Orgel Garden



1.記憶の交響曲

「あのね……」
 日だまり溢れる午後、長閑な日常に不釣り合いな雰囲気でレイチェルが神妙な表情をしていた。
「ん?」
 鈍感なロックは池に垂らした釣り糸から視線を上げると、よくわからず首を傾げて先を促す。
「ルーのね、お父さんが亡くなったでしょ」
「……ああ。残念だったな」
 二人の幼なじみであり親友であるルーの父親が旅先で賊に襲われたのはつい半月前。幼い頃母親を無くしているため、残されたルーは一人きりになってしまった。
「昨日……ルーの叔母さんが来たの。ルーのこと引き取ってくれるんだって」
 トレジャーハントに行っていたロックは昨日の夜中に帰宅したため、そんなことは初耳だ。
「え? 引き取るって、ここからいなくなるってことか?」
 レイチェルが何故沈んでいたか今さらながらにロックは気付く。
「うん。アルブルグに行くんだって……。遠いよね」
「アルブルグ!? ……そっかぁ。それは俺でもあんまし会いにはいけねーなぁ」
 さすがにロックも意気消沈した。トレジャーハンターとして様々なところを旅をして回るロックだが帝国のある大陸には行っていない。ひどく治安が悪く、遺跡の情報なども薄いせいだ。
「いつ行っちまうんだ?」
「明後日だって……」
「明後日!? 急だな。今日、顔見せないのはそれでか?」
「うん。落ち込んでる……」
 レイチェルは浮かない表情をしている。ロックだって同じく悲しく思うけれど、
「慰めに行ってやれよ」
「え? ロックは?」
「俺はちょっとな。出掛けてくる」
 突然、そんなことを言い出したロックに、レイチェルはギョッとした。有言実行なロックは、言ったそばから釣り道具をしまい始めている。
「こんな時に?」
「ああ。って言っても、ルーの出発までには必ず戻るよ」
 ロックは瞳を輝かせていた。これはきっと、何か企んでいるのだろう。
「わかったわ。必ず、戻ってきてあげてね」
 レイチェルは快く行かせることにした。最後の時間にロックが不在であることをルーは嘆くだろう。だが、ロックが何を考えているのか大体想像がついた。彼女は喜ぶに違いない。
「おぅ。じゃ、早速行ってくるな」
 ロックは駆け足で自宅へ向かった。


 ルーは少ない荷物を持って、家を出た。
 自分が村を出ることが決まってからロックに会っていない。レイチェルの話だと「ルーが出立するまでに必ず戻る」ということだったが──出発まであと30分もない。
「会いたいな……」
 誰にも聞かれたくないため、音に出さずに呟いた。村の入り口に停められた馬車の前で、ルーは大きくない村を見渡す。
 穏やかで素朴で住民みんなが仲良く温かい。ここが大好きだったのに……。
 ルーはもう16歳。一人で生きていけない年齢ではない。それでも叔母の話を承諾したのは、彼女が気管支を患っていたからだ。母親も同じ病気で亡くなった。夜中に発作が出たりしたら一人だとやはり困る。それでも残りたいと思う気持ちがなかったわけではないけれど、もし自分に何かあったらレイチェルやロックは悲しむ。ずっとレイチェルの家に世話になるわけにもいかず、心に決めた。叔母は妹であるルーの母親の病気を彼女が結婚するまで看てきたし、男の子しか産まれず女の子が欲しいと言ってルーをとても大事に思ってくれている。
 だけど……レイチェルと、ロックと離れたくない。
 当人同士は気付いていないがレイチェルとロックは惹かれ合っている。だから、自分の想いをひた隠しにしていたけれど───ルーもまた、ロックに好意を寄せていた。淡い恋心は押し殺しているうちに、好意などと呼べる代物ではなくなっていたが、叶えたいとは微塵も思っていない。ロックと同じぐらい、レイチェルのことが大好きだから。
「ロックってば、帰ってこないね」
 村の外を見つめているレイチェルが唇を尖らせる。レイチェルは同性のルーから見ても本当に魅力的で、でも飾らないから嫉妬よりも憧れを覚える。彼女の親友であれたことに感謝したいぐらいに。
「何か用事があったんでしょ? 仕方ないよ」
 ルーは力無く微笑んだ。最後に会いたいと思うけれど、同時に会いたくない気もした。会ってしまえば余計に辛くなってしまう。残りたいと泣いてしまうかもしれないから。
「そろそろ出発よ。忘れ物はない?」
 叔母に尋ねられ、ルーは消沈した表情で頷いた。
 彼女が馬車に乗り込もうとしたその時───
「…………!」
 どこからか名前を呼ばれたような気がした。待ち焦がれていた人の声で。
 レイチェルと視線が合う。二人は頷き合って、声の主を捜した。
「ルー!」
 今度はもっとはっきりと聞こえた。ロックがチョコボを走らせて村へ向かっていた。
「ロック! 遅い!!!」
 レイチェルが叫び返す。
「叔母さん。少しだけ待ってもらえる?」
 おずおずとしたルーの言葉に、叔母は諦めがちに頷いた。大事な友人と挨拶すら交わせず去るのでは余りにも不憫だからだ。
「よかった。間に合って」
 ロックは息を切らしてチョコボから飛び降りた。
「もう。ギリギリじゃない!」
 レイチェルはぷんすかしている。くるくると変化する大好きだった彼女のそんな表情も、もう見れなくなってしまう。
「いいだろ。間に合ったんだから。それよりこれ……」
 ルーに向き直ったロックが、下げていた荷から何かを取りだした。綺麗な布にくるまれた何かを、ルーは不思議そうに受けとる。
「お前、昔、欲しいって言ってただろ?」
 ロックの言葉に布を外すと、くるまれていたのは金の小箱だった。細かい細工が施されたそれはとても高価なものに見える。
「これ……」
 箱の蓋を開けると、優しいメロディーが零れた。金属が弾かれる音は甲高いけれど柔らかく、そっと心に沁み入る。
「うちにあったけど壊れてたやつ。大急ぎで修理してもらったんだ」
「……ありがと…………」
 涙が溢れて、お礼の言葉は掠れてしまった。
「それ聞いて、俺達のこと思い出してくれな」
「うん……うん……」
 温かい友情の音色が、ルーの出発を優しく彩った。

 

†  †  †

 

 突き抜けるような青さの空へ風が吹き上げる。二匹の山鳥がその風に乗って戯れていた。
 高原の谷間にある小さな村の入り口で、セリスはフと足を止めた。
「どした?」
 半歩先を歩いていたロックが不思議そうに立ち止まって振り返る。
「ううん。なんか、優しい曲が聞こえたから」
「こんなところで曲?」
 まったく気付かなかったロックは首を傾げる。
「気のせいかもしれない。入りましょう」
「ああ。そうだな」
 二人は連れだって村に足を踏み入れた。静かで長閑な村は、清々しい空気に溢れていた。

 高原の村イーベンにやって来たのは、先日のトレジャーハントの帰りに立ち寄った(ふもと)の村プルグブで頼まれごとをしたせいだった。
 世話になった宿屋の隣に暮らすハロンという老婆が「イーベンに届けたいものがあるが、足が悪くて遠出できない」と困っていたのだ。そういう人を見過ごせるロックではない。急ぎの用事もないし、羽を伸ばす意味でもセリスと二人イーベンに赴いたのだ。
 村の隣には広大なレタス畑が広がっていた。人が暮らす集落は小さく一所に集まっているが、畑や牧場を含む村の大きさは大きい。それでも村民は50人に満たないだろう。
「とりあえずジャックさんを見つけないとな」
 立ち並ぶ家の間を歩きながら、ロックはキョロキョロとしている。自給自足を基本とする高原の村は店らしきものが見あたらない。村の中程まで行き、やっと1件店舗が目に入った。生活必需品から調味料まで取りそろえる雑貨屋だ。
「すみません。ちょっと聞きたいだけど……」
 ロックが声を掛けると、椅子に腰掛けて居眠りをしていた主人はパチッと目を見開いて、二人を凝視した。
「……見ない顔だな」
「ええ。ジャック・ガートさんに届け物をしに来たんです。それで、ジャックさんの家を知りたいんですけど」
 セリスが横から口を挟む。雑貨屋の主人は頷いて、
「そうか。ジャックは村の奥にある青い屋根の家だ。が、今の時間は畑に出てるだろうから、いないと思うぞ」
 親切に教えてくれた。ロックとセリスは顔を見合わせる。
「わかりました。ところで、この村に宿なんてものは……」
 ロックの問いに、主人は肩をすくめた。
「残念ながらないな。ジャックんとこは部屋が余ってるだろうから、頼めば泊めてくれるんじゃないか?」
「そうですか。とりあえず、行ってみます」
「ありがとうございました」
 頭を下げて礼を言うと、二人は青い屋根の家を探しながら歩き始めた。
 目的の家は一人には大きい平屋で、すぐに見つかったがやはり不在だ。
「畑に行ってみる?」
「どうすっか。急ぎで届けなきゃいけないもんじゃねーけど、待ってる間、この村じゃ観光もできねーしなぁ」
 ロックは頭をかきながら、どうしたもんかと首を傾げた。
 畑に出てると言われても、ジャックの畑がどこだかもわからないのでは探しようがない。
「とりあえず、夕刻まで待つか。しっかし、宿屋もねーんじゃ食堂とかもねーよな」
 普段、トレジャーハントに行く時は、事前にそういうものがあるか調べてどこの村に寄るかも決めて行く。世界崩壊後の地形は変わってしまい、そういった情報もアテにならない状態だが、野宿の用意をしていけばなんてことはない。が、今回は大した準備をしていないのだ──トレジャーハントの帰りだから仕方ないのだが。
 が、安請け合いしてしまったことを後悔したりはしたくない。セリスとてそんなことに文句を言うような性格ではないし。
「天気もいいし、空気もいいし、散歩でもするか」
 ロックの呑気な提案にセリスが賛成すると、二人はのんびりと歩き始めた。

