MATERNITY PINK



1

4月5日
 明日はモブリズに行く。ティナに会うのがとっても楽しみだ。去年の7月、確か花祭りの後に会って以来だから、約一年会ってない。遠いからなかなか会えないけれど仕方なかった。
 どこぞの王様のアピールには相変わらず気付いてないらしい。先月、フィガロへ行った時のエドガーを思い出してしまう。いつも余裕たっぷりの彼だが、やはり遠くてなかなか会えないのはもどかしいのだろう。頻繁に手紙をやりとりしているらしいが、それでは物足りないに決まっている。
 私はロックが常に傍にいてくれる。本当に幸せだ。離れている時なんて、ほとんどない。こんな風にずっと幸せでいいのかな、なんてやっぱりちょっと不安になることもあるけれど───それも幸せが故だから、不安すらも享受しよう。

 ニケアからチョコボで1週間。
 モブリズに到着するとティナがいつもと変わらぬ笑顔で出迎えてくれた。
 長い間会えなくても、その笑顔だけで時間が埋まる気がする。
 到着したのは午後3時過ぎ。子供達は海辺に散歩しているらしい。
 最近来た若い保母と看護婦のスヴェラが、毎日の日課にしているらしい。
 荷物を置いたセリスとロックは、ティナについて子供達を迎えに海岸へ行った。
 海岸ではディーンが中心となって、砂の城を作っていた。かなりしっかりとした造形まで出来ているから、砂糖水を使っているのかもしれない。
 それを傍らから赤子を抱いたカタリーナが見つめている。3歳になった兄のフォーンは、皆に交じって砂をこねている。
 カタリーナの右側にはスヴェラが、1歳過ぎぐらいの子を抱いていた───届けられた孤児だろう。モブリズは孤児の町として、捨てられた子が届けられたりする。
 そして、海に入っていこうとする子供達を必死になって止めているのが、新参者の保母らしい。漆黒の髪を二つにしばって肩から下げている。幼顔をしているが、子供達に対する口調をみると保母だけあってしっかりしているようだ。
 それらを眺めていたロックは、不意に首を傾げて呟いた。
「フローラ……?」
 フローラ? 女の名前の響きだ。セリスはなんのことかとロックを見ると、ロックは呆然と海岸線を見つめていた。視線の先にいるのは、黒髪の保母だ。
「あれ? ロック、フローラの知り合い?」
 ティナが不思議そうに尋ねると、ロックはハッと我に返って頷いた。
「あ、ああ。従妹だよ。母さんの弟の娘だ。確か、俺が十代の時にサウスフィガロへ引っ越して行ったんだよな。叔父さんは貿易関係の仕事をしてたから。戦争が始まって行方も知れなかったけど、生きてたんだな……」
 ホッとしたように笑ったロックに、セリスはなんとか微笑みを浮かべたものの、内心は少し面白くない。小さなヤキモチだから、表に出しはしないけれど。
「おい! フローラ!」
 ロックが叫ぶと、フローラが振り返った。一瞬、キョトンとしていたがすぐに破顔して走り寄ってきた。
「ロック兄さん? ロック兄さんよね?」
 フローラはそのままの勢いでロックの胸に飛び込む。
(家族なんだから当然よ。みっともないヤキモチ妬いたら駄目よ。少しは妻の余裕を持たないと!)
 自分に言い聞かせるセリスは、にこやかにその光景を眺めている───よう努めた。
「久し振り。大きくなったな」
 大人と言えるだろう年齢の女性に「大きくなったな」は野暮な気もするが、そこはロックだ。言われたフローラは吹き出して、ロックから身体を離した。
「もう。兄さんてば。何年会ってないと思ってるの? 15年よ。兄さんは31? 32? もうおじさんね」
 無邪気に言われ、ロックは苦笑いで頭をかく。
「そのバンダナ。全然変わってないのね。すぐわかったわ」
「お前も変わってないな。もう22歳だっけか? とてもそうは見えない……」
「ひ、ひどい!」
 まったくもってお互い様なのだが、フローラはムクれた。頬を膨らますといっそう幼く見える。ロックの一族は皆童顔なのだろうか。
 その時、フローラの履いていた麻のゆったりとしたズボンが引っ張られた。
「フローラお姉ちゃん?」
 突然走りだしてフローラについてきた子供達が、不思議そうにフローラを見上げていた。後ろには砂の城を造る手を止めたディーン達もいる。
「あ、ご、ごめんね。いきなりいなくなって」
 フローラは優しく微笑んでから、ロックを見た。
「私の従兄なの。よろしくね」
 紹介してから、やっとセリスの存在に気付く。
 ロックの後ろに控えめに立っている背の高い美女を見て、フローラは動きを止めた。彼女は何? そんな疑問が頭の中でぐるぐるとまわる。
 セリスを見ているフローラに気付いたロックは、セリスの肩を抱いて自分の隣に並べると、
「あ、フローラ、紹介するよ。俺の奥さん。よろしくな。セリス、こっちはさっきも言ったけど従妹のフローラ」
「よ、よろしく……」
 戸惑い気味に頭を下げたフローラに、セリスはできるだけ落ち着いて微笑む。
「よろしくね」
 妻として、年上としての貫禄が出たかどうかはわからないが、とりあえずは及第点だろう。ロックの家族に嫌な印象は与えたくない。
「兄さんてば、ちゃっかり結婚してるなんて……。隅に置けないわね」
 肩をすくめたフローラは、ちょっとだけ寂しそうだ───再会できた(おそらく)唯一の家族に、自分の知らない家族ができていたらショックなのは普通だろう。
「そろそろ帰らないとね。夕立も来そうだし」
 ティナが空を見上げながら呟いたので、皆、一斉に空を見上げる。確かにさっきまで晴れていたはずの空はどんよりとした雲に覆われていた。
「じゃ、片付けて!」
 子供達を向き直ったフローラは、パン! と大きく手を叩く。
「はぁーい」
 名残惜しそうだがそれでも片付けを始めた子供達を確認すると、
「兄さん、またあとで、色々聞かせてね」
 にっこり微笑んで、小さなしゃべるやバケツを片付ける子供達を手伝いに行ってしまった。
「すごい偶然ね……」
 セリスが今さらながらに呟くと、ロックは「ああ」と首肯して、
「俺は、偶然てやつに恵まれているのかもな」
 ニヤリと傲慢な笑みを浮かべたのだった。

4月6日
 午後、モブリズに到着して、海岸に遊びに行っている子供達をティナと一緒に迎えに行った。そしたら、新しく来たという保母さんがロックの従妹だということがわかって、本当にびっくりした。
 ロックの母であるニナさん(実は今日、名前を知った)の弟の一人娘でフローラ・ブランシュさんって小柄な女性。神秘的な黒髪に黒い瞳の少女みたいな人だ。幼げな顔立ちの割にはっきりしていて気持ちがいいような感じ。
 小さい頃のロックを知ってるって、ちょっと羨ましかったけれど、私はこれから先のロックをずっと見続けることができるから大丈夫。以前はこんな風に余裕をもって考えられなかっただろうけど、今はロックを信じることができる。
 だけど、フローラさんて、ロックのこと憧れてたんじゃないのかな……。夕飯の後、大人だけで話している時に、彼女のきらきらした目を見てたらそんな風に思ってしまった。私が不安に思ったりする必要はないんだけど、なんとなくモヤモヤした気分になる。なんでだろう?

