鳴りやまぬ雨の音に抱かれ、静かに羽化を始める。
誰のため? 自分のため? 生きるため?
命を紡いでいけるよう、雄を惹きつけるため───
鮮やかな羽を広げて、雄を誘うため───
それは意志ではなく、太古から受け継がれる本能に過ぎない。
蝶に意志を持てる程の脳などあるはずないのだから。
自分が意図することもなく、雌は雄を誘っている。いつも───
† † †
「ちくしょっ」
休息日、思わぬどしゃ降りにあった俺は舌打ちをした。
なんの気なしに海岸を歩いていた。一人、考え事をしたかったからだ。
セリスのことを───。
俺は、正直に彼女が好きだ。今は胸を張ってそう言える。
ケフカを倒す前にそれを告げるべきか、まだ待つべきか、迷っていた。
俺が魔導研究所で彼女を信じられなかった後……セリスはケフカに無理矢理純血を奪われたと言っていたこと……。魔大陸に行く前、「私は汚れているから」そう言って俺の優しさを突っぱねた彼女。
そんなことは思っていない。ケフカを許せないけれど、彼女の罪じゃない。
俺は雨が頭を冷やしてくれるようでしばらくそのまま濡れていたが、いい加減打ち付ける程に強くなったのでどこか雨宿りできる所を探した。
そういえば、向こうに洞穴みたなのがあったはず……。思って走り出す。
あった! 俺は歩調を緩めてその穴に入る。と、
「あ……」
小さな声がした。俺はその声を出した人物を見て絶句する。
「っ!」
セリスだ。
今日は珍しいワンピースを着ている。白の簡素なワンピースはティナ&リルムとお揃いで、無理矢理リルムに着せられていた。
濡れずみの彼女はその白いワンピースを身体に張り付けて水を滴らせている。俺はさらにもっとひどい。
だが俺は自分が濡れている状態なんかより……彼女から目が離せなかった。
何かを訴えるような輝きを放つアイスブルーの瞳。泣きそうに歪む口元。身体の線が露わになったそのしなやかな肢体。綺麗だと同時に、それはなまめかしかった。
そんなつもりじゃないだろう。だけど、まるで誘っているようだ。
俺の頭の奥で警鐘が鳴る。それ以上見るな、と。だけど無理だった。目がそらせない。釘付けになって、俺の中で生まれる熱を押さえきれない。
やっとのことで視線をそらし彼女に近付いた。セリスは怯えたように身体を固くする。
「雨宿りか?」
なんとかこの気まずさを打開しようと尋ねたが、緊張のためか声が掠れていた。
「え? あ、ええ……」
彼女はホッとしたように身体の力を抜いて頷く。
「突然で参ったな」
言いながら俺はバンダナを取るとギュッと固く絞った。うざったく額に貼り付く前髪をかき上げる。
「そうね。……散歩?」
「ん。お前も?」
「そう」
意味のない会話は虚しい。沈黙の共有が息苦しくて……俺は洞穴の外を睨み付けた。あのまま雨に打たれているべきだったのか……。
激しい雨の音が俺を駆り立てるように響く。俺は一体何に駆り立てられている? そんなことを考えて「しまった」と思う。
全てを自分の中で消化しようと拳に力を入れた。まるで怒りを堪える時のように歯を食いしばる。まるで殴られる時のように目を固く閉じる。
が、俺の中にくすぶる“何か”は一向に褪せない。
「ケフカを倒した後……どうするか決めたか?」
俺はそう尋ねていた。
「いいえ」
短く答えた彼女に、
「俺と、行かないか?」
意を決して尋ねた。
「何言って……」
彼女の声が震える。俺は自分の本音から逃げることをやめ、振り返った。
「お前と生きたいんだ」
戸惑ったように怯える彼女を真っ直ぐに見つめる。
彼女は蛇に睨まれた蛙のごとく固まっていたが、ぎこちない動きで横を向くと、
「……私には……そんな資格なんて ……」
小さく呟く。資格ってなんだ? ケフカのことか? そんなの俺にはどうでもよかった。
彼女を追いつめ、彼女の両脇に手をついた。今、逃げられるわけにはいかない。逃がさない。
「俺はお前がいいんだ。他の誰でもない、セリスがいい」
間近で告げると、彼女は俺の真意を探るかのように、まじまじと俺を見た。
俺は彼女の髪を耳に掛け、耳元に唇を寄せて囁く。
「お前を誰にも渡したくない」
彼女の身体がギクリと強張る。
俺だって緊張してないわけじゃない。だけど、それより心が産んでしまった熱の方が遙かに勝っていた。
俺は彼女の耳たぶに触れるか触れないかの位置で、告げた。
「好きだ」
ありったけの思いをこめて。
彼女が息を飲んだのがわかった。
「好きだ。お前が欲しい」
そのまま彼女の白い首筋に唇を押し当てると、彼女はぴくりと震える。
その可愛らしい反応が、俺の脳を更に麻痺させる。求める気持ちはもう止められない。
「ケフカにされたことなんて全て忘れさせてやる。俺で、お前を満たしてやるよ。」
彼女は何も言わなかった。俺は少し身体を離して彼女の顔を見る。彼女は今、どんな顔をしている?
