無秩序に並ぶ柱の中を駆け抜ける。
背後から聞こえる足音を確認しながら、突如飛び出してくる魔物に備えた。
魔物と言っても単なる雑魚だ。常時ならば目を瞑っていても倒せるような下等な魔物。
しかし今は時間がなかった。あと10分以内に、この第一ステージをクリアしなければならない。
柱の影に潜み待ちかまえている魔物は、例え雑魚でも数がとにかく多い。無数の柱が並ぶ回廊は距離感を無くすような造りで、グラディウスとアルテマウェポンを交互に振るいながら、ロックは後ろを振り返った。
追ってくるヘルハウンドをあしらっているセリスとの距離が開いていた。これ以上開くと、柱が邪魔になって彼女の姿が確認できなくなってしまう。二人でクリアしなければならないし、それ以前に、ロックはセリスを置いていく気など毛頭なかった。
彼女が強いことはよくわかっている。剣の腕だけで言えばロックより上なのは確かだ。彼女一人で切り抜けられると信じることができるとしても、共に歩みたいと思う。
「ごめんなさい。待たせて」
息を弾ませて駆け寄ってきたセリスに頷くと、ロックは再び駆け出した。
『第一ステージクリア~!』
奥にあった観音開きの扉をくぐると、天井から声が響いた。
このステージの内容は巨大スクリーンに映り観客席からも見える。わあっと上がった歓声には、リルムとストラゴスもいるだろう。
「おつかれ」
ロックはセリスを振り返り手を挙げた。セリスはにこっと笑うとロックの手を叩き頷く。
「おつかれさまでした。第一ステージが終了ですね」
係員の女性がやってきて、二人に声をかけた。
「第二ステージは1時間後より始まります。準備をしておいて下さい」
説明を受けながら控え室へ案内された。
「ふぅ。雑魚とは言っても、楽じゃないな」
ロックは用意された冷たいお茶を飲みながら肩をすくめた。
二人は今、コーリンゲンの南西にある闘技場に挑んでいる。世界崩壊後に出来た施設だが、滅び行こうとしているような世界で金儲けをしようとは、図太い人間がいたものだ。
だが、絶望の淵にいる時こそ、人は刹那主義になるのかもしれない。
彼等のかつての仲間、シャドウもその一人だった。闘技場覇者の一人として名を馳せている。
おそらくリルムの父親である男は、殺し屋を生業とする一匹狼だ。仲間意識というものなどないのかもしれない。それでも、彼はリルムを気に掛けていたし、きっと仲間に戻ってきてくれるはずだ。
だが、闘技場の支配人に掛け合ったものの、シャドウに会うことは叶わなかった。どうしてもと粘るロック達に支配人が提案したのは、
「対戦すれば嫌でも会える」
ということだった。
しかし、シャドウと対戦できる勝ち抜き戦に出場するには条件がある。ダンジョン形式のステージ3つを全てクリアしなければならないのだ。しかし方法があるならやらないわけにはいかない。
リルムが是非にと名乗りを上げたのだが、魔法が使えるとはいえ体力も少ない少女には到底無理だ。セッツァーとマッシュ、ティナはカイエン捜索へ行き、エドガーはコーリンゲン砂漠のフィガロ城で連絡役に残っていることもあり、ロックとセリスの二人が闘技場へ挑むこととなった。
「お前、大丈夫か? 疲れてないか?」
冷たいものを飲んで一息ついているセリスに、ロックは優しく尋ねた。
「勿論。このぐらいで疲れたりしないわよ」
セリスははにかんで答えた。胸の内は全て覆い隠して。
フェニックスの洞窟で再会し、レイチェルを生き返らせることができなかったロックは戻ってきた。中途半端なことをしてきた罪悪感なのか、ロックは妙にセリスに気を遣っているような感じがするのだ。それが気に入らない。気に入らないけれど、勘違いかもしれないし、口に出すのは憚られた。
こういう時間に何を話していいかわからず、セリスはテーブルに置いてあった小冊子を手に取る。闘技場の案内と各ステージの簡単な紹介が載っていた。
小冊子を読み始め黙ってしまったセリスを横目でチラリと見て、溜息を飲み込んだ。
再び仲間に加わったものの、以前と少し違う気がする。他の仲間達はそうではないが、セリスは微妙な距離を置いているように思えた。自分の行動のせいだろう───ロックは奥歯を噛みしめた。
世界崩壊後、皆がケフカに立ち向かおうとしているのに、ロックは自分のことを優先させた。エドガーがフィガロ城を救った話も聞いたが、ロックの場合は差し迫ったことではない。特にセリスは一人、仲間を捜して旅を始めたと言う。誰よりもケフカに対する責任感があるからかもしれないけれど……セリスは責任感が強すぎて思い詰めやすい。ほんのちょっとのわだかまりだけれども、それがこの先──闘技場にしても、ケフカの決戦にしても──に響かなければいい、そうロックは思った。
† † †
『第二ステージ 制限時間は1時間です』
アナウンスと同時に扉が開いた。
ロックとセリスはすぐには動かずに、扉の向こうを眺める。
次のステージは大小の木箱が並ぶ倉庫の模倣されていた。どの程度の魔物がどれぐらい配置されているかわらかないが、確かに複数の気配がある。
「行くぞ」
セリスが頷くのを待たずに疑似倉庫に足を踏み入れた。同時に各々魔法をかける。物理防御のプロテスと魔法防御のシェルだ。
ステージ内に置かれた木箱は大きい物は2m四方あり、無作為に並ぶそれらは二人の視界を遮っている。
第二ステージはゴールまで何もない状態で歩いたら15分だと言われた。ただし、ゴールは入り口から対角の向かい側にあるわけではないらしい───木箱に隠されているようだ。動かせない2mの木箱の裏にある可能性もあり、二人は様子見に歩いてみることにする。ヒントを与えられたのは5分前だったので、対策を話し合うような暇はなかったのだ。
警戒しながらも木箱の配置を頭に刻み込んで行く。セリスは方向音痴ではないが、トレジャーハンターであるロックほどにそういった細かいことまで対応していくことに慣れていないだろう。
数メートル進んだところで、突如、右前にあった木箱が粉々に吹き飛んだ。
「!!!」
ロックもセリスも同時に後ろに下がって目を腕で庇う。粉塵が収まる前に向かってきた何らかの気配を左右に避け、剣を構えた。
「ちっ、いきなりレベルが上がりやがった」
出現したのは、フェニックスの洞窟に生息する巨鳥・ガリュプデスと獣が原の洞窟に生息するカマキリ・トゥカッターだ。しかし時間をかけている余裕はない。
「カマキリ頼む!」
セリスに向かって叫びながら、ロックは太腿に巻いた革ベルトのケースに入ったウイングエッジを手に持つ。魔剣アルテマウェポンの方が殺傷力があるため普段は使わないが、空を飛ぶ敵には剣は不利になる。