 とは言え、二人が最後に会ったのは彼女が7歳の時だって言うから、あまり気にしないようにしよう。

 

†  †  †

 

 翌日、フローラがツェンまで買い出しに行くというので、ロックはそれに付いて行くこととなった。
 普段は、町の警備をしている強面の中年リーワン──子供達には「リーさん」と慕われている──が護衛するのだが、リーワンに懐いている幼女がお腹を壊して心細がっているため、彼にはモブリズに残ってもらうことにし、ロックが変わりに行くことになったのだ。
 ちょっと寂しかったが、セリスは笑って「行ってらっしゃい」を言う。チョコボで朝早く出るが、ツェンで一泊しなければならない。不安は勿論あるが、それはロックを信用していないというより独占欲にしかすぎない。生き残っているロックの唯一の家族となるフローラにも、嫁として認めてもらいたかった。
 二人が出掛けてしまうと、セリスは一日ティナの手伝いをした。料理も覚えられるし、家事が余り得意でないセリスにとってはとても有意義と言えた。

4月7日
 夕飯のトマトスープをかき混ぜてたら、突然気持ち悪くなった。慌ててトイレに駆け込み戻してしまって、ティナ達にすごく心配されて、なんだか申し訳なかった。仕事を増やしてしまった気がする。
 今日は朝からロックがリーワンさんの代わりにツェンに出掛けて、しかもフローラさんと一緒だったから……。一人残されて、やっぱり少し寂しい。本当はロックは「お前も行くか?」って聞いてくれたけど、つい強がって「ティナを手伝って、子供達と遊んだりしてるわ」なんて答えてしまった。子供の相手をしてる時は、心から楽しんでいたんだけどな。気にしないフリしてただけなのかな。
 看護婦のスヴェラさんは、「おそらく疲れでしょう。生理が来てないなら妊娠の可能性もあるけど」なんて言ってた。元々、生理不順だけど、二ヶ月遅れたことはない。二ヶ月近くきてないから、もしかすると子供ができたのかな……。ちゃんとわかるまではロックに言わない方がいいよね。ぬか喜びさせたら悪いもん。でも、いつになったらわかるんだろう? 明日、スヴェラさんに聞いてみよう。

 ロックは、次の日、小さな男の子を連れて戻ってきた。
 話を聞くと、ツェンで万引きをして怒られていたらしいのだが、どうやら孤児なのだ。偶然、それを見かけたロックは、それならモブリズにと思ったらしい。
 男の子はリオンという名で、ベクタの生まれらしい。無造作に伸びた栗色の髪に、整った顔のパーツの中で瑠璃色の瞳は意志が強そうだ。
「俺、ロックの子になる!」
 皆に紹介されたリオンは意気揚々と言った。
 そのお陰で視線がロックに集中し、彼は頭をかいて苦笑いを浮かべる。
「って言って聞かないんだよ……」
 孤児院の広いダイニングで温かいお茶を飲みながら、大人達は顔を見合わせた。
 ロックとフローラが戻ったのは夕食過ぎで、小さな子供達をディーンとカタリーナが寝かしつけているところだ。
「セリスは、どう思うの?」
 ティナに聞かれ、セリスは戸惑った。
 今朝、スヴェラに妊娠について尋ねたところ、すぐに検査してくれて、それは確実だとわかった。妊娠していたのだ。ロックが帰ってきたら真っ先に伝えようと思っていて、突然、5歳になる子供ができるかもしれないと言われても、どうしていいのわからない。
「ロックの子供になれないんなら、こんなところやだよ!」
 返事をしない大人達に痺れを切らして、リオンは孤児院を飛び出した。
「おい! リオン!」
 モブリズは海に囲まれた亜熱帯の比較的安全な場所だが、安全に絶対はない。ロックが追いかけて出て行く。
「難しいわね……」
 スヴェラが溜息を飲み込んだ。今のところ、セリスの妊娠を知っているのはスヴェラとその夫で薬師でもあるチャーリーだけだ。ティナにも知らせていない───ロックに一番最初に知らせようと思ったから。
 もし、妊娠していなければ、躊躇しなかったかもしれない。トレジャーハンティングに行く機会は減り、セリスはあの男の子のために家に残らなければならないとしても、家族を作っていけたと思う。だけど、自分の子供ができた喜び満開の時に、赤の他人を子供と思うのは難しい。
 実際、暮らしてみれば家族としてやっていけるだろう。だけど、未熟なセリスは、今、お腹にいる子供ばかりを贔屓してしまうかもしれない───気を付けていても、そう見えてしまう可能性がある。ただでさえ、弟や妹ができるとお腹の子にヤキモチを妬く兄姉は多いらしいから。
「セリスは、あの子を自分の子供と思って育てていくのは無理?」
 再びティナに尋ねられ、セリスはハッと我に返った。ぐるぐると色々なことを考えて、ぼうっとしてしまっていた。
「そんなことはない、と思うの。勿論、まだあの子のこと何も知らないけど、ベクタ出身だって聞けば親近感も湧くし、ロックに随分懐いてるし……。でも、やっぱり不安なんだ。自分が産んだ子と分け隔てなくって、難しいと思うから」
「自分が産む、か……」
 その言葉に引っ掛かったのか、ティナが思案顔で俯く。彼女は、『いつか結婚して子供を産んで』というような未来を全く想像しないのだろうか。
「説得できればいいが、子供に説得は不可能に近いからなぁ」
 チャーリーが呟いた時、ロックが戻ってきた。リオンを抱えている───どうやら疲れて寝てしまったようだ。
「寝床を余分に用意したから、寝かせてあげましょう」
 そう言ったティナに、ロックはリオンを渡して椅子に腰掛けた。
 すっかり冷めたお茶を口にして、溜息をつく。
「ねえ、兄さんはどう思ってるの?」
 それまで黙っていたフローラが、ロックに尋ねた。ロックは難しい顔で呻りながら首を捻る。
「『とりあえずモブリズに行ってから考えよう』なんて言って連れてきたけど……。あ、あの子を引き取るのが嫌だとかいうわけじゃないぜ? ただ、俺達は慈善事業で暮らしてるわけじゃねーし、基本的に余り家にもいない。生活を根本から変えなきゃならないし、問題点が多いからな」
 ロックはすっかりリオンを自分の子供にするつもりかと思っていたら、そこまで浅はかではなかったらしい。
「セリスだって、突然、言われても困るだろ?」
「え? ええ。そうね。ロックに懐いていても、あの子は私を知らないし、私もよく知らない。無責任に了承することは無理だわ」
「俺だって一日分しか知らないよ。まあ、生意気で行動力があって意外に頭の回転も速い。生きるために万引きを繰り返してたけど、それをしなきゃあいつはとっくに死んでたろうからなぁ」
 突然、親を失った子は途方に暮れる。そして生きたいという本能に逆らえず、盗みを働く子供は多い。以前はそうだった子供達も、孤児院には幾人もいる。
「調子に乗って『盗むなら秘宝にしろ』とか言うからよ」
 フローラが呆れて言った。幼い容姿の割にキツいことを言う───家族の気安さだろうか。
 大人には胡散臭いトレジャーハンターという職業も、子供には憧れるものだろう。
「とにかく、二人で話し合いなさいよ。もし連れていけないって言うんでも、リオン君にわかってもらえるよう私達も協力するから」
 スヴェラの有り難い申し出に、ロックとセリスは連れだって夜の浜辺へ出た。

「悪いな。なんだかややこしいことになっちまって……」
 申し訳なさそうなロックに、セリスはくすりと笑みをもらし(かぶり)を振った。
「ううん。私こそ、二つ返事で『いいよ』って言えなくて、ごめんなさい」
「いや、無責任に引き受けるよりはいいよ。そんな簡単な問題じゃないもんな。これから一生のことだし」
「そうね」
 頷いて言葉を句切ったセリスは、大きな丸い月の下、足を止めるとロックを見つめた。
「ん?」
 ロックは不思議そうに彼女を見る。セリスは少々迷ったものの、思い切って口を開いた。
「あの、ね。リオン君を引き取ることを躊躇したのは、その……子供ができたみたいなの」
 消え入るような声で恥ずかしげに漏らしたセリスに、ロックは目を(しばたた)かせて次の瞬間、
「えっ!?」
 飛び上がらんばかりに驚いた。
「ほ、本当に?」
 半信半疑で詰め寄られ、セリスは首肯する。こんな嘘をつくはずがない。
「そうか! そうか……!」
 照れたような笑みを零したロックは、思わずセリスを抱きしめる。だが慌てて彼女を離すと、
「悪い。えと、苦しいか?」
 妊娠していると知ったからだろう。突然、気遣ってくれる。
「ううん。まだまだ大丈夫よ。お腹が目立つのは、先の話。スヴェラさんが言ってた」
「ならいいけど。…………そうか………………ああ、なんて言っていいかわからねぇけど、嬉しいなぁ!」
 心から喜んでくれているだろうロックの様子に、セリスはホッとする。無論、喜んでくれると思っていたが、実際に嬉しそうな顔を見ると安心できた。
「それでね、リオン君を引き取るのに、更に躊躇しちゃったの」
 セリスが話を戻すと、ロックは緩んでいた顔を苦々しいものに変えた。
「そうだよなぁ。初めての子だし、そっちにばっかり構ったり心配したりしちゃったりすることもあるだろうし、リオンは嫌な思いしたりすることになるかもしれないもんな。俺も、余裕ある人間じゃねーから」
「うん……。それに、私のことだって知らないわけでしょ?」
 セリスは頷きながら続けた。
「でも、数日ここで過ごして、それでも私達の子になりたいって言うなら、とりあえず一緒に暮らしてみるのは構わないと思うの」
 提案したセリスに、ロックは首を傾げる。
「とりあえず?」
「ええ。暮らしてみて、それでも私達の子供になりたいって思えるなら、本当の家族になろうってことよ。リオン君が満足するまで、かな」
「……お前、つわりとかひどいかもしれないし、更に気ぃ遣って大変だぞ?」
「わかってるけど、お互い知らないのに最初から『無理』って言うのは忍びない気がして……」
「確かにな。……明日、そうリオンに話してみるか。どっちにしろ、お前が妊娠したなら家にいなきゃいけないわけだしな。そこは丁度いいって思おう」
「そうね」
 にっこり微笑んだセリスに、ロックは穏やかな笑顔で告げた。
「前向きに生きてるお前を見てると、結婚してよかったって思うよ」
 余りに綺麗な笑みと優しい言葉に、セリスは顔が熱くなるのを感じた。だけど、セリスも同じ事を思う。
「こんな風に考えられるのは、あなたが傍にいてくれるからだもの」
 視線を絡ませた二人は、微笑み合ってそっと口づけを交わした。

