿論、エドガーはどうでもいい奴ではない。それは確かだ。だがそれに関しては仲間全員がそうだ。
 黙って返事をせず考え込んでいるティナに、ロックはにが笑いをこぼし、
「それじゃあ例えばさ、求婚してんのがマッシュだったらどうする?」
「え? マッシュ?」
 ティナはキョトンとした。そういう比べ方もあるらしい。
「マッシュ……。わからない……。エドガーの方がいいかも……」
「じゃあ、モグとは?」
「え? …………比べられない……」
 ティナは呟いた。ロックは呆れ顔で笑う。これは急いで答えを出させない方がいいかもしれないと思ったからだ。
「ま、急がないことだな」
 最後にロックはそう言った。
「嫌か?」
 上の空だったティナは、エドガーの言葉にハッと顔を上げた。力無く首を振り、
「そうじゃないの。待っててくれるというあなたを、いつかがっかりさせる日がくるかもしれない。恋愛感情は持てなかった、そう気付く時がもしかしたらくるかもしれない……そう思うと……」
「君は正直だな。ずるい女になって甘えたりしない。しかしね、ティナ。それは恋人同士であっても夫婦であってもあり得ることだよ。人の気持ちは変わる。私は君に好きになってもらえるよう、好きになってもらったなら持続してもらえるよう努力する」
 エドガーは優しくて強い人だ。私を包み込んでくれる。
 ティナは胸が熱くなり涙ぐんだ。
「どうした?」
「わからない。嬉しいのかもしれない。でも、切ない」
 瞳を潤ませ戸惑うティナに、エドガーは少し驚いたように目を見開いた。そして口元に笑みを浮かべると、ティナを抱きしめた。親鳥が雛を包むように優しく。
「ティナ」
「え?」
 呆然としていたティナはフと我に返り戸惑う。こういう時、どうすればいいのかわからずエドガーの胸の中で小さくなっていることしかできない。
「口づけていいか?」
 唐突な質問にティナの頭は一瞬真っ白になったが、考える。ちゃんと考えたかった。うん。嫌じゃない。
 小さく頷いた。それで精一杯だった。
 エドガーは小さく笑みを浮かべ、ティナの顎を長い指で捕らえると上向かせた。
 戸惑って揺れている彼女の二対の翡翠。
 エドガーの顔が近付いて、反射的にティナは目を閉じた。
 初めての口づけは、触れるだけの、羽毛よりも優しいものだった。
 と、突然背後の扉が開いた。
    パァーン!!!!

「おめでと~♪♪♪」
 リルムの声とクラッカー。
「……リルム…………」
 エドガーは呆れ顔で小さな淑女を見る。
「やっと持ってきたクラッカーが使えた~」
 リルムは全く悪びれず、嬉しそうだ。
「セッツァーはどうした?」
「さあね~」
 どうやら撒いてきたようだ。
 ティナは照れた様子もなく、不思議そうにリルムを見ている。
「うん。二人、お似合いだよ」
「そう……?」
 ティナはやはり不思議そうだ。エドガーに自分が釣り合っているとはとても思えない。
「幸せになれよ!」
 だけどリルムの一言に思わず頷いた。何故か、幸せになれる気がして───

 

■あとがき■

 午前中はエドティナ編です。午後は、ロクセリに戻ります。次回、最終回です。
 綺羅さん、仲良く暮らすロクセリ以外の要素がたくさんになってしまい申し訳ありませんでした。一週間なんて思った私が馬鹿だった。仲良く暮らすロクセリと仲間達になってしまいました───。お許し下さい。 (03.08.30)

