At Dusk


 夜の戸張が下りる頃───
 淡い朱に染まった雲が、空を飾る。
 そこに立つ俺も、俺が立つ甲板も、飛空艇の周囲に広がる海原も、どこまでも橙に光を反射して煌めいている。
 生温い海風に吹かれて、俺は縁にもたれて海を眺める君を見つめていた。
 ケフカを倒した俺達は、フィガロへ戻る途中だ。それぞれ帰るところがある者もいるが、とりあえず一度フィガロへ戻ることになっていた。
 崩れた瓦礫の塔によって傷付けられた飛空艇は、全盛期ほどの速度を出せずゆっくりと空を泳ぐ。
 ぼうっと、何かに焦がれるようにただ水平線を見つめる君は、一体何を想ってるんだ?
 夕陽を受けてオレンジに輝くプラチナブロンドが、まるで宝石のように輝いて見える。
 俺がもう一歩近付くと、俺に気付いた君はゆっくりと振り向いた。
 風になびく髪を押さえて小さくはにかむ。そんな何気ない仕草だけで、俺はたまらなく君を愛しく思う。
「ロック……? どうしたの?」
「いや……ちょっと見とれてた」
 俺は照れ臭さを覆い隠し正直に言ったが、鈍感な君は見当違いのことを言って同意する。
「ええ。綺麗ね……。この空を、自然を、守れてよかった……」
 俺は吹き出すのを堪えて、ちゃんと訂正した。
「確かに夕陽も綺麗だけど、俺が見とれたのはお前だぞ?」
「……え?」
 キョトンとした君は、その意味を理解すると頬を朱に染めた。ただでさえ夕陽を浴びて橙に染まっていたが、それでもわかるぐらい耳まで真っ赤にして。
「もう。冗談ばっかり言って」
 いつもそんな風にはぐらかすのは、君が照れ屋だからってわかってるけど、空振りばかりの俺は少し情けなくなる。
「冗談じゃないさ」
 さりげなく呟きながら、俺は君の隣に並んだ。水平線を眺めながら横目で君を見ると、困惑したように唇を閉ざす君がいる。
「……色々、あったな」
 俺が話題を逸らすと、君はホッとしたように首肯した。ちょっと悲しい。けど、君に困った顔をされるのは嫌だから、それだったら俺が悲しいと思う方がマシだ。
「そうね……。ほんとに色々あった」
 しみじみ言う君の言葉で、俺は君と出会ってからのことを思い出していた。
 出会ったのは偶然だった。だけどあの偶然がなければ、今、君は生きてすらいなかったんだろう。そして俺は君のことなんて知らずに、ただ「殺された裏切り者の常勝将軍」としての情報としてしか知らずに生きていた。
 君が本当は繊細で傷付きやすくて女らしいことも知らずに、君に惹かれ愛することもなく知らずに生きていくところだった。
「今、生きていられるのはあなたのお陰ね。何度もあなたに助けられた」
「魔大陸が崩壊した時は、助けられなかった……」
 今思い出しても苦い思いが身体の奥に広がる。飛空艇から放り出され落ちてゆく君をただ見ているしかできなかった。その後、すぐ俺も放り出されたけれど……。また、助けられなかったと、自分を責めることしかできなかった。
「あれは仕方ないわ。でも、皆、バラバラになってしまったけど、生きて集まって、ケフカを倒せた」
 皆を集結させたのはセリスの努力だ。セリスがいたから、再び俺達はケフカに立ち向かうに至ることができた。
「だけど……瓦礫の塔から脱出する時は、心臓が止まるかと思ったよ」
 崩れ行く塔の中で、突然踵を返したセリスを思い出す。
 落ちてくる廃材を避けながら彼女を助けると、手にしていたのは俺が鳩に巻いたはずのバンダナだった。
 俺は傍にいたのに、あんな布きれ一枚に命をかけるなんて、君は一体何を考えていたんだ?
 俺の疑問がわかったのか、セリスは小さく笑みを零した呟いた。
「私にとっては、絶望から救い出してくれた希望だったから」
 大袈裟な言葉に、俺は首を傾げる。
「希望?」
「ええ。孤島でシド博士が亡くなって、どうやって生きていいかもわからず死を選ぼうと思った。だけどあのバンダナを巻いた鳩を見て、あなたは生きているんだって知ることができたから。だから、私がたくさんのことをを乗り越えられたのはあなたのお陰だわ。ありがとう」
 驚くほどに綺麗な笑みを向けられ、俺は戸惑った。そのことに関し、俺は偶然鳩を助けただけのことだから。
「俺は何もしてないよ。セリス自身の力だ」
 俺は心からそう思って言ったが、彼女は首を横に振る。
