「ロック? 出掛けんの?」
部屋を出たところでリルムに声をかけられた。
「おう。買い物」
「あ、あたしも行っていい?」
無邪気な言葉にロックは一瞬固まる。断るのは決まっているが、なんて言って断ろう。曖昧な言葉でリルムが納得するはずもない。
「悪い、セリスと行くんだ」
正直に言うと、キョトンとしてから「いしししし……」いつもの笑いが出た。
なんでこんな親父みたいなやらし~笑いかたすんだ、ロックは小さな少女に呆れてしまう。
「そゆこと? んなら邪魔はしないよ~。多分ね」
ニパニパ笑いながら姿を消したリルムに、少しだけ嫌な予感を感じたロックだった。
† † †
「いい天気ね」
昼前に宿屋を出たセリスは快晴の空を仰いだ。
抜けるような青さとはこういうのを言うんだと思う。
瓦礫の塔が建ってからは曇天が多いのだが、まるで二人のためだとばかりに晴れていた。
「だな。デート日和」
満面の笑みのロックに言われ、セリスは思わず赤面する。
もうすぐケフカに挑む。その前に身体の調子を整えるということも兼ねて休息をとることになり、ロックに買い物に誘われた。
足りない道具を補充しようと考えていたセリスは何も考えずに頷いたが、それをデートなどとは考えていなかった。ロックと二人であることに少し浮かれてはいたけれど。
それでも大事な決戦の前に浮つく自分の気持ちを必死に押さえようとしていたのに、こんなにあからさまに言われてしまって、どうしようもなく嬉しくなってしまう。
「行こう」
ごく自然に手を差し伸べられて、セリスは一瞬躊躇してしまう。躊躇は長引くほどその手を取りづらくなるのはわかっていたので、何も考えずに思い切ってロックの手を掴んだ。
思いの外温かくしっかりとしていて、なんだかそれだけで胸がいっぱいになる。
「何か見たいものあるか?」
ゆっくりと町並みを歩きながら尋ねられ、セリスは満ち足りすぎて何も考えられずに首を横に振った。全ての時が止まってしまったかのように感じるのは何故だろう。
一方ロックは、ほんわりと幸せそうに見えるセリスに心底ホッとする。
「昼飯まだだろ? とりあえず、何か食うか」
「うん」
セリスはにこにこして頷いてしまい、なんだか恥ずかしくなる。子供みたいな反応をしてしまった気がした。が、ロックは更に笑顔で、
「何がいい?」
そう尋ねてきた。
現在滞在しているのは港町ニケア。勿論、おいしいのは海の幸だ。
「うん、なんでもいい」
少し悩んだあげく、セリスはそう答えた。胸がいっぱいのせいか、お腹もいっぱいな気がする。だけど、今なら何を食べてもおいしいだろう。
「んじゃ、“青い海燕”に行こう。俺達トレジャーハンターの間じゃちょっとした噂になってる。穴場の店だ」
セリスが嫌だと言うはずもなく、二人は町の端にあるこじんまりとした店へ向かった。
“青い海燕”は昼前だというのに既にいっぱいだった。かろうじて二人が座る場所がカウンターに残っていたのは救いだ。
座席は全部で10しかなく、本当に小さな店。だけどアットホームな雰囲気がある。気の弱そうな青年がカウンターの中でフライパンを振っていた。
「今日のランチは?」
カウンターに腰掛けたロックが尋ねると、青年は元気良く答えた。
「エビのペペロンチーノ!」
「んじゃ、それ二つ」
ロックはわかったらしいが、セリスには『ペペロンチーノ』というものが何かわからない。尋ねてみると、
「ん? パスタだよ。あれ、辛いの平気だったよな」
「うん」
セリスはコクコクと頷く。
パスタといえばミートソースとナポリタンしか知らないセリスは、なんだか自分が恥ずかしくなる。が、ロックはそういうことを馬鹿にしたりは絶対にしない。
「お待ちどうさまっ」
すぐにペペロンチーノが出てきた。小さなサラダとスープも付いている。
サラダはレタスしか入っていないものだが現在物がないから仕方ない。オリジナルのドレッシングがさっぱりしていてそれでもおいしかった。
