First Try


「ねえ? どうしてキノコ嫌いなの?」
 素朴なセリスの疑問に、ロックは苦笑いした。味や匂いという以前の生理的嫌悪は、確かに少しばかり異常だろう。
「トラウマなんだよ。小さい頃……5歳ぐらいだったかな、あんまり帰って来ない親父がさ、珍しくトレジャーハントに連れてってくれたんだよ」
 ロックは遠くを見つめながら、ゆっくりと話し始めた。
 今でも鮮明に覚えている初めての小さな冒険を。

 

†  †  †

 

 トレジャーハントに忙しいため普段あまり家にいない父親ロルフが宝探しに連れて行ってくれるというのは、小さなロックにとってたまらなく嬉しいものだった。
 ロックの誕生日だから特別に、そして危険の少ない場所だから、という理由だったが、子供にはそんな理屈は関係ない。
 ただワクワクした期待感と、ドキドキした不安でいっぱいだった。
 場所はゾゾのある山脈の最北にある渓谷を流れる川の上流にある滝、その裏の洞窟だった。
 いつも祖父から聞かされるような歴としたダンジョン。ロックは大興奮だった。
 だがロルフは言った。
「トレジャーハンターっていうのは、探索の間、いかなることがあろうと冷静じゃなきゃいけない」
 そういえば祖父も同じ事を言っていた。「自分を見失えば命の危険につながる」と。
「な? トレジャーハンターの卵だろう? 頑張れ」
 ロルフのごつい手に頭を撫でられ、ロックは大きく頷いた。
 ランタンを片手に歩くロルフの後に続いて、ロックは精一杯警戒しながら進む。
 長い間一本道だったが、二股に別れた分岐点に来ると、
「何か音がするな」
 ロルフは立ち止まった。
 耳を澄ますと、確かにざわざわしたようなものが聞こえる。
 すると突然、左の奥から何かが飛び出してきた。
「うわっ!」
 ロックは驚いて身体をすくませる。
「大丈夫、コウモリだ。吸血じゃない」
 ロルフの優しい声に目を開けると、最後のコウモリが右の通路へ羽ばたいて行った。
 驚いた挙げ句、目までつぶってしまったことが、幼いながらにひどく恥ずかしい。
 ロルフはそのことには触れず、
「さあ、小さな冒険者くん。左右、どっちへ行く?」
 そう尋ねた。
 ロックは首を捻って考える。祖父の話をたくさん聞いてきたが、こういった時どうやって決断するかわからない。
 でも、決めなければならないのなら、
「左」
 小さく答えた。
「何故?」
 優しく聞き返すロルフに、ロックは自信なさげに答える。
「今ならコウモリがいない。どちらも見るなら左からがいいかなって……」
「正解なんてないけど、俺でもそうするな」
 ロルフはニッコリ笑って歩き出した。結局左側は行き止まりだったが、時間に許される限りすべての道を確認すべきだというから間違えではないのだろう。
 先程の分かれ道に戻って右側へ入りしばらく歩くと、甲虫の群が、足下から天井から一面を覆っていた。
(うわっ)
 辛うじて声に出さずに済んだが、その気色悪さに思わず足を止める。
「はは、気持ち悪いか?」  問われて素直に頷いた。
「これは六角玉虫だ。もし、縁が赤っぽくなっていたら毒性を持つ。だが体液に触れなきゃ害はない」
「ふ~ん?」
 ロックは興味深そうにそれらを眺める。ほとんど緑がかった甲殻だが、たまに赤い縁のものが混じっていた。
「通るとつぶれちゃうけど、いいの?」
 そう尋ねた時だった。
   ボトッ
 首筋に何かが当たり、ガサガサっとした感触。全身の毛が逆立ったような悪寒に、
「うわっ」
 慌ててそれを払った。
「こいつらは違うが大きな音に反応するヤツもいる。気を付けろよ」
 苦笑いしているロルフに注意され、ロックはしゅんとなってしまう。
「体液に触れなきゃ大丈夫だって言ったろ? コケなきゃ問題ナシ。行くぞ」
 言いながらさっさと歩いて行ってしまうロルフに続いて、ロックも慎重に後を追った。
 ブーツ越しにぞわぞわするような動きと、潰れる感触。本当は逃げ出したいぐらいだったが、こんなことで逃げたらトレジャーハンターになどなれはしない。懸命に己に大丈夫だと言い聞かせた。小さくても負けん気が強い。
 そこを過ぎると緩やかな下り坂で、中程からザーッという音が聞こえていた。洞窟に入るときにあった滝の音に似ている。
 下方は明るくもう出口かと思ったが、狭くなる道を抜けたロックは感嘆の声を上げた。
「うわぁ!」
 目を丸くして見入っている先にあるのは、地底湖に沈む神殿だった。その上に岩壁から水が勢いよく注いでいる。小さな滝のようだ。
 壁や天井には光苔がびっしりと生えていて、洞窟内を幻想的に照らしていた。
 半分ほど沈んだ神殿は何でできているのか柔らかい乳白色をしていて、光を反射しているように見える。
「この光苔は誰かが繁殖させたみたいんだな。元々ここにあったものじゃない」
 説明するロルフを、ロックは不思議そうに見上げる。
「どうしてわかるの?」
「本来北半球にはない植物だからさ。人為的に持ち込まれたんだ」