-Sunday- PM

 ティナとエドガーが取り込んでいる間に、ロックはコーリンゲンへ行くと言った。
「ちょっと用があんだ」
 珍しいことだ。
「どうしたの?」
 セリスが目を丸くして尋ねると、
「いや、実家に取りに行きたい物があってさ。ほら、婚約祝いになるようなものがあるだろうし」
 作った笑みで答えた。セリスは「ふ~ん」と首を傾げ、
「じゃあ、私も一緒に……」
 言いかけたのだが、
「行っても面白くないから待ってろよ。すっげえ汚くて探すの大変だし。もしかしたらティナのこと慰めなきゃいけないかもしれなだろ? あ、エドガーの方か」
 こんな風に言うのもまた珍しい。セリスが一緒に行くのを止めるなんて。
「……私が邪魔?」
 セリスは呟いて呟く。なんだかすごく寂しい。
「はあ? そうじゃねーんだ。こう、何十年分の埃がたまってんだよ。そんなとこ引っかき回すのに連れて行けないだろ? 行けば手伝うって言うんだから。な?」
 頭のてっぺんに手を置いて顔を覗き込まれると、なんだか置いて行かれる子供のような気がしてくる。
「……わかった」
 しかしここで駄々をこねるのはみっともないため、不承不承頷く。
「じゃ、大人しく待ってろよ」
 ロックはセリスのこめかみに唇を押しつけると、セッツァーと共に行ってしまった。
「あの二人、どっか行くの~?」
 突然話しかけられ振り向いたが誰もいない。
「んもう。そんなにチビじゃないよ」
 下。リルムだった。
「コーリンゲンに行くらしいわよ」
 セリスは肩をすくめて答える。
「ふ~ん。所で、エドガーとティナは話がまとまったみたいだよ。まあ、またエドガーがうまく言いくるめたみたいなもんだけど、あの二人はうまくいくんじゃない?」
「へぇ……って何で知ってるの?」
「ちょっとね~」
 リルムは何故か偉そうだ。
「……覗いた?」
「イヒヒ……」
 呆れ顔のセリスに、リルムはニカニカの笑顔を返した。末恐ろしい子だ。
「んで、お昼食べようって言いに来たんだった」
「そうね。お腹空いちゃった」
 二人が食堂に入ると、残りのメンバーが集まっていた。
「セリスご登場~」
 リルムが元気に言うと、
「ん? ロックとセッツァーはどうしたんだ?」
 マッシュが不思議そうな顔をした。
「コーリンゲン行ったってー」
 セリスの代わりにリルムが答える。
「へえ? なんで?」
「さあ? 実家の倉庫を漁るとか言ってたけど?」
 セリスは苦笑いをするしかなかった。

 

†  †  †

 

「あの二人、うまくいくと思うか?」
 舵をとるセッツァーに、だれた態度で柱に寄りかかるロックが尋ねた。
「いくんじゃないのか? エドガーはどうとでもなるんだろうが、ティナには幸せになってほしいぜ」
 穏やかにそんなことを答えるセッツァーは少し意外だった。