鋭い嘴を向けて飛び込んでくるガリュプデスに向かってウイングエッジを振り上げた。すいっと避けたと同時にウイングエッジを投げてアルテマウェポンを抜く。
ブーメラン型の飛剣であるウイングエッジを避けたガリュプデスは、素早く方向転換をすると漆黒の筋の入った銀色の翼を羽ばたかせた。強烈な竜巻が起こり、ロックは戻ってくるウイングエッジを受けとるのを諦めて真横に飛ぶ。
素早く向かってきたガリュプデスを剣で凪払い、壁に当たって落ちたウイングエッジを拾うと再び向かってくるガリュプデスに向かって投げ付けた。易々と避けて、翼からシャムシールを放ってくるガリュプデスを引き寄せながらギリギリのところまで待つ。
「サンダー!」
詠唱の要らない低級の雷魔法を放ったがガリュプデスは少し位置をずれただけだ。だが、それが狙いだった。
斜め後ろに下がったものの巨鳥の鋭い嘴が右肩を掠めた。だが、そこに戻ってきたウイングエッジがガリュプデスの片翼を切り裂いた───サンダーを放たなければウイングエッジは命中しなかっただろう。驚いたガリュプデスが動きを止めた時には、ロックはその首を妖しい光を放つ魔剣で切り落としていた。
ロックが巨鳥を引き付けると同時に、セリスは巨大なカマキリに向かって駆け出した。
トゥカッターは鮮やかな青い甲を纏ってセリスの前に立ちはだかっている。振り上げられた鎌を左の小手で薙ぎ払うと、有り得ない体勢から身体を捻るように大剣を片手で振り上げた。本来両手で構えるはずの剣のため重量があり勢いが削がれたが、前足の一部を中程まで断った。
元が昆虫であるせいか痛覚が薄いのだろう。動きを止めたかと思ったが瞬時に逆側の鎌が襲ってくる。セリスは前に転がるようにそれを避けるとすぐに体勢を立て直した。
トゥカッターは休む間を与えずに、背中に付いた巨大な薄羽で跳躍する。だがセリスは動こうとはせずに片手を上げた。
「氷の申し子シヴァよ 無慈悲な鉄槌を! ブリザラ!!!」
セリスの凛とした声の意味も解さずトゥカッターは鋭い両鎌を構えセリスの真上かに落ちてくる。だが、彼女に到達する前に、突如霧を纏い出現した巨大な氷柱に体中を串刺しにされていた。
自分の上に死骸が落ちてこないよう伏せるように横っ飛びをして身体を起こすと、ロックはガリュプデスにトドメを刺すところだった。
無表情に巨鳥の首を切り落としたロックが、普段とは別人のような気がしてくる。共に戦っている時もロックの表情を見ている余裕など余りないので、あれが普通なのかも知れないが……。いつも感情的なことの方が多いロックだから、戸惑ってしまうのかもしれない。
トゥカッターを倒したセリスに気付くと、ロックはホッとしたに表情を緩めた。
「この箱、全部から魔物が出てくんのかな。だったら面倒だな……」
ウイングエッジとアルテマウェポンを納めながら肩をすくめる。セリスも肩をすくめ返し言った。
「じゃあ、最初から吹き飛ばす? フレアかメテオで」
無論冗談なのだろうが、ロックは複雑そうな顔で苦笑いを零した。
全ての木箱に魔物が入っているわけではないようだったが、大きいからはかなりの確率で魔物が飛び出してくると思われた。
「らちがあかないな。出口を探してる暇なんかありゃしねぇ」
一度にたくさんの魔物が襲ってくるわけではないが、それでも2体以上が出現する。今のところ最大で5匹だが次もそれ以下とは限らない。
「でも、クリアしなきゃならないわ。魔物は私が引き受けるから、あなたは出口を探して」
セリスの申し出に、ロックは動きを止めた。様々な想いが頭の中を駆け巡る。
そんなことやらせるわけがない
セリスに危険な役目をやらせるなんて嫌だ
彼女が強いのはわかっているし信用している
効率を考えればそうするべきだ
冷静に考えればセリスの言う通りにすべきなのはわかっている。だが、感情がそれを受け入れられない。
迷っているロックに、セリスは不満そうに尋ねた。
「私一人では重荷だと思うの?」
「まさか! だけど……絶対はない」
闘技場は娯楽施設だ。だが現在の無秩序な世界の中にあるこの闘技場には保証はない。魔物は全て本物であり生死は保証されないのだ。この闘技場に挑戦するときはその旨署名させられる。
シャドウのためとは言え、ロックには大事な人に危険なことをさせることに抵抗があった。
「そんなの全てにおいて言えるわ。シャドウがいる方がケフカに挑むにしても勝つ確率が上がる。そう考えたら、ここで躊躇するのは意味がないじゃない」
セリスの言葉に、ロックは渋々頷いた。自分が最終的に承諾することはわかっていたのだ。ただ、世界が救われても、自分の大事な人がいなければ意味のないことだと知っているから、心がついてかないだけのことで……。
「じゃあ、探してくる。何かあったら呼べよ。見つかったらサンダー落とすから」
「了解」
二人は頷き合うと、更に奥に向かって歩き出した。
■あとがき■
48484Hit アクエリアス様さんのキリリク 『ロックとセリスが、協力して、闘技場(コロシアム)を勝ち進んでいく話 』です。
コロシアムということで、実はゲームに忠実なものはよく覚えていないのです。ロクセリ台詞集を作るために再プレイしていたのですが、時間がなくって止まっている状態;; 以前のデータで決戦前のセーブも残っているので少しやろうかとも思ったのですが、完全オリジナルなコロシアムでいくことにしました。
ゲーム内のコロシアムに忠実にしてしようとすると、話を作るのが難しくなったりするので……。アクエリアスさん、その辺は許してください。
ロックをかっこよく見せる場面とかを作るのも、想像した方が書きやすいかなwと……(言い訳です^^;)
題名はFFⅦの音楽から。あの戦闘音楽もいいよね~w 『続闘う者達』もいい(≧∇≦)b
全3話になる予定です(4話になる可能性は10%ぐらい?(笑))。本当はもっと丁寧に書けたらいいんですが、正直、戦闘シーンは苦手なので……。戦う姿を文章にするってかなり難しいのです。だからそういうのを読むと心底「すごいなぁ」って思います。ほら、武術大会系の話のマンガとかも……よく、色々考えつくよね。今となってはありがちだけど(古いものではドラゴンボール、幽々白書、烈火の炎等々色々あるから)、感心しちゃうよ。まあ、私の場合は様々なことに対する知識不足が原因ですが;; ラブラブ感は余りないですが多少ロクセリ色は入れてます。最後には、コロシアムをハイスピードで駆け抜けるかっこいい二人が書けたらと思っています。