 

†  †  †

 

4月9日
 朝、ティナ達に私達の意向を話したら、皆「いいんじゃない?」そう言ってくれた。もしリオン君が私達の子供になるのが無理だって思ったら、モブリズで受け入れてくれると言う。それを確認して、朝ご飯を食べたリオン君に、私とロックで話をした。
 まず、私がベクタ出身で将軍であったことを。ベクタの人にとっては様々な印象があるだろう。それだけで「嫌だ!」そう言われるかもしれないとも思ったけれど、隠しておくのは卑怯だと思ったから。リオン君は意外にも、それを受け入れてくれた。というより、私が現役だった頃は幼すぎてそういう人がいたらしい程度にしか知らないと言った。自分が何をしたかを話したが、彼は「かっこいいな」なんて言ってくれた。ちょっと複雑。嬉しいような、帝国を裏切った事に対する罪悪感みたいな───戦争自体は悪だったけれど、ベクタの一般人に罪はなかったから。

「ロックの子供になるってことは、私の子供になるってことでもあるの。嫌じゃない?」
 セリスが遠慮がちに尋ねると、リオンは目をぱちくりしてから不思議そうな顔で首を横に振った。
「嫌じゃないよ。ロックの奥さんがこんなに美人だとは思わなかったけど。しかも強いなんて女なのにかっこいいな。」
 そんな風に言って、ロックを見る。ロックは困ったように頭をかいていた。それを横目に、セリスは申し訳なさそうに告げる。
「料理は余り得意じゃないけど、許してくれるかな」
「なんでも練習すればうまくなるんだぜ?」
 生意気な言葉を返してくれる。だが事実だ───稀に練習しても『想像を絶する産物』しか作れない究極の料理音痴が存在するが。
「弟か妹がいても、仲良くしてくれる?」
 これも言っておかねばならないことだった。リオンは目を丸くして、
「兄弟? いるの?」
 不思議そうに尋ねる。わくわくしたような瞳は輝いていて、屈託ない。純粋な子なんだ、とセリスは心が温かくなる。
「お腹にいるの。まだ男の子か女の子かわからないけど。だから、リオン君はお兄ちゃんになるのよ」
 セリスは、自分にこんな話し方ができるのかと言うほど穏やかに話していた。そう、まるで母親のように。
「兄弟かぁ……。俺にも兄貴がいたんだ。戦争に行って帰ってこなかったけど」
 呟いたリオンの瞳に翳りが差す。世界中でそういうことがあったとは言え、当たり前ではなく辛い話だ。
 なんて言おうか、ロックとセリスが迷っていると、顔を上げたリオンは明るく言った。
「俺、兄貴がしてくれたみたいに、弟……妹かもしれないんだね。可愛がるよ。兄貴、いつも俺が近所の奴等にいじめられると助けてくれたんだ。強くて、かっこよかった! 俺も、そうなれるかな」
 ひたむきな前向きさを、セリスはとても好ましく思った。切ないぐらいに、この少年を愛しいと思える。
「なれるかなれないかはリオン君次第よ。そうあろうとすれば、きっとなれる」
「そか。妹でもいいけど、やっぱ弟がいいなぁ。一緒にトレジャーハンター目指すんだ!」
 セリスの笑みに、リオンは照れたように「へへ」と白い歯を見せた。

 とりあえず一緒に暮らしてみて決めてほしいと告げたら、素直に「わかった」と言っていた。とりあえずの期限は一年。無期限でもいいけど、それだと「いつ捨てられるのか」なんてリオン君が不安に思うといけないから。
 こうして、私達の不思議な『家族ごっこ』が始まる。今はまだ家族ごっこだけど、不安も多いけど、うまくいかないこともあるだろうけど、お腹にいるこの子と共に、いつか本当の家族になれるといい。今はそう思えた。

 

■あとがき■

 携帯版【万象の鐘】6666Hit 茉莉花さんのキリリク 『セリスの妊娠発覚→出産』のお話です。
 前回連載した「Honey!」から10ヶ月後の話になります。日記形式は引き継ぎました。なんとなく……気に入ったのでw
 今回はまたオリキャラ登場です。ごちゃごちゃした話にせず、すっきり短めの連載にしたいと思ってるんですが、果たしてうまくいくかどうか……。今のところの予定では、3話です。「鐘の鳴る時」から3話でやってるので、これと次までは3話で揃えられたらなあ……なんて小さな野望です。
 今回、「ロック兄さん」というのを使って、ちょっと「マシンロボ クロノスの大逆襲」の「ロム兄さん」を思い出してしまいました……;; 今の若い人には知らない話題ですかね^^; 桜が小学生の頃にやっていたアニメです。
 私の話はモブリズ舞台も多いですね。次が……ドマ? それからフィガロ城、あとは色々ですが。あ、飛空艇も多いか^^;
 似た話にならないように心がけても、やはり難しいです。続いた話で連載し続けているなら別ですが、同じ主人公別パターンって難しいのね。でも、読んでくれる皆様がいるかぎり、頑張って書き続けますよ~。応援よろしく(なんだか、だんだんアトガキが図々しくなってきた?)

 ということで、一週間遅れてしまい申し訳ありませんでした。半分は書いていたんですが、「妊娠発覚」に繋がらず断念。でも、なんとか続けて書いたらこうなりました。私には珍しい感じの展開かな? フローラを絡ませようと思ったんですが、「OrgolGarden」みたいになっちゃいそうなので却下しました。今となっては、なんのために出演させたのだかわからなくなってしまった;;
 妊娠しているのに余計な家族が増えてしまいました。だけど、なんとなく気に入った展開。茉莉花さん、「かなり想像と違う!」と思われたら申し訳ありません。これも起承転結のため(いっつも同じ言い訳ねん)。本当に妊娠して出産してだけだと、私的に話の起承転結が弱いのと、何を書いていいのかわからなかった……;;(すっごい短くなっちゃうと思うし) いつものことながら、すみません。
 しかし、2週間分の内容のせいか、長い(いつもの倍以上?)。次とバランスがとれるかなぁ。次回は妊娠中、最終回は出産という予定です。 (05.03.06)

2

 リオンを連れてコーリンゲンに戻り4ヶ月。
 セリスはお腹の子の成長を楽しみながら日々を送っている。
 思いの外リオンともうまくいっているが、かえって気を遣わせているんじゃないかと心配になることもしばしばある。リオンは年齢の割には大人びた性格をしているから。だがよく聞くと、ツェンに行く前に世話になってたという浮浪者の老人の影響かもしれない───戦争で片足を亡くし浮浪者をやっていた老人はリオンを拾って育ててくれたそうだが、風邪をこじらせた彼が死んで、彼の遺品を家族に届けようとツェンへ行ったそうだ。老人の家族は既に亡く、途方に暮れて日々食べ物を盗んでいたらしい。
 近所の子供とも仲良くなったようだが、生憎一番年が近くて12歳と3歳。遊び相手としては微妙だ。もしかしたらモブリズにいた方がよかったのかもしれないと思ってしまう。
 生意気で大人みたいな口を利くが、基本的には素直で優しい子だった。一人前にセリスを助けてくれることも多く、セリスはどんどんリオンが好きになっていた。
 ロックは最近、安定した収入のためにジドールとコーリンゲン間の行商人の護衛なんかをしている。そのツテでジドールの貴族に呼ばれて護衛をすることもあり、家を空けることが多い。
 彼を待っている間、セリスはリオンと二人で小さな庭で少しのハーブと花の世話をしたり、散歩をしたりして過ごす。寂しい気もするが、仕方がなかった。これまでに溜めたお宝を換金すれば充分な金になるが、簡単にお金に変えられるものではない。
 どんなに仕事が忙しくても、ロックは週に二日は家にいて、彼等は不思議な家族ごっこを続けていた。