 コーリンゲンの北側の一軒家から埃が舞う。外れに建っているため近所に家がないのは幸いと言えよう。それくらいすごい埃だった。
「うへえっ。ったく、じーさんは姿を消しちまうし」
 いつもは頭にしているバンダナを、今は口元にくるように巻いている。強盗ギャング風といったところか。
「価値があんのかねーのかわかんねーもんばっかだな。ドマの再建が一段落したら、旅の前にジドールの競売で売った方がいいな。鑑定した方が得になっかなあ。値打ちのねーものをたっかい金で買う奴もいるから微妙なとこだよな」
 ボヤきながら薄暗い地下室を漁るロック。レイチェルの遺体のあった部屋から隠し扉で入る倉庫は、トレジャーハンターを継ぎ続けている先祖の貯めた得体の知れないものが大量に置いてある。
「確かこの辺に……」
 自分のコレクションもそこにしまっていた。コーリンゲンを出るときに隠したのだ。金目のものは不要なので売ってしまうが、気に入ったものはとってある。
 ロックがトレジャーハントにいそしんだのは、15~23歳までの8年間だ。
 だが実は今探しているのはトレジャーハントしたものではない。亡くなった母の遺品だった。母親が亡くなる直前に渡されたもので、代々婚約指輪とされているらしい。元は一番最初にトレジャーハンターとなったご先祖がとってきた品だという。
 当時10歳だったロックは、
「形見を渡すなんてできないよ。だから自分で見付けたものをあげる!」
 なんて答えた気がする。母親は笑っていた。
 あの頃は若かった。思い出してため息をついたとき、小さな箱が目に入った。まあるい小箱。
「これだったか……?」
 手に取ってあけてみる。
「おっ、そうおう。これだよ」
 ロックは一人ニカッと笑った。
 プラチナの三連リングで、サファイア・ブルークォーツ・オパールがそれぞれ付いている。石自体は大きなものではなく、オパールのみ半円状のカボッションカットなのが珍しいデザインだ。
 何故今になってこれかといえば、青のイメージがすごく彼女に似合うと思うから。彼女の瞳を思わせる。
 ちなみに、レイチェルには、あげようと思わなかったとかいうわけではなく、ただ指輪の存在を忘れていた。彼女にプレゼントしたのは自分でとってきたアメジストを加工した指輪だった。
 ともかく見つかってよかったとロックは苦笑いする。他のどこかに紛れ込んでいたら見つからなかった。
 さらに、もう一つ見付けなければならないものがある。行きがけにセリスにも言ったティナの婚約祝いだ。エドガーには何も用意するつもりはない。必要ないだろう。
「しかしいつか片付けねーとな」
 捜し物をしたせいで、更にゴチャゴチャになったがらくた?を前に、ちょっとロックは途方に暮れたのであった。

 

 

†  †  †

 

 昼食後、「夜の分まで仕事を片付けてくる」とエドガーは執務室へ戻ってしまい、セリスは女三人で食後のお茶の時間を過ごしていた。
 カイエンはドマの今後についてエドガーと話しに、マッシュは城の者へ挨拶をしに、ストラゴスとガウは昼寝だ。
「話し合って解決した?」
 セリスの優しい問いに、ティナは自信なさげに微笑み返す。
「わからない。でも、少しずつ進んでいける気がする」
 その答えに、セリスはホッとした。もしかしたらうまくいかないかも、なんて危惧していたから。
「んふふ~。チュウ♥してたしね」
 リルムが言った。ティナは一瞬きょとんとしてから頬を染めて俯く。
 その仕草の可愛らしさに、エドガーじゃなくてもメロメロになるわ、セリスは思う。
「リルムはどんな人を好きになるのかしらね」
 セリスが言うと、リルムは頬を桃色に紅潮させ、
「そんなの今はわかんないよっ」
 ぶっきらぼうに言った。いつも他人をからかっているリルムなので、たまには言われる立場もいいだろう。
「どんな人が好み?」
 そう問われ、リルムは首を傾げながら答えた。
「キザじゃなくて、無神経じゃなくて、スカしてなくて、強引じゃなくて、ギャンブル狂いじゃなくて、私のこと子供扱いしない人!」
「………………」
 リルムの返答に、セリスとティナは顔を見合わせる。
「それって……セッツァーと正反対って言いたいの?」
 ティナは首を傾げると、リルムは顔を真っ赤にして、
「あんな奴! ムカつく~!」
 と叫んだ。他の誰もリルムを子供扱いして馬鹿にしたりはしない。
 セリスは、今聞いたリルムの好みのタイプを、後でセッツァーに言ってやろうなんて、悪戯心を弾ませていた。

 

 

†  †  †

 

 全員揃っての夕食は、楽しいものだった。
 結婚式の時はモグやゴゴ達も呼ぶだろう。そしたらもっと楽しいとセリスは思う。
 食事の後、ティナに婚約祝いを渡した。セリスは手編みのショールを、ロックは小さなエメラルドが付いたピアスだ。
「うちの先祖のうちの誰かがどこかから取ってきたもの」
 らしい。
「得体の知れない微妙なものをあげんな!」
 全員が思ったが、ティナが嬉しそうなのでよしとした。

