In Chains



Ⅰ〕夢から醒めた日

 夜の砂漠はとても静かだ。昼間の熱は夢のように引いて、沈黙の世界が訪れる。
 新月である今日は尚更で、地上にたった一人取り残されたかと錯覚してしまいそうにすら感じる。
 深夜、旅支度を整え部屋を出たセリスは、灯りも持たず見張りの兵士を避けて城から抜け出した。
 前日ケフカを倒してフィガロ城へ戻ったばかりであり、皆、泥のように眠っているだろう。
 誰とも顔を合わせたくなかった───自分のしていることが正しいことではないと、勝手なことだとわかっていた。だけど、他の選択肢は思い浮かばなかった。選択できるはずもないものばかりで。
(たった二言だけのメモを見て、皆、どう思うだろう)
 セリスは頭の片隅でそんなことを考えながら、城の背面を回り鳥舎へ向かった。
 砂漠を一夜で越えようとするなら、チョコボは欠かせない。鳥舎は巡回兵にだけ気を付ければ楽に侵入できる。ちょっと借りてサウスフィガロへ抜ける洞窟の手前で離せば城へ戻ってくれるだろう。
 ギザールの野菜も持ってきたし、準備は万端と思って鳥舎を覗きギョッとした。
 気配を殺した黒い人影が短刀を構えていた───シャドウだ。
「……何しに来た?」
 低いシャドウの声は明らかに呆れを含んでいる。
「あなたこそ……」
 セリスが戸惑ったように呟くと、
「見ての通り。俺がここですべきことはもうない。一晩チョコボを借りる。言っておくが、俺はエドガーにだけは断ってるぞ」
 きっぱりと言われ、セリスは言葉に詰まって俯いた。
「でも、インターセプター連れてないじゃない?」
「置いていく。インターセプターが選んだ。俺もそう望んだ」
 リルムの元へ置いて行くということだろう。あの犬は他の人に全く懐かない。
(やっぱりシャドウがリルムの父親なんだ……)
 確信を深め、セリスは躊躇しながらも尋ねる。
「それで、いいの?」
 問いかけるセリスの言葉を無視し、シャドウはチョコボの綱を引き外へ出た。
「そっくりその言葉を返すぞ」
 そう言ったシャドウの目は、思いの外優しい色を湛えていた。
 逡巡したセリスだが、
「お願い。私も乗せて行って」
 返された言葉など振り切って、思い切って頼むことにする。
 シャドウはすうっと目を細め、暫くセリスを見つめていたが冷たく答えた。
「断る。お前の選択を奨励しようとは思わん」
「……お願い。私は考える時間がほしいの。まだ自分のしてきた罪を償う術がわからない……」
 口に出してから、セリスは後悔した。
(償う術などあるはずがない。命は決して取り返せないものなのだから)
 しかしシャドウはそのことには触れず、小さく嘆息した。
「考えて、どうする?」
「自分がこれからどういう生き方をするればいいか。したいのか、わからないの。みんなにそう言えば、色々言われるでしょう? 人に言われて決めてしまいたくない」
「───俺が断っても出ていくんだろうな。わかった。洞窟に着くのは夜明け過ぎるだろうが、まあいいだろう」
「ありがとう」
 ホッとして、セリスは少しだけ顔を綻ばせた。


 サウスフィガロへ抜ける洞窟の手前まで、二人は黙ったままだった。二人で乗っているためチョコボの速度は通常の半分ほどにしていたが、それでも普通に会話するのは疲れる。元々、シャドウが無口なためセリスも何を話していいかわからなかったから、丁度よかった。
 チョコボを離し、朝日に目を細めながら洞窟へ入ってからも、セリスは黙ってシャドウの後をついていた。シャドウといて沈黙が辛かったことなどないが、今は違う。負い目を感じてしまうからだ。
 そんな中、先に口を開いたのは意外にもシャドウだった。
「お前がいなくなったことを知ったら、ロックはどうするだろうな」
 長いこと想い続けてきた人の名前を出され、セリスの心臓が跳ね上がる。
「……どうも、しないわ。彼は優しいから、どうしたんだろうって思うかもしれないけれど、それだけよ」
 自分で言いながら心が苦しい。彼のことを考えたくなかった。忘れるつもりで出てきたのだから。
「それだけ? お前達は恋人だろう?」
 珍しくシャドウが饒舌なのは、セリスを心配してくれているからなのか。問われたセリスは唇を歪めて首を横に振った。
「いいえ。私が勝手に好きだっただけなの。彼は優しく気に掛けてくれたけど、ただレイチェルさんの代わりだっただけだから」
「───お前もロックも馬鹿だな」
 シャドウは嘆息混じりに呟いた。
「………………少なくとも、私は馬鹿だわ。もしかしたらって、ずっと期待してたんだから……」
「そういう意味じゃない」
「え?」
 セリスは聞き返したが、シャドウは全く別のことを口にした。
「後悔なんてものまで感じなくなるぞ、そのうち。全てを諦めることに慣れ、俺のような生き方しかできなくなる」
「本当は、リルムに名乗り出たい?」
「全く。その必要も感じない。理由もない。気付かない方がいいんだろう。俺は、子供ができていたことすら知らなかったんだから。知ったところで、裏の世界から抜け出せたわけでもなかった。同じことだ」
 シャドウの言葉は重い。彼が生きてきた道は安穏ではなかったのだろう。様々な意味で。
「後悔したことはないの?」
「若い頃にはあった。だが後悔なんて意味がない。決して戻れないのが時間だからな。お前は何に迷う必要があるんだ? 多くの人間を殺してきたことか?」
「………………」
「だから幸せが許されないなどと考えているのか?」
 そうだろう。幸せになることに罪悪感がある。それ以前に、幸せになれるとも思えない。
「幸せになりたいとは思ってないわ。……でも、そうね。罪から逃れたいのかもしれない。だから罪を償う術が欲しいんだわ。有り得ないとわかっていても、自分の気持ちに整理がつかない」
「一人で解決しようとせずに、ロックと一緒に、とかは考えなかったのか?」
「言ったでしょう? あの人は恋人でもなんでもないのよ。相談すれば親身になって考えてくれるでしょう。でも、そんなの嬉しくないわ」
 セリスが答えると、それ以上シャドウは何も言わなかった。言い訳するように彼女は続ける。
「ケフカを倒すまでは、それに夢中になっていた。そうすれば罪が贖われるような気がしていたの。でも、そうじゃなかった。逆だったわ。ケフカを倒してしまったら、私が生き残った意味が見つからなくなってしまった。ケフカを倒せば全て解決するみたいな気になっていたのね。夢から醒めたみたい。これが、現実なのね。戦うことしか知らなかった私は、どう生きていくのか、考えなくちゃならない」
「俺は今からでもフィガロ城に戻ることをすすめるがな」
 呆れたような口調のシャドウに、セリスは訝しげに尋ね返す。
「何故?」
「ロックはお前を愛しているからだ」
 あっさりと言われ、セリスは一瞬ぽかんとしてしまう。思わず足下の岩に躓きそうになって、慌てて岩壁に手をついた。
「な、何言って……」
「お前以外の誰もが知ってることだ。お前が気付かないのが信じられないな」
「……あの人は私に優しいけど、私だからじゃないわ。誰にでもああなのよ」
「本人に言われても、お前はそんな調子なんだろうな」
 少しロックが哀れだ、その言葉を飲み込むんだシャドウは、マスクの下で苦笑いをもらした。

 

†  †  †

 

 眩しい光に目を開けると、既に陽は高く登っていた。もう昼前だろう。
「ふぁあ。すっげ、よく寝た」
 緊張が続いていたから、久々にのんびりと眠れた。身体を起こして伸びをしたロックは、のそのそとベッドから出る。
 上昇し始めた気温で汗ばんでいる身体に気付き、顔を洗ってついでに身体も拭いた。着替えて部屋を出ると、ティナが向こうからやって来た。
「おはよう、ロック。みんなでお昼にしようって言ってるの。セリスもまだ起きて来ないんだ。珍しいよね」
「そうなのか? 起こしてこようか」
「そうしてくれる? じゃ、全員分用意ってことでいいよね」
 にっこり微笑んだティナは以前までと変わらなく見える。
 瓦礫の塔から飛空艇を誘導した後、彼女のトランスは解けてしまった。二度と幻獣としての力は使えないのだろう。だが、彼女は生きている。それでいい。
(いつも早起きのセリスが寝てるなんて珍しいなぁ。あいつもずっと気が張ってたからなぁ)
 セリスの寝顔が見れるかもしれないな、なんて思いながら彼女が寝ているはずの客室をノックした。……返事はない。それ以前に、人の気配がない気がした。
「セリス……?」
 そっと扉を開けて愕然とした。彼女の姿どころか、荷物も何もない。蛻の殻となっていたのだから。シーツの乱れも全くない。眠らず出ていった?
(そんな、なんで───)
 ロックの心臓が早鐘を打ち出す。駆け出したロックは食堂に飛び込む。
「なあに~? 料理用意してあんのにぃ」
 リルムが不満の声を上げたが、真っ青な顔をしているロックに首を傾げた。
「ロック、なんだか死にそうな顔しているよ?」
「セリスが……彼女の姿がない」
 絞り出すように言ったロックに、仲間達は顔を見合わせる。
「部屋、間違えてないか?」
 マッシュに問われ、ロックはその可能性すら浮かばなかったことに気付く。
「私も見に行くわ」
 申し出てくれたティナと共にもう一度セリスのいたはずの客室に向かったが、やはり間違えてなどいなかった。
「嘘……。ほんとう、に……?」
 呆然と言葉を漏らすティナに、ロックは何も言えない。
「どうだった? いたか?」
 後から来たセッツァーに尋ねられたが、力無く首を横に振るしかなかった。
「シャドウなら出ていくからチョコボを貸してくれと言われたが……。先程チョコボは戻った」
 セッツァーと共にやって来たエドガーが首を傾げる。
「とりあえず昨晩の巡回兵に聞いてみよう」


「シャドウさん? ああ、遠目からですが見かけました。聞いていたんで、何も言わなかったけど……言われてみれば二人だったかも……」
 夜勤明けで寝ているところを叩き起こされた若い兵士はそう答えた。
「くそっ!」
 ロックはフィガロ城の頑強な石壁に拳を叩き付ける。
「おいおい、壊すなよ」
 エドガーは呆れ顔で注意しながら、どうしたもんかと首を傾げる。
 そこへティナが小走りにやって来た。
「ねえ、部屋をよく見たら、サイドテーブルにこれが……」

旅に出ます。みんな元気で。

~ Celes S.~

 ティナの手からメモを引ったくったロックの目が大きく見開かれる。
「なんで……!!」
 歯を食いしばると、脇で難しい顔をしていたセッツァーを見た。
「セッツァー、すぐに飛空艇出してくれ。追いかける。この大陸を出るなら間違えなくサウスフィガロだ。行ってくれないか?」
「……仕方ねえなあ」
 口調は嫌そうだったが、セッツァーは即行動に出てくれた。最初からそのつもりだったのだろう。
「理由を聞くまでは、絶対に諦められねぇ」
 顔を歪めて呟くロックを、仲間達は歯がゆそうに見つめていた。

 

■あとがき■

 あのメモ用紙風を作るのに素材を加工しソースと格闘すること1時間。うーん、何やってるんでしょうね。
 こうしさんの19191hitキリリク『ロックが目が見えなくなる話』にお答えしての連載開始です。
 シャドウ×セリスかと勘違いしてしまいそうな始まり方。セリスに考えるきっかけを与えようかと、こんな始まり方にしました。この頃、テンポ早い話ばっかりだった気がするので、ちょっとゆっくりめの始まり方です。でも、長くなりそうになったら、またテンポが速まるかも……。難しいですぅ。
 題名は「囚われて」みたいな意味です。セリスがロックに縛られているのか、ロックがセリスに縛られているのか───勿論、縛られているわけではなく、心が繋がれてしまった、みたいな意味ですけどね。
 シャドウの過去は微妙なのよねぇ。私は攻略本でわかる程度のことしか知らないので……。 (04.05.03)