8月15日
 かなりお腹が目立ってきた(毎日そう書いている気がするけど)。それに合わせて体重もかなり増えた、と思う。適度な運動はするように心がけてるから太りすぎってことはないけど、以前細かっただけに鏡を見ると不思議な感じ。
 予定日まであと3ヶ月。今日も貧血っぽかったけど、それ以外は至って健康。妊娠後期に入ってから貧血は大分軽くなった。
 お腹の子の経過を看てくれている薬師のベラお婆さんは、双子じゃないかと言った。双子! 嬉しいような、びっくりしたような……。鼓動が二つ聞こえると言われ、言われてみればそうかもしれないと思う──聴診器を持っているわけじゃないから、手を当ててなんとなく心音がするような……自分の脈? みたいな……。今まで一人だとばかり思い込んでいたから(双子だなんて想像できるはずがない)、なんだか不思議な気持ち。
 家族がいなかった私と血の繋がった子が二人もいる。温かいような幸せな感じ。
 でも、リオンは一人なんだよね。だけど、モブリズの子も皆そうだけど、きっと、本当は血のつながりなんて関係ないんだと思う。家族だと思える心があるから、家族なんだと思う。
 リオンを子供だって思うのは私もまだ若いから変な感じだけど、家族だっていう風には思うようになっている。ロックは帰ってくる度キャッチボールをしていて、子煩悩ぶりを発揮しているし。
 リオンは、どうなんだろう? 聞き分けが良すぎるから、少し不安になる。だけど、聞くのは逆に失礼な気もする。難しい問題だけど、私の、私達の気持ちは伝わっているといいな。

「母さん!」
 リオンは一緒に暮らしてみると決めた時から、セリスを「母さん」、ロックを「父さん」と呼ぶ。最初は気恥ずかしかったけれど、今はそれが当たり前になっていた。
「なぁに?」
 毎日、リオンと二人で海辺を散歩する。一人だったら寂しかったかもしれないけど、リオンがいるから寂しくない。
 ロックが仕事で出掛けているのはわかっているけれど、やっぱり四六時中一緒にいたことを考えると、寂しく思う。
「父さん、明日は帰ってくるんだよね?」
 波打ち際で寄せる波ぎりぎりを歩いていたリオンは、振り返って確認した。期待に満ちた目をしている。本当にロックが大好きらしい───話を聞いていて気付いたが、どうやら慕っていたお兄さんに似ているようだ。無論、3歳にならない頃の記憶だから、曖昧で美化されているせいもあるだろう。しかし、誰かを慕い誰かに愛された気持ちは褪せることがないのかもしれない。
「その予定だけど……。どうかしら」
 セリスは肩をすくめた。困っている人を放っておけないロックの予定が狂うのはいつものことだ。だけど、弱い者を見捨てておけない彼の優しさに救われたのはセリスも同じだから、そんな彼を誇りに思っている。
 余りにその回数が多く、相手が若い女性だったりするとちょっと内心おもしろくないのは事実だけれど。
「双子だって聞いたら、きっとびっくりするね!」
 リオンにはベラ婆さんから言われてすぐに話した。ロックが帰ってきてから二人一緒に話す、なんてことはしない。一刻も早く、その驚きを誰かに聞いて欲しかったからだ。親しい友人もないセリスは、一人じゃなくてよかったと思う。
「ふふ。そうね。……男の子と女の子、一人ずつがいいかしら」
「うん! きっと可愛いよ」
 以前より、リオンはセリスに甘えているような気がする。時折見せる年齢相応の表情が、たまらなく愛おしい。
「でも、いっぺんに二人なんて大変かな。リオン、手伝ってね」
「俺、おむつとか変えたことないよ?」
 リオンは困ったように頭をかく。セリスは吹き出しそうになるのを堪えて、
「私もないの。産む前からしばらくモブリズに行くし、そこで色々教わるわ」
 優しくリオンの頭を撫でた。最初、リオンは頭を撫でられるのをすごく嫌った。子供扱いされるようで嫌だったのだろう。だが、今はとても安らいだ表情になる。
 海岸線の中程で立ち止まったリオンは、持っていた袋から敷布と毛布を取り出してセリスを座らせると、背中にくくりつけていた木の棒を構えて大きく息を吸った。
 トレジャーハンターになりたいと言ったリオンに請われて、セリスは剣を教えている。現在、自分が剣を持つことができないからもっぱら型だが、子供にはその方がいいだろう。基本さえしっかりやれば、あとは実戦で覚えるしかない。
 冒険に必要な知識はまだ何も教えていないが、そのうちロックが教えてあげるのだと思う。ロックもリオンの年ぐらいの時に、父親から初めてトレジャーハンティングに連れて行ってもらったと聞いた。
 リオンは一生懸命に素振りを始める。無理な練習は決してさせない。まだ小さいのに筋肉がつきすぎたりしても成長の妨げになる。よく言って聞かせているが、もしかしたらこっそり一人でも練習しているかもしれない───意外なほどに上達が早いから。
「ちゃんと、同じ速度で振れるようになったわね」
 セリスがそう言ってあげると、リオンは照れたように笑った。
 本当はセリスやロックが持っているような剣が欲しいと言ったのだが、5歳の子供に持てる剣というのはなかなかない。第一、危険が大きかった。
「大きくなるまでは駄目だよ」
 そう言われると、
「なんでだよ!?」
 納得いかないと反論したが、ロックとセリス二人の説得にあって、リオンは渋々納得した。
 甘やかしてしまいたいけれど、それはいけないとわかっている。自分が産んで育てたなら、もっと厳しくできるのかもしれないがその辺が逆に難しい。変に気を遣ってしまう部分がるのだ。
「リオンはきっといいお兄ちゃんになるわね」
 何気なく呟くと、リオンが不思議そうに素振りをしていた手を止めてセリスを見上げた。
「ん?」
「妊娠中って、幸せだとも思うけど、不安も大きいものなの。だから、情緒不安定……えと、なんだか気持ちが沈んじゃったりすることもあるそうよ。それをマタニティーブルーって言うんだけど、私も今までずっと一緒だったロックがいなくて、毎日一人でいたら不安だったと思う。でも、リオンがいてくれたでしょ? いつも元気づけられてるから」
 心からそう思って、セリスは優しい笑みを浮かべたのだがリオンは戸惑ったような表情になってそっぽを向いた。
「別にっ。俺はなんもしてねーよっ」
 ぶっきらぼうな言い方。存在自体を喜ばれ、どうやら照れているらしい。
 セリスはおっとり頷いて、大きくなった腹を撫でた。
「うん。いいの。私と、この子達が勝手にそう思ってるだけだから」
 静かな口調のセリスをちらりと見たリオンだが、どういう顔をしていいのかわからないらしい。再び黙々と木の棒を降り始めた。

 

†  †  †

 

8月16日
 昼過ぎに、ロックは予定通り帰ってきてくれた。駆け寄っていくリオンを肩車する姿を見ていて、なんだか切ない。子煩悩な人だと知ってはいたけれど、実際にその姿を見ると愛しさが募る。
 双子であることを告げると、ロックは「マジかっ」そう仰天した。だが顔がニヤけていたから嬉しかったんだろう。リオンに「名前は?」なんて聞かれて真剣に悩んでいた。
 実は、私は名前を考えている。最終的にはロックと話し合って決めるけど、男の子だったら『ロイ』、女の子だったら『リラ』がいいと思う。
 『ロイ』はシルドラ・ポートリオ・コールトの書いた『ルクレチア物語』に出てくる騎士の名前だ。帝国が今の名で呼ばれる前の時代、騎士が繁栄していた頃に書かれた話で、シド博士が私に勧めてくれたので読んだ。何度も読み返すほど面白くて、私はその本が大好きだった。ラブストーリーなんだけど、騎士としてもルクレチアとロイの生き方が素敵で、自分と比べて色々考えるようになり、帝国を裏切ることになったきっかけとすら言えた。
 『リラ』は古語で『花の妖精』を表す言葉。実は『ロイ』も古語ではちゃんと意味があり、『希望』という意味だ。
 魔法書を読むのに私は古語を習って、ある程度は読み書きが出来る。発音がしっかりしている自信はないけれど。

