失われた時


Ⅳ話は2択になります。



 その瞬間を、妙に鮮明に覚えている。
 俺はセリスを庇って、もろに魔法をくらい吹っ飛ばされ、そして狂信者の塔から落ちた。どのくらいの高さだったろうか。 5階程度だったんじゃないだろうか。だから生きていた。生きていたけれど、その時の俺は、部分的な記憶喪失に陥ってしまった。

 

†  †  †

 

 目を覚ましたロックを待っていたのは、見知らぬ女性だった。
「気がついたのね!」
 プラチナブロンドの長い髪を持ち、青緑の瞳を輝かせている綺麗な女性。
「……君、は……?」
 呆然と呟いたロックに、その女性、ロックの恋人であるセリスは呆気にとらて言葉を失う。
「セリスよ。ロック、どうしたの?」
 目覚めて間もないから記憶が混濁しているのだろうか。
「う……わからない……」
 頭に鈍い痛みが走ったロックは、呻るように頭を抱えた。
「本当に……?」
 セリスが自失呆然としていると、扉がノックされた。が、セリスは気付かずにロックも扉の方を見ただけで答えない。
   カチャ…
「セリス?」
 ティナだった。扉を開け、ロックが起きていることにビックリする。
「ロック! 目が覚めたの?」
 駆け寄ったが、ロックは不思議そうにティナを見つめ返すだけだ。
「だめだ……君も知らない……」
 呟いたロックに、ティナは顔色を変えてセリスを見た。セリスは青白い顔で惚けているだけで反応を示さない。
「ねえ、セリスのことも知らないの?」
 ティナは必死に尋ねた。モブリズで子供達と出会ってから、少しずつ心と感情がわかり始めていた。 少なくとも、この二人が恋人同士だったことは知っている。
「エ、エドガー呼んでくる」
 ティナはばたばたと出ていった。
 二人とも延々と黙っていた。ロックはまだ本調子ではなく頭がぼうっとしているし、セリスはショックで。
 5分程でティナが戻ってきた。エドガーとマッシュを連れている。
「ロック、どういう冗談だ?」
 自分こそ冗談なのか本気なのか、苦笑いを浮かべてエドガーがベッドに近寄ると、
「……あんた……フィガロ国王か……?」
 ロックは眉根を寄せてエドガーを見た。4人は顔を見合わせる。
「お前、自分が誰だかわかるか?」
 マッシュが言うと、ロックは首を傾げ、
「俺はロック・コール。トレジャーハンターだ」
 ロックが不満そうに答えるから、また顔を見合わせてしまう。
「何故俺を知っている?」
 エドガーが尋ねると、ロックは憮然と答えた。
「それくらい世界を旅してれば知ってるさ。女好きの王様だろ?」
 言ってからふとした疑問を口にする。
「ところで、ここどこ? 俺、なんでここに?」
 ロックの質問に、4人はどこから話せばいいものか躊躇する。
「レイチェルは?」
 純粋な視線を投げかけられて、セリスは固まってしまう。
 レイチェルは────
 また答えに詰まると、ロックは頭を振って、
「ああ、レイチェルは記憶を失って、俺の事も忘れちまったんだけな……」
 ぽつりと呟いた。
「どうやら途中から記憶が無くなっているみたいだな」
 エドガーは低く呻る。なんて中途半端なところで記憶がないのだろう。
「とりあえず、目が覚めたばっかりで余り無理しない方がいい」
 セリスは他の3人に目配せすると、
「何か食べるものを用意するから、少し休んでね」
 ティナも調子を合わせた。
 4人はぞろぞろと部屋を出て、いつも話し合いに使う大部屋に行く。
「目が覚めたでござるか?」
 ガウの相手をしていたカイエンが、4人を見た。4人は顔を見合わせ、それぞれ首を横に振り、
「レイチェルが死ぬ手前から記憶が抜けてる」
 エドガーが疲れたように言うと、「なんと!」カイエンは仰天して目を見開く。
「記憶喪失の時って、刺激を与えたりしない方がいいとか言うけど……。レイチェルさんが死んでいることとか、言わない方がいいわね」
 セリスが言うと、皆、変な顔で彼女を見た。セリスはどうしていいかわからないと自嘲的な笑みをもらすと、
「そんな顔で見ないでよ。あの人、受け入れられると思う? フェニックスの秘宝を探し出すまで割り切れなかった人がよ」
「君の言いたいことはわかるけど、あいつは弱いからこそ乗り越えようとする奴だろ?」
 珍しくセッツァーがロックを庇う。みんなの感心したような視線を受けて居心地悪そうにそっぽを向いたが。
「……みんなに、一つだけお願いがあるの」
 セリスが俯きがちに言った。
「なんだい?」
 代表してエドガーが聞き返すと、
「全て説明するのは構わないけれど、私の事は言わないで欲しいの」
「なんでぇ!?」
 不満そうに声を上げるのはマセているリルムだ。
「徐々に受け入れてきたものをいきなり突き付けられた上に、恋人まで押しつけられたら私だって逃げ出したくなるもの。 信じられないだろうしね。ヘンに気を遣われるのも嫌だし」
 セリスが苦笑いすると、「わかった。当分は様子見ということで、黙っていることを約束するよ」エドガーが承諾した。 他の者も不満がないわけではないようだが、黙っていてくれるだろう。
 ティナとリルムは食事を用意しに行ったので、セリスとエドガーはロックに説明しに行くことにした。
「お前は記憶喪失なんだ」
 エドガーが言うと、「はあっ?」ロックは素っ頓狂な声を上げ変な顔をする。何も覚えていない状態とは違うのだから当然だろう。
「冗談はやめてくれよ。俺は覚えてるぜ?」
「……今は何年だ?」エドガーは静かに問う。怒っているような口調にも聞こえる。
「あ? 星歴1815年だろ?」
「1820年だ。お前は、5年分の記憶を失ったんだ」
 エドガーが諭すように言った。セリスは無表情に俯いているだけだ。
「本当、なのか……?」
「そうだ。お前が知っている5年前とは、世界が一変しているよ」
 エドガーは皮肉そうに笑みを浮かべた。ロックの環境だけでなく、世界規模で危機に瀕している。
「これからお前の5年間を、俺が知っている限り話す。黙ってよく聞いて、それからどうするか決めろ」
「わかったよ。他に選択肢がねーなら仕方ねえもんな」
 頷いたロックに、エドガーはゆっくりと話を始めた。

 途中、ロックの食事に話を中断したくらいで、エドガーの話は夜まで続き、ロックは様々に表情と顔色を変えながらそれを聞いていた。
「一応、これで全部だ。そして私達は、これからケフカに最後の戦いを挑まなければならない」
 セリスはいたたまれないながらも、ずっとロックと共にエドガーの話を聞いていた。彼は約束通り余計な事は一つも言わなかった。
「突然言われても頭が混乱しているだろう。2,3日は考えてくれて構わない。私達はその間に、もう一度狂信者の塔に挑むしね。 セリスを置いて行くから、何か困ったことがあったら彼女に聞くといい。じゃあ、お休み」
 エドガーはさっさと出ていってしまった。
 セリスは落ち着かなくなって立ち上がると、
「私を庇ったせいなんだ。本当にすまない」
 いつもの女性らしい口調ではなく、将軍口調で頭を下げた。このロックに対して甘えるような素振りを見せたくなかった。
「いや……覚えてないからな。今の話は、全部本当、なんだよな」
 肩を落としたロックに、セリスは顔を歪め、
「残念ながらな。明日、レイチェルの墓に行くといい」
「……そう、だな」
「まだ目覚めたばかりで疲れているだろう。よく休んでおけ」
 セリスは言い置いて部屋を出た。
 変な態度じゃなかっただろうか。他の人より悲観的だったりしたらバレてしまうかもしれない。
 部屋まで我慢して、扉を開ける。
「お帰り」
 ティナが言った。リルムも体を起こす。心配して待っていてくれたのかも知れない。
「うん……」
 セリスは弱々しく微笑むと、自分のベッドに腰掛けた。
 俯いて涙が溢れそうになるのを我慢する。
「セリス……」
 心配したティナの手が肩に置かれて、セリスはこれ以上涙を止めることができなかった。
 ティナはなんだか自分まで悲しくなって、変なの……そう思いながらもセリスを抱きしめる。
「思い出すかもしれないじゃない」
 ティナは言うが、セリスは首を横に振った。
「きっと、思い出さないわ。だって、彼がレイチェルさんへの想いから解放されることは無くなってしまった」
 セリスは嗚咽を漏らしながら嘆く。リルムが近寄ってきて、
「いいじゃない。きっと、また、セリスのこと好きになるよ」
 慰めようと言ってくれたが、やはりセリスはかぶりを振る。
「駄目よ。彼は永遠に中途半端なままになってしまったから」
 セリスは泣き疲れるまで嗚咽を漏らし、そのうち寝てしまった。
「辛いね~」
 眠い目をこすりながらリルムが呟く。
「でも、ロックは悪くないもの。元々、セリスを助けようとして落ちたんだし……」
「だから余計辛いんじゃん」
 リルムはぷくっと膨れて、
「セリス、あんなに幸せそうだったのにさ」
「そうね」
「……寝ようか」
「うん、おやすみ」

 

†  †  †

 

 翌日、狂信者の塔へ行くグループが出立した後、セリスはフィガロ城ごとコーリンゲンの方へ移動してもらった。
 それに唖然としているロックを、セリスは新鮮だなんて思うことはできない。
「墓場の手前の列の一番右だ」
 コーリンゲンはロックの故郷だ。それだけ言えばわかるだろう。
「行かないのか?」
 ロックに聞かれたけれど、
「邪魔はしない」
 セリスはすげなく返しただけだ。
 ロックは異常に冷たいセリスの態度に首をすくめ、コーリンゲンへと向かった。
 正直、信じられなかったから、まず普通に村へ入る。村は全く様子が変わっており、暗い雰囲気だった。
 知っている顔を探したけれど見つからない。レイチェルの家はもう崩れ落ちて無くなっており、右奥のロックの実家も、誰もいない。
「…………」
 ロックは呆然とそれらを見つめた。本当に時間が経ってしまったんだと、今、やっと実感したのだ。
 顔見知りの武器屋に入る。
「おう、ロック」
 店番のおやっさんが声をかけてきた。やっと、今のロックが知っている人に出会ったのだ。
「ああ、久しぶり」
「しばらく見ないからどうしたかと思ってたけどよ。レイチェルの墓参りか?」
 しかしそう言われてしまい、
「あ、ああ」
 顔を強ばらせて頷くと、
「また、寄るよ。じゃあ」
 諦めて墓に向かうことにした。
 村の外れの墓地に行くと、すぐにレイチェルの墓が見つかった。 誰が添えたのか、白い花束が置いてある。
「────掘り起こして確かめたいぐらい、信じらんねーよ」
 ぽつりと呟いた。実感が湧かず、泣くことすらできない。ひたすらに虚しかった。
 何かが足りない。決して埋まることのない穴が、ぽっかりと空いてしまった。自分の礎となる部分が無くなってしまった。
「俺はどうすりゃいいんだ?」
 ひたすら焦燥感だけが募る。何か大事なことがあるのに、とても大事なことなのに、どうして思い出せないのか……。
「いったいこれからどうすればいい?」
 ココロがからっぽの人形になったような気分。
 涙さえ出ない。レイチェルが死んでしまったというのに。二度とその顔を見ることはできないのというのに。
 あるのは虚無。空しさだけ。虚しいが故に焦燥感が全身を襲う。
「何かが足りない……」
 エドガーは全てを話してくれた。何故かそうなのかもしれないとすんなり受け入れてしまった。
 内容からすれば、全身全霊をかけて否定したいものだ。
 自分が間に合わなかったこと。そしてレイチェルが死んでしまったこと。死ぬ間際に自分の事を思い出したこと。
 フェニックスの秘宝を手に入れたこと。レイチェルは戻っては来なかったこと……。
 信じられない事なのに、何故か受けれてる自分がいる。
 だから、真実なのだろう。
 なのに、信じられない。
 何かが足りない。
 本当に全てを話してくれたのか……?


