月のゆらぎ



-1-

 帝国に乗り込むために飛空艇を手に入れようとして、オペラ座でマリアの代役を引き受けたセリス。タコの魔物オルトロスのせいでめちゃくちゃにされた劇に作戦失敗かと動揺したものの、セッツァーは宣告通り姿を現した。
 噂で聞いていたセッツァーという人物は、世界で唯一の飛空艇の持ち主であり、その飛空艇をカジノにしているほどのギャンブラー、派手好きで自信家で傲慢、狙った獲物は逃がさないというとんでもない男だった。
 セッツァーに抱えられたセリスの第一印象は「ひ弱な男かと思っていたけど自分を抱えられるなんてなかなか」だった。
 飛空艇まで連れて行かれると、セッツァーがロックと同じぐらいの身長だと思ったのが第二印象。船室に腕を引いて強引に連れて行かれて、女性の扱いが乱暴だと思ったのが第三印象だった。
 傷だらけの顔は彼の過酷な人生を物語っていた。顔立ち自体は整っているのに、傷のせいで野蛮そうな印象が強い。切れ長の濃灰の瞳はつり上がっていて口元にふてぶてしい笑みを浮かべている。
 船室に入ると、セッツァーはソファーに向かって放るようにセリスを離した。
「何するのよ!」
「躾は最初が肝心だ」
 言い放ったセッツァーは不遜な態度で顎を上げた。セリスはカチンとくるが、今はまだマリアだ。投げ飛ばしたりするわけにはいかない。
 ふかふかのソファーで崩した体勢を直そうとしたセリスだが、突然近付いて覆い被さってきたセッツァーは彼女の予想外の態度で、咄嗟に動くことができなかった。
 そして唇が塞がれ、突然の生ぬるさと柔らかさに、反射的に嫌悪の余り平手打ちを食らわせる。
「ちっ……」
 歯を掠めたのだろう。頬を歪めて身体をはがしたセッツァーの唇の端が切れていた。
「まあいい。後でゆっくりかわいがってやるさ。気の強い女ほど調教のし甲斐がある」
 傲慢に言うと、セッツァーは高らかな笑い声と共に船室を出て行った。
「初めてだったのに……」
 セリスは悔しくて唇を噛みしめる。
 国一つ滅ぼし死すら覚悟した自分が、そんなことを気にするなんておかしいかもしれない。でも不意にロックの顔が頭に浮かんで涙が溢れそうになる。
 何もできずに死んでいった人達のことを思えばたかが唇一つだ。そう己を叱咤して、セリスは立ち上がると仲間達を手引きし船室に呼び入れた。
「……何かあったのか?」
 目が赤くなっていることに気付いたロックに尋ねられ、セリスは慌てて頭を振る。
「ううん。なんでもないの」
 ニッコリ微笑んだが、
「血……?」
 手を伸ばしたロックは、セリスの唇を拭う。
「え? き、気のせいよ」
 笑って誤魔化そうとするセリスを、ロックは訝しげに眺めていたがそれ以上は何も言われなかったのでホッとした。
「セッツァーはどんな感じだ?」
 マッシュの問いに、セリスは肩をすくめた。
「とても協力してくれそうなタイプには見えなかったわ」
 ふてぶてしい孤独な一匹狼だ。仲間とつるむなんて考えられない。
「でも、協力してもらわないわけにはいかない」
 エドガーの言葉に、三人は頷いた。
 10分ほどして戻ってきたセッツァーは、部屋にいた余計な男達を目にして持っていたグラス──恐らく入っていたのはワインだろう──を落とした。
「き、貴様ら!」
 目を見開いてつかつかと歩み寄ると、
「お前、マリアじゃねぇな!」
 セッツァーはセリスの肩を掴んだ。指が肩に食い込んでセリスは思わず眉根を寄せた。
 横からロックがセッツァーの腕を掴んで離させる。その視線は、切れたセッツァーの唇の端を睨んでいた。
 セリスはロックの視線など気付かずに頼み込む。
「お願い、セッツァー。私達、ベクタに行きたいの。だからあなたの飛空艇が必要なの!」
「マリアじゃなきゃ用はない」
 取り合おうとしないセッツァーは、彼女達に背を向ける。
「待って! あなたの船が世界一と聞いて来たのよ」
 セリスは取りすがるようにセッツァーの腕を掴んで言った。マッシュも慌てて付け足し、
「世界一のギャンブラーともね」
「私はフィガロの王だ。もし協力してくれたなら褒美はたくさん出すが……」
 エドガーがよそ行きの笑顔を浮かべる。が、ロックはムスッとしたまま何も言わなかった。
 振り返ったセッツァーは四人を順番に見つめ、最後に再びセリスを見ると、
「来な」
 短く言った。セリスは思わず声を弾ませる。
「じゃあ……」
 しかしセッツァーがそんなに簡単に頷くはずがなかった。
「カン違いするな。まだ手をかすとは言ってない」

 思わせぶりなセッツァーが四人を連れて来たのは、カジノに改装された部屋だった。
 ルーレット、ブラックジャック、スロット等一通りのギャンブルが揃っている。 

「ふん。帝国のおかげで商売もあがったりさ」
 自分のコレクションを眺めて、セッツァーは肩をすくめた。
「あなただけじゃないわ。たくさんの街や村が帝国によって支配されているのよ」
 セリスは訴えたが、自分はついこの間まで支配する側だったことを思うと、なんだかそんな風に言うのが恥ずかしいとも感じる。
「帝国は魔導の力を悪用し、世界を我がものにしようとしているんだ」
「私の国も今までは帝国と協力関係にあったのだが、もはやこれまでだ。国を守るために協力していたが、それに値しなくなった」
 マッシュとエドガーが付け足すと、セッツァーは溜息混じりに呟いた。
「……帝国……か」
「帝国を嫌っている点では私たちと意見は同じね。だから……」
 セリスは続けようとしたが、自分を見つめるセッツァーに気付き言葉を止めた。
「よく見ればあんた。マリアよりもきれいだな」
 そんなことを言われるとは予想外だったため、思わず顔が熱くなる。耳まで赤くしてセリスは恥ずかしくて顔を背けた。
「名前は?」
 耳元で囁かれ、セリスは小声で名前を言う。するとセッツァーは高らかに宣言した。
「決めた! あんたが……セリスが俺の女になる。だったら手をかそう。それが条件だ」
 それまで沈黙を守っていたロックが驚いて飛び上がらんばかりの勢いで止めに入る。
「待て! そんな勝手なこと!」
 しかし負い目のあるセリスは、何があっても打倒帝国を成し遂げなければならない。
「わかったわ」
 腹を括って頷くと、ロックが呆然とセリスを見ていた。ロックの視線が痛い。でもセリスはそれに気付かないフリをする。
「よし! 決まりだ!」
 セッツァーは指を鳴らしたが、セリスとて「はいそうですか」というわけにはいかない。自分の身ぐらいなんてことないとも思うが、犠牲にせずに済むならそれに越したことがないのだ。
「でも条件があるわ……」
 セリスの言葉に眉根を寄せたセッツァーを無視して続けた。
「コインで勝負しましょう。もし表が出たら私達に協力する。裏が出たらあなたの女になるわ。いいでしょ? ね。ギャンブラーさん?」
「ほほう、いいだろう。うけてたとう」
 了承してくれたセッツァーがコインを出す前に、エドガーを振り返った。
「エドガー、コインを貸してもらえる?」
「ああ。勿論。レディのためなら」
 エドガーは満面の笑みで答えた。セリスの策略に気付いたのだろう。それを知らないロックは、心配そうに尋ねる。
「いいのか? セリス……もし奴の女なんかになったら……」
 ロックは自分自身、こんな言い方しかできないことが情けなくて仕方ない。オペラ座の舞台で「彼女を娶るのは俺だ」なんて豪語したというのに、止めることができない。
 打倒帝国のためなんだから仕方ないと自分に言い聞かせようとするが、きっと一時期のフリにすぎないんだと言い聞かせようとするが、たまらなく嫌だ。
 セリスはロックの心中など知らずに、
「いいわね?」
 セッツァーを視線を交わらせると、親指でコインを弾いた。
 クルクルと宙を回転した金色のコインは床に落ちて転がると表を示した。
「私の勝ちね。約束通り手をかしてもらうわ」
 勝利の笑みを浮かべたセリスに、ロックは心底ホッとする。
 セッツァーは目を丸くしてコインを拾い上げると、
「貴重な品だな、これは。両表のコインなんて初めて見たぜ」
 呆れたような笑みを浮かべた。セリスは胸を張って言う。
「いかさまもギャンブルのうちよね? ギャンブラーさん?」
 そう言った時の悪戯っぽい笑みに、セッツァーは胸を射抜かれた。こんな度胸の座った女はきっと他にいない。
「はっ! こんなせこい手を使うとはな……見上げたもんだぜ。ますます気に入った! いいだろう。手をかしてやる。帝国相手に死のギャンブルなんて久々にワクワクするぜ」
 余裕の笑顔を浮かべたセッツァーはコインを弾きエドガーに返すと、
「俺の命そっくりチップにしておまえらにかけるぜ!」
 そう約束してくれたのだった。

 

†  †  †

 