 夕食が終わっても、彼等はえんえんと飲み続けていた。
 場所だけは食堂からエドガーの私室の一つ、リビングに変わっている。
「また二日酔いになるわよ」
 セリスは呆れて言ったが、
「この間ほどは飲んでねーよ」
 ロックは苦笑いする。この後大事なイベントが待っている。酔っぱらうわけにはいかない。
 そういうセリスも、今日は少し飲んでいる。いつもは絶対に飲まない。今日はせっかくおめでたいからつき合いということらしいが、普段飲まない奴の方が心配だ、ロックは思う。
 案の定、2時間ほどすると、セリスは頬をバラ色に染めて眠たそうにしていた。なんだか子供みたいだ。
「おい、大丈夫か? 先に寝るか?」
 心配になってロックが尋ねると、
「ん~。眠い……」
 セリスは正直に答えた。強がる気力もない感じだ。
 俺のイベントはどこへ行くのやら……ロックは思ったが、勿論今日でなくてもいい話だ。
「眠いのはいいけどここで寝るなよ」
 意識があるときはまだいいが、同じくらいの身長があるセリスが眠ってしまったら、正直運ぶのは楽ではない。
「うん……」
 セリスはのろのろと立ち上がる。足下はフラついたりはしていない。ただ眠いだけだろう。
「眠いっつーから、部屋まで送ってくるな。リルムも眠いなら一緒に行くか?」
 ロックは親切心で言ったのだが、
「お邪魔はしな~い」
 リルムはうひひひひ、と答えた。こんな12歳、嫌だ。自分の娘はこうならないようにしよう、とロックは思う。
「………………そりゃどうも……」
 部屋を出て、廊下を歩く。
「暑くない?」
 セリスが欠伸をしながら言った。砂漠なので夜は比較的冷え込むのだが、今日は確かに暑かった。酒で余計にそう感じているのかもしれない。
「んじゃ、涼むか」
 ロックは言った。よし、言うぞ! と心に決める。
「そうね」
 頷いたセリスを連れて、渡り廊下へ出る。
 三日月なので薄暗く、渡り廊下の両端に篝火が立っていた。
「んー! 眠い!」
 セリスは両手を上げて伸びをする。無防備で無邪気で、ロックは彼女が愛おしくて仕方がない。
「なあ、セリス」
 手すりにもたれて砂漠を見つめながらロックは口を開いた。
「なあに?」
 隣に立つセリスが優しい視線を向ける。
 幸せだとロックは思う。今でも十分幸せだ。だけど……。
「ドマの再建が終わったら、どうするつもりだ?」
 唐突な質問に、セリスはきょとんとしてから、
「この間も言ったじゃない。まだ考えてないわ」
 肩をすくめた。ロックは心なしかホッとした。彼女は結構頑固だから、何かを決めていたらどうしようかと思っていたのだ。
「お前の体調が大丈夫そうだったら、旅に出ような」
「……うん」
 セリスは小さくはにかむ。ずっと一緒にいてくれると約束したわけではない。ただ当たり前のように一緒にいたから。
「でもさ、その前に……」
 ロックはセリスに向き直った。ん? とセリスは首を傾げる。
「左手貸して」
 言われたとおりに差し出された細長い指に、ロックはポケットから出した指輪を填めた。
「……これ……」
 セリスは目を見張る。余り装飾類に詳しくはないが、銀ではないとわかる。現在では加工が難しくて希少価値の高いプラチナじゃないだろうか。それに石は、サファイアと青水晶、オパールに見えた。
「式とかは挙げられないけどさ、そんな余裕ねーし。もしかしたら倉庫の中身売れば賄えるかもしんねーけどわかんねーしな。……お前のことさ、幸せにしたいから。お前と一緒に、生きていきたいんだ。ドマの復興が終わったら、結婚しよう」
「あ……」
 セリスは突然のことで、咄嗟に答えられなかった。頭の中が真っ白になり、酔いなど一瞬で醒め、眠気は吹き飛んだ。
 満ち足りた切なさが込み上げて、薄青の瞳に涙が溢れる。
「ほんとう、に……?」
 呟いたセリスに、ロックは苦笑いをこぼす。
「当たり前だろ。返事は?」
 わかっていても聞きたいと思った。彼女の口から、言葉が紡がれるのを待つ。
 だが彼女は涙をこぼすばかりで何も言わない。ただ嗚咽を堪え、何度も頷いた。
 ロックは仕方がないなあと思いながら、彼女を抱きしめ、背中をさすってやる。
 セリスは落ち着いてくると、掠れた声で呟いた。
「あなたと、一緒にいたい。……離さないでね」
「離さないよ。俺、しつこいから」
 自分で言ってロックは苦笑いだ。何を言っているのだか。
「泣きやんだか?」
「ん。ごめん」
「いいよ。嬉しくて泣いてくれたんだろ?」
「自信家ね!」
 ロックを睨む彼女の目は、優しい色を宿している。
「自信なんかねーよ。ねーけど……」
 言いかけてロックはやめた。自分でも何が言いたかったのかわからない。代わりにそっと彼女に口づけた。
 長い口づけが終わると、どちらともなく視線を絡めて微笑む。
 その幸せな時を破ったのは、
「おっめでと~!」
 リルムの大声だった。
 出歯亀もここまでくると感服物である。更に、
「いや~、本当にめでたいな」
 なんて言いながらエドガーが出てくる。その後には……つーか、全員だ。
「お前ら……性格悪いな」
 ロックは脱力して肩を落とした。セリスも諦めがちな苦笑いをしている。
「拙者は止めたんでござる。しかし、リルムには適わなかった……」
 カイエンの一言に、ロックは吹き出した。ドマの武士も、リルムの前には形無しと言うことだろう。
「何言ってんの。しっかし、ロックって冗談抜きに熱い男だね~。キスも濃厚?」
 にやにやしたリルムの言葉に、
「余計なお世話だー!」
 ロックの大声が、フィガロの砂漠に響き渡った。