今回の素材もかなり気に入ってます。イメージにあってると思いません? 決戦っぽい素材でもあるけど白背景だからもう少しさわやかな感じよね^^
第二ステージの途中ですが、なんだか結構長くなってきたのでここで切りました。次は第二ステージ続きと第三ステージです。アクエリアスさん、こんな感じで良かったでしょうか? ゲーム中の話です。皆様、感想お待ちしております。
ちなみに、こちらも裏リクとの交互更新になりますので、ご了承くださいm(_ _)m ペコリ (05.08.28)
自ら木箱を壊し魔物を引き付けたセリスを気にしながらも、ロックは壁際を走る。元々左の壁際に沿って歩いて来たから右側をまったく見ていない。
出口は通常なら壁沿いだろう。床及び天井である可能性もあるが、高い天井は簡単には届かず、木箱と残骸の散る床から出口が見つかるのは運頼みでしかない。
模倣倉庫の壁は金属のような材質に見えるが叩くと返ってくる音はかなり鈍い。金属板が石壁に貼ってあるだけかもしれない。
叩いていけば、扉らしき箇所を見分けるのは簡単なはず───なのだが、20分かけて外周をぐるっと歩いてもそれらしき箇所が見つからない。
何度もセリスの様子を確認しながらの確認作業のため、気が散り効率がいいとは言えなかった。だが、一心不乱に魔物を屠り続ける彼女は、華麗に待っているようでありながら痛々しい。
最初からずっと変わらぬ調子で剣を振るい続けているが、彼女とて体力の限界がある。無理はさせたくない。
「…………」
ロックは眉根を寄せて立ち止まった。残りはあと20分。こうなるとやはり床しかないのだろうか。
一度、出口の探索を止めてセリスの元へ向かった。
美しい容姿を一片も乱さずに魔物を仕留めたセリスは、剣を拭って鞘にしまう。
「どう?」
期待に満ちた目で見つめられ、ロックは苦い顔で首を横に振った。彼女は己の仕事を全うしたというのに、自分は遂げられていない。彼女がそのことを非難しなくとも、ロックの負い目となってしまう。
「結構、潰したな」
倉庫の中心から広がるように潰れた木箱の残骸を眺め、ロックは尋ねた。
「壁に出口はなさそうだ。床にはなかったか?」
「瓦礫に埋もれた部分まで確認してはいないからなんとも」
そう言って、セリスは肩をすくめるしかない。
「とりあえず、できる限りぶち壊すか」
ロックは腕組みすると、残りの木箱を見渡した。残り15分強でどれくらい潰せるかわからないが、やらないよりはマシだ。
「壊してどうするの?」
不思議そうに尋ねるセリスに、ロックはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべて振り返った。
「まあ、見てろよ。だけど、気をつけてな。シェルもプロテスもかけ直しておけよ」
一体何をするつもりなのか、フェニックスの魔石を取り出した。
「……ロック……?」
セリスは少しだけ不安になったものの、言われたとおり防御魔法を自分とロックにかけ直す。
「ここをぶち壊してでも、クリアしてやろうじゃねーか。シヴァ、用意しておいてくれ」
ロックの呟きにセリスは唖然とする。嫌な予感がした。
「黄泉の番人フェニックスよ 紅蓮なる焔を生め! ファイガ!!!」
入り口付近の木箱に向かって、強力な炎の攻撃魔法を放った。
出現した紅蓮の炎は倉庫半分を舐めるように飲み込んで、その高熱で木箱を消し去る。炎は瞬く間に広がっていき、壊れていない木箱の残る壁際を浸食していく。二人のいる中央付近も床に散らばった残骸から波のように熱気が押し寄せてきた。
瞬時にして灰に帰した木箱が崩れ去り、その中から暴れ回る魔物の姿が垣間見えて、だがそれもすぐに消えていく。
熱風になぶられる髪を抑えつけ、目を細めたセリスはシヴァの魔石を取り出した。右手に持って掲げ、熱気を吸いこまないように、しかし凛とした声でシヴァを喚ぶ。
「氷の申し子シヴァよ 凍てつく吹雪を纏い我が喚び声に答えよ
───ダイヤモンド・ダスト!」
煙る倉庫内にキラキラした氷の結晶が見えたかと思うと、炎の勢いを押しのけるようにして冷気が広がった。
出現しようとするシヴァに対し、セリスとロックは急激に現実感を失う───幻獣召喚特有の結界に入ったからだ。
もうもうと煙を上げて倉庫内を凌駕していこうとする炎を包むように、シヴァは両手を広げて吹雪を巻き起こす。
化学反応すら許さないほどの強烈な冷気に炎を上げていた辺り一面が凍り付いた。
それに満足したかのように見えたシヴァは、すうっと魔石の中に消えていく。急に冷えた部屋に戻ったロックとセリスは、顔を見合わせる。
「これじゃあ床を調べるなんてできないじゃない」
室内の二分の一が凍り付いてしまった惨状を見て、セリスは呆れ顔でロックに詰め寄る。ぐるりと氷に囲まれた状態で、入り口すら塞がってしまったのだ。
「もう一度ファイガなんて放ったら、それこそ爆発を起こすわよ?」
「俺を信用しろって」
滅茶苦茶なことをしているように見えるだろうが、ロックなりに考えがあってやったことなのだ。
「信用って……信用していないわけじゃないのよ。ただ、もう少し説明してくれても……」
それは今回に限ったことではなく、ロックはいつも言葉が足りないのだとセリスは思う。
「今は時間がないだろ」
ロックはすげなく言って、アルテマウェポンを引き抜く。
剣の扱いで言えばセリスの方が上だろうがロックの方が実戦経験は豊富であり、剣の道を究めた者に劣らぬ自信があった。
ツカツカと氷った残骸の彫刻まで歩み寄ると、腰を落として剣を構える。ちゃんとした剣を習ったことがあるわけではないにしろ、基本は知っている。どんな武器も、己の拳さえも、闘うことに関する基本は皆同じだ。
急所を即座に見抜くロックの正確さは、皆「長年の経験のたまもの」だと思っているだろうが、本人は「本能であり野生の勘」だと思っていた。無論、初めから出来たわけではないが経験だけでは身に付かない。
セリスはロックが何をしようとしているのかわかったものの、ロックにそんなことができるのかと考えてしまう。恐らくセリスにはできないだろう───頭で考えて動いてしまうから。
ロックが剣を構えている時間は長くはなかった。瞬時と言えるほどではないにしろ、時間にしても数十秒だっただろう。
予備動作なしに突然アルテマウェポンが振るわれ、氷の一点を点く。
うっすらと冷気を立ち上らせていた氷は、一瞬にして白く染まった───無数の細かい罅が走ったことによって。
そして、全ての残骸おも粉々に砕き、散ってしまう。
「おっしゃ、完了」