「いいえ。私はあなたに出会って変わることができた。あなたに助けられて、色々なことに気付くことができたわ。だから、ありがとう」
 俺はセリスを傷付けてばかりだったし、そんな風に礼を言われると心底どうしていいかわらかない。負い目の方が全然多いというのに。
「俺はお前に謝らなきゃならない」
 苦虫を噛み潰したように吐き出すと、セリスは「え?」か細い声で俺を見た。不思議そうな表情。
「過去に囚われて、お前のことたくさん傷付けた。守りたいと思っていたのに、逆に傷付けてばかりだった……」
「そんなことないわ。あなたには大事なものがあった。それだけよ」
 少しだけ悲しそうに微笑を湛える君が切ない。君は俺がどれだけ君を大事に想っているのか、全然知らないんだな───俺の行いが悪いんだけれど。
「……違う」
「え?」
「違うよ。俺は過去に囚われて、本当に大事なものに気付いてなかった。いや、気付いてたけど向き合うことができなかったんだ」
 セリスは俺の言葉を不思議そうに聞いていた。意味がわからないようだ。俺は苦笑いを零して逡巡する。
 こうして当たり前のように共にある時間は残り少ない。なんらかの形で決着をつけなければ、二度と会うことすら叶わなくなってしまうかもしれない。
「フィガロへ戻ってから、その後、お前はどうするんだ?」
 まずは彼女の意志を確認したい。俺の問いに、彼女は口元に人差し指を押し当てて考える。些細な仕草が可愛らしくてたまらない。
「正直、明確には考えてないの。できれば……どこかの、そうね、ドマの復興でも手伝えたらと思ってるわ。そんなことで償いきれないのはわかっているけれど、何もしないでいることはできないから」
 背負いきれない罪を抱えて、それでも前を見つめて歩いていこうとしている君は眩しい。その強くあろうとする真っ直ぐな心に、俺は惹かれたんだろう。
「ロックは? トレジャーハンターに戻るの?」
 何気なく聞いたんだろうけれど、俺は言葉に詰まった。だが、意を決して彼女に向き直る。
「お前と一緒に行ってもいいか?」
「……え?」
 ポカンとしたように呆気にとられた君は、少し間抜けな表情をする。そんな表情もひどく魅力的だ。
「えと、あなたもドマの復興を手伝いたいってこと?」
 君はそんな風に遠慮がちに尋ねる。謙虚なのか、鈍感なのか俺にはわからない。
「別にドマの復興ってわけじゃない。まあ確かに、すぐにトレジャーハンティングに出掛けるつもりもなかったけどな。ケフカを倒したとは言っても、まだ世界は立ち直ろうとしている最中だ」
 俺は一度言葉を句切って、手すりに置いてあった君の手に自分の手を重ねた。驚いたように君の手が強張る。冷たくなっていた君の手を軽く掴んで、俺は告げた。
「俺は、お前と一緒に行きたいんだ。これから先、お前と生きていきたい。勝手な言い分かもしれない。だけど、俺は後悔したくないから」
「ロック───」
 驚いたように目を見開いた君は、黙って俺を見つめていたけれど、次第に目尻に涙を浮かべた。
「セ、セリス?」
 泣かせるつもりなんてなかった。二度と泣かせたくないと思っていたから。
 戸惑う俺に、沈み行く夕陽の中で君は柔らかくはにかんだ。
「ありがとう。叶うのなら、私もあなたと一緒にいたい」
 君の答えが余りに嬉しくて、俺は思わず君を抱きしめた。
 強かった朱色が闇色に塗り替えられていく。薄暗くなってきた甲板で、俺はただ君を腕に抱いていた。
 幸せよりも切なさの方が勝っていた。ずっと君を想っていたのに、俺達はすれ違ってばかりだったから───ほとんどが俺のせいだけれど。
「随分、遠回りした気がするよ」
 俺が呟くと、君は身じろぎして囁いた。
「そうね。私は本当に遠回りばかりだった……」
 彼女の人生を振り返って言っているのだろう。選択肢のない辛い道を歩んできた彼女は、平穏に辿り着くまでにどれだけ長かったことか。想像もつかない険しい道のりだったに違いない。
「……でも、人生なんてそういうもんなんだろう。ゆっくり歩いていけばいい。これからは、一人じゃないから」
 君は答えなかったけれど、そっと俺にしがみついた。
 星々が瞬き始めた空から涼しい風が吹いてきたけど、俺は君の温もりに満たされていた。

