暗い研究室の中、小さなカプセルから生まれた。
人工授精だったようだが親はどこの誰かもわからない。
様々な実験を受け、彼女は人としてすら扱われていなかった。
それでも彼女は生まれてくることができた。彼女が生まれるまでに13の命が研究の犠牲になっている。
モルモットにされる名もない子供、実験体No.015に最初に光をくれたのは、シド博士だった。
実験体No.015を作ったのは研究所でも極秘チーム“キメラ”で、シド博士にすら明かされていなかった。
チームキメラは、魔力の注入に耐えうる身体の追求を目的としていて、多くの人体実験を行っていた。
シドは動物実験で9割を越える結果が出たら人多実験へ移る方針だったが、ガストラ皇帝が「とても待てん」と、研究所の所長に命じ先立って行わせた。
対峙の時点から少量の魔力を注入し続け、少しずつ魔力に耐えうる肉体を作る。それがチームキメラの実験内容だ。
No.015はカプセルからでた後も無事に成長を続け、8歳で魔導に使える程の大量の魔力を注入された。シドが彼女の存在を知ったのはその時だった。
多くの命が犠牲になったことを嘆いたシドだが、No.015というすばらしい結果に喜びもした。だがNo.015に対する扱いを聞いて余りの非人道的さに激怒し、無理矢理セリスを自分の元に置いた。「魔法を教え使い物にするため」という大義名分を掲げてのことだが、チームキメラの者達はいい顔をするはずがない。
それでも承諾する結果になったのは、実験体No.010がいたからだ。カプセルから出た後、注入する魔力量が増え一度彼は脳死に陥った。研究員達が「死んだものは仕方ない。更なる魔力を注入すると人体はどうなるか」と、そのまま更なる魔力を注入した結果、No.10は生き返ったのだ。偶然だったのだろう。その方法で成功した例は他に無い。
後にケフカと名付けられた実験体は、世界を恐慌に陥れることになる。研究員は「脳死の時点でどこかが狂っていたのだ」そう思ったとそうだ。
シド博士に引き取られたNo.015は、“セリス・シェール”という名を与えられ、人らしい暮らしを始めた。
常識的な教育は受けていたが知識としてしか持たない彼女に、シド博士は我が子のように様々なことを教えた。彼女は空や海すら見たことがなかったのだから。
日光を浴びたことがないセリスは生っ白くひ弱な体をしていた。食事も、栄養はあるものの味気ないものしか食べていなかった。
そんな彼女に、シドはまず普通の人の生活をさせることから始めた。
三食以外にお茶の時間をつくり、1時間の散歩をし、共に温室の世話をした。
セリスが最も興味を持ったのは花で、初めて花を見た時の彼女の目の輝きを、シドは忘れないだろう。
「優しい生き物なのね」
彼女は植物をそう表現した。
自ら意志を持って人に危害をなすことは有り得なく、ただ太陽に向かって花開かせる健気な生き物だと。
研究に没頭することも多々あるシドだが、温室をほったらかしにした事は一度もなかった。何かを慈しむ心を失ってしまうことがどんなに悲しいか知っているから。そして彼自身も、自分の研究成果が兵器に変わっていく現実に傷つき、植物に癒しを求めていたのだろう。
どんな花も好きなセリスだったが、何よりも気に入ったのはバラの花だった。中でも“ホワイトクリスマス”という純白の花びらを持つ中輪の形よい蔓バラを愛でた。
† † †
セリスが普通の暮らしに慣れてくると、シドは彼女に魔法を教え始めた。
実際使える者が皆無(隠れ魔導士の村サマサはその時点では知られていなかった)のため、古書を解読しながら試行錯誤の連続だったが───シドの管轄ではないケフカは狂ったように独学していたそうだ。
彼女はどうやら氷系と相性がいいらしく、一番最初に形になった魔法がブリザドだった。
