DIAMOND


Written by 藍花

「ストレートぉぉぉ!これでどうだー」
「甘い甘い。10のフォーカード」
「うげっ。また負けたぁ……」

 悔しそうに呟き、彼女はトランプの札を投げ捨てた。

「俺にポーカーで勝とうなんて100年早えよ」

 ……わざと挑発した態度をとってしまうのは。
 柔らかそうな頬をぷっと膨らませて負けじと言い返してくる、
 彼女の反応を見たいから?

「……子供相手にムキになって大人気ないよ、お・じ・さ・ん」
「なっ………」

 このヤロー……痛いところを突きやがって……
 相変わらず容赦ねえ言い方だな。
 もう慣れたものの……まったく、生意気な子供だ。

「おじさんはヤメロ」
「じゃあキズ男」
「それも却下」
「いちいち細かいなぁ……んじゃセッツァー、もう一度勝負しよ!」

「おい、リルム。まだやるのか?」
「もち、勝つまでやるから」

 二の句が継げない。

 おいおい。
 もうかれこれ三時間も付き合わされてる方の身になれよ。
 手応えのないゲームなんてつまんねえ――――俺はついため息をこぼしてしまった。


「何?その嫌そうな顔は。
 ……やんないと……スケッチするぞ」

 そう言うと、リルムは絵筆――――そういやあれ、一体いつも何処に隠し持ってんだ?もしやあのでっかい帽子の中か??―――をさっと手に持つと、俺の目の前で勢いよく振り回した。

「セッツァーの特殊攻撃、スロットぉ~~~」

 見事なデッサンで、あれよあれよという間に今見たものを宙に描き写し、具現化していく。
 あいつの必殺技……もとい、怒ったときの最終手段だ。
 瞬く間に現れたものは。
「いけー、バハムート!メガフレアで焼き尽くせーーー」
「やめろ、バカ。俺の船を壊す気か!?」


 焦った俺は
 調子に乗る子供を取り押さえつけようとする。

   ガブ。

「いってぇ!!!」

 こいつ……思いっきり噛み付きやがって。
 ったく、犬かよお前は。

 小さなギャンブラーはすっかりむくれてしまった。


 仕方なく。
「わかったよ。やればいいんだろ、やれば」
 ヒリヒリズキズキ痛むのを我慢し、俺はしぶしぶカードを拾い集める。

 それを見て彼女はニッと笑い。

「よーし、今度こそ」
 ……楽しげに再びトランプを切り始めるのだった。


 結局、いつもこのパターンで俺は、この小娘の気まぐれな我儘に付き合わされる羽目になる。

  ―――いや、何だかんだ言って俺は心底楽しんでるのだ。

  こいつをからかうことを――
  こいつに振り回されることを――

  ―――こいつを、自分の傍に置いておくことを。


 一人やる気な少女を尻目に、俺は煙草をくわえた。
 手にはまだくっきりと小さい歯形がついている。

 さっき。
 不覚にも、たかが十歳やそこらの子供の言葉に動揺してしまった。
 情けない自分がそこに居た。

(とりあえず。落ち着け、俺)

 一服しながら言い聞かせる。


  ………おじさん

 確かにまだ10歳を過ぎたばかりのこいつからすれば、三十路近い俺は
 そう見えて当然…………だがせめて、だ。せめておにいさんと呼んでくれ。

 17歳差。
 親子といってもおかしくない年の差。

 つまり俺、下手したらこいつの父親にもなり得るんだよな……
 子持ちギャンブラー……子持ちってししゃもじゃあるまいし。
 想像するとなんか怖え。
 一回り以上かけ離れた子供の世話だ。疲れないはずがない。


 しかし、俺とリルムは
 それが必然とでも言うように
 共に日々を過ごしている

 ケフカとの死闘を経て。
 俺たちは仲間との別れを惜しみつつ、それぞれの日常へと戻った。

 あれから……
 砂漠王は、相変わらず機械に囲まれながら政務に追われているらしいし、その弟は今も山に篭って修行三昧……しかしアイツ、あれ以上ムキムキになってどうすんだ?
 幻獣娘は、マイペースに小せえ村で子供の世話を務める日々だとか。
 盗人冒険家と元女将軍は……まあ、あいつらのことだから、よろしくやってることだろう。

 そして、他の仲間たちも。
 みんな、自分の居るべき場所へと帰っていった。


 但し。
 俺とリルムを除いては。


 俺には……もうダリルの、親友が遺した飛空挺しか残ってねえし。
 別に帰る場所もねえ。
 これからも、縦横無尽に大空を駆け抜けるだけだ。
 空と、この船があれば、それでいい。