「……やっぱり…………」
 集落の外周、畑が広がる手前の細い道を歩いている途中、セリスが足を止めた。
「ん?」
「ほら、なにか聞こえる。なんの音かしら?」
 彼女の言葉に耳を澄ませると、ロックは整った眉宇をひそめた。
「オルゴール、みたいだな。……ウェミンヘン・ハミングウェイの『永遠』か…………」
 友情を綴ったとされる有名な曲だ。そういう音楽に疎そうなロックがクラシック音楽を知っていたことを意外に感じたセリスは、ロックの表情に微妙な色が浮かんだことに気付かない。
「そこの家からかしら?」
 セリスはつい先程通った道を振り返る。小さな赤い屋根の家があり、オルゴールの音色はそこから漏れているように思えた。
「いい曲よね……」
 立ち止まったセリスが聞き入っていると、赤い屋根の家の窓が開いた。そこから一人の女性が顔を出す。
 その女性を見た途端、ロックはカチーンと固まってしまった。それに気付いたセリスは首を傾げて、ロックの腕をつつく。が、ロックはそんなことに構わず呆然と呟いた。
「ルー……?」
 その女性は、食い入るような視線に気付いたのか、二人の方へ顔を向け、そしてやはり固まった。
「……まさか、ロック?」
 か細くやっと聞こえるぐらいの震える声が聞こえた。少し距離はあるけどよく通る声だった。
 しばし呆然としていた女性は、ハッとすると、
「ちょっと待っててね」
 顔を引っ込めた。
 チラッとしか見えなかったけれど、綺麗な女性だった。紅茶色の髪はまっすぐでサラサラで、草色の瞳は優しい色を湛えていた。
 こんな辺鄙な場所で、ロックが既知の女性に出会ったことに、セリスはなんだか嫌な予感がした。

 

■あとがき■

 新連載開始です。携帯版【万象の鐘】6000hitキリリク ジャックさんの『レイチェルの代わりだとしてもロックの側に居られるだけで良いと思っていたセリスが、ロックが昔馴染みの見知らぬ女性と親しくしているのを見て身を引くべきか悩む、切な~いお話』にお答えしますw
 この話もかなり前から温めてました。こんな感じにしよ~ってね。ただ、頭の中のイメージは、文章にしてしまうと薄れてしまいます。物語として成り立たせるための背景や設定、矛盾をなくすことなどに囚われてしまうせいです。いつもそれに泣かされます(私の力不足ですが)。
 今回、オルゴールの素材があればよかったんだけど、見あたりませんでした。オルゴールならなんでもいいってわけでもないしね。クリップアートは過去を思い出させる時間軸みたいなイメージでいいかな?って思いました。毎回、素材を選ぶのは楽しいです。イメージにあったのがないと悲しい。。。(当然ですが、必ずしも自分の持ってるイメージ通りの素材があるわけじゃないので) (04.11.13)
 誤字脱字修正及び文章補正、体裁修正、また、印刷時別CSSによるスタイル指定を行いました。 (06.02.09)

2.心の幻想曲

「彼女はルルーノ・スターツ。幼なじみなんだ」
 ちょっと待ってて、そう言った女性が外に出てくるまでにロックが簡単な説明をしてくれた。セリスはどういう表情をしていいかもわからず、
「そう……」
 頷くことしかできない。更にロックが何か言おうとしたが、ルルーノが姿を見せたためそれは叶わなかった。
 彼女はロックの姿を認めるなり嬉しそうに満面の笑みを湛える───素直な笑顔がセリスの胸に染みる。
 ロックのために裏に回ってきた女性を見たロックもまた、これ以上ない笑顔を溢れさせていた。
「久し振りね」
「ああ。ルーが元気そうでよかったよ」
 ルルーノは簡素なクリーム色のエプロンドレスを身に着けている。可愛らしい顔立ちに素朴な装いがよく似合っていた。
 ちょっとレイチェルを思わせる雰囲気だ──セリスの勝手な想像だけれど。
「あなたも元気そうね。でもどうしたの? こんなところで会うなんて思わなかったわ」
「ちょっと用事でな。お前こそどうしたんだ? アルブルグに行ったんだろう?」
「ええ。あ、立ち話もなんだし、お茶でも出すから家へいらっしゃいよ。そちらの方も紹介してもらいたいし」
 綺麗な笑顔を向けられ、セリスはなんとか微笑を浮かべようとしたが作ったような笑顔にしかならずひきつったような気がした。

 ルルーノは小さな家に一人で暮らしていた。ダイニングキッチンと寝室が二つの平屋だ。
「叔父が亡くなって、戦争がひどくなる前にって叔母と一緒に移住したの。叔母も去年亡くなって、今は私一人。私は畑を耕すほどの体力はないから、小さなハーブ畑を持ってるの」
 小さなテーブルに、ロックとセリスは向かい合って腰掛けている。椅子は二人分しかないため、ルルーノは壁際の木箱の上に座っていた。
 膝の上にティーカップを抱えるルルーノは言葉を句切って言いにくそうにした。
「ところで……レイチェルはどうしたの?」
 小声で問われ、セリスは顔を強ばらせた。ロックは一瞬表情を固まらせたものの、すぐに苦い笑みに変わる。
「そうか、お前は知らなかったんだな……。死んだんだ。戦争でな」
「!!! レイチェルが……!?」
 ルルーノは呆然と呟く。
「……あなたがレイチェルじゃない女性を連れてるなんてって思ったけど、そう……死んだの……」
 故意に言葉にしたわけではないだろうけれど、その言葉はセリスを傷付ける。ロックは話題をすり替えるように、セリスについて説明した。セリス自身が家に入った時に名乗りはしたが、詳しいことは何も言ってない。
「彼女はリターナーに協力して一緒に戦ったんだ。今は一緒に旅してる。……お前は、身体の調子はいいのか?」
「ええ。お陰様で。高原の空気はいいから、アルブルグにいた頃に比べたら咳も全然出ないわ。夜に冷え込むのが難点だけどね」
 そう答えたものの、ルルーノはどこか上の空だ。
 セリスは所在なさげに座っているしかない。出されたハーブティーはとてもおいしいものだったが、気持ちを落ち着かせることはできなかった。
 ロックは顔色を無くしている二人の女性を(おもんばか)って、更に別の話題に移ることにした。
「俺達さ、ジャックさんのところに届け物に来たんだよ。さっき家に行ったんだけど留守でさ。畑に出てるのかな」
「え? ジャックさん? ああ、そうね。この時間はほとんどの人は畑よ」
「やっぱそうか。とりあえず夜まで待つつもりだけど、この村は宿がねーっつーからなぁ。まあ、野宿っつー手もあるけどさ」
 ボヤいたロックに、ルルーノは目を丸くする。
「野宿!?」
「ん? ああ」
 ロックは何を驚いているのかと不思議そうだ。
「ここは夜寒いわよ。セリスさんが可哀想じゃない」
「え? 普通だぞ。トレジャーハンティングしてれば、野宿は当たり前だし。なあ?」
 突然、話を振られ、セリスは曖昧に頷く。確かに慣れているし、大したことではない。
「そ、そうなの? でも、よかったらうちに泊まってよ。叔母の部屋は空いてて使ってないし」
「そうか? じゃあ、セリスだけでも泊めてもらえよ」
 二人に視線を向けられ、セリスは戸惑う。遠慮するのも失礼な気がするが、ロックは旧知の仲でも自分はたった今知り合ったばかりだ。それに、ルルーノはロックを泊めようとしたのであって自分を泊めようとしたわけではにし女だからってちょっと図々しいんじゃないだろうか……。ぐるぐると考えて返事に困窮していると、
「気にしないでいいのよ。いつも一人で寂しいし。ロックも一緒に泊まっていいわよ。ベッドはないけど」
 ルルーノは気さくに言う。いい人だとセリスは思った。せっかく久々に会ったのだし、心底遠慮したいが自分が遠慮したところで女にだけ野宿をさせられるようなロックではない。
「んじゃ、悪いけど一泊だけ世話になるか。なんか手伝うよ。まだ夕方までは時間があるし。力仕事でもいいぞ」
「まさか。お客様にそんなことさせられないわ。それより、友達も少なくて退屈してたの。話し相手になってくれる?」
 屈託ないルルーノの笑顔に、ロックは二つ返事で頷いた。
「勿論」