 ロックは日暮れまでレイチェの墓の前で座り込んでいたが、夜風が吹いてきた事でフィガロ城に戻ろうと村の方へ行ったら、
「ロック」
 呼び止められた。セリスだ。
 随分綺麗な女だと思った。それ故か氷のような冷たい表情が引き立っている。
 深い紫がかった青の瞳は宝石のようで、生気がない。
「あー、悪い。のんびりしちまった」
 ロックは頭をかく。無愛想な女だが仲間なのだろうから、とりあえず怒ったりはしない。
「実はフィガロ城もずっとこっち側にいるわけにはいからないから、明日の朝もう一度来るそうだ。9時」
 セリスは簡潔に告げる。抑揚の無い口調。
 何故か覚える違和感。
「悪いが今晩はここで過ごしてくれないか?」
「……別にいいけど……、あんたはどーすんの?」
「気にすることはない」
 言い捨てて去って行こうとするセリスの腕を、ロックは掴んだ。
「あ、よければ俺の生家来いよ。夜露が凌げる程度で誰もいないからぼろぼろだけど」
「………………」
 セリスは逡巡する。断るのは仲間として明らかに変だからだ。
「そうか。頼む」
 本当はすっごく嫌だったが仕方ない。仲間として接すると決めたのだ。
 二人は並んで歩き始めた。
「セリスって、いつもそんなに無愛想なの?」
 ロックは普通にそんなことを聞く。
 答えに困るような事聞かないでよっ! セリスは心の中で叫んでみるが効果など勿論成さない。
「そんなことはない」苦笑いでセリスが言う。「ただ、長く将軍をやっていたせいで、抜けないんだ」
 おっ、笑うと可愛いじゃーん。ロックは思ったが、言うと怒りそうなので黙っていた。
「あ、ここ」
 それはレイチェルの死体が安置されていた家だった。
 一体、この家はなんなのかと思っていたら、ロックの生家だったのか……。
 セリスは納得する。
「地下室があるだろ?」
 セリスに言われて、ロックは首を傾げる。
「なんで知ってんの?」
「その地下室に、お前はレイチェルの死体を保存していたんだ」
「ああ……そりゃそうだよな。そんな場所他にないもんな」
 ロックは妙に拍子抜けした声で言う。
「てことは、思ったよりは埃っぽくもないか……」
 ところであのじいさんはどこに行ったのやら。セリスの密かな疑問でもある。
「でも、布団とかは寝れるようなもん置いてないけどな~」
 ロックは苦笑いした。
「別に構わない。床で十分だ」
「…………あんた変わってるな」
 ロックが変な顔をしてセリスを見る。セリスは自嘲するように、
「女らしくない、か?」
 ロックを見つめ返した。私を女らしくしたのはあなたなのに……心が呟く。
「いや、そんなことねーんだろうけど……」
 言いながらロックは床に腰を下ろした。セリスも壁を背に座る。
 ほとんど何もない、隅に荷物か何かが積んであるだけの空間。
「なあ、エドガーが話したのが全部か?」
 唐突に話題を変えられ、セリスはきょとんとしてしまう。
「えと、俺の5年間で、エドガーが話し足りない部分とかって、ないか?」
 ロックの質問に、セリスは一瞬顔を歪めた。
「私が出会ったのはほんの2年前だぞ? エドガーの方がつきあいが長いからな」
 セリスは誤魔化すように言い、続けた。
「もっと取り乱すと思ったぞ」
「え?」
「中途半端に記憶が残っているから余計にな」
「ああ……」ロックは頷いて、「なんだか実感がわかないのかもしれない。──── 一つ確かなのは、何かが決定的に足りないってこと」セリスを見た。
「何か?」
 セリスは訝しげにロックを見つめ返す。
「わかんないけど、俺、何かが足りない気がするんだ。どうしてもそれだけは思い出さなきゃならない……」
 ロックが苦しげに吐き出すと、セリスは苦々しい顔になる。
「なあ、セリスは何か知らないか?」
 尋ねられても答えられるはずがなかった。なんと言えばいいかすらわからない。
「大事な約束……そんな感じのことだったはずだ……。っつ……」
 ロックは頭を抱えた。無理に思い出そうとしたからだろう。
「大丈夫か?」
 手を伸ばしそうになってセリスは留まる。触れることすら恐い。気持ちが溢れ出してしまいそうで。
「ああ、平気だ」
 ロックはニコッと笑って顔を上げる。いつもセリスを安心させようとする時に見せる笑顔を同じ。
「…………」
 セリスは思わず俯く。その時に見せた哀しそうな表情に、ロックは胸中をざわめかせた。
 なんて顔をするんだ……!
 だが、なんて声をかけていいかもわからず、沈黙が続いた。
 気が付くと、どうやらセリスは寝入ってしまったようだった。
「風邪ひかなきゃいいけどな」
 やはり夜は少し冷え込む。だが、毛布などがあったとしても、埃まみれで使えたものではない。
 無理矢理連れて来て悪かったかな。もし連れて来なかったら、どうしたつもりなんだろう?
 考えても仕方ない。眠ろうかと思った時、セリスの体が傾いだ。
「あっ」
 ロックは慌てて身を乗り出して彼女の体をなんとか腕に受け止める。床に腹這いになったものすごい変な体勢で。
 うわ、なんか、いい匂いすんな……。なんて考えている場合でもない。
「…………うぐぐ……」
 無理矢理、彼女の体を腕に持ったまま体を起こす。
 やわらけー……こんな細っこいのにな。
 何故だか妙に腕に馴染む気がした。
 彼女をもう一度壁に凭れ掛けさせてあげ、自分も隣に寄りかかる。
 眠れる気分でもなかったが、夜明け前にやっと眠りにつくことができた。

「んにゃ……」
 隙間から差し込む光に気が付き、寝ぼけ眼を開くとセリスはギョッとした。
 ちろりと上を見る。ロックの顎が目に入った。
 う、うわっ!  セリスが慌てて起きあがると、
「ん……あ……?」
 ロックが目を覚ました。
「ご、ごめん」
 セリスは顔を真っ赤にして言う。ポーカーフェイスが作れない。
 ロックはキョトンとして、
「あはは、いいよ」
 笑ってくれたから救われたような……。
 時刻は八時前だった。
 二人は揃って、フィガロ城が現れるはずの場所へと向かうことにした。

 

■あとがき■

すいません。長すぎて書ききれず続き物に……! ラストは迷っています。選択式にしようかとも……。さて、幸せになれるのかな? (03.4.26)

 ロックとセリスは迎えに来たフィガロ城でフィガロの砂漠へ戻り、狂信者の塔へ行った仲間が戻るまで各々ぼーっと過ごした。
 夕食は無事帰ってきた仲間と共にとり、明日ケフカに挑む打ち合わせをすることにして、就寝する。


「ねえ……」
 優しい声が呼んでいた。
「ロック……」
 ロックは辺りを見回すが、漆黒の闇に包まれていて何も見えない。
「ロック。私よ……」
 ロックは胸がざわざわして、たまらない気持ちで声の主を捜す。
「レイチェル……?」
「ロック、私はここよ……」
「ここ?」
 不思議に思うと、遠くに光が見えた。
「──────ロック」
 そこに写るシルエット。
「レイチェル!」
 歩き出そうとしても体が動かなかった。ロックは必死に手を伸ばすが、勿論届きはしない。
「ロック、私を見付けて」
「レイチェル?」
「私はここにいるの……」
「レイチェル!」


 ロックは自分の声に目を覚ました。
「…………夢、…………」
 だけど確かにレイチェルの声だった。今も耳に残る甘い響き。
「どうした?」
 やはりロックの叫びに目を覚ましたのか、マッシュが体を起こした。
 ロックが記憶を取り戻してからは、前のように二人部屋を使っている。
「いや………………。なあ、レイチェルは本当に死んだんだよな」
 ロックの問いに、マッシュは一瞬言葉に詰まる。信じられないのも無理はないと思った。
「ああ」
 マッシュは頷いたが、ロックはマッシュを真っ直ぐに見つめ、
「でも、何か変なんだ」
 懇願するように言う。変なのは当然だろう。記憶が欠落しているのだ。
「あんたの兄貴が……色々話してくれたけど……何か違う気がして……」
 マッシュは答えに詰まった。それは彼女の事を言っているのか……。
「俺は、大事なことを見落としている気がしてならないんだ」
「……多分……それは、自分で見付けなきゃならないことなんじゃないか?」
 余計な事かもしれなかったが、マッシュは言った。
「もしかして……レイチェルは生きて今もどこかにいるのか?」
 誰かを想う感情の矛先が、レイチェルに向いてしまうのか───。
「それは有り得ないよ。だって彼女は死んでしまった。埋葬は俺も、みんな立ち会った」
「じゃあ、何が……」
 ロックは頭を勢いよく振った。
「なあ、俺にとって一番大事なものはなんだった?」
 確信をつくような問いに、マッシュは再び言葉に詰まる。
「それは……俺にはわからないけど、でも、わかっても、人に聞かされてもきっと、意味のないことなんじゃないか? 記憶が伴わないなら」
「──────そう、か」
「もう寝よう。な。思い詰めるとよくない」
 マッシュは励ますように言う。それしかできなかった。セリスが痛々しくてならなくても、何もできないのが現実だ。
「ああ。そうだな」
 ロックは頷いて眠ることにした。
 明け方、再びレイチェルの夢を見たけれど。
 彼女は泣いて、傍にいてと叫んでいた───。

 

†  †  †

 