 

■あとがき■

 やっとです。長かったです。無謀な挑戦でした。正直、ほのぼのな日常って苦手な私には一週間とは無理だったのかも知れません。頑張ってきましたが文句無し!と自分で言えるようなものではないと思います。が、これ以上のものが書けないことも事実です。最後の方は仲良く暮らす二人とかけ離れてしまい、本当に申し訳なかったと反省しております。
 最後はプロポーズで締めさせて頂きました。理由はないけどなんとなく。色々なパターンあるけど、今回はこれで。ラブラブそしてほのぼの? という感じにしてみました。リルム出しゃばりすぎ?
 これをもって、「Flower」を綺羅さんに捧げさせていただきます。本当につたない作品ですが、精一杯頑張りました。答えきれていないかとは思いますが、どうかお受け取り下さい。 (03.09.07)

【この頁で使用させて頂いた素材サイト様】 ClipArt:Salon de Ruby

Original Characters

トコウ ドマ出身
戦争で両親に死なれたが、近隣の村に非難していて妹と二人助かった。 3つ下の妹と二人でドマの復興に参加している。
サライ ドマ出身
ドマの大工だったが事故で小指を失い首になり放浪の末、ゾゾにいた。 ドマの復興で大工の親方として活躍している。
アリノ ドマ出身
18歳の少女。城の掃除でよくセリスと組む。恋に憧れる年頃らしい。
ソドリ・トルロ ベクタ出身
ドマに海賊としてやってきた元セリスの部下。
ユメカ ドマ出身
26歳の色っぽい大和撫子。未亡人。
(他の登場小説「大人の条件」)