何度も同じ魔法を繰り返し練習し、最も初歩の魔法だというのに、自由に使えるようになるまで1年半かかった。
そうしてブリザドをマスターすると、ガストラ皇帝の命令により、10歳でセリスはシドの元を出ることになった。
帝国で、いや世界で(その時点ではそう思われていた)二人しかいない魔導士として、将来を期待され、個人的な剣の家庭教師をつけられた。
いくつも痣を作りながら、弱音も吐かず身体を鍛える彼女の将来を考えると、シドは胸が痛んだ。それでも彼にはどうすることもできなかった。せめて彼女にとって安らげる存在でいることだけしか──
シドとセリスが会えるのは、魔法の訓練時間と、少ない自由時間に彼女が温室の世話に来る時だけだった。
外での評判は「無愛想」な彼女だが、シドの前では違う。心を開いていたのだろう。とても嬉しかった。
自分の境遇を嘆きもせず(後から考えると他と比べることができなかったためだが)、素直でひたむきな少女のために、シドはバラを贈ることを決めていた。勿論、その時までは内緒だが。
† † †
15歳で、彼女は初陣を踏んだ。
レオ将軍がマランダの副都に攻め入った時だった。
その頃には、魔導アーマーが実用段間に入っていたが、レオ将軍は、
「たかが町一つ落とすのにそんなものは不要」
とそれを使わなかった。あまりの強力さに無駄な死人が出ることを厭うたからだった。
本や話にしか戦争を知らないセリスは、実際、戦場に立って、その残酷さに驚愕した。
多くの人間が当たり前に殺し合っている。そんな現実が存在するのだと、受け入れる他になかった───彼女はいつも、受け入れる以外に生きる術がなかったのだから。
しかしセリスはただ怯えているだけの少女ではなかった。
斬られそうになった仲間の前に割って入り咄嗟で敵を殺したのを皮切りに、無我夢中で突き進み、多大な戦果を挙げた。
その戦の後、彼女は副将に大抜擢される。人を殺して評価されたことが、まだ若いセリスには虚しいことだと感じられた。
それでも戦い続けたのは、他に生き方を知らなかったからだろう。世界中の人が持つ可能性すら、彼女は知らない。
実験体である彼女を帝国が手放す可能性はゼロに等しく、命を捨てることでしか現実から逃れる術はなかったのだ。
死にたいとは思わなかった。死は心を失うことだ。心を失うことは、自分が殺してきた人たちに対する罪を贖うことなくなかったことにしようとする行為になる。潔癖な彼女がそんなことを己に許せるはずはなかった。
副将となってからは、剣だけでなく戦術も学んだ。魔法はさほど上達しなかったが、幻獣ほど大量の魔力を操れるはずはないのだから、当然の結果と言えた。
セリス誕生以後も実験は続けられたようだが、成功した例は少なかった。成功しても魔法を使いこなすことはできなかったりと、魔力に拒絶反応を起こさないというのみでは、第二、第三のセリスは誕生しなかった。第二、第三のケフカも生まれなかったように。
† † †
マランダ首都攻防戦開始の時には、セリスは将軍となっていた。齢17歳だった。
そのままマランダ攻略を任され、彼女はそれを成し遂げることになる。
シドはそれを両手離しで歓迎はしなかったし、セリス自信も複雑な思いを抱いていた。
しかし自分が頑張らねば多くの部下、兵士を犠牲にすることになる。一人でも多く生きて帰らせたい、その想いで、ひたすら戦いに身を投じた。
マランダ陥落後、無事に戻ってきたセリスに、シドは前々から作っていた新種のバラを贈った。
“Celes”という名を頂く牡丹のように花びらの多い大輪で、白を基調に、中心がほのかに桃色を帯びていて、縁が薄青に彩られていた。
青いバラというのは珍しく、現存する品種で最も青いと言われるバラは“Blue Moon”という名の青みがかったラベンダー色でしかない。
