Irreplaceable Moment


 リルムに再会し、正気を取り戻したストラゴスは、狂信者の塔に伝説の魔具が眠っていると言った。彼の在籍していた宗教団体は、ケフカを崇め、そしてその象徴として強い力を持つ魔具を(まつ)っていたらしい。
 ケフカに挑むにあたって、少しでも強力な力を得たいロック達は、高くそびえる塔に挑戦することを決意した。
「しかし高いな……」
 ロックは細長い塔を真下から見上げた。天を(のぞ)む最上階の先端は雲を突き抜けてかすんでいる。瓦礫の塔よりも高いそれは、人の手には決して建てられないものだ。
「三闘神が暴走した時に溢れた強い魔力が、集約されてできているのね……」
 セリスはビリビリと肌に感じる強い力に眉をひそめた。
 うんうんとリルムも同意して呟く。
「全てが魔法でできてるみたいだね。不思議な造り~」
 リルムの言う通りなのだろう。滅びに近づいているこの世界で、人間がこれだけの建造物を造る力はない。
「きっと行ってみる価値はあるぞい」
 ストラゴスの言葉に力強く頷いたロックは、塔に向かう石造りの階段を上り始めた。

 狂信者の塔は、階段と短い廊下の繰り返しだった。
 霧のようにまとわりつく魔力の中は、まるで水中のように重く感じる。特に魔力に慣れないロックは不愉快そうだ。
 2階の廊下へ出ると、早速、数匹の魔物が待ちかまえていた。
 だがロック達は相当の戦闘経験を積んできている。油断をしていたつもりはないが、いつものように武器を構えて魔物へ挑みかかった。
 しかし、一万歳ぐらいに見える年寄りの魔法使いは、斬りかかったロックから避けもしなかった。それもそのはずで、明らかに致命傷となるはずの攻撃は当たりもしなかった。
「なっ……!?」
 ロックだけでなくセリスも剣に手応えがなく唖然としている。
「実体じゃないの?」
 誰にともなく問うと、魔法で別の魔物──ローブを被ったタヌキ──に魔法を放ったリルムが叫んだ。
「魔法は効くよ!」
 その言葉に、やはり魔法を放っていたストラゴスも頷く。
「魔法の効き目は通常の魔物と変わらないようじゃ」
 しかしその言葉が届く前に、すぐに体勢の立て直せなかったロックは、二体の老魔法使いの魔物が放った小さな炎を食らっていた。
「ロック!」
 セリスが悲鳴のような声を上げる。
 魔物は誰が一番魔力に耐性がないか知っていてロックを狙ったわけではないだろうが、ロックは左腕に軽い火傷を負う。
 魔物をリルムとストラゴスに任せたセリスは、青い顔でロックの元へ駆け寄った。
「おいおい、ちょっと反応が大げさじゃないか?」
 ロックは呆れ顔で笑ったが、セリスは真面目な顔を崩さない。
 火傷の具合を調べると、そっと手を翳して『癒しの魔法(ケアル)』を送った。魔法による傷のためか火傷は綺麗になくなってしまう。
「サンキュ」
 笑顔でお礼を言うロックに、
「気を付けて」
 セリスはまだ不安そうにしていた。


 ロックが火傷を負った。たまたま軽いものだったけれど、もっと強力な魔法だったら、大変なことになっていたかもしれない───『大いなる癒しの魔法(ケアルガ)』ですら治せないような魔法だったら───。
 セリスは突然、恐くなった。
 ロックが生きていることを希望に頑張ってきた。ロックが生きる世界を作りたいからケフカを倒そうと思った。だけどもし彼がいなくなってしまったら───なんの意味もなくなってしまう。
 セリスにとって本当の意味で生きていると感じてきた瞬間は、すべてロックと共にあった。幸せや切なさという感情もすべて彼から教わった。
 生きていることが嬉しいと思えたのは、彼と出会えたからだ。彼に再会して浮かれていたけれど、ケフカに挑むのは、本当に大変なのはこれからだ。誰かが傷つき死ぬかもしれない。皆、その覚悟をしているのだろう。
 セリスにも自分が死んでも成し遂げようという覚悟はあった。だけどロックを死なせるわけにはいかない。絶対に!
 彼のことは、私が守ろう! セリスは密かに心に誓った───