 ロックとルルーノは昔の話で盛り上がっていた。
 セリスは黙ってそれを聞いているしかない。どんな顔をしていいかもわからないが、つまらなそうな顔をするわけにはいかず、薄い微笑を湛えながら耳を傾けていた。
 高原の風は冷たい。半分ほど開けられた窓から入り込んで、セリスの頭を冷やす。
 二人の会話を飾るのは先程も聞こえていたオルゴールだ。金属の作る高音は耳障りではなく優しい音を奏でている。その昔、ロックがルルーノが引っ越す時の餞別(せんべつ)に送ったらしい。エドガーもキザだが、ロックは天然でキザなところがある。
 話に夢中になっているロックは、ポケッと外を眺めるセリスの様子にも気付いていない。
「私、ずっとロックのこと好きだったのよ」
 ルルーノが遠くを見つめて言う。過去形だとしてもセリスはドキリとして視線を室内に戻した。
「……そうなのか?」
 本当に気付いていなかったのか、ロックはとぼけるように首を傾げる。
「うん。でも、レイチェルもロックが好きだったし、あなたもレイチェルが好きだって気付いてたから……」
「……俺は、ルーもレイチェルも、同じぐらい好きだったよ」
 ロックは曖昧な表情で口元に笑みを浮かべた。
 意外な告白に、ルルーノは目を見開く。セリスは痛む胸を堪え、ポーカーフェイスを努めていた。
「う、そ……」
「嘘じゃねえ。まだあの頃は、どっちが好きだとか考えたことなかったからな」
 過去に想いを()せ、片頬を緩めるロックはセリスの知らない人間のようだ。
「じゃあ……もし、私が引っ越さなかったら…………」
 呟いてルルーノは首を横に振って自分ですぐに否定した。
「そんな有り得ないこと言っても仕方ないわよね。私が引っ越さなくても、きっとあなたはレイチェルを愛したから……」
 それにはロックは答えなかった。そんなのわからないのだろう。今となっては誰にもわからないことだ。
 微妙に気まずい雰囲気を打開するように、ルルーノは話を元に戻した。
「最初のうちは文通できたけど、帝国の侵略が進むとそれもできなくなったでしょ? アルブルグを出ることも知らせられなかったし……。レイチェルが殺されたなんて……なんだか嘘みたい」
 いくら鈍感なロックでもセリスの前でそんなことばかり話すのは多少気が引けたが、親友であったルルーノが知りたいと思うのは当然だろう。ロックは相づちを打って答えた。
「ああ。……殺されたのは俺にも責任がある。彼女を守れなかった」
 レイチェルが記憶を失ったこと。彼女を苦しめぬように村を出たこと。その間にレイチェルが殺されたこと。フェニックスの秘宝を探していたこと。それらを話して聞かせる。
「レイチェルは……天使みたいな子だったから、きっと本当にロックの幸せを願ってるね」
 静かに微笑むルルーノも、また天使のようだとセリスは思った。自分にあんな表情はできない。
 なんだか自分の存在自体が邪魔をしていると思ったが、出て行くのはあからさまな気がしてできなかった。一体、こういう時、どうすればいいのだろう? 人付き合いに長けていないセリスにはまったくわからない。
「お、そろそろ日暮れだな」
 フと窓の外に目をやったロックは呟くと、伸びをしながら立ち上がった。
「私がジャックさんのところに行ってくるわ」
 すかさずセリスが申し出る。既に届け物である風呂敷包みも手にした。
「俺も行くよ」
 ロックはごく普通に言ったのだが、セリスは手を振ってやんわりとそれを拒否した。
「いいからいいから。久々に会ったんだし、話してて。お遣いぐらい一人でできるわ」
 とびっきりの笑顔を作ってそれだけ言うと、さっさとルルーノの家を出てきてしまった。

 

†  †  †

 

 緑の屋根の家まで来たセリスは、控えめにノックをする。山間が朱に染まっているが、まだ帰っていないかも知れない。
 案の定、返事はなかった。しばらく待ってみようかと、扉の横の壁に寄り掛かって溜息を飲み込んだ。
 ロックがレイチェルをどれだけ愛していたか───わかっているつもりだった。どれほどの愛があろうと、生き返らせるために命をかけて秘宝を求めるなど普通はできない。
 だけど……未だにロックの中には過去が鮮明に残っているのだと、思い知らされてしまった。
 ロックがレイチェルを忘れたなんて思っていない。あれだけ愛した人を忘れられることはないだろうし、死んでしまえば余計だ。死者に対する愛はを()せることがないのだから。
 それでもいいと思っていた。どんなに愛していてもレイチェルはもう存在しない。彼女をセリスに重ねているとしても、今ロックが共に生きているのは自分なのだから、そう考えていた。
 だけど、もう自分に言い聞かせることはできないかもしれない。
 ルルーノが言った『ルルーノもレイチェルも傍にいたら』の場合は確かにレイチェルを選んだかもしれないし、そうじゃないかもしれない。でも、『レイチェルが引っ越していたら』ロックはルルーノを愛していただろう。
 昔から知っていてロックが好きだったと言うルルーノならば、レイチェルと重ねることなく、一人の女性として見ることが出来るのではないか。セリスよりよほど相応しく、共に過ごせばまたルルーノを愛するのではないか。
 恐ろしい考えがぐるぐるとセリスを支配する。
 自分では打開できない深い闇に囚われていたセリスは、
「何してんだ?」
 突然の声に、びくりと肩を揺らした。
 目の前に立っていたのは、見知らぬ男。クワを肩に担いでいる。きっとジャックだろう。
「あ、あの、ハロンさんから頼まれて……荷物を届けに来たんです」
 セリスが手に持っていた包みを差し出すと、ジャックは眉根を寄せて、じろじろと彼女を眺めた。
「ハロン? ハロンて……ばーさんが?」
「はぁ。私は頼まれただけなんで、詳しいことはよくわからないんですが、あの、受けとってください」
「あ、ああ。とりあえず、上がってくれ。ばーさんのことを聞きたい」
 ジャックに言われ、セリスは頷いた。どういう関係なのかわからないが、『ばーさん』と呼ぶからには祖母か何かなのだろう。
 雑然とした家のなかは、中年男の一人暮らしらしいものだった。余計なものは置いておらず、隅の方には埃が溜まっている。
 温かいコーヒーを出してくれたジャックは、セリスの向かいに座って尋ねた。
「ばーさんはどこにいんだ? 元気なのか?」
「えと、プルブグの宿屋の隣に暮らしていました。えと、私は旅をしてまして、宿屋に泊まった折り、偶然、話を耳にして、特別用もなかったので引き受けたんです。元気そうでした。ただ、足が悪いので自分では届けられないと……」
「プルブグ! 麓じゃねーか……! そんな近くに……」
 思わず大声を上げたジャックにセリスは驚く。彼は照れ笑いを浮かべ、
「いや、すまない。ばーさんは……あ、ばーさんって言っても、俺の直接のばーさんじゃないんだけどな。俺のばーさんの妹に当たる人なんだ。戦争だなんだでさ、生きてるか死んでるかもわからなかったんだよ。そうか……生きてるのか……。すぐにでも、訪ねることにするよ。本当に助かった」
 丁寧に頭を下げられ、セリスは逆に恐縮してしまう。本当に軽いお遣い程度の気持ちで来たのだから。
「あの、気にしないで下さい。喜んでもらえたなら、それだけでよかったです」
 人に感謝されたことなどまずないセリスは、どうしていいかわからない。
「いや、本当に嬉しいんだ。家族は皆、死んじまったしな。そうだ、あんた、宿はどうするんだ? この村には宿もないし、よかったら泊まってくか?」
「あ、いえ……。ルルーノさんの家に泊めてもらうので、大丈夫です」
「ん? あ、知り合いがいるのか。ならいいな。余計なことを言った」
「そんなことないです。お心遣いありがとうございます」
 セリスは深々と頭を下げる。いいことをするっていうのは、本当に心が温まるものなのだとしみじみ感じた。
「じゃ、そろそろ失礼しますね。ハロンさんによろしくお伝え下さい」
 丁寧に挨拶をして、セリスはジャックの家を出た。

 

■あとがき■

 話が進んでいないような……。しかし、事件も何もないので進むべき方向が見えないような……。
 話を作るというのは本当に難しいことです(だからこそやり甲斐があるんだけど)。読むのだとストーリー性がない1シーンもののSSでもちょ→面白いと思うんだけど、書くのは何故かえらく難しい。。。「どういった場面でどういう理由でそういう流れになったのか」みたいなものがないと書けないのね;; それはそれで困っている自分です。
 切なくするっていうのは、私の永遠のテーマであります。しっかし、難しい。切ないシーンも書き方一つで切なくなくなるし……。その辺は、書いても書いてもわからないところです。(書いててどこが成長しているのかと聞かれると、困りますが)
 今回のBGMはスーパーユーロビート110の2枚目です。やっぱユーロビートいいね。話とまったくマッチしてないけど;;
 相変わらず副題に困ってます。つけずにただ「1」「2」ってするべきだったかも……。いい題名が浮かぶ方法を、誰か教えてください;; (04.11.17)
 クリップアートを変更しました。いや、他の話の素材を選んでたら、オルゴールの「クリップアートあんじゃん!」ってことで、自分の素材コレクションの中に見つけたのでw(04.11.20)
 誤字脱字修正及び文章補正を行いました。 (06.02.09)