 そんな理由から、その二つの名前がいいんだけど、男の子二人とか女の子二人だったらどうしよう? そんなことを考えている自分が、ひどく幸せだと思った。

 遠くに入道雲が聳える快晴の中、3人は海岸の見渡せる丘へ向かう。
 レイチェルの墓のある丘は、コーリンゲンの村の人々がよくピクニックに行く場所だ。
 比較的北にあるコーリンゲンの夏は過ごしやすい。とは言え、暑くないわけではなく、ロックとリオンはかなり涼し気な格好をしていた。セリスも夏服だが、身体を冷やすとよくないため膝掛けを持ってきた。
「ふわぁぁぁ。やっぱ、気持ちいいなぁ」
 昨晩だって早くに寝入ったくせに、敷物の上に寝転がったロックは空を見上げて大きな欠伸をする。
 今回の護衛はかなりの強行だったらしく、日程的にギリギリだったと言う。予定通り帰宅できたのは、道中何事も起こらず天候にも恵まれたからだ。
 休みはとっていたとは言え、かなり働きづめだったロックは、一週間ぐらい予定をいれていないらしい。
「リオン、俺がいない間、いい子にしてたか?」
 退屈そうにボールを弄んでいたリオンは、大きく頷く。
「うん。勿論だよ」
「リオンね、優しいから、あなたが気付かないようなことも進んでしてくれるの」
 もしかしたら好かれようと必死になっているだけかもしれないけれど、いいところはとことん伸ばしてあげだい。
「あはは。俺、気が利かねぇからなぁ」
「笑い事じゃないわよ。きっと、リオンてば、女の子にすごくもてるようになるわ」
 リオンは容姿も可愛らしい。やんちゃそうな表情をしているが、整った顔は女の子でも通用しそうなほどだ。
「別に、俺はモテなくったっていいよ」
 拗ねたように唇を尖らせたリオンが呟く。
「どうして?」
「だって、たくさんの女とちゃらちゃらしてんのってみっともないだろ?」
 一丁前の口調で言われ、セリスとロックは思わず顔を見合わせる。
「そうね。誠実が一番よね」
 セリスが同意すると、リオンは照れたように笑って立ち上がった。
「父さん! キャッチボールしよう!」
「おぅ」
 疲れた身体に鞭打って、ロックは古びれたグローブを手にする。ボロボロの皮造りのグローブは、ロックが小さい頃のものだ───リオンの分は新しく買ってあげた。
 二人は傾斜のない草原まで行くと、白いボールを投げ始める。
 穏やかな日常。数年前まで、セリスには夢見ることすらできなかった安らぎ。
「ねえ、レイチェルさん」
 遠くに見える白い墓標を見て、ロック達を目の端に呟く。
「幸せになるって、不思議なことね。私は全てを諦めて死のうと思って帝国を裏切ったのに、ロックに助けられて……。そして、今、こんなに幸せだわ」
 幸せがどういうものなのか、以前のセリスには想像することも叶わなかった。幸せがなんなのか、知らなかったのだ。
「あの、偶然がなければ、私は今、生きてすらいない。本当に不思議。もしかしたら、あなたが助けてくれたのかも、なんて思うの」
 奇跡としか言い様のない偶然を振り返り、セリスはそう感じることがある。
「そして、今、子供を宿している。私はきっと……新しい生命を紡ぐことを許してくれた誰かに、感謝したいんだわ」
 天にいるレイチェルは、言葉になんてしなくてもうまく説明できないセリスの気持ちなんてすべてわかっているだろう。そして微笑んでいるに違いない。
 ボールを取ろうとしたリオンを見ると、大きく彼の頭の上を飛んで行ったところだった。
「父さん! コントロール悪いぞ!」
 ムキになって叫ぶリオンに、ロックは頭をかいて苦笑いしている。
「ねえ、小さな私の子達。あなた達が産まれてきたら、きっともっと楽しくなるわ。5人で、こうやってピクニックに来て。だから、元気で産まれてきてね」
 お腹をさすりながら囁いたセリスは、うとうとと微睡み始める。
 心に何の支障もなく、ただ安らかに睡魔に誘われていった。

 

†  †  †

 

「ね、ロック」
 夜、リオンも寝てしまった後、ロックの晩酌につき合いながらセリスは悪戯っぽい目で彼を見た。ちなみに彼女が飲んでいるのはホットミルクだ。
「子供達の名前、考えたんだけど……」
「へえ? なんての?」
 ロックはツマミの落花生を剥きながら先を促す。
「『ロイ』と『リラ』。男と女どっちが産まれてもいいようにって考えてたの」
 その理由を幸せそうに話すセリスに、ロックはにこにこして頷く。
「『リラ』って可愛いな。それに、俺も『ルクレチア物語』は読んだよ。ばーさんの蔵書コレクションにあった。ばーさんも大のお気に入りだったらしい。
 あれを読んだ時は、トレジャーハンターなんかより騎士だ! って思ったぜ? もう昔と同じ騎士なんて存在しないなんて知らなかったし、子供だったからな」
 世界中で有名な『ルクレチア物語』は、【男の子が産まれなかった騎士団長は、娘であるルクレチアを男のように育て騎士にしようとした。高潔な精神と父に劣らぬ腕の騎士に育ったルクレチアだが、恋を知った時、男とも女とも中途半端な立場の自分に迷いが生じ……。】といったあらすじの話だ。著者のシルドラ・ポートリオ・コールトは、女性ながら騎士に憧れ挫折し、この話に夢を託したと伝わっている。
「ふふふ。ロックは名前、考えていないの?」
「俺ぇ? あー、男でも女でも通じるから『レイ』なんていいかと思ったけどな」
 何気なく言ったロックに、セリスは一瞬固まったがすぐに笑みを作る。
「それも悪くないじゃない」
 一応、本心だ。『レイ』という名前自体は悪くないと思う。だけど……「それって、レイチェルさんから取ったのよね?」作った笑みの裏で呟きたくなる。
 ロックに悪意はないんだろう。わかっているけど、心が苦しくなる。醜い嫉妬だとしても、ロックは少し無神経だと思った。
「そうか? 前さ、カイエンからドマでは(ゼロ)(レイ)って言うって聞いたんだ。産まれてくる子供ってゼロから始まるだろ? 無限の可能性って意味も込めてとか考えてた」
 その説明に、セリスは「あれ?」と目をぱちくりする。
「レイチェルさんからとったのかと思った……」
 思わず呟くと、ロックはキョトンとしてから苦い笑みを零した。
「いや、違うよ。そういう考えって、子供を死んだ人間の代わりにするみたいだろ? まあ、『死んだあの人みたいな子に育ってほしい』って願って付ける人もいるだろうから一概に言えないけど、俺はそんなつもりはないよ」
 そう言われ、拍子抜けした顔になったセリスは「なんだ」と呟いて溜息を飲み込んだ。勝手に決めつけて不安に思った自分は馬鹿みたいだ。
 暗い顔になった彼女に、ロックはすまなそうに頭をかく。
「ごめんな。本当にそういうつもりじゃなかったんだよ」
「ううん。違うの。そんな風に考えちゃった自分が、嫌な女だなぁって……。私、心狭い」
 弱々しい笑みを浮かべたセリスに、ロックはニパッと歯を見せて笑った。
「そんなことねぇよ。可愛い♥」
 信用できないのか? と怒る男もいるだろうが、ロックは決して怒ったりしない。セリスのヤキモチなら大歓迎だ。
「ま、とりあえず名前は、男女の双子だったらお前の考えた『ロイ』と『リラ』でいいさ。女二人だったら、『レイ』と『リラ』、男二人だったら『ロイ』と『レイ』。それでいいだろ?」
「うん」
 セリスは幸せそうに頷いた。