Ⅱ〕月の呪い

 瓦礫の塔が崩壊したことで絶望から抜けられたのだろう。サウスフィガロは賑わっていた。活気づいた街はお祭り騒ぎに近い。
 その中でセリスとシャドウは、ひっそりと酒場の片隅に座っていた。無論酒場も陽気な雰囲気に包まれており、二人の存在は浮いている。セリス一人であったなら絡まれたかもしれないが、有名な殺し屋であるシャドウを連れていたため皆見て見ぬフリをしていた。
「今日は船が出ていないなんて……」
 不満そうな顔でセリスはポツリと呟く。少しでも早くこの大陸を離れたかったというのに、このお祭り騒ぎのせいで定期船が出ていない。
「本当に逃げるみたいだな」
 シャドウの漏らした感想に、セリスは片頬を歪める。
「みっともないわね」
「わかってるのか?」
 存外キツいことを言ったシャドウに、セリスは自嘲の笑みを漏らす。
「ええ。自分の気持ちを整理するにしても、ちゃんと皆に話して気持ちよく出てくるべきだったんでしょうね。でも、ロックの顔を見たら甘えたくなっちゃうと思ったの」
 甘えればいいじゃないか───シャドウは心の底で投げやりに呟いたが空いたが口には出さない。
 戦いしか知らなかった少女は、これから様々なことを学んでいかなければならないのだろう。それは誰かに言われても納得できることではない。自分で感じ、考えて、認めていかなければ意味がないことだ。
「まあ、頑張るんだな」
 様々な意味を込めて一言残すと、シャドウは立ち上がった。
「え?」
 キョトンとしたセリスは慌てて自分も立ち上がろうとする。
「俺はもう行く」
「ど、どこへ?」
「さぁな」
 笑いこそしなかったものの、穏やかな表情を見せてシャドウは行ってしまった。
(呆れられちゃったかしら)
 セリスはアイスティーの入ったグラスを揺らして溜息を飲み込む。喧噪が激しい程、一人取り残されたという気持ちが膨らんでゆく。
(そろそろお昼ご飯でも食べようかなぁ)
 余り食欲はないが、体調を崩したりしたら困る。朝も食べていないのだが、恰幅の良い女将さんは忙しそうで声をかける隙もない。
(じっとしている時間は嫌だなぁ)
 考える時間が欲しいと言ったものの、今は考えるということすら辛い。
 浮かない顔でボーっとしていると、カウンターにいた色黒の青年が近寄ってきた。
「あんた、あのアサシン行っちゃったけど、どういう関係?」
 好奇心剥き出しの馴れ馴れしい青年を胡乱そうに見返す。
「友人よ。わかったら放っておいて」
「つれないなぁ。一人なら俺と飲まない? あ、俺、ボルフってんだ」
 短く刈った栗色の髪に触れながらニヤニヤと尋ねる青年を、セリスは半眼で見つめ返す。めっさ酒臭いから相当飲んで出来上がっているようだ。
「悪いけど気分じゃないの」
 セリスが帯剣していることに気付いていないのか、飾りとでも思っているのか───。
「そう言わずにさ。これから世界は再生するっていうのに、なんでそんなに暗いわけ?」
 至極真っ当な質問に、セリスは答えられない。
(私はシャドウを同じ人種なんだ……。明るいところでは、光の中では生きていけない)
 素直で純粋な人々に羨望すら覚える。
「………………」
 黙って立ち上がると荷物を手にした。
「あれ? 行っちゃうの?」
 拍子抜けした声を出したボルフは眉尻を下げる。もしかしたら根は悪い奴じゃないのかもしれないが、和気あいあいと話せる気分ではない。
 出口へ向かおうとすると、扉近くのテーブルを陣取っていた集団が下卑た笑みを浮かべてセリスを見ていた。
「ブルフ、フラれてやんの」
「オレ達の方がいい男だろ?」
「こっちで飲もうぜ」
 なんとまあウザいことか。
「悪いけど他をあたってくれる?」
 冷たい目で告げると、男達はムッとした。
「なにお高くとまってんだぁ?」
「少しぐらいいーじゃねーか」
 手前の赤ら顔に腕を掴まれ、セリスは反射的にそれを振り払った。
「ってぇ……。このアマぁ……」
 赤ら顔は鼻息荒く立ち上がる。
(なんて面倒な……)
 セリスは仕方なく腰に下げたエクスカリバーに手を掛けた。
「死にたくなければ大人しくしていろ」
 冷酷に告げた時には光る刃が男の首筋に当てられていた。早すぎて見えなかった抜刀に、酒場がしん……となる。
「私に関わらなければあんた達が浮かれ騒ぐ邪魔はしない。わかったら私のことは放っておいて。いい?」
 セリスが念を押して尋ねると、男達は一斉に首肯した。
「ならいいの。白けさせてごめんなさい。それじゃあ」
 すらりとした長剣を鞘に納めると、セリスは酒場を出て行った。

 

†  †  †

 

 飛空艇を飛ばしてもらい、サウスフィガロに到着したのは3時前だった。
「今日のうちに船に乗っちゃったりしてねぇよなぁ」
 不安でいっぱいのロックは、舵をとるセッツァーの横で延々とグチを零していた。
「ったく、うるせぇなぁ。男のくせにぐじぐじしてんじゃねーよ! おら。着いたぞ! さっさと行って来い!!」
 セッツァーに活を入れられたロックは、到着と聞いて飛空艇を飛び出していく。着陸にも気付かなかったとは、相当没頭して悩んでいたらしい。
 サウスフィガロへ入ると驚いた。そこら中に屋台が出て人が溢れている。
「一体、何事だ……?」
 さっぱりわからず近くにいたおばさんに尋ねてみた。おばさんは目を丸くして、
「あの気味悪い塔が無くなったって言うじゃないか! もうあたしたちゃ、なんにも脅える必要はないんだよ! こんなめでたいことはないだろう?」
 ロックの肩をバシバシと叩きまくった。
「あ、ああ。そうだな……」
 とりあえず同意したものの、これだけ騒がしくてはセリスを探すのが大変だ。
 直情的に見えるロックだが片っ端から探すよりは効率的に行きたい。まず船着き場へ行くことにした。出航者名簿を見せてもらうつもりだ。
 しかし港へ出て拍子抜けした。今日は船が出ていないと言うのだ。しかし逆に助かった。ということは、宿をとっているだろう。
 まず一番大きな宿“海の光館”へ向かう。宿は全室埋まっていて、どうやらセリスは泊まってないらしい。
「背が高い金髪の美女来なかった?」
 受付の少女に聞くと、少女は目をぱちくりさせて、手の平を叩いた。
「ああ! もしかしてさっき酒場で男達に絡まれてた人? 私は見てないけど、すごい迫力だったらしいわ。女将さんが言ってたもの」
(絡まれてた? アイツ、大丈夫かよ……)
 ロックは別の不安が込み上げる。いくら剣の腕が強くてもセリスは女だ。
「その人、黒い格好した怪しい男と一緒じゃなかった?」
「うーん? さあ。女将さんに聞いてくれる?」
「そうだな。そうするよ」
 ロックは手掛かりらしきものを入手したことにホッとして、酒場へ回る。
 女将だろうおばさんを見つけて声を掛けると、女将さんは少しだけ不服そうに答えた。
「ああ、有名な殺し屋なんだって? あの男。あんな美人と一緒にいるなんてって思ったけど、あの美人が剣を出した時には納得したね。男どもはビビっちまって、情けないったらありゃしない」
「その二人、どこに行った?」
「さあね。男は先に出ていったよ。女は酔っ払いに絡まれそうになって面倒になったんだろうね。それからすぐに出てったけど、どこ行ったかなんてねぇ。あいつらに聞いてみれば?」
 両手が塞がった女将は顎で入り口近くのテーブルで飲んだくれている男達を指した。その柄の悪さにロックは一瞬眉をひそめたが、
「そうする。どうもな」
 聞いたところで知っているわけではないだろうし、正直関わりたくない人種だが、念の為、だ。
「あんた達、すらっとした金髪の美人知ってるか?」
 近付いたロックが不躾に尋ねると、男達は顔を見合わせてムッとした。
「おめー、あの女の知り合いか?」
 思い切りガンをつけられ、ロックは目を細めて頷く。
「……ああ。どこに行ったか知ってるなら、教えてくれると助かるんだが」
「はっ。知らねーよ」
 巨体が吐き出すように言った。どうやら喧嘩を売られているような気がする。
「そうか。じゃあ、用はない」
 面倒だから立ち去ろうとしたのだが、先程セリスに手も足も出なかったことでイラついているらしく、
「何は用はない、だ。あ? 優男の兄ちゃんよう。あんた、あの女のなんなんだ?」
 大男が出口を塞ぐように足を伸ばした。
「………………」
 ロックはどうしようかと男達を一瞥する。こんなところで足止めを食っている暇はない。
「お前達、彼女にやりこめられたんじゃなかったのか? まだ懲りてないのか?」
 溜息混じりに聞いてやると、
「んだと!」
 赤ら顔がガタン! 椅子を倒して立ち上がる。
(俺はセリスより弱そうに見えるのか?)
 純粋な剣技ではセリスに劣るが、喧嘩なら負けないだろう。ロックは全般的に何事もまんべんなく習得している。一つを極めるより様々な事ができる方がトレジャーハントに役立つからだ。
「あー、相手になってる暇はねーんだ。どーしてもやりたければ外でな」
 ロックが呆れ顔で言うと、男達は顔を見合わせた。嫌な予感がしたらしいが、それでも後に引ける質ではない。
「いいぜ。外に行けよ」
 酒場の乱闘を避けたのは、出入り禁止になると困るからだろうか。
(やっぱ、諦めちゃくれねーか)
 渋々外へ出る、と、ロックは何も言わずに振り向きざまに大男の腹に拳をめり込ませた。
「うっ……ぐぅっ…………」
「ちゃっちゃと済ませてーんだ。急いでるんでな」
 腰にアルテマウェポンを下げているが使うつもりはない───無論セリスとて本気で切るつもりはなかっただろう。
「こ、この野郎!」
 男達は全部で5人。大男は既に再起不能だから、あと4人だ。
(3分、も、いらねーか)
 微妙に眉根を寄せたロックは、右脇に回ったニキビ面が殴りかかって来ようとしたのを寸でで避け、首筋に手刀をたたき込む。背後から来ていた赤ら顔をソバットで吹き飛ば残りの二人に向き直る。
 タレ目は割ったビール瓶を、チビはサバイバルナイフを持っている。が、足下が竦んで動けないように見えた。
(見栄、張んなよなぁ)
 素早く左手で2本のダガーを投げ付け、二人が武器を落としたのを確認せずに走り込んで腰を落とすと、手前にいたタレ目に足払いをかけ、そのまま側転の体勢に入るとチビの側頭部に踵を叩き付ける。
「めでたい日なんだろう? 大人しくしてろよ」
 転んだまま腰が抜けたらしいタレ目に言い捨てると、その場を立ち去った。

 

†  †  †

 