 帝国に乗り込もうとする飛空艇の甲板で空を眺めていたセリスにロックが近付いてきて言った。
「本当にセッツァーの女になるのかと思って、ヒヤヒヤしたよ」
「私は自分を安売りしたりはしないの」
 セリスは笑顔で答える。
 オペラ座でロックはセリスのことを「好きな女」だと言ってくれた。なのに「レイチェルの代わりなのか?」という問いには答えてくれなかった。でも舞台であんな宣言をしてくれたのだ。だから彼を信じたいと思う。
「だけどさ……」
 ロックは言いにくそうにセリスを見ずに俯いた。
「あいつに何かされたんじゃないか?」
「……えっ?」
 ロックの問いに驚いたセリスは彼を見て、セッツァーにされたことを思い出して思わず顔が真っ赤になる。
「ななな、何言ってるの?」
 なんで気付いてるんだろう? 私態度に出てた? 意識しないようにしてたつもりなのに……。
 あれ以来セッツァーは強引なことはしてこない。反省したりはしていないようだが、賭けにまけたからから大人しくしている───一時的なものかもしれないけれど。話してみると悪い奴ではないし、気にしたくなかった。
「………………唇だけか?」
 苦い顔をしたロックに、セリスは視線を落として硬直する。
「キス以外、何もされてないか?」
 再び問われ、セリスはぶんぶんと大きく首を縦に振った。
「はあ……」
 甲板の手すりを背にしたロックは両肘を手すりに掛けて空を仰ぐ。
「それ以上ないのは良かったけど、良かったとも言えねー。……俺も心が狭いな」
「…………ごめんなさい」
 知られたくなかったのに知られてしまい、セリスは泣きたくなってしまう。
「お前が謝ることじゃない。セッツァーはマリアだと思ってたわけだし、まあマリア相手なら許されるってことじゃねーけど、無理矢理だったんだろ?」
「……うん…………」
「初めてだったのか?」
 なんて恥ずかしいことを聞くのだろう。男性もそういうのを気にするのだろうか? セリスは穴があったら入りたい気持ちで頷いた。
「………………う、ん……」
「あー、こんなことになるなら、遠慮なんかすんじゃなかった」
「遠慮?」
「負い目ばっか気にして、何もできないでいた自分がバカみたいだ。……二回目なら他の男にくれてやってもいいとはまったく思わないけどな。でもよー、あー、くそっ」
 ロックは頭をかきむしりそうな勢いでバンダナを取った。それをGパンのポケットに突っ込むと、セリスのことを真っ直ぐに見る。
「もう、嫌になった……?」
 消え入りそうな声で尋ねると、ロックは小さく笑う。
「そんなわけあるか。逆だ、逆」
「逆……?」
 他の男にキスされて惚れ直したということになるのだろうか? それはちょっと理解できない。
「独占欲が強まっただけだ」
 直球なロックの答えに、セリスは目を瞬かせて頬を染めた。
「あんな奴のキスなんか、忘れさせてやるよ」
 腕を取られて驚いたセリスは顔を上げた。ロックの視線が余りに熱っぽくて、セリスは動けなくなる。切ないほどに嬉しかった。
「俺以外の男の味なんて、忘れろ」
 呟いたロックはセリスを引き寄せて唇を重ねた。
 強引だったけれど、全然嫌じゃなかった。彼が妬いてくれているのだと思うと嬉しくて、煙草の香りの残るロックの口づけは優しく甘い。
 ああ、あんなのキスじゃなかったんだ……。
 セリスは素直にそう思うことができた。全てがロックに染まってしまえばいいと思う。
 この時は、絆が途切れるなんて思いもしなかったから。束の間の幸せに浸っていた───

 

†  †  †

 

「なんで信じてやれなかったんだ!」
 セッツァーの怒りは当然だったと思う。
 だから殴られても、ロックはそれを甘んじて受け止めた。
 恐らく誰かに責められたかったんだろう。自分でも自分を許せなかったから。
「惚れた女なんだろう? あいつはお前を信じてたんだろう? 俺だったら……俺だったら一瞬たりとも疑ったりはしねぇ!」
 セッツァーの傲慢さなら、疑ったりしないだろう。「俺はそれほど強くない……」ロックは心の中で呟いた。
 魔導研究所で、セリスが帝国のスパイだったというケフカの言葉を真に受けた。セリスは「信じて」と叫んでいたのに、ロックは答えることができなかった。
 それまで微塵も疑わないほど彼女に心奪われていた自分が恐くなって、その瞬間何も信じられなくなっていた。
 泣きながらロック達を逃がそうとしたセリスは、どんな気持ちだったんだろう。全てを捨てて死のうとした彼女を、再び絶望させてしまったに違いない。
 だから責められたかった。だけどエドガーとマッシュが止めたため、セッツァーに殴られたのは数発だけだ。
「ロックが一番よくわかってる」
 エドガーはそう言ってセッツァーを止めた。セッツァーは怒りが収まらないようだったけれど、その時はそれで引いてくれた。
 セリスはどうしただろうか。帝国で酷い目に遭っているんじゃないだろうか。不安と後悔でロックはどうにも動けない。
 レイチェルを失ってあれほど後悔したのに、今生きている人を傷付けてまた後悔している。相手が生きている分後悔が深い。もう取り戻すことはできないのか───ロックは答えのない迷宮に迷い込んでいた。

 

■あとがき■

携帯版【万象の鐘】7777hit つき様のキリリク『セッツァー絡みの(ロク×セリ←セツでもロク←セリ←セツでもロク→セリ←セツでも何でもいいので)ロクセリセツ』のお話です。
 会社が繁忙期中ということで、更新が停滞していて申し訳ありません。なんだか忙しいと何もやる気にならず……今週は少し余裕があったので、書くことができました!
 セツ→セリを入れるということで、オペラ座後のイベントからです。一部ロックが言うはずの台詞がマッシュになってますが、それはわざとです。一部ゲーム中の台詞とも違っていますが、それも話に合わせて変えています(大まかな流れは同じですが)。いつもは使ったことのないイベント。これからどんな絡み(仲違い、揺れる心、そして……浮気!?)になっていくかは大体しか考えていませんが、久々のラブ系。三角関係で行こうと思います。ちょっと思わせぶりすぎかな;; でも自分でも楽しみなので、皆さんもお楽しみに! (06.06.11)

-2-

 帝国とリターナーが和解して、ロックはセリスと再会した。
 帝国の将軍という地位に戻っていた彼女は、本当にスパイだったのだろうか? もし帝国を裏切っていたなら将軍に戻れるはずはない。そんな疑念が再び浮かんでしまい、ロックは何か言いたそうな彼女に答えることができなかった───きっとセッツァーがいたなら、またはり倒されていただろう。「グジグジ悩むくらいなら確かめろ!」と。
 セリスはポーカーフェイスで将軍の顔をしていたけれど、瞳だけが揺れていた。あの瞳を見ると、俺はたまらない気持ちになる。
 俺はこんなに臆病だっただろうか。ロックは自問自答する。
 後悔を拭うために、過去を捨てられないけれど前を向いて歩いてきたつもりだった。結局それは矛盾でしかなかったんだろう。自分はどこまでも弱く情けないと再認識する。だが、だからといってそのままでいいはずがない。また後悔することになるのは目に見えていた。
 船の中で話しかけようと思っていたけれど、ロックは情けないことに船酔いに襲われていた。最近、思い詰めて寝不足だったのがいけなかったのだろう。せっかくのチャンスなのに、セリスに近付くことはできなかった。


 幻獣界から来た幻獣達を連れてサマサに戻ると、和平の為に早速ベクタに戻ることになった。
 これで世界に平和が戻るかもしれないとホッとしていると、
「あの……ロック……」
 緊張した面持ちのセリスが話しかけてきた。すごく勇気がいったことだろう。拳が白くなるほど握り締められている。
「どうした?」
 ロックも緊張しつつ、できるだけ優しい口調で答えた。だが、セリスは何か言いたそうにしていたものの、ゆっくりと首を横に振り、
「なんでもないの。戻りましょう。ベクタへ」
 そう言って悲しそうに笑った。なんでもないフリをする彼女に、ロックの胸が痛む。
「セリス……」
 しかしロックは言葉が出てこない。安っぽい謝罪などできないし、どうやって自分の気持ちを表せばいいかわからなかった。
 何か言いたいのに、何も思い浮かばない。言葉にするよりは、今すぐ彼女を抱きしめたかった。言葉で表せない気持ちすべてを行動に託したかった。人目がなければそうしていただろうけれど、周囲にはたくさんの人がいる。リルムやティナが二人の様子を窺っていた。
 セリスは何も言わないロックをどう思ったのか、
「本当に平和が戻ったら、きっともう会うこともないわね」
 微笑みながら言う。だがそれは微笑んでいるのに泣きそうだ。
「そんなことは……」
 否定しようとしたロックを遮って、セリスはきっぱり言った。
「平和が戻ればそれでいいの。そしたら、あたなもまた秘宝探しに専念できる」
 その言葉に、ロックは何も言い返せなかった。秘宝を諦めたと宣言できなかった。
 どちらにしろ、俺には彼女を想う資格などない……。ロックが躊躇っていると、セリスはティナと目が合ってそちらに行ってしまった。
 自分が何をしたいのか。本当に望んでいるのはなんなのか。ロックには自分自身がわからなかった───

 

†  †  †

 

 世界に平和が戻ると思われたのも束の間。ロック達はケフカとガストラ皇帝に騙されていた。
 セリスやレオ将軍すら騙されていたようで、誇り高き軍人だったレオ将軍はケフカに殺されてしまう。
「ケフカの思い通りにさせるわけにはいかない」
 セリスはそう言って、ロック達の元へ戻ってきた。だけどそれは、ロックとセリスの間にできた溝が埋まったというわけではなかった。
 ロックはなんとか溝を埋めようとするが、セリスは笑顔でかわしてしまう。彼女との間に築かれた壁が、どうしても破れない。
 中途半端な気持ちだからか……。わかっていたけれど、秘宝探しなど諦めるべきだとも思ったけれど、諦めたところで絶対に後悔が残ったままだろう。諦めても中途半端になるだけだった。