スープも魚介のダシが利いていて、具はキャベツが少しだけれどもしつこくないからこれぐらいで丁度いい。
が、半分ほど食べたところでセリスは顔をしかめた。
「辛いっ」
キョトンとしたロックは、笑いを噛み殺しながら、
「唐辛子の固まりか種食っただろ? 大丈夫か?」
そう言って水を差しだしてくれた。セリスは頷きながらそれを受け取る。
「でも、おいしいわね」
「だろ?」
好きな人と何かを共感できるのは、些細なことでも嬉しいものだ。こういうちょっとした幸せが、ロックにはたまらなく心地よい。
会計を済ませ店を出ると、二人は小さな公園で足を止めた。
「食ったばっかだからな。少し休もう」
食べ過ぎたわけではないが、今日はのんびりすると決めている。
「長閑ね」
世界は暗く苦しい時だけれど、公園で駆け回る子供はいつの時代も変わらない。
輝くような笑顔を振りまいてはしゃぐ子供達を見ていると、絶対にケフカを倒さなければいけないと、セリスは更に決意を固める。
「でも、こんな風な時間を持つことが、少し罪悪感だわ」
まだ何も終わっていないのに。
憂いを含んだ瞳を伏せると、彼女の長い睫毛が揺れる。
「……お前さ」
ベンチに腰掛けたロックは、目でセリスにも座るよう促しながら言った。
「ん?」
「絶対に無茶しないでくれよ」
突然真剣な表情で言われ、セリスはドキリとする。
「なに、いきなり?」
セリスは困ったようにちょっとだけ笑う。可愛らしいはにかみで。
「お前、結構、思い詰めてただろ? ……心配でさ。ケフカと相打ちに持ち込もうとか考えてないかって」
俯きがちに言われ、セリスはドキリとする。図星であった。
「やだ、そんなこと考えてないわよ」
とりつくろうように言ったが、わざとらしかったかもしれない。動揺を隠せなかった。
「ちゃんと……伝えてなかったけどさ、俺……」
「え?」
「お前が好きだよ」
優しい声が頭の中を通り過ぎる。理解したけど驚いてセリスは呆然としてしまった。
「…………………………えええっ!」
顔を真っ赤にして下を向いてしまったセリスを、横目で笑いながら、ロックは小さく笑う。
「驚くようなことなのか? 言わなくてもわかってると思ってたぞ」
セリスは更に胸がいっぱいで言葉が出ず、首を横に振る。
「本当は決戦から帰って来たら言うつもりだったんだ。だけど、先に言っておかないと後悔するような気がして」
「ロック……」
胸が詰まって泣きそうなセリスは、必死に涙を我慢する。
「絶対に無茶なんてしないでくれ。生きて戻ってきて、一緒に旅に出よう」
一生で一番、嬉しい瞬間だった。こんなことを言ってもらえるなんて、思ってもみなかったから。
涙を堪え必死に頷くと、ロックが優しく頭を叩いた。子供扱いされてるみたいだと思うけど、こうされるのは結構好きだった。
「よかった……」
ロックがほうっと息を吐く。
「それで今日誘ってくれたの?」
「ん? まあな。お前に肩の力を抜いてほしくて」
「……ありがとう」
そう言って笑った彼女の笑顔は、とても綺麗で……。
今が真っ昼間じゃなければ、キスの一つでもするところだが生憎人の目がありすぎる。
仕方ねえな、なんてロックが思っていると、
「アイスのPOPでーす!」
そう叫びながら、お姉さんが大きな台車を付けた自転車に乗って公園に入ってきた。
セリスが不思議そうにそちらを見る。
子供達が集まっていく。アイスは少ない楽しみの一つなのだろう。
「お前も食うか?」
何気なく聞いてみた。するとセリスは驚いたような顔になってから、恥ずかしそうに頷いた。
「おいしいんでしょ?」
と言うからには、食べたことがないのだろう。
「食べてるとみんな幸せそうだから、どんな味なんだろうって思ってたの」
何も知らない子供のようなセリスが、たまらなく愛しい。
「んじゃ、行ってみよう」
二人が屋台に近付いて行くと、子供の中に知った姿を見つけた。
「リルム……?」
顔を見合わせると、セロファンがかかった白とピンク、2本のアイスキャンディーを持った少女が振り返る。