「へえ……」
 物知りな父親に、ロックは再び感嘆の息を漏らした。
「この遺跡がどうして沈んでいるのかは分かってない。魔大戦よりもっと以前のものらしい。光苔は比較的最近だと思われるけどな」
 そう語りながら、ロルフは皮のリュックから何かを取り出した。
「あの神殿は完全に水ん中だが、奥に別の神殿がある。行きたいだろう?」
 悪戯っぽい輝きを宿した父親の瞳は少年のようだ。
「うん! でもどうやって? 泳ぐの?」
 ロックは金槌ではないが、所詮は5歳。何が潜むかわからない所で泳ぐのは危険だ。
「まさか」
 ロルフは肩をすくめ、立ち上がった。手には小型のボウガンを持っていて、何故か頑丈そうなロープが垂れていた。ボウガンの矢先も4つ又の小さな銛だ。
「よく見てろよ」
 ロルフに言われた通り、ロックは一瞬たりと逃すまいとつぶらな瞳を大きく開いた。
 しっかりと両足を開いてボウガンを構えたロルフは、いつになく真剣な表情をしている。
   ガシュッ
 ボウガンが発射されたかと思うと、すごい勢いでロープが伸びていく。
 先端は神殿の一部である直径50㎝ほどの柱まで飛んでいき、そこで速度を落とすとくるりと柱の反対側から出てきた。
「!!!」
 ロックはびっくりして言葉も出ない。
 柱の周囲を二度回ると、最後に銛の先端部分がうまく引っ掛かって、ロープが固定された。
「どうして!? すごい!」
 目をきらきらさせて父親を見ると、ロルフは得意げに答えた。
「ロープを張る専用のボウガンなんだ。飛距離が調整できるのさ、この目盛りで」
 片膝と着いたロルフは、ロックのボウガンを見せてくれる。
「キョリってどうやって計るの?」
 不思議そうに尋ねたロックに、ロルフは優しく笑って、
「経験だな。要するに、目測……あ~、勘みたいなもんだ」
 そんな風に答えて、ボウガン本体を外したロープをピンと張り、手近にあった鍾乳石の上方へ結びつける。
 リュックの中にしまったボウガン本体の変わりに何か別の器具を取り出し、たるみなく張られたロープに引っ掛けてカチリと何かを填めた。
 荷物を背負い直したロルフは、
「おいで」
 ロックを招き寄せると、ひょいっと抱き上げた。
「父さん?」
 片腕でしっかりと小さな息子を抱いたロルフは、ニヤリと笑って、
「しっかり捕まっていろよ」
 そう言った。ロックがひしっとしがみつくと、
「行くぞ!」
 ロープから垂れる取っ手を握り締めると、地底湖の縁を蹴った。
「っ!!!」
 すごい勢いでロープを滑っていく。もしロルフの手が滑れば荷物も何もかもびしょ濡れだ。
 ロックは風圧とすごいスピードと呆気にとられたせいで、必死に父親に抱きついていることしかできなかった。
 柱に辿り着く直前にロルフは手を離して、屋根の下で水面から唯一出ている部分へ飛び降りた。
「ふうっ」
 幅が1メートルしかない支柱に降りる為、息子を連れていることがさすがに少し不安だったのだが成功したようだ。
「すごい道具があるんだね!」
 ロックは楽しそうに父親を見上げる。
「だろ? 帰りちゃんと回収しないとな。貴重品だ」
 そう言うと、再びロックを抱き上げて屋根の上に押し上げた。
 自らも這い上がり、
「あっちに穴があるだろう。あの向こうだ」
 空洞の奥を指さした。確かにうっすらと光が漏れている。
 少し傾いている屋根部分は湧き水で濡れていた。そこを慎重に歩き、高さ1m程の穴を抜ける。
 向こう側も同じような空洞だが水はなく、固い地面の上に先程と同じような形の神殿が建っていた。上部は岩に食い込んでいるように見える。
 その天井部分が一部抜けていて、そこから光が注いでいた。
 白い柱群を抜け、神殿内部に入る。
 これといった物はなく、壁に彫り込まれた彫刻が並んでいた。どれも天使の像のようだ。
「この神殿を翼を持つ民の遺跡だと言う者もいるが、そりゃどうだろうな。ま、事実はわからんから、正しいのかもしれないが」
 ロルフが石柱を撫でながら呟く。
 四角い部屋の正面は階段状に高くなっており、台座が置かれていた。
 その台座の上に何かが乗っている。進んでもいいのかとロックが父を見上げると、
「危険はない。行こう」
 ロルフは優しい笑みで頷いた。
 駆け寄ったロックが台座の上に見つけた物、それは青いバンダナの上に置かれたナイフだった。
 小振りだがちゃんとした代物に見える。が、5歳のロックには自分の目が正しいのかどうかなどわかるはずもない。
「これ……?」
 ゆっくりと追いついたロルフを振り返る。
「この冒険とそのナイフは、お前の誕生日プレゼントだ」
 優しい父親の言葉に、ロックは表情をぱあっと輝かせる。
「トレジャーハンターが必ず携帯するナイフだ。戦闘にも使える万能なもので、普段使う武器とは別にブーツなんかに付けておく」
 それは俗に“盗賊のナイフ”と呼ばれるものだった。
「絶対、父さんみたいなトレジャーハンターになるよ!」
 宣言したロックの瞳は、希望に満ちあふれていた。