「…………」
セリスは熱の籠もったアイスブルーの瞳を潤ませ俺を見つめていた。頬が少し紅潮している。請うように、唇が薄く開いている。
「お前を、愛してる」
俺の言葉に彼女の金の睫毛が震えた。
艶やかな彼女の桜色の唇がわななき、俺を誘っているようで。
躊躇いもせず彼女の唇を奪った。
優しく、溶けてしまうように。
甘く、溺れてしまうように───
† † †
リルムに無理矢理着せられたワンピースをわずらわしく思いながら、海岸を歩いていた。
ロックの近くにいるのが恐い。
彼を好きな自分がいる。だけど彼の視線が恐い。
私は汚れてしまった。汚されてしまった。
彼は「そんなことない」と言ってくれたけど、彼は優しいからだ。だって彼の視線は悲しい。私を見つめる時、とても悲しそうだ。
深いため息をつくと、ぽつ、何かが頬に当たった。雨?
空を見上げると、一斉に大粒の水滴が降ってきた。
「最悪」
諦めがちに呟いて、とにかく雨宿りできる所を探す。すると、少し向こうに岩がへこんでいるのが見えた。既にびしょ濡れだが、飛空挺まで戻るのは無理だ。
その場所まで行くと、小さな洞窟のようになっていた。奥行5mといったところ。海岸より一段高くなっているから地面から雨水が伝ってくることもないだろう。
ホッとしたのも束の間、入り口に人の気配を感じて視線を向けると、
「あ……」
思わず声をもらしていた。濡れずみのロックだった。
「っ!」
ロックが息を飲んだのがわかる。
そして私をまじまじと見た。こんな格好で濡れたから呆れているのだろう。確かにリルムに悪いことをした。
そんなことを考えていた私だが、向けられる視線が熱を帯びた気がして、私はピンを刺された蝶のように、その場に縫いつけられた。
黒に近い紺の瞳が私を見つめている。その視線が熱い。息をするのも苦しいほどに。
彼の髪から、全身からぽたぽたと水滴が落ちて水たまりを形成していく。
濡れた前髪から覗く視線は妖しい光を帯びていて、恐い。どうしてだかわからないけど、恐い。
同時に切ないほどに綺麗だと感じた。私がロックを愛する故、そう感じたのかもしれないけれど。
不意にロックが視線をそらした。解放された私はホッとしたのも束の間、彼が足を踏み出したのに反応して硬直する。
「雨宿りか?」
何気ない会話。私は肩の力を抜いて、
「え? ああ、ええ……」
頷く。ロックはため息混じりに、
「突然で参ったな」
そう呟いくと、バンダナを取って雑巾のように絞る。面倒くさそうに髪をかき上げる仕草が、私は好きだ。
「そうね。……散歩?」
「ん。お前も?」
「そう」
短い会話には中身がない。沈黙が気まずいと感じる。理由は簡単だ。私がロックを避けていたから。
激しさを増す雨を睨み付けるロックは、何を考えているのだろう。
何故、苦しそうに顔を歪めるのだろう。
拳を握り締めて、歯を食いしばり、眉をしかめている。ギュッと固く目を閉じて……。あたなは何を想ってるの?
目が離せない。切なげに歪められた表情を、綺麗だと感じるのは何故だろう?