 セリスが宿泊を決めた“海夢亭”は、中級と言える程度の宿だ。お金を無駄遣いをしたくないことからも丁度いい。元々、“海の光館”に泊まるつもりはなかった───シャドウについて酒場に入っただけだ。
 荷物を置くと、明日の船の時間を確認するために宿を出た。乗船予約はしたが、
「何時出航かはわからない。それでもいいならな」
 などと言われている。とにかく出来るだけ早くにしたいが、他に船がないなら仕方なかった。
(せっかく心配せずに渡航できるようになったのに、のんびりした街だわ。普通、今までの損失分を取り戻そうと一日も早く出航するだろうに)
 セリスがそんなことを思っても仕方ないのだが腑に落ちない。世界崩壊後は、一週間に一度しか船が出ていなかったから仕方ないと言えば仕方ないのだろう。
 夕暮れの街は先程よりは落ち着いてきていた。ただまだ人通りは多く、セリスの疎外感は高まるばかりだ。
 港に近付くと強くなった潮の香りに何故か切なさが込み上げる。理由の知れない焦燥感はどこから来るのだろう?
(前はもっと気持ちのコントロールがうまかったのに……)
 感情を殺していた将軍時代を思い出す。どちらか辛かったかと言えば、勿論将軍時代なのだが、どうしていいかもわからず途方に暮れている今はあの頃を懐かしく感じた。
 モヤモヤした気分で乗船受付の小屋を尋ねると、扉に張り紙がしてあった。
『本日、閉店しました』
「……って、おい!」
 セリスは思わず突っ込みを入れたくなったが、肩を落として諦める。朝訪ねたときにはおじいさんがいたのだが、帰ってしまったのだろうか。
 仕方なく海岸をブラつくことにする。時間が余って仕方がない。
(なんのために一人、逃げ出したんだろう……?)
 そんな問いさえ浮かんできて、溜息を飲み込んだ。
(償う方法なんてない。償いなんていうのは、私の自己満足に過ぎない……)
 セリスが何をしても死んだ者は戻らない。家族は謝罪など望んでいないだろう───嫌な想いを蒸し返すことになるだけだ。
 沈む夕陽を背に海を見つめる。だが実際は何も見ていない。彼女の脳裏に浮かぶのは……
(彼に出会わなければ、私は………………)
 恨んでいるわけではない。けれど、辛かった。途方に暮れて、心細さに耐えきれず、思わず涙ぐんだことにも自分で気付かない。
 だから、突然背後に気配を感じた時も驚いた。ビクリと肩を揺らして振り返るり呆然とする。
「ロッ……ク…………」
 幻かと思う。ロックはホッとしたような顔ではにかんだ。
「やっと見つけた。……よかった。間に合って」
 彼の姿を見ただけで、セリスの胸が熱くなり、涙が溢れた。
(……ああ、私の決意が崩れてしまう…………)
「あんな手紙で俺は納得できないんだ。ちゃんと理由を話してくれないか?」
 真っ直ぐな彼は永遠に変わらないのかもしれない。ゆっくりセリスに近付くと、眉尻を下げて、
「とりあえず、泣くなよ。どうしたんだ?」
 愛しい女性をそっと抱き寄せた。
 胸がいっぱいで言葉もでなかったセリスは、気付くとロックの腕の中にいて、余計に涙が止められなくなる。
「なんか悩んでたのか? 気付いてやれなくてごめんな」
 ロックは優しい。どこまでも優しい。どうしてこんなに優しいんだろう? セリスにはわからない。ただ切なくて、涙が止まらなくて、何も考えられなかった。
「俺、多分、自惚れてたんだな。お前を失うなんて考えてもみなかった。お前も同じ気持ちでいてくれてるなんて、決めつけてたんだ」
 ロックの肩口に顔を埋めるセリスの耳に飛び込んでくる言葉は、さっぱり意味がわからない。
「ケフカを倒したら、俺と一緒に行ってくれるだろうって思ってた」
「……え?」
 手の甲で涙を拭いながら、セリスは少しだけ身体を離してロックの顔を見る。彼は困ったような顔で苦笑いをして何か言おうとしたが、
「!!!」
 突然セリスを引き剥がすと突き飛ばした。
 言葉も出ずに呆然と尻餅をついたセリスは、目の前の光景に愕然とした。
 薄暗い夕闇の中に片膝を着くロック。彼は頭を抱えて顔を歪めていた。
「ロック!」
「来るな!」
 叫ばれセリスはハッとする。警戒するように周囲を見回したが人影は見えない……?
「そこだ!」
 短剣を投げ付けると木箱の脇から人影が飛び出た。
 慌てて追いかけようとしたが、ロックの呻き声が聞こえ即諦める。
「ロック、大丈夫!?」
 近寄るとロックは何かに濡れている。足下にはガラスの破片。
「くそっ、近寄るな。毒かもしれない」
 額に巻いていたバンダナをむしって怪しい液体を拭ったロックは、よろよろと立ち上がる。
「ロック……!」
 来るなと言われてもそんなの気にしていられない。駆け寄ったセリスはロックを支え、顔を覗き込む。
「この匂い……?」
 セリスは訝しげに鼻をヒクヒクさせた。ロックが被った液体は甘いバニラに似た匂いがした。だが香水のような優しい香りではなく、どこか薬品臭さを思わせるものだ。
「ど、どうしよう?」
 もし毒薬だとしたら海水は科学反応を起こしたりしたら危険だ。オロオロするセリスに、ロックが呟いた。
「……セッツァーが飛空艇で待ってる。多分、この匂いは“月の呪いルナティック・カーズ”だと思う……。レイチェルの遺体を保存させてたじいさんが言ってた。視神経を麻痺させる薬だって」
月の呪いルナティック・カーズ……?)
 毒薬に詳しくないセリスには聞いたことなどないものだが、もしロックが失明したりしたら大変だ。だが一人ではどうにもならない。
「信号弾は? 持ってない?」
 セリスの問いに、ロックは腰に下げていたヒップバックを外して放った。
 さっき逃げ出した男がロックを襲いに戻ってきたらおしまいだ。ここを離れるわけにはいかない。
 日が落ちて見にくいがなんとか信号弾を探して空に向かってヒモを引いた。上空で光が弾ける。
(お願い! 気付いてセッツァー……!)
 セリスは祈るように天を見つめることしかできなかった。

 

■あとがき■

 ゲーム中はどこの街も宿が一件しかないけど、そんなわけないよね。ということで、宿が何件あっても許してください^^;
 BGMは宇多田ヒカルでした。シングルコレクションね。結構好きです。まあCD買うってことはしないので、もっぱらレンタル派ですがw
 喧嘩シーンて難しいよね。かっこよく書きたかったのに、全然ダメでした。うーん……うーん……どうすればいいんでせう?
 どうやってロックの目が見えなくなるのか、については悩みました。これで良かったのかな? ちょっとED後じゃなくてゲーム中の話にすればよかったかもとか思ったり;; 本当は牙から目を狙って毒を飛ばす毒ヘビ(実在します)を使おうと思ってたんだけど、そんなヘビがどこで出てくるのかってことで却下になりました。
 この話の最大の難点は、「目が見えなくなったロックは、再び見えるようになるのか?」ということです。どっちがいいんでしょう? いや、見えないままだったら大変だけどさ。
 セリスが夜逃げ(?)した理由は、「the key to my spirit」と設定同じです^^; ううう。許してください。っていうか、別に夜逃げする理由があったのかって聞かれると困ります。大体、ロックがセリスを見つけるのは2年後とかの予定だったし……。 (04.05.09)

Ⅲ〕失われた光

「“月の呪いルナティック・カーズ”……ね」
 フィガロ城の会議室で仲間の顔を見回しながら、エドガーは難しい顔で呟いた。
「知ってるの?」
 ティナが不思議そうに首を傾げると、エドガーは小さく首肯した。
「知ってると言っても、聞いたことがあるというだけだ。直接体内に入れない限り少量では効果が薄い。被ったロックはどうだろうな……」
 全員、浮かない顔をしている。
 あの後、ロックはセッツァーによって即フィガロへ連れてこられた。責任を感じているセリスは彼に付きっきりだ。
「神経系の毒薬なんだろう? 失明、麻痺、言語障害とか、色々、重い症状が残るかもしれないな」
 セッツァーのはっきりとした言葉に、誰も言葉が出ない。
「他の毒薬と違うところは解毒剤がないことか。死に至ることこそないが……」
 ギュッと目をつぶり首を横に振ったエドガーは溜息を飲み込んだ。国王である自分にそこまで感情を表に出せすことを許せない。
「瓶を投げた犯人は見つかるの? 入手先とかだって、今は余りないでしょう?」
「すぐに手配したが、難しいだろうな。セリスの話によると、心当たりは酒場で絡まれた男達らしいが……ちょっとのされたぐらいで、そこまでするかどうかな」
 不安そうなティナに、エドガーが答えた時、会議室の観音扉が開いた。
「みんな……」
 焦燥した面もちのセリスだった。顔色も悪く生気がない。
「ごめんなさい。待つ人の所へ帰るっていうのに、足止めになってしまって……」
 今にも倒れそうなセリスを責めるなんて、誰にもできない。
「元々君が黙って出ていったことを悪いと思っているなら、それは違う。確かに君が黙って出ていく必要はなかった。でも、それと今回の件とは関係ないだろう? 君が悪いわけじゃない。すれ違いなんて誰だってあり得ることだ」
 皆の気持ちを代表するようにエドガーが言う。セリスは小さくはにかみ、
「ありがとう。……ところで、何か毒に対抗する方法は見つかった?」
 皆の顔を見回した。それに答えすまなそうな顔でカイエンが呟く。
「図書室の本を漁ったんでござるが……」
「そ、う……」
 セリスは黙って思索するように俯いた。シド博士が生きていれば、彼を頼りたかった。だが彼はもういない。セリスの看病に疲れ死んでしまったのだから。
「ロックの症状はどう?」
 ティナが話題を変えるように訪ねた。
「今は落ち着いてるわ。痙攣も起こらなかったから症状は軽いだろうってお医者様は言ったけど……やっぱり目は見えないかもしれないって」
 静かに答えるセリスが痛い。ロックは目が見えなくなったぐらいでへこたれる男ではないだろうけれど、セリスはその責任から逃れることはできないだろう。愛している人から光を奪った重圧は、彼女には重すぎる。
 しかしセリスは希望を捨ててはいない瞳をしていた。
「ねえ、セッツァー。……ケフカを倒してせっかく自由に空を飛び回れるようになったっていうのに、こんなことお願いするのは……悪いんだけど……」
「なんだよ。水くさえ言い方して」
「コーリンゲンでレイチェルさんの遺体を保存していたおじいさんがいたじゃない。あの人を捜したいの」
「あのマッドサイエンティストなじいさんか……。しかし生きてるか死んでるかもわからないだろう?」
 首を傾げたマッシュが口を出す。
「でも、あの人なら、解毒剤じゃなくて麻痺した視神経を元に戻す薬が作れるかもしれないじゃない」
 その可能性がゼロに等しくても、ゼロではない限り諦めることはできなかった。
「俺は構わないぜ。特別急ぎの用もないしな。どうせ暇なんだ」
 にやりと片頬を緩めたセッツァーは肩をすくめた。
「セッツァー……ありがとう」
「他に何もできないしな」
「ねえ、私達も何か手伝うわ」
 立ち上がったティナが申し出てくれた。だがセリスは首を横に振る。
「ティナはモブリズで子供達が待ってるわ。心配でしょう? だから、大丈夫」
「……でも…………」
 ティナは戸惑うように視線を彷徨わせる。ティナにとってロックもセリスも大事な仲間だ。
「ティナ。セリスは君にまで後悔させたくないんだよ。それに、もし君がモブリズに行くのが遅れ子供達に何かあったときに、セリスは更に責任を感じなければならなくなってしまうだろ?」
 穏やかな笑みでエドガーに諭されると、ティナはそれ以上何も言えない。
「俺は手伝うよ。暇だしな……なんて言ったら兄貴に怒られるけど」
 豪快に笑ってマッシュが言う。彼の底抜けな明るさは、こういった時には救いだ。
「あたしだって手伝うよぉ!」
 リルムが机の上に身を乗り出して主張する。
「ガウも~!」
「拙者も及ばずながら、尽力するでござる」
 心強い仲間達の言葉に、セリスは涙を浮かべて頭を下げた。
「みんな……ありがとう……」

†  †  †

 

 名前も素性も全くわからぬマッドサイエンティストじいさんの行方を求め、まず向かったのはコーリンゲン。
 しかし、生き残った人々に話を聞いたが、元々、おじさんの存在すら余り知られてなかったようで───幽霊が出ると言われていた家に隠れ住んでいたのだから仕方がない───何の情報も掴めなかった。
 マッシュとガウはサウスフィガロで毒薬の入手経路や犯人に関する情報を追っている。セリスやカイエン達をコーリンゲンで下ろした飛空艇はティナをモブリズまで送り、再び迎えに来た。
「そうか。情報は掴めないか。まあ、仕方ないな。地道に行こう」
 最初からうまくいくとは思っていない。これぐらいで挫けてはいられなかった。
 次は近いということでジドールへ向かう。セッツァーはジドールで顔が広いようなので、期待してもいいだろう。
 ロックは未だ目覚めず、フィガロ城にはストラゴスとエドガーが残っている。セリスとしては、勿論彼が目覚める時に傍にいたかったが、少しでも早いほうがいいに違いない。目覚める前に特効薬を入手できるのが一番の望みだ。
 ジドールに着くと、とりあえず虱潰しに情報を集めて回る。名前こそ知らないものの、気が狂ったような笑い方と頬に大きな染みがあった。その特徴で聞いて回ればわかるだろう。
 セッツァーがカイエンを連れ知り合いのカジノ経営者に会っている間、セリスはリルムと二人でアウザーの屋敷を訪れていた。
「おお。リルムじゃないか。わたしの元で絵を描いてくれる気になったか」
 アウザーは歓迎してくれたが、リルムは苦笑いをする。
「違うんだ。ちょっと人捜しをしているの。変態っぽいじーさんなんだけど、知らない?」
 不躾なリルムの質問に、アウザーは目を丸くする。セリスはすまなそうに訪ねた。
「申し訳ありません。突然訪問して。変な笑い方をする右頬に大きな染みがある老人なんですけど」
「……? 変な笑い方をする老人?」
 アウザーは首を傾げて天上を見上げる。何か記憶に引っ掛かるものでもあるのだろうか。
「そういえばわたしは会ってないんだが、“若返りの薬”とかいう怪しい薬を売りつけに来た老人がいたと執事が言っていた」
 いかにも胡散臭そうな話に、セリスとリルムは顔を見合わせる。
 執事を呼びつけたアウザーは、その老人について尋ねてくれた。
「確かに変な笑い方をする老人でした。薄汚い男で顔に痣みたいなものもあった気がします。追い払いましたがその後のことは……」
 初老の穏やかそうな執事は懸命に思い出して答えてくれる。
「それっていつ頃ですか?」
「確か、一月ほど前かと……」
「わかりました。どうもありがとうございました」
 頭を下げて礼を言ったセリスは、屋敷を後にする。
「間違いないんじゃない?」
 目を輝かせているリルムに、セリスは苦笑いで頷いた。ただ一月も前であるしその後の足取りが掴めないと困る。
「そうね。他の家にも行ってるかもしれないし、とりあえず、セッツァー達と待ち合わせたレストランに行きましょう」
 予約をしてあるオークション会場近くのレストラン“ラドラーヌ”へ行くと、既にセッツァーもカイエンも席に座っていた。
「どうだった?」
 テーブルに着くと早速尋ねる。もしかしたら彼等もいい情報が手に入ったのではないかと思ったのだ。
「ああ。それらしき人物のことがわかった」
「もしかして“若返りの薬”売りつけに来た~?」
 ニパニパと言ったリルムに、セッツァーとカイエンは顔を見合わせる。
「そちらも聞いたでござるか!」
「ええ。ただそれ以上はわからなかったの」
「こっちはもう少しわかったぜ」
 ニヒルに笑うセッツァーは意地悪そうな笑みを浮かべているように見える。
「へえ! なになに?」
 身を乗り出そうとするリルムの額を押しやり、
「最近、ゾゾで見かけたって話だ。噂じゃ、ゾゾのゴロツキ相手を実験体にしてるとか」
 言ってる自分でも半信半疑はのだろう。セッツァーは変な顔をしている。
「実験体って……あのおじいさん、危ない人なの?」
 セリスは目を丸くした。頭がおかしそうだとは思ったけれど……。
「科学者とかそういうのは、紙一重だろう。……あんたのシド博士だってそうだっただろう? 彼自身は善良な人間だったが、研究を悪事に使われることになった」
「…………そうね……」
 頭が良すぎるというのは悲しいことなのかもしれない。知識欲に耐えきれず、実験せずにいられなくなってしまうとしたら───。
「んじゃ、ゾゾ行き、決定! だね。ごはんもおいしく入りそうw」
 小さな身体で食欲旺盛なリルムに、セッツァーは呆れ顔で突っ込んだ。
「太るぞ」
「うきーっ! あんたみたいなおっさんとは脂肪の燃焼の仕方が違うの!」
 リルムのきつい一言に頬を引きつらせたセッツァーは、メインディッシュの肉を一枚、リルムからかすめ取ったのだった。