「ロックを許せないのか?」
 魔大陸に乗り込む前夜、黄昏ているセリスにセッツァーが話しかけてきた。
「……許せないわけじゃないわ。私がしてきたことの結果にすぎないから」
「あいつは後悔してるぜ」
 セッツァーはロックの味方をするように言った。セリスの真意を窺っているのだろう。
「優しいから。誰かを傷付ければ後悔するでしょうね」
「あんたは、ロックを嫌いになったってことか?」
 随分意地の悪い質問をしてくる。セリスは苦い笑みを零した。
「仮にも命の恩人だもの。嫌いにはなれないわ」
「そういう意味でじゃない」
 セッツァーは至極真面目な表情で否定する。セリスは簡単に逃げることを許してくれないのだと、肩をすくめた。
「あなたが私だったら、気持ちが変わってしまう?」
 そう問われたセッツァーは、唇をヘの字にしてしばらく考えたが、
「変わらないだろうな」
「意外だわ。あなたは気持ちの切り替えが早そうに見えるから」
 目を見開くセリスに、セッツァーは嫌そうに片頬を引きつらせる。
「本気で想ってたら、そんなに早く割り切ることはできない」
「あなたも……そういう経験をしたことが?」
 何気ないセリスの問いに、セッツァーはじっと彼女を見つめ返した。
 真っ直ぐな視線に捕らえられてしまうようで、セリスは落ち着かなくなる。
「今がそうだ」
 小さく呟き視線を外したセッツァーに、セリスは首を傾げた。
「今……?」
「あの男がもっとしっかりしてれば、あんたのことを傷付けず手放さなければ、もう少し諦めようとしただろうが……」
「えっ……」
 やっと自分のことだと気付いたセリスは頬を染める。薄暗闇のためセッツァーにはわからないかっただろうが、セリスは顔が熱くて頭に血が上ったのだとわかる。
「俺だったら……疑わないだろうな。あんたのあの男に対する態度を見てたら、疑うことなんてできない。……恋する女そのままだった」
 そんな風に言われて、セリスはますます恥ずかしくてたまらない。今が夜でよかったと思う。おそらく耳まで真っ赤だ。
「俺は人を見る目には自信がある。ギャンブルやってんだぜ? 騙そうとしてるかどうか、鼻が利くのさ」
「……あり、がとう……」
 何を言っていいのかわからず、セリスはなんとか礼だけを喉から絞り出した。
「ロックはあんたとヨリを戻したがってるんじゃないのか?」
「レイチェルさんを諦めて?」
 嘲笑するように問い返したセリスに、セッツァーは眉根を寄せる。
「レイチェル……? 女か?」
 本当にわかってないのだろう。訝しげなセッツァーに、セリスは仕方がなく説明する───ロックはこんなことを広めてほしくないだろうけれど。
「帝国に殺されたロックの恋人よ。ロックは彼女を生き返らせるために、秘宝を探しているの」
 セリスの簡単な説明に、セッツァーは理解不能とばかりに呟いた。
「───バカだろう」
 率直な意見にセリスは吹き出すのを堪えて苦笑いに留めた。
「それだけ想いが深いということだわ」
「で、レイチェルがいるから、あんたとは浮気だった?」
 皮肉っぽく言われ、セリスは再び肩をすくめた。
「浮気……というか、彼は放っておけないから。傷付いて味方を無くした女を放っておけない。ティナもそうね。彼女のことも命がけで守った。私のことも同じ……。あのね、別に私とロックは恋人同士だったわけじゃないのよ」
「あんたは恋人同士じゃないのに、キスすんのか?」
 うわ、見られていたのだ! セリスは穴があったら入りたいと思う。
「そ、そいういうこともあるわよ」
 セリスは絶対にそういうタイプではないが、取り繕うように言った。
「ほう。俺には噛みついたくせに」
 セッツァーににやつかれ、セリスはフォローする言葉も失って溜息をついた。
「あんな乱暴に無理矢理されたら……大概の人は怒るんじゃない?」
「そうだな。あれは俺が悪かったよ」
 素直に謝られ、セリスは拍子抜けしてセッツァーを見た。だがセッツァーがただで謝るはずもなかった。
「優しくして、無理矢理じゃなければいいんだろう?」
 笑みを深くしたセッツァーに、セリスは大きく目を見開いた。何を言ってるんだろう? この人は。
「キスしていいか?」
 問われても頷けるはずもない。
「何言って……」
 セリスは戸惑ってセッツァーを見た。セッツァーは口元に笑みを浮かべ、セリスの頬に手を伸ばす。
「前の男を忘れるには、新しい男に目を向けた方がいい」
 その言葉はセリスの胸に突き刺さった。カードを扱う細くて綺麗な指がセリスの頬を撫でる。冷たい手だった。熱いロックの手とは違う。
「だ、だめよ。だめ。絶対無理」
 おろおろしているセリスに、セッツァーは軽く吹き出した。
「冗談だ」
「じょ、冗談……? ひどい! からかったの?」
 本当にどうしようかと思ったのに、冗談だったなんて……。ムキになったセリスに、セッツァーは悪戯っぽく微笑んだ。
「今回は冗談にしといてやるよ」
「なによそれ……」
 本気で困っていたセリスのために茶化してくれたのかもしれない。セリスはホッと胸を撫で下ろした。
「俺のところにくれば、いつでも忘れさせてやるぜ?」
 余裕たっぷりに言われ、セリスはきょとんとした。
「あなたに頼らなきゃならないほどにひきずってないわ」
 強がって言うと、セッツァーは口のへらない男で、
「じゃあ、俺のことも真面目に考えられるな。俺が口説いても問題ないというこった」
「ちょっと……! どうしてそうなるのよ」
 セリスが呆れ顔で睨むと、セッツァーはひらひらと片手を振った。
「あんたが言い逃ればっかり言うからだろう。正直に言えよ。あんたの心全てをロックが占めてるって」
「………………」
「ま、だからと言って、諦めるつもりもない」
 傲慢な物言いだが、セッツァーは本当に本気なのだろうか。セリスは真意を窺うように彼を見つめた。
「なんだ?」
「ううん……。えと……あなたは私の何がいいのよ」
「何がって……気丈だろ? 度胸が座ってる。気高いんだな。だけど本当は女らしい。俺にキスされた時、あんた震えてた」
「!!!」
 思い出したくないのに、なんて恥ずかしいことを言うんだろう。セリスはどういう顔をしていいのかもわからず、怒ったように甲板の外を睨み付けた。
「あんたの、女としての顔がもっと見たい」
 セリスの背後に立ったセッツァーは耳元で囁いた。セリスは驚いて肩を縮める。
「今は……何もしねぇよ」
 呟いたセッツァーは、小さくなっているセリスに背中から腕を回した。
「!」
 驚いて振り返ろうとしたセリスを押さえつける。
「大人しくしてろ。こうしてるだけだ」
 ただ抱きしめているだけだと言われても、たまらなく落ち着かない。逃げなければいけないと思うのに、身体に力が入らなかった。
「また震えてんのか?」
「ちっ、ちが……」
「頼むから脅えんなよ。あんたが孤独な気がして……見てられないんだ」
 孤独、その言葉はひどくセリスを揺さぶった。
 リターナーの仲間の元に戻ってきたけれど、目的を同じとしているけれど、心から信頼し合っているわけではない。ケフカを倒すことに関しては皆同じ気持ちだろうけれど、それだけの繋がりでしかない。プライベートな繋がりは一切ないのだ。
 前まではロックがいてくれた。セリスの傍にいてくれたけれど、もうあんな風に甘えてはいけないと思う。ロックの優しさにつけ込むなんて、もうしたくなかった。
 親類も友人もいないセリスは、仲間といても孤独だ。ティナも同じ───半分幻獣ですらあるのだから孤独感はもっと強いのではないだろうか───だが、彼女はそれを表に出してはいない。幻獣でもヒトでもないティナの方がよほど不安だろうにと今さら気付き、セリスは自分が恥ずかしくなった。
「私より……ティナの方が孤独よ」
「……比較の問題じゃない。ティナはまだ孤独を感じる余裕すらないように見えるしな。この間、『愛ってなんなのか』とかボヤいてた。他人を大事に想う気持ちがわからない状態じゃ、孤独を感じることもできないんだろう」
「ティナに愛情を教えてやろうとは思わないの?」
 セリスは尋ねてから失礼なことを言ったと気付いたが、セッツァーは呆れ顔になっただけで怒りはしなかった。
「残念ながら。あいつが半分幻獣だからとかそういうことじゃなくて、好みのタイプじゃねえ」
 正直な答えに、セリスは思わず顔を綻ばせた。セッツァーは自分を正当化したり飾ったりしないのだ。自分にいつも正直。こういうところは好感が持てる。
「容姿の問題?」
「最初は容姿だろう? 最初から性格なんてわからん」
「私は……容姿なんて考えたことなかったかも」
 セリスはロックを容姿で好きになったわけではないと思う。素敵な人だけれど、それ以前に自分の好みなんて考えたことがなかった。
「ああいう童顔が好きなのかと思ってたぜ」
 失礼な言葉に、セリスは拗ねたように唇を尖らせ、彼の腕から抜け出す。
「だから俺になびかないのかと」
「そういうことじゃ……」
 否定しようとすると、セッツァーは「くっ」と笑いを堪えた。
「わかってる。不器用に必死になって何かを守ろうとするひたむきさに心打たれたんだろう?」
「……違う、わ」
 セリスの返事は余りに意外で、セッツァーは眉をつり上げて彼女を見た。振り返ったセリスはセッツァーの顔を睨むように言う。
「私、バカだから優しくされて勘違いしたのよ。初めて女として扱われて勘違いしたの。エドガーはちゃんと忠告してくれたのに……『守る』なんて言われたことなくて……」
 最後の方は尻窄みに言葉が消えていった。自分が情けなかったからだ。
「ロックが本当に守りたいのは、私じゃない。許せないとかじゃなくて、気付いてしまっただけ」
「……俺が守りたいのは、あんただけだぜ?」
 何気なく呟かれ、セリスは落とした視線をセッツァーの顔に戻した。
「最初は軽い気持ちだったさ。でも今は違う。俺は、あんただけど大事にするぜ?」
 こんな風に言われて、心が揺れないわけがない。
 ロックとは違う。自分だけに向けられた気持ちなのだと思うと、セリスは心がひどくぐらついた。
「すぐに奴を忘れなくてもいい。でも、女は愛される方がいいだろう?」
 帝国にいた頃は誰かのたった一人になることなんて考えたことがなかった。ロックに出会ってからは彼のたった一人になりたかったけれど、それは叶わない……。
「わ、私がなびかないから、ムキになってるんでしょう?」
 揺れる気持ちが恐くて、セリスはセッツァーを否定する。そんな彼女に気付いたのか、セッツァーは怒らなかった。
「そういう遊びをする年じゃねぇよ。俺に愛されてみろよ。ロックなんて薄情な男はすぐに忘れる」
 本当に忘れられるだろうか……。忘れられるとは思わなかったけれど、セリスはひどく寂しく心細く、誰かに愛されることを望んでいた。
「でも……」
 他の誰かといてロックを想ってしまうことに抵抗がある。
「答えることは考えなくていい。とりあえず俺の気持ちを受け入れてくれれば」
 そんな風に言われてしまうと、なんと答えればいいのかわからない。
 断りきれないセリスを、セッツァーはそっと抱き寄せた。セリスはどうしていいのかわからず、ただ固まっている。
「俺に愛される心地よさを知れば、きっとわかる」
 セリスの髪を耳にかけ、彼女の耳元で囁く。吐息が首筋をくすぐり、鼓動が高鳴った。
 誰かに愛される心地よさ……それがこの切なさなんだろうか……。全てを委ねれば楽になるのかもしれないという想いが、心に広がる。
「あんたが誰を見ていても、俺はあんたを見てる。それを、忘れないでくれ……」
 低く心地よい声にぼうっとしていると、そっと唇が重ねられた。
 セリスは拒否できなかった。ロックを忘れたくて、誰かに愛されたくて、柔らかくついばむだけの口づけを受け止める。
 出会ったとき無理矢理された最悪のファーストキスとは180度違うものだった。余りにも傲慢な男であることに変わりないのに、こんなに優しいキスができるなんて信じられない。それほどに優しいものだった。
 強引じゃない労りに満ちた口づけに、セリスは泣きそうになる。
 ロックとセッツァーは違うということを、些細なことで感じてしまう。
 口づけを止めたセッツァーは、涙ぐむセリスに戸惑った。
「悪い。泣くな……」
「ご、ごめんなさい。なんだか切なくて……」
 自分が嫌で泣いたわけではないらしいセリスに、セッツァーはホッとして頬を緩めた。
「あんたのことだけ考えている男がいる。辛くなったらそれを思い出してくれ。何があっても、俺はあんたを想ってるから」
 その囁きは余りに甘美で、セリスは何も言えずにいるとセッツァーは再び顔を近付けた。キスされると思ったセリスだったが、彼はセリスの首筋に顔を埋めて唇を押し当てた。
「なっ……!」
 セリスが驚いて身体を引くと、セッツァーはにやにやした笑みを浮かべていた。
「マーキング」
 意味不明なことを言うと、「もう寝ろ」そう言って操舵席に戻って行く。
「マーキング……?」
 強く吸われた首筋を押さえ、セリスは首を傾げたのだった。