満足げなロックに対し、セリスは苦笑いを浮かべた。無鉄砲で無茶苦茶な人だと思う。だけど不可能を可能にしてしまうようなところに惹かれるのだろう。
「もう。床まで一緒に崩れたらどうするのよ」
セリスが口を出すと、ロックは目を丸くして呟いた。
「やっべ、考えてなかった……」
「それに、この状態でどうやって出口を見つけるの?」
木箱はなくなったものの、以前冷気の籠もる倉庫内は粉塵が積もってキラキラと光を反射している。
「……ここまで来たら、強行突破だろ?」
余裕たっぷりの笑みで微笑まれ、セリスは思わず赤面しそうになる。なんて傲慢な笑顔なんだろう───それなのに、悔しいけれど、かっこいいと感じてしまった。
しかし、ロックの発した言葉に絶句する。
「荒くれし鬼神ミドガルズオルムよ 風の渦を巻き起こし全てを飲み込め トルネド!」
特殊な攻撃魔法トルネドは自分たちも防ぐことができないというのに。
だが、セリスの不安をよそに、一陣の風が吹いたかと思うと、猛烈な風の渦が凝り固まり竜巻となった。天井が低いお陰で竜巻の大きさ自体はさほどではなかったが、その分なのか数個の竜巻となって全てを巻き込んで蠢く。
予想以上の威力の壮大さにロックは苦笑いを浮かべてセリスの手をとった。
向かい来る竜巻の間を縫って走り出す。
激しい風圧に目を細めて引っ張られていたセリスだが、掠めそうになった竜巻の勢いでロックの手が離れてしまう。
あの時の、世界崩壊の時の苦い記憶が甦り、ロックは慌ててセリスの手を掴み直そうとした。だが、疲れが溜まっているのか足をもつれさせたセリスに、ロックの手は空を切る。
「セリスっ!」
叫びながら竜巻に呑まれようとしているセリスの腕を引っ張った。強引に引き寄せて肩に担ぎ上げる。
「ちょっ……! ロック!」
セリスは抗議したが、ロックにはそれを聞き入れている余裕はなかった。
「ちょっと我慢してろ!」
風圧にくぐもった声で叫ぶと、ロックは入り口から見て右斜め前の角に向かって駆け出した。
『残り30秒』
今さらながら残り時刻を告げる冷静なアナウンスに気付き、ロックは舌打ちする。
まだ収まらない竜巻を大きく避けて猛ダッシュすると、ぽっかりと空いた穴に滑り込んだ。
『第二ステージ クリアーです』
機械的なアナウンスをよそに、穴の中では、階段を転げ落ちそうになってセリスを落とさぬよう踏ん張っているロックの姿があった。
「ロックってば、無理しすぎよ」
控え室で身体を休めながら唇を尖らせる。セリスは少しだけ怒っていた。あの程度では命の危険はない───テレポを使えば瞬時に脱出することも可能だ。だからと言って、無茶していいことにはならないのだ。
それはロックも自覚しているのか、素直に謝る。
「悪い。ちょっとテンパっちまった」
「わかってるならいいけど……」
本当は納得できていないがどうしても強く言えずに、セリスは尻窄みになってしまう。
「ごめんな。お前も危険な目に遭わせた」
突然真面目な顔になられると、セリスは戸惑ってしまう。
「ううん。私のことは気にしないでいいのよ。全然平気だから」
「気にするなっつーのは無理だろ」
ロックの言葉に、セリスの心臓が一つ跳ねる。ロックは自分を気にしてくれているのだろうかと、そんな風に思ってしまう。しかし次の言葉にがっかりとした───表には出さないが。
「仲間なんだから、共に歩むもんだろうが」
「ええ。そうね」
セリス作り笑いで返したのだが、何気ない彼の言葉に赤面しそうになる。
「たださ。お前なら言わずともわかってくれるかなって思って」
その信頼は「仲間」としてのものだとわかっていても、やはり面と向かって言われると恥ずかしい類のものだ。
「……その期待に応えられるよう、次のステージも頑張るわね」
はにかんで言ったセリスだが、ロックは頬をかいて首を傾げる。
「あー、でも、頑張り過ぎて無茶しないでくれよ?」
「ええ。ロックじゃないんだから」
「…………お前に何かあったら、意味ないからさ」
ロックの意味深な言葉に、「え?」そっと聞き返したセリスだが、ロックは気付かなかったのか答えてはくれなかった。
† † †
第三ステージは、制限時間4時間の巨大迷路だった。
闘技場の地下3階に広がる迷路は広大で、一度での攻略は不可能と言われているらしい。迷路の形が変わることはないので、数度挑めばクリア可能だと聞いた。
開始前に与えられた情報は少ない。
攻略法も何もなく、ただ地道に行くしかないようだ。だがトラップや迷路はロックの得意分野である。
迷路攻略の基本は片手を片方の壁に付けたまま歩くことだが、それだと時間がかかりすぎる。戦闘時間がどれくらいになるのかわからなく、左右同じぐらいの時間がかかるのならばいいが、ハズレを引けば4時間での攻略は難しくなる。
もう一つの方法としては、マッピングしていくということだ。歩数で距離を測り地図を書きながら歩くのだが、それも時間がかかる。ロックの方向感覚ならば書き記す必要もないが、余りに複雑だと迷わないという保障もない。人工的な迷路の場合は目印を残すことがかえって危険かもしれないので、それも却下だ。救いは、「変化する迷路」ではないことだろう。
2時間の休憩の後、迷路に挑んだロックとセリスは、基本通り片方の壁沿いに進んでいた。ただし、別々に。
ゴールに向かうだけなら共に進むべきなのだが、片方の壁しか伝わないと鍵が手に入らない可能性が高い。そのためセリスが言い出したのだ。ロックとしては効率の良さよりもセリスの安全をとりたかったのだが、言い出したら聞かないところがある頑固なセリスを説得する術を持っていなかった───やはり女の方が口が達者なのかもしれない。
多少の不安を抱えながらも、ロックは順調に進んでいた。トラップも大したことがないものばかりだし──解除するまでもなかった──機械兵もサンダー一発で倒れてくれる。
かすり傷一つない状態で出口に辿り着いた時、2時間半が経過していた。
セリスはまだ到着しておらず、ロックは鍵を持っていない。勿論、二人が通った道以外に鍵がある可能性もあり、ロックは探しに戻ろうかと逡巡する。あと1時間半あるのならば、通らなかった道を多少見て回るぐらいできるだろう───通った道は全て覚えている自信がある。
だが結局、出口の真正面にある道を選んだ。出口から伸びるのは3本。入り口からの道は2本だったが、途中分岐路もあったからそこから繋がっているのか、それとも出口側からしか行けないのかはわからない。
30分ほど進んで戻ろうかと思っていた時、何かの気配に立ち止まって耳を澄ませた。機械兵ではない。低く荒い息遣い……?