 

†  †  †

 

「陛下! ロック様が目覚めました」
 執務室へやって来た侍女の知らせに、エドガーは部屋を飛び出した。
 全ての状況を説明しなければならない責任は気が重い。国を治めるという大事をこなしているからと言って、決して図太いというわけではないのだ。
 ロックが寝かされていた客室の前で看護婦が扉を開けエドガーを待っていた。
「意識はどうだ? 話したりできそうなのか?」
 矢継ぎ早な質問に、中年の髪をキリッとまとめた看護婦は完結に答える。
「まだ記憶が混濁しているようです。話すことは可能ですが、お静かに願います」
「わかった」
 頷いたエドガーは緊張した面持ちで部屋に足を踏み入れた。ベッドサイドにいた医師が場所を空ける。
「ロック。私が分かるか?」
「エドガー……か?」
 ロックは以外にはっきりした発音をしている。エドガーは少しだけホッとした。言語障害まで出たら悲しすぎる。
「そうだ。気分はどうだ?」
「……あんまし。つーか、俺、どうなってんの?」
「セリスのことを探しにサウスフィガロへ行き、“月の呪いルナティック・カーズ”を被ったんだ。それから五日、お前は意識を失っていた」
「ああ。そういや……だから目の前が薄暗いのか……」
 随分落ち着いた口調でロックは呟く。
「現在のところ、瞳孔の動きは鈍いものの光には辛うじて反応できるようです」
 医師が言葉を付け足した。ロックは溜息混じりに、
「失明と変わらない、な。……ところで、セリスは?」
 自分でどうにもならない視力よりも、ロックにはセリスの事のほうが大事なのだろう。エドガーは苦笑いを堪え、
「そのことだが……。とりあえず目覚めたばかりだ。軽く食事でもして、その後に話そう」
 食事の用意をさせるため部屋を出て行った。


「そのことだが……」なんて中途半端なところで会話を中断され、目覚めたばかりだというのに、ロックは居ても立っても居られない気分になる。
 だが体調不良で視力が無いに等しい今、無理に動くことはできない。すぐにセリスが来ないのは気になるが、また黙っていなくなっていたりはしないだろう。彼女は責任感が強い───責任を感じられても嬉しくないが。
 軽いスープを腹におさめると、なんだか眠くなってきたロックだが、
「少し寝るけど、その前にセリスはどうしたかだけ聞く」
 意固地にそう言うと、エドガーは苦笑いで話してくれた。
「視神経の動きを正常にする薬を手に入れるって、お前の知り合いの……レイチェルの遺体を保存してた老人を探しに出掛けたよ」
「はぁ!?」
 横になっていたロックだが、ガバッと身体を起こして眩暈に上半身をフラつかせる。
「おい、無理するなよ」
 慌ててエドガーが支える。ロックはエドガーの腕を支えに身体を起こすと、眉根を寄せて彼を見た。
「探しにって、一人でか!?」
「セッツァーやカイエンとだ。ところでお前はあの老人について何か知らないのか?」
「……知らない。コーリンゲンを出て戻るまでの一年の間に、行き倒れそうになっていたところを助けただけだ。本人が言うには、帝国の研究所にいたらしいけどな。あの細胞が死滅するのを防ぐ薬は、帝国で完成しそうになっていたのを盗んで逃げたらしい。ケフカが大嫌いだったんだと。どこまでが本当だか怪しいけどな」
「帝国の研究所出身、ね。まあその真偽はどうでもいい。名前とかは知らないのか?」
「確かカンフレン・ド・アウルスって名乗ってたけどなぁ。名前からして嘘っぽい……」
 溜息混じりに呟くと、ロックは身体を横にした。
「悪い。もう寝る……」
「ああ、そうだな。無理をさせた。セリスが戻ってくるまでに、体力ぐらいは戻しておかなければ」
 エドガーは励ましたつもりだったのだが、ロックは既に寝息を立てていた。

 

■あとがき■

 今回を書いていて思いました。またまた長くなりそう^^; うーん。5~6話で終わらせたいところ。頑張ってまとめます。
 あの怪しいじーさんは、ロックとどういう関係なのか!? 気になるところですよね。ゲーム中に「ロックたっての頼みとあっちゃ断れない」みたいなこと言ってるけど……。ロックって素性も知れぬ怪しい奴……w
 この話を書くにあたって悩んだ点暴露を追加です。目が見えなくなった後、ロックの出番が少なくなってしまう……。そうならないような話にすることを考えたんですが、思いつかなかったです。こういうのが改善できればねぇ。私のスキルも上がるんでしょうけど。
 今回のBGMも宇多田ヒカルw やっぱりいいね。話とは全然イメージ合わないけどさ (04.05.15)

Ⅳ〕行き場のない想い

 怪しいじーさんがゾゾにいるらしい───それ以上の情報を得られなかったセリス達は、ロックの様子を確かめに一度フィガロへ戻った。
 目覚めているかもしれないロックに何をどう言えばいいのか、あわせる顔がないと思うセリスだったが、ここで逃げてはいけないことも分かっていた。あの日、つい六日前に一人逃げ出したことを後悔したばかりなのだから。

 フィガロ場へ到着すると、ストラゴスを伴ったエドガーがわざわざ出迎えてくれた。
 事前に伝書鳩で連絡してあったのだが、
「あれから何か目新しい情報はあったかい?」
 土ガーは世間話でもするかのように尋ねる。
「いや、残念ながらなかった。ところでロックはどうだ?」
 硬直して声も出せないセリスに代わって言ってくれたのはセッツァーだ。
「ああ、目覚めたよ。……目は失明に近い状態らしい。光はわかるものの視力はゼロに近いということだ」
 エドガーに静かに告げられセリスは息をのんだ。
 覚悟していたけれど、心のどこかで大丈夫かもしれないと期待していた。
 呼吸がうまくできなくて、このまま窒息してしまえばいいとすら思う。
「セリス、ロックがとっても会いたがっている。待ってるぞ」
「あ、え、ええ」
 ぎこちない仕草で頷くセリスは痛々しい。
「奴はあんたに気に病まれるの、すっげぇ嫌だと思うぜ。奴に見えなくても笑顔で行ってこい!」
 セッツァーに背中を押され、セリスは重い足で歩きだした。
「とりあえず中でゆっくり話そう」
「だな」
 一行はゾロゾロと城の中へ向かった。


 城の客室の扉は質素だ。というより、この城全体が質素というよりは無骨であった。砂へ潜り地中を移動すると性質上のものだが、装飾もない扉はまるで病室か監獄を思わせる。
 セリスは大きく深呼吸をすると、はやる鼓動を押さえ小さくノックをした。
「……! セリスか!?」
 扉を開けてもいないのに何故わかったのかとセリスはびっくりするが、なんてことはない。一度戻るというのはエドガーに聞いていただろうし、彼女達の到着はエドガーに伝わるのと同時ぐらいにロックにも伝えられたのだろう。
「………………」
 なんて言えばいいかも分からず、おずおずと扉を開けた。
 日射しの差し込む明るい部屋で、ロックは身体を起こしセリスを待っていた。
「おかえり」
 微笑んだ彼の笑顔は余りにも優しくて、胸に痛い。
「ただ、い、ま」
 ロックの目がほとんど見えていないなんて嘘のようだ。彼はしっかりセリスの方を向いている。ただ視線は定まっているとは言えなかった。
 セリスが歩み寄るとロックは左手を伸ばしてきた。宙を彷徨う手をとると、彼はニコッと笑う。
(ああ、本当に私の姿などわからないんだ……)
 それがひどく悲しいことに思え、込み上げる涙を堪えながら、
「ごめんなさい」
 述べようとした謝罪は、しかし最後まで口にすることはできなかった。
 掴んでいた手を思い切り引かれ、セリスはつんのめるようにロックの胸に飛び込むことになったから。
「あやまんなよ。頼むから、あやまんないでくれ」
 愛しい女性をきつく抱きしめ、囁いた。
「ごめんなさ…………ううん。………………でも……」
 ロックが見えないまま抱きしめたため、セリスは少しだけ姿勢を楽にしてロックに身体を預ける。
「俺こそごめんな。お前に辛い想いさせちまって」
 ロックの言葉にセリスはハッとする。目が見えなくなったりしたら余裕なんてないはずなのに、こうしてセリスのことを思いやってくれるロックの優しさと気遣いが胸に痛い。
「あなたこそそんな風に言わないで。必ずまたあなたの目が見えるように、方法を見つけるわ」
 励ますように言ったセリスだが、ロックは彼女を抱きしめていた腕を緩めるとそっと解き放った。
「……あのな、無理しないでいい」
 少しだけ顔を背けて言ったロックに、セリスはキョトンとする。
「え?」
「もし見つからなかったとしても、気にしないでいいからな」
「!! そんな風に言わないで。必ず見つけるわ。見つかるまで探す! もしあなたが私の立場だとしたってそう言うでしょう?」
 珍しくセリスに怒鳴られ、ロックは面食らった。
 表に出さないだけで余裕があるわけじゃない。ただの強がりだったのだ。ロックは少しだけ心が軽くなったのを感じ、口元を緩める。
「……わかった。だけど、無理はするなよ」
 彼女は納得ゆくまでやらなければ諦めないだろう。
「あなたこそ」
 セリスは少しだけはにかむと、ベッドの端に腰を下ろす。
「この前はごめんなさい」
「この前?」
「黙って出て行って」
 先日は謝るタイミングどころか話も途中のまま事件が起きてしまったから、とセリスは俯いて呟く。
「俺の方こそ。…………レイチェルのことにもケリつけられて、胸張ってお前に好きだって言えるようになれて、お前は俺のこと待っててくれてるとか自惚れてたんだ。馬鹿だな、俺」
「……え?」
 セリスはぽかんとした顔で、ロックの事を見ている。ロックは小首を傾げ、
「だからえってなんだっつーの。大体、お前はなんで夜逃げなんかしたんだ?」
「…………えーと……」
(シャドウが言った事って、本当だったの!?)
 急に我に返ったセリスは、恥ずかしくなって顔を真っ赤にして俯いた。
「こわ、かったの……」
「は?」
 今度はロックが理解不能という顔をする。
「それぞれ別の道を行くことになる。必然的にあなたに別れを告げなきゃいけない。笑って一人旅立てる自信がなかった……」
「なんだよ、馬鹿だな。つーか、俺も早く言えばよかったな」
 苦笑いで頭をかいたロックだが、なんだか泣きそうな顔に見える。
 本当なら「一緒に行こう」そう告げるつもりだった。だけど今はそんなことは言えない。この先、一生言えないかもしれない。
「……ロック?」
 突然、表情を暗くしたロックを、セリスは不思議そうに覗き込む。
「いや、なんでもない。それより飯食ったのか? エドガーがお前達帰ってきたら飯にするとか言ってたけど」
 顔を上げたロックはやけに明るく尋ねた。
「あ、まだ。そういえばお腹空いたかも」
「んじゃ飯食って来いよ」
「そうね。でもロックは? あれ? ご飯とかってどうやって食べてるの?」
 フとした疑問を口にしたセリスだが、ロックは苦い笑みで頬をかいた。
「一応、なんとか自分で食ってる。食いやすいようなメニューにしてもらってるよ。パンかおにぎりは食べられるし、ただスープ零さないように飲むの大変だけどな」
「ふうん。今日はご飯まだ? 私が食べさせてあげようか」
 何気なく言ったセリスだが、ロックの顔が真っ赤になったのを見て自分が何を言ったのかに気付き、セリス自身も頬を朱に染める。
「い、いや。いいよ……」
「そ、そうよね。一人で食べられるよう練習した方がいいものね。じゃ、じゃあ、ご飯食べたらまた来るわ」
 恥ずかしくなったセリスは逃げ出すように部屋を出た。