 からくりさえわかってしまえば、魔法しか効かない相手だとしても辛い戦闘ではなかった。だがそれも敵が弱い間のことだ。
 階段を登り、上の階へ進むに連れ、魔物は強くなっていく。濃密に魔力が立ちこめる空間は魔力の回復が早い。だが体力は回復してくれない。
 29階まで登ったところで、小部屋に入ったロック達は立ち往生していた。ストラゴスが体力の限界に来ていた。壁に背を預けてしゃがみこんでいる。
 生まれつき魔道が使えるだけあって、ストラゴスは緻密(ちみつ)な魔道の制御が誰よりもうまい。だが寄る年には勝てないのだろう。長い階段を登った疲れが出ていた。
 その小部屋は四隅に結界石が置いてあり、魔物が進入してこれないようになっていた。休憩にはちょうどいい───なんのためにそんな部屋が存在するのかは不明だが。
「これ以上は無理ね……」
 セリスが呟いた。誰かをかばいながら進むのは必要以上に気を遣う。これまでの状態からみて5階ごとに魔物が強くなっていた。進めば更に敵が強くなるなら危険が大きい。
「すまんのう」
 申し訳なさそうなストラゴスに、ロックは首を横に振った。
「これだけの高い塔に一度で登ろうって方が間違ってるのさ。最初から今日は様子見のつもりだったしな」
「うん。そういえばそう言ってたよね」
 落ち込む祖父の隣に腰掛けるリルムも、励まそうと明るく言った。そして続ける。
「だけど……下りるのも大変だよね」
 確かに階段を下りるだけで大変だ。更に戦闘となれば、ストラゴスの体力が保たないだろう。
「少し休んでからにしましょう」
 セリスは当たり前のように言う。決して仲間を足手まといだなんて思ったりしない。セリスにとって仲間はかけがえのない大事なものだから。そしてロック達も同じように考えているのだろう。
「そうだな」
 大きく頷いて同意したが、ピョコンと立ち上がったリルムは人差し指を立てた。
「様子見に行って来てもいいよ~?」
 4人で行動するべきと思いこんでいたセリスとロックは顔を見合わせる。別行動は危険が高くなるから、そういう選択肢を考えなかった。
「うーん……少しぐらいなら問題ないだろうけど……」
 ロックは難しい顔でセリスに意見を促した。
「そうね。少しでも上の階まで確認しておいた方が、次に挑む時に楽よね」
 セリスは行くつもりで装備の確認を始める。
「リルム、オレ達が帰ってくるまで待ってろよ?」
 神妙なロックの言葉に、リルムは呆れ顔で応える。
「わかってるよ~。子供じゃないんだから~」
 彼女は十分子供なのだが、それでもストラゴスが一緒なのだ。無茶はしないだろう。
「じゃ、行くか?」
 ロックとセリスは、二人を置いて小部屋を出た。