「とりあえず、ケフカとの決戦に向かうが」
 会議室に仲間を集めたエドガーは、立ち上がって口を開いた。
「ロック、考える時間が少なくて悪いが、お前も一緒にいってくれるだろう?」
 言われてロックは渋い表情になった。
 レイチェルの夢が引っかかって、とてもそんな気分ではない。
 様々な確執があったことは聞いたけれど、最初にレイチェルが帝国に殺されたことも、実感がないから。
「俺は……」
 仲間全員の視線が集中するなか、ロックは俯いて頬を歪めた。
 部屋にあった武器アルテマウェポンは、初めて見たはずなのに恐ろしく自分の腕に馴染むものだった。 軽く振ってみると腕に馴染んで、みんなの話が本当なら、俺はこれで戦ってきたのかと思った。
 だけど、わからない。戦ってきたことを覚えていない。
 元々ロックは、長剣を使わなかった。だから違和感を感じる。がそれが嫌なわけではない。
 だけど、何か抵抗を感じる……。
 まず、自分が、ケフカとかいう奴との決戦に行く必要性がわからない。
 勿論、エドガー達の話を聞けば、そうするべきだと思うし、世界が滅びてしまうことを考えれば、行かなければならない。 それは十分な必要性と言えるはずなのに……。
 自分はこんなに優柔不断だっただろうか。何にこんなに迷っているんだろう?
「ロック?」
 エドガーが不思議そうにロックの顔を覗き込んだ。
「あ、ああ……」
 ロックは戸惑って仲間を見回した。誰もが真剣にロックの返事を待っている。
 何故かセリスはとても冷たい顔をしていたけれど……。
「君はレイチェルを殺されて、これ以上同じような想いを味わうものがなくなるように、と強い意志を持っていた」
 エドガーが静かに言う。
「…………俺……は……」
 気持ちだけが中途半端についてこない。
 募る苛立ちと同時に、ズキッ こめかみが痛んだ。
 眉根を寄せて頭を抱えるように俯いたロックに、みんなは心配そうに声をかける。
「どうした?」
「いや別に…………っ!」
 やはり頭痛が走る。まるでロックを責め立てるように。
「あれだけ高い所から落ちたんだ。まだ本調子ではないのではござらぬか?」
 カイエンがエドガーを見た。
「そうだな。記憶喪失なぐらいだから、頭を打っているのだろう。無理はしない方がいい」
 エドガーは言ってから一同を見回した。
「ロック抜きで行く。構わないな」
 皆、一瞬答えに詰まったものの、全員が頷いた。
「ちょっと待てよ……俺はまだ何も言ってないぜ……」
 言いながらも、ロックは苦渋を舐めたような表情だ。
「戦いの最中に、そんな風になったらどうする?」
 セリスが冷たく言った。皆、哀しそうな顔で彼女とロックを見る。
「…………」
 ロックは悔しそうにセリスを見た。セリスは表情一つ変えず、
「迷っているなら行かない方がいい。足手まといだ」
 言うなり彼女は立ち上がって、会議室を出ていってしまった。
 エドガーはため息をついてから、
「あれは不器用な彼女なりの優しさなんだ。悪く思わないでくれ」
 一応フォローしておく。一体彼女がどんな想いで言っているのかと思えば、心が痛んだ。
「確かに、足手まといではないにしろ、無理して倒れたりされたら元も子もないからな」
 マッシュが同意する。
「…………」
 ロックは何も言わなかった。悔しかったが、頭ががんがんしてとても言葉を発することができなかったからだ。
「わかった……」
 なんとか絞り出して言うと、ふらふらと立ち上がった。
「おい、大丈夫か?」
 マッシュに支えられて、部屋を出て行った。
「セリスはあんなんでいいのかなあ」
 リルムが呟く。当然誰もが同じ事を思っているはずだ。
「迷っているロックを更に迷わせたくないのよ」
 ティナが言うと、エドガーは首を横に振って、
「もしかしたら、告げた方が迷いはとれるかもしれないけれどな」
 再びため息をついた。
「決戦の前だというのに……」
「仕方ない。明日は心を切り替えるんでござるな」
 カイエンの言葉に、一同は頷いた。

 

†  †  †

 

「くそっ!」
 セリスは苛立ちを隠せずにラグナロクを振るう。
 三闘神の中の一神、魔神は想像以上に強かった。
 ケフカの待つ瓦礫の塔に入ってからは、3パーティーに別れて進んでいる。
 セリスは、マッシュ、リルムと組んでいた。
 他の2パーティーは、エドガー、ティナ、モグ、ガウで一つ。カイエン、シャドウ、ストラゴス、ゴゴで一つだ。 セッツァーは飛空挺を守るためファルコン号に残っている。
 魔神は『フォースフィールド』を使いランダムで何らかの属性攻撃を無効にしてくる。
 加えて、氷属性の様々な攻撃を使い、思うように身動きがとれないのが現状だった。
 無属性の魔法『アルテマ』を使いたいところなのだが、呪文の詠唱をする間がない。
 それでもなんとかその時間を作らなければならなかった。
「リルム! 詠唱に入るからごめん! ちょっとだけ頑張って!」
 セリスが叫ぶと、リルムとぴょこっと跳ねて、
「オッケー」
 近寄って来た。
 それを聞いていたマッシュは猛攻撃を仕掛け、魔神の気を引こうとする。
 セリスは剣を胸の前に掲げ、目を閉じた。
 魔力を紡いで膨大ながらに緻密な構成を編み上げていく。
 頬を吹雪が掠っても、集中している彼女には関係ない。
 が、あともう少しで完成という時に、マッシュの足が凍り付いた。
 魔法の防御に徹していたリルムは、思わぬ物理攻撃にはじき飛ばされる。
 それでもそのまま何とか呪文を続けようとしたセリスに、魔神の刀が振り下ろされようとした。
 その時だった。
「続けろ!」
 構成を霧散させる寸前に叫ばれて、セリスは再び集中する。
 今の声は……?
 気になったけれど、今はそれどころではなかった。
 一心に魔力を偉大なる力へ導こうとしているセリスに襲いかかろうとした魔神は、横から突然の一太刀を食らって後ずさった。
 そこへ、
「アルテマ!!!!」
 セリスの結呪の声が響いた。
 魔神の元へ全ての光が収縮し、一瞬当たりが暗闇に覆われたかと思うと、次にはものすごい力を伴って蒼い光が魔神を中心に溢れる。
「ウガガガガガガァッ!!」
 魔神は叫び、抵抗を試みたが、セリスの放った渾身の魔導の前に力及ばなかった。
 溢れた光に溶けて、風化するように姿を消していく魔神。
 だが、それより……。
「どうして……」
 セリスは呆然としていた。目の前で自分を助けた人物───ロックを見つめて。
「やっぱり、俺も戦わなきゃいけない気がして……」
 ロックは、また「足手まとい」とか「余計なお世話」とか、怒鳴られるかもしれないと思いつつも告げる。
「………………ありがとう」
 セリスは一瞬、顔を歪めて泣きそうになる。
「いいところで来たじゃーん!」
 リルムが明るく言ったから、セリスも「そうね」すぐに笑顔に切り替わったけれど。
「このまま、ケフカの所へ行こう!」
 マッシュの言葉に、三人は頷いて歩き出した。

 

■あとがき■

なんだか話の展開が早いかもしれません。ごめんなさい。
細かい所まで丁寧に書いていると無駄に長くなるだけかと思って省きました。
しかも次にはケフカとの決戦は終わってしまっています。まあ、ストーリーに重要でないので許してください。
セリスストーリーの方では勿論ちゃんと書くつもりです。正直、相当難しいけれど。 (03.5.3)

 ケフカを倒し、ささやかなパーティーの翌日、ロックはベッドに寝ころんで一人ぼーっとしていた。
 あの時、瓦礫の塔から脱出する時セリスが落としたバンダナ……あれは、俺のだ。
 彼女が持っていたのは……何故だ?
 彼女は決してロックに笑いかけたりしない。優しい言葉一つ掛けない。
 昨日のパーティーでだって、ロック以外の人と話す時は彼女は笑みをもらしていた。 だけど、ロックが近付いた途端、彼女の笑みが消えてしまう。
 でも、嫌っているならバンダナなんて持っていないはず……。
 ロックは混乱していた。気にすることなんてないはずなのに、気になる。
 彼女の全てが気になり、彼女を目で追ってしまう自分がいる。
 俺は、彼女が好きだったのか……?
 それすらわからなかった。誰も教えてくれない。勿論、気持ちまでは誰も教えてなんてくれないだろうけれど。
「これから、どうすっか……」
 ロックはぼんやりと呟いた。
 自分の知らないうちに数年が過ぎていた──記憶が飛んでいた──ため、どうしていいかわからないのだ。
 レイチェルの墓参りにでも行こう!
 ロックがセッツァーに飛空挺を出すよう頼みに行くと、
「お、丁度いいな。セリスも行くとか言ってたし」
 セッツァーは何気なく言う。
「セリスが? どこに?」
 ロックが尋ね返すと、セッツァーはしまったという顔になる。
「あ、いや、ちょっと飛ばしてくれって言われててな」
 しどろもどろになっていると、セリスがやって来た。
「どうしたの?」
 セッツァーはホッとしたように、
「ロックがコーリンゲンに行きたいんだと」
 言った。後はセリスの判断に任せるつもりだった。
「───そう。私はいいわ。大した用じゃなかったから」
 彼女はすげなく言うと、踵を返して去ってしまった。
「……なあ」
 ロックはセッツァーを見る。
「俺、嫌われてんの?」
 ロックが尋ねると、セッツァーはムスッとして、
「知らん。行くぞ」
 歩き出した。
 なんか、俺、仲間はずれ……? ロックは少ししょぼんとした。


「なあ、レイチェル……」
 ロックはレイチェルの墓に向かって一人呟く。
 皆、仲間として扱ってくれるけれど、どこかおかしい。妙によそよそしい時がある。
「俺、何を忘れてるんだろうな」
 ぽっかり空いた穴は塞がらない。
「お前は、何か知ってたのか?」
 無論、レイチェルは答えてくれるはずがない。
「俺、焦ってるのかな……」
 早く思い出さなければいけないという思いだけが募る。
 後悔したくない、そんな叫びが心から沸き上がる。
 理由もわからずに。
「あんな冷たい女……全然、嫌な感じなのにな」
 自分で言っていて笑ってしまった。
 結局、セリスの事を気にしているのだ。
「しかも俺にだけ冷たいんだぜ? ……俺、記憶がなくって自分だって困ってるっていうのに」
 彼女は明らかにロックを避けている。
 そのくせ、時折たまらなく哀しそうな表情を見せるのだ。
 もし、記憶を失う前の俺がセリスを好きだったらどうしただろう?
 考えてみる。
 多分、言っているだろう。そういうことを黙っていられる質でもないし、態度にだって出てしまう。
 そうしたらセリスは?
 ……もしかしたら、セリスも俺の事を好きだった……?
 ──────なわけねーか。都合良すぎるな。俺の願望だ……。
 ロックはため息をついて、待っていてくれているセッツァーの元へ戻った。

「浮かない顔だな」
 セッツァーは飛空挺に寄り掛かってロックを待っていた。
「……お前は何か知ってるか?」
 ロックは聞いてみる。
「何か?」
「俺が知らない、でも、どうしても思い出さなきゃいけないこと」
「なんでそんな風に思うんだ?」
「わかんねーよ! でも、何かが足りねーから……」
 ロックが歯がみすると、セッツァーは静かに告げた。
「多分、自分で思い出さねば意味のないことなのだろうよ」

 

†  †  †

 

 翌日も、ロックはごろごろしていた。
 正直、胸がムカムカする。
 昨日、コーリンゲンから帰ってきて、女官のしていたうわさ話を聞いてしまったからだ。
 エドガーがセリスに求婚したなんて。
 セリスは承諾するんだろか。エドガーとは仲がいいようだから、そうなのかもしれない。俺が知らなかっただけなのかもしれない。 俺は彼女に片思いしていたのかもしれない───。
 たまらなく切ない。
「くそっ」
 バンダナを取って頭をかきむしる。イライラした。
 えんえん、うだうだしていると、
    コンコン
 扉がノックされた。
「ういー」
 酔っぱらいみたいな返事を返すと、
「何よ、朝から」
 リルムだった。そういえば、今日、サマサの復興の為に帰ると言っていた。
「まだ何も思い出さないの?」
 挨拶かと思えばそんなことを言う。
「さっぱり」
 ロックは肩をすくめて首を横に振った。
「今、思い出さないと、いつか思い出したとき死ぬ程後悔すると思うよ~?」
 含みがちな口調。
「……それはそうかもしれないとは思うけどな」
 思い出さないのだからどうしようもない。
「んー、やっぱり、同じだけ時間がかかるのかなあ」
 リルムは人差し指を唇に置いて首を傾げる。
「んあ?」
「レイチェルさんじゃない、他の人に惹かれるのって」
 リルムの言葉に、ロックは目を見開いた。
「お前は何か知ってるのか?」
「何かって?」
「他の誰も教えてくれないような、記憶を無くす前の俺について。俺が、足りないと感じている何か」
「ん~、言っても心が伴わないと意味ないしね。言わないでほしいだろうから」
 リルムは天井を見上げて言う。
「誰が?」
「ナイショ」
 そして悪戯っぽく笑った。
「んでだよ」
「押しつけたくないから、だと思うな」
 リルムが言うと、ロックは黙って考え込んでしまった。
「もしかして、心当たり、ある?」
「自信ねえ。つーか、みんなもしかして知ってるのか?」
 その疑問には答えずに、
「今、どうしたい?」
 言ったリルムを、ロックは、眉を寄せて横目で見る。
「……お前に背中押されてるのか?」
「まあね~。見てる方も辛いし、帰る前にお節介。えへ」
 リルムはにっこり笑った。
 大人達には言いにくいことも、彼女は言いたくてうずうずしていたに違いない。
「参った。お前、いい女になるよ」
 ロックが言ってやると、
「当然でしょ!」
 えっへっへ~と笑いながら彼女は出ていった。