 仲間達の姿を探して食堂に行くと、既に皆、食事を終えていた。
「早かったね。ゆっくり話して来るだろうと思って、先に頂いたよ」
 エドガーに言われ、セリスは少しだけ照れたように頷く。
「うん。ごめんね、気を遣わせて」
「ロック、元気だった~?」
 アイスクリームを口に運びながらリルムが尋ねる。空いている椅子に座ったセリスは落ち着いた様子で答える。
「ええ。元気そうだったわ。私だったらもっと荒れちゃうだろうけど、そんなこと全然なくってホッとした」
「どーせ、半分は強がりだろ」
 セッツァーが鼻で笑った。セリスはムッとしたが言葉が浮かばず何も言わない。
「誰だって突然目が見えなくなったらショックでござる。されど、好きな女子おなごに参っている姿を見せたくないというのも当然でござろう」
 カイエンが言うと言葉に重みがある。しかしセリスは再び恥ずかしくなってしまい、俯いた。
「ってことだ。セリス、慰めてやれよ」
「……な、慰めるなんてロックは喜ばないわよ」
 ぶつぶつ呟いていると、セリスの分の食事が運ばれてくる。 とりあえず気を取り直して、空いたお腹を宥めることにした。

 

†  †  †

 

 ダンカン師の家を拠点にし、サウスフィガロで調査を進めているマッシュとガウだが、一向に進展がないまま行き詰まっていた。
 セリスやロックに絡んだ男達は全くのシロだった。酒を飲むと暴れることで有名な彼等だが、そんな陰湿な薬などを使うような輩ではないらしい。
 祭の日、普段は見かけない怪しいフードを被った男の目撃証言があるが、それも今となっては無駄だろう。いつまでも滞在しているはずがない。
 1年半前に帝国を手引きした貴族のハウリーグル家を怪しんでいるが、なかなか尻尾を出さない状態だ。あの時の当主は既に死んで息子が跡を継いでいるが、頼りない男で年上の美しい妻の尻に敷かれている。
 サウスフィガロは市長というものが存在せず、実質、ハウリーグル家が牛耳っている状態だ。エドガーは市長を選挙により選ぶことを望んでいるが、ハウリーグル家はそれを認めないで対立状態にある。
 抜け道から屋敷に潜り込むことを考えているが、鍵が手に入らない。ロックが入れば鍵など簡単に開けられただろうが、生憎そうはいかなかった。
「兄貴に顔向けできないよなぁ。ハウリーグル家の失態を掴めば失脚させられて一石二鳥だっていうのに」
 路地裏を歩きながらボヤくマッシュを、ガウは不思議そうに見上げる。
「とりあえず、もう一度最初から調べ直すしかないな」
「ガウ~! 最初から~!」
 わかっているのかいないのか。どんな状態でもメゲないガウに、マッシュは苦い笑みをこぼした。

 

†  †  †

 

「早く見つかるといいな」
 セリス達を見送ったロックは、後ろから声を掛けられ振り返る。エドガーが立っているのだろうが、生憎、見えない。
「……どうだろうな」
 皮肉っぽく頬を歪めたロックの手を取ると、エドガーは部屋まで連れて行く。目が見えないからと言って出歩かなければ身体が鈍ってしまうのは事実で、ロックは自分から動くことを望んでいた。
「お前は無理だと思っているのか?」
 希望を捨てない男であるはずのロックの言葉とは思えず、エドガーは眉宇を潜める。
「言い切りはしない。……だけど、その事だけを希望に縋ってるセリスがさ、なんか可哀想で」
 客室に戻りベッドに腰を下ろしたロックは、両膝に肘を乗せて頭を抱える。
「もし見つからなかったらどうするんだろう? ってことか?」
「ああ。……このまま治らなかったら、俺もどうするんだろうな」
 目の見えない男ができる仕事など今の世界に存在しない。再生に向かう世界はまだ貧しく、そんな余裕などないのだ。エドガーはずっとフィガロに居候しても面倒を見てくれるだろうが、そんなのはロック自身が嫌でたまらない。
「正直、セリスがすぐ目の前にいるのに彼女の姿が見えないっつーのは、辛かった。このままだと彼女のためにしてやれることがねぇっつーのもたまんねーよな……」
 エドガーの前だからだろう。弱音を吐くロックの肩に手を置いたエドガーは、
「彼女はお前が傍にいるだけでいいと言うだろうな……慰めにはならないが」
「逆の立場だったらって言われると弱いから、わかってんだけどな。でも、あいつは戦うことでしか生きてこれなかっただろ? だから、平凡な幸せを味あわせてやりたかったんだ」
「何が幸せかなんて、彼女しかわからんさ。そうだろう?」
「……俺が言いたいのは、俺と一緒にいないよりはいる方がいいかもしれないけど、更に上を見れば求める幸せにはキリがないってことだ。彼女が求めないとしても、俺は与えてやりたかった……!」
 震えるロックの声に気付き、エドガーは溜息を飲み込んで部屋を出た。

 

■あとがき■

 話が進んでません~。でも無理矢理話を進めるのもナンだしねぇ。難しいです。各話の長さとすすみ具合の折り合いって難しい;;
 サウスフィガロのマッシュやガウの話が大変そう。大して書かないで終わることになるでしょう。犯人は最後分かるようにはするけどさ。うーん、難しい話にしちゃった。。。ミステリーみたい?(うへぇっ、苦手中の苦手でし)
 FFの世界は近代でないので、障害者に優しくない世界でしょうね。保障もないし、道は舗装されてないから杖とかだって土にめり込んだりしちゃいそうだし、そうやって考えると、話の展開がまた難しいです^^; (04.05.23)

Ⅴ〕狂喜の街

 瓦礫の塔が崩れ、晴れ渡った空に人々は希望を見出した。
 多くの者が笑顔を取り戻したが、ゾゾの陰鬱な町並みは以前を変わらぬ、いや、以前よりも冥い空気を纏っていた。
 道行く人の姿はなく、建物の陰に座り込む者は生きているのかも死んでいるのかも定かではない。
 無気力な麻薬中毒者と犯罪者が吹き溜まる所───ゾゾは世界に取り残された者が集っているのかもしれない。
 ゾゾの人間に物を尋ねるのは愚かな行為だ。問答無用で斬りつけられても文句の言えない場所、それがゾゾだから。無気力な麻薬中毒者達は中央に高くそびえる廃アパルトメントにたむろしている。嘘が大好きな彼等に尋ねるのが最もマシだ───彼等の言葉は反対の意味をとれば真実となる。
 セリス等4人は、スリやチンピラをあしらいながら廃アパルトメントへ足を踏み入れた。
 以前はコカイン入りの煙草に縋る行列が階段まで見えていたのだが、人の気配がない。
「?」
「麻薬が手に入らなくなったのか?」
 4人は顔を見合わせ階上へと足を進めたが、アパルトメントのどこにも人間は存在しなかった。見かけた生き物といえば、ネズミとゴキブリぐらいなものだ。
「おかしいでござるな。拙者がここに隠れていた頃も、以前と変わらぬ様相だったというのに」
 世界崩壊後、ゾゾの山に籠もっていたカイエンが首を傾げた。
「片っ端から探すしかなさそうね」
 セリスは仕方なさそうに呟いた。どんなに面倒だろうとやらねばならない。手掛かりは他にないのだから。
「私は北側を」
「拙者は西から山の方を見るでござる」
「んじゃ、俺は東か」
 セリス、カイエン、セッツァーがそれぞれ確認すると、
「…………あたしは?」
 リルムはきょとんとして3人を見上げた。
「そうね私と……」
 言いかけたセリスだったが、
「俺がメンドー見てやるよ」
 セッツァーの意外な言葉に遮られた。セリスは驚いて目を丸くし、リルムは「えーっ」不満そうな声を上げる。
「なんだよ、嫌だってのか?」
「仕方ないなぁ。セッツァー1人じゃ心配だもんね」
 ころっと表情を変えてにこにこ軽口を叩くリルムに、セッツァーのこめかみに青筋が浮かぶ。
「お子さまはそうやって強がるのが定席だな」
 おませなリルムも、セッツァーのへらず口には適わないのであった。