3.時の夜想曲

 すっかり陽の落ちた高原は寒い。薄暗い月明かりの中、ジャックに借りたランタンを片手にルルーノの家までとぼとぼと歩く。
 なんだかルルーノの家に帰りにくかった。今頃、セリスがいた時以上に親密に気兼ねなく話して盛り上がっているだろう。そう思うと、自然と足が遅くなる。
 そういう考え方はよくないとわかっていつつ、前向きに、楽観的に考えることができない。あとでショックを受けたくないが故の予防線だ。
 自分は弱くなったと思う。昔帝国にいた頃の強さが真の強さだとは思わないが、今よりは遥かに楽だった。当然だろう。考えることすら放棄していたのだから。
 ルルーノの家が見えてきた。更に重くなる足を引きずるように、歩みを早めた。逃げても結果は同じだ。
 裏手、最初にルルーノが顔を出した窓の前まで来て、窓から漏れている灯りにフと目をやる。そしてセリスは硬直した。
 カーテンの隙間から見えていたのは、ベッドで身体を起こし咳き込むルルーノ──気管支を患っているというから発作が出たのだろう──と、ベッドの端に腰を下ろし彼女に寄り添って背を撫でるロックだった。
 頭の中で警鐘が鳴り響く。理性ではわかっていた。ロックは優しい。例えあれが子供でも、老婆でも、男であろうと親身になってあげるだろう。けれど……目に映る光景は、セリスの心をひどくかき乱した。
 本来なら、楽しく話しているだろうと思っていたのに発作を起こして辛そうにしているルルーノを気に掛けるべきところだろう。だが、残念ながら今のセリスにその余裕はない。
 ただ呆然と立ち尽くし、ルルーノの顔を覗き込んで何事か囁くロックの姿が似合いに映り、「こうあるべきだ」と言われているように思えた。
 誰にでも優しいロックでも、相手がなんでもない相手なら──仲間であったティナとかでも──寄り添うまではしないだろう。旧友という思いだけとはとても考えられない。
 帰らないわけにはいかないけれど、セリスはそこから動けなかった。どんな顔をして戻ればいいのだろう? あの雰囲気に割って入るなどできるはずがない。
 このまま回れ右をして、やっぱりジャックさんに泊めてもらおうか……そんな考えがチラリと頭の隅をぎるが、さすがに何も言わずに一晩帰らなかったら心配するだろう。一言告げに行くのが嫌だ。
 硬直したまま微動だにできなくなっているセリスだったが、フと顔を上げたロックと目が合い、ぎくりと肩を強張らせる。
 見つかった……?
 覗き見してしまったことにすごい罪悪感を持った。悪戯を見つかった子供のように、緊張して次の瞬間を待つ。
   シャァッ
 カーテンが開かれ、ロックがセリスを睨んでいた。思わず息を飲んだセリスは、次の瞬間カーテンが閉められた事にホッとしたような、同時にひどく悲しくて泣きたくなった。
 勝手にしろ! そう言われているような気がしたからだ。
 しかし逃げ出せるわけもない。仕方なしに、玄関へ向かうと、丁度ロックが玄関から出てきたところだった。
「遅い!」
 開口一番、ロックはムスッとして怒鳴るように言った。セリスは首を竦め、
「ご、ごめんなさい。ジャックさん、すぐには帰ってこなくて……帰って来て渡せたんだけど、色々話し込んでたから……」
 しどろもどろに言い訳を述べる。それを聞いたロックは「仕方ない」という表情になって、
「何、あんなところで突っ立ってたんだよ」
 不審そうに尋ねる。セリスは一瞬口ごもったが、
「ルルーノさんが苦しそうだから、大丈夫かなって心配になって」
 心の片隅に少ししかなかった感情を、言い訳にする。更に罪悪感が募った。
「大丈夫かな、じゃねーだろ。そりゃお前の方だよ。こんなに冷え込んでるのに、風邪でもひいたらどーすんだ」
 今度は呆れ顔になったロックは、セリスの手を引いて家の中に入れた。
「ごめん。えと、お茶、入れるね。ロックはルルーノさんについていてあげて」
 いたたまれなさそうに言うと、ロックは頷いてルルーノの寝室に入って行った。
 小さなダイニングキッチンに一人になって、セリスは溜めていた息を一気に吐き出した。なんて息苦しいのだろう。ロックは普段通りだ。普段通りだけれど、自分自身が普段通りであれない。一体、こういう時、どうすればいいというのか……セリスにはまったくわからなかった。


「お茶が入ったわ」
 寝室の扉をノックすると、ロックが扉を開けて首を横に振った。
「眠ったから、少しそっとしておこう」
 セリスが用意したお盆を受けとると、部屋を出てテーブルの上に置く。カップが1つ余分になったが、発作が治まったならそちらの方がよい。
「大丈夫なの?」
 椅子に腰掛けて、セリスはロックを見た。ルルーノの存在を不安に思うけれど、優しくて朗らかなロックの好きだった人に元気でいてほしいとも思う──思っているつもりだ。もし、いなくなってくれれば……そう思う感情が心の奥のどこかにないとは言い切れない。だが、そんなことを思っていいはずもない、そんなことになってもいい結果にはならないともわかっていた。
「ああ。ただ、昔よりひどくなってるみたいだな……。こんなに空気がいいところなんだけど、冷たい空気に弱いみたいだ。一長一短なんだな」
 ロックの表情は心なしか暗い。一人で暮らしているルルーノが心配なんだろう。
「で、ジャックさんの方はどうだった?」
 尋ねられ、セリスはジャックとの会話のあらましを話す。相づちを打ちながら聞いていたロックは、
「んじゃ、用は終わったな。……悪いけど、もう少しここに滞在してもいいか?」
 セリスの顔色を窺うように尋ねた。彼女が「ダメ」と言うはずなどないのに。
「勿論。せっかく久し振りに会えたんだし、彼女の調子もよくないみたいだし。いてあげた方がいいわ」
 笑顔で答えた自分が、セリスは嫌になる。本当は不安で仕方がない。そのくせ不安を表に出すことができない。
 こういう時どうすればいいんだろう? 心から誰かに教えてもらいたい。そこで、レイチェルだったらどうするだろう? と考えてみる。不安に思うことなどなく、心からルルーノを心配し自ら滞在したいと言うだろう。その時点で、セリスが「どうすればいいか」の答えにならなかった。
「……えと、悪いな」
 ロックが唐突に呟いた。バツが悪そうに頭をかいている。
「え?」
「いや、なんか気ぃ遣わせてるみたいだし……」
 ロックがそんな風に言うということは、セリスが無理しているのはバレバレということだろうか。恥ずかしくなり慌てて取り繕った。
「そ、そんなことないわ。当然じゃない。せっかく幼なじみに再会できたんだし」
 セリスは再会して喜べる人間など存命しない。そう思えば、ワガママを言ったりすることなどできないのだ。
「ああ。長年会えなかったし、生きてるかすらわかんなかったけど、昔はずっと一緒だったからな。俺ぐらいの年の奴って他にいなくってさ。まあ、ずっとっつったって、俺はトレジャーハント行ったりしてたから、ずっと一緒だったのは本当に小さい頃だけだけどな」
「へぇ」
 こうして話していると、ロックの本心が見えない。彼が本当はルルーノを望んでいるのか、別にそうではないのか、わからないのだ。
「ところで、夕飯、作らなきゃな。発作起きてんのに、ルーが心配してさ。俺が作るからいいって言ったんだけどさ。あいつも食べられるようなものの方がいいよな。材料は、何があんだ?」
 ロックは立ち上がって台所の検分を始めた。

 

†  †  †

 

 翌日、明け方再びルルーノは発作を起こしたが、陽が昇りきると発作は治まっていた。
 隣人の初老の女性がルルーノの身体を心配して様子を見に来て見知らぬ二人がいるのに驚いていたが、事情を話すと安心して戻って行った。
「ハーブ園の世話すんだろ? 俺達も手伝うよ。なあ」
「ええ。やったことないけど、教えてもらえばきっとできるわ」
 ロックとセリスが進言すると、ルルーノはキョトンとしてから、
「悪いって断ると気兼ねされちゃうわよね。ありがたく、お願いするわ」
 綺麗な笑顔を作った。
 セリスはその笑顔に見惚れてしまう。自分だったらあんな素直に受け入れられず、頑なに断ってしまうだろう。どうすればあんな素敵な女性になれるんだろうか。そう振る舞ってみるものの、心がついていけずに辛いだけで、努力の仕方がわからなかった。


 小さなハーブ園の世話を終えてルルーノの家に戻ると、一人の青年が玄関に寄り掛かっていた。セリスより少し年上だろうか、けぶった金髪に瑠璃色の瞳の好青年だ。が、ふてぶてしい表情をしている。
 どこかで見たことがあるような……?
 セリスが首を傾げてると、ルルーノがその人物を見て笑顔で駆け寄った。
「あら、ラシアンじゃない。どうしたの?」
 ラシアン? やっぱりどこかで聞いたことがあるような……?
 再びセリスが首を傾げてると、ラシアンと呼ばれた青年はムスッとして言った。
「いや、ルルーノの家に、見知らぬ奴等がいるって言うから、心配になったんだよ!」
 そしてロックとセリスを見てギョッとした。セリスをまじまじと見ている。凝視という表現が一番合っているだろう。そんな風に見られる覚えがセリスには……あった。
「あ……」
 言葉を発しようとしたセリスだが、強く睨まれて閉口する。知り合いだとわかれば、どういう関係なのか聞かれる。帝国軍での顔見知りなどと言えば、自分も彼も帝国で人々を傷付けていたことが知られてしまう。言わない方がいいのだろう。セリスは小さく頷くと、ラシアンは顔を逸らせた。
「どうかした?」
 ルルーノに尋ねられ、ラシアンは取り繕うように首を振る。
「いや……」
「彼、ロックは私の幼なじみなの。用があってこの村に来て偶然出会ったのよ。彼女はロックの恋人、でいいのよね?」
 突然ルルーノに話題を振られ、ロックは頷く。
「ん? ああ」
 恋人、その響きがセリスには嘘みたいだと感じた。口づけを交わし身体を重ねただけでは、真の恋人にはなれないのではないか? そんな想いが浮かび上がる。
「ということ。安心した?」
「そう、か」
 ラシアンは一応、納得したようで首肯した。ルルーノはラシアンを手で差して、
「彼は近所に住んでるラシアン。私の弟みたいなものかしら」
 にこにこして紹介され、ラシアンは心持ちムッとしたように思えた。多分、「弟」の部分が気に入らなかったのだろうが仕方ない。
「はじめまして」
 答えたロックをよそに、セリスは自分が知っていたラシアンを思い出していた。
 一兵士であったため、詳しくは知らない。結構、無鉄砲な性格であったように思う。ロック以上に子供っぽかったかもしれない。セリスにも平気で文句を言えるような性格でもあった。恐いモノ知らずだったのだろう。だが、それ以外のことはよく知らなかった──興味もなかった。それでも記憶に残っているのは、しょっちゅう上官に食ってかかっていたからだろう。ちょっとした問題児として有名だった。
「せっかくだから、ラシアンも夕飯食べる? あ、彼も一人暮らしなのよ。戦場から命からがら逃げてきたらしいの。今はこの村の用心棒をしながら、牛の世話を手伝ったりしてるわ」
「ん。ありがたくご馳走になるよ」
 ルルーノの誘いに気をよくしたのか、ラシアンは唇の端をつり上げて嬉しそうにした。

 