 とりあえず、エドガーと話そうと王の間へ向かうと、話し声が聞こえた。
「本当に言わないでいるつもりか?」
 そう言ったのはエドガー。
「そうよ」
 答えたのはセリスだ。
 ロックは何故か、慌てて柱の影に隠れる。
「エドガーこそ、変な噂広げてどういうつもりよ」
「ちょっとね、奴の心に働きかけてみようかと思って」
 エドガーはにこにこしている。確信犯だ。
「それに、君は笑い飛ばしたけど、后にならないかと聞いたのは決して冗談なんかじゃない」
「私は誰かさんの代わりはいやよ」
 セリスが言うと、エドガーは押し黙ってしまった。
「そうだ、な……参ったな。君に気付かれているとは」
 エドガーは苦笑いをする。
「なあ、でも、もう言ってもいいんじゃないか?」
 急に話を戻され、セリスは顔をしかめた。
「もうって、記憶喪失になってから1週間しか経ってないのよ? 大体、失った感情を押しつけることは意味を持たないわ」
「それで感情が戻るかもしれない」
「記憶が戻ってないなら錯覚よ。それに、感情だけが戻れば記憶との落差に苦しむわ」
 セリスはとりつく島もない。
「それで、君はこのままでいいのか? 諦められるのか?」
「もう諦めてるわ」
「嘘だろう?」
 エドガーは意地悪い笑みを浮かべる。
「君は奴にフラれるのが恐い。違うか?」
「違うわ。……私にとって、彼はもうロックじゃない───」
 その言葉に、ロックは思わず出て行きたくなったが、辛うじて踏み止まる。
「君を愛していないから?」
「─────────」
 セリスは答えない。
「再び愛するかもしれない」
「可能性を言ったらきりがないわ」
 すげなく言ったセリスに、エドガーはため息をつく。彼女は聞く耳を持たないらしい。
「君はこれからどうするんだ? セッツァーの誘いを断ったんだろう?」
「何でも知ってるのね。そうね、あなたの后にでもなろうかしら」
 セリスは自分で言って吹き出した。想像がつかなかったのだろう。
「私は歓迎するよ」
「ティナはいいの?」
「──────」
 言い返されてエドガーは顔を引きつらせた。
「私は急ぎたくないんだ。ゆっくりと時間をかけるよ」
「彼女はモブリズに戻っちゃうわよ? うかうかしてると、他の男にとられるんじゃない?」
「君もな」
「私はいいのよ」
「?」
 エドガーはセリスを不思議そうに見つめる。
「君は思っていたより落ち着いているな。絶対泣くと思っていたのに」
 ティナとリルムの前で一度泣いているが、それきりだ。
「女はね、強いのよ」
 ───強くあらねばならないから。
 セリスは不敵な笑みを浮かべた。
「??? 何かある気がするんだよな」
 あら、随分勘がいいわね。セリスは内心舌を出す。
「気のせいよ。じゃあね」
 セリスは珍しくもウインク一つ残し、去っていった。
「出てきたらどうだ?」
 エドガーは平然と言う。
「……なんだよ、気付いてたのか」
 ロックはフテくされた表情で柱の影から出た。
「なあ…………俺とセリスは…………恋人同士だったのか?」
 ロックは率直に尋ねる。エドガー相手に遠回しに聞いても損するだけだ。
「何故?」
「いや、俺の片思いだったかもしれねーけど、なんとなく……」
「思い出したか?」
「いや……」
 ロックは歯切れが悪い。自分だってよくわからないのだから仕方がなかった。
「だとしたら、何か変わるのか?」
 底意地悪い言い方で聞き返され、ロックは閉口する。
「中途半端に関わるな」
 エドガーはきっぱり言い放った。
「そうと知れば気に掛かるのはわかるが、彼女にこれ以上傷付いてほしくない」
「別に俺だって傷付けたくねーよ」
「じゃあ一体どうしたいんだ?」
 わかんねーから相談に来たってのに……。
「お前はこれからどうするか決めているのか?」
「さあて。記憶を探す旅にでも出るか」
 ロックが言うと、エドガーは更に厳しい事を言った。
「思い出したときにはすでに遅いかもしれないぞ」
「わかってるけどさ。今の俺じゃ、ダメみたいだからな」
「何故ダメなのか、本当にわかっているのか?」
 その問いに、ロックは少し考えてから、
「彼女との想い出がないからか?」
「お前がどんなに好きだと言っても、彼女にはその言葉が信じられないからだろうな」
「…………んじゃ、そりゃ」
ロック・・・は、自分自身のために、セリスと向き合うために、 レイチェルの事に、過去にケリをつけた。お前は心の整理ができるか?」
「よくわかんねーよ。つけたくたって、全部終わってて、自分でしたらしいし」
 ロックはむくれて言う。一体どうしろと言うのだ。
「俺は俺なりのケジメをつけるために、やっぱり旅に出るよ。想い出がどうしても大事だとは思わないけどな、このまま前に進めるとは思えない」
「お前らしいな」
 フッと笑ったエドガーを残して、ロックは王の間を去った。

 やっとのことでセリスを探し出すと、彼女は城の裏で壁に寄りかかりぼんやりしていた。
「こんなとこで何してんだ?」
 ロックが近付くと、チラリと視線をよこしたがすぐに前を見つめながら、
「別になにも。涼んでる」
 簡潔で抑揚のない答え。
「あのさ……」
 ロックは逡巡したが、思い切って言った。
「世界を、案内してくれないか?」
 セリスは怪訝そうにロックを見た。
「自分の方が詳しいだろう」
「そうじゃないんだ。俺は記憶を取り戻す旅に出たいんだ」
「記憶を取り戻す秘宝を探してじゃないのか?」

 ちょっと笑ったセリスが言った。恐らく彼女なりの冗談なんだろう。
「それがあるならいいけどな。噂すら聞いたことないぜ、そんなの」
 ロックが普通に言うと、セリスは青緑の瞳に影を落とし、
「……別に無理に記憶を取り戻す必要なんかないじゃないか」
 吐き出すように言う。本当に恋人同士だったのかと思うような言葉。
「なんか、セリスは思い出して欲しくないみたいだな」
 ロックは自嘲した。自分がバカみたいに思えて。
「そんなこと……」
 否定しようとして、セリスは否定できなかった。
 確かにロックの言う通りな気がしたからだ。自分は何かが恐い。何が恐い? 思い出すことを期待し続けてしまうことが……恐い……。
「もしかして、俺、思い出したくないような酷いこと、したとか?」
 あんなことや、こんなことや……って、さすがに俺、そんなことしねーと思う……。
「まさか。あなたは私の命の恩人だもの。酷いことなんてしないわ」
 たくさん傷付けられたけど……でも、最後に私を選んでくれたから。セリスは思う。
 想い出だけで生きていこうとしているのは私。
「俺はさ、俺は、このままだと一生立ち止まったままになっちまうんだ。虚しくて、焦燥感だけが募る。 俺はどうしても思い出さなきゃならない」
 悲壮な程の決意に、セリスは言葉に詰まった。
「どうしてそこまで……」
「自分にとって何が大事かを見失ったりはしない。勿論想い出が大事なわけじゃないけどな」
 ロックらしい言い方。セリスは泣きたくなるのを必死に我慢する。

 

■あとがき■

ふふふ……次は二択ラストです。とは言っても、Bは何故か長くなります。 (03.5.10)

あなたなら、どちらの選択肢を選ぶ?

A 意地を張るのなんてやめる。受け止めて欲しい!

「どうして私に頼むの? セッツァーの方が便利よ」
 セリスが言うと、ロックは苦笑いして答えた。
「本当に思い出さなきゃいけないことを、俺が知りたい事を知っているのは、お前しかいない気がしてな───」
 ああ、きっとこの人は気付いているんだ。気付いているけれど、ちゃんと思い出さないと私に悪いと思っているんだ。
 セリスは思って、切なくてたまらない。
 言ってしまえばいい。それなのに、言葉が出てこなかった。喉元まで出かかっていても、なんて言えばいいかわらかなかった。
「そんな顔しないでくれよ」
 ロックに言われ、セリスはハッとする。今までポーカーフェイスをしてきたのが全て今ので無駄になった。
「セリスは、俺が聞いても話してくれないだろう? なら、俺は自分で思い出さなきゃならない」
 だって、自分が話したら、無理矢理押しつけることになる……セリスは固まったまま身動きすらとれなくなっていた。
「レイチェルの事は……いいの?」
 やっとの思いで、それだけ尋ねる。
「思い出せばそれも済むことだろ? 正直、それに関しては実感無さすぎてな。今の俺は全てに中途半端なんだ」
「思い出さなかったら?」
 上目遣いに尋ねられ、ロックは言葉に詰まる。
「…………あなたが知りたいことを教えてあげる」
 セリスはきりっとした表情になり、告げた。
「レイチェルさんは、生きてるわ……」
「え……?」
 ロックはぽかんと口を開け、間抜けな顔になった。
 期待していた言葉と全く違う。
「生き返ったの。でも、また全てを忘れてる……。あなたは二度と関わらないと言っていたから、混乱を避けるため、言わなかったのよ」
「じゃあ、あの墓は……」
「元々、最初にレイチェルさんが亡くなった時に作ったダミーなの。彼女の居場所は知らない。記憶を失う前のあなたしか、知らない」
「…………マジ、かよ……」
 ロックは、また頭が混乱してきて、何が何だかわからなくなっていた。
「探すなら、記憶じゃなくて、今、どこかで生きている彼女、よ」
 言い置いて、セリスはロックの横を抜けて去って行った。呆然として頭が整理しきれないロックは引き留める余裕もない。
「生きて、る……?」
 でも、自分が二度と関わらないと言ったなら、関わるべきではないのか───。
 しかし、一度そうして死なせて後悔したくせに、何故そんな選択を? セリスがいたから……?