「あっ!」
リルムはしまったというような表情で、「え、えへ」誤魔化すように微笑んだ。
「二つも食うのか?」
ロックが変な顔で尋ねると、リルムは困ったように明後日の方向を向いた。
何かと思ってそちらを見ると、ブスッとした顔のセッツァーが立っている。
「セッツァーが食べるの!?」
セリスが驚くと、リルムは頷いて、
「どうしても食べたいって言うからつきあったんだ~」
などと言う。これは嘘っぽい。有り得ないだろう。後でセッツァーが聞いたら激昂するに違いない。
「あ、溶けちゃう。じゃ、二人ともごゆっくり~」
いつもの笑顔で、リルムは走り去って行った。
「セッツァーは子守か……?」
首を傾げながら、セリスを見る。
「何の味がいい?」
「えと……」
下がっているメニューを見る。
ミルク、オレンジ、ソーダ、イチゴ、チョコレートの5種類。値段はどれも同じだ。
「チョコレート」
「わかった。お姉ちゃん、チョコレートとソーダ一つずつ」
ロックが言うと、アイス屋のお姉さんはとびっきりの営業スマイルで、アイスを渡してくれる。
「どもっ」
お金を渡して二人はベンチに戻る。
「溶けないように気をつけろよ」
チョコレート色のアイスキャンディーを渡され、セリスはそっとセロファンを取る。ゴミはベンチの隣にあるゴミ箱に放った。
初めての一口。
口に入れると本当に冷たくて味もよく分からない。だけどトロッと溶けた途端、甘い香りが口中に広がった。
「おいしい!」
ぱあっと明るくなったセリスの表情を見て、頷いたロックも笑顔になる。
こんなことで彼女の幸せな顔が見えるなら、いくらだって買ってやりたいと思ってしまった。
「だろ? こっちも食ってみるか?」
水色のアイスキャンディーを差し出すと、セリスはにっこりして頷いた。可愛い。
ロックが持ったままのアイスを一口かじる。
「本当にソーダ水の味だわ」
セリスは目を丸くした。ロックは苦笑いで答える。
「そ、俺はこれが好き」
「チョコは食べる?」
セリスが自分が食べていたアイスを差し出してくれる。
これぞ恋人の醍醐味だ! ロックはそんなことを思いながら、チョコレートアイスをぱくつく。
「ん、うまい」
そう言うと、セリスはニコッとしてくれる。
今日、彼女を誘って本当に良かったと、ロックは実感していた。
アイスを食べ終えた二人は買い物に向かう。
セリスの買い物リストを見ながら、目薬や万能薬などの消耗品を買う。それ以外にもタオルなどの生活必需品もあり、二人で両手いっぱいの荷物になってしまった。
宿屋まで戻ると、丁度雨が降り出す。夕立だ。
「ギリギリだな」
慌てて宿屋まで走ったロックが外を見る。あと少し遅ければびしょ濡れになっていたところだ。
「風邪ひいたら困るもんね」
飛空艇まで持っていくのは明日になってしまうが仕方がない。
「今日はありがと。荷物置いたらお茶でもしようか」
セリスの提案に賛同し、二人は食堂でコーヒーを飲む。粗悪品だが仕方ない。物のない時代なのだから。
夕立は30分ほどで止んだ。
「セッツァーとリルムは濡れなかったかしら?」
「どうだろうな」
ロックは軽く肩をすくめて窓の外を見る。
さっきまで雨が降っていたとは思えない青空が戻り、そこにうっすらと……。
「お、虹?」
「本当だわ」
二人は宿の外に出る。
「帝国じゃよくないことの前触れって言われてるの。綺麗なのにね」
「俺の故郷じゃ吉兆だぞ? んじゃ、ケフカにとって終わりが近いってことだな」
「……そうね」
前向きなロックに、セリスは清々しい笑顔で頷いた。
きっと勝って帰ってくる。何故か、そう確信できた。
■あとがき■
携帯版444Hit eveさんのキリリクです。町中ということで、スタンダードなデートになりましたが、たまにはいいでしょう? ラブラブです。でも1回でおさめてるから長いな。
「揺りかご」がどうしようもなくドロドロなので、明るい話です。ほのぼの~かな?