■あとがき■

 本日のBGMはFFⅥサントラです。ただ、ゲーム中の話を書いているわけではないので雰囲気が……違う気が……^^; でもやっぱりいいよね~。なんていうか、聞いてるだけで切なくなっちゃう。これを読んでいる方はFFⅥファンばかりなので、私の気持ちがわかってもらえると思います。一番好きなのは『決戦』だけど、その次は『予兆』なんだよね~。オープニングで雪の中、ティナが魔導アーマーに載って歩いている時の。あとは普通の『戦闘』も好き。戦闘系の局はどのFFにおいても好きw 戦闘シーンが頭の中に甦ります^^ ああ、なんだか小説とは関係ないことばかりに……。しかしまだ書きたい。『ロックのテーマ』って聞くと、ロックがすっごいかっこいい奴に思えます。ちょっと桜の小説のロックってダメ男すぎ? むぅ……。冒険心という名の見えない翼で世界中を巡る頼りになる冒険家w って感じの音楽だもんなぁ。それなのに過去を引きずって傷を負ってるっつーところが、萌えるんだろうけどねw
 小説の話に戻ります。またオリキャラが増えてしまった。。。この話に起承転結を作ろうと思ったら、転の部分が弱い気がしたためです。どこまで切なくできるか。限りない挑戦ですかね(わおw 大袈裟)。 (04.11.24)
 誤字脱字修正及び文章補正、体裁修正を行いました。 (06.02.09)

4.迷いの綺想曲

 どうやら空気が冷たい冬の間は、ルルーノの発作がよく出るらしい。これでもいい方だと言うのだから、アルブルグにいた頃はもっとひどかったのだろう──工場の煙などがいけなかったらしい。
 ロックとセリスはルルーノとも話し合った上、もう少し滞在することに決めた。
 明け方になるたび咳き込むルルーノは薬湯を飲んでもなかなか発作が治まらない。
 冬が明けてもまた来年には発作が起きるだろう。ロックはずっとここに滞在したいんじゃないだろうか───セリスはそんなことを考えてしまう。そんな卑屈なことを考えながらも、優しく清らかなルルーノが苦しそうにしているのはセリスも心を痛める。だけど余計に思ってしまうのだ。ロックはルルーノのような人こそ共にいるべきではないかと。ルルーノにとっても、ロックにとっても。


 ハーブ園を手伝う合間に井戸で水を汲んでいると、先日夕食を共にしたラシアンが歩み寄ってきた。
「セリス将軍、だよな」
 唐突に訪ねられ、セリスは一瞬眉をひそめる。多分、彼女が一人になる機会を窺っていたのだろう。この口の悪さは帝国軍時代からだ。セリスは特別注意したことはないし清々しいぐらいに生意気だと思っていたが、言葉遣いが悪いとよく部隊長に怒られていた。
「元、ね。何か話でも?」
 水を汲み終わったセリスは木のバケツを地に置いてラシアンを見る。
「いや、言わないでいてくれてんだな。一応、確認に」
「……もう戦争は終わったんだし、兵士一人一人の罪じゃないわ。今、平和に暮らしている人々の心を乱すようなことをわざわざ言う必要ないじゃない」
 セリスは溜息混じりに答えた。自分たちが帝国軍として人を殺していたことを隠していることに対する罪悪感はあるけれど、それを軽くするために他人の心を乱すのはいただけない。
「将軍、恋人ができたのか」
 ラシアンは遠くに見えるロックをちらりと見た。ルルーノの指示に従って、雑草を抜いている。
「……………………」
 セリスは肩をすくめるだけで答えない。恋人なんて言い切れる自信がなかった。
「なんで答えないんだよ。なーんか、あの二人、いい雰囲気に見えるからか?」
 どうやらラシアンの目にもそう写っているようだ。
「あなたの方は、ルルーノさんのことが好きなの?」
 尋ねると、ラシアンは一瞬答えに詰まったが、諦めたように頷く。
「他に年の近い奴いないし、今は弟みたいに扱われてるけど時間かかってもいいか、そう思ってたけどな。ああいうの見ると、焦るな」
「そうね。似合いよね」
 無表情に答えるセリスに、ラシアンは訝しげに眉根を寄せた。
「似合いって、あんた、なんでどうでもよさそうなんだ? あの男のこと、好きじゃねーのか?」
「私が、私みたいな女が、誰かを好きで自分を見ていて欲しいなんて、滑稽(こっけい)よ」
 力無く零すセリスに、ラシアンは舌打ちする。
「おいおい、あんたがそれじゃあ困るだろう。俺はあの二人にくっついてもらっちゃ嫌なんだよ。大体、あんたみたいな女ってどんな女だ」
「姿形も女らしくなくて、人に優しくする術すらわからなくて、卑屈に自分の気持ちばかり持て余して……ルルーノさんとは正反対な感じかしら」
「そんなこと悩んでる時点で、じゅーぶんフツーの女に思えるけど……」
 呆れたようにラシアンに呟かれ、セリスは赤面する。大して親しくも無かったが、ここでは他に知り合いがいない。つい漏らしてしまった弱音が情けなかった。
「とりあえず、そんな下らないこと考えてないで、ちゃんとあの男のこと捕まえておいてくれよ。首に縄でもつけてさ」
「……人の気持ちは縛れないわ」
「ぜんっぜん! わかんねー。あんた、そうやってずっと諦めて一緒にいるわけ? あの男と。それって虚しくねーの?」
 ラシアンは遠慮せず変な顔でセリスを見た。セリスは儚げな笑みを返し、呟く。
「あの人と、あの人の恋人であった女性とルルーノさんは幼なじみだったの。でも、あの人の恋人は亡くなってしまったんだ。私は、その恋人の身代わりなだけだから」
 余りに簡略した説明で、ラシアンはさっぱりわからなかったのだろう。
「はぁ?」
「身代わりでもいいと思ってたの。傍にいられるから。もしかしたら、もしかしたらいつか身代わりじゃなくなる日がくるかもしれないと、そう思っていたから。でも、ルルーノさんに会ったら、やっぱり違うんだなぁって思っちゃった」
 悲しそうに呟く姿は、本人が考えているより遥かに女らしいものだ。
「身代わりは身代わり以上にはなれないんだなぁって。私は、あんな笑顔を向けてもらったことない」
 セリスの視線の先では、ロックが幸せそうに破顔していた。溢れんばかりの笑みが、胸に痛い。
「おいおい……ったく、諦められると困るっつってんだろ? 大体、本人に身代わりだって言われたのか?」
「普通、自分で気付いたりしないと思うわ。でも、随分前に一度だけ、代わりか聞いたことがあるの。彼、答えられなかったんだ」
 そう、余りに昔のことだ。まだセリスは18歳であったころ。4年も前の話だった。
「あー、埒があかねぇ! 俺があの男に直接聞いてやる。ついでにルーに手を出すなって忠告しねーとな」
 ラシアンが歩き出そうとしたので、セリスは咄嗟にその腕を掴んだ。
「待って! 言わないで!」
「あんだよ……」
 不服そうに立ち止まったラシアンに、セリスは懇願する。
「お願い。……あなたが帝国兵であったことを言わない代わりと思って、黙っていて」
「なんでだ! ………………あんた、本気で自分が身代わりだと思ってんだな?」
 セリスは何も答えない。ただ、必死にラシアンを見つめるだけだ。
「くそっ、わかったよ。だけど、ルーに手を出すなってことだけは言っておかねーと。それは俺の勝手だからな」
「言っても心は縛れない。忠告なんてきっと無駄よ」
 力無くラシアンの腕を離してセリスは呟いたが、ラシアンはそれを鼻で笑って立ち去ってしまった。


「遅かったな」
 身体の弱い女性が一人で世話をするのには広すぎると思われる15m四方のルルーノのハーブ園に戻ると、ロックが顔を上げた。ルルーノの姿は見あたらない。
「うん……。彼女は?」
「昼飯の仕度しに戻った。ところで、何話してたんだ?」
 多少の距離があるが井戸までは数本の木しか障害物がない。セリスがラシアンと話していた姿が見えたのだろう。尋ねられてセリスは一瞬、言葉に詰まる。
「う、ん。別に大したことじゃ……」
 言葉を濁すと、ロックは雑草を引き抜こうとした手を止めて顔を上げた。
「その割に暗い顔しているし、この前、あいつに始めて会った時も、なんか変な顔してたし」
「変な顔は生まれつきなのよ」
 苦い笑みを零すと、ロックはムスッとして立ち上がった。
「言えないようなことなのか?」
 真面目な顔で尋ねられ、セリスは身体を硬直させる。ロックは怒っているように見えた。
「え、と……ルルーノさんには絶対に言わないでね。帝国兵だったのよ、ラシアンは。さっきは、それを言わないでくれって釘を差されただけ」
 帝国兵であったというだけで、相変わらず風当たりは強い。首都では偏見が少なくなってきたが、田舎ではまだまだそういう見方が強いのだ。
「ああ、そういうことか」
 ロックは肩の力を抜いて、再び雑草を取り始めた。バケツを置いたセリスもそれを手伝う。
「なんっか、いっつもあの男に睨まれてるような気がしてさ、なにかと思ったんだけどな」
 多分それは、彼がルルーノを好きだからという牽制だろう。
「あの人、昔から喧嘩っぱやくて、上司にもタメ口だし、そういう性格なのよ。根は悪い奴じゃないんだろうけどね。私は誰に対しても同じ態度でっていう一貫したところは、なかなかすごいと思っていたし」
「そりゃ色々な意味ですげーな。帝国でそんなことやってて、よく生き残ってる」
「なんだかんだ言って腕は立ったし、生意気だけど仲間を見捨てたりは絶対しないし、無駄な殺しや無慈悲なこともしなかったから。レオ将軍のお気に入りだったのよ。そういえば、私も助けられたことが何度かあるわ。彼もきっと、帝国に生まれるべきじゃなかった人ね」
 本人の性質に関わらず、帝国兵であったという理由で忌み嫌われることのなんと多いことか。
「そればっかりはなぁ。っていうか、お前が手放しで他人を褒めるの珍しいな」
「え? そう?」
 セリスがキョトンとすると、ロックは袖で額の汗を拭いながら、
「ま、いいけど」
 小さく呟いた。

 

†  †  †

 

