男の子は、いつでも…


 世界が暗黒から救われて、人々に笑顔が戻ってきた頃。
 新たな生活へ旅立っていった、かつての戦士たちが、久しぶりに顔を揃えた。フィガロ城の月夜…


「なぁ、お前さぁ一目惚れって、信じるか?」
 広間に用意された、贅沢な料理を肴に金の杯に注がれた、極上のワインを一口舐めると、ロックは目の前の陽気な国王に、質問した。
「何だ、いきなり」
「いいから、お前は一目惚れを信じてるか?」
 そう聞かれて、エドガーは少し思案気な顔をした後、
「お前は、信じてるのだろう」
 と、口元に悪戯な笑みを張り付かせた。
 それに応える様に、へへと頬をかく彼の指に見えるは、銀の指輪。そしてエドガーは、その視線の片隅に、美しく微笑む一人の女性を見ていた。彼女の指に光る、揃いの指輪を…
「長かったな…」
 その言葉に、多くの意味を含ませて、エドガーとロックは昔へ思いを馳せる。


 初めて彼らが出会ったのは、まだ二人が十代の頃。
 良くも悪くも、血の気が多い年頃だった。
「てんめぇ、その手を離せ!」
「おいおい、勘違いされては困るな、私は彼女の美しさを讃えていただけだ」
 握った手を離そうともせず、若い男は目の前でいきり立つ若者に、涼しい笑みを向けた。
「ロック、やめてこの方が悪いんじゃないわ。私、寂しかったの…だってあなた、いつも財宝財宝って」
「ロック?では、近頃サウスフィガロで、有名な財宝荒らしとは、君の事か。ロック=コール」
「ふざけんな!俺は、トレジャーハンターだ!!」
 怒りが頂点に達したように、怒鳴り散らすロックを前に、若い男は女に何事かを耳打ちする。女は頬を染めて頷くと、ロックを一瞥し何も言わずに、立ち去って行った。
「君を探していたんだ、ロック。頼みたい事があってね、ついて来たまえ」
 ロックの感情などお構いなしに、自分の都合だけで行動する、この若者に彼は完全にペースを狂わされ、急速に熱が冷めていく。
「何をしている、早くついて来い」
 数歩先からかかる声は、何故か人を従わせる響きがあった。そして、ロックはこの後、彼の正体を知る事となる。

「あれから十年か…長い付き合いになったな」
「全くだな…お前はあの頃と、少しも変わらないがな」
 金杯に注がれたワインを口に運びながら、エドガーがポツリと洩らした。
「ぬかせ、お前の女好きだって、変わらねえじゃねえか」
 いつの間にか、ロックの酒はウォッカに変わっており、透明なその液体を一気に流し込む。
「言ってくれるな、それを言うならお前のフラレ癖だって、今は鳴りを潜めているだけだろう」
 からかうようなエドガーの言葉に、ロックは喉を詰まらせ咳き込む。反論しようにも、喉が焼けてなかなか息苦しさが収まらない。それをにやにやとエドガーは見つめていたが、横から掛けられた言葉に、ギョッとして身体を固くする。
「女好きって?」
「フラレ癖って?」
 気がつけば、彼らの隣には二人の女性。供に戦い、その中で芽生えた愛を、大切に育んできた、互いの恋人が座っていた。
「ティナ…」
「セリス…」
「とても、楽しそうなお話ね」
 二人の笑顔に、若者たちの顔からは、笑いが消えた。そして始まるは、懺悔の時間か…