 

■あとがき■

 今回、これを書くのにFANTASIX!様の台詞集を読みました。私、セリスがリターナーに戻る場面をかなり勘違いしてたみたい。すみません;; でも台詞も全然変えてます。仲直りはしませんでした。ドロドロにならなくなっちゃうから(笑)
 本当はセッツァーとセリスはこんなに進むはずじゃなかったんですが、なんだか調子に乗ってしまい……(笑) こんな風になりました。なんか、毎回キスシーンが入ってますね。交互!? ってわけじゃないのであしからず。
 この翌日まで書いたんですが、1話と比べて長すぎるため次回に持ち越し。繁忙期も終わって、こちらは隔週更新(万象の海は月1更新)に戻ります。
 いや~、こういう話ってスラスラ進みます。ラブストーリーが好きなんですね、私は。(読む場合は単なるラブ・ストーリーっていうのは苦手です。マンガはいいのにね。小説はミステリorファンタジーが絡んでるラブストーリーじゃないとダメ)
 しかし、二次創作(しかもゲーム中)って、ある程度はイベントとかストーリーに沿わせるので、ドロドロ三角関係とかって難しい(何を書いても私は「難しい」って言ってる)。でも楽しいので頑張ります! (06.07.01)

-3-

 セリスに避けられている。その事実が心に重くのし掛かり、ロックは寝不足のまま朝日を浴びて甲板に出た。
 ゆっくりと煙草を吸いこんで、溜息と一緒に煙を吐き出す。
 言いたいことが言えないままでいたら、何が言いたかったのかすらわからなくなっていた。
 明日には魔大陸に行く。このままケフカを倒せば、本当に二度と会えなくなってしまう……?
 セリスが自分を避けているなら、彼女がそれを望んでいるなら、自分は大人しく諦めるべきなのかもしれない。そう思うけれど、ロックは基本的に諦めることが嫌いだ。彼女にはっきりと拒否されない限り、諦められないだろう。いや、拒否されたところで諦められないかもしれない。表向き諦めたように振る舞うだけで。
 こんな気持ちではレイチェルを生き返らせることすらできない。いや、もはや生き返らせたいのかどうかもわからなくなっていた。
 二本目の煙草を吸い終えたロックは、苦い顔で船内に戻る。階段を下りると、セリスが向こうから歩いてきた。こんな朝早くに彼女も眠れなかったのか、甲板へ行くのだろう。
 今こそ話をするチャンスだ。
 ロックは緊張を顔に出さないように、
「セリス、おはよう」
 セリスに微笑みかけた。だがセリスはさっと顔を強ばらせ、
「お、おはよう」
 明かな作り笑顔を浮かべた。くじけそうになるロックだが、己を叱咤して、
「ちょっと話せないか?」
 彼女が立ち去る前に声を掛けた。いつもは誰かしらが周りにいて切り出しにくかったが、こんな早朝では誰もいない。
 断る理由が思い浮かばなかったのだろう。あからさまに嫌そうな顔をしたが、セリスは頷いてくれた。
 カジノ部屋の小さなテラスにセリスを連れて行く。ここなら滅多に人が来ない。が、甲板以上に吹き付ける風が強く、セリスは髪を押さえるのに一生懸命だ。ロックは思わずその姿に笑みを零しそうになるが、今の彼女との関係は笑みを浮かべられるような和やかなものではない。頬が緩むのを我慢して話を切りだそうとした。
「あのさ…………………………」
 だが、言葉が出てこない。
「なあに?」
 こんなところまで引っ張ってきて何事かと言いたそうな視線で促され、必死に考えた挙げ句、
「すまなかった!」
 出てきたのは謝罪の言葉だった。同時に頭を下げる。
 セリスは目を瞬かせ、一瞬言葉に詰まったが、
「あなたが謝ることないし、私は怒ってないわ」
 すげなく答えた。ロックは俯いたまま呟いた。
「でも傷付けた」
「傷付いてないわ」
 泣きながら「信じて」と叫んでいたのに、傷付いていないはずがない。
「でも、俺を許す気はないだろう?」
「許すもなにも、怒ってないって言ってるでしょ?」
 明らかに怒っている口調でしつこいとばかりに睨まれ、ロックは肩を縮めた。
「じゃあ、なんで避けるんだよ……」
「避けてなんか……」
 視線を逸らしたセリスに、ロックは思いきって尋ねた。
「俺達、やり直せないのか?」
「やり直すも何も……」
 更に顔を逸らそうとしたセリスの髪が舞い上がり、ロックは彼女の白い首筋に目を奪われた。その白磁の肌に、丁度耳の少し下辺りに目がいく。
「……セリス、首、どうかしたのか?」
「え?」
 唐突に言われ、セリスはキョトンとする。首に触れてみるが何もない。
「いや、ここ……赤くなってる」
 ロックが指差したのは、昨晩セッツァーが………………
「!!!」
 気付いてセリスは真っ赤になった。「マーキング」とはそういう意味だったのだ。まさかロックにムカって「セッツァーに付けられたキスマークなの」と言えるはずがなく、セリスは何も言えずに俯いた。
 その反応を訝しげに見つめていたロックは、絶対に辿り着きたくない答えに辿り着いて愕然とする。
「まさか……いや、違うよな。だって、誰が…………」
 一人で呟いて、ハッとする。ちょっかいを出している様子はなかったが、人目があるところでわざわざそんなことはしないだろう。
「セ……ッ……ツァー…………なのか……?」
 絞り出したようにやっと尋ねたが、セリスは答えない。違えば否定するから、肯定なのだろう。
「……マジかよ…………。いや、マジ? っていうか、本当に?」
 受け入れたくない現実に、ロックは呆然とする。
「いつの間にそんなことに……。だから俺のこと避けてたのか……?」
 だから避けていたわけでもなく、昨晩初めて迫られたのだが、そんなことを言う必要はないだろう。
「………………だから、ロックは私のことは気にしないで、秘宝を探して」
 セリスは俯いたまま言った。
「私はもう大丈夫だから」
「マジで……? セリス……セッツァーに抱かれたのか……?」
 信じられないとばかりにセリスを見つめるロックに、セリスは顔を跳ね上げた。
 だが否定する意味も理由もない。彼が自分を傷付けたことを後悔して気にしているのなら、もう気にしなくていいと解放してあげた方がいい。
 セリスは何も言えず泣きそうな顔になって再び俯いた。
「そう、か……そうだったのか……。ハハ、俺ってバカだな。全然気付かなかったよ……」
 空笑いをするロックの弱々しい言葉に、セリスは胸が痛んだ。「でも」と心の中で呟く。「あなたにはレイチェルさんがいる」と。
「俺は……本当に重大な間違えを犯したんだな……。なんてバカなんだ……」
 ヨロヨロと手すりに(もた)れたロックは、セリスを振り返った。
「もし……魔導研究所で、俺がお前を信じてたら……違ってたか?」
「え?」
 そんなことを聞かれるとは思わなかったので、セリスは顔を上げてロックを見た。ロックは今にも泣きそうな顔をしていた。泣きそうな顔で自嘲の笑みを浮かべていた。予想外の表情にセリスの胸が軋む。
「俺がお前を一瞬でも疑わなかったら……こんな風にはならなかったよな」
 項垂(うなだ)れた彼に、こんなに打ちひしがれた反応をするとは思わなかったセリスは、動揺していた。でも、深呼吸して冷静に考え、答えた。
「いいえ。同じことだったと思うわ」
 セリスの言葉に、ロックは弾かれたように顔を上げた。
「お前を疑わなかったとしても……お前はセッツァーを選んだ……?」
「…………ええ」
 頷いて、セリスはロックに背を向けた。
 それ以前に、ロックとセリスがうまくいっていたなら、セッツァーはセリスを口説こうとしたりしなかっただろうけれど。そんな例えを持ち出す必要はない。
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
 ロックは慌ててセリスの腕を掴んだ。
「お前はいつからセッツァーに惹かれてたんだ?」
「セッツァーに惹かれたというよりは、あなたに冷めた。だから」
「冷めた、ね……」
 ロックは皮肉っぽく唇を歪めた。自分一人で右往左往してたというのか。
「冷めたという表現は的確じゃないかもしれないわ。以前は命を助けてくれた、帝国から救い出してくれたあなたが世界のすべてだった。私にはそれ意外の世界ができた。それだけ……」
 そう言ってから、セリスはロックに向き直った。
「ごめんなさい。私、あなたしか知らなかったから、自分の気持ちを勘違いしていたの。でも勿論、あなたには感謝してるわ。命の恩人だもの」
「……そんなのどうでもいいよ。感謝されたいとも思ってない」
 急に冷めた声になったロックに、セリスは顔を強ばらせた。
「感謝されたくて助けたわけじゃないしな」
「放っておけなかったんでしょ?」
「そうだよ。それだけだったはずだったのに……。気付くと心奪われて、挙げ句、他の男にかっさらわれた。俺、本当に間抜けだな」
「嘘よ……」
 セリスは震える声で呟いた。
「あなたの心はレイチェルさんのもの。誰も奪えない」
「セリス……」
 唇を歪めているセリスは泣きそうに見えた。だからセッツァーを選んだ? それが真実?
「違うよ……。俺は秘宝を諦めてもいいと思った」
 思い詰めたロックの表情に、セリスは真意を探るように彼を見つめた。
「お前が手に入るなら、秘宝なんか諦めるつもりだった」
 そう告げるロックは、余りに苦しげだ。明らかに無理をしている。
「諦めたらあなたは一生後悔し続ける。第一、時を止められたままのレイチェルさんはどうなるの? あのまま?」
「………………それは……」
「適当なことばかり言わないでよ!」
 言い捨てると、セリスはテラスを後にした。
 秘宝なんか諦める……
 ロックの言葉が頭の中に残っている。自分のために諦めようとしてくれた。でもそれは、どうでもよくなったのとは違う。心を残したままだ。そんな気持ちはほしくなかった。自分のためにも、彼のためにもならないから。