 ロックは頭を振って拳を握りしめると、再びエドガーの元へ向かった。
「おいおい、私もヒマではないんだぞ」
 執務室で書類と向き合っていたエドガーは呆れ顔でロックを見た。
「なんだ? 深刻な顔で。セリスにフラれたか?」
 エドガーの軽口など耳に入っていない様子で、
「レイチェルが……生きていると……」
 呟く。エドガーは眉根を寄せて、
「誰が言った?」
「セリスが……」
 ロックの呆然とした呟きに、エドガーは深いため息をついた。
「会いたいか?」
 真っ正面から見据えられ、ロックは戸惑う。
「俺は会わないと決めたと聞いた。お前は居場所を知っているのか?」
「知っているとしたらどうする?」
「どうするって……」
 どうするのだろう。ロックは自分でもわからない。胸の中がもやもやとしているだけで、レイチェルに会いたいという切望はない。
「レイチェルはお前を思いだしているかもしれない。お前に焦がれているかもしれない。会いたいか?」
 そう言われると、傍にいってやりたい気がしてくる。
「だけど……俺は……」
「なんだ?」
「叶うことなら、セリスの傍にいたいんだ……」
 ぽつりと、涙をこぼすがごとく漏らした言葉に、エドガーはにやりと口元を緩めた。
「悪いな。嘘だ」
「………………は?」
「少なくとも、俺が言ったのは、嘘だ」
「はぁ?」
「あの墓には本当にレイチェルさんが埋まっている、はずだ。ロックが一人で埋葬したと聞いているから、実際見たわけではないがな。 私は生きているなどと聞いたことはない」
「おいおい……」
「私はお前の反応を試しただけだ。セリスはどうかね?」
 エドガーはにやにやしている。多分自分と同じだと思っているからだ。
「つーか、俺、すっげー驚いて……悩んで……」
「何に悩む必要がある? そこでお前が悩むから、セリスはお前を信じない」
 言われてしまい、ロックは閉口した。
「んだよ、もし俺がレイチェルを探す旅に出たら無駄じゃん」
「それはセリスなりの報復になって、私としてはいいと思うけどね」
 性格の悪い王様だな、おい……。
「俺とセリスは恋人同士だったんだな?」
 ロックはもう一度尋ねた。エドガーを睨み付けて。
「そうだ。君たちはとても幸せそうだったよ。幾多もの溝を埋めて絆を作ってきたからね」
「…………」
「正直、レイチェルの事に囚われていたお前が、他の女性に惚れた事に気付いた時は驚いたよ」
 エドガーは遠い目で言う。ロックの知らないロックの話。
「……邪魔、したな」
 ロックは口元を真一文字にして、部屋を出て行った。
「さて、新展開が期待できるかね」
 それより自分の方はいいのかよ! ロックが記憶を無くしてなかったなら、そうエドガーに言っただろう。

 

†  †  †

 

 夕食の時間、セリスは現れなかった。
 ロックはなんだか不安になって、それでもとりあえず出されたものは全部たいらげたが、セリスの部屋へ向かう。
   コンコン
 扉をノックすると、「誰?」セリスの掠れた声が聞こえた。泣いていたのだろうか。
「俺……だけど……」
「会いたくないの。ごめん」
 そう言われてもロックも引くつもりはない。が、ノブを回すと鍵が掛かっていた。
「なんでそこまで……」
 ロックは少し呆れる。彼女は一体、自分に何を求めているのかわからない。
 勿論、こんな扉の鍵などロックにかかればお手の物だが……。
 やっぱ、ここは俺らしくいきますか。


   と、いうことで、
   スタッ
 ロックは上の階から、バルコニーに飛び降りた。
 ちょっと夜這いみたいで嫌だけどな。
 気配に気付いたのか、セリスが立ち上がって窓の外を見た。
「なっ……」
 驚いて言葉を失っている。ロックは照れたように頭を掻いた。
「悪いな。俺は、引かないんだ」
 ロックの悪びれない言葉に、セリスは、こういう人だった……と諦める。どこまでも猪突猛進な人なのだ。
「エドガーは、レイチェルは死んだって言ってるぞ」
 言いながら、セリスの部屋に入る。ロックの部屋と同じ間取りだ。部屋の隅に小さく荷物がまとめてあった。
「まあ、俺にはどっちでも同じことだけどな」
「何言って……」
 目の前に立ったロックに、セリスは気怖じしたのか戸惑ったのか、瞳を揺らがせる。
「ん? それ以上に大事な事があるっていう意味」
 言いながらセリスの手首を掴んだ。反射的に避けようとしたが、震えてうまく避けられなかった。
「俺が恐い?」
 セリスは怯えたようにロックを見つめ返すだけで何も言わない。
「俺は、本当に大事なモノを、間違えたりはしないよ」
 言って、彼女の手を引き寄せて、手首の内側に口づけると、彼女の体がびくんと震えた。
「俺たちが恋人同士だったのかとか、そういうのもどうでもいいよ。俺は今の自分の気持ちに正直にいたいから」
「……?」
 セリスは不思議そうに小首を傾げる。展開についていけていないのだろう。
「記憶も、戻ればいいとは思うけど……でも、お前を失ったら意味がない」
 その言葉に、セリスはぎゅっと心臓を鷲掴みされたように胸を痛めた。
「どう、して……」
 やっとのことで言葉を紡ぎ出す。
「さあな。どうして? それって、意味の無い問いじゃないか?」
 ロックはセリスの片手を持ったまま、空いた方の手で彼女の頬に触れた。彼女はまだ瞳を揺るがしたまま動かない。
「どうしても、何に変えても、失くしたくない。そう思ったんだから」
 ロックは微笑む。セリスは小さな、やっと聞き取れるくらいの声で尋ねた。
「何を……?」
 本当にわかってないのだろうか。信じられないのだろうか。
「お前以外に、いないだろ」
 その言葉に、セリスの瞳に大粒の涙が溢れた。
「本当に───?」
 言の葉を漏らすと、彼女の頬を涙が伝う。ロックはそれを親指で拭い、彼女にそっと唇を寄せた。
 涙の後の残る頬に口づけ、そして、セリスの形良い唇を奪う。
 言葉で足りないのなら───
 優しくついばむように、何度も繰り返し彼女の唇を吸う。
 しっとりとした彼女の唇は柔らかく、熱い吐息が漏れて、ロックはたまらなくなり、彼女をそっと抱き上げた。
「ロック……?」
 セリスが不思議そうにロックを見ても、ロックは柔らかく微笑むだけだ。
 そっとベッドに下ろされて、セリスは戸惑ったような所在なさ気な表情になる。
「多分、何度記憶を無くしても」
 言いながら、セリスを組み敷いた。
「俺はお前に惚れるよ」
 もう一度、口づけを交わす。先ほどよりも熱く、ただお互いを求めて。

 きっと私が記憶を失っても───あなたを好きになるわ

 至福の微睡みの中で、セリスが囁いた。

 

・ fin ・

 

■あとがき■

いやー、長編で書くことはあっても、ロクセリでは初! やはり恥ずかしいというのが本音。プチ☆アダルティーなラストになりました。
1999hitの亀虫隆起さんがラストはラブラブでというプチリクだったので……気に入ってもらえるかどうかわかりませんが捧げます。いかがでしょう? ラブラブなんでしょうか……。
ところで結局記憶は戻らないですみません。Bパターンでは戻りますから!(みなさんが想像している内容とはかけ離れると思いますけど) (03.5.10)

B.ロックの記憶探しの旅に行こう!

〔前編〕

 期待してしまう……傷付くのは自分だろうに。もう深入りすべきじゃないのに。
「1ヶ月だ」
 気付くとセリスは言っていた。
「え?」
「1ヶ月なら付き合ってやる」
 動揺を隠すために尊大な口調で言うセリスに、ロックは目を瞬かせる。
「な、なんで1ヶ月?」
「ダラダラと行っても意味ないだろう。10年経っても、50年経っても無駄だったらどうするんだ?」
 冷たく言ったセリスに、俺はそれでもいいんだけど、と思ったけれどロックは何も言わなかった。
「わかった。1ヶ月でもいい」
 俺に与えられたチャンスなら。
「じゃ、早速明日出発だ」
 セリスは言い置いて城内へ戻って行った。

 

†  †  †

 

「私が知っているのは、サウスフィガロで助けられてからだから、さほど長くはない」
 サウスフィガロのダンカンの家から地下に入ったセリスは淡々と述べる。
「ここに来たのは、ティナをリターナー本部に連れて行った後、帝国がそちらに向かっていると聞いて、足止めするためだったと聞いた。 それは成功したが、警戒が厳しくて困っていた時見付けた抜け道の途中に私が掴まっていた、というわけだ」
 大体の話はエドガーが話したが、道案内をしながらセリスはもう一度説明する。
 薄暗い廊下を抜けると物置に出た。そこから廊下に出て、二つ隣のドアを開ける。
「ここで、私はお前に助けられた」
 セリスに言われて小部屋を覗いた。石造りの簡素な部屋だった──奥の壁に鎖が繋がっていることを除けば。
 その鎖を見た途端、ロックの脳裏を何かがかすめた。
「う……」
 こめかみを押さえて顔を歪めると、
「どうした?」
 セリスが覗き込んできた。フと目が合い、再び何かを思い出しそうになる。
 その青紫の瞳。惚けたように自分を見上げていた瞳……。
 ロックは眩暈に耐えきれず石畳に膝を着いた。
「もしかして、何か思い出しそうなの?」
 セリスの口調が柔らかくなった。ロックは首を横に振って、
「思い出したわけじゃない……。でも、不思議そうに俺を見上げていた二対のエメラルド。あれはきっとお前だ」
 呟かれてセリスは胸が苦しくなる。
「そうよ、思い出して」そう言ってしまいたい。だけどプレッシャーをかけたくなかった。
 はぐらかすように話題を変える。
「ここでもお前はお決まりの台詞を言ってた」
「なんだよ、それ」
 頭痛が治まったのか、ロックは頭を振りながら立ち上がる。
「『守る』ってやつ。エドガーは女と見れば口説くけど、お前は困っている女を見れば『守る』だった」
 セリスは苦笑いをしている。呆れているようにも見えた。
「お前なりにいつでも真面目だったみたいだけどな」
「言われてお前はどう思った?」
 聞いてみる。これぐらいならセリスも怒らないだろう。案の定、答えてくれたが、期待していたものとは違った。
「帝国で常勝将軍と謳われた私に守るなんて、酔狂な奴だと思った」
「ハハ、初対面じゃな。ティナも不思議そうな顔してた」
 ロックの何気ない言葉にセリスの表情が固まる。
「……え? 今……」
「あれ?」
 ロックは自分でも首を傾げる。
「思い出したの?」
 ねだるような表情でセリスに尋ねられても、ロックは項垂れて首を横に振るしかない。
「何故かそう思って……」
 セリスはがっくりするかと思ったが、何故かホッとしたように笑って、
「ま、無理はしない方がいい」
 あっさりと言った。
「次は洞窟を抜けてナルシェへ行くぞ」
 言いながら小部屋を出る。
「すぐ!?」
「1ヶ月で全部回りきるんだろう? それとも、まだ調子悪いか?」
「いや、そんなことねーけど……」
 言いながらロックは、再び頭を振った。痛みは取れたが靄がかかったような感じだ。
「まだ調子悪いみたいだな。今日は無理せず休もう」
「悪い……」
 結局二人は、サウスフィガロで一泊して(勿論別々の部屋だ)、翌日、洞窟を抜けた。

「ここで、ディッグアーマーと戦った」
 セリスは、強力な魔法を放つことができる自立型機械だとディッグアーマーの説明をしてやる。
「私が魔封剣を使うのに、そんなことして大丈夫なのかと、お前はびっくりしていたよ」
 セリスは苦笑いを零す。
 ロックの前でも笑顔を見せるようになったが、こういった苦笑いか自嘲、呆れたような笑顔だけだ。
 セリスにとっては、全てが遠い───余りにも遠い過去のように思えて仕方なかったから。
 同時に、大昔のように感じながらも、1シーン1シーンが鮮明に脳裏を過ぎり……。差し伸べられる手や、自分に向けられる 微笑みは───。
 同じように接しられても違うと感じてしまうのはセリスが変わってしまったからなのか───。
 もしかしたらそうなのかもしれない。
 決定的に違うものがある。あの時とは、何もかもが違うのだ。
 もしかすると、ロックは根本的に変わっていないのかもしれない。そう、セリスが変わったからそう感じるだけで
「どうした?」
 説明半ばで黙り込んでしまったセリスの顔を、ロックは心配そうに覗き込む。
 ハッとしたセリスは「何でもない」答えると、「とにかく、ディッグアーマーは倒した」突然省略し、洞窟を出た。

 

†  †  †

 