 ドブ臭い路地を抜けて街の北側へ出ると、右手から見ていくことにする。
 右手にある建物は確か隠し扉があったはずだ。エドガーの祖父が隠したという“回転ノコギリ”があった場所。
 3階建てなのに時計と隠し部屋しかない不思議な建物の扉の前には、フードを目深に被った者が座り込んでいた。
(どうしよう?)
 ゾゾの人間に「ちょっとどいてくれますか?」なんて言って通用するわけがない。
 思案しながらセリスが近付いても、その人──若い男のようだ──は微動だにしなかった。だからといって死人なわけではない。俯いて何かぶつぶつ呟いている。
(末期の麻薬中毒者……?)
 なんだか嫌な感じだ。だが立ち止まってはいられない。後回しにすることも考えたが、セリスは嫌なことから先にする方だ。
「ごめんなさい。ちょっと中に入りたいんだけど」
 セリスが声を掛けても、男は全く聞く耳を持たない。聞こえていないようだ。触るのは気が引ける───差別しているわけではないが、やはり浮浪者みたいな麻薬中毒者には触れたくない。
「あの! 申し訳ないんだけどどいてくれませんか!」
 仕方なく怒鳴ると、男は顔を上げた。焦点の合わぬ瞳でにへらと笑みを浮かべた。
(うぅっ……)
 一瞬、引け腰になったセリスだが、
「通してください!」
 もう一度怒鳴った。すると男はふらぁ~と立ち上がり場所を空けると、二、三歩歩いてばたっと倒れる。
 どうしようかと思ったが麻薬中毒者など知ったことではない───決めつけているのはどうかと思われるのだが、ゾゾの人間は関わらないのは一番だ。
 モヤモヤした気持ちで扉を開けると、中では数人がぼへ~っとしていた。全て麻薬中毒者だろうか、又は変な病気にでも掛かっているのか……。
 幸い誰もセリスを気にしなかった。時計の針を合わせ隠し扉を開けた。一瞬、そこにいた男達がセリスを見たが、セリスはそれに気付かない。
 階段を登ると、宝箱が一つ置いてあっただけの隠し部屋は、得体の知れない液体の入った瓶が並んでいた。
(もしかして、ビンゴ……?)
 だが肝心のじーさんの姿はない。セリスは部屋の中をぐるりと見回し、窓から外を覗いた。壁を伝えば隣の部屋に行けそうだ。
(他に行く方法があるのかもしれないけど、いいや。面倒くさい)
 隠し通路なんかを発見するのはロックの仕事であり、セリスは苦手としている。
 1階と2階の間にある出っ張りに足を置くのはいいとして手を置く位置なんかを確認すると、セリスは慎重に外へ出た。
 高さは差ほどではないから落ちても死にはしないだろう。かといって怪我は充分ありうるのだから慎重に、壁を伝う。セッツァー達が見かけたら腰を抜かすかも知れない。
 途中、手前へ曲がっている部分があり、そこで先程倒れた男が、
「うひゃーっ!」
 突然叫び声を上げ、心臓が止まるかと思う。
「ひゃひゃひゃひゃひゃっ。ひゃーひゃひゃひゃひゃっっ!!!」
 気が狂ったように叫ぶ男を疎ましく思いながら、懸命に壁に這い蹲りすり足でなんとか隣の窓まで行く。隠し扉の鍵となる時計のあった玄関ホールの上である部屋も、茫洋とした男達がたむろしていた。
(一体、どこから来るのかしら……?)
 不思議に思って部屋を検分していると、向こうに扉がある。それを開けると、なんてことはない。建物の裏から階段が伸びていた。
(……馬鹿……)
 一人で良かったと恥ずかしく思いながら、部屋から上階に上がる階段へ向かう。
 3階では老人が一人、三角フラスコを持ってニヤニヤしていた。常人とは言えぬ笑みだが、下にいた男達とは違う感じだ。
「あの……」
 セリスが恐る恐る声を掛けると、老人は顔を上げて固まった。
「カンフレン・ド・アウルスさん……?」
 名を尋ねたセリスにギョッとして、次の瞬間に笑い出す。
「けーっけっけっけっ! どこかで見たと思ったら、ロックと一緒にいた女じゃないかい! こんなところまで何のようだ? お前も若返りたいのか? けっけっけっ」
「覚えていてくれたのなら話は早いわ。若返りの薬なんてどうでもいい。麻痺した視神経を元に戻す薬を作って。お金に糸目は付けないわ」
 切羽詰まった表情で頼むセリスに、アウルスは高い笑い声を上げた。
「けーっけっけっけっけっ…… 金なんかどうでもいいんだよ。わしは追求したいだけだ。心を満たしたいだけだ。満たされないものは作らないんだよ。金が必要なのは実験に金がかかるからってだけだからな。けーっけ……ご、ごほっ」
 笑い過ぎてムセたアウルスに、セリスは食い下がる。
「ロックが! ルナティック・カーズで失明同然なの! ロックの頼みは断れないんでしょ!?」
「ほー? ルナティック・カーズねー。またなんで?」
 何に興味を引いたのか、やはりロックには恩を感じているのかアウルスは少しだけまともな表情になった。
「サウスフィガロで突然、瓶を投げられたのよ。……からまれたチンピラの報復にしちゃやりすぎだし、理由はわからないの。でも今はそんなのどうでもいい。お願いします。ロックを助けて!」
 頭を下げたセリスを見て、アウルスは思案顔でブツブツ呟き始める。
「ロックにルナティック・カーズの話をしたのは、わしが作った傑作だったからだ。毒薬にしてあの甘い匂いがとくにな。…………ロックがね~」
(こ、こいつが作ったんだったのか……)
 セリスの中で少し殺意が鎌を擡げたが、今はこの老人だけが頼りであることも事実だ。
「そういやあんた、コーリンゲンで会った時も見たことあると思ったけど……」
 アウルスは関係ないことを言い始める。
「は?」
「帝国の研究所でだ。そうだろう? わしはシドと別のチームで魔力の中和剤を作ってた。人間の身体はすぐ拒否反応を起こすからな」
「………………帝国の研究所にいたらしいってロックから聞いたけど、本当だったのね」
「けーっけっけっ! 本当だとも!」
 楽しそうなアウルスを睨み付けて、セリスは怒鳴りつけるのをなんとか我慢した。
「それで! 視神経を正常に戻す薬は作ってもらえるの?」
「仕方ないねー。ロックだからねー。作れる保障はないけどねー。けーっけっけっけっ」
 この人、やる気あるんだろうか……。セリスは不安になる。
「ところでレイチェルはどーした? 蘇ったのか?」
「……いいえ。フェニックスはそれほどの力が残っていなくて、天へ昇ったわ」
「ほー、そりゃー残念。最高傑作だったのにねー。けっけっけっけっ……
 視神経ねー。いくつか調合に案があるけどねー。副作用が出たりねー! けっけっけっけっ! ロックがカエルになっちゃうかもねー!」
 なんだか怒る気も失せたセリスは段々疲れてきた。
「どれくらいで出来る? 設備はここでいい? フィガロ城に用意させてもいいけど。材料もいるんでしょう?」
「城は好きじゃないけど、仕方ないね。せいぜい、あんた達をコキ使うさ。けっけっけっけっ!」 「じゃあ、早速一緒に行ってくれる?」
「ここの薬、全部持っていくけどね~。けけっ」
 それって下にあった瓶も全てだろうか……。薬品なら運ぶのが大変だ。フィガロから人手と包材を持ってきた方がいいだろう。
「若返りの薬だってのに、なんだか気持ちいいらしくってゾゾのアホ達がこぞって買いにくるんだ。実験にもなるから、いいけどねー」
「……フィガロに行くための準備をしておいて。人手を連れて出直すわ。……逃げたりしないわよね」
「わしが殺されない限り、動かないね。けっけっけっけっ!」
(この人って若い時からこうなのかしら? 若返りの薬、自分に使った方がいいんじゃないの?)
 半分呆れながら、セリスはアウルスの元を後にした。

 

†  †  †

 

「なんだかなぁ。なんのためにこんな抜け道があんだ? しかも迷路みたいだぞ」
 サウスフィガロで地下道に入ったマッシュはボヤいた。
「ガウ~。臭い~」
 通常の人間より五感が優れているガウには辛いだろ。下水に近いのか、ものすごい臭いが漂っている。死体が転がっているせいもあるのかもしれない。既に白骨化しているものがほとんどだが。
 ランタンの火に自分たちの影が揺れる。マッシュもガウも恐がりではないが、余り気持ちのいいものでは決してない。
 地下道を抜けると、聞いていた通り物置に出た。人の気配を確認しながら廊下へ出て、一部屋一部屋覗いていく。
「セリスが閉じこめられてたってのはここか……」
 物置の二つ隣の部屋を見てマッシュは呟いた。壁から鎖が垂れている。
「聞いたときから思ってたんだが、なんで拷問部屋があんだろうな? 昔から貴族の屋敷ってのはそんなもんなのか?」
「ガウ?」
 不思議そうに首を傾げるガウは分かってないのだろう。将来が少し心配になるマッシュだった。
 地下から階段を上がると、扉があった。その向こうで話し声がする。
「なんか嗅ぎ回ってる奴等がいるらしいぞ」
 刺々しい男性の声だ。この屋敷の主だろうか。
「それがどうたしたというの?」
 高飛車な女の声が答えた。マッシュは唇に人差し指を押し当ててガウを見ると、ガウはこくこくと頷く。
「どうたしたってそんな言い方はないだろう? もし君に辿り着いたらどうするんだ?」
「わたくしに楯突くことができる者なんていて?」
「……噂じゃダンカンとかいう格闘家の弟子らしい。暴力に物を言わされたらどうする?」
「うちの警備兵がいるじゃないの」
「…………大体、どうして若返りの薬が欲しいなんて思ったんだ? 君はまだ充分若くて美しいじゃないか」
「そんなの今だけよ! なのに……あの男……わたくしを騙したんだわ! あれだけお金を払ったというのに!」
「君が若返りの薬の臭いを嗅いで嫌だと言ったんだろう?」
「だからといって毒薬を変わりに渡すなんて! わたしくは『もう少しマシな匂いにならないの?』そう言っただけよ!」
 ヒステリックな女の叫びに耳がキンキンしたが、なんとなく話が見えてきてマッシュは更に聞き耳を立てた。
「目障りなチンピラの報復を装えたと思ったのにぃ」
「試すのなんて動物ですればよかったじゃないか……」
「動物には平気でも人間には駄目かもしれないじゃないの。そんな危険なことわたくしはできません」
 言い切った女に、男は盛大な溜息を吐きだした。
「今まで余計な口出しはしてこなかったのは、君を愛していたからだ。だけどもし露見したら、君をかばい立てはできないからな」
「……な、な、な、なにを……!」
 引きつけを起こしたかのような女は哀れな声を出す。
「そんなこと言えると思っていて? あの時、あなたがこの街に帝国軍を率いれたことを言ってしまうわよ!
「…………私は誰もこの街の人間を死なせたくなかった。それだけだ。私の力量では犠牲を出さずに街を守ることなどできなかった」
 その言葉に関しては、マッシュは少しだけ心が痛む。帝国との同盟を裏切ったのはエドガーであり、サウスフィガロを守りきる用意はできていなかったのだから。
 だが、意を決して扉を開いた。
「話は聞かせてもらった」
 突然現れた不法侵入者に、中年の男と若い女はギョッとして顔を強張らせた。
「警備兵!」
 女が甲高い声で叫ぶと、表に繋がる方の扉から4人の私兵が駆け込んできた。
「と、捕らえなさい!」
「待った方が身のためだぞ」
 いつもは絶対に見せないような冷たい目で、マッシュは右手を差し出した。手の甲を見せるように指を掲げる。
「これ、何かわかるか?」
 中指にはまっているのは、フィガロの紋章の入った指輪。王族だけが持つものだ。
「…………そんな……馬鹿な……」
 女は足下から崩れ落ちる。
「あんたが失明させたのは、俺の、ひいては兄である国王エドガーの親友だ。……二人とも、俺と一緒に来てもらうぞ」
 ばっちり決まったマッシュの台詞を茶化したわけではないのだが、
「ござる~!」
 間の抜けたガウの声に、マッシュは少しだけ悲しくなったのだった。

 

■あとがき■

 難しかったです。ゾゾがどうしてああいう街なのかも、どうして兄ちゃん達が行列を作っているのかも、さっぱりわかりません。最初は「配給」と思ったんだけどさ。誰が配給してくれんのよ? ってことで……。考えていたら、「麻薬」丁度いいじゃーん。話的にも繋がるしw となりました。
 所で今さら題名のことが気になってきました。「Gardian」逆ver.みたいに考えていたので、「縛られている。でも縛られていたいの」って意味に使いたかったんだけどさ。書いているうちに関係ない話になってる;; (Ω_Ω)クスン
 サウスフィガロ側の話を書くのが大変でした。どうやって真相を知るか、これが大問題。ミステリーは絶対向いてないね。桜は。だってさ、あんなに丁度よく、犯人が犯罪の話してるわけないじゃーん。でも他に展開が思いつきませんでした。許してください。しかもガウっている意味なかった? ううう。なんか反省点ばっかり。でも、どうすれば良くなるのかがわからないのでした。 (04.05.30)

Ⅵ〕望まれる鎖

 カンフレン・ド・アウルス──レイチェルの遺体を保存していたじーさん──を発見したセリス達は、一度フィガロへ戻りエドガーの兵士を借りると包材を持って再びゾゾへ向かった。
「ぜってー死んだと思ってたよ」
 じーさんを連れて帰ってくるのを待ちながら、ロックはエドガーにそう零す。
「レイチェルの遺体を放っていなくなっちまうんだもんな。まあ、勿論あのじーさんの好意で番をしてくれてただけだからいいんだけどさ」
「まあいいじゃないか。見つかったのだし、お前の視力も戻るかもしれない」
 エドガーはさわやかな笑顔でロックの肩を叩く。見えなくともロックにはエドガーの口調で彼の表情に想像がつくのだろう。肩をすくめて呟いた。
「俺は余り期待してねーよ。……セリス、じーさんが見つかっただけでもう俺の目が見えるようになったみたいに喜んでたな……。もし駄目だったらとか、考えねーのか?」
「───考えたくないんだろうな。お前がセリスの立場でもそうなるんじゃないか? 絶対になんとかしてみせる!と」
「………………まあな」
 ロックは力無くかぶりを振ることしかできなかった。

 

†  †  †

 