テーブル内スクロール型ですが、別ファイルの埋め込みフレームタイプです。何が違うかって、別ファイルでかけてるテーブルのフィルタが無効になってしまうという、どちらかというと不便なもの。いつもと同じタイプに変えようかと思ったのですが、理由があってやめたはず……。リクを受けた時点で素材を選び、ファイルを作るのですが、何故こうしたかというと、ソースを見る時に見やすいからです。フィルタを使わなければいけないものではないので、こちらの方が楽でした。あと更新ボタン押した時にスクロール位置がそのまま残るという利点もあります。テーブルに直接スクロールをかけると、更新ボタンを押したときに先頭行に戻ってしまうんですよね。
ロクセリデートって難しいですよね。ED前にしているせいかもしれないけど(ED後だと二人で旅してるのにわざわざデートって変かもしれないし、セツリルが出て来れなくなるから)、FF6世界にデートスポットって……ねえ? 闘技場? オペラ座?
愛し合う二人には、どこだっていいんでしょうね。幸せなら。
題名は大好きなGRASS VALLEYの歌より。哀しい歌なんだけどね。いい響きだから。
ロック×セリスSIDEとなっているのは、次回はセツ×リル視点からお送りするためです。2部構成で2倍楽しめる作りにしたいと考えています。うまくいくかな? (03.12.21)
昼前、部屋から出たセッツァーは、ロックを見送りながら「うしし」と笑うリルムを見かけて顔を引きつらせた。
あのリルムの笑いは、少女がよからぬことを企んでいる時の笑みだ。
「どうした?」
苦笑いで話しかけると、くるんっと振り返ったリルムはにこにこしながら、
「ロックはセリスと買い物なんだって。実質的なデート? だよね」
何故かうきうきでそう言った。
「ふん、いんじゃねーのか」
セッツァーはいつも通りのニヒルな笑みで答える。
悔しがったり妬いたりしているなどとは思われたくない。実際、セリスが幸せならそれで構わないと思う。
ここのところセリスが思い詰めた表情をしていたのは気になっていたが、ロックが気付いていないはずがない。うまくやるだろう。
しかし、リルムはジト目で、
「へえ~?」
セッツァーを見上げた。なんだか嫌な感じだ。
「なんだよ」
「べっつにー。気にならないの?」
「期待に沿えず悪いが、ならん」
「なんで~!? 一緒に見学しようよ」
「は?」
リルムの意味不明な誘いに、セッツァーは怪訝そうな顔をする。“見学”?
「だから、二人のお買い物を見学」
「……なんのために」
「単なる好奇心。野次馬。暇つぶし」
究極の理由だ。呆れ返ったセッツァーは、全く悪気無い無邪気なリルムを見下ろす。
「もっと何かないのか? お前は」
「ないない。いいから行こう。見失うよ」
リルムに強引に手を引かれ、何故かセッツァーまで“見学”に行くハメになってしまった。なんとなく、一生振り回されそうな予感がした。
† † †
通りへ出るとロックとセリスが角を曲がる所だった。後一歩遅ければ、初っぱなから見失っていたところだ。
セッツァーとしてはその方が良かった気もする。行かずに済んだ。
「お、あっちだね」
リルムはすごく! 楽しそうだ。なんで俺がこんな下らないこと……そう思っていたセッツァーだが、彼女の笑顔を見たら、少しぐらい付き合ってやってもいいか、そんな気になってしまった。
小走りに角まで行くとスピードを落とし、二人の様子を窺う。
手をつないで歩く二人は幸せそうだ。……少し面白くない。セッツァーはリルムと手をつないでいる。というよりは、無理矢理手を引かれて歩いているという感じだ。ハタから見るとかなり間抜けだろう。振り解いてもいいのだが、ギュッと掴んでくるリルムの小さな手を外させるのは、なんだか可哀想な気がしてできなかった。
だから“実は子供好き”とか言われてしまうのだろうが仕方ない。
セリスとロックはゆっくりと歩みを進め、町はずれの小さなレストランに入って行った。
「そういえばお腹すいたね~」
「そうだな」
今日は朝ご飯を食べていない。セッツァーは同意したが、もし尾行を続けるなら昼飯を食べるのは得策ではないが……。
