セリスが戻ってきてくれて本当に良かったと思う。
だけど俺は実感していた。俺達の間にできた溝は───とても深い。
一度離してしまった手は二度と掴むことができないのか───
俺が憂鬱な気持ちで甲板に出ると、北極圏上空の冷たい空気の中、セリスが一人、段差に腰を掛けて夜空を見上げていた。
その姿に、俺は心臓が鷲掴みされたように切なくなる。
彼女は今、何を思っているのだろう。
俺が近付いていくと、彼女はびっくりして顔を向けた。
一瞬表情が歪むが、すぐに無理矢理笑みを作る。その微笑みはまるで泣いているようで……。
みんなの前では、以前と変わらずに振る舞う。きびきびしていてはっきりとした物言いも変わらないのに。
俺だけに見せるその顔は、嬉しくもあったけれど、同時に辛くもあった。
俺が信じ切れなかったから、一瞬でも躊躇を見せたから、彼女はあんな顔をする。懸命に笑おうと、無理矢理笑顔を見せようと。
「どうしたの……?」
彼女はか細い声で聞いてくる。その頼りなさに俺は思わず彼女を抱きしめてしまいたいと思う。が、
「いや、なんだか眠れなくてな」
俺は困ったように笑っただけに留めた。彼女にこれ以上いやな想いをさせるわけにはいかなかった。
「お前は?」
俺が尋ねると、彼女は首を傾げて、
「やっぱり眠れなかったのかな……」
ぼんやりと呟く。オーロラの下、その長いプラチナブロンドは輝いているのに、彼女は消え入りそうな程に希薄で。
「隣、いいか?」
甲板は幅があるから勿論離れて座ることもできたし他の所にだって座れたけれど、俺は彼女の傍にいたくて尋ねた。
「───うん。別に……」
彼女は情けない表情で困ったように首を傾げて答えた。
俺は込み上げる様々な衝動を、拳を握りしめて押し潰し、セリスの隣に腰掛けた。20㎝程の距離を空けて。
彼女がしているように黙って空を見上げると、ぼんやりとした虹色のベールが夜空を飾っていた。
しばらくぼんやりとしてみたが、どうしても隣に意識が行ってしまう。当のセリスは俺など眼中にないように見える。
「あのさ……」
俺は声をかけてみた。彼女はゆっくりとこっちを向いて、黙って首を傾げる。
「いや、あの……」
俺は言葉を探してみたけれど、うまくまとまらない。言葉にして俺の気持ちが伝わるとも思えなかったし。
すると、セリスは前を向いて静かに言った。
「気にしないでいいわ」
「え?」
俺は随分気の抜けた声で尋ね返す。
「あなたは優しいから、色々な事に心を痛めてしまうけれど、私の事は大丈夫だから」
柔らかい言い方なのに、まるで拒否するような内容。
俺は反射的に言い返していた。
「どこが大丈夫なんだよ」
俺のせいなのに、なんだか無責任な言い方だったが、口をついてしまっていた。
だがセリスは怒ったりせずに、やはり静かなままで告げる。
「そういう意味じゃないわ。……あなたに心配されるのは……罪悪感とかそういうものとかで、気を遣われるのは……」
彼女の言いたいことはある意味正論でもあったが、違うんだ! そうじゃない!
「大体、私は人に信じられるような生き方をしてこなかったもの。因果応報なの。罰は甘んじて受けるべきなのよ」
俺は怒っていた。怒っていたが、言葉が見つからない。
何て言えば伝わるんだろう。だが、次に彼女が言った言葉に拍子抜けして、肩の力が抜けた。
「それに私は、十分すぎるほどに幸せだわ」
彼女はうっすらと微笑む。
「また仲間として迎えてもらえたもの。それでも信じられないって言われるかと思ってたのに」
「罰を受けるのは俺の方なんだろうな……」
俺はぽつりと言った。セリスは不思議そうに俺を見る。
「何もしないで好きな女を失うのは嫌だったなんて言っときながら───」
俺は苦しくて顔を歪めた。自分の愚かさが許せなかった。
セリスはセリスで、
「そんなのもういいのよ。気にしてないから」
そんなことを言う。気にしてないのはどういう意味でなのかわからない。まるで自分には関係がないみたいな反応。今俺は「好きな女」って言ったんだぞ?