8月18日
 ベラお婆さんに、「お腹の中の子供には歌を歌ってあげたりするといい」と言われたけど、子守歌を知らない私は困ってしまった。歌と言っても、オペラ座で覚えたマリアの歌しか知らなかったのだ。
 そう言ったら、リオンが代わりに歌ってくれた。可愛らしい声で歌うそれは、昔話を紡いだ吟遊詩人が歌うものみたいだった。幼いリオンに、彼を拾って短い間だったけれど育ててくれた老人がいつも歌っていたのだそうだ。
 ゆったりとしたメロディーを歌い上げる幼い声に、お腹の二人はとっても気持ちいいんじゃないかと思う。だって、聞いていた私もとても素敵だと思ったから。
 なびく金の穂の間を歩く大地の女神の歌を、私は産まれてきた二人にも教えて欲しいと思った。

 ちなみに、ロックは余り歌がうまくないことが判明。彼の歌を聴く機会なんてなかったけど、「俺、すっげぇ下手くそ」とは言っていた。謙遜かとばかり思っていたのだが、どうやら音痴らしい。なんでも器用にこなすロックだから、苦手なものもあるんだと思ってなんだか嬉しくなった。笑われた本人は(きっと、お腹の双子達も笑っていたに違いない)、「下手だから嫌だ」と言っているのに歌わされた挙げ句吹き出されたものだから、とても不服そうだったけれど。

 

■あとがき■

 一週間で1と同じだけの量を書くのは絶対無理! と思ったんですが、少しだけ短いけど書き上がりました。夜、少しずつ書いてたのねんw よかった^^
 今回、妊娠・出産の基礎知識について参考にさせて頂いたのは、BABY-PARADISE.COM様と、いたずら天使様です。
 予定日の数え方や、症状、いつぐらいからお腹が大きくなるのか等、なーんも知らない桜なので、いい勉強になりましたw
 双子にしたのは、キリ番62626をゲットした導師さんが、「セリスが妊娠して、生まれる話まで、最後はラブラブ。男の子と女の子の双子で」というリクを下さったんですが、こちらのリクエストと被るため他のリクエストにしてくれるよお願いしたんです(二人分いっぺんにお応えするっていうのは、なんだか一人分で応えている方より不公平になる気がして……;;)。でも、少しでもお応えできるように、この話で「双子にしよう!」って思ってたんです。(導師さん、本当にすみません。一応、この話も導師さんのリクと同内容なので、お許し下さい。勿論、これとは別にリクエストしてくださいね。待ってます)
 ところで、キリ番以外のリクエストを受け付けている余裕はないんですが、ネタ提供は受け付けてますよ~w 前回、チキチータさんが「風邪ひいたロックをセリスが看病パターンもいいな」って言って下さったみたいに。思いついた方はどしどし言ってください。どこに使うかはわからないんですが、結構、助かったりするし嬉しいものなので。無論、うまく使えないこともあるけど……;; (勝手なこと言ってる気がしてきた^^;)
 なんか、リオンが超出張ってます;; 妊娠したらロックはトレジャーハンティングにばっかり行ってるわけにもいかないだろうし、コーリンゲンでできる仕事ってあんまなさそうだし……そう考えると家を空けることになって、私的にはリオンがいて話が作りやすく助かったけど、「妊娠中」がリオンの存在感に押されてる? すみません m(TтT)m
 子供の名前についても悩みました。ロクセリの子の名はいつも『ロイ』にさせてもらってますが、双子だと二人分必要だからね。ということで、実際どの名前がつくんでしょう?w お楽しみに~^^ (05.03.13)

3

 セリスは出産予定日──11月15日の三週間前にモブリズへ移った。
 本当はあと一週間早く── 一月前に行くはずだったのだが、ティナの方の都合が悪いということでギリギリになってしまった。孤児院で風邪が流行ってしまったのだから仕方ない。
 元々モブリズでの出産予定だったのだが、双子と判明したから尚更だ。難産の可能性が高く、産後の肥立ちが悪い場合にも信頼できる友人や看護婦がいる場所の方が心情的にも安心できる。この一年の間に、助産婦の経験のあるロレッタおばさんという人がモブリズの住人に参加したということで、セリスにとってはかなり心強い。友人と言える人間のいないコーリンゲンでは、近所の人等にも些細なことを頼むのさえ気が引けてしまうセリスなので、出産後もしばらくモブリズに滞在する予定だ。
 普通なら安定期とは言え臨月近くなってモブリズなんて遠いところへ移ったりはしない───長旅は大変だ。だがセリスの場合は、セッツァーが飛空艇を出してくれるため問題なかった。


 モブリズのティナ達は大歓迎してくれた。
 たくさんの子供達と暮らしているティナは幸せそうだが、セリスに会うというのはまた別なのだろう。互いに、産まれて初めての同年代の友人だ。
 孤児院の子供達は相変わらず明るく屈託ない。しかし、一週間してもリオンは他の子供達と仲良くなる気配がなかった。
 人見知りなんてしたことないのに、人見知りする子供のようにセリスかロックから離れようとしないリオンに、
「一緒に遊ばないの?」
 そう尋ねても、
「母さんの傍にいるよ」
 やっていることは子供じみているのに、そんな風に大人びたことを言う。
 そのくせ孤児院の子供達が遊んでいるのをちらちら見ているから、気にはなっているのだろう。
「お前も入れよ」
 そうリオンを誘ってくれる男の子もいるのだが、リオンはさっと顔を曇らせて首を横に振る。何が不満なのかセリスにはわからない。
 ロックが子供達の相手をする時は一緒について行くのだが、それでも輪の中に入って一緒にわいわいやろうとはせず遠くから眺めているだけだ。
「なんでかしら?」
 夜、子供達が寝静まった後、大人だけで酒を酌み交わしながらセリスは首を傾げた───彼女は酒でなくホットミルクを飲んでいる。
「うーん、コーリンゲンにいる時はあんな表情しなかったのになぁ」
 干したイカをがじがじと噛みながらロックがボヤく。なんかまずいことをした覚えはない。
 そんな風に頭を捻る二人を見ながら、ティナがぽつりと呟いた。
「なんか、リオン君寂しそうね」
 その言葉に、ロックとセリスは顔を見合わせた。実は二人もそう感じていた。モブリズに来る少し前からリオンは寂しそうだ。一生懸命、セリスとロックに縋ってようとしているみたいにすら感じる。
「私達の気持ちとか、伝わってないのかしら」
 セリスは溜息を飲み込んだ。二人ともリオンをとても大事に思っている。それこそ、お腹にいる二人の子供と同じぐらい大事に思っている。
「孤児院に置いて行かれちゃうかもって思ってるんじゃない?」
 それまで黙っていたフローラが肩をすくめた。スヴェラがそれに同意する。
「そうね。約束の一年がくるまでここにいるわけだし、子供達と仲良くなっちゃうとロックとセリスに『私達がいなくても大丈夫だね』とかって言われるかも、とか心配しているのかもしれない」
 そんなつもりは全くなかった二人は、再び顔を見合わせた。
「言われてみれば、そうかもしれねぇなぁ」
「大事すぎて、逆に気を遣いすぎちゃってたかしら」
「明日にでも、言ってみればいいか」
 言いながら自分で頷いているロックに、チャーリーが同意して忠告してくれた。
「そうだな。腹割って、話した方がいいな。ま、強がってて大人びていても、子供は子供。話すって言っても繊細だから気を付けろ」
「わかった」
 ロックはその忠告をありがたく受けとった。

11月2日
 モブリズに来てから様子のおかしいリオンと話すとは言ったものの、わかってもらえるか心配。
 「同情」とかって思われてしまったりしているのかもしれない。恋愛と似たようなものなのかしら。人間関係って本当に難しい。言葉が全てじゃないし、表面だけじゃわからない。
 リオンの真意はわからないけれど、私の希望としては、一緒に双子の誕生を見守って、お兄さんになってあげてほしいと思う。
 あの子がいたお陰で、友達もいないコーリンゲンでの生活が、ロックを待っている間が辛くなかった。リオンがいたから、マタニティ・ブルーにならずに済んだ。さしずめ私の場合は、マタニティ・ピンクと言っても過言でないぐらいだと思う。
 感謝してもしきれない。これから大きくなったらうまくいかないこともあって大変になるかもしれないけど、それでも、一緒に生きていきたいと思えるから。

 

†  †  †

 