 明日は魔大陸へ向かうというのに、ロックもセリスも意気消沈している。
 恐らく何かあったのだろうと全員が気付いたが、行動を起こしたのはエドガーとセッツァーの二人だけだった。
 エドガーは数年友人としてつきあってきたが、こんな打ちひしがれ方をしているロックは初めてで、戸惑いながらも尋ねてみる。
「フラれたのか?」
 直球だが、遠回しに尋ねる必要はないだろう。遠回しに聞くと、ロックは怒るに違いない。
「ああ。完全にな」
 ロックはムスっとして煙草を取り出すと、苛立ちを隠そうともせず荒々しい動作でジッポを鳴らして火を点けた。
「相当こたえてるみたいだな。セリスもお前も」
「……つーか、俺が悪いんだ。どんなにセリスを好きだと言っても、所詮、レイチェルのことを中途半端にしてるから」
「レイチェルを諦めようとは思わなかったのか?」
「思ったさ! だけど、意味なかった」
「それは、それをセリスが信じられないからじゃないのか?」
 ヤケクソ気味に煙草を吸っていたロックは、エドガーの言っている意味を理解しようと彼を見た。
「お前がレイチェルの遺体を灰にしてから言ったら、違ったかもしれない」
「……!!! そんなこと……!」
 できるはずがないと言おうとして、ロックは自覚した。確かにエドガーの言うとおり、セリスが信じてくれるはずないじゃないか。
「どうしようもねーな……」
 ロックが投げやりに呟くと、エドガーは肩をすくめてから友の背を叩いた。
「人の気持ちはなかったことにできない。誰かを愛することは人として自然なことだ。わかってるだろう? ただお前は、二つを同時にこなせるような器用な人間じゃない。セリスを真剣に愛すれば愛するほど、レイチェルのことに決着をつけずにはいられないだろう」
 エドガーは何故、こんなにも自分のことがわかるのだろう。ロックは自分が余りにも単純だからなのかと心の中で呟く。
「エドガーが俺を知ってるほどに、俺はあんたを知らないような気がするぜ」
 ロックの言葉に、エドガーは目を丸くした。
「まるで私に愛の告白をしようというような台詞だな」
「……ったく、あんたはどこまでも余裕だな」
 そんなエドガーを、ロックは心底羨ましいと思うのだった。


 マーキングなんて余計なことをしてくれたセッツァーに文句を言う気にもなれず、セリスはパーティールームの片隅で小さくなっていた。
 夕食後一人で部屋にこもっていたのだが、リルムに無理矢理連れ出されたのだ。明日の戦いについての話し合いをするからと。
「じゃあ、そういうことでいいな」
 エドガーが魔大陸に行くメンバーについて等の話し合いを締めくくると、セリスは居たたまれないとばかりに立ち上がった。
 そそくさと部屋を出たが、早足になろうとしたところで呼び止められる。
「セリス……」
 セッツァーだ。セリスは不快感を露わにして振り返った。
「悪いけど、今、あなたと話したくないの」
 セッツァーが悪いとは思っていないけれど、とても冷静に話せる状態ではない。
 しかし明らかに嫌がられても、ふてぶてしいセッツァーは肩をすくめてセリスに近付いた。
「話す必要はねえさ。話すより行動した方が、男と女の仲は深まるんだぜ」
 何を言っているのだろう? セリスはセッツァーの言っていることが理解できず不可解そうに眉根を寄せた。
「そんな気持ちのままで、明日の戦いには行けないだろう?」
 それは確かにセッツァーの言う通りで、唇を噛みしめたセリスは、八つ当たり気味にセッツァーを睨み付けた。
「……それだとどうなるっていうの?」
「どうってわけじゃない。今日あんたを抱いたりしたら、余計明日に響くかもしれないからな」
 にやにやと笑うセッツァーは、セリスの苛立ちなど相手にしていないようだ。
「それはお気遣いありがとう。じゃあ明日に備えて寝るわ」
 セリスは素っ気なく(きびす)を返したが、セッツァーは素早くセリスの腕を掴んで引くと、強引に唇を重ねた。
「なっ……!」
 振り向き様にパーティールームから出てきたロックの姿が目に入ったセリスは、気にしないと決めていたのに反射的にセッツァーを突き飛ばしていた。
 ロックはただならぬ雰囲気のセッツァーとセリスを見て、眉間に皺を寄せて固まる。
 セリスはそんなロックを見ないようにしながら──視界の隅に入ってしまうけれど──後悔していた。セッツァーといい仲になったようなことを言ったくせに彼を拒否していたらおかしいではないか。
 なんとか取り繕おうとして、セリスは顔の筋肉を硬直させて言った。
「私は露出の趣味はないの。続きは私の部屋でいい?」
 豹変したセリスの台詞にセッツァーは片眉を上げて後ろを振り返った。そこには硬直したロックが突っ立っていた。
「……そうだな。俺も他人に見せてやるつもりはない」
 頷いたセッツァーはゆったりとセリスの肩に手を回すと、彼女の部屋を目指して歩き始めた。
 セッツァーの腕の中で、セリスは自分が一体どうしたいのかわからなくなっていた───


 考えないようにしていたのに───
 セッツァーに抱き寄せられてお持ち帰りされるセリスの姿に、ロックはたまらなく惨めな気持ちになる。
 早足で自室に帰り、ベッドに腰掛けるとポケットから引っ張り出した煙草に火を点けた。
 考えないようにしていたし、想像しないようにしていた。
 セリスがセッツァーに抱かれた。
 言葉だけならまだ耐えられる。だがその様子を想像してしまったら、もう耐えられるわけがなかった。
 ロックが知っているのは彼女の唇の味だけだ。その柔らかさだけだ。
 セッツァーは彼女がどんな声で啼き、どんな表情を浮かべるのか、その感触も、すべて知っているのだ。
 そんなことを思って吐き気がした。
 自分以外の男が彼女に触れて、彼女のあの白磁の肌に触れて、あんな風に痕跡を刻みつけて……今も恐らくそうしているのだ。
 誰にも見せたことのないはずの、あられもない姿を、セッツァーには見せているのだ。
 愚かな独占欲に支配されて、どうにかなってしまいそうで、ロックは歯を食いしばって己の太腿を殴りつけた。
 全て己の不甲斐なさが原因だと思うと、余計にやりきれなかった。

 

■あとがき■

 魔大陸脱出後を書くかどうか迷いました。ただ何作か書いているし、同じようなシーンになるだけなのでやめました。
 どうすれば盛り上がるかを考えるんですが、ロクセリの場合何作も書いているせいで、同じシーンにならないことが優先されてしまいます。又は同じシーンだとしても違う内容ならいいんですが、内容まで重なったりしてしまうんですね;;
 書いてないつもりでも、読み返すと「あ、こことダブってる!」っていうのがあったりしまして……。本数が多いと、全てを確認するのは大変なんです。あと、自分のイメージが強かったりするので、どうしても同じイメージで話を作ってしまうんですね。難しいです。
 次はまた大分イベントが飛んで、世界崩壊後のお話になります。ED後まで書くかどうかはまだ決めてませんが、自分で物足りないと思ったらきっと書きます。久々に何話にするとか考えずに書いている話なので、長くなるかなぁ。そうでもないかも? とりあえず、あと数話は続くのでお楽しみに! (06.07.16)