 一度フィガロ城に戻り、ナルシェまではセッツァーが飛空挺を出してくれた。
「記憶は戻りそうか?」
 聞かれてもロックは力無く首を横に振ることしかできない。
「ったく、情けねーなあ」
 呆れ顔のセッツァーに、ロックは少しムッとなる。そんなこと言ったってどうにかなるもんではない。
「あんだけ大口叩いておきながら」
 ここでセッツァーが指しているのは「セリスを娶るのは俺だ!」発言のことである。直接聞いてはいないが、エドガーが教えてくれた。
「なんだよ大口って」
 まだムッとしているロックは、余裕綽々と舵をとっているセッツァーを睨んだ。
 セッツァーはチラリとだけロックを見て、
「お前はどういうつもりでセリスを連れ出したんだ?」
 質問には答えずに、全然関係のない事を聞く。
「え?」
「お前は何のために記憶を取り戻す必要があるんだ?」
 その問いに、言葉で答えを返すのは難しかった。セッツァーを納得させる自信もない。
「まあ、一人で発たなかったのは誉めてやろう。セリスはそれほど強くない……いや、今は強いかもな」
 セッツァーの含み笑いに、ロックは首を傾げながら、
「んな偉そうなこと言って、あんたは断られたんだろ?」
 言うと、セッツァーがギロリ! ものすごい形相でロックを睨んだ。
「なんで知っている!」
「い、いや……エドガーが……」
「あのくそ国王! 覚えてやがれ」
 一人悪態を吐いているセッツァーを残して、ロックは甲板を降りた。

 初冬のナルシェは思ったより気温が低かった。
 セッツァーは明日まで待っていてくれるという。
「あいつは俺を見張ってるのか?」
 ロックが思わずセリスに尋ねると、「はあ?」セリスは思いっきり変な顔をした。
「とりあえず、ジュンさんの所へ行きましょう。リターナーの仲間よ。ナルシェ唯一のリターナー理解者だった人。ティナを助けたのも彼」
 ロックをジュンの所へ連れて行くと、彼はとても驚いた。
「本当に何も覚えてないのか!?」
 そう聞かれても、ロックは困った顔で頭をかくだけだ。
「まあいい。じゃあ、炭坑でも歩いて来たらどうだ? モーグリにも会うといい」
「ええ」
 頷いて、セリスはロックを連れ出した。
「あの家で、私はまたあなたに命を救われた」
 北風の吹く中、セリスが言う。
「一度はサウスフィガロ。そして、ナルシェで復讐のため私を斬ろうとしたカイエンから」
 立ち止まって振り返ったセリスは、真っ直ぐにロックを見ていた。
「あなたは命の恩人なの。だから、とても感謝している。私にとっては兄のような存在だった」
 セリスの言葉に、ロックが何も返せないでいると、再び彼女は歩き出した。
 兄のような存在……?
 これは強がっているのか。もしかしたら、本当に兄としか思っていなかったのか……。
 エドガーは恋人同士だったと言ったけれど、仲が良かっただけかもしれない。
 突如としてロックは不安になる。
 もしかしたら、自分がしていることは迷惑なのかもしれないと。
 恩があるから、こうして付き合ってくれているのかもしれないと───。

 別れてからさほど経ってはいないが、モグはとても二人を歓迎してくれた。
 モーグリは皆、気楽で、見ているこちらがホッとするような存在だが、ロックの心は晴れなかった。

 

†  †  †

 

 翌日、二人は飛空挺でコーリンゲンへ直行した。
 セッツァーはそこで帰ってしまったが、ゾゾもオペラ座もチョコボがいれば遠くはない。
 二人は順調に旅を進め、オペラ座に辿り着いた。
 正直、セリスはこの場所に来たくなかった。想い出が多すぎて。
 軽く説明して済ませてしまおうと思っていたのだが───
 オペラ座に入ると、丁度、ダンチョーが外へ出ようとしているところだった。
「あ゙あ゙あ゙っっ!!」
 団長は二人を見て大声を上げた。二人がびっくりしていると、
「なんていいところにっ!!!」
 叫んでセリスに飛びついた。がくがく彼女を揺らしながら、
「あああ! もう、あなたがいらしたことは天の采配としか思えません」
 ダンチョーは勝手に嬉し涙を流す。
「あ、あの……」
 セリスは顔を引きつらせてダンチョーを見た。
「あ、すいませんね。実はマリアが足を挫いてしまって……。明日はどうしても公演しなければならないんです。 このオペラ座の創設100年記念なんですよ。ああ、あなたが来てくれて良かった……」
 ダンチョーは既に、セリスが代役をするものと決めつけている。
「でも、私達……あまり時間がないんです……」
 セリスが申し訳なさそうに言うと、ダンチョーは目を見開いて唖然とした。
「そ、そんな事を言わずに……」
 ダンチョーは泣きそうな顔でセリスを見た。セリスがどうしていいかわらかずにいると、
「いいじゃないか」
 ロックが言った。セリスが驚いて振り返ると、ロックは頷いて、
「前も代役をしたことがあるんだろ? それに困ってるみたいだ」
 言った。さすがロックだ。困っている人は放っておけない。
「そうね。わかったわ」
 セリスは渋々頷いた。ダンチョーが土下座をしそうな勢いだったから。
「こんなことしてたら、1ヶ月じゃ足りなくなるわよ?」
 セリスの言葉に、ロックはにっこり笑って、
「でもお前が舞台に立つところが見れるんだろ?」
 言われてしまい、セリスは頬を引きつらせた。
「何で怒るんだよ?」
「怒ってないわよ」
 二人がブチブチ言い合っていると、
「じゃ、そうと決まったら練習です。声出すのも久しぶりでしょう?」
 ダンチョーはそう言ったかと思うと走って消えてしまった。そしてすぐに戻ってくると、セリスに台本を渡した。
「大丈夫、この間と同じシーンです」
 ダンチョーはゲンキンなことにニコニコしている。セリスは苦笑いを返すしかなかった。

 その番、みんなが寝静まった後、セリスは一人テラスで歌っていた。やるからにはできるだけうまくやりたい。
「───望まぬ 契りを 交わすのですか♪
 どうすれば ねえあなた─────────」
 ふと、途中で歌が止んだ。
 人の気配に振り返る。
「ロック……」
 強がるのにも疲れて、セリスは目を伏せた。
「熱心だな」
 ロックの言葉に、セリスは顔を背けるように前を向き、
「うるさかった?」
 尋ねた。小声で歌っていたが、ここは町も遠く、夜は本当に静かだ。
「ん? いや、眠れなかっただけだ。胸がざわざわしてな、何かを思い出しそうなんだ」
 ロックは切なそうに顔を歪める。
「──────」
 セリスは何も答えなかった。
 ロックと二人、旅に出てから、思い出して欲しいという想いが日に日に増していく。
 ロックと共にいて、記憶を失くす前の彼だと錯覚してしまうことさえある。
 想いを抱えきれず、セリスが俯いていると、ふわり…… 後ろから腕が回った。親鳥が雛を翼で包み込むように。
 セリスは驚いて顔を上げ、ロックに抱きしめられたのだと気付く。
「なっ……」
 セリスがびっくりして身体を強張らせると、
「しばらくこうしていていいか?」
 耳元で囁かれた。いいわけない。だって流されてしまう。ダメだと一言そう言えばいい。 でも言えなかった。苦しくて堪らず、切なくて泣き出しそうなのに、同時に深く甘くて……。
 切なくて苦しいのはロックも同じだった。
 こうして抱きしめているのに。彼女は自分の腕の中にいるのに、遙か遠くに心があって───届かない。
 彼女が想っているのは自分であって自分じゃない──────。
 離したくなくて、抱きしめる腕に力を込めようとしたが、するり、その前に彼女はロックの腕を抜け出していた。
「もう、寝るわ」
 表情を見せず静かに言って、彼女は部屋へ戻って行った。
「全然、近付けねーや」
 ロックはポツリと呟いて頭を掻くと、自分も寝ることにした。


 マリアに扮したセリスは、言葉を失うほど美しかった。
 ロックは呆気に取られて、ぽかんと口を開け、しばし間の抜けた顔をしていたが、
「お前、こんなにキレイだったっけ───」
 呆然と呟いた。セリスはハッと顔を強ばらせ、整った口元を歪める。
「集中したいの。一人にしてくれる?」
 そう言われてしまうと、ロックはそれ以上何も言えず、客席に戻った。
 ロックが出ていった事にホッとして、セリスはその場にしゃがみこんだ。
 同じ事を言うのは、同一人物だからと割り切れない。当たり前なのかもしれないけれど、痛かった。 頭の中がぐしゃぐしゃになり、発狂したくなる。
 セリスは頭を振って気分を切り替えると、立ち上がった。
 とりあえず今は、舞台に集中だ。
 正直この代役は辛いが、辛いと感じるのはまだ囚われている証拠。これを乗り越えて想い出にするには逃げるわけにはいかない。
 そんなことを考えることも全て無駄だろうけれど。だったら何故、ロックについて来たというのだ。
 矛盾だらけの心から、目を逸らすことしかできなかった。

 ロックがぼうっと舞台を眺めていると、
「大変だ!」
 ダンチョーが小走りに寄って来た。もう舞台は始まっているというのにどうしたのだろう。
「こ、これを……」
 ダンチョーは一枚のカードを差し出した。名刺大のそれを見て、ロックは慌てて立ち上がる。
「左の扉から舞台の上へ行ける」
 ダンチョーの言葉を背に、全速力でダッシュ!
『マリアを頂きに行く。 by.オルトロス』
 カードにはそう書かれていた。魔力で生きていたわけではない魔物はいまでも消えず残っている。オルトロスもそうなのだろう。
 魔物であるということしか、今のロックにはわからないが、そんなことはどうでもいい。 相手が誰であろうと関係ない。セリスに何かあったら……そう想って胸が痛んだ。
 ロックが天井の梁に辿り着いたとき、オペラはクライマックスを迎えていた。
「魔物なんかいねーな」
 舞台に立つセリスを確かめて、ロックは首を傾げた。
 が、ホッとしたのも束の間。
 黒いマントに身を包んだ男が、舞台脇から飛び出たかと思うと、驚いているセリスを脇に抱えた。
「!!」
「何するの!」
 セリスが叫んだと同時に、ロックは舞台に飛び降りた。
 無論、マントの男はそれを待たずに走り去る。
「逃がすか!」
 追いかけたが、すぐに行き止まり。昨夜セリスが歌っていたテラスだった。
「くそっ」
 舌打ちすると、
   バリバリバリ……
 聞き覚えのある騒音。
「まさか……ファルコン!?」
 ロックが空を見上げると、間違えなく飛空挺が影を落としていた。まだ高度は無く近い。
「セッツァー! どういうつもりだ!」
 聞こえはしないだろうが叫び、熊手のようなカギ付きロープを投げた。甲板の縁に引っ掛かったそれをぐいっと引き、しっかりと つかんでテラスからダイブする。
 ロックが不安定な一本のロープを、懸命に昇っている頃……。
「ちょっと、どーなってるのよ!」
 セリスはセッツァーに食ってかかっていた。
 気の強い女が好きなセッツァーは、「くっくっくっ」喉を鳴らして笑っている。
「何考えてるの!?」
「ちょっとな、奴の脳に刺激をと思ってな。既視感から記憶が連鎖して蘇るかもしれないだろ?」
 面白そうなセッツァーを、セリスは睨み付ける。
「いつまで抱きしめてるつもり?」
 だが、セッツァーは飄々と言い返してきた。
「怒るとお腹の子に触るぞ」
 さらりと言われた台詞に、セリスは「何よ、それ」一瞬理解できなかったが、
「……え? あ、な……ん、で……?」
 愕然とセッツァーを見た。セッツァーはにやりと片頬を緩めると、
「俺はどっかのドロボウみたいに鈍くないんでな」
 セッツァーはふふんと鼻を鳴らす。
「他の人は? 言ったの?」
 セリスは悲壮な表情でセッツァーを見た。
「言ってないさ。気付いてるかどうかはわからん。エドガーはそんな可能性があってもおかしくないぐらいには感じてるようだが」
「セッツァー、ロックには……」
 言わないでね、続けようとしたのだが、
「セッツァー!!」
 ロックの叫びに遮られた。
「てめー何考えてんだよ!」
 当のセッツァーは肩をすくめ、「君が望むなら言わない」セリスにそう囁いてから、
「賭けをしようじゃないか」
 ロックに向かって右手を差し出した。
「ここにコインがある。裏が出たらお前の勝ち。表が出たら俺の勝ち。どうだ?」
 セッツァーの言葉に、セリスは顔色を無くして彼を見た。そのコインは両方表のはず……。
「セッツァー、やめて」セリスは小声で懇願した。「これ以上、彼の傷を増やすの?」
「思い出せば傷付かない」
 セッツァーは突然、真面目な顔になった。
「無理よ。無意味だわ」
 セリスは叫んで、セッツァーの腕から抜け出した。元々、彼は力を入れてなかったから、それは容易に叶った。
 セッツァーは、セリスに今にも泣き出しそうな顔で睨まれ、苦笑いするしかない。
「わかったよ。セリスは返すさ」
 セッツァーは言うが、展開について行けず、キョトンとしていたロックは、言う。
「一体、何だったんだ?」
「あの時を少しでも再現してみたのさ。な、エドガー」
 セッツァーの言葉に、エドガーがバツの悪そうな顔で出てきた。
「うまくいかなかったか……」
「二人してこんなこと企むなんて───」
 セリスはあきれ返ってしまう。
「by.オルトロスとか書いてきやがってよ」
 やはりロックも呆れ返って言うと、エドガーもセッツァーもほちょんとした顔になった。
「何のことだ?」
「何のことだって、これだよ、これ」
 ロックがカードを見せると、
「俺じゃないぜ」
 セッツァーがエドガーを見る。
「私だってあんな奴をを騙ったりしないよ」
 エドガーも首を横に振った。
「じゃ、これは?」
 四人は顔を見合わせた。後方を見て、
「まさか、な」
 苦笑いをしあった。