 じーさんを連れ大量の実験器具や薬品と共に戻ってきたセリスは、前日に戻ったというマッシュの報告にあきれ果てた。
「アウルスさんが“月の呪いルナティック・カーズ”を作ったっていうだけじゃなくって、今回渡したのもあの人なんじゃない!」
「そんな風に使うとは思わなかったんだろう? 我が儘な女への嫌がらせでしかないだろうし」
 マッシュはいきり立つセリスを宥めようとする。兄であるエドガーは苦笑いを浮かべている。
「そりゃ直接的な責任はないけど……」
「まあ嫌がらせには限度があるけどな」
 エドガーが顎を撫でながら呟いた。
 ハウリーグル夫妻は取調中だ。夫の方は冷静に真実を話しているらしいが、年上の妻はヒステリックに叫ぶだけで話にならないという。
「でも、あのじーさんが見つかったんだし、良かったじゃないか」
 一片の疑いも見せぬ口調に表情。マッシュこそ疑いを知らぬ人なのではないだろうか。
「…………ええ」
 一方セリスは、複雑そうにはにかんだだけだった。絶対に大丈夫! そんな風に思い込んだりしているわけではないのだ。ただ明るくしていないと気が滅入りそうで、ロックの前では強がっただけだった。
「でも、もしこれで駄目だったらどうすればいいのかしら?」
 今、ここにいるのはマッシュ、エドガーとセリスの3人だけだ。他の者がいたら正直言いにくい。下手に励まされたくないのだ。
「そうしたらまた考えよう! 俺達も手伝うから」
 心からの笑みを作るマッシュってすごい。セリスは心底感心する。だが考えようと言われても、これ以上何も考えつかない。
「君は目の見えないロックは嫌かい?」
 エドガーに尋ねられ、セリスは目を丸くした。
「え?」
「もしロックの視力が戻らなかったら、もうロックが嫌かい?」
「そんなわけないわ! もし、もし……彼の目が見えるようにならなかったとしても、私が責任もって一生付き添うもの!」
「責任、かい?」
 突っ込まれてセリスは「うっ」と言葉に詰まる。そんなつもりで言ったわけではないが、そういう思いが一片もないと言い切ることはできない。困惑顔のセリスにフォローを入れてくれたのはマッシュだった。
「そりゃ多少責任も感じるだろうけど、セリスはロックが好きだからだろ?」
 素直なマッシュは感情を飾ることをしない。やはり彼はすごい人だ。
「う……ん……」
 恥ずかしくなって俯いたセリスはぼそぼそと答える。
「傍で支えたい。一緒に、いたいから」
 黙って出ていった自分を迎えに来てくれた。好きだと言ってくれた。自分よりロックの方が不安で絶望しているはずなのだから、支えたいのだ。
「ロックにそう伝えてあげなさい」
 穏やかな微笑を浮かべたエドガーが言う。セリスの気持ちもわかっていたのだろう。
「え?」
「ロックを支えたいと思うのなら、セリスが想っていることをちゃんと伝えなさい。またすれ違うことにはなりたくないだろう?」
「そう、そうね。わかった」
 頷いたセリスは、ロックの部屋へ向かうことにした。


 廊下を歩いていると桶を持った女官がロックの部屋をノックしているのが見えた。
「?」
 不思議そうに近付くと、
「これからロックさんの身体を拭こうかと思っていたんです」
 40歳ぐらいだろうか。おっとりした女官は笑みを浮かべる。
「えっ、あ、そ、そう?」
 それじゃあ邪魔しちゃいけない。セリスは「また来るわ」そう言おうとしたのだが、
「セリスさんが拭きますか?」
 邪気のない笑顔で尋ねられてしまった。
「えっ、ええっ!?」
 顔を真っ赤にして狼狽えるセリスにも、女官は態度を崩さない。プロだからなのか、こういう性格なのか。
「お二人は恋人同士だと聞きました。それでしたら、私がそんなことをするのはおこがましい気も……」
 気を遣ってくれているらしい。言われてみると、他の女にロックが世話をしてもらっているのは面白くない。このままいけば、ずっとセリスが世話をすることになるのだ───ロックの了承もナシに勝手に決めつけているが。
「じゃあ、私がやります」
 意を決して置けと手ぬぐいを受け取ると、セリスは扉を開けた。
 ドキドキしていて何も言葉が出ない。何を言えばいいのだろう。わからないでいると、
「……えーと、誰? 女官長さん?」
 ロックが首を傾げて扉の方を見ていた。
「あ、わ、私。きょ、今日は、私が身体、拭いてあげるね」
 何でもないように言ったつもりだが、上がっているのがバレバレかもしれない。しかしロックはギョッとして、
「い、いや……。悪いよ……」
 戸惑ったように頭をかいた。多分、彼も照れているのだろう。ここで怯んではいけない。セリスはサイドテーブルに桶を置くと、
「いいから! 上、脱いでね」
 ベッド脇に立った。ロックは気配を感じてかすごすごとシャツを脱ぐ。
 ロックの身体を見るのは初めてではない。チラリという程度なら何度かある。が、まじまじと観察できたわけではなかったので、セリスは緊張してぎこちない動きになってしまう。
 着やせするようで引き締まった上半身は結構筋肉質だ───マッシュみたいな筋肉の付き方はしてないが。無駄な脂肪は見られない。所々にいくつも細かい傷跡があり、彼が生き抜いてきた世界が容易くなかっただろうことを思わせる。
 セリスはぬるま湯に浸した手ぬぐいを軽く絞り、
「えと、どこから拭く?」
 尋ねた声は自分で想像していたより遥かに甘く。恥ずかしくて仕方がなくなる。
「どこでもいいけど……とりあえずじゃあ背中」
 言われたとおり背中におずおずと触れる。片手をがっちりとした肩に置き、ゆっくり背中に手ぬぐいを滑らせる。
(うわぁ。背中すべすべ)
 この背中に抱きついたらどんな気持ちだろう? そんな考えが頭の片隅に浮かび、セリスは一人顔を赤くする。
「……なんか、照れるな」
 ロックがボソリと呟き、セリスはピタッと動きを止める。
「え?」
「いや、なんつーか、照れる/// すげー嬉しいけど」
 耳まで朱に染めたロックの正直な言葉に、セリスは更に恥ずかしくなる。高鳴っている鼓動が聞こえてしまうかも知れないと思いながらも、それが不思議に心地いい。
「そ、そう?」
 平静を装ったつもりが声が上擦ってしまう。それでもセリスは何事も無かったかのように再び背中を拭き始めた。
「……誰が拭いたって変わらねーはずなんだろうけどなぁ。不思議だよな」
「? 何が?」
「あー、他のヤツが拭くのと違う。まあ俺の気持ちの問題だろうけど」
 黙っているのが気まずいのか、ロックはいつもよりよくしゃべる。元々無口な人ではないが、自分からとりとめもない話をするような人ではない。
「ごめん。私、拭き方下手?」
 セリスが手を離すと、ロックは慌てて手を振った。
「違う違う。逆。……うまく言えねーけど、お前にやってもらう方がいい。まあ、お前が傍にいるだけでいいんだけどな」
 なんて嬉しいことを言ってくれるのだろう。セリスは彼の肩から腕を拭きながら、
「私もロックの傍にいるだけで、幸せよ」
 素直にそう言うことができた。ロックはキョトンとして、満面の笑みを浮かべる。
「かーっ、お前にそんなこと言ってもらえるなんて、夢みたいだ」
「夢だなんて……」
「いや、お前が口べたなのは知ってるからさ。すっげぇ嬉しい」
 満たされて、余りに幸せで、セリスはロックにしがみついてしまいたくなる。だが、そんなことをできる性格では残念ながら、ない。
「あの、ね」
 何気なく言うために、手ぬぐいを桶に浸しながら呟くように告げる。
「……ずっと、一緒にいても、いい?」
 セリスのさりげない質問に、ロックは一瞬驚いたような顔になる。その後、複雑そうな表情で、
「俺の視力は、戻らないかもしれないんだぞ」
 苦しそうに吐き出した。
「関係ないわ! そんなの関係ない。……一度は黙って出ていって勝手な言い分かもしれないけど……」
「お前が大変な思いをするだけだ」
 苦渋の表情を告げるロックが痛々しい。セリスも顔を歪め、泣きそうになるのを堪えた。
「どんなに大変でも、一人でいる方が嫌よ。あなたと二人で生きていければ、辛くてもきっと大丈夫、そう思うのに」
「……悪い。だけどさ、俺はきっと何もしてやれない。お前を守ってやるって言ったのに、守ってやるどころか守ってもらうようになっちまう」
 ロックだってプライドがある。女に守ってもらうのは耐え難いのだろう。
「私を……愛してくれているのかと思ってた」
 小さく呟いたセリスに、ロックは俯いていた顔を上げる。
「何があっても誰にも渡したくないと、そう思っていてくれているのかと思ってたわ……」
「…………思ってるさ! 思ってる。だけど思ってたって今の俺に何ができるっていうんだ? 例えば誰かにお前を連れて行かれても、俺は一人で歩くことすら精一杯なんだぞ!」
 できないことをできると思いこめるほど楽観的でいられなくなってしまった。未来が希望に満ちあふれているなどと言い切れるほど子供ではなくなってしまった。それは現実を知ったが故であり、現実と理想の違いに打ちひしがれているのだろう。
「手放したくなんかないさ。俺だって、お前のことを幸せにやりたい、そう思ってるんだ……!」
 視力たった一つが無くなっただけで、今までの彼とは全てが変わってしまったのだろう。当たり前に出来ていたことが失われ、自信すらもない。一人で生きていくことすらできない状態で、自信を持つなんて難しいことだけれど。
(ロックは……不安なんだ…………)
 やっとそのことに気付き、セリスは項垂れた。
「ごめんなさい。無神経なことを言って。でも私は真面目にあなたといたいと思ってるわ。あなたと二人で、支え合って生きたいの」
「俺に支えてやれる何かなんてないよ」
「そんなことない! だって私の心を支えてくれる。癒してくれるじゃない」
「セリス…………」
 八つ当たりをしてしまったことに気が付き、ロックは溜息を飲み込んだ。
「と、とりあえず、身体拭いちゃうわね。風邪ひいちゃうわ」
 セリスはわざと明るく言って、もう一度手ぬぐいを桶の中に浸した。先程よりぬるいが仕方がないだろう。
 さっきまでとは打って変わって、ロックの身体を拭く行為はひどく苦痛だった。気まずい沈黙のせいだろう。上半身を拭き終え、
「えーと……足とかってどうするの?」
 とりあえず疑問に思ったから聞いてみた。
「……手ぬぐい絞ってくれ。自分で拭く」
(私がやってあげてもいいんだけどな)
 そう思ったものの、やはり少し恥ずかしいため口には出さなかった。
 部屋着にしている麻のズボンを脱いで足を拭き始めたロックは見えてないのが嘘のようだ。足はいつも自分で拭いているのかもしれない。
「お前の言葉を信じられないわけじゃない」
 ロックは唇を歪め呟いた。ベッド際に腰掛けたセリスは黙って続きを待つ。
「だが、大変な生活が何十年も続くんだ。嫌になってもお前は目が見えないままの俺を見捨てられず言い出すこともできないだろう。普通の恋人同士とは違うんだ。嫌いになったから別れられるわけじゃないだろう? 責任感の強いお前の性格からすると」
「嫌いになったりするわけないわ!」
 一瞬ショックを受けたような顔になったセリスは必死で訴えたが、ロックは力無く首を横に振った。片足を拭き終えセリスに手ぬぐいを渡す。
「嫌いになるとは別でも疲れて逃げ出したくなったりすることはあるだろう。……俺は見えない鎖でお前を縛ることになるよ」
 桶の中で手ぬぐいを濯いでいたセリスは段々苛立ちを募らせる。絞った手ぬぐいをロックの手に乱暴に置いた。
「構わないの! あなたになら、一生縛られていても構わない。そのぐらい、手放さないつもりでいてほしいの!」
 怒鳴るように吐き出すと、ロックは片頬を歪めて自嘲する。
「……それが真実なら、いっそ、視力など戻らなければいい」
「なっ……」
「そしたらお前を失うことに脅えることなどないんだから」
 本気ではないのかもしれないけれど、余りに痛い言葉だった。
 弱いところを持っていても、それを乗り越えようとする姿勢ばかり見てきた。強く前を見据えて生きようとする人だった。だからロックが何かを不安に思う姿がひどく切ない。
「私にはあなたしかいないのよ?」
「知らないだけだ。外の世界を知らなかった雛鳥のようなお前にとって、俺を特別だと感じるのは当然だろう」
「何故、今さらそんなことを言うの? 私はあなたが好きなのよ?」
 泣き出したセリスに、足を拭き終えたロックはギョッとする。
「……悪い。また八つ当たりしちまった……」
 彼女を離したくないと思うほど、未来が恐くなるから。彼女の言葉が重いほど、答えられない自分に気が付くから。
「私の気持ちなんか無視してでも捕まえておくと! そう言ってよ!」
 震える声で訴えるセリスが痛々しい。見ることのできないもどかしさがたまらなく、手ぬぐいを放りだして手探りで彼女に触れるときつく抱きしめた。
「好きなの。あなたが好きなの! 諦めなきゃいけないって……ずっと言い聞かせていたけど、無理だった。……好きなのよ。どうしていいかわからない」
 溢れて止められなくなった激情を持て余しているのだろう。だがそれはロックとて同じことだ。気持ちを押さえ込もうとしているにすぎない。堰を切ればもう引き返せなくなるから。
 ロックは黙ってセリスを抱きしめ、その背を撫でていた。身体の中にくすぶる炎が決して表に出ないように、必死に堪える。
「あなたの傍にいたい……。一緒にいたいの。離れたくないのにっ……うぅっ……!」
 涙ながらに告げられる言葉は甘く切なくて、ロックは眉間に皺を寄せ顔を歪める。「離したくない」そう口から言葉が零れてしまいそうだった。変わりに彼女を抱きしめる腕に力を込める。
「っく……ぅぅ……お願い…………。私を離さないで……。傍にいたいよぉ」
 感情が高ぶりすぎて言葉は訥々としている。
「あぁ、わかった」
 全てを諦めるように、ロックは頷いた。彼女にここまで言わせこんなに泣かせてまで拒否する理由があるのかと、そう思ってしまったらこれ以上自分の気持ちを押さえることも馬鹿らしくなってしまった。
「俺が悪かったよ。だから、泣かないでくれ」
 片腕を離し彼女の頬に手探りで触れる。涙を拭い指先で唇の位置を確認すると、そっと口づけた。
「ロッ……ク……?」
 突然の口づけに驚いて涙が引っ込んだセリスだが、深くなってゆく口づけに抗おうとはしない。求め合うように舌を絡め、何かを確認しようとするように吐息を重ねる。
「俺がお前を望むことが許されるのなら、決して離しはしない」
 寄せられた頬の暖かさにセリスは再び泣きそうになる。
「うん。……私はそれを望んでいるから…………」

