決戦の前、つかの間の休息をとる。
地平線まで続く草原を眺め、途絶えることのない蒼穹を仰ぎ、死地に赴こうとする心はどこを彷徨うのか。
「すっごくいい天気ね」
街から少し離れた丘の上にある木陰に佇み、セリスは伸びをした。
ロックは木にもたれながら、そんなセリスを愛おしそうに眺める。
「確かに、すっげいい風だな」
焦がれるように空を見つめるセリスに、内心苦笑いを浮かべる。
駆け抜ける風がセリスの髪を優しく揺らす。彼女はそれを押さえながらそっと振り返った。
「?」
ロックはセリスを優しく見つめ返す。
「…………」
セリスは何か言いたげな顔をしている。目がものすごーく何かを訴えているが、何かは勿論わからない。
彼女はたまにこういう目をする。何かを斯うような目。
「どした?」
ロックが尋ねても、相変わらずセリスは首を横に振るだけだ。困ったように小首をかしげて再び遠くを見つめた。
(そんな態度されたらたまんねーっつうの!)
心中で訴え、ロックはこっそり嘆息する。
「…………あのね」
セリスは可愛らしい声で何かを言い出そうとした。懸命に言葉を紡ごうとして、再びロックを見る。
「……………………」
だがやはり言えないのか、俯いてしまった。恐ろしく意地らしい。そんなセリスが可愛くてどうしようもないロックは、考えあぐねる。とりあえず、
「何だよ、何でも言えって」
彼女の表情が思い詰めているように深い何かを秘めているようで、ロックはその重苦しさを払拭しようと軽い口調で微笑みかけた。
「うん……別に、何ってわけじゃないの」
視線を落としたセリスの呟くような声。
(ああ、やっぱ我慢するなんて無理。てか、別に我慢する必要なんてないよな)
開き直るように思って、ロックはセリスの腕を掴むと自分の胸に引き寄せた。
セリスは一瞬驚いたように氷色の瞳を大きく開いたが、すぐにロックに身体を預けた。それがあるがままであるかのように。
ザアッ
風に木の葉が揺れる。木漏れ日が降り注ぐ。
ロックは、ただ愛しそうに彼女の髪を梳く。
(なんて穏やかで幸せな時間なんだろう……)
セリスは思った。心から安らぐことができる。でもだからこそ恐い。ロックのこの優しさに甘えすぎてしまうことが。失うことが恐くなってしまう。手に入れたように錯覚してしまう。それは彼の気持ちが測れないから───言葉が全てじゃないことはわかっているけど……。
セリスを包むロックの規則正しい鼓動。
(ダメだ……。私は……この人が好きだ……)
わかっていた。わかっていたけど認めるのが恐かった。でも、足掻いてももうどうしようもなかった。
だって、ロックはこんなにも優しくて、甘やかな時間をくれる。
セリスは切なくて涙ぐみそうになる。
幸せすぎて、どうしても失いたくない。だけど、そう告げることはできなかった。告げてしまうのは恐かった。
ロックはどう反応するだろうか。そんなつもりじゃないと慌てふためくだろうか。それとも変わらずにいてくれるだろうか。
変わらずにいてくれたとして、それがいつまで続くだろうか。自分が素直じゃないしかわいい性格ではないのは良く知っている。いつか、嫌われてしまうのではないか、そう思ってしまう。
全てに自信が持てない。あの時──魔導研究所で信じてもらえなかったことが、まだ尾を引いている。
どうしようもなく不安で、セリスはロックに縋るように身体を密着させた。
ロックは凍えるようなセリスの反応に一瞬戸惑うが、
「どうした?」
優しく囁きかける。セリスは切なくなって首を横に振る。何故か泣きそうなその顔に、ロックまで不安が感染して、彼女を強く抱きしめた。
草原を駆け抜ける風の音だけが響く中、世界中にたった二人だけのような気がしてくる。
(そうだったら、いいのに……)
思ってしまい、セリスは自分で重傷だと思う。
「どこにも、行かない?」
余りに可愛らしい声で思わず尋ねたセリスに、ロックは微笑をこぼし、
「どこにも行かねー。約束する」
彼女の髪に頬を押しつけて言った。
セリスはホッとしたように、少しだけ顔を綻ばせる。そんなセリスにロックもホッとして、
「何があっても、ずっと側にいるから……」
もう一度、囁いた。
「信じてるから。何があっても信じる」
珍しい彼女の一言に、ロックは思う。
(たまんねーや……)
このまま、彼女と二人でどこかに行ってしまいたい。でもまだできない。
ロックは彼女を抱きしめていた腕を緩める。セリスが顔を上げた。縋るような瞳だが、先程よりは不安そうじゃない。
何か言いたいのかも知れないうっすらと開いた形良い唇に、ロックはそっと自分の唇を重ねた。