 ロックと二人きりで戦うのは、サウスフィガロから逃げ出してナルシェへ向かった時以来だ。
 あの時はまだ、覚悟していた死から救われたばかりで何も考えられず、わからないことだらけだった。未来のこと、自分がどうしたいか、自分が何を感じているのか……。
 今思い返してみれば、サウスフィガロを抜けた時には既にロックに惹かれていたのだと、セリスは思う。足の怪我でまともに歩けない自分を守って進む彼に、無意識に惹かれていた。今ではそれは、レイチェルの死に対する贖罪なのだとわかるけれど、その時はそんなの知らなかったから。
 理由はなんであれ、彼は身の危険を冒してセリスを守ってくれた。その事実に変わりはない。だから、今度は自分が彼を守りたかった。ケフカを倒した先に待つ、彼の未来を。
 レイチェルは生き返らなかったけれど、彼は絶望してなどいない。これからも生きていくつもりだ。そんな彼の未来だから、守りたかった。
 熱い思いを胸にロックの広い背中を見つめて階段を登ると、案の定、見たことのない魔物が待っていた。
 人型をした魔物は、全身を青と白のボディスーツに包まれている。均整のとれた身体から長い尻尾が伸びていた。
 魔物の出方を見るためにロックはまず『加速魔法改(ヘイスガ)』を唱え、セリスはいつものように魔封剣を使う。
 エクスカリバーを胸の前に立て、刀身に左手を沿える。
「魔より来たりて 魔より還る
 理に従い我が元へ集結せよ」
 低く呟くと、エクスカリバーが鈍い光を放ち始める。周囲の光を吸収しているかのような光り方は、ここが魔力に満ちているからだろう──本来は放たれた魔道を吸収するものだが、これだけ魔力が溢れているとそれも吸収してしまっているようだ。
 セリスもロックも敵が魔法を放つまで身構えて待っていた。
 それまでは魔封剣をうまく利用することで成功していた。セリスは魔力を吸収できるし一石二鳥だったのだが、さすがに敵も一筋縄ではいかなくなっていた。
 敵の唱える呪文までは聞こえず、何の魔法を使ってくるかわからなかったが、魔法が完成するのは気配でわかる。それと同時にセリスは叫んだ。
「封結!」
 だが、魔封剣に吸い込まれるはずの魔力は、そのまま魔道として発動した。
「なっ……!?」
 唖然とする二人の前で、風が集う。大きな渦を成そうとしている『魔法の竜巻(トルネド)』に背後を確認するが、背後は手すり。その向こうは空中。巻き込まれれば落ちるだけだ。
 だが竜巻が襲いかかるより先に、セリスはロックを階段の方へ突き飛ばした───二人が立っていたのは階段を上がってすぐのところだった。
「うぉっ!?」
 驚いたロックはそのまま階段に頭から落ちそうになるが、咄嗟に小手に仕掛けてあった小さなかぎ爪のついたワイヤーを伸ばす。
 うまいこと踏みとどまることができたロックだが、セリスが一人で竜巻に飲まれる光景に、微動だにできなかった。
 小さな竜巻に巻き込まれたセリスは、その勢いで天上にぶつかる。
「セリス!」
 ロックは悲鳴に近い声を上げた。
 竜巻はすぐに収まり、セリスはドサリと石造りの固い床に落ちた。狭いことが逆に幸いしたのだろう。運良く外に投げ出されなかったことに、ロックは心底ホッとする。
「セリス! 無茶すんなって……!」
 ロックは飛ぶようにセリスの元へ行く。彼女を介抱したいが、先に魔物を倒さなければもっとひどいこどになる。
「ごめん……」
 セリスがよろよろと身体を起こした。
「大丈夫。大したことない。打ち身だけ」
「大丈夫じゃねーよ」
 ロックは苛立ちを隠そうとせずに呟くと、
「黄泉の番人フェニックスよ 紅蓮なる焔を生め!」
 魔物へ向かって『炎の大魔法(ファイガ)』を放った。既に魔封剣は解除されてしまっているから吸収されることもない。
 炎が溢れる中で、立ち上がったセリスは紅蓮の奥にいる魔物の中心に魔力を集中させる。
「数多の竜の王バハムートよ 太陽をも焦がす力を弾けさせよ! 爆裂地獄(フレア)!」
 炎に包まれた魔物は内側から破裂して(ちり)へ還っていく。
 それを確認するとすぐさま振り返ったロックは、セリスを怒鳴りつけた。
「バカ野郎!」
 怒られると思っていなかったセリスは、驚いてただ目を見開いている。
「たまたま打ち身で済んだかもしれねーけど、ここから落ちてたかもしんねーんだぞ!」
 ロックは顔を真っ赤にして激高しながら手すりの向こうを指さした。これだけの高さから落ちたら、助からないだろう。
「ご、ごめんなさい。でも……二人で巻き込まれたらもっと危険だったし……」
「そういう問題じゃねーだろ? お前さ……もっと自分を大事にしてくれよ……」
 懇願するような声で言われ、セリスは胸が痛くなる。優しくて責任感の強いロックが心配しないはずはないのだ。
「ごめんなさい。今度は……気を付ける……」
 セリスには素直に謝ることしかできなかった。
 でもきっと、また同じような状況になったら、セリスは同じように危険を顧みずロックを助けようとするだろう。セリスにとってロックが生きているということが希望だから───