-4-

 セリスを諦めなければならないと思った。
 レイチェルを死なせてしまった自分は、もとより彼女に相応しくなどなかったのだと思った。
 世界が崩壊し、飛空艇から投げ出されたロックは、軽い怪我で済んだものの、失意のまま旅を続けていた。
 仲間達はどうなっただろうか。セリスはどうなっただろうか。気になって仕方ないけれど、自分は彼女を捜す権利などないと思う。
 どうしていいかわからず、移動手段がほとんど使えなくなった世界で、やっと半年かけてコーリンゲンに戻った。
 レイチェルは変わらず安らかに眠っていた。
 生き返らせるためにと時を止めたのに、永遠にこのままにさせるわけにはいかない。
 後悔ばかりの人生だけれど、一つぐらい成し遂げなければならないと思い直したロックは、酒場でフェニックスの秘宝に関する噂を耳にした。
 その偶然に、やはり自分はレイチェルを生き返らせるべきなのだと確信する。
 レイチェルを生き返らせれば前に進めるんだと、そんな風に思いこんでいた───

 

†  †  †

 

 目が覚めたセリスは、世界崩壊後半年も経過していたことに驚き、魔大陸に挑んだのはまるで昨日のようだと感じた。
 一晩寝たら半年過ぎていた。そんな感じで、時間が過ぎたという実感もなく、まずセッツァーを利用したことを後悔した。
 セッツァーに抱かれてしまえば忘れられると、そんな風に思った。だけど、無理だったから。


「あんたから俺を誘うとはね」
 セリスの部屋に入ると、セッツァーは彼女の耳元で皮肉っぽく呟いた。
「それほどロックの存在は大きいってことなんだろうが、俺は利用されただけじゃ済まないぜ?」
「そんな風には思ってないわ」
 セッツァーをまっすぐに見つめたけれど、大嘘だった。とっさに言っただけにすぎず、ただあの場を離れたかっただけだった。だが勿論、セッツァーが納得してくれるはずがないことはわかっている。
 後に引けなくなってしまえば、諦めるしかなくなる。このままセッツァーのものになってしまえばいい。
 ロックを想うことに疲れていたセリスは、逃げ場を探していた。
「俺のことしか考えられないようにしてやるよ」
 傲慢な言葉に続く口づけに、セリスは身を委ねた。
 熱に浮かされたようにセッツァーの名を呼び、心の中をセッツァーで満たそうとした。
 セッツァーはセリスの気持ちをわかっていたのか、労りよりも強引さで彼女を奪った。

 魔大陸に挑む朝、セッツァーの腕の中で目覚めたセリスは、初めてみる無防備な彼の寝顔に胸が痛んだ。
 セッツァーを嫌いなわけじゃない。好きだとも思う。でも、でも違った。愛しいという感情が沸いてこない。自分だけのものにしたいという独占欲が起こらない。
 もしここにいたのがロックだったら、そんな想像をしてしまい、セリスは美しい顔を歪めた。
 くだらないことを考えた自分を許せずに、そっとベッドから抜け出す。セッツァーを起こさないように身支度すると、一人部屋を出た。
 虚しさが心に巣くっていたけれど、昨日までの沈んだ心よりは幾ばくかマシだった。
 甲板に上がって白けてきた空を眺める。薄い光が空を淡い紅に変えていた。夕日よりも優しい青みがかった桜色の空を、セリスはただ心を空っぽにして眺める。
 あまりにぼーっとしていたから、背後の人の気配にもまったく気付かなかった。
「……おはよう」
 沈んだ声に驚いて振り返ると、暗い顔のロックが立っていた。
「お、おはよう」
 セリスは無理矢理笑みを浮かべて答えた。
「よく眠れたか?」
 何気ない問いにどきりとする。別に他意があったわけではないはず。セッツァーと寝たことを含んで言っているわけではないはず。
「ええ。あまりにぐっすり眠れたから、早く目が覚めちゃって」
 実際は落ち着かなくて目が覚めたのだが、セリスは強がりを口にした。ロックに向かって弱音を吐くなんて許されない。
 だがロックは、セリスの強がりなどすべて吹き飛ばすような問いを発した。
「セッツァーに抱かれるのは……いいか?」
「…………え?」
 セリスは意味がわからなくて、でも顔を真っ赤にして思わずロックの顔を見た。ロックは苦虫を噛み潰したような表情で、視線を落とす。
「あいつと寝て、よかったか聞いてんだよ」
「……何言って……」
 よくないならセッツァーと寝たりしないとセリスは思ったが、ロックが尋ねているのはそういうことではない。だが結局、セリスは彼が何を聞きたいのかはわからなかった。
「くそっ、俺、サイテーなこと聞いてんな……。悪かった。……俺は…………お前が、幸せになることを願ってる」
 突然の言葉に、セリスは目を瞬かせる。彼は一体、何が言いたいんだろう?
「お前が……セッツァーを選んだのは仕方ないと思う。お前がそれで幸せになれるなら、仕方ないよな。…………悪い。わけわかんねーよな。今日、みんな無事に帰ってこれるといいな」
 無理矢理話題を変えたロックは、困ったように笑って早足に去って行った。
「私の幸せ……?」
 幸せが何かなんて、セリスにはわからない。少なくとも、今、幸せな気分でないのは確かだった。


 自分は既にロックを想う資格なんてない。セッツァーに逃げて、彼に抱かれたのだ。もう取り返しがつかない。
 セリスは己の愚かさを呪った。
 例え報われない恋だろうと、逃げるべきではなかった。振り向いてもらえなくても、片思いでいればよかった。
 もう、ロックもセッツァーも生きているかどうかすらわからない。
 シド博士の話によれば、世界は絶望に包まれているという。同じようにセリスも希望を失っていた。
 半年に及ぶセリスの看病で披露が溜まっていたのか、シド博士自身も病に倒れ、セリスの必死の看病虚しく亡くなってしまった。
 孤島でどこにも行けず一人きりどうしろと言うのか───。
 何人もの人が自ら命を捨てたという崖へ向かったセリスは、絶望の淵で一瞬飛び降りることを躊躇してした。そこへ空から下りてきた白い鳩が、彼女の肩に止まる。
 白い鳩は青い布を巻き付けていた。何気なく鳩に触れ、両手で捕まえたセリスは、その布地に大きく目を見開いた。
 特徴ある模様は、ロックが好んで巻いていたバンダナと同じ柄だった。
 セリスは大人しくしている鳩からバンダナを外す。怪我をしていたのかもしれないが、どうやら癒えているようだ。
 薄汚れたバンダナを広げると、隅っこにRockと筆記体で刺繍がしてあった。以前、レイチェルが刺繍してくれたのだと話してくれたことがあった。間違いなくロックのバンダナ。
「生きて……いるのね……?」
 想うことすら許されないなんてあるのだろうか? 相手が目の前にいないのなら、想うことぐらい許されるのではないだろうか?
 死ぬのはいつでもできる。本当に耐えられなくなったら、その時に死を選べばいい。
 ロックが生きているのなら、世界をこのままにするわけにはいかない。
 きっと彼がレイチェルを生き返らせて幸福に暮らしていけるように、セリスにできることはケフカを倒すことだから。

 

†  †  †

 

 マッシュとエドガーと再会したセリスは、コーリンゲンでセッツァーを見つけた。
 酒場でのんだくれるセッツァーは、セリスの知っていた彼とは別人のようだった。
 かまわなくなった身なりに無精ひげ、傲慢さよりも投げやりさですべてを諦めているかのよう。
 正直、見かけたときはセッツァーだとわからなかった。薄汚れたマントを羽織った姿は、アル中の一人にしかすぎなかったからだ。
 それでも生きていてくれたのは嬉しかった。セリスはまた一つ希望を手に入れた気持ちで鉄色の髪の男に近づいた。
「セッツァー……!」
「生きていたか」
 チラリとセリスを見たセッツァーだが、セリスが想像していたように再会を喜んではくれなかった。初めて自分を抱いた男であり、それは皆が離れ離れになる前夜だったというのに、そういった感傷などすべてなかったような冷めた反応。
 でも、自分とセッツァーの感情などどうでもいい。それより大事なことがある。セリスはセッツァーの顔をのぞき込んで語気を強めた。
「一緒に行きましょう。ケフカを倒しに!」
「ふ……もう俺は何もかもやる気力が無いよ」
 どんな場所にいても傲慢な人かと思っていた。そんな所に惹かれていた部分が少なからずあっただけに、セリスにとってはショックだ。
「何を言ってるのよ!」
「もともと俺はギャンブルの世界……。人の心にゆとりがあった平和な世界に乗っかって生きてきた男。そんな俺に、この世界は辛すぎる。それに翼も失ってしまった……」
「世界が引き裂かれる前に、あなたは私たちと必死に戦ってくれたじゃない? あんな辛い戦いに……」
 敢えて自分との関係は持ち出さなかった。エドガーとマッシュが側で聞いていることもあったが、セッツァーが持ち出さない限りセリスから蒸し返したいことではない。
「でももう俺は……夢を無くしちまった」
 彼の言う『夢』とは、飛空艇のことだろうか。セリスは子供みたいなセッツァーを叱咤した。
「こんな世界だからこそもう一度、夢を追わなければならないんじゃない? 世界を取り戻す夢を……!」
「ふふ……あんたの言うとおりだぜ。付き合ってくれるか? 俺の夢に」
「勿論よ!」
 セッツァーがわかってくれたことにホッとしたセリスは力強く頷いた。
「ありがとう。行こう…ダリルの墓へ……。蘇らせる。もう一つの翼を!」