 リルムは……あいつには、両親がいない。
 老魔導士ストラゴスに養育された、孤児。


  ――――-孤独、か。




「リルム。お前、これからどうするんだ?」

 闘いの後。
 皆をそれぞれの居場所へ送り届けるのが、俺の最後の役目だった。

 しかし、一人だけ飛空挺から降りようとしない奴が居た。

「うーん……わかんない」
「わかんない……ってお前なあ……」
 俺とリルム以外、誰もいなくなった船室は。
 夜通し行われたパーティが終わった後のホールみたいに。
 ただ、がらんとしていた。

「ストラゴスがまた余計な心配するぞ」
「いーんだよ。あんなクソジジイ」
「………」

 帰れとか、降りろとか、これは俺の船だぞとか。
 何を言っても一向に聞き入れない。
 俺が別れを促す言葉を口走れば口走るほど、リルムは意固地になっていくようだった。

 そんなだだっ子が手に負えなくなり。
 俺はリルムから少し離れて、ソリティアを始めた。
 なんてことは無い、ただの一人トランプ遊びだ。
 リルムはそんなの何が面白いの?なんてケチをつけ、俺を「暇人」と罵るが……。

 だが、トランプは。
 その単純さが人を夢中にさせ、他のことなど目に入らなくなる。
 少なくとも。
 その間だけは、何も考えなくて済む。

 ハートの4。スペードの1。ダイヤの13。
 カードが捲れ、段々と赤と黒が交互に連なっていく。


 しばらくリルムは黙ってそれを見ていたが、やがて俺の隣で小さくうずくまった。

「………わかんないんだもん」

「……何が?」

 震えるような、やっと絞り出したようなか細い声で言葉は続く。
 うつむいたその肩はあまりにも小さかった。

「どこにいたらいいのか」

 カードを拾う手が止まる。
 俺の目は、自然にリルムに引き寄せられていた。



「今まで通り、サマサでおじいちゃんと一緒に暮らして、それが一番かもしんない。
 けど……けどね、何か違うの」

 決して人前では見せなかった憂い。
 こいつも、幼いながらにずっと一人で悩んで考えていたのだろうか。

「うまく言えないけど……これからはね。リルムの場所、自分で見つけてみたいんだ。
 みんなが……ティナ達がそうしてきたように。
 おじいちゃんは大事だけど……ずっと一緒にいてあげたいけど」

 一呼吸おいて、リルムは、今度ははっきりと口に出した。
「もっといろんなとこ行って、いろんなものを見て。もっとたくさん、いろんな絵を描いてみたいの」

 そして、ちょっと照れたように。
 それを、おじいちゃんに見せてあげたいんだ、と付け加えた。



  ―――ああ、こいつにはまだ、いろんな可能性があるんだ。
  自分の内に秘めた未来を探しに、旅立とうとしているんだ。


 そこら辺に転がってる石っころ。

 それは、何の変哲も無いただの石かもしれない。
 でも、もしかしたらそれは、ちょっと磨いてみたら綺麗に光り輝く、『原石』だってあり得るだろ?

 いつかは、磨けば磨くほどまばゆい光を放つ、ダイヤモンドのようになるかもしれないんだ。




「当分、この船に乗るか?」
 気づいたら、俺はそう口走っていた。

 リルムが、きょとんとした顔で俺を見上げる。
「……だから、つまり……世界を旅してみたいんだろ?
 俺だって別に行く当てがある訳じゃねえし、乗せてやってもいいぜ」

「ほんと?……いいの?」
 リルムは目を輝かせた。

「但し、ちゃんとストラゴスを説得しろよ。
 あまり心配ばっかかけてると、あいつ心労が重なって、ただでさえ短え寿命が縮むからな」

「うん!ありがとう……セッツァー」

 そう笑ったリルムは、今までで一番可愛かった。

 そんなわけで。
 以来、俺とリルムは二人で気ままに世界を股に駆ける生活をすることになった。

 あの後。
 ストラゴスには、『世の中を見て回りたい、絵の修行をしたい』という名目で一応了承を得た。
 ま、もちろん俺がジジイと小娘の取っ組み合いの間に入って口添えをしたんだが。

 でも、俺にはなんとなくわかっている。

 リルムが俺にくっついてきた本当の理由は。
 親のいない寂しさ紛れだってことに。

 突っ張っていても、気丈に振舞っていても、あいつはまだ子供だ。
 一人で自分探しに行けるほど、強くなんてない。

 俺と、あいつは似てるから。


  ―――――-一人ぼっちは淋しいんだろ?