シドの作ったバラは青がはっきりしていて、どうやら魔力を影響させて改良を重ねた品種らしい。セリスが好きな色を出すために、かなり苦労したようだった。
「なんて可憐なバラなの……!?」
それを初めて見たセリスが漏らした感嘆の声通り、どんなバラよりも愛らしいものだった。
自由時間が持てなくなり、シドに会う暇も少なくなったセリスの心を癒すのは、いつしかそのバラだけになっていた。もし、それがなければ、セリスの心はとっくに壊れていただろう。
しかし───日増しに残酷になる戦場。増長し横暴になっていく兵士達。
生きる兵器として生み出された実験体である少女の心は限界に来ていた。
そして、フとしたきっかけで『裏切り者』の烙印を押されることになる。
それは正直濡れ衣に近いものなった。セリスをよく思わない者が、彼女を蹴落とそうと虎視眈々と狙っていたのだ。
気付いてみれば、逆に弁解する気は失せていた。腐敗した国でこれ以上我慢することは、限りなく虚しいことだと感じてしまったから。
ただ、心残りは───敬愛するシドと、あのバラが枯れてしまうだろうことだけだった。
・ fin ・
■あとがき■
このホムペが始まった時、(リアルで私を知る友人、妹を除き)一番に掲示板にカキコ下さったhikariさんの懐妊祝いに送る作品です。右も左もわからないままホムペを始め不安だった私は、本当に励まされました。今は多少、立派になってきたけど(小説たくさん置いてるし、更新早いしね)、最初は勿論、ロクセリ小説なんて1つしかなくて……。まあ、今でも自信なんてものはありません。このサイトに来て下さる皆さんの温かい励ましで続けていられます。全ての人のリクを受けたいと思うぐらい、感謝してますしね(どう考えてもペース的に不可能ですけど)。掲示板のカキコが多い方もリク受けようかと考えたこともありますが、安請け合いしても書くのがずっと先になってしまうので断念です。
セリスという名の薔薇にまつわる話、難しいです……。何故かと言うと、私は心温まるような話が苦手だと思ってるので……。で、帝国での実験の時から始めてみました。シドから薔薇を受け取るところが始まりでしょうから。セリスの誕生秘話みたいになってるけど、実際こうだったと考えているわけではありません。こういう話もアリかな、程度で。
何故か会話がほとんどありません。難しい話みたいになってる……。ごめんなさい。会話が多い方が読みやすいのはわかってるんですが、入る隙間がなかった……。
ホワイトクリスマスとブルームーンという薔薇は実家に咲いております。父の趣味で。他にもたくさん、薔薇屋敷と化してる……。 (03.11.28)
セリスのバラに対する思い入れを聞いていたロックは、一つの決意を固めていた。
帝国に潜入する際、セリスに大事にしていたバラを持ち出してあげたい、というものだった。
そんな想いを胸に、魔導研究所に侵入成功し、そこにいた幻獣からも力を得、何もかもが順調だと思っていた矢先───。
彼等を待ちわびていた男がいた。
帝国の狂気の魔導士ケフカだった。
「よくやった、セリス将軍」
満足そうに登場したケフカの言葉が、ロックの心に突き刺さった。
そんな馬鹿な!
そう思ってセリスを見ると、彼女は顔色を無くしてケフカを見ていた。
その表情をどういう意味にとっていいのか、ロックはわからなくなる。
「魔石の秘密まで携えてくるとは」
ケフカが高笑すると、反射的にセリスが叫んだ。
「違う!」
「おや、情が移ったか?」
にやにやしているケフカから顔を背けると、
「ロック、信じて!」
懇願するような視線がロックに向けられる。
「俺、は───」
咄嗟に答えることができなかったロックに、セリスは傷付いた表情を浮かべた。
「捕らえろ!」
ケフカの命令に、セリスは泣きそうな顔で訴えた。
「これで、信じて!