「まさか、セリス!?」
逸る心を抑え、気配と直感を頼りに迷路を右に曲がる。少し進むと、血塗れのセリスが身体を引きずるように歩いていた。いや、壁にやっとのことで縋り進もうとしているだけで、「歩いている」とは既に言えない。
そんな彼女を見つけた時の気持ちは、言葉では言い表せなかった。心臓をそのまま鷲掴みにされたかと思うほどにショックを受けたのだ。
「セリス!」
顔を真っ青にしたロックは素っ頓狂な声を上げて慌てて駆け寄った。セリスはロックに気付くと、顔を上げてホッとしたような顔になる。
「ああ、よかった……。間に合わないかと思った……」
「どうしたんだ? 何があった?」
尋ねながら、ロックはセリスの両肩を掴んで怪我の具合を看る。血は止まっているようだから一応回復魔法を使ったのかも知れないが、血にまみれた姿は余りに痛々しかった。
「う……ん……。闘っている途中で罠があって、ちょっと避けきれなくて。でも、ほら、鍵……」
一生懸命元気に振る舞おうとしているのか彼女は笑顔を作ろうとしている。だが、血の気のない唇の端が心持ち上がったところで笑顔にはなっていない。
「あぁ! くそっ!」
ロックは自分の愚かさを呪いたくなった。
こうなる可能性があることはわかっていた。自分たちが挑戦しているのはこういうことだ。この闘技場に関しても、打倒ケフカに関しても。
それでも、実際、セリスが傷付いているのを見て、どうしようもない気持ちになってしまう。正しいことをしているはずなのに、その行動に付いて回る危険の大きさを実感してしまう。
とりあえずセリスに腰を下ろさせて、手を翳すと心からの祈りを魔法に変える。
「深き炎から甦りしフェニックスよ その再生の力で傷を癒し賜え ケアルガ」
疲労こそ消えないものの、痛みがなくなったセリスは深く息を吐き出すと微笑んだ。
「ありがとう」
「いや、無理させてすまなかった」
ロックはやりきれない気持ちで謝罪の言葉を吐き出す。守れなかったとあれほど後悔を重ねてきたというのに、自分から彼女を危険に向かわせてしまった。
「何言ってるのよ。これぐらい仕方ないじゃない。ちょっと魔力を吸い取られちゃって、上級魔法が使えなくなっちゃったのよ。失敗したわ」
はにかんでセリスは立ち上がる。
「まだ時間はある?」
「ああ。急げば間に合うはずだ。歩けるか?」
「走れるわよ」
元気良く答えたセリスにホッとしたものの、ロックは決して彼女を走らせようとはしなかった。
■あとがき■
ロックがファイガを使うのにわざわざ魔石を取り出したのは、習得途中の魔法だからです(という設定にした)。セリスがシヴァを呼び出すのに魔石を取り出したのは、召喚の場合は魔石を使うという設定にしたからです。深い意味はありません。
さて、無茶苦茶な方法をとったロック。彼らしくない? ような気もしますし、彼らしいような気もします。かっこいいような、間が抜けているような……よくあるヒーローのノリになってしまいました(笑) ただ単に、このステージをクリアする方法が思いつかなかっただけです。すみません;;
戦闘やダンジョン攻略っていうのは、本当に苦手で難しいのですが、書き始めると結構楽しいの~(笑) 元々、想像するのは楽しいんですよね。それを文章にするのが大変ってだけで(ええ。私の文章力不足にすぎません)。でも何事も練習。こういうのは好きな類の努力なので、苦ではありませんw
第3ステージが短かったような気もしますが、ダラダラ戦闘シーンを書くのもまた苦手です。あと、前編とのバランスもあって(既に話の長さはオーバーしてる)、簡潔にしました。次回に入れるっつーのも考えましたが、3話で終わらせたいので。
しかし次は最も苦手とするVSモノの戦闘シーン。余り期待しないで待っていて下さい^^;
ロクセリっぽい感じが中途半端に終わりそうな予感がして、最終回にはその辺ももう少しまとめたいと思います。 (05.09.11)
闘技場の宿泊施設で、セリスはロック、リルム、ストラゴスと夕食をとっていた。
ステージを3つクリアした二人は、規約通り勝ち抜き戦に出場する権利を得た。
勝ち抜き戦の開催は二日後。それだけの時間があれば、セリスの体力も回復するだろう。
ところが、セリスとしては自分も出場する気だったのだが、ロックは渋い顔をして、
「ダメだ。俺が出る」
そう頑なに言い張った。
勝ち抜き戦の出場資格を得たとは言え、一試合につき出れるのは一人。交互に参戦することも可能だが、ロックはそれすらも認めはしない。
「そんなこと言って、どうせ最後まで保たないんじゃないの~?」
リルムの意地悪な言葉にも、ロックは全く耳を貸さない。いつもならば挑発に乗ってムキになるのだが、黙って無視している。
「……ロックってば、どうしちゃったの?」
首を傾げて訝しげにロックを見つめるリルムに、ストラゴスは苦笑いで耳打ちした。
「第三ステージでセリスが大怪我をしたのを気にしているんじゃろう」
ストラゴスが小声で言ったのも気に掛けず、リルムは呆れたように大声を出す。
「えぇ~、確かにひどい怪我だったけどさぁ。そんなこと言ってたらケフカになんて挑めないよぉ」
まったくその通りで、痛いところをつかれたロックはジト目でリルムを睨んだ。
「うるせぇな……」
不機嫌そうに呟くと、暗い表情になったセリスが呟くように尋ねた。
「……ロック、やっぱり私のこと信じられないの?」
「違うって。そういうんじゃねーんだよ」
慌てて否定したロックだがうまく説明できず、リルムは代わりに説明してあげようとしたのだが、
「余計なこと言うなよ」
ロックにそう釘を刺されてしまい、なんだか暗い夕食の時間となってしまったのだった。
このままではいけないと、夕食をセリスを散歩に誘う。
コロシアム内の外広場を歩きながら、ロックは先程のことを謝った。
「あんな言い方してすまなかった」
石畳の広場は中央に噴水がある。闘技場らしくない閑静でシンプルな造りだが、多様性に答えようということなのか息抜きには丁度いい場所だ。
「……ううん。私が怪我したりするから、心配かけちゃうのよね」
セリスは悲しそうに笑って、噴水の縁に腰掛けた。ひんやりとした空気と規則正しい水音が、少しだけ心を落ち着けてくれる。
「いや、間違えなく俺が過保護なんだよ。わかってんだけどさ。大事な人を失うなんて、二度は耐えられない」
セリスは静かに告げられた言葉に、耳を疑う。
「え?」
「もし……いや、もしなんてやめよう。闘技場でシャドウを仲間にすることは勿論、ケフカに挑んで生きて戻ってきて、その時は、俺は自分の気持ちを正直に言いたい。……だから、決して無理はしないでくれ」
「ロック…………」
胸が詰まってうまく言葉が紡げないセリスだったが、なんとか口を開いた。