「隣の店に入ろうか?」
リルムが言ったのは、“和食処・園”という看板のあるこれまた小汚い店だ。
こういう店は当たりはずれが激しい。さて、どうするか……とセッツァーが悩む間もなく、リルムは勝手に店に入って行った。
「らっしゃい!」
ひょろっとした根暗そうな男が唸るように言った。はっきり言って、絶対にこの男は客商売に向いていないと思われる。
「んとね~」
リルムは気にしないらしく、メニューを眺めている。
もしかしたらリルムはすごい大物になるかもしれない、セッツァーは複雑なことを思う。
「このA定食でいいや。セッツァーは?」
「…………同じでいい」
諦めることにした。どう考えてもおいしそうな店には見えない。不衛生というわけではないが、いまいち店内がパッとせず暗い雰囲気だ。客もセッツァーとリルム以外にいない。昼飯時だというのに。
A定食は“肉じゃが”と書いてある。無難なメニューに違いない。ちなみにB定食は“ぶり大根”、C定食は“ショウガ焼き”である。
出てきた食事は、大変微妙なものだった。
まずくはない。決してまずくないのだが、なんともいえない香りがする。そして甘い。
少しぐらい甘いのは構わないが、砂糖の味しかしない肉じゃがはどうなんだろう? セッツァーは必死に平静を装ってジャガイモを飲み込む。
リルムは味覚がないのかもしれないと思われるほどに、
「おいしいね~」
を連呼していた。子供だから甘いものが好きなのだろうか。
ちらちらと窓を眺めながら、ロックとセリスが通るのを待つ。隣の店を越えると街の外だから、買い物なら必ずこの店の前を通るはずだ。
なんとか全てを平らげた頃、ロックとセリスが通り過ぎた。
「あっ!」
リルムが大声を上げて立ち上がる。
「行こう行こう!」
叫んで店の外に出ていってしまう。
「……当たり前に俺の奢りか……?」
勿論、子供とワリカンなんてできないが、たかられたような複雑な気持ちに陥る。
無愛想な店員に金を払い外に出ると、ぴょんぴょん飛び跳ねながらリルムが待っていた。
「早く! あっ、曲がっちゃうよ」
「はいはい」
セッツァーは肩をすくめて早足になる。何故、自分が律儀にリルムにつきあっているのかわからない。
ロックもセリスも全く尾行には気付いていないようだった。お互いのことしか目に入ってないに違いない。
「公園に入るね」
隠れやすいんだか隠れにくいんだかわからない場所だ。一つ言えるのは、セッツァーは公園が似合わない。ので、ひどく目立つ。
ロックとセリスは植え込みの前のベンチに腰を下ろした。なんだか深刻そうな話をしている。
植え込みの裏に回り、背向かいになるベンチに座った。リルムは背もたれに乗り出して様子を見ている。
「あ~、聞こえない。何言ってるのかなあ。なんか、いい雰囲気じゃない?」
リルムは一人ぶつぶつ言っている。何故この少女はこんなに出歯亀なのか……。
「羨ましいのか?」
セッツァーは聞いてみた。
女の子の方が恋愛に興味を持つのは早い。リルムには似合わない気もしたが、わからないものだ。
「へ?」
キョトンとして目をまんまるくしたリルムは不思議そうに首を傾げた。
「はあ? 何言ってんの!?」
素っ頓狂な声を上げて否定したが、顔は真っ赤だ。どうやら図星らしい。
正直、意外に思ったので、セッツァーは余計なことは言わなかった。いつもの仕返しにここでからかってやってもいいはずだが、そんな気にはならなかった。
リルムが黙り込んでしまったので、少々気まずい。さて、どうすりゃいいか、というセッツァーの思考に飛び込んできたのは、
「アイスのPOPでーす!」
そんな声だった。丁度いい。
「食うか?」
尋ねると、リルムはちょっと考えたが、素直に首を縦に振る。
「買ってこい」
金を握らせてやると、小首を傾げて、
「セッツァーは?」
そう聞いてきた。
俺も食うのかよ。思ったが、実はアイスは嫌いではない。
「無難にバニラ」
「オッケーで~す」
満面の笑みを浮かべたリルムは、ぱたぱたと駆けだした。
どうやらすっかり尾行していることを忘れているらしい。
案の定、アイス屋の前で、ロックとセリスに鉢合わせしていた。助けを求めるようにこちらを見ている。全くバツが悪い。