 借りている小さな家で昼食を食べた後、ロックが切り出した。
「なあ、リオン」
「ん? どしたの、父さん」
 昨日、ツェンから来た行商人から買った葡萄を食べながら、リオンは顔を上げた。小さな粒を皮ごと食べて中身を吸い、後で皮を吐き出している。ベタベタする手が拭えるように、セリスは濡らした布巾をテーブルに置いた。
「まだ約束の期限はきてないけど、俺達はもうお前を家族だと思ってる。お前は?」
 優しく尋ねられ、リオンは戸惑ったように俯いた。
 穏やかな笑みを浮かべるロックは、父親と呼べる包容力を垣間見せ、セリスは二人の姿をとても微笑ましいと思う。
「俺、は……」
 どうやって思いを伝えればいいかわからないのか、リオンは言葉に詰まる。
「俺とセリスは、お前の家族にはなれないか? ま、俺も子供っぽいから、父親らしいとは言えないだろうけど」
 謙遜しているわけではないのだろう、苦笑いを浮かべたロックに、リオンは顔を上げて叫んだ。
「そんなことないよ!」
 いきなりの大声に、セリスもロックも目を丸くする。感情が溢れて大声を出したのだろうが、再びリオンの声は小さくなる。
「父さんも母さんも優しい、けど……でも、子供が産まれたら、俺なんかいなくてもいいだろ?」
 なんて悲しいことを言うんだろう。セリスはリオンの斜め後ろに立ってそっと頭を抱えた。
「あのね、代わりなんて有り得ないのよ。例えこの子達が産まれても、あなたに代わりにはならないの。あなたは既に、私とロックにとってかけがえない大事な家族になってるから、私達はあなたを失いたくないのよ」
 セリスの優しい声音に、リオンの肩が震えた。
「俺、ここに置いていかれたりしない?」
 涙声の問いに、セリスは微笑して首を横に振った。
「そんなわけないわ。最初はやっぱり突然他人と暮らすなんて不安だったけど、リオンがいてくれたから初めての妊娠なのに不安じゃなかったの。リオンにはたくさん助けられてるよ。私達には、リオンが必要なの」
「本当?」
 リオンが顔を上げた拍子に溢れた涙が零れた。ロックがテーブルの向かいから身を乗り出して涙を拭ってあげる。
「本当だよ。ここのティナと子供達を見ててもわかるだろう? 家族の絆っていうのは心が作るものだって」
「うん。うん……」
 リオンは何度も頷いて、泣いていた。

11月3日
 怪我したりしても絶対に泣かないリオンだったけど、初めて泣いているところを見た。声を上げていたわけじゃないけれど、ボロボロと涙を零して心の痛みに耐えようとする姿が余りに健気で可愛くて……泣いているリオンには悪いけど、思わず顔が綻んでしまった。
 明日からはきっと、孤児院の子供達と一緒に遊ぶようになるだろう。私達はまたコーリンゲンに戻るけれど、友達がたくさんできるのはいいことだ。幼い頃に友達がいなかった私は、少し羨ましい。
 人の絆って本当に不思議だと思う。
 前までは、罪を背負った自分が幸せになることに抵抗があったけど、最近はこう思うことがある。長く辛かったからこそ、たくさんの幸せをもらえているのかもしれないと───

 

†  †  †

 

11月12日
 あと三日で予定日だ。毎日、呼吸法を繰り返し練習して、スヴェラに教えてもらった出産の手順を飜数する。何度もイメージトレーニングをしているけれど、やっぱり不安がある。しかし双子はお産が長引くらしいけど、私は体力があるから大丈夫だろう。
 早くこの子達に会いたい。

 あれ? なんだか、お腹が張ってきたかも……。痛いような気がする。もしかして出産の兆候? 今日の日記はここで中断。

「ロック!」
 セリスの切羽詰まった声に、ロックが寝室に飛び込んできた。モブリズでは、お腹の大きいセリスがゆったり寝られるようロックとリオンが一緒に寝ている。
「ど、どした?」
「えと、陣痛始まったかも……まだ破水はしてないけど……」
 スヴェラに教えてもらったところによると、破水は陣痛前のことも陣痛後のこともあるらしい。少量出血のおしるしは気付かなかったけど、とりあえずそんなことよりスヴェラとチャーリーの施療院まで行かないといけない。施療院は出産専用の設備はないが、カタリーナも出産しているし、仮家での出産よりははるかに安心だ。
 実際産まれるまではまだ半日近くかかるはずだが、悠長に構えているべきではなかった。
「持ってくものって、これでいいんだよな?」
 寝室の隅に置いてあった袋を持ったロックが尋ねる。そろそろだとわかっていたので、必要なものは袋に詰めてあった。
「ええ。リオンはもう寝た?」
「ああ。だからお前のこと連れて行ったら、一度戻るよ」
「でも産まれるのは朝になると思うわ。あなたも寝て、朝になったら来たら?」
 セリスは何気なく言った。ロックも出産に立ち会うという話はしていたが、真夜中になるとは思ってなかった。
「何言ってんだよ。子供産むって痛いってのに、俺だけ悠長に寝てらんねーよ」
 ムクれたように唇を尖らせたロックに、セリスは小さく笑みを零した。


「ごめんなさい。これから寝るところでしょう?」
 施療院を訪れたセリスは申し訳なさそうに言った。
 スヴェラはぽっちゃりした頬にえくぼを浮かべて、首を横に振った。
「いいのよ。急患が来ることだってよくあるし。子供って夜中に『お腹痛い』とか言い出したりするから。夜の間の経過は私とチャーリーが休みながら交代で看るわ。私達も体力温存しないと」
「ありがとう」
 ホッとしたセリスは、ゆったりとした木綿のワンピースに着替えると用意されていた白いベッドに腰掛けた。
「横になっててもいいのよ。楽な姿勢でいてね」
 そう言われても、なんだか胸がドキドキして落ち着かない。いよいよ産まれるのかと思うと、期待と少しの不安で緊張していた。


 しばらくすると、ロックがリオンを連れてやって来た。
「リオン、起こしたの?」
 セリスは目を丸くしてロックを見た。
「いや、声をかけただけなんだけど、行くって言って聞かないからさ」
 ロックは肩をすくめる。リオンはムッとして、
「俺だけ仲間はずれはやだ!」
 と可愛らしい主張をした。セリスと顔を見合わせたスヴェラは、苦笑いで背後の棚から毛布を取り出すと、
「長椅子で横になってなさい。産まれるにはまだまだ時間かかるのよ」
 そう言って、リオンを横にならせた。
 ロックがセリスのベッドの脇にある椅子に腰掛けると、
「ティナ達には明日の朝、知らせましょう。真夜中頃までは陣痛が40分おきに来るはずだから、ロックが来たなら私達は横になってるわ。何かあったらすぐ言ってね」
 スヴェラは腰に手を当ててにっこり微笑むと、診療室から出て行った。
「40分おきなら、少し寝てた方がいいんじゃないか?」
「うん……でも、なんだか、頭が冴えちゃって……」
「確かに。俺もだ」
 照れたように笑ったロックは頭をかいた。
 リオンを家族だと思っていても、産まれる自分達の子供はまた違う。戦いという命を奪い合いの中に長く身を置いていた二人に、新しい命が産まれてくるのだ。興奮するのも無理はない。
「とりあえず、横になれよ」
 ロックに促され、セリスは素直に横になった。腹部が張っているため、横になっても楽とは言い難いのだが仕方ない。
「子供が産まれるのは嬉しいけど、私はもうあなたとトレジャーハンティングには行けないのね。ちょっと寂しいわ」
 小さく笑ったセリスの頭を、ロックはそっと撫でる。
「双子が大きくなったら、5人で行けばいいさ」
「そうね」
「ロヴィウスの滝も行ってねーし、真実の泉もまだだろ。地殻変動でハルク遺跡が出てきたって言うし……。行くところもたくさんあるな」
 二人は明け方まで、今までのこと、これからのことを語り合った。