「わかったわ。でも、私も同じ気持ちだって、忘れないでね。あなただけに負担をかけたくないの。一緒に、闘いたい」
じいっとロックを見つめて一生懸命に告げると、ロックは苦い笑みを零して頷いた。
「そうだな。俺の気持ちばっか押し付けるわけにはいかないよな。わかった。一緒に闘って、生き抜こう」
誓いの成就のために、一歩ずつ踏み出して行こうと、二人は心に希望と灯した。
† † †
勝ち抜き戦当日、カイエンを連れたエドガー達も観戦に加わり、客席は超満員となっていた。
初戦の相手はロドリゲスという巨漢だった。大きなメイスを持った禿頭の
男は、2m50㎝近い身長だ。事前入手できた情報では、怪力に加えて動きも敏捷、更に鍛えた体は驚異的な防御力を誇ると言う。ロック達の仲間で言うならばマッシュタイプだ。雷の魔法も使えるらしくあなどれない──三闘神の均衡が崩れ魔力が世界中に溢れたため魔法が使える者が世界で増えた。
「マジで、無理すんなよ」
ロックにしつこく言われて送り出される。
初戦だけ闘うことになったセリスは、呆れたように苦笑いをこぼして何度も頷いた。
観客席に囲まれた勝ち抜き戦用のフィールドは足場の悪い岩山のようになっている。地形種類は数種類ありランダムに決まる。
控え室を出たセリスは、フィールドに入ってまず、地形に確認をした。足下を見て闘っている暇があるはずない。頭にしっかりと叩き入れて、対戦相手が出てくるのを待つ。
大音量のテーマソングと共に、ロドリゲスが現れた。観衆の拍手に出迎えられた彼は体重200㎏は優に越えるだろう巨体でありながら、足取りは羽根のように軽い。
むっつりした表情でセリスを睨み付けると、ロドリゲスは大きな手の上でメイスを弾ませた。
『チーム・リターナー挑戦の勝ち抜き戦
第一試合 ロドリゲス VS セリス・シェール 試合開始!』
アナウンスを合図に、セリスはプロテスとシェルをかけ、ロドリゲスはメイスを振り上げた。ロドリゲスのメイスは先端の棘の生えた球部分はワイヤーで伸びるタイプのもので、セリスとは間合いが違う。その鎖の長さはフィールドの半分はあると言われたからかなり要注意だ。
まずメイスを振り上げたままロドリゲスが走り込んでくる。向こうも様子見なのだろう。セリスは軽くかわして聖剣エクスカリバーで薙ぐと距離をとり、その隙に自らにヘイストをかける。
セリスの身のこなしに満足したのが厳つい口元に笑みを浮かべたロドリゲスは、メイスを大きく振り回した。
柄を離れた鉄球が一直線に飛んできたが、セリスはひらりと優雅にそれをかわすと、腰をかがめて走り込んだ。
慎重な性格なセリスは、どちらかと言うと自分から仕掛けていくよりは相手の出方を見て隙を狙う戦い方をするのだが、相手が遠距離武器を使うため待っていては防戦一方になってしまうと踏んだのだ。
しかし、ワイヤーで引き戻された鉄球が背後から飛来し、セリスは岩山を飛び降りるようにそれを避けた。
相手より低い場所にいるのは戦闘においては明らかに不利で、案の定、ぐるぐる振り回される鉄球と、鉄球が襲い来る合間に落とされる落雷を避けるのに精一杯で体勢を立て直せない。猛スピードでセリスを掠めていくワイヤーはかなりの切断力で岩山をも削っている。
セリスは一度谷底まで下ると、頭上から振ってきた鉄球を振り子にワイヤーをエクスカリバーに巻き付けた。衝撃で片膝が落ちそうになるがなんとか持ちこたえ、ロドリゲスとの引き合いになる。上げるより下げる方が楽なはずだがそれを考慮してもロドリゲスの力の方が強い。
均衡がとれたのは最初の一瞬だけで、自分の身体ごとワイヤーを引かれ宙に身体が浮いたセリスはしっかりと柄を掴んで、勢いのまま天井方面へと空中を舞う。ある程度の高さまできたところで、セリスは不安定な体勢であるにも関わらず、柄を握っていた手に掛かる力の方向を変えた。するとエクスカリバーに巻き付いていたワイヤーが切れ、鉄球とワイヤーの残骸がパラパラと落ちていく。セリス自身は闘技場を囲う客席との境にある柱を蹴り返すと、二回転してロドリゲスの真後ろに下り立った。
ロドリゲスが、膝を着いて着地したセリスを振り返った時には、その首筋にエクスカリバーの曇り無き剣先が突き付けられていた。
「…………ちっ」
ロドリゲスは厳めしい顔をひどく歪めると、
「ギブアップするよ」
諦めがちに吐き出した。
勝ち抜き戦の勝敗は、KO(ダウン後20秒)、TKO(4ノックダウン)、又はギブアップで決まる。フィールド上の審判は存在しないが、明らかに相手が負けているのにまだ攻撃を続ける者には経営者の指示で闘技場のガードが止めに入るし、ギブアップしたり負けたのに襲いかかろうとしたりする者も強制退去永久追放される。怪我は勿論、時には死人さえ出る闘技場だが、最低限のルールは存在するのだ。
『勝者! セリス・シェール!!! チーム・リターナーの勝利です!』
高らかなファンファーレとアナウンスに、呆気にとられていた会場が沸き上がった。半分は女性に負けたロドリゲスに対するブーイングだ。
セリスはエクスカリバーを突き上げて勝利を確認し、一礼するとフィールドを後にした。
「お疲れ」
控え室で待っていたロックが、濡れたおしぼりを差し出してくれた。
「ありがとう」
後がない試合のため緊張していたセリスは、ロックの顔を見るとやっと力を抜くことができた。
「怪我はなさそうだな」
セリスの試合を眺めていたロックもホッとしている。危なげない試合だったが、何があるか最後まで気が抜けなかった。
「次も出たいけど、駄目なのよね?」
一応確認してみるセリスに、ロックは顔つきを変えて言い切った。
「当たり前。あとは俺に任せろ」
「……わかった。でも、気を付けてね」
「当然だろ。お前に心配かけるようなことはしないよ」
ロックは優しく微笑むと、次の試合のために控え室を出て行った。
† † †
次戦の相手は、迷彩服を着たドン・ボーンという男だ。ツェンの特殊部隊の出身で、戦で失った片腕に回転式機関銃を装着している。全身に弾丸を巻いており、手榴弾等も多用してくる。
「魔法で戦うべきだろうな」
ロックは独り言を呟き、フィールドへ出た。今回のフィールドは樽と木箱の並ぶ埠頭を模したものだ──海はない。草原のフィールドでなくて良かったと心から思った。銃を連射されたら隠れる場所のないフィールドは本当に損だ。
『チーム・リターナー挑戦の勝ち抜き戦
第二試合 ドン・ボーン VS ロック・コール 試合開始!』
試合開始のアナウンスと共に、ドン・ボーンは早速激しい連射を向けて来た。すぐに樽の裏に隠れたロックだが、その樽は瞬く間に破壊されてしまう。
このままじゃ隠れる所がなくなっちまう。かといって、攻撃する暇もねぇのかよ……。何もしないで負けるなんてありえねぇ!