 

†  †  †

 

 視神経の働きを正常化する薬は、半年経っても完成しなかった。
 セリスもロックも、もう余り期待しておらず、自分たちの生活について考え始めていた。
 住居や仕事、そういったことを話し合いながら、目が見えないながらに生活する方法を模索する。
 今はまだフィガロ城に世話になっている。ただでさえ居候で肩身が狭いというのに、アウルスの研究費は馬鹿にならない。薬の開発をうち切ってもらうことも考えたが、エドガーに断られた。「私の願いでもあるのだから」と。
 だがフィガロは各地に援助も行っている。少しでも節約したい時だろう。セリスはちょこちょことエドガーの手伝いをしたりしているが、それが足しになっているとは言い難い。
 カイエンはガウを連れてドマへ戻り、セッツァーは飛空艇で各地を飛び回り、リルムとストラゴスもサマサへ戻った。残ったマッシュはエドガーを手伝ったり様々なことに奔走している。
 セリスはもどかしい思いを抱えていたが、それ以上にもどかしいのはロックに違いないのだから決して表に出さない。もどかしいのは自分の無力さだ。戦い以外知らなかった自分は、できることがまだ少ないのだから今は勉強段階と我慢している。
 二人の日課は城の中を散歩することだ。できるだけセリスは手を貸さないことにしている。ロックは距離感を掴んだりするのが得意なのだろう。壁がある場所でも触れずに歩いている。まるで目が見えているかのような歩調に、セリスはいつもホッとする。ただ見えないというのは、いつもと少し違うとやはり危険だ。木箱にぶつかったりバケツに躓いたりする姿は、ちょっと微笑ましい。
「きっと、空は青いんだな」
 光を感じることができるという話なので、天気の善し悪しぐらいはわかるらしい。ロックは空を仰いで呟いた。
「ええ。今日も雲一つない晴天よ。……このままだと井戸が干上がっちゃうかしら」
 近くに河がないため、雨期に降り注ぐ雨水が地下に溜まってくれるのだけが頼みの綱だ。だが今年はそろそろ雨期のはずなのに、その片鱗もない。
「ケフカの粛正で世界の近いが変わっちまったからなぁ。天気も今までみたいにはいかないのかもしれないな……」
「それでも人は生きていくわね」
「ああ。生きている限り、希望を生み出すことができるからな───」
 希望はあらかじめ用意されているものでは決してない。そして必ずあるというものでもない。だけれども、人は希望を見つけだす。
 幸せになりたいと望むことが、人が生きることへの原動力だから───

 

■あとがき■

 遂に完結いたしました。なんでいつも最後だけ長くなってしまうんでせう? 許してください。
 これをもって、こうしさんに「In Chains」を捧げたいと思います。想像していた「ロックの目が見えなくなる」とは違うかもしれまんせが一生懸命書きました。最後、結果が出てないのは……この方がいい終わり方かもしれないって思ったので……。きっとこの後、薬は完成してロックの視力は戻ると思います。が、この話の問題点てそこじゃなくって、二人が障害があっても生き方を模索して乗り越えていこうとする、みたいなところにしたかったので……。中途半端に感じるかと思いますが、受け取ってやってください。
 ちょっとやっぱり物足りないって言われるかしら?って不安になったので、外伝付けます。その後、ね。短いけどw
 こういう展開の話の悩みは、ラブラブなところが少なくなっちゃうってコト。物足りなかったら申し訳ありません。でも苦情はこうしさんからのみ受け付けます。しかし今までラブ度が少なかった分、ちょっといちゃいちゃさせてみました。身体を拭くシーンは書きたかったの。なんかいいと思わない? しかしやたらこの場面が長い……。うーん。いっつもそうなっちゃうのよね。こういうシーンて長くなっちゃう。いいのか悪いのか……。今回、少し二人が違う感じかと思います(なんか途中からただロックとセリスの立場がいつもと逆なだけ?)。なんとなく私の気分なんだけど、いつも同じような話に悩んでるのでいいかなぁ? ゲーム中の性格や展開を活かすっつーことにも多少の拘りがあります。「もしも」シリーズなんかも書くけどね。それでも全く違う性格っつーのはできない(なっちゃうことも多々あって、悩みの種です)。ただゲームだけだと、性格全部を把握することは不可能なのでね……難しい……
 WEB小説に絵文字を使うか悩みます。オリジナルノベルは応募前提だったりしたので使いませんが、二次創作はWEBのみなので使った方が表現が広がるかとも思いますが、好きじゃないという方も多いでしょうから……。かくいう私も昔は絵文字が嫌いでした。ネットゲームでチャットを初めてからですね。短い文に多彩な表現を盛り込むためにはイイ! 長い文では説明できるから必要ないけど、ゲームしながらのチャットは限度があるからね~。一度に打てる文章量も決まってて少ないし。ということで、絵文字は微妙なものだ……。ギャグなら許されるかなぁ。リルムの会話限定とか……;;(今回ロックの照れにだけ“///”を使ってます。それぐらいならいいかなぁってね。)
 つーか、アトガキ長っ! 全部読んで下さった方。ありがとうございます。 (04.06.05)

〔その後〕

 じーさんが研究を始めてから1年半が過ぎ、諦めてコーリンゲンで暮らし始めようかという予定を立てていた矢先。
「けーっけっけっけっ! 完成したぞ! 遂に完成した!」
 気味の悪い笑い声がフィガロ場に響き渡った。
「マウスでの実験も大丈夫だった。これでロックの視力は元通り~! けっけっけっ」
 目の見えないという生活に慣れ始めていた時だったので、なんだかロックは複雑な気持ちだ。だが嬉しいと、見えるようになるのだと期待していまっているのも事実で。
 ちなみに人体実験はしていない。ハウリーグル夫妻を実験に使うという話もあったのだが、ロックが反対した。いくら犯罪者で自分の視力を奪った奴であろうと、そんなことはしたくなかった。妻は牢屋の中にいて、夫は国外追放となった。
「もし駄目だったら、ちょっと落ち込むかもな」
 セリスにだけそう零す。
「そうしたら慰めてあげるね」
 悪びれないセリスは大分強くなった。女は強いというのは本当だと、ロックは感じる。男の方が意外に繊細だ。
「飲んでみろよ」
 エドガーに促され、無色の液体が入った三角フラスコに視線が集まる。
「どれぐらいの量を飲むんだ?」
「好きなだけ~。けっけっけっ!」
 おいおい……皆は顔を見合わせる。
「50mlずつ、毎晩、一週間かけて飲むのがいいと思われるね」
 アウルスの研究を手伝っていた医師が口添えした。白髪が明らかに増えている。かなり苦労したのだろう。
「眩暈、頭痛が伴う可能性があるが心配はない。安静にしていればいい。もしかしたら急に見えるようにはならず、徐々に視界がはっきりしていく感じかも知れない。とりあえず、未知の薬だけになんとも言えないな。」
「わかった。飲んでみるよ」
 ロックは有り難くそれを受け取った。礼を言うのは視力が戻ってからにするつもりだった。

 

†  †  †

 

「今日で最後ね。頭痛は治まった?」
 ひどい吐き気と頭痛で一週間寝たきりのロックに、セリスは優しく尋ねた。
「吐き気は治まったけどな。頭はまだ痛い。ガンガンっつーのとは違うけどな」
 ロックは肩をすくめて答える。視力はまだ戻らない。もしかしたら少しは戻っているのかも知れない。朝日が眩しいと感じるようになった。
 経過を見ながらの話だが、神経が戻ってもピントを合わせる力が衰えているだろうということもあり、完全に視力が戻るまでは一日数時間しか目を使ってはいけないと言われている。そのため、起床してからほとんど一日目隠しをしている状態だ。
「本当に見えるようになんのかね」
「だといいわね」
 セリスは無責任なことな言わない。ロックのためには是が非でも見えるようになってほしいと思っているが、見えなければ不幸だとは考えたくないからだ。
「……あのじーさん、怪しいんだもんなぁ」
 ロックの漏らした言葉に、セリスは吹き出しそうになる。確かにそれは正しい。怪しすぎる。
 溜息を飲み込んで、薬を口にした。無臭だがかなり苦いらしい。だがこの薬を飲む前後1時間は何も口にしてはいけないということで、いっつもロックは顔を歪めて我慢している。
「でもこの薬がうまくいけば、他にも多くの人が助かるかも」
「……視神経だけの原因ならだろう? 下手に他人を期待させるわけにはいかないよ」
「そうだけどさ」
 拗ねたように呟いたセリスは、ベッドの脇に腰掛けてロックの頭を抱き寄せる。
「苦い?」
「ん、平気」
 ロックの黒みがかったブロンズを梳きながら、セリスは幸せだと思う。自分がこんな風にできるようになるとも思っていなかった。人を好きになるって、本当にすごいことだと思う。
「コーリンゲンに行くのは少し延ばそうね。視力が戻ったら、各地の仲間に会いに行こう」
「ああ。そうだな」
 ロックは素直に頷いた。きっと大丈夫だ、何故か不思議とそう感じることができた。

 

†  †  †

 

 一ヶ月後、ロックの視力はほとんど回復した。以前ほどではないが、トレジャーハンティングに出ることも可能なほどだ。
「んー、お前ってやっぱり美人」
 久々に見るセリスは、何度見てもキレイだと思う。嬉しくてついつい口に出してしまうのだが、セリスは真っ赤になって「やめてよ」と言う。照れ屋なのだから仕方がない。
「少し、フィガロ城でなんか手伝おうな。エドガーにも世話になっちまったし、城の人達にも何かしたいし。特にじーさんにつきあってたあの先生。やつれたもんな」
「ええ。でも、何をしよう?」
「ま、ゆっくり考えよう。時間はいくらでもあるんだから」
 微笑んだロックはセリスを抱き寄せた。
「あー、これでお前のこと抱ける」
「……はっ?」
「いや、目が見えなくても可能だろうけどさ。ちょっと不安だったから」
「……馬鹿」
 セリスはまた赤みの差した頬をしていたが、幸せそうだった。
「お前の姿を見ることができるのも嬉しいけど、お前と同じものを見つめていけるっつーのが一番嬉しいよ」
「ありがとう」
「ん? なんでお前が『ありがとう』?」
「なんとなく。嬉しいから。ありがとう」
「だったら俺もだな。ありがとうな」
「………………なんだか変な感じね」
「だな」
 二人は溢れそうな幸せに耐えきれず、笑い出した。
 目に映るもの全てが新鮮に見える日溜まりの中で、これからの未来を想像するのが楽しくて仕方がなかったから。

 

・ fin ・

 

■あとがき■

 その後を書くなら〔6〕に入れろ? いやー、ごもっともで。なんていうか、あれはあれで完結なんです。これはオマケ。自分的、リクに答えられてないかもということで。(だってリクなのに、あの終わらせ方は微妙だろうし)2倍楽しめる?
 同時アップですがこちらは短いです。話を書くのってやっぱり難しいですね。どこが終わりか、って微妙。読んでいても微妙だしね。だから外伝書くって方は多いですし。
 素材が一つ足りなくなったので、色調変更しました。加工OKの素材を使ってるんでw 駄目な素材は勿論、加工はしません。どんな加工をしているかも書いた方がいいのかなぁ? (04.06.05)

【この頁で使用させて頂いた素材サイト様】 ClipArt:◇†◇ Moon drop ◇†◇

Original Characters

ボルフ サウスフィガロ出身。酒場でセリスをナンパしようとした色黒の漁師。
カンフレン・ド・アウルス レイチェルの遺体を保存する薬を作ったじーさんの本名。マッドサイエンティスト。本人曰く、ケフカが嫌いで帝国研究所から薬を持って逃げ出したらしい。
ハウリーグル家 サウスフィガロを牛耳る貴族。