 夜になって、ロックが家の外で煙草をふかしていると、複雑な表情をした男が近付いてきた。ラシアンだ。
「ルルーノに用か?」
 ロックが尋ねると、ラシアンは気まずそうに首を横に振る。
「? じゃ、セリス?」
「違う。あんただ」
「は? 俺?」
 ロックはこの男に話しかけられるような覚えがない。首を傾げると、
「あんた、いつまでここにいるんだ?」
「ん~、とりあえず、あと一週間もすればもう少し暖かくなるだろうから、それまでかな」
「そしたら去るのか?」
「ああ。それがどうかしたのか?」
 ロックには何の話だかさっぱりわからない。
「いや、ならいいんだ。あんたがここに住み着いたらどうしようかと思っただけだ」
「はぁ? なんで俺が住み着くんだ。大体、俺達は元々旅の途中なんだぞ」
 この返事を聞く限り、ラシアンにはセリスの不安が杞憂に思えて仕方ない。
「あんた、あの、セリスしょ……セリスとかいう女の恋人なのか?」
「だからそうだって言っただろう」
 一体、ラシアンは何が言いたいのか。ロックは訝しげに男を睨む。
「ならいいんだ。ルーの方がよっぽど恋人同士みたいに見えたからさ。聞いただけだ」
 そう言われ、ロックはやっと理解する。どうやらラシアンはルルーノに惚れているらしい。考えてみれば思い当たる節はいくつもあった。気付くのが遅すぎたぐらいだろう。
「そりゃ、ルーは大事な幼なじみだけどな。でも、俺はセリスがいるから」
「……あんた、その、将軍……セリスのどこがよかったんだ?」
 随分失礼な質問に思えて、ロックは思わずラシアンを横目で睨んだ。
「いや、なんとなく、そう、好奇心で」
 将軍時代のセリスを見てきたからだろう。そう思うのは仕方ないのだろうか。ロックは溜息を飲み込んだ。
「脆いからなぁ。すぐ強がるし。泣きそうな顔で笑おうとするし。出会った頃はもっと無表情だったんだけど、弱いところを見たら、もう放っておけなくなっちまった」
 ロックの言い分に、ラシアンは納得してしまった。昼間話したセリスは、ラシアンが知っていたセリス将軍とは別の人間のようだった。多分、あちらが本当の彼女なのだろう。
「俺が言うのもなんだけど、きっと彼女、不安だと思うぜ」
 ラシアンはせっかくだから言っておいてやることにする。しかしそう言われてもロックには何のことかわからない。
「俺から見てもあんたとルーが恋人同士みたいに見えるって言っただろ? まあ、普通、自分の男が他の女と仲良くしてたら嫌なもんだろ」
 そりゃそーだ。そんなのロックだってセリスが他の男と仲良くしていたら、すごく嫌だ。
「一応、わかった。どうもな」
 ロックが頷くと、「じゃ、そんだけだ」ラシアンは片手を上げて帰って行った。
 いつも聞き分けのいいセリスが本音を余り出さないことには気付いている。どうやって素直になっていいかわからないだろうことも気付いている。だがそんなに不安に思っているとは……思いもよらなかった。
 何度も想いを告げてきたし、お前だけだと言ってきた。ロックを不誠実な人間だとも思っていないはずだけれど……それと不安は別なのかもしれない。ロックとて、彼女の気持ちを疑わなくとも、ちょっとラシアンを話していただけで気になるのだから。


「私のために、ごめんなさいね」
 ロックが煙草を吸いに外へ行ってしまうと、お茶を飲みながらルルーノがはにかんだ。
「え?」
 向かいに座っていたセリスはキョトンとする。ルルーノと二人きりにされるとどうしていいか正直わからない。
「足止めしてしまっているから」
「ううん。そんなこと。特別用もないし、せっかく会えたんだから、気にしないで」
 微笑んでいるつもりだけれど、うまく笑顔になっているか自信がない。どうすればルルーノのように自然微笑めるだろう。
「ありがとう。……正直、あなたが羨ましいわ」
 そう言ったルルーノは困ったように笑う。セリスには何が羨ましいのかわからない。セリスからすれば、ルルーノの方がよほど羨ましかった。
「どうして?」
「だって、ロックに愛されて自由に旅をして……。こんな(ひが)みっぽいこと言うのよくないわね」
 そう言いながらも、ルルーノの言い方にはまったく嫌な感じがしない。セリスの方がよほど卑屈だ。
「ルルーノさん、まだロックのこと……」
 セリスは言い(よど)む。苦笑いしたルルーノは肩をすくめ、
「そういうんじゃないと思うわ。勿論、彼のことは好きだけど、恋愛感情とは違うから」
 言い切ったけれど、本当だろうか? セリスはそう思う。ロックの恋人に対して「恋愛感情だ」と宣言できるはずもない。
「たった一人の人に愛されて、そういう意味よ」
「ラシアンなんかは?」
「え? ラシアン? ……そうね、なにかと世話を焼いてくれるけれど、彼、子供っぽいじゃない?」
 ロックも充分子供っぽいと思うが、セリスは言わなかった。ルルーノの前にいる時のロックは随分大人っぽく見えたからだ。
「セリスさん、幸せでしょう?」
 綺麗な笑みは羨望や妬みが一切見えない。セリスは答えられなかった。自分は幸せなのだろうか……わからない。
「ロックは……私といるべき人じゃないの」
 虚ろな表情でぽつりと漏らす。ルルーノはキョトンとして首を傾げた。
「なぁに、いきなり」
「レイチェルさんを救えなかった代わりに私を助けて守ろうとして、そのまま一緒にいるだけなの。……本当は、恋人なんかじゃないのよ」
 力無く告げるセリスに、ルルーノは何を言ったものか迷う。セリスが心底そう思っているように見受けられるから。
「そんなこと言ったらだめよ。ロックはそんないい加減な人じゃないわ」
 励ますように言われ、セリスははにかんだ。わかっている。誰もがそう言うのだ。
「そうよね」
 それ以上、下らないグチを零すのが恥ずかしくて一応同意した。

 

■あとがき■

 相変わらず話は進んでません。だけーど、次回、最終回の予定。切ない系って、本当に難しいです~。うーん、いつになったらうまくなるんだろう?
 なんとなく1~3の副題を変更しました。似たようなパターン違いで揃えようと思いましてw 「あれ?」と思った方、そういう理由です m(_ _)m ペコリ (04.12.01)
 誤字脱字修正及び文章補正を行いました。 (06.02.09)

5.旅立ちの円舞曲

 滞在して四日目。セリスはルルーノに頼まれた買い物で、村で唯一の店舗である雑貨屋を訪れた。
 雑貨屋では塩等の基本的な調味料の類や干し昆布などの乾物、生活必需品である手ぬぐいや食器などが売っている。定期的に山を下りて仕入れているらしい。
 胡椒と砂糖を購入したところで、ジャックがやってきた。
「ああ、この前はありがとうな」
 無愛想な中年に見えるが、話してみると案外気さくな人だ。
「いえいえ。会いに行かれるんですか?」
 セリスの問いに、ジャックははにかんで頷いたが、すぐに表情を曇らせる。
「明日にでも行くつもりなんだ。ただ……」
「どうかしたんですか?」
「この時期、冬眠から目覚めた熊が出る危険があるんでな。少しばかり不安でなぁ」
「熊が?」
 セリスは目を丸くする。彼女やロックは熊に遭遇したところで何てことはない。あのケフカでさえ倒したのだ。熊ぐらい可愛いものだった。だが猟師でもない普通の人間には驚異だろう。
「毎年、この時期には被害が出るんだ」
 溜息混じりのジャックの言葉に、話を聞いていた雑貨屋の主人が口を挟んだ。
「ジャック、一人で行くのか? あんた、見かけの割に強くないんだし、危ないだろうが」
「あはは。でも、少しでも早く行きたいんだよ。ばーさん自身、長くないかもなんて手紙に書いてて……」
 確かにあの老婆はかなり弱っていた。歩けないせいで体力が落ちる一方なのだろう。
 戦争で家族を亡くした者は多い。親類縁者が生き残ったと聞いたら少しでも早く会いたいと思うのは当然だ。だがしかし、熊に遭遇するかもしれない危険を冒してまでとは、それだけ想いが深いのだろうが、ジャックが死んでしまっては元も子もない。雑貨屋の主人もそれを指摘する。
「しっかしそれでお前さんに何かあってからじゃ遅いし無意味になっちまうぞ?」
「わかってはいるんだよ。ただなぁ。なんだか気が急いてな……」
 ジャックは難しい顔で顎をさする。虫の知らせとはよく言うし、肉親的な予感というものがあるのかもしれない。
 これでジャックを止めて、お婆さんになにかあったら──そう思うと気軽に引き止めることもできなかった。
 逡巡したセリスだが、
「もしよかったら……私がご一緒しましょうか?」
 つい、そう言ってしまった。
「え? いや、でも、お前さんが来てくれても……」
 ジャックは苦笑いで頭をかく。背は高くとも細身の──筋肉はついているが──美少女であるセリスが共に来てくれても役に立たないと思ったのだろう。セリスは苦笑いで肩をすくめた。
「私はこれでもリターナーとして戦っていたのよ。町の用心棒を兼任してるっていうラシアンにも劣らないと思うけど」
 それを聞いたジャックと雑貨屋の店主は目を丸くして顔を見合わせている。
「しかし……連れがいるんだろう?」
 気軽に頼めることではない。ジャックが遠慮がちに訪ねる。
「まあ、そうですけど、麓の村で待ち合わせればいいことですし。一足先に下りるぐらいどうってことないですよ」
 セリスは笑顔で答えた。
 本当は、様々な目論見あって、こんな申し出をしている。
 仲良くしているロックとルルーノを見るのが辛い。一人で逃げ出してしまいたいけれどそこまで卑怯で勝手なことはできない。
 だけどジャックについて先に山を下りるのならば、ロックにルルーノと二人きりの時間を与えて、彼女が大事だということに気付かせてあげたい──傲慢なことだけれども。だけど、セリスが一緒にいたら彼はセリスを見捨てられないと思うから。
「うーん、でもなぁ……」
 渋るジャックに、セリスは素知らぬフリで話を進める。
「明日は何時頃発つんですか?」
「え、いや……朝、6時だけど」
「じゃあ、6時にお宅に伺いますね」
 そう言い残したセリスは紙袋を片手にルルーノの家へ戻って行った。