溶けてしまうかもしれないとも思える甘い口づけに、セリスは身体の力が抜けそうになる。
繰り返されるのはたっぷりとした蜜を与えられるような口づけ。唇をそっと吸われる度に、セリスはその心地よさに震える。
ただ、互いを求めて。その全てが欲しくて、舌を絡める。
(……更に、たまんねーや)
ロックは少しだけ内心でげっそりしたように思うと、口づけを止めた。
(つーか、マジ、やべーから……)
下半身が熱い。既に反応してしまっているそれを、押さえ込むのは無理だ。だからといって、何ができるわけではなく、結局我慢するしかないが。
セリスは気付いていないわけではないだろうに、ただ、寄り添って瞳を閉じている。
彼女が欲しいと告げたら、何と答えるだろうか。言ったところで、この場でというわけにはいかない。ではどこで? となっても気が削げる。
大体、彼女は自分をどこまで想ってくれているのかいまいちわからない。勿論、嫌いではないだろう。
でも、例え抱きしめ合っていても、口づけていても、彼女の心が遠くにあるような気がする。彼女の心に近づけないのは何故だろう。
セリスは、根本的な所でロックを信用できていないからだろうか。あの時彼女を信じられなかった自分の負い目故か。
「ほんとに、オレの事信じてるか?」
ロックは思わず聞いてみる。セリスはロックから少し身体を離して彼を見上げた。不安そうに瞳が揺らいでいる。
「……信じたい……でも」
そしてぽつりと言った。
「……恐い……」
それは過去、ロックがセリスを傷つけたせい?
「いいよ。信じられなくても。それでも、ずっと側にいるから」
ロックは苦笑いで言う。彼女から離れるつもりがないのだから、そうするしかないだろう。
「ずっと……?」
じいっと探るように顔を見つめながらセリスに聞き返されて、ロックは困ってしまう。
「そ。離さないって決めたから。お前が嫌がっても」
ロックの言い分に、セリスはくすりと笑みをもらす。
「もし、愛想がつきても?」
「つきない。……それなら、……結婚するか?」
ロックの何気ない、彼としては一大決心だが、言葉に、セリスはぽかんとする。
「どうして?」
さらに変な事を尋ねた。
「どうしてはねーだろ。オレはあんまし形に拘ったりしねーけど、少しでもお前が安心できるならさ」
だが、セリスは首を横に振った。
「縛る事はしたくない。そのせいで、もしあなたが私に愛想がつきたときに、我慢するかもしれないもの」
セリスの言葉に、ロックはため息をつく。本当に信用してくれていないんだと実感してしまった。
「有り得ないよ。……きっと、オレがお前を縛っておきたいんだな。お前が逃げていかないように」
それでも、彼女の傷が深くても、癒しきれなくても、少しでも穏やかであれればいいと思う。彼女の隣で自分がそれを提供してあげられたらいいと思う。
その気持ちが通じたのか、セリスはそっとはにかむ。
「……うん」
「だから、結婚するか?」
「……うん」
セリスは恥ずかしそうに、だけど目を潤ませて頷いた。
「ところで、お前はオレでいいのか?」
「嫌だったらもっとわかりやすい態度をするわよ」
呆れたようなセリスの声に、ロックは突っ込んで尋ねた。本当は彼女から言ってほしかったが、照れ屋な彼女からは言えないに違いない。
「……オレが、好きか?」
セリスは小さく頷く。その頬を染めた様子が恐ろしく可愛い。
「いつから?」
ついでに知りたかった事を色々尋ねる事にする。セリスは拗ねたような顔になったが、正直に答えた。
「わからない。初めて会った時には、予感はあった……」
「ま、それはオレも同じだな」
「そうなの?」
「今だから言うけどな」
ロックは苦笑いだ。あの頃はまだ認めたくなかった。認められなかった。
「無茶、しないでね」
セリスのねだる様な言葉に、ロックは呆れ顔でその頬に口づける。
「お前の方がな」
「もうっ」
セリスは柔らかくロックを睨み付けた。そのエメラルドの瞳の輝きが眩しい。
「すべて終わったら……」
「え?」
「一緒に行こうな」
・ fin ・
■あとがき■
実は私が書いているオリジナル小説の一節を転用したもの。そのせいか、なんか矛盾なんかも……。しかも尻切れトンボ?
でも、あまあまなので許してください。(03.03.16)
携帯版にアップするにあたって、パソ版も体裁修正・誤字脱字修正・文章補正を行いました。(06.07.15)
【この頁で使用させて頂いた素材サイト様】ClipArt : トリスの市場
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