異空を繋ぐ道に導く扉よ! 開門!」
何かと思った時には、空間がぽっかり穴を開けた。
「テレポ!」
セリスが結呪を叫ぶと、ロック達はそれに飲み込まれ、目の前が暗転し、気付くとベクタから少し離れた山の麓にいた。
「逃がして、くれたんだな───」
エドガーが苦い顔をした。
信じていなかったわけではないのに、ロックの弱さが一瞬の躊躇を生んでしまった。
あんなに帝国に嫌悪を感じていたセリスを、置いてきてしまった。
後悔しないように生きると息巻いていたロックは、変われず己が不甲斐ないことに悔いても悔いても足りなかった。
「セリスはどうした?」
飛空艇に戻るって言われた、セッツァーの開口一番に、ロックは顔を歪める。
「──────」
答えられなかった。苦い顔で俯くロックの変わりに、
「我々を逃がすために、帝国に残ったよ」
エドガーが力無く首を横に振った。
「残った?」
セッツァーが眉をしかめる。ロックは拳を握り締めて、
「信じて、あげられなかったんだ……」
そう呟く。
「どういうことだ?」
セッツァーに詰め寄られ、ロックは顔を上げた。きっと、責められたかった。
「セリスがスパイだと言ったケフカの言葉を、俺は信じてしまった」
懺悔のように呟くロックに、セッツァーは眉を上げて睨み付けた。
「お前! 何故だ!?」
胸ぐらを掴まれても、ロックは力無く項垂れるだけ。
「…………俺が、バカだから、だろうな」
「そんなことで済ませんな! 何が仲間だ! 綺麗事ばっかり並べやがって。彼女の何を疑う必要があった!? 答えろ!」
「何もない。ただ、一瞬言葉が出なかった」
「……ふざけんな!」
セッツァーの拳が飛んできても、ロックは甘んじてそれを受けた。
更に殴りかかろうとするセッツァーを、マッシュとエドガーが止めた。
「俺達も何も言えなかった。ロックだけのせいじゃない」
「お前等そろって大馬鹿だ!」
言い捨てると、セッツァーは甲板へ戻って行った。
「……そうだな……」
不器用な少女の事を思うと、胸が痛んだ。
† † †
やはり帝国との和解など、不可能なものであった。
幻獣界から飛び出した幻獣達は、ケフカによって魔石化されてしまい、三闘神の力によって魔大陸が浮かび上がった。
再びセリスを仲間として迎え入れたものの、ロックは何かが違うと感じていた。
彼女の態度は以前と変わらないものだ。だがそれが普通すぎて恐い。できるだけ明るく、前向きに振る舞っている。無理矢理そうしているように見えた。
それでいて、一人の時は、とても思い詰めた表情をしている。
彼女を信じられなかった事実が帳消しになったと思っているわけではないロックだが、だからと言って、何もせずにいることはできなかった。
「俺に、こんなこと言う資格があるかどうかわかんねーけど、悩んでるのか?」
夜空を翔ける飛空艇の甲板にセリスの姿を見つけたロックは、そっと声をかけた。
「……いいえ。どうして?」
「なんとなく、悲壮な表情するから」
ロックは困ったように頭をかく。なんて説明すれば通じるのか分からない。
「…………」
一瞬眉をひそめたセリスは、笑顔を作って、
「悩んでなんかいないわ。逆に吹っ切れてる」
そう肩をすくめた。吹っ切れてる? そうは見えないのに。
「もうすぐケフカに挑むだろ? 迷いとかがあったままだと、危険だからさ」
もしそれで彼女の身に何かあったら、終わってから後悔しても遅い。
「迷いなんか微塵もないわよ。大丈夫。必ず倒すわ。私の手で」
彼女は真っ直ぐ前を向いて言った。だけどどこも見ていないとロックは思う。
「お前がケフカを倒したいっていうのはわかるけどさ、俺達もいるんだから、一人で無茶はするなよ」
「ええ」
そう答えたセリスの表情は明らかに作ったものだ。
「……相打ちを狙ったりもするなよ」
不安になってそう言うと、セリスはほんの一瞬顔を強ばらせたが、おかしそうに吹き出すと、
「まさか。そんなことをしないわ」
そう答える。それをそのまま鵜呑みにすることはどうしてもできない。
だが、どうすれば伝わるのだろう。彼女の命を尊いと感じているのだと、どう言えばわかってもらえるのだろう。
「必ず、生きて帰って来ような」
「そうね」
「……お前が生きて帰れるよう、俺が守ってやるからな」
その一言には、セリスは明らかに顔をしかめた。不機嫌そうな表情で、