 セッツァーが希望を取り戻してくれたものの、セリスは複雑な心境だった。
 今はもう彼に答えることができない。だから、どういうつもりにせよ彼が何も言ってこないのは助かると思っていた。同時にはっきりしないままで、不安に思っている部分もあった。
 ダリルの形見である飛空艇ファルコンを手に入れた晩、セリスは自分からセッツァーの船室を尋ねた。
「話が、あって……」
 言いにくそうなセリスを、セッツァーは苦笑いで迎える。
「やっぱりロックの方がいい、か?」
 あまりに直球で尋ねられ、セリスは言葉を失った。セリスが何も言えないでいると、セッツァーは小さく笑みを浮かべた。
「コーリンゲンで噂してたな。秘宝と、それを探す男の」
「……ええ……ロックは世界がこんな状態でも、自分を見失わない人なのね」
 飲んだくれていたセッツァーに対する嫌みなわけではないのだろう。セリスは悲しそうな表情だった。
「やっぱりあいつはレイチェルを諦めてないんだな」
「生き返らせることができるといいわね」
 セリスの言葉に、セッツァーは片眉を上げた。本気で言っているのかと彼女を見る。
「ロックは、あんたを愛してるんだと思ってたがな」
 真面目な言葉に、セリスは思わず吹き出しそうになる。
「どうしてそうなるのよ。私に同情的だったけれど、私を気にかけていてくれたけれど、私はレイチェルさんよりは下だったわ」
 どうやらセリスは本気でそう思っているらしい。セッツァーは眉根を寄せて唇を歪めた。
「視線だけで人が殺せるなら、おそらく俺はロックに殺されてたな。そのぐらいの殺意を込めて、ロックは俺を睨んでた」
「……いつの話よ」
「魔大陸へ乗り込んだ日。俺があんたをあいつの前でかっさらって抱いた次の日だよ」
 朝、少し会話を交わしたけれど、ロックは殺気を秘めているようには見えなかった。いつになく落ち込んでいるような感じではあったけれど、殺意を抱いているようには見えなかった。
「気のせいじゃない?」
「さあな。元々おかしいと思ったんだ。ロックはどう見てもあんたを愛してるのに、あんたは何故かロックから逃げてた。俺はそこにつけ込もうと思ったんだけど、失敗だったな。成功したのはロックに敗北感を味合わせたことだけだ」
「だから、そんなの勘違いだって……」
 どうあっても認めようとしないセリスに、セッツァーは呆れ顔で肩をすくめた。
「ま、信じようと信じまいとあんたの自由だけどな。俺はあんたを諦めたわけじゃないし」
「えっ……!?」
 彼があまりに淡泊な態度をしているので、てっきり諦めてくれたものと思いこんでいたセリスはぎょっとしてセッツァーを見た。
「今は一時休戦にするさ。ロックはここにいないっていうのにあんたは俺になびきそうにないし、またあんたが弱ってる時につけ込むことにする」
 堂々と卑怯なことを宣言したセッツァーに、セリスは感謝していいのやら呆れるべきなのやら迷ってしまったのだった。

 

■あとがき■

 魔大陸のイベントは入れませんでした。これも悩んだのですが、ほとんどゲーム通りなのに入れると無駄に長くなるし、ちょっとしたロックやセリスの態度の違いを書きたいとも思ったのですが、そこまで重要というようなシーンでもないので……。
 ダリルの墓イベントは、途中までになってます。ゲーム通りのストーリーと思ってください。秘宝の噂についてはうろ覚えなので、違っていてもつっこまないでくださいw
 今回、どう話を進めるか迷いました。世界崩壊後はロックが仲間に戻ってくるのが遅いため、三角関係を広げにくいのです。うーん、どこで完結させるか、ED後までのばすかどうかも悩んでます。
 ドロドロって難しいですよね;; 特にゲームは元のストーリーに左右されるため、くっついたり離れたりがまた難しい。そのためにはやはりED後までダラダラといくしかないのか……。あまりにダラダラしそうならやめますが、まだ考え中なのでした。
 PCを新しくしたので、キーボードも変わったのですが、ちょっと打ちにくいです。いつもより誤字脱字が多かったらすみません;;  (09.7.29)

-5-

 セリスを諦められたつもりでいた。
 会わなければ気持ちは冷めてゆくものと思っていた。
 そうでなければ辛すぎたから、そうであってほしいという願いが、彼女のことを忘れたように錯覚させていた。
 だけどそんなのは幻想で───。
 すべてをリセットするために、レイチェルを生き返らせようと赴いたフェニックスの洞窟で、ロックはセリスに再会する。
「やっぱりここに来たか……」
 エドガーの言葉に、ロックは上の空で頷いた。
 仲間達の中にあったセリスの姿が目に入り、変わらぬ彼女に心臓が大きく跳ねた。
 ただ古傷だ疼いただけだと自分に言い聞かせ、彼女を意識しないようにとしたけれど、全身の神経が彼女を気にしていた。
「ついに秘宝にたどり着いた、か」
 乗組員に飛空艇を任せてきたたというセッツァーが皮肉っぽく言った。
 しかし手に入れたフェニックスの魔石はヒビが入っていて、レイチェルを生き返らせる可能性は低かった。
 それでも仲間達はロックにレイチェルを生き返らせる時間を与え、セッツァーは飛空艇をコーリンゲンに向かわせた。
 コーリンゲンへ向かう間、ロックは様々な感情が入り交じって、一人部屋に閉じこもっていた。
 部屋から出てセリスに会ってしまうのが恐い。彼女を見ると今でも平静でいられなくなってしまうから。
 ヒビの入った魔石はレイチェルを生き返らせられないかもしれず、だが生き返ったとしても以前と同じ気持ちでレイチェルの前に立つことができないと悟ってしまった。
 レイチェルを生き返らせれば、すべて元に戻る。
 そんな幻想を抱いていた自分が、どこまでも愚かしく思えてくる。
 でもせめて、己の過失が一つ消えるなら、秘宝を試して見ないわけにはいかなかった。

 

†  †  †

 

「ロックの奴、疲れて寝てんのか?」
 船室に閉じこもったままのロックを思い、マッシュが首を傾げた。
 なんとなくロックの心中に予想のついているエドガーは、苦い笑みを浮かべる。
「そうだろう。ロックは多少無理をするきらいがある」
「でも……生き返るといいわね」
 セリスの呟きに、その場の全員の視線が彼女に集中した。
「な、なに?」
 皆の何か言いたげな視線に、セリスは困ったようにはにかむ。
 誰もが何を言っていいかわからないというような顔をしていたが、最初に口を開いたのはカイエンだった。
「そうでござるな」
 誰もそれを望んでいないことを、恐らくカイエンも気付いている。無骨な武士だが、それでも年の功があり妻子持ちだったのだ。
 カイエンの言葉に、皆、曖昧な顔で頷くしかできなかった。