 

■あとがき■

 毎日のようにメールを下さり心の支えとなってくださっているサイガさんへお礼小説です。本当にマメにメールや掲示板カキコミを下さり、メールに至っては桜は3回に1回ぐらいしかお返事できていないのですが、それでも広い心で応援を続けてくださるサイガさんに、本当に感謝です。

 さて内容ですが……今回もタイトルは翻訳ソフト使用。「かけがえのない瞬間」を翻訳ソフト通しました。
『危険を顧みずロックをかばって戦うセリス』ということで、世界崩壊後にロックが戻ってくるのは結構後なのでどのイベントを使うか迷いました。魔法戦のみという限定された場所の方が逆に書きやすいのでは、と思ったので狂信者の塔に。人数がたくさんいると混戦すぎて戦闘シーンを書くのが大変なので、ロックとセリス二人だけにするための「足手まとい」要員としてメンバーにストラゴスを入れたんですが、29階まで階段を上がるじーさんってすごいよね;;
 忘れていることがたくさんありすぎたので、少しだけプレイして確かめました(塔は攻略済だったんですが確認のために登りました)。テレポで脱出できないのは間違ってませんでしたが、階数はいい加減です。結界(セーブポイント)なんて存在ししません^^; エクスカリバーは瓦礫の塔まで行かないと入手できないです(わかっていてもいつも使ってしまう設定です)。狂信者の塔は、魔法とアイテム以外使えないのですが、話の流れ上魔封剣が使えることになってます(最初使えると思って書いたんですが、確かめたら使えなかった;;)。魔法しか使えないのは登る前に盗賊と話すとわかるんですが、それは話してないということで;; 確認プレイ時は塔のザコ全て「アルテマ」で倒したんですが小説でそれをやると面白くもなんともないのでまだアルテマは入手していないということで;; とにかく全体的にイメージでお願いします。しかし正直言って魔法だけという制限は逆に書きずらくしただけでした……><  本当はこの続き、上の階の話も書こうと思っていたのですが、どうしても筆が進まなくなってしまったのでここで断念です;;
 魔法の呪文については、「Celes's Story」(携帯版未アップ)と「闘う者達」で使ったもの&新作呪文になります。

 いつものことながら、アトガキがすごい長くてすみません。
 次回は裏になります。来月中にはアップできたらと思っております。キリリクの方も少しずつ書き溜めています。これが完結したらまたキリリクに戻りますので、今しばらくお待ちくださいm(_ _)m ペコリ (07.2.17)

【この頁で使用させて頂いた素材サイト様】 ClipArt:トリスの市場

Irreplaceable Night +

おまけとして、Irreplaceable Momentの続きが隠しページにありました。

お風呂ネタです。

読んでもいい、読みたいという方は……

JIMDOでは、隠しページとかできないので、パスワードを入力するようにしました。

R18となります。パスワードを入力された方は理解した上でご自分の意志で読むとみなします。パスワードは「suzuR18」です。(Rだけ大文字)

※Rain+はフリーではありません。