セリスは立ち上がって伸びをすると、
「私はもう行くね」
優しく俺に言う。俺を拒むような口調だったが、俺は黙って彼女の腕を掴んだ。
「なに?」
彼女が作った笑みを浮かべる。静かな怒りが俺にも伝わったけど、
「待ってくれ」
手を引いて、もう一度俺の隣に座らせた。先ほどよりも近く。互いが触れるくらい。
「俺は───」
言おうとしたがセリスに遮られる。
「わかってるから大丈夫。私のことは気にしないでいいって言ってるでしょ? レイチェルさんを想っていていいのよ」
あやすように言われて、俺はカチンとくる。
「全然わかってないじゃないか……!」
語気の強さに驚いたのか、セリスは顔を強ばらせて俺を見ていた。
「全部、俺の勝手なんだって言うのはわかってるさ。虫が良すぎることも承知してるけど……くそっ、どうすりゃわかるんだ!」
俺が吐き出すように言うと、セリスは泣きそうな顔になって俯いてしまう。
「お前は……俺に失望したよな」
ぽつりと独り言のように呟く。
「え?」
「勝手なことばっかり言ってて、都合良くて、信じなかったのは俺なのに、信じて欲しいなんて」
俺は自分がなっさけなくて、泣きたくなってきた。
こんなんだから、レイチェルだって死なせてしまったんだ。
だからこそ、今度こそ、傷付けたくなかったのに。守りたかったのに。いつか、幸せにしたかったのに──。
「あなたに失望したわけじゃない……。元々、あなたを、想っても無駄なのに、私が勝手に………………好きになったんだもの」
セリスは小さく首を振って、小さな、消え入りそうな声で言う。
「私なんて信じてもらえなくて当然だったんだもの。あなたのせいじゃない」
掠れた涙声になったセリスを見て、俺は、やばっ、泣かせちまった! と思い、更に自分がなっさけなかったが、
「ごめん……」
囁いて、思い切って彼女の肩を抱き寄せた。
すっげー勇気がいったさ。なんたってジブラルタル海峡(なんてものはこの世界にゃないが)より深い溝があるから。
「違うんだ。一瞬でもお前を疑ったのも、全て、俺の弱さが悪いんだ。強くありたいと思ってきたけど、結局全然成長してなかった」
俺は彼女の耳元に口を寄せて囁きかける。
彼女はしばらく困っていたが、俺が更に抱き寄せる腕に力を入れて引き寄せると、俺の胸にそっともたれてきた。
俺の首筋に顔を埋め、小さくなっている彼女の髪が甘く香る。
「お前は帝国の時の事を罪だと言うけれど、お前も犠牲者じゃないか。心を殺して、辛い思いをしてきただろ?
もう無理しないでいいんだなんて言いながら、結局俺はまたお前に無理をさせてる」
彼女は何も言わなかった。眠っているのかもしれないと思うほど静かで、このままお持ち帰りたいなどと俺は考えたりしたが、一応却下する。
「こんなこと言いながら、俺は結局、お前のこと待たせようとしてるしな」
俺は苦笑いをした。レイチェルの事が終わるまでは、オレ自身も幸せになるわけにはいかない。
「……どうして私が待つの? 何を?」
彼女は少しだけ体を離して俺の顔を覗き込んだ。
「えーと、待つつもりはないってことか……?」
俺は聞きにくいと思いながらも、彼女の目を真っ直ぐに見たまま尋ね返した。
「……? 待つ必要なんてないじゃない。あなたはレイチェルさんを生き返らせるために秘宝を探してるんでしょ?」
彼女はきょとんしている。その顔は、思わずキスしたくなるくらい可愛かったが、
「──────そうだな」
「生き返らせたら、どうなるの?」
「──────生き返らせたら……レイチェルが生き返ったら?」
初めはレイチェルともう一度幸せになるつもりだったはずだったが……。
「ただ、俺は………………」
「死なせた責任をとるなら、生き返らせた責任もとるのよ?」
「──────お前は全然平気そうだな」
誤魔化したわけではないが、そう言うと、
「私はあなたがそのつもりだと思ってたもの」
「そう、だよな───」
「私が待つ意味がないでしょ?」
言って、セリスは俺を押して体を離すと、再び立ち上がった。
「だから、ちょっと待てって」
俺も立ち上がって言う。
「これ以上何か?」
彼女は呆れたように俺を見た。
ああ、今度こそ失望されたかも……。
「わかった。秘宝は諦める」
「名残があるのなら、ずっと後悔し続けるなら諦めるなんて言わない方が懸命よ」
セリスはすげなく言って、すたすたを行ってしまった。
ああ、俺のおバカ。
俺って、前以外なんも見えてないんだな……いつもいつも。
セリスは、以前、「真っ直ぐでいいよね」なんて言ったけど、これじゃあなあ。
俺は項垂れた。
レイチェル、生き返らせたら、俺といたいって言うよな。記憶、あるよな……。
俺、さらに都合のいいこと考えてるな……これじゃ、ダメダメだ。
大きなため息をついて、とりあえず眠ることにした。
・ fin ・
■あとがき■
すいません~! 本当はこんな話になる予定じゃなかったの!
傍にいるのに素直になれない、ふれあえないじれじれの二人を書く予定だったのに、書いているうちに変な話に……。
だめだめロックでした……。ゲームでは、セリスに惹かれながらそれを押し殺しているみたいな感じだったんでしょうか。
じゃなきゃ、ロックが本当にダメダメになってしまう……ううう (03.4.14)
【この頁で使用させて頂いた素材サイト様】 ClipArt:Silverry moon light
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