 コーリンゲンに到着すると、セッツァーに連れてきてくれた礼を言ったロックは、深刻な顔で飛空艇を下りて行った。
 その後ろ姿を船室の窓から眺めていたセリスは、たまらなく切ない気持ちになる。
 ヒビの入った魔石では、もしかしたらレイチェルさんは生き返らないかもしれない。そしたら、ロックは一体どうするんだろう? どれほど絶望するんだろう?
 セリスがここまで頑張ってこれた支えも、ロックが生きているという事実だった。生きるということはそれ自体が希望なのだ。それなのに───
 色々考えたあげく、居ても立ってもいられなくなったセリスは、飛空艇を出てレイチェルの眠る廃屋へ向かった。
 誰もが寝静まった真夜中、幽霊が出ると噂の廃屋は三日月の中で不気味な気配を漂わせていた。
 ロックが飛空艇を出てから一時間は経っている。レイチェルはどうなったんだろうか。
 気になるけれど、廃屋の中まで踏み込む勇気はなかった。感動の再会を邪魔することになるかもしれないし、例えば抱き合うロックとレイチェルを見てしまったとしたら、ショックを受けるに決まっている。
 もしそれ以上のことをしていたら、セリスは一生立ち直れないかもしれない。
 なんてくだらないことを考えているんだろう。セリスは自分の思考が嫌になった。
 レイチェルが生き返るのを望んでいるし、ロックの幸せを祝福したいと思っている。二人は愛し合うべく者同士だ。愛してもいない男に抱かれたセリスとは違う。
 己の弱さに嫌気がさすが、過去が消えることはない。せめてもの救いは、セッツァーがセリスを責めないことだ───彼にも弱みにつけこんだという罪悪感があるからだろう。
 廃屋の扉のすぐ横に壁に寄りかかってしゃがみこんだセリスは、ぐるぐると余計なことばかりが頭に浮かんでばかりで落ち着かない。
 少し走ったりした方がいいのかもしれないと立ち上がった時、扉が開いた。
 驚いて飛び退いたセリスは、人の気配に目を剥いたロックと目が合い心臓が止まるかと思う。
「……セリ、ス……?」
 セリスがいるなんてまったく予想しなかったロックは、呆然と彼女を見る。薄暗い中でもそこにいるのがセリスだということは確信を持てた───彼女を間違えることはない。
「あ、その……レ、レイチェルさんは?」
 しどろもどろに尋ねたセリスに、ロックは力無く首を横に振った。
「天へ還ったよ」
「……そんな…………生き返らなかった……の……?」
 半ば予想していたこととは言え、それを希望にしてきたロックを思うと、セリスは複雑な気持ちでいっぱいだった。
 なぜなら、自分の気持ちが軽くなったような気がしたから。
 レイチェルが生き返ってくれればいいと思っていたけれど、そんなのウソだった? 自分に言い聞かせていただけだった?
「これで、いいんだよ。……悪いな。心配かけたか?」
 ロックはセリスが思ったよりすっきりした表情をしていた。落胆はしているようだが、瞳は力が宿っている。
「みんな心配してたわ。あなたはレイチェルさんを生き返らせるために努力し続けたのを知ってるもの」
 セリスは真面目に言ったのだが、ロックは唇を歪めて天を仰いだ。
「……痛い言葉だ」
「え?」
「いや……でも、やっと過去から抜け出せたよ」
 ロックは自分でも驚くほどに穏やかな気持ちでいられた。セリスを目の前にし愛しさと切なさがこみ上げてくることに変わりはないけれど、逃げ出そうとは思わない。
 自分はたくさんの間違えを犯したけれど、レイチェルを生き返らせようとしたことは間違えではなかったのだろう。最後にロックの気持ちを理解し励ましたレイチェルは安らかに逝ったし、ロック自身も彼女が生き返らなかったというのにすがすがしいほどの気持ちだ。
「お前にもたくさん謝らないといけないな」
 その言葉に、セリスの胸が痛む。謝ってほしいなんて思っていないから。
「そんなこと……」
「いや、振り回して傷つけた。ごめんな」
 実直なロックに、セリスは頭を振った。
「そんな昔のこと、もういいのよ」
「昔のこと、か……。そうだよな。俺の気がすまないってだけで、また蒸し返したな」
「そうじゃないの。本当にもう気にしてないって言いたいのよ」
 必死になって訴えようとするセリスに対し、ロックは皮肉っぽい口調で俯いた。
「そうか。……お前の中じゃ、本当に過去のことってわけか」
 そんなロックに、セリスはもう何を言っていいかわからない。ロックは深いため息をつくと、開き直ったように言った。
「それでも聞かないと気が済まないんだ。……お前は、セッツァーを愛しているのか?」
 唐突なロックの問いに、セリスは息を呑んだ。何故今更そんなことを聞くのだろう? 勿論、もうセッツァーとはなんでもないただの仲間に戻っているが、ロックはそれを知らない。だがロックにはそんなこと関係ないはず。よくわからないが、今度は正直に答えた。
「……いいえ。単なる仲間にすぎないわ」
「それなら、俺にもチャンスはあるな?」
 予想だにしない確認に、セリスは意味を理解できずに眉根を寄せた。
「…………え?」
「俺は全身全霊をかけてお前だけを想うことができるようになった。俺の心を縛るものは他に何もなくなった。もう自分に嘘をつく必要はないし、遠慮もしない。レイチェルと約束したからな。本当に好きな奴と幸せになるって」
「何、言って……」
 展開についていけないセリスは、よろけて壁に手をついた。一歩足を踏み出したロックに、セリスはどうしていいかわからず身体を硬直させる。
「怯えないでくれ。遠慮しないとは言っても、お前が嫌がることはしない。お前を想うことすら嫌だと言われたら、それは止められないけど」
「…………私を、想う………?」
 セリスの中では、ロックが彼女に振り向いてくれる可能性は微塵もなかった。期待して傷つきたくなかったから、絶対にあり得ないと決めつけていた。だから信じられず、信じてしまうのが恐い。
 なによりセッツァーに逃げて抱かれたことが、負い目になっている。ロックに想われる資格なんてないと、そう考えてしまう。
「ずっとお前に惹かれてた。出会った時から、そうだったんだろうな。俺はガキみたいにお前に恋して心を奪われて、自分をコントロールできなくなってた。だから盲目になりすぎて信じられなくなったり、嫉妬したりしてお前を何度も傷つけた。もう傷つけない。お前が振り向いてくれるよう、努力し続ける」
「でも、私は…………セッツァーに…………」
 消え入りそうなセリスの声に、ロックは苦い笑みをこぼした。
「ああ。何があっても止めればよかったと後悔してる。例えお前が望んだことだとしても、俺には耐え難い事実だ」
 あの時も、ずっとセリスを想っていてくれたというのなら、セッツァーに抱かれたことは重大な裏切りだ。セリスは自分が愚かで許せなくて、思わず涙を溢れさせる。
「っ、悪い……泣かないでくれ」
 ロックはポケットから綺麗なバンダナを引っ張り出すと、もう一歩までに出てセリスの涙を拭った。
「お前が悪いわけじゃないんだ。お前に望まれなかった俺が悪い。……ああ、傷つけないって言ったそばから泣かせちまった」
 戸惑うロックの声は優しい。セリスの頭を撫でる手も、ぎこちなく抱き寄せてくれた仕草も、すべてが優しい。
「違う……」
 セリスは嗚咽を堪えながら呟いた。
「違うの……。私が、恐くて逃げたの……。あなたを忘れたくて、忘れられなくて、後戻りできないことになってしまえば忘れるしかないって……だからセッツァーのところに逃げたの」
 ロックにとって、それは想像してなかったことではない。その可能性もあると、自分がセリスを追い詰めたと考えてはいた。だが実際肯定されると、すべて自分が招いた事態であることに行き場のない憤りを覚える。
「だから、ごめんなさい。私はあなたに想ってもらえるような女じゃない。卑怯でずるくて汚いわ」
「そんなこと微塵も思っちゃねーよ。ムカつくのは過去の自分で、お前じゃない。それよりは………………今でも俺を忘れられないと、そう言ってくれたら…………それはさすがに考えが甘いか?」
 彼を好きだと言う資格があるのかどうか自信がなかった。だけれどもここで素直にならないと、同じことを繰り返すだけだ。
「あなたを……忘れた時なんてなかった」
 ロックに抱きしめられているセリスは、彼の首筋に顔を埋めたまま震える声で伝える。
「……セリ……ス……? 本当、に?」
 もう完全に愛想を尽かされているだろうと思っていた。魔大陸に行く前のように微かな希望を抱くこともなくなっていた。
 ロックは小さく頷いた彼女の身体を少しだけ離して、赤くなった目を覗き込む。
「嘘じゃないわ。ずっと、あなただけを想ってきたの」
「あぁ……夢みてーだ」
 感嘆の息を漏らしたロックは、奪うようにセリスに口づけた。
 一度だけ交わしたことのある口づけよりもさらに深く甘い口づけは、脳が芯から痺れてしまいそうで、セリスは身体から力が抜けて慌てたロックに支えられる。
「大丈夫か?」
「ん……ごめん」
 潤んだ瞳で見上げられ、ロックは理性と格闘する。
「くそっ」
 思わず呟くと、セリスは目を丸くした。
「いや、お前がほしくてたまんねーよ」
 正直に吐き出すと、セリスは月明かりにもわかるほどに顔を真っ赤にして俯いた。すれていない反応が可愛らしくてホッとする。
「でも……嫌じゃない?」
「ん? なにが?」
「だってその……私……」
 初めてじゃないと言いたいのだろうか。察したロックは苦笑いで彼女の頬に唇を押しつける。
「お前が俺を想ってくれるなら、それだけで十分だ」
「ロック……」
 また目頭が熱くなったセリスは、慌てて涙を拭う。
 そんな彼女の様子に、目を細めて微笑んだロックは手を差し伸べた。
「とりあえず、戻ろうか」
 こんな真夜中だ。田舎町のコーリンゲンでは宿も閉まっているだろう。
 セリスは少し残念に思ったが、ロックの手を取った。
 手をつないで並んで歩き出すと、なんだか不思議な感じだ。
「私……諦めてたの」
 歩きながら小声でセリスは話す。
「なにを?」
「あなたを好きな気持ちは認めることができたけど、あなたに振り向いてもらえるなんて思わなかったから、諦めてた」
「……俺は諦められなかったよ。しつこいからな。でも、お前が俺を好きでいることまでやめなくてよかった」
「やめようとしてもできなかったの。でも、好きでいてよかった」
 そう言って微笑んだ彼女は、年齢相応の少女のようだった。

 飛空艇まで戻った二人は、寝ている皆を起こさぬように中に入った。
 セリスはこのまま自分の船室に帰されるものと思っていたのだが、ロックは黙って彼女の手を引いて彼に宛われた船室まで連れて行った。
 船室に入ると手を離したロックは、セリスに向き直った。
「少しでも躊躇があるなら何もしない。離したくないから、ただ寝るだけにする」
 こんなにも自分を想ってくれるという事実に胸が熱くなったセリスは、ためらわずにロックの腕へ飛び込んだ。
「私は大丈夫。その……私も、望んでる、から……」
 セリスの言葉に、ロックは長いため息を吐き出して、彼女をそっと抱きしめた。
「本当、は、あの時も…………あなたに抱かれたかったの」
 聞き逃しそうな小さな声の告白に、ロックはやるせない気持ちになる。他の男のところへ行くしかないと追い詰めてしまったことは、どんなに悔やんでも悔やみきれない。
「忘れさせてやる」
 軽く口づけるとセリスを抱き上げて、ロックは彼女を寝台に横たえる。
「俺の感触しか思い出せないよう、刻みつけてやるから」
 低い囁きに、セリスは頷いて潤わせていた瞳を閉じた。
 遠回りしたけれど、生まれてから今までで一番幸せな時間を味わうために───

 

・ fin ・

 

■あとがき■

 無事? 完結です!
 正直、今回もどこまで書くか悩みました。もう一話(ED後まで)いかなかったのは、だらだら長くなっても収集がつかなくなるので;; 最後は、本当に悩んだのですが、セッツァーに抱かれたのなら、やっぱりラストはロックとwってことで^^; でも中途半端? 表の小説なので……どこらへんまで書いていいのかわからない桜でした。
 キスが脳が芯から痺れてしまいそうなのは、勿論酸欠だからです(笑) っていうか、長いキスの時って鼻で息するもんなんでしょうか? 私は鼻が悪いのでそれはないですが;; まあ、そういうのに「お手本」とか「見本」ってないですよねw 多分
 更新が遅れに遅れてしまって申し訳ありませんでした。つき様、これで完結となりましたが、いかがでしたでしょうか?
 自分的には結構満足な作品です。細かいところでは不満点はありますけどね;; でも自分の実力に対する不満でありその時々の精一杯です。
 次回はキリリクですが、誘拐モノで『銀世界から』みたいなお話になります。相変わらずまったり更新になりそうですが、どうかみなさま、万象の鈴(携帯版は万象の鐘)をお忘れにならないでくださいね~w (06.9.11

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