内心で呟きながら弾丸の嵐から逃げるように走り回る。ドン・ボーンは高笑いを響かせながら、回転式機関銃の震動に震え酔いしれている。
弾丸が尽きるまで待てば間違えなく勝てるだろうが、その前にロックの方が穴だらけになってしまう可能性の方が高い。
「黄泉の番人フェニックスよ」
魔石を片手に走りながら呟いたロックは、ドン・ボーンが連弾を新しいものに装着している隙に上半身を木箱から出すと叫んだ。
「紅蓮なる焔を生め! ファイガ!!!」
炎を召喚する言葉に目を剥いたドン・ボーンは慌てて飛びすさるが、ファイガは少し下がった程度で避けられるような炎ではない。生まれた烈炎はドン・ボーンの上半身を掠めると、その全身に巻かれた弾丸の火薬を誘爆させた。
小さな爆発を連鎖して爆炎が上がる。
ロックは余りに呆気ない終わりに呆然としてしまった。
「……っていうか、やりすぎか?」
思わず呟いてしまう。これは勝負であって殺しあいではない。死んでいなければいいと心から思う。
『勝者 ロック・コール!! またもやチーム・リターナーの勝利です!』
派手な勝利に観客は沸き上がったが、ロックは微妙な笑みを浮かべて手を上げた。
「ま、勝ち方なんざ、どーでもいいか」
自分を慰めるように呟いて、フィールドを後にした。
「快勝ね」
控え室に戻ったロックに、先程セリスにロックがしたのと同じように、セリスは冷たい手拭いを差し出してくれた。
「……なんか、ずるした気分だけどな」
正直に感想を漏らすと、セリスはくすりと笑みを零す。
「私はあなたが怪我もなく勝ってくれたんだから、嬉しいわ。次も続けて戦うんだもの」
セリスの率直な言葉に、ロックは照れたように頭を掻いて頷いた。
「そっか」
少し前まであれほどギクシャクしていたのが嘘のようだ。
「でも……次は、遂にシャドウと戦うのね」
「ああ。そうだな……」
ロックは感慨深く答える。
魔大陸に挑んだ時、無関係な顔をしていたはずのシャドウが、一人ケフカに挑もうとしていて心から驚いた。彼は冷酷で、金のためにしか動かない暗殺者として心を持たないフリをしているけれど、やはり本当はそうではないのだろう。未だ人間らしい部分を捨てられずにいるに違いない。かつてのセリスのように。
「わかってくれるといいわね」
「絶対食いついてくる。問題ねぇよ」
自信たっぷりに言ったロックに、セリスは一瞬目を丸くしたものの、
「そうね。期待してるわ」
満面の笑みで励ました。
† † †
フィールドに出ると、障害物のほとんどない荒野が広がっていた。乾いた土と大きくない岩が転がっているフィールドには、右手に4本ほど木が立っているだけだ。
ロックが中央付近まで歩いていくと、向こう側の扉が開きシャドウが出てきた。以前と変わらない黒装束で表情すら見えない。ロック達がコロシアムに挑んでいることは聞いていたはずだ。それを彼はどう思っただろうか。
「久しぶりだな」
ロックはざわめく歓声に負けない大声で叫んだ。臨場感溢れさせるために壁際にフィールドの音を拾うマイクがある。ロックの声は会場中に響き渡ったが、勿論返事があるとは思っていない。
「戦う前に……賭けをしないか?」
その言葉に会場が沸き上がる。シャドウは真っ直ぐにロックを見たまま、返事をしない。
「俺が勝ったら、俺達の仲間に戻る。お前が勝ったら……『一撃の刃』をお前にやる。どうだ?」
シャドウが、世界最強の忍刀『一撃の刃』を探しているらしいことは闘技場で噂になっていた。
「いいだろう」
案の定、シャドウは賭けに乗ってきた。獣が原にガウを探しに行った時に、洞窟で偶然見つけたのだが、幸運だったとしか言い様がない。
『チーム・リターナー挑戦の勝ち抜き戦 特別な賭けが加わったところで
最終・第三試合 シャドウ VS ロック・コール 試合開始!』
合図があったにも関わらず、ロックもシャドウも動こうとはしなかった。
シャドウは名短刀『佐助の刀』を構えて腰を落としている。対するロックはもアルテマウェポンを構え、まるでシャドウと対称になるように構えをとっていた。
どちらも動こうとはしない。やはり純粋な技だけならばシャドウの方が上だろう。だがロックはそれを補って余るほどの勘の良さがある。知っている相手なら尚更で、相手の動きをある程度予測するタイプなのだ。
先に動いたのはシャドウだった。音もなく地を蹴ると懐から何かを投げ付けた。
ロックの目前で小さく弾けたそれは白い煙幕を舞い上がらせ、既に後方に飛びすさっていたロックは、プロテスをかけながら広がる煙幕を突っ切るように駆け出した。
客席からは霧がかかったように見えにくい状態だろう。気配を殺して背後から忍刀を振りかざしてきたシャドウを間一髪で左に避けたロックは、連続で突き出される刃先をギリギリで交わしシャドウの腹に蹴りをぶちこんだ。
後方に下がりながら威力を減じたシャドウだが、その間にロックは距離をとる。煙幕はまだ晴れないが、ロックは思いきり地を蹴った。
特殊な跳躍力を持つ竜騎士の靴を装備してきたため、煙幕が切れるほど──天井に頭をぶつけそうになるぐらい──高く飛び上がり、思った通り上からは比較的煙幕の中もよく見えて、シャドウ目がけてアルテマウェポンを構えたまま猛スピードで降下する。
すぐに気付いたシャドウは逆に手裏剣を上空に向かって投げ、避けようのないロックはアルテマウェポンをシャドウに向かって投げ付けると、予備のグラディウスで手裏剣を弾き飛ばす。