 

†  †  †

 

「へえ、いい話ね」
 ロックの昔語りを聞き終えたセリスは微笑んだ。
 恋人の幼い頃の話というのは、嬉しいものだ。共有することができなかった時間を知ることができる。
「まあな。一応、いい親父だったよ。余り家にいなかったけどな」
 ロックは苦笑いで肩をすくめる。多分、他にも色々なことがあったのだろう。一生を共に過ごす間に、全てが聞けるはずだ。
「ところで……」
 セリスは不思議そうにロックの顔を見た。
「ん?」
「キノコと何の関係が?」
 肝心のことが聞けていない。
 ロックは失笑して頭をかくと、
「いや、その帰り、森の中で親父とはぐれて、キノコの化け物に襲われたんだ。結局親父が助けてくれたけど、何年か夢に見るほど怖かった。1m以上あるキノコが向かってくるんだよ。その鳴き声?が気持ち悪すぎて……匂いもこの世のものとは思えなかった。聞いたこともない魔物で仰天したね。つーか、その一度しか見たことねーし。5歳ながらにもらったばっかのナイフで戦おうとしたけど、全然無理だった。……嫌な話だ……」
 言いながらロックは顔をしかめた。
 事実を聞いて、セリスはコメントに心底困ってしまったのだった。

 

・ fin ・

 

■あとがき■

 ロック誕生日&20000hit御礼フリー創作!
 チビロックの冒険! 結構気に入ってます。2ndTryもあるのかと聞かれると困りますが……。来年のロックの誕生日は、じゃあ、2ndTryにするかも……。勿論わかんないけどね。
 冒険とも言えないほどのものだけど、5歳なので許してください。
 セリスとラブラブ誕生日っつーのは、ベタすぎて逆に難しいです。誰かしらが書いたものと似てしまいそうなのも怖かったので……。
 お持ち帰りたい方はこちら必読です。 (03.11.24)

 

 現在はフリーという扱いをしていませんのでご注意ください。転載禁止となっています。(20.9.21)

【この頁で使用させて頂いた素材サイト様】 ClipArt:トリスの市場

Original Characters

ロルフ・コール

コーリンゲン出身。トレジャーハンターをしているロックの父親。

(他の登場小説「SecondTry」)