 

・ fin ・

 

■あとがき■

 万象の鈴2周年記念フリー創作です。少し遅くなってしまいましたが……;; (しかも、ロック誕生日フリーの続きだってまだアップしてない。すみません;;)
 この話は、パソ版のオエビにウミさんが書いて下さったイラストがイメージとなっています。素材として使わせてもらおうかとも思ったんですが、さすがに図々しいかと思い、イラストページ作るに留まりました。あ、今回は携帯版も見れるようになってます(N505i以外の方は見れないかしら……)
 題名は「夕暮れ」を調べたら「夕暮れに」って意味だって書いてあったので、使うことにしました。普通に『Sunset』とかにしようかとも思ったし、最初は日本語で「夕暮れ」だったんだけど余りに率直すぎるかと思って^^;
 今回、ロックが文中ではセリスを「君」と言ってます。悩んだんですが、文調と雰囲気でそうしました。私の中でのロックのイメージは「君」とか言わないけどね。
 似たようなシーンが多かったりするのは悩みなんですが、この話は気に入ってます。イメージがしっかりしているせいかなぁ。全てはウミさんの美麗なイラストのお陰。本当に助かりました~。いつもネタに困っている桜なので^^;
 ちょっとこの後、「Flower」に続くって感じかな? もっと昔話に花を咲かせる二人になるつもりだったんですが、何故だか話の流れがこうなってしまいました……^^;

 皆様のお陰で2周年を迎えることができて、本当に嬉しく思っています。
 時々、挫けそうになるけど、皆様の励ましに支えられて運営を続けることができてます。
 これからも万象の鈴&万象の鐘をどうかよろしくお願いしますw
 またまたアトガキ長いです【><。】 すみません。
 掲示板に応援コメント頂けると、すっごい嬉しいです。一言でもいいので、皆様、遠慮せずに書いてね♪(←催促!?(笑)) (05.02.23)

 

 上記のイラストページないので、下に画像掲載いたしました。(20.09.05)

 

 現在はフリーという扱いをしていませんのでご注意ください。転載禁止となっています。(20.9.21)

【この頁で使用させて頂いた素材サイト様】 ClipArt:トリスの市場

ウミさんが描いてくださった夕陽の中のセリス
ウミさんが描いてくださった夕陽の中のセリス
ウミさんが描いてくださった夕陽の中のロック
ウミさんが描いてくださった夕陽の中のロック

【ウミさんより一言】
かっこいいロックを描きたかったのになんだか暗い感じになってしまってスイマセン(><;)
 夕暮れの甲板で2人が今までの思い出やこれからの2人の未来なんかを話したり…そんな幸せな2人をイメージしました^^

 P-BBSにお絵描きして頂いたイラストをイメージにしたフリー小説『At Dusk』を書かせて頂きました。
 美麗なイラストにすっごい創作意欲をかき立てられまして、幸せな気分で小説を書かせて頂きました。
 暗いんじゃなくて、哀愁漂った感じですね。夕暮れの甲板で、ボーっとしてるセリスの後ろ姿を眺めているのかなぁ? なんて勝手に想像してしまいました。