 ルルーノの家の裏でハーブの乾燥をしていたロックを見つけると、セリスはジャックのことを切り出す。幸いルルーノの姿はない。
「はぁ?」
 話を聞いたロックは思いっきり嫌そうな顔で、セリスを不審そうに見る。「何を考えて居るんだ?」そう言いたそうだ。
「いいでしょう? あなたは三日後にここを発ってくれれば、私は待ってるし」
「…………まあ、そうだけどさ。でも……」
 ハーブをいじっていた手を止めてすっごく不服そうな顔をするロックに、セリスはとびっきりの作り笑顔で言う。
「困ってる人は放っておけないじゃない。一人で行かせて後悔することになるよりはいいでしょ?」
「うーん…………」
 納得いかないらしいロックは、
「じゃあ、俺も一緒に明日、ここを発つよ」
 そんなことを言う。それは意味がないし、セリスのせいでルルーノと過ごす時間が少なくなるなんて冗談じゃなかった。
「ダメ! ダメよ! そんな突然じゃ、ルルーノさんに悪いじゃない」
 強い語調で言うセリスを、ロックは訝しげに見る。
「お前さ、なんか、変なこと考えてないよな?」
「え、え?」
 セリスはドキリとしてロックを見返す。目を細めてセリスの心を読もうとするロックが恐い。
「いや……ここに来てから、お前、妙に大人しいし。なーんか、いつもと違うような感じがするんだよな」
「私が人見知りするの知ってるでしょ?」
「そりゃそうなんだけどさ……」
 食い下がるロックに畳みかけるようにセリスは言った。
「もう、どうしたのよ。ロック、いつも困ってる人を放っておけないくせに。とにかく、明日発って、プルブグで待ってるからね!」
「わかったよ……」
 渋々了承したロックに、セリスは自分の懸念は気のせいかもしれないと、ロックはルルーノのことを本当になんとも思っていないのかもしれないと感じた。

 

†  †  †

 

「信用されてるのね」
 セリスを一足先に送り出すと、朝食を食べながらルルーノが呟いた。
「ん?」
 なんのことだかわからないロックを見て、ルルーノは小さく吹き出す。
「あなたが。セリスさんに。信用されてるんだなぁって」
「そうかぁ?」
 ロックは首を傾げながら頭をかく。信用されていると胸を張って言える自信はない。
「うん。私だったら、自分以外の女と二人きりで泊めるなんて、嫌だもの」
「…………普通ならな。……あいつはそういうことを思いついているのか……それとも、俺の存在はそう思うに値しないのか……」
 溜息を飲み込むロックに、ルルーノは思わず苦笑いだ。
「なぁに? いつも自信家なのに」
「自信家ぁ? 誰が?」
「あなたが」
「冗談やめてくれよ……。自信なんかあるかっつーの」
 がしがし頭をかくロックは、微妙な表情を浮かべている。そんなロックの人間臭さが、ルルーノにはとっても微笑ましい。
「そうね。でも、セリスさんは、あなたを信用してる風じゃ、なかったかもしれないわね」
 セリスと交わした会話を思い出して呟くと、ロックはぴくりと眉を上げ、
「どういう意味だ?」
 神妙な顔つきで尋ねた。
「ん~。あなたは、セリスさんを愛してるんでしょう?」
 率直な問いに、ロックは心持ち頬を染めながら頷く。
「お、おお」
「ちゃんとそれを伝えてるんでしょう?」
「……そのつもりだけど?」
 いったいルルーノは何が言いたいのか。ロックはもどかしげに彼女を見る。
「レイチェルの代わりだなんて思ってないわよね?」
「はぁ? ……まさか、セリスが言ったのか」
 ルルーノは困ったような顔で肩をすくめた。肯定、ということか。
「本当に、ちゃんと伝えてるの? あなたが伝わってると思ってるっていうだけじゃなくて?」
 言われて思い返してみる。
 そんなにいつもいつも「好きだ」と口にしているわけじゃないけれど、何度か伝えている。彼女を初めて抱いた時も伝えた。彼女は「嬉しい」と言って泣いていたけれど……その時も信じていなかったのだろうか。それとも最近?
「今からでも追いかけたら?」
「おいおい。あいつはちゃんと待っててくれるよ」
 ロックは頼りない笑みで言う。強気で言い切れるほどの自信はないけれど、ロックは彼女を信じたいと思っているから。
「……そうね。本当に、羨ましいわ」
「ん?」
「そこまで想ってくれる人がいることが」
「お前にも現れるさ」
 優しい笑みで言ってくれたけれど、ルルーノは曖昧な笑みを返すに留めた。

 

†  †  †

 

 麓の村プルブグまでの道のりはなんの問題もなかった。
 予定通り二日で山を下りたジャックとセリスは、すぐにジャックの祖母の妹ハロン・ガートの元を訪れた。
「おお、ジャック……!」
 風邪気味だと言うが起きて繕い物をしていたハロンは、涙を浮かべてジャックの訪問を喜んだ。
「あたしが宿屋で散り散りになった家族の話をしてたらねぇ、イーベンから来たっていう行商人さんがねぇ、ジャック・ガートって名前の男がイーベンにいるって言うじゃないか……。容姿も似てるし間違えないと思ったよ……!」
 涙ながらに言うハロンは弱っていたものの、すぐにどうこうという心配はなく、ジャックの心配は杞憂に終わった。
 それでもセリスは、ついてきてよかったと思う。たまたま悪いことは起きなかったが、世の中何があるかわからないのだ。そう。後悔してからでは遅いのだから。


 生き別れの家族の再会に胸を熱くしたセリスだが、宿へ行くと突然、今の自分の立場を思い出す。
 あと二日すればロックが到着する───はずだ。
 もし来なかったらどうしよう? 自分で試すような状況にしておきながら、そう考えるとたまらない。
 来なくていいと、ロックがルルーノを選べるようにと、この状況を作ったくせに……本当は一緒にいたいのだ。
「でも……私の気持ちなんかどうでもいいのよ。……ロックが、本当の気持ちを見つめて、幸せになってくれれば」
 一人、夕暮れの部屋で灯りも点けずに懸命に呟いて、己に言い聞かせる。
 だけど本当はわかっていた。
 セリスは、ロックのことを思いやっているようで、本当はただ恐いのだ。
 面と向かって別れを告げられることが、耐えられない。確かめることができない。
 ロックはたくさんの言葉をくれてきたけれど、どうしてそう言ってくれるのかわからなかった。どうして好きでいてくれるのか……。一体、セリスの何がいいのか。要するに、自分に自信がないのだろう。
 セリスにとって、ロックは眩しすぎるのだ。
 抱えていた過去すら乗り越えて、前を見つめて歩く彼に……置いて行かれないようにするのが大変で仕方ない。
「…………きっと、彼は来ない。それでいいのよ」
 小さく呟いた言葉は、傷付きたくないが故の予防線でしかなかった。

 

†  †  †

 

「やっぱり……来るわけなかったんだよね」
 ジャックと共に、先にプルブグへ来て三日。夕食も食る気にならず暗い部屋でセリスは力無く呟いた。
 ロックが予定通り高原の村イーベンを出たなら、昨日に到着しているはずだ。だが、彼は現れない。
「待ってるだけ、馬鹿みたいだよね」
 でも、もしかしたら何かあっただけかもしれない。そんな風に考えてる自分も存在して、諦めてさっさと出発してしまえばいいのに……相反する考えを抱えて動けない。
 セリスがいなくなって、ルルーノと二人きりになって……どんな風に過ごしただろう。
 彼女を……抱いたりしたんだろうか。
 そんなことを考えて、たまらく苦しい。ロックが、セリスにしてくれたのと同じように、優しく他の女を抱くだなんて……想像するだけで耐えられないほどに辛かった。
 自分でし向けたのだ。セリスが先に出発しなければ、やっぱりロックはセリスを見捨てられず一緒にいてくれたかもしれないのに。でも、それも嫌だった。
 ルルーノは優しく屈託なく女らしい。きっとレイチェルもあんな風だったんだろう。親友だったというのだから、似たタイプだったと思う。
 自分もあんな風になりたかった。こんなに卑屈じゃなくて、無条件に優しい心であれるような女性でありたかった。そう振る舞うようにしているけれど、本当はそうではないし他人にそう見えているかも怪しい。
 どうにもならない容姿や過去以上に、今の自分がセリスは嫌いだ。こんな自分を、ロックが好きでい続けてくれるはずがない。
 考えれば考えるほど、苦しくて、答えのない迷宮に迷い込んでしまったような錯覚だけに支配されていた───

 

†  †  †

 