「はい! もっと力んで!」
 スヴェラに言われて、セリスは力をこめようとする。が、最初ほどうまく力が入らない。
 既に、先の子は出ていた。2700gの女の子で、リオンとティナが看ている。
「セリス! 頑張れ!」
 ロックが力強くセリスの手を握る。
 痛みは想像以上のものだったが、今は痛みより体力の限界が近付いていることの方が問題だ。
「一度、力を抜いて……。次、力む時は一気にね。途中で止めると赤ちゃん、窒息しちゃうかもしれないから」
「は、い……!」
 セリスは言われたとおり、力を抜いて深呼吸してから思い切り力んだ。
 呻りを上げながら気が遠くなるほどに力を入れると、
「出てきた!」
 チャーリーの声がした。
「あと一踏ん張りよ」
 スヴェラの励ましに、セリスの手を握るロックにも力が入る。
 実際、出産が始まってからどれぐらいの時間がかかったのかセリスには感覚がない。やたら長かった気がしたが、
「男の子だぞ!」
 二人目が出きってチャーリーに言われた時には、長く辛かった時間もどうでもよくなった。
「そっくりだね」
 弟を見に来たリオンが目をキラキラ輝かせて呟く。
「お姉ちゃんよりは少し小柄だけど、元気な子よ」
 臍の緒を処理するチャーリーの傍らで、スヴェラが真っ赤な顔をした赤子を湯につける。
「よく頑張ったな。ありがとう、セリス……」
 ホッとしたのか目尻に涙を浮かべたロックが、セリスに向かって微笑んだ。


 産後処理が済むと、ティナとスヴェラが一人ずつ抱えて顔を見せに来てくれた。
 ロックとリオンは、気が抜けたのか眠ってしまったらしい。
「初めまして。あなた達のお母さんよ」
 囁きながらそっと頬に触れてみる。まずは姉。
 柔らかくてすべすべした感触。壊れてしまいそうに小さくて繊細な赤子は、まるで別の生き物のようだ。
「産まれてきてくれてありがとう」
 弟の手に振れると、キュッと人差し指を握り返してきた。確かに姉より多少小さいが、別段問題はなさそうに見える。
「まだどっちに似るかわからないけど、セリスに似るのかしらね」
 ティナが姉の方をセリスに抱かせながら微笑む。
「どっちに似てもいいわ。元気に育ってくれさえすれば」
 セリスは心の底からそう思った。どうか、平和な世界で幸せに生きてくれるようにと。
「大丈夫よ。あのちゃっかりしたロックの子だもの」
 茶目っ気たっぷりにウィンクしたティナに、セリスは苦笑いを零す─── 一体、ティナはロックをどんな風に見ているのだろう? 力強いところもあるけど刹那的な部分もある人なんだけど、とセリスは思う。
「この子達のためにも、お母さんも健康でいなきゃだめよ」
 スヴェラの忠告に、セリスはしっかりと頷いた。親のいない子が育たないとは思わないけれど、自分のような寂しい思いはさせたくなかった。
「あなた達のお陰で、私は前だけ見つめて歩いていける」
 生き抜いてよかったと、これほど強く感じた日は、なかった───

11月13日
 産まれた!
 私とロックの子が、産まれた……。
 妊娠を知った時も幸せだったし、産まれるまでも幸せだったけれど、産まれた時の感動は表現しようがない。
 一人産んだだけでは感動に浸ることもできなかったけれど、二人とも産み終わった時は、ホッとして安心したのが一番。聞こえた産声に涙が溢れて、自分が生きていることに、ロックと出会えたことに、様々なことに心から感謝した。  先に出てきたのはお姉ちゃん。2700gで『リラ』。後から出てきたのは弟。2300gで『ロイ』。ロックが考えた『レイ』も素敵だけど、男女で産まれたらこうしようと決めていたから。「次に子供が産まれる時は『レイ』にしよう」ってロックは言うけど、そんなにたくさんの子を養えるのかしら? 勿論、たくさんの子がいるのは嬉しいと思うけど。
 産まれた双子は、ロイの方が小柄だけれど、どちらも健康だと言われた。代わる代わる二人を抱いたけれど、小さくておもちゃみたいな手をしていた。それなのに力強く私の指を握ってくれた。私がお母さんだってわかったのかしら?
 私が大好きな人との間に子供を産むなんて、本当に未だに嘘みたい。
 産まれたばかりの子供ってくしゃくしゃの顔をして、リオンは「猿みたいだ」なんて言っていた。確かにそう思う。あんな赤子が大きくなって育つんだから不思議。
 ちなみに今はまだ施療院で、日記はロックに取ってきてもらった。リオンとロックは借家に戻っている。私は二つの小さなベッドを両脇に、満たされた気持ちでいた。
 どうかこの子達が健やかに育ちますように。私は宗教とかないから誰に大して祈っていいかわからない。だから、レイチェルさんに願ってしまう。
 ロックを、私達を見守ってくれていた天使のようなレイチェルさんに。

 

・ fin ・

 

■あとがき■

 再び一週空いてしまい申し訳ありませんでした。パソ版日記には書いたけど、実家に帰ったりしていたので色々忙しくて書けませんでした。^^; 前の2話より少し短いです。もう少し長さが揃えられればいいんだけど、やっぱり難しいのでした;;
 最終回となりました。茉莉花さん、いかがでしたでしょうか。自分的にはけっこう、気に入った出来となってます。リオンがかなりでばってしまいましたが、いい役回りをしてくれました。
 唯一、心残りなのは、子供が産まれた時のロックサイドの感動が書ききれなかったこと。セリス視点でお送りしているので、いきなりロック視点を入れることができなかった……。くぅ。小説を書くって本当に難しいですね。
 今回、出産について参考にさせて頂いたのは、プレママタウン様です。
 出産シーンをもう少し詳しく書きたいとも思ったのですが、何分知識が乏しい。参考サイト様を読んだと言っても、実際の出産状況等まではわからず、想像でしかありません。「違うよ!」と思った方、ご容赦ください。いつか自分が出産を経験したら修正するかもw
 リオンはたくさん活躍したけど、他の脇役オリキャラはいた意味なかったです。うーん、フローラがもっと出演するはずだったんですが……計算ミスでした^^;
 次でこのシリーズは一応の完結をみる予定(あくまで予定)。パソ版45454hitリン様の「二人の子育ての様子」です。本当は携帯版8888hitリボ様「ロクセリED後で、二人にロックそっくりの子供ができで、セリスが子供ばかりにかまっているのでロックが嫉妬するというのを…でも三人ともめちゃ仲良し!そして最後はロクセリラブラブvV」も繋げたかったんですが、リオンがいるし双子だしという理由から続き物として書くのはかなり難しいかと思ったの。ですが、書き始めて書けそうなら続きとして書くかも……(不確定ですみません;; 書けなさそうだったら、リクエスト日の関係でお届けが後になってしまうと思います。お許しを)
 偶然にも、続けられるリクが重なって、シリーズ化みたいな感じになって自分でもなんだか嬉しいです。リク。もし、をしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。

【この頁で使用させて頂いた素材サイト様】ClipArt:Prarl Box

Original Characters

ベラ コーリンゲン出身。コーリンゲンで薬師をしている老婆。薬が苦いことで有名だが腕利き。(他の登場小説「Honey!」「ベリーベリー」)
フォーン モブリズ出身。ディーンとカタリーナの長男。3歳になった。
フローラ・ブランシュ サウスフィガロ出身。離れて暮らしていたロックの従妹(母の弟の娘)。保母としてコーリンゲンに来た。22歳。口元がロックに似ている。黒髪黒目。ベビーフェイスだが意外に気は強い。
リーワン ツェン出身。モブリズの護衛をしている元傭兵の中年男。強面だか子供好き。
リオン

ベクタ出身。万引きでしかられていたところをロックに拾われた孤児の男の子。5歳になるやんちゃ坊主。明るい栗色の髪と瑠璃の瞳。

(他の登場小説「SweetHouse」「ベリーベリー」)

ロレッタ モブリズ出身。「ロレッタおばさん」と子供達から親しまれる助産婦経験者のふっくらした中年女性。モブリズからニケアに移り住んでいたが、孤児院の町としての噂を聞いて戻ってきた。
シルドラ・ポートリオ・コールト

『ルクレチア物語』の著者。帝国が今の名で呼ばれる前の時代、騎士が繁栄していた頃に、 女騎士ルクレチアと騎士ロイの話を書いた。シルドラは女性ながら騎士に憧れ挫折し、この話に夢を託したと言われている。

(他の登場小説「誓い」)

『ルクレチア物語』 シルドラ・ポートリオ・コールト著【男の子が産まれなかった騎士団長は、娘であるルクレチアを男のように育て騎士にしようとした。高潔な精神と父に劣らぬ腕の騎士に育ったルクレチアだが、恋を知った時、男とも女とも中途半端な立場の自分に迷いが生じ……。】といったあらすじの話。(他の登場小説「誓い」)