「私はそれほど弱くないわ。誰かに守ってもらいたいとも思ってない」
ロックを軽く睨む。
「お前が弱いと思ってるわけじゃない。俺が守りたいと思ってるだけだ」
「───あなたはそういう人ね。放っておけない」
「誰でもじゃない」
ロックは言ったが、セリスは静かに首を横に振り、
「そうだといいわね」
そう言い残すと、船内へ姿を消した。
彼女が命を投げ出そうとしているのではないか、その不安が消えぬロックは、帝国城へ侵入していた。
破壊され人気のないベクタは不気味な空気が漂っている。
城内にも魔物が跋扈していた。
出会った頃、ちらりと聞いただけの記憶を頼りに、セリスが使っていた部屋を探す。
将軍時代の彼女は、城の2階に部屋を与えられていたらしい。
部屋は案外すぐに見つかったが、そこに彼女の言っていた薔薇はなかった。帝国を裏切った時点で所持品は処分されたのかもしれない。
それを贈ったというシド博士の温室とかいう所はどうだろうか。株が残ってはいないだろうか。
崩れた魔導研究所の一角に、小さな温室があった。
そこで白衣の男が、花々に水をやっている。
「シド、博士……?」
ロックは緊張しながら声をかけた。
「ん? 誰だね、君は」
振り返ったシドは、首を傾げる。
「どこかで会ったことがあるような……」
「セリスの仲間です。魔導研究所で会いました」
ロックは素直に答えた。シドは「ああ」と頷き、
「何故君がこんなところに? セリスは?」
不思議そうにロックを見た。
「俺達はこれからケフカに挑みます。……セリスは、多分、相打ちを狙っている。彼女にそんな危険なことはしてほしくない。あなたが贈ったという薔薇を見れば、もしかしたらと思ったんですが……彼女の部屋にはもうなくて」
ロックは真っ直ぐにシドを見た。
「セリスという名の薔薇は、もう残っていませんか?」
「彼女の部屋になかったのは、私が持ち出したからだよ。いつか、彼女に再び渡せる日がくるかと思ってね」
拍子抜けするような答えに、ロックは目を瞬く。
温室の奥に入って行ったシドは、白い鉢に根付く薔薇を持ってきた。
「これだよ。丁度、いい時期だ。もうすぐ咲く」
「頂いて、かまわないですか?」
いつにないロックの丁寧な言い方に、シドは大仰に頷いた。
「彼女に渡してくれるのだろう? 持っていってほしい」
「ありがとうございます!」
ロックはきっちり45度、頭を下げると、鉢植えを受け取り、ベクタを出た。
一日経ったらツェンへ迎えに来てもらう約束だったが、飛空艇は来なかった。
「マジかよ……」
もしかして見捨てられたのだろうか。こんな時に勝手な行動を、と。
不安に思っていたロックだが、翌日の昼過ぎ、飛空艇が草原へ降りた。
「悪いな、遅くなって。ちょっとナルシェに行ったら、泥棒と出くわしちまってな」
セッツァーがそこで仲間にしたというモグを紹介する。
「お、久しぶり」
ロックはティナを連れ出した時に助けてもらっている。
「クポ!」
「おう、それよりセリスは?」
早く鉢植えを渡したかった。シドの用意してくれた箱に入れて片手に下げているが、しおれないか心配だ。
「ん? 体調崩してるからニケアの宿屋に置いてきた」
「げっ、マジかよ。じゃ、ニケアまで急いで。超特急で」
偉そうに言ったロックに、セッツァーは眉根を寄せる。
「お前なあ」
「いいから! セリスが大事にしてた薔薇をとってきたんだよ。枯れちまったら困るだろ」
「…………仕方ねえ」
セッツァーは心底嫌そうだったが、最速で空を駆け抜けてくれた。
「調子、悪いんだって?」
ノックをして部屋に入ったロックは、セリスの寝ているベッドに近付いた。
「ん……。大丈夫」
単なる生理痛だ。病気じゃないし、一日でよくなるだろう。が、オープンな性格でないセリスにとっては、男性には言いにくい。
身体を起こそうとしたセリスを、ロックは手で制した。
「いいから寝てて。これ、とってきたから」
そう言って、箱から鉢植えを取り出した。
「! それ……!」
結局驚いたセリスは起きあがってしまう。
ロックは苦笑いで、
「シド博士が大事にとっといてくれたらしい。……お前の大事なものだろ?」
「……ありがとう」
開きかけた蕾を撫で、セリスは目尻に涙を浮かべた。
「一応、毎日水やったけど、よくわかんなかったんだ。枯れて、ないよな」