呆れ顔で見ていると、「あは、見つかっちゃった」照れ笑いをしながらリルムが戻ってきた。
「別に尾行がバレてなきゃいいさ」
そう言ってリルムの手からバニラを取る。彼女はストロベリーにしたらしい。
「ロックはソーダ、セリスはチョコレートだね。あっちもおいしそうだなあ」
先程と同じようにベンチの背から身を乗り出して呟く。
「買ってやってもいいが、腹壊すなよ」
「そんなにたくさんいらないもん!」
リルムは怒ったような口調で答えたが、口元は微笑んでいる。ストロベリーアイスにご満悦らしい。
「あ、ねえ、見て」
リルムに言われて振り返ると、セリスの差し出したアイスをロックが口にしていた。
なんでこんなものを見なきゃなんねーんだ……さすがにそう思う。それが誰であっても、別に他人のいちゃついているところを見て楽しいと思うわけがない。
少し仏頂面になったのをどう勘違いしたのか、
「仕方ないなあ」
何故かリルムはそう言った。何が仕方ないのかとセッツァーが少女の方を見ると、にこにこしてストロベリーアイスを差し出している。
…………何故、そうなる…………。セッツァーは固まってしまった。子持ちの父親に見られやしないだろうか。
「いらないの?」
つぶらな瞳で聞かれると断れない。
結局セッツァーは、リルムが食べかけたアイスを一口もらう。なかなかおいしい。
こうなると、やはりセッツァーも食べさせてやらねばならないのだろう。恐ろしく恥ずかしい行為だった。が、相手は子供だ。そう自分に言い聞かせ、バニラを差し出した。
「えへ。バニラもおいしいよね~」
リルムはにこにこしてがぶっとかなりの量を食べた。この遠慮のなさがリルムで、セッツァーは何故かホッとする。
「ありがと♪」
嬉しそうなリルムは可愛い。もし娘がいたらこんな感じなのだろうか、そう思うと、子供がいるのはわるくない、などと考えてしまう。その前に相手が必要だが。
「さて、まだ“見学”するのか?」
立ち上がったロックとセリスを見て、セッツァーは尋ねた。
「ううん。もういいや。楽しかったから」
「じゃ、帰るか」
セッツァーが立ち上がると、
「え~! もう帰るの~!?」
休日の子供みたいなことを叫んだ。
「………………どこか行きたいのか?」
「別にそういうわけじゃないけどさ。せっかくだし、ウィンドウショッピングでもしようよ~!」
買わされそうな気配を感じたが、何故か、まあいいか、そう思ってしまった。それからこの現象をセッツァーは心中で密かにリルムマジックなどと呼んでいたりする。
† † †
「うわっ、雷!?」
「だな」
気付いた時には遅かった。夕立だ。
セッツァーはあわあわしているリルムをさっと抱え上げると、漆黒のマントで包み込んだ。
「ひゃあっ」
リルムはびっくりして硬直している。
「捕まってろ」
小さなリルムはセッツァーの腕の中にすっぽりと収まってしまう。
大急ぎで駆けだしたセッツァーだが、宿屋に着く前に雨は上がってしまった。
「ちっ」
せっかく急いだというのに意味がなかったではないか。
水たまりを避けてリルムをそっと下ろすと、
「あっ!」
雨雲の消えた空を見上げたリルムの顔が晴れ上がった。
「ん?」
どうしたのかと天を仰ぐと、優しい色の虹がかかっている。
「虹だ!」
どうやら余り濡れなかったらしいリルムは、今日一番の笑顔で空にかかる七色の橋を見つめている。
濡れずみのセッツァーは、額に貼り付いた前髪をかきあげながら、ふと優しい気持ちになれた気がした。
・ fin ・
■あとがき■
セツリル風味の尾行模様です。楽しげなものになったかな?
お邪魔虫追跡中だけど、微妙な感じになってしまった気がします。eveさん、すみません。
相変わらずつたない作品ですが、これをもってeveさんに捧げたいと思います。リクに答え切れてないかもしれませんが、許してくださいね。 (03.12.29)
【この頁で使用させて頂いた素材サイト様】 ClipArt:Atelier paprika
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