「まさかダンチョーもグルとは───」
 4人がオペラ座に戻ると、
「よう、遅かったな」
 マッシュが、ぐにゃりと潰れた大ダコに肘をついて待っていた。
「それって、オルトロス……?」
 セリスが恐る恐る聞くと、
「おう! あの時は吹っ飛ばされたけど、今回はのしてやったぜ!」
 マッシュは豪快に笑う。
 何だかセリスもおかしくなってきて、思わず吹き出した。
 そのうち連鎖したように、ロックもセッツァーもエドガーも笑い始め、お腹が痛くなるまで笑い転げた。

 

†  †  †

 

 その夜、セリス達はファルコン号でサマサに向かっていた。ついでに乗せていってもらうことにしたのだ。
「いつ気付いたの?」
 舵を取りながらパイプを吹かしていたセッツァーに、セリスは近付いて声をかけた。
「ん? 眠れないのか?」
 聞こえなかったのかセッツァーは見当外れの事を言う。
「だから、いつ気付いたのよ」
 気が立っているわけではなかったが、急かすように尋ねる。
「先月、セリスは一度も腰が痛いって言わなかったろ?」
 セッツァーはにやりと含み笑いをする。
「は?」
 セリスは変な顔をしてから、セッツァーの言いたい事に思い当たり、顔を赤くした。
 彼女は毎月月末になると生理で、必ずひどく腰が痛くなる。リルムやティナは知っていることだが、 何故セッツァーまで知っているのだろうか。勝手に憶測していたのか……。
「スケベ!」
 セリスがムッとして睨み付けると、
「それはロックだろう?」
 セッツァーに言い返された。が、セリスは何故ロックが出てくるのかわからず首を傾げる。
「ロックの子だろう?」
 更に言われてセリスは固まった。
「わからないの……」
 なんてとりあえず言ってみる。勿論嘘であり、ロックの子だ。
「わからない?」
 セッツァーは面食らったようで、まじまじとセリスを見ている。
「それは他に心当たりがあるってことか?」
「さあ……」
 セリスは曖昧な笑みを残して、部屋に戻った。
「冗談、だよな」
 残されたセッツァーは、引きつった笑みで呟いた。


 翌日、モブリズでティナも誘った一行は、サマサの村でレオの墓参りをした。
 セリスは随分長く手を合わせていた。ティナも自分の心境の変化とモブリズの子供達の事を報告していた。
 しばらく、みんなで滞在することにしたのだが、次の日はロックはセリスと二人で幻獣の住んでいた結界のあった場所へ行った。
 ただ荒れ果てた地になっているそこを見て、ロックは眉をひそめた。
 何かが脳裏をチラつくのだ。
 一瞬一瞬の映画のフィルムのような場面が、脳裏を掠めるが掴みきれずに散って行く。
「くそっ」
 ロックは、ガッと地面を蹴り付けた。
「ロック?」
 セリスがどうしたのかと彼を見ると、ロックは俯いて、
「ごめんな」
 呟いた。
「え?」
「思い出しそうなのに、だめだ……わかんねーんだ」
「無理することないって」
 セリスは言いかけたが、
「いやなんだ!」
 ロックに遮られた。
「俺がいやなんだよ! 思い出したいんだ」
「…………何をそんなに焦っているの?」
 セリスが言うと、ロックは逡巡し、
「お前が遠い───」
 小さく呟かれ、セリスは思わず胸を詰まらせた。
 距離を置いているのは自分。境界線を引いているのは自分。でも……彼は覚えていない。
 お腹の子を「あなたの子よ」そう言って信じられるだろうか。言えば信じる信じない以前に、責任感の強い人だから見捨てたりしないだおろうけど。だからこそ、余計に枷にしたくはなかった。
 自分で真実を見付けようともがいている人に、他人が現実を押しつけてしまうなんて勝手すぎる。
「お前はどうして俺につきあってくれてるんだ?」
 ロックに尋ねられ、セリスは苦い表情になり、
「あなたが辛そうだから……」
「なんじゃそりゃ。それって、同情?」
 ロックは皮肉っぽく片頬を歪ませた。
「同情とは違う。あなたは私の命を恩人だから、力になれればと思った」
「期限付きで?」
「…………それは……」
「それは?」
「私には時間がないから」
 勿論、ロックにはその意味などわからない。
「どういう意味だ?」
「私はやらなければいけないことがあるから」
 誤魔化すにはこういう表現しか思い浮かばなかった。
「それは何だ? 言えないのか?」
「──────」
 セリスは詰問に顔を歪めるだけで、答えない。
「俺、何か、勘違いしてたかもな」
 ロックは吐息混じりに言った。
「え?」
 セリスの気の抜けた返事に、ロックは無表情に彼女を見つめ返した。
「セリスも、俺に記憶を取り戻して欲しいと思ってるって、勝手に決めつけてたよ」
 疲れたように嘆息する。
「私、は───」
「俺、一人でもどかしい想いで空回りして、バカみたいだ」
 そして自嘲の笑みを浮かべた。
 セリスは何も言えなかった。一体何を言えばいいのかわからなかった。何かを言わなければいけないとは思うが、 言葉は一つも浮かんでこない。
「もう、いいよ」
 ひたすら沈黙していたセリスに、ロックは言った。
「え?」
「もう、ここで旅は終わりにする。つきあわせて悪かったな」
 ロックの言葉に、セリスはしばし呆気にとられていたが、
「わかった───」
 頷いた。「いいの?」そう聞き返すことすらしなかったのは失礼だと思ったからだ。 自分は中途半端な気持ちでロックを傷付けた。
 二人は黙ってサマサの村まで戻った。
 ロックはフィガロやモブリズへ戻る仲間と一緒に飛空挺に乗り込んだ。
 仲間は複雑そうな顔をしていたが、何も言わなかった。
 涙は出なかった。
 正しい選択をしたとは微塵も思わないけれど───。
 ロックは記憶に拘らず、別の人生を歩むべきだから。
 自分にとって大事なのは、お腹の子だから。
 自分は、この子のために生きると、決めたのだから。

 

■あとがき■

今までにないパラレルらしいラストでしょう? しかも腑に落ちない。でもまだ終わりません。次で最後です。
5年後の話になります。 (03.5.23)

〔後編〕

「諦めるのか?」
 飛空挺の中でセッツァーが言った。
 ロックは何故か奴と二人で酒を飲んでいた。
「わからねぇ」
 ロックは正直に答える。
「諦められるのか?」
 微妙にニュアンスを変え、セッツァーは再び問う。
「わからねーよ。とにかく、記憶は必ず取り戻す。そしたらまた考える」
 ロックの言葉に、(諦めるつもりなんてないんじゃねーか)セッツァーは心中でボヤいた。

 

†  †  †

 

 そしてロックは、一人、記憶探しの旅に出た。
 フェニックスの秘宝を求めて旅した記憶はないが、それよりも遙かに大変な事は確かだった。


 そして、5年───

 ロックは遂に、記憶を取り戻すことになる。
 世界から魔力が消えた後、代わりに精霊達が勢力を伸ばしていた。
 ロックは、その中でも稀な、時の精霊を探し当てたのだ。
 時の精霊は、ドマの山奥深くにひっそりと存在した。
 その精霊が護る泉の水を飲めば、記憶を戻るという話を聞いて、ロックは精霊に会いに行った。
「記憶が戻ればうまく行くとは限らない」
 過去も未来も、全てを知る者は言った。
「わかってる。きっかけにしたいだけだ」
 ロックは必死に訴える。
「ふむ……」
 美しい燐光を放つ硝子のような髪にこの世の者ならざる美貌の精霊は、少し考えるような素振りをした。
「全ての作用は反作用と共にある。お前が記憶を取り戻すには、何らかの記憶を捨てなければならない」
「覚悟、している」
 ロックの真っ直ぐな瞳に、時の精霊は頷いた。
「よかろう。お前が12歳になるまでの記憶と引き替えに───」
 精霊は右手を持ち上げると、その白い手をロックの額に翳した。
 途端、頭の中に光が溢れた。
 その時、ロックが光だと思ったものは、大量の記憶の渦だったのだが、その早すぎる奔流はロックに確認できるものではなく、わからなかったのだが。
 全てが白く埋め尽くされ、ロックは意識を手放した。

「う───」
 ロックはこめかみに鈍い痛みを感じてゆっくりと目を開けた。
 ぎしぎしなる身体を起こして、頭を振った。
「俺……?」
 しばらくの間、ぼうっとして何が何だかわからなかったが、段々意識がはっきりするにつれて、記憶も鮮明になる。
「とりもどしたんだ……」
 複雑な想いで呟いた。旅の間は余計な事を考えないようにしていた。
 何のために記憶を取り戻したいのかとか、そういうことはできるだけ忘れるようにしていた。
 彼女の事を思うと、会いたくて居ても立ってもいられなくなるから。
 だが記憶を取り戻した今、正面からそれらと向かい合う時が来た。
 自分がこれからどうするか───それは決まっている。
 とにかく彼女に会いに行くのだ。
 この5年間、彼女の噂を一度だけ聞いた。サマサで暮らしているということ。
 彼女が待っているかどうかはわからない。5年は短いようで長い。あの時の態度からすれば、自分の事など忘れているかもしれないけれど。
 ロックが目を覚ました場所は、ドマ城の近く──精霊が飛ばしたのだろうか──だった。
 とにかくロックは、サマサへ向かった。

 

†  †  †

 