「うん。平気みたい。元気よ」
笑顔を浮かべたセリスの表情が眩しい。今までで一番、幸福そうな笑顔に見えた。
「本当は、最初に帝国に潜入したときにとってきてやりたかったんだ」
ロックはテーブルの傍に置いてある椅子を引き寄せて座る。
「……そっか」
「レイチェルへの気持ちが薄れるほどお前を好きになってる自分に愕然として、あの時、咄嗟に答えられなかった。ごめんな」
「……え?」
ぽかんとロックを見つめ返したセリスに、ロックは恥ずかしそうに頭をかく。
「お前に、生きていてほしい。ケフカを倒したら、一緒に旅に出よう」
「ロッ……ク……」
信じられないという表情で、セリスは唇をわななかせる。
「嫌か?」
「──────」
胸が詰まって言葉にならなかったセリスは、懸命に首を横に振った。
「必ず、生きて帰ろうな」
「うん。───ありがとう」
その約束があったから、ケフカを倒すことに失敗しても、セリスは希望を捨てずにいられた。
薔薇は永遠に失われてしまったけれど───
† † †
「大分、復興したわね」
町を出て、空を仰ぎながらセリスは言った。
壊滅状態だったベクタは、ケフカを倒し魔力が世界から消え3年経って、活気を取り戻しつつあった。
「ああ。人は作り出すことができる。だから、希望が消えることはない」
ロックは目を細めて逆光のかかるベクタを振り返る。
そして前を向こうとして、視線を止めた。
「……ん?」
「どうしたの?」
「あれ……」
ロックが指さしたのは、草原の真ん中。ベクタの周囲に渦を巻く盛りだした岩の手前だった。
「…………花?」
ロックの方が目がいいのだろう。セリスにはぼんやりとしかわからない。
「行ってみよう」
ロックに促され、近付くにつれ、セリスの顔が期待に満ちる。
そしてその場まで行くと、彼女は歓声を上げた。
「シド博士の作った薔薇だわ!」
草原にぽつんと、一ヶ所だけ薔薇が咲き乱れていた。
縁取りの青い大輪は、シドが作った薔薇の他、存在しない。
「飛空艇から投げ出されて、根付いたんだな」
ロックは眩しそうにそれを見つめた。
美しい蔓薔薇は、たくさんの花をつけ二人を歓迎していた。
「命は、繋がれていくのね」
呟いたセリスは涙を溢れさせた。
シドは死んでしまったけど、彼の作った薔薇は残っている。塵に消えてなくなったと思っていたのに。
ロックは他の誰にも見せないような優しい表情で、セリスの肩を抱き寄せた。
「持ってくか?」
「まさか。ここで咲いていてくれたんだもの。このまま、色々な人の心を和ませてくれればそれでいい」
「……そうだな」
二人はいつまでも、その薔薇を眺めていた。甘い香りに包まれて。
・ fin ・
■あとがき■
魔導研究所では、本来はシドが最初にセリスが裏切り者であることを告げるんですけど、その辺は変えてます。意図しているわけではなく、その前の場面から書かなければいけなくなるためです。えへ。
なんか、どうしても魔大陸浮上後の場面を書いた小説が多いです。ううう、すみません。パターン違いです。許してくださいね。
何故、生理痛? だって風邪とかだったらこれから魔大陸行くのに困るじゃないですか。だからです。ええ。都合のいい……。
ロックがバラをとってきてあげる場面をいつか書きたいと思ってました。書けて良かった。ラストも気に入っています。
以上をもって、hikariさんに捧げさせて頂きます。いつもよりコンパクトにまとまってるかもしれないですね。前後編で。本当は4話のつもりだったんだけど、どう考えてもそんなに内容無かったです。(素材が4色あったから4話のつもりだったんです。大抵そういう理由で話の長さを決めてます。この頃、無理するのはやめようと思ってますけどね。逆に長くなったりもします)
一生読者でいて下さると言って下さったhikariさん。本当にありがとうございます。逆に私もいつも癒されております。励ましの言葉は本当に嬉しいものです。これからも書き続けるつもりなので、生まれてくる子と一緒に見守ってやって下さい。 (03.12.05)
【この頁で使用させて頂いた素材サイト様】 ClipArt:RoseMoon
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