 予定より二日も遅れてしまったロックは、多少不安な気持ちでありながらも、セリスは待っていてくれると思っていた。
 プルブグへ到着してすぐに宿屋へ向かう。
 だが───。
「え!? もういない?」
 宿屋のカウンターで素っ頓狂な声を上げる。訝しげな顔をした宿屋の女将は、
「一日中部屋にこもって出てこないかと思えば、死にそうな顔で出て行ったよ。つい今朝にね」
 ロックをじろじろと眺めて言う。イーベンに行く前に寄った時もそうだったが、客商売に向かないのではないかと思うぐらい不躾な視線を寄越す人だ。
「今朝……。どこに行くとか聞いてないよな?」
「ああ。そんなこといちいち聞きゃしないよ」
 すげない女将の返事に、ロックは呆然とする。
 今朝までは待っていてくれたと言う。なのにどうして今日になって、出て行ってしまったのだろう。まさか、心配になってイーベンに戻ったりしたのだろうか。
 とりあえず手掛かりを求め、ハロン・ガートの元を訪ねる。
 ジャックは既にイーベンへ戻ったらしく姿が見えない。彼はハロンもイーベンで暮らすために準備をするそうだ。
「あれ? あんた……」
 ロックの姿を見たハロンは目を丸くした。最初に頼み事された時の会っただけだが、老いても記憶力はあるようだ。
「えと、ジャックさんを送って、金髪の女が来たと思うんだけど……」
「ああ。セリスさんだね。今朝、出発の挨拶に来たよ」
「そ、それで、何か言ってました?」
 ロックは頼みの綱とばかりに、懸命に老婆を見つめる。
「ジャックから、あんたのことを待ってるって聞いてたから、来たのかって尋ねたんだよ。だけど、『いいんです。来るわけない』とかって言って、行っちまったねぇ」
 思い出しながら小首を傾げるハロンの言葉に、ロックはショックを隠せない。話を聞かせてくれた礼もそこそこに、ふらふらとハロンの家を出る。
「来るわけないって、なんだよ……」
 大分遅れてしまったことは悪かったと思う。だけど、どうして勝手にいなくなるんだ? さっぱりわからない。
 ルルーノが言っていた信用がどうのこうのということと関係があるのだろうか。彼女は、ロックは信じていなかったということ───?
 今朝、出発したばかりだと言うからには、まだ間に合うだろうか。
 村の出口で乗り合い馬車にセリスが乗っていないこと、チョコボを借りていないことを確認する。きっと徒歩だ。まだ間に合う。
 ロックはチョコボを借りてプルブグを飛び出した。


 チョコボを走らせること2時間。
 小さな川にかかった橋を渡っていたロックは、視界の隅に入った人影に振り返る。
「!!!」
 川縁で膝を抱えぼうっとしている女性がいる。セリスだった。
「セリス!」
 叫びながらチョコボを戻す。橋を引き返してチョコボから飛び降りると、立ち上がったセリスは呆然とロックを見ていた。
「ロック……なんで……」
 手綱を離されたことで帰途についたチョコボに見向きもせず、ロックはセリスの目前まで走り寄った。
「なんでじゃないだろう!?」
 怒鳴ってハッとする。セリスを責めるために追いかけたわけじゃない。
「……悪い。その……遅れて済まなかった」
 きっちり頭を下げて謝罪する。セリスは未だ呆気にとられたまま、状況が把握できていないようで何も言わない。
「ルーが風邪をひいちまって、発作が治まらなかったんだ。一時はあのままダメかと思った」
 遅れた理由を説明するロックに、セリスは心持ち目を見開いてから、
「だったら、別に、よかったのに……」
 長い睫毛を伏せて呟く。
「は?」
「ルルーノさんのところに残って、よかったのに……」
 彼女がロックを信じてないと気付いていたけれど、信じさせてあげられなかったのはロックの落ち度だと思っていたけれど。実際、彼女の口から言われると、たまらなくショックだ。
「なっ……」
「来年も顔を出すって言ってたけど、あなたのいない間にルルーノさんは死んでしまうかもしれない。……また、繰り返すの?」
 セリスは静かな表情でロックを見た。余りに落ち着いたその顔は、すべてを享受し諦めているようにも見える。
「お前は何を言って……」
「また後悔するわ。あなたは私のせいだとは思わないだろうけど、私がいなければ起こり得ない後悔よ」
 セリスの真っ直ぐな瞳から、彼女が真剣にそう思っているのだとわかった。彼女は心からそう思っているのだ。
「……お前は俺に何を望んでいるんだ?」
 ロックはわからなくなっていた。信じて欲しいと思っていたけれど、なにかが違うような気がする。
「後悔しないでほしいの。ただ、それだけ」
「後悔のない人生なんてありえねぇよ。そりゃ、ルーが死んじまったら悲しいさ。だけど、俺はおまえといたいんだぞ? 俺がそれを望んでいるんだぞ? 後悔以前の問題だろう」
 わかってほしくて必死に告げるが、セリスは力無く首を横に振った。
「私は、そんな風に思ってもらう資格なんてないわ」
「資格とかじゃ……」
 ないだろう、続けようとしたが、
「憎いもの」
 ぽつりと呟かれたセリスの言葉に、ロックは眉宇を寄せる。
「すべてが憎いもの」
 自嘲気味に漏らしたセリスは、泣きそうな顔をしていた。
「あなたの心を掠める全てが憎いわ。レイチェルさんも、ルルーノさんも! 私はあなたの愛する全てを許容してあげられるような、レイチェルさんやルルーノさんみたいな人間じゃない! きっとルルーノさんが死んでも、私は悲しめない……」
 叫んだセリスは肩で息をしている。相当頭に血が上っているのだろう。いつも冷静な彼女とは別人のようだった。
「お前……」
 今までセリスはロックに逆らったことなどない。何を言っても微笑んで了承した。多分それらは、そう振る舞っていたにすぎなかったのだろう。彼女がこんな激情を抱えていたなど、ロックには知る由もなかった。
「軽蔑していいわ」
 うっすらと涙を溜めたセリスは唇を歪めて告げる。なんて悲しい顔をしているんだろう───ロックは胸が痛んだ。
「私だって、こんな自分が大嫌いだもの。幻滅したでしょう? 行きなさいよ。ルルーノさんのところに戻りなさいよ!」
 涙を溢れさせたセリスを、ロックは胸にかき抱いた。
「聞いてるの!?」
 軽く暴れるセリスを押さえ込み、きつく抱きしめながら呟く。
「聞いてるよ。……ごめんな」
 ロックは小さくはにかむ。
 彼女の憎しみなど他愛ないものだ。そんなの些細な嫉妬にすぎない。それはロックにとって、どちらかというと嬉しい類のものだった。

 口ではそう言っても、恐らく実際ルルーノが死んだりしたら、セリスは心を痛める。ロックを奪ってしまったと考えたりして、後悔するのはセリスの方だろう。
「ごめんってなによ! 私は……」
 まだ続けようとしたセリスだが、嗚咽で既に言葉にならない。
「うん。もういいから」
 優しく背中を撫でると、セリスはそのまま声を上げて泣き出した。
 こんな風に感情を出した彼女を見るのは初めてで、我慢ばかりさせてしまったんだとロックは反省する。
「嫌なら嫌だって言っていいんだよ。そりゃルルーノは大事な友達だけど、ヤキモチは嬉しいから」
「……私はっ、別に……」
 嫉妬だと言われると恥ずかしいのだろう。セリスは悔しそうに抗議する。
「それに多分、俺の方が心が狭いしな」
「……?」
「平気なフリしてるけど、お前が俺以外の男と口をきくのだって嫌だからな」
「う、うそ……」
 戸惑ったようにセリスは鼻をすすってロックを見る。
「本当。俺以外の男を見るのも嫌だ」
 はにかんで照れたような笑みを浮かべるロックに、セリスは頬を朱に染める。
「だーかーら、心配しなくてもいい。じゃないと、お前が逃げ出せないように、どっかに閉じこめちゃうぞ」
 悪戯っぽい笑顔に、セリスは涙を引っ込めた。
「う、ん。ごめんなさい」
「いいって。お前を不安にさせた俺が悪いし」
 ロックは再び彼女をぎゅうっと抱きしめる。こんなに愛しいのだとでも言うように。
「もうっ! 苦しいよ!」
 窒息しそうになっているセリスに口づけを一つ落とし、
「離してやらない」
 満面の笑みで宣言したのだった。

 

・ fin ・

 

■あとがき■

 最初はED後何年とか決めてなかったんですけど、そういう設定とかに悩みます。どれも似たり寄ったりの設定になりがちだから。その辺も難しいよね。
 ハロンさんには、ジャックの到着後亡くなって頂こうかとも思ったんですが……そんなに劇的に悲しくしなくてもいいじゃない、と思ってやめました。
 この話は場面の展開が早いため、ライン多用です。画像が他より多いから重いかもしれません;; ごめんなさい。ライン無しで場面転換も考えたんですが、ある程度の時間が経ったりしてる場合とかはわかりやすくしたいと思っているので。。。
 ということで、完結です。ロックは相変わらずベタ甘~! しかしそういえば、今回ラブシーンがまったく出てません。なんとなく話の展開上です。でも最後はラブラブだと思います。今回、セリスの自分に自信がない理由がいつもと違います。いつも同じじゃねぇ? ということで、可愛いでしょう? セリスのヤキモチw うーん、そういう話もいつか書きたいなぁ。
 しっかし、またラス話だけ長いですね;; うーん。計算ミス?(いつものことですが)
 これをもって、ジャックさんに捧げさせて頂きます。「身を引くべきか悩む」が薄いかなぁ、とも思います。しかも切ない話にしたつもりだけれど……切ないって難しいんです。胸がきゅうってなるほど切ないものをいつも目指しているんですが……うーむ、まだまだ修行が足りません。微妙に答えられずにすみませんでした。ルルーノのキャラ的に、なかなかね。彼女がいい人すぎるんだろうなぁ。レイチェルに似たタイプの彼女の親友という設定でしたw(04.12.15)
 誤字脱字修正及び文章補正を行いました。(06年02.09)

【この頁で使用させて頂いた素材サイト様】 ClipArt:Studio Blue Moon

Original Characters

イーベン 自給自足が基本の小さな高原の村。
プルブグ イーベンのある山の麓にある村。
ジャック・ガート ロックとセリスが届け物をする相手。高原の村に住んでいる。
ルルーノ・スターツ コーリンゲン出身。ロックとレイチェルの幼なじみ。16歳の時、遠くに引っ越してしまった。
ハロン・ガート ジャックに届け物をしてほしいと言う老婆。
ラシアン ベクタ出身。ルルーノの近所に住む青年。23歳。元、セリスの部下。