「なあなあ、リルム」
 まだ幼い少年がリルムのズボンの裾を引く。
「ん~?」
 リルムはキャンパスに向けていた筆を止めた。
「父さんって、どんな人?」
 唐突な問いに、リルムは答えに詰まる。
「母さん、僕が父さんの事聞くと、悲しそうな顔するんだ」
「ん~、そうだなぁ」
 リルムは人差し指を頬に置いて、少し考える。
 5歳になったばかりの少年ロイは、母親に説明されて、父親は病気で会えないと思っている。
 記憶喪失も病気と言えばそうなのだろうけれど、子供ができたことさえ知らなかったらしい。
 だけど、どんな人か教える位は、別に構わないだろう。彼女は彼の事を思い出すのは辛いから自分からは言えないだけだ。
「トレジャーハンターだったんだよ?」
 リルムはスケッチブックを取り出して、シャカシャカと鉛筆を動かし始めた。
「トレジャハンタ?」
「そ。遺跡とかに大昔の宝を探しに行く人」
「へえ! かっこいい!」
 幼い子なら憧れる職業なのかもしれない。
「アハハ、どーだろうねえ」
 みんなにさんざん『ドロボウ』呼ばわりされていた事は隠して置こう。
「ロイに似てるよ~。そっくり。童顔だったけど、まあ、顔は良かったんじゃない?」
 言いながら、リルムは今、自分が書いた物をロイに見せた。
「これ?」
「あんたの父親。我ながらいい出来。ま、5年前だから、今はわかんないけどね」
 スケッチブックには、バンダナを巻きショートソードを構える青年がいた。
「かっこいい!」
 ロイは破顔してスケッチブックを抱きしめた。
「僕もこれ欲しいなあ」
 ロイが指さすのはバンダナだ。
「あはは」
 リルムは思わず笑ってしまった。確かにロックのトレードマークだった。
「確かどっかにあったような───」
 リルムは首を傾げる。バンダナの1枚ぐらいは、タンスの肥やしにあった気がした。
「探しておくから、また後でおいで」
 リルムが言うと、「うん!」ロイはニコニコして出ていった。
「さて、どこだったっけ?」
 タンスを開けてごそごそやっていると、コンコン、玄関の扉が鳴った。
「はいはーい」
 リルムが叫ぶと、ドアが開いた。
 その向こうにいた人物に、リルムは一瞬口をぽかんとさせてから、
「あああああああ──────!!!!」
 大声を上げた。
「何事じゃ」
 奥から出てきたストラゴスも呆然としている。
「久しぶり~♪」
 リルムが駆け寄ると、
「よ、よう」
 尋ねてきた人物、ロックははにかんだ。
「どうしたの? もしかして、や───っと、思い出した?」
 リルムが下から顔を覗き込むと、ロックは苦笑いして頷いた。
「じゃ、セリスに会いに来たんだ!?」
 リルムは「いしししし……」といやらしい笑みを浮かべた。
「さっきまでセリスの子供がいたんだよ~」
 それを聞くと、ロックは一瞬の間を置いてからギョッとした。
「こ、こ、こ、子供!?」
 慌てふためいている。
「そ、ロイくんて言うんだよ。素直でかわいいの」
 リルムはにたにたしている。ストラゴスは後ろで苦笑いだ。
「へ、へえ……結婚したんだ……」
 呟いたロックは今にも泣き出しそうだ。さすがに可哀想に思えて、
「今なら家にいるよ。案内してあげる。あ、じじい! バンダナ、探しといて!」
 ストラゴスに向かって叫ぶと、リルムは重い足取りのロックの手を引いて歩き出した。
「ど、どんな男なんだ?」
 ロックは引きつった顔で尋ねる。
「もう! セリスに聞きなよ。男らしくないぞ」
 リルムは呆れて言ったが、仕方ないか、とも思う。
 ロックは、リルムの斜め後ろをとぼとぼ歩きながら、今すぐ逃げ出してしまいたい衝動と戦っていた。
 記憶を取り戻したばかりだからか、セリスに対する思いは5年前から褪せてはいない。余計に増しているかもしれなかった。
 歩いたのはほんの1分程だったのだが、ロックには永遠とも思える試練の時だった。
 ともかく、小さな家の前で洗濯物を干しているすらっとした女性がセリスであることに気付いたロックは、足を止めた。
「ったく……」
 躊躇しているロックを見て呆れたように笑ったリルムは、「セ~リス!」声をかけた。
 ロックの心臓は跳ね上がる。
「ん?」
 振り返ったセリスは、浮かべていた笑みを凍り付かせた。
「ロック……?」
 くしゃっと顔を歪ませて、泣きそうな表情になる。
「よう───。元気、そうだな」
「ええ、あなたも……」
 セリスはやっとの想いではにかんだ。胸が詰まって、言葉が出てこない。
 リルムは邪魔しちゃ悪いと思い、
「じゃ、私はこれで。あ、ロック! セリスはシングルマザーだよ~」
 二人のしんみりした雰囲気をぶち壊すようにルンルンに叫んで戻って行った。
「そう、なのか……?」
「…………ええ」
 セリスは俯く。今更子供がいることを隠しても仕方がない。
「父親は? どうしたんだ?」
「事情があって……」
 そうとしかセリスには言えない。今更「あなたの子よ」なんて言えるはずもない。
「そいつのこと、好き、だったんだよな……」
「ええ……」
 セリスは小さく、悲しそうに笑った。消えてしまいそうな笑みで。
 ロックは怒りとも悲しみともつかない憤りが込み上げたが、それをセリスにぶつける事はできない。飲み込んで、自分を落ち着けると言った。
「俺さ、記憶、取り戻したんだ」
「……え……?」
 セリスが驚いてロックを見つめた時だった。
「母さん! 見て!」
 可愛らしい声がした。そちらを見ると、小さな男の子が走り寄ってくる。
「あのね、リルムがくれたの。父さんとそっくりって!」
 青いチェックのバンダナを巻いているロイに、セリスは片頬を引きつらせた。リルムは確信犯……?
「…………?」
 駆け寄ってきたロイは、不思議そうにロックを見た。
 ロックも不思議そうにロイを見る。青いバンダナを巻く男の子は、自分にそっくり?
「父さん?」
 呟いてロイはセリスを見上げた。
「え?」
 何故一発でわかるのか、バンダナをしているからか……。セリスは固まってしまい答えない。
「父さんでしょ?」
 今度はロックを見上げた。ロックは展開について行けず、首を傾げた。
「だって、リルムが書いてくれた絵にそっくりだよ! ほら!」
 ロイはポケットに折って入れてあった画用紙を出した。さすがリルム。まさにロックそのものだ。
 セリスはバツが悪そうな顔になる。
「父さん、病気直ったの?」
 ロイは、ロックが父親だと既に決めつけているようだ。
「病気?」
 ロックが尋ね返すと、
「うん。忘れちゃう病気でしょ? さっき、リルムが教えてくれたよ」
 ロイはニコニコしている。セリスは、してやられたという気持ちと、嬉しい気持ちと半分半分で複雑な表情だ。

 でもきっと、自分では素直になれなかったから、そう思えばリルムに感謝だと思う。
「お、おう。治ったんだよ」
 ロックは腰を落としてロイと同じ目線になると、初めて目にした、存在さえ知らなかった我が子の頭を撫でた。
「ほんとに、父さんなんだよね!?」
 ロイは涙を浮かべてロックにしがみついた。
 ロックがセリスを見上げると、彼女は観念したように小さく頷く。
「みたいだな」
 ロックは笑って、ロイを抱き上げる。
「ごめんなさい。黙っていて」
 目尻に涙を浮かべたセリスは俯いて呟く。
「だから1ヶ月なんて言ったのか……」

 ロックは呆れてしまう。

「つまんねー意地張りやがって」
「ごめんなさい」
 セリスの声が震えると、
「母さん、泣いてるの?」
 ロイが心配そうに振り向く。
「うん。嬉しいの。お父さんが来てくれたから」
「僕も嬉しい! これからはずっといっしょ?」
 鼻を突きつけて尋ねてきたロイに、「ああ」ロックは頷き返した。
 びっくりして実感は無かったが、来て良かったと心から思った。


「寝たか?」
 寝室から戻ってきたセリスに、小さなテーブルで紅茶を飲んでいたロックは尋ねた。
「あなたが来て嬉しくて興奮してたから、寝かし付けるの大変だったわ。朝起きたら夢だったりしない?って」
 セリスは小さく笑った。
「かわいいな。所で、話すと起きちゃうだろ? 少し散歩でもするか?」
 ロックの言葉に、セリスは頷いて、二人は揃って家を出た。
「話を合わせてくれてありがとう。突然で驚いたでしょう? ごめんなさい」
「お前、謝ってばかりだな。いいんだよ。俺の方がごめんな」
「どうしてあなたが謝るの? 私が好きで勝手に産んだんだもの。だから……私達の事は気にしなくてもいいの」
「え?」
 セリスの言葉に、ロックはきょとんとする。
「顔を見られただけで嬉しかったから」
 儚く微笑を浮かべたセリスに、ロックは唖然として立ち止まった。
「なんだよそれ!?」
「長くあなたを縛ってしまって、ごめんなさい」
「お前…………ふざけんなよ」
 ロックは悔しくて唇を噛みしめた。
「俺がどうして来たと思ってる!?」
 言われてセリスは顔を上げる。困惑した表情をする彼女の両肩を掴み、ロックは訴える。
「記憶を取り戻したって言っただろう? 何のために5年もかけて頑張ったと思ってんだ!?」
「──────」
 きつい口調で言われ、セリスは今にも泣きそうだ。
「わ、悪い……。別に責めるつもりはなかったんだ。ただ……」
 言いかけた言葉を止めると、ロックは真面目な顔になった。
「もしお前が俺に対する想いなんて微塵も残ってないっていうなら別だけど……それでも俺は失いたくなくて、ここまで来た」
 セリスは怯えるようにロックを見る。
「……いーか、一度しか言わねーぞ」
 ロックは意を決して、口を開いた。
「俺の気持ちは今も変わらない。俺の手で、お前を幸せにしたいんだ。───結婚してくれ」
 真っ直ぐに言われ、セリスは頬がかあっと熱くなるのを感じた。
「あの時、記憶が無くてもそう言えば良かったんだろうけど……。お前に信じてもらえる自信がなかったんだ」
「あなたは誠実なのね」
 セリスは小さく呟く。
「セリス、返事は?」
 顔を覗き込まれて、セリスは恥ずかしくなり俯く。
「本当に、いいの……?」
「いいの?って何だよ。お前にさ、ケフカとの決戦後一緒に旅に出ようって言っただろ? その時から、ずっと想ってんだぜ?」
「うん。私も───」
 最後まで言えずに、セリスは涙を溢れさせた。
 止めどなく流れる涙が頬を伝う。ロックがそっと唇を寄せて涙をすくうと、セリスと目が合った。
「5年分」
 ロックは微笑むと彼女を抱き寄せ、そっと唇を重ねた。
 5年分の口づけは、溝も距離もわだかまりも、全て埋まるかと錯覚するほどに、甘い、溢れんばかりの蜜だった。

 

・ fin ・

 

■あとがき■

Bパターンも終わりました。元々、こっちが書きたくて始めた話だったのですが、少し展開が無理矢理すぎるため2パターンにしました。
突然5年後は飛びすぎかしら?とも思うけど、えんえんと長くなってしまうので……えへ。
実は私は妊娠ネタが好きみたい。無視できない逃れられない現実で、どうしても立ち向かわなければならないことだから (恋愛だけだと「嫌い」で済むけどね)使い易いんです。でも安っぽくなりがちなので頻繁には使えないけど。
ちなみに、「時間がない」と言っていたのは、お腹がふくらんできたら妊娠がバレてしまうからっていうだけなの。 意味無い伏線ですいません。感想待ってます。 (03.5.31)

【この頁で使用させて頂いた素材サイト様】 ClipArt:Silverry moon light

Original Characters

ロイ セリスが一人で産んだ子供。記憶喪失で忘れているが父親はロック。