アルテマウェポンを忍刀で弾いて遠くへ飛ばしたシャドウに、氷の礫が降りかかる───ロックの放った氷撃だ。
飛び降りてきたロックを避ける暇のなかったシャドウは、ロックを迎え撃つ。
佐助の刀とグラディウスが押し合い、決着がつくはずもなくすぐに離れる──純粋な武器としてはグラディウスの殺傷能力の方が高いが、小手先の力加減や武器の使い方はシャドウの方が上だ。
煙幕が晴れてきて、両者は再び睨み合いとなる。
今度はロックが先に動いた。
軽くステップを踏むようにシャドウに短剣を向ける。シャドウは忍刀でそれを薙ぎながらロックの足を払おうとしたが、ロックはそれを後方に軽く宙返りして 再び距離をとる。
強大な魔法を使う気はなかった───シャドウは「負けは負け」と認めるだろうが、シャドウ相手でそれはロックのプライドが許さない。
再び自分から仕掛けたロックは、グラディウスを振るいながら延髄蹴りを放つ。佐助の刀でグラディウスを受けたシャドウはスウェイバックして蹴りを交わすと、その体勢から身体を捻って膝蹴りを放ってきた。
肘でそれを受けたロックに佐助の刀を振りかざす。なんとか手甲でそれを受け流すと、ロックはその腕をとって捻り上げながら背後に回った。
「王手、だな」
囁きと共に、シャドウの首筋にグラディウスが当てられる。
「……俺の、負けだ」
シャドウは力を抜いて呟いた。
素早い攻防の末にピタリと決まった決着の展開の早さに、観客は一瞬シーンとなるが、
「やったぁ~!」
リルムの黄色い声を合図に歓声が沸き上がった。
グラディウスを下ろしたロックは、
「リルムが、待ってるぜ。また一人でケフカを倒そうとしてたんだろ?」
シャドウの目元を覗き込もうとする。
恐らくシャドウは本気ではなかった。ロックが大きな魔法を使わなかったように、手加減していたはずだ。本気で殺そうと思っていたら、二人とも無傷では済まなかっただろう。ロックがかつての仲間だったからか、試合として戦ってくれた。
「また一緒に戦おうぜ」
そのロックの言葉に返事はなかったが、黒い覆面の奥の瞳は微笑んでいるような気がした。
・ fin ・
■あとがき■
シャドウとの対戦シーンはとにかく大変でしたぁ。期待していた皆様、「もっと白熱した戦闘シーン書けよ」と怒らないでくださいぃぃぃ。
そして、冒頭のロクセリシーンはもっと濃厚で長かったのですが、色々あって書き直しました。そのシーンはいつかCeles'sStoryで使う予定です。
初戦をロドリゲスにしたので二回戦はゴンザレスにしようかと思いましたが、笑えるのでやめました(苦笑)。笑える要素は好きですが、完全シリアスストーリーなので……難しいところね。
闘技場はゲーム中だと、賭けるアイテムで相手と戦利品が決まります。ってことで、シャドウが『一撃の刃』を求めている設定は使いました。負けただけじゃ仲間に戻ったりしない気がして……;;
ところで『一撃の刃』について攻略本を調べていて、すっごい今さらなことに気付きました。アルテマウェポンって普段は剣がなかったんです(柄だけの状態で、持つと持った人のHPに合わせて威力が決まるのねん)。すっかり忘れてて……グスグス (><。)。。今まで書いた小説ではいい加減なことになってます。いつか修正したいです。
さて、最終回となりました。きっちり3回で終わらせられてよかった~。しかしVSモノを書くのはやっぱり難しいです。もっと格闘技とか勉強するべきなんでしょうね。技の名前とか動きとかも知識が乏しい……。TVでK1とか見るのは好きなんですが……剣技の勉強とかってどうやってするんでしょう? たまに中国の色々な武器を持って闘う拳法の試合とかチラッと見せたりするけど、そういうのって余り見れないから……。ビデオとかを入手すべき?(個人的趣味としても見たいのはやまやまだけどはお金が……;;)
フェンシングは突きのみだし、剣道もちょっと違うよね。鉄パイプ持ってストリートファイトしてる映像とかがいいなぁ……;; でもそれってヤバい映像ね。
それに魔法も交えた戦いであることを考えると、やっぱり想像力に全てがかかっているのかもしれません。マンガとか小説もたくさん読んでるけど、先を早く読みたいがための流し読みだからいけないんでしょうね。魔術師オーフェンとか鋼の錬金術師とかスレイヤーズとかを読み直そうかなぁ、と思います。以前は使えそうなフレーズに線を引いて、抜粋してパソコンに打ち込んだりしてたんですが、それもすっごい時間がかかって……。何をするにも時間が足りません(T△T)
ロックがシャドウに勝ったら、セリスから勝利のキスをもらうっつーのも考えたんですが、なんとなくやめました……。うーん、雰囲気が可愛らしくなっちゃう気がしたのでw
さて、アクエリアスさんいかがでしたでしょうか。もっと上手く書けたらとは思いますが、現時点ではこれが精一杯。気に入っていただけると助かります。
次回はまた裏で、その後の表のキリリク連載はオペラ座のお話になります。お楽しみに!
追伸:またアトガキが長くてすみません;;
最後まで読んだ方、 d(゚Д゚)☆スペシャルサンクス☆( ゚Д゚)b (05.09.25)
【この頁で使用させて頂いた素材サイト様】 ClipArt:竜棲星-Dragon's Planet
あなたもジンドゥーで無料ホームページを。 無料新規登録は https://jp.jimdo.com から