ロックが絞り出すように言った。
「ケフカを倒した後……どうするか決めたか?」
考えはしたけれど何も決まっていなかった。
「いいえ」
私は簡潔に答える。
「俺と、行かないか?」
私は一瞬意味がわからず、ぽかんとしたが、
「何言って……」
答えた声が震えてしまう。
唐突に振り向いたロックは真っ直ぐに私を見つめ、
「お前と、生きたいんだ」
そう言い放った。私は思考が停止して、何も答えられない。
また、あの瞳で、炎を含有した何かを秘めた瞳で、私を縛り付ける。
「……私には……そんな資格なんて ……」
私はやっとのことで顔を背けるとそう言った。
彼はゆっくりと足を進める。その度に私は身体を固くした。
ロックは私のすぐ前まで立つと、岩壁に手をついた。私を逃すまいとするように。
「俺はお前がいいんだ。他の誰でもない、セリスがいい」
はっきりと告げられ、私は驚いて目を見開いた。彼の瞳の中に、彼の本心を見付けようとする。
わからない。ただ、私を写していた。私を見つめていた。熱く。
彼の顔が動いたかと思うと、耳元で囁かれた。
「お前を誰にも渡したくない」
耳にかかる吐息に背中がぞくりとした。鼓動が早くなり、心地よい切なさに襲われる。この熱に流されてしまいそうになる。
「好きだ」
真っ直ぐな言葉に私は息を飲んだ。
今……私に言ったの? 私に言ってるの?
「好きだ。お前が欲しい」
言うなり首筋に口づけられ、私は理由もわからず身体を震わせた。
「ケフカにされたことなんて全て忘れさせてやる。俺で、お前を満たしてやるよ。」
ああ……ロックに満たされたい。
「…………」
ロックが少し身体を離して私の顔を見た。先程よりも優しいだけど切ない表情。
「お前を、愛してる」
その告白に私は瞬きをした。本当に? 嘘じゃないの?
彼がそのまま顔を近付けてきたので、私は反射的に目を閉じた。
重ねられた唇は熱くて、柔らかくて。
求められているんだと感じた。体は雨に濡れて冷たいのに芯が熱を持つ。
優しい口づけに溶けてしまう。
甘い口づけに溺れてしまう───
■あとがき■
10000hit御礼フリーでございます。本当にありがとうございます。でもちょっぴりアダルティー。ロックとセリスが対比しながら読めます。別にしようかと思ったけど、せっかくなので……。お持ち帰ってアップされる場合は、別、又は片方でもOKです。
ちなみに、続きを隠しでアップする予定。そちらもフリーにしようと思ったんですが、隠しをフリーにしたって、更に誰も持って帰らないだろうと思ったので、やっぱりやめます。隠しを書いてアップしたら更新履歴に書きます。このページに隠しリンクを置くことになると思います。ただいつになるかは……(一ヶ月以内の予定)
持ち帰りフリーについて、詳しくはこちらをお読み下さい。
実は前のフリーもこんな展開にしようと思ってたんだけど、エドティナも書いたせいでボツでした。雨に濡れた色っぽいセリスに欲情するロックが書きたかったんです。ええ。すみません。 (03.8.27)
旧サイトではイラストページに置いていたウミさんのイラストを下に掲載してあります。
ウミさん、素敵なイラストを本当にありがとうございました。(20.09.05)
現在はフリーという扱いをしていませんのでご注意ください。転載禁止となっています。(20.9.21)
【この頁で使用させて頂いた素材サイト様】 ClipArt:mad flowers
おまけとして、Rainの続きが隠しページにありました。
マシュマロ6.5話よりは少し直接的表現を使ってます。ロック視点です。
読んでもいい、読みたいという方は……
JIMDOでは、隠しページとかできないので、パスワードを入力するようにしました。
R18となります。パスワードを入力された方は理解した上でご自分の意志で読むとみなします。パスワードは「suzuR18」です。(Rだけ大文字)
※Rain+はフリーではありません。
【ウミさんより一言】
久しぶりに昔の作品『Rain』を読ませてもらったら雨に濡れたロックが無性に描きたくなってしまいました。
昔の作品も大好きですー(>▽<)!!モノクロですがよかったらもらってやってください☆
こちらはP-BBSにお絵描きして頂いたものです。
RAINのイメージそのまんま! です。っていうか、素敵すぎます。美麗すぎてかなり興奮してしまいました。
こんなロックを想像して書いた小説だったので、それがイラストになるなんて嬉しすぎます。いつもいつも素敵なイラストをありがとうございます m(_ _)m ペコリ
【ウミさんより一言】
美麗すぎるなんてもったいない御言葉…しかもまたイラストページを作っていただけるなんて嬉しい限りです>▽<ありがとうございます!!
お礼にセットでセリスも描いてみました。雨の中で見つめあう2人はこんな感じかな…と勝手にイメージしてしまいました。
なんて嬉しいお礼なんでしょう! こんなお礼ならいくらでも頂きます(図々しくてすみません。冗談です(笑))。
潤んだ目が……あうあう。ロックでなくてもメロメロになってしまう。。。
またまたセットとなって、本当に嬉しすぎます。やっぱり、セリスあってのロックかな?w
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