 そんなことを考えていた俺は、火の点いた煙草がほとんど灰になっていたことに全く気づかなかった。


 おかげで……

「ア゙ッチィひ!!!!!」

 ……指、火傷した。



「おい、キズ男!聞いてんの?あんたの番だよ!!」
 リルムが俺の顔を不審そうに覗き込んでくる。

 赤くなった指に息を吹きかけながら、俺は幼い顔をマジマジと見つめ返す。


 思えばあの時俺、こいつにうまく言いくるめられたのかもな……

 ま、でも。

  ――――まだ発展途上だが、こいつ、案外いいオンナになるかもな。



 堂々と俺に見つめられて。

「なっ、何見てんだ!バーカ!変態!ロリコンおやじ!」
 少し顔の赤くなった彼女が毒を吐いて、そっぽを向く。

 その反応がおかしくて、おかしくて、やめられねえや。

 病み付きになる。
 俺だけの、専売特許。


「おい、セッツァー、どうすんの?交換する?」

「ぷぷ……ん、ああ」

 リルムは三枚、俺は一枚自分の手札からカードを交換する。

「ツーペア」
「フォーカード」

 …………!!


「てゆーかさあ……」
 お、やっと気づいた五秒前?

「イカサマだあぁ!!!フォーカード連続三回なんてありえるか~!
 こぉのぉーいかさまロリコンギャンブラ~~~~!!もう寝るっ!もー遊んでやんないからっ」

 ……ご立腹な原石は、俺に向かってカードを投げ付け。

   バタン!

 扉を乱暴に閉めていった。

 ……とか言って、明日になればまたケロっとした顔で、駄々こねるくせに。

 ヒステリックに、しかし何故か温かく響いた扉を背に、再び煙草を咥え直す。

  ――――居場所なんて、意外とすぐ近くに在るってこと。
  アイツが掴めるようになるのは、まだまだ先のこったな。




 不思議と引き合い、同じくらい反発したり、でもこんなふうに。
 俺たちの時間は、今日も過ぎてゆく。

 

・ fin ・

 

【Diamond】《原義》従順でないもの
【a rough diamond】荒削りだがすぐれた素質の人

(参考・大修館ジーニアス英和辞典)

 

■あとがき■

皆様お初にお目にかかります、もしくはどうもこんにちは。
武藤桜の実妹、藍香と申します。
このへったくそなセツリル(?)小説。実は元々私の友人のリクエストで書き、彼女のサイト上に載せてもらっていたものでした。しかし、姉が思いの外これを気に入ってくれたということで、今回こちらに寄付することになりました。ありがとう姉上、えへへ(←姉馬鹿・…)
しかし崩れてるなあ、うちのセッツァー……完全に三枚目キャラだ……セッツァーファンの皆様こんなんでごめんなさい(平謝り)
今回寄付するに辺り一応推敲し直してみたのですが、なんか思ったようにいかなかった……あれー。

今、改めて自分で読み返してみて。
正直、これはリルム自身の葛藤の行く末というより。
ちょうど、これを書いていた時期の自分の迷い。長く悩み続けてきたことへの一つの結論。それがそのまま形になって現れた……っていう感じを受けます。セッツァーの少女に対しての言葉は、きっと当時私が自分に対して見出した答えそのものなんだと思う。言うなれば、自分を励ますための小説だったのかも。
出来はともかく、とても思い入れのある小説だったり。

お楽しみいただけたら、これ幸い。 (05.3.12)

■御礼コメント■

 藍香にゃんw m(_ _)m アリガトォ~★
 是非、この小説を投稿してくれ! そう願ってはや……数年?(このサイトを始めたのが3年前ですから、そんなには経ってないけど)
 待ってました~w かなり話が変わった? ような印象を受けます。うんと、セツリル色が濃くなったって言うんでしょうか。もっと、未満な感じだったような記憶。(記憶違い?)
 しかし、君の書くリルムは可愛いねぇ。マセすぎてないし、背伸びしようと一生懸命でもがいてる。うふふ。よだれダラダラだね(笑)
 FFⅥをプレイしたことがないのに(笑)、素晴らしい!

 ところで、皆様、この人は悩みとか絶対姉に打ち明けない奴なのです。うーん……なんだか寂しいわ【><。】 ま、いいけどw
 ということで、次もよろしく(大笑) 待ってるからw 仕事落ち着いたら、書いてね~^^ (05.3.12)

【この頁で使用させて頂いた素材サイト様】 ClipArt:Heaven's Garden