 二人の恋人たちは、自分たちと出会う前の彼らの話を、驚きと呆れと、少しの怒りをこめて聞いていた。
 なんとなくは感じていたが、実際に話を聞かされると、やはり複雑な気持ちになる。
「エドガーの奴は、言い寄ってくる女には、みんなイイ顔をするからいっぺんに五人くらいと、付き合ってた時もあったよな」
「ロック誤解を、招くような言い方はやめろ。私は女性の誘いを、無下に断る事が出来ないだけだ」
「で、結局バレて、みんな逃げられちまうんだよな」
 ここまで来たら引き下がれない、ロックは有る事無い事しゃべりまくる。が、それは単なる時間稼ぎでしかなかった。
 そして、エドガーの逆襲。
「人の事を言ってるお前こそ、今までに何人の女性と、付き合った」
 エドガーの言葉に、ピクリと反応したのは、セリスの肩だった。
「お前は、恋人が出来てもお宝の情報が入ると、平気で一ヶ月だろうと半年だろうと、彼女をほったらかしにするから、帰ってくるといつも違う男に、取られていたではないか。その度に、城へ来ては私の酒を飲めるだけ飲んでくだを巻く」
 いい加減にしてくれとばかりに、肩をすくめて話すエドガーに、ロックは顔を真っ赤にしながら、食って掛かる。
「なんで、お前がそこまで、知ってるんだ」
「甘いなロック、フィガロの諜報能力を、バカにするな」
 悪趣味な笑みを浮かべる国王の、胸倉を力なく掴んで、
「てめー、俺にまでそんなもん、付けてやがったのか」
 と、肩を落とした。
「随分…」
「楽しい生き方だったのね」
「二人とも…」
 ティナとセリスは、何だかバカバカしくなって、怒る気などはとうに失せていた。
「ねえエドガー、今までたくさんの女性とお付き合いが、あったみたいだけど、今はティナだけよね」
 セリスの言葉に含まれていたのは、質問では無く念押し。エドガーはその意を素早く汲み取ると、
「当たり前だ!ティナは私にとって、生きる全てだ。今も、そしてこれからも。信じてくれるね、ティナ」
 そう言って、ティナの手を握り締める。
「信じるも何にも、私にはエドガーしか居ないから…」
 その天にも昇るような、ティナの告白にエドガーは、人目もはばからずに彼女を抱きしめる。
 そんな二人を、苦虫を噛んだような顔で見ていたロックが、急に立ち上がり、
「たーっ、やってらんねえぜ。セリス、俺は部屋に戻るからな」
 セリスの返事も待たずに、広間を出てしまった。
「…もう、ロックったら」
 彼の出て行った扉を見つめ、ため息をつく。
「行ってやりたまえ、きっと外で君を待ってる」
 エドガーの言葉に、セリスは頷いて席を離れる。その後ろで、再びエドガーがセリスに、声を掛けた。
「確かに、あいつが付き合った女性は、レイチェル以外にも居たが、一目惚れをしたのは後にも先にも、君一人だよ」
 セリスは微笑んで、広間を後にした。
 角を曲がったところで、ロックが拗ねた様に立っていた。
「なんだよ…」
「別に」
 口元に笑みを湛えたまま、ロックの横を通り過ぎる。
「あっ、おい」
 彼は慌てて後を、追いかけた。部屋へ戻ってくると、ソファへどっかりともたれ掛かる。そんなロックに、冷たい水のグラスを差し出すと、セリスはじっと彼を見つめた。
「な、なんだよ、さっきから」
「なんでもない」
 怒ってるわけではなさそうが、ロックにはセリスの真意がさっぱりと掴めない。彼女はテラスに出ると、夜空を見上げていた。
「セリス…」
「ねえロック、私…幸せよ。だって今あなたの隣に居るのは、私だもの」
 振り向いたセリスの美しい笑顔は、ロックの心をどきりとさせた。彼はゆっくりと、セリスに近づきその細い身体を抱きしめた。セリスの腕がロックの背に回る。
「俺だって、幸せだぞ。お前が居てくれて、よかった」
「うん」
 そして、伸びる影は一つになって、何時までも月夜の下に、佇んでいた。

 

・ fin ・

 

■桔梗太夫さんのあとがき■

「笑い」に挑戦。がFreeNovelのコンセプトでした。
とにかく、シリアス以外のモノをと思っていたので…
ロックとエドガーの恋人とは違う意味の「絆」みたいなものを、
笑いをベースに書いてみました。この二人って絶対にいいコンビだと、
私は頑なに信じているので…
でも、最後はやっぱりロクセリでした。
仕方ないです、私の基本ですから。
こうして、一万hitを迎えることが出来たのは、本当に皆さんのお陰です。
これからも、よろしくお願い致します。桔梗太夫 (03.10.22

■お礼とお祝いの言葉■

 10000hitおめでとうございます。こんな素敵小説をフリーに下さるなんて、桔梗さん、太っ腹!
 恋人に頭が上がらない男二人ですが、愛故……情けないけど、ね。セリスとティナが幸せならいいかなあ、と。
 ティナの何気ない告白が、純粋で無垢でたまりません。
 セリスに一目惚れ。いい。すごくいい。特別ってことだし。愛だわ……ああ、顔がにやけてます。だって、嬉しいんです。桔梗さんの小説を置かせて頂くことができるなんて……。
 いつかキリ番GETしたいと思ってます。その時は、是非、よろしくお願いしますね。私がキリ番手に入れるまで、サイト続けて下さいね